街
違反者とギルド
「…よくやりますね。」
テオとゲド達が立ち去った後、瓦礫の後ろから人影が現れた。
男はこの状況にそぐわない風貌とニヘラ顔をしており、背中にはハンターの物とは異なった大剣を背負っている。キールだ。
そして瓦礫の傍で気を失っている男に近付いていく。
「んー、これは…。」
キールは折れたインセクトスライサーと倒れている男を見比べる。
「あなたが殺人犯ですね?」
言いながらキールが男を起こす。
「この剣には龍の血の下に、人の血がコビリ着いてますよ?」
「…」
キールの問いに答えず男は立ち上がる。
「お、闘る気ですか?」
キールが若干愉しげに言う。
「俺が…殺した。…沢山…あんたは俺を殺してくれるのか?」
男は残ったインセクトスライサーを構える。
瞬間キールのニヘラ顔が純粋な悦びの顔に変わる。
抜かれた大剣が閃光の如く鎧の隙間を貫いた。
しかしキールの顔はつまらなそうである。
「あなた…初めから殺される気だったんですか?」
「…」
キールの問いに答えずに、男は笑うだけだった。
「…まぁ良いですよ。後はアナタの首を跳ねて、誰も気付かない様に死体を処分して自分の仕事はお仕舞いです。…何か言い残しす事はありますか?」
「御馳走様でした。…御免なさい。」
男がその台詞を言うと共にその目から涙が流れた。この時、男が正気だったのか狂っていたのかは定かではない。
「変な人ですね、それでは…」
言うと共にキールが大剣を横に振り抜く。
カチン
背中に収められる大剣の音が、男の人生の幕を意味する。
(全部夢なら良かったのに…)
突如響く聞こえる筈のない言葉、キールは男を確認するが当然生きてはいない。
キールは落ちたヘルムに男の名前が刻まれている事に気付いた。
もう誰も覚えていないであろう名前…
「今度は良い夢が見れるといいですね、オヤスミナサイ、…さん。」
キールは憐れみの表情を浮かべ、もう呼ばれることは無い名前を呟いた。
この男もハンターになってしまった故に、龍に出会ってしまったばかりに人生を狂わされたのだろう。
一時だけ目の前の死体の人生を思考する。だが直ぐに、それは無駄であると結論が出た。
そしてキールは何時ものニヘラ顔に戻ると、死体を専用の袋に入れて街の中へ消えていった。
城門
空を飛び逃げるテオを追って、街の城門近くまで来たゲド達。
「このままじゃ逃げられるね…」
城門近くを走りつつ宙を舞うテオを見てゲドが言う。
「ガキ共、コッチだ。」
不意に呼ぶ声、その方向を振り返ると城門の上にカインが居た。
「ソレに掴まれ。」
カインに言われるままに梯子の様な物に掴まるゲド達。
ガチャン
カインがレバーを引くと勢い良く梯子が上昇を始める。…が勢いが良すぎる。
「ぬぁ!?」
「キャッ?!」
「ニャッツ!!」
三人は勢い良く城門の上に辿り着いた…もとい壁に激突した。
「オッサン、喧嘩売ってるのかい?」
「元々違う物に使う動力を使ってるから微調整がきかんのだ。」
怒り気味のゲドにカインが言い訳をする。
「!!そこに入れ…」
カインが急に全員を小さな窪みに叩き込んだ。
するとさっきまでいた場所をテオが飛び去って行った。
「オッサン、奴に逃げられるじゃないか?」
ゲドがイライラしながら言う。
「落ち着けクソ餓鬼。ここは人の縄張りだ。それを利用しない手はないだろう?」
カインがゲドを抑えながらニヤリと笑う。
窪みから出るとカインはスルスルと城門のてっぺんまで登って行った。
「早く来い!!」
カインが叫ぶ。
言われるままに梯子を昇るムサシ、ゲドも昇ろうとするがルディが下を見たまま固まっているのに気付いた。
「…恐いのかい?」
「…はぃ」
ゲドの問いにルディが小さく答える。
「…ん~しょうがないね。」
ゲドが肩をすくめて言うと、ルディを担いで梯子を昇りだした。
「ちょっ!?ゲドさん?!!恥ずか…」
ルディが抵抗しようとする。
「嬢ちゃん…舌噛むよ?」
「へ?…エェェエ!!?」
そう言うとゲドが先程の自動梯子と同等のスピードで梯子を昇りだした。
ルディが悲鳴を上げる間もなく城門のてっぺんに辿り着いた。
「で、どうするんだい。カイン?」
心臓が爆発しそうになっているルディを放置してゲドが言う。
「コイツらを使うんだ。」
カインが指差す方向には、物々しい設備と吹き出す蒸気が見えた。
城門の最上部、其処では備え付けられた兵器達が龍との決戦を待ちわびていた。
「さぁ決着を着けようか?」
ゲドが言いながら角笛を吹き鳴らす。
逃げていたテオも角笛での挑発が気に入らないのか、振り返り此方へ向かってきた。
「嬢ちゃんはバリスタを使え。ムサシとゲドは大砲の砲弾を運べ。」
カインが素早く指示する。
ルディは言われるままに巨大な弓の前に立った。
そのままバリスタに槍を装填し迫るテオに照準を合わせる。
カラカラカラ…
「イケ!!」
ドヒュン
鋭い音と共に巨大な矢が打ち出される。
翼を目掛け空を裂く矢、しかしテオはそれを見事にかわして見せた。
ボロボロな体の筈なのだが、紙一重で矢をかわしていく。
ムサシ達が撃ち出す大砲も難なくかわす。
このままだと狭い城門の上で闘う事になる。
「奴がもう少し低く飛べば止めを刺せるんだがな…」
カインが舌打ちをする。「もう少し低い所に追い込めば良いんだね?」
ゲドが言ってニヤリと笑う。
そしてバリスタを構えるルディの方へ歩いてきる。そのまま装填された矢の上に飛び乗った。
「嬢ちゃん、よく狙ってね。」
「し、正気ですかゲドさん!!!?ここの高さ解ってるんですか!?」
ルディがゲドの奇行に驚く。それも当然だ。ここは城門の最上部、矢が外れた場合相当な高さから落下する事になる。
万が一テオに的中したとしてもその後の事を考えているとは思えない。
「良いから良いから。」「で、でも、やっぱりこれは無茶だと思います。」
笑いながら言うゲドにルディが反論する 。
「もう時間が無いし、また食事に逃げられるのは面倒なんだよね…
それとも俺は嬢ちゃんを信じてるのに、嬢ちゃんは俺を信じてくれないのかな?」
ゲドが真面目な顔で言うので、ルディは何も言えなかった。
最後の作戦
蒸気が噴き出す城門の最上部。ムサシがテオを足止めするべくバリスタを乱射する横でゲド達が最後の作戦を話し合っていた。
「奴を落下させてどうするんだい?」
ゲドが今更な事を聞く。
確かに落下させた後の話は聞いていない。
「この城門はこの街最大の盾であり、矛でもあるんだ。まぁ見れば解る。」
カインが愉しげに言いながら巨大なスイッチの前に立った。
「まぁ奴を倒せるんなら何でも良いよ。」
ゲドが言いながらバリスタの上に飛び乗った。
「もし…もし私が外したらどうなるんですか?」
ルディが言う。その声は微かに震えていた。
「ゲドが大怪我をしてニャア達にとって不利な、この狭い場所で闘う事になるニャ。」
ムサシがバリスタを乱射しながらサラッとプレッシャーをかけるが、その言葉は確かな事実なのだ。
肩にのし掛かる重圧と迫り来る龍の眼光が少女の心臓を握り潰しそうになる。
「発射の合図は俺がするよ?…そんなに心配しなくても嬢ちゃんなら大丈夫さ。」
ゲドが小刻みに震えるルディの頭を撫でながら優しく言った。
ヘルムの奥に見える瞳は優しく少女を見ていた。
ゲドの一言でルディの精神は落ち着きを取り戻しす。
ゲドが横に居れば何も恐くはない、ルディは心の底からそう思った。
落ち着きを取り戻したルディは此方に向かってくるテオにゆっくりと狙いを定めた。
飛び交う矢の隙間を縫う様に飛行するテオ。
乱射される矢の内の一本がテオの翼を僅かに抉ったのをゲドとルディは見逃さなかった。
カッと二人の目が見開かれる。
「撃て、嬢ちゃん!!」
ゲドが叫ぶのとルディが引き金を引くのは全く同時だった。
撃龍槍
バリスタからゲドを乗せた矢が勢いよい射出された。
人一人を載せた矢は普通より落下が早い。だが、ルディが打ち出した矢の射線は確実にテオを捉えていた。
「流石だね、ルディ。」
ゲドがニヤリと笑った。
テオは空中で迫り来る人間に怯みもせずに、その腕を振りかざした。が、腕には矢が刺さっただけで人影が見当たらない。
「今だ、カイン!!」
テオの僅か上空でゲドが叫ぶ。そして両手に構えた封龍剣を深々と赤い翼に突き刺した。
「オラァァァ!!」
テオから血飛沫が舞うと共に、カインが巨大なスイッチを渾身の力で叩いた。
その瞬間、城門のそこら中から噴き出していた蒸気が止まり、人が造り出した兵器を起動させる為に一点に集まる。
蒸気の力で城門から凄まじいスピード撃ち出された二本の巨大な鋼鉄の槍…
「これが…"撃龍槍"だ。」
カインが言うと共に撃ち出された撃龍槍は落下するテオ捉え、空間ごと抉りとる様に赤い体を貫いた。
自分の体と同等の太さの槍に貫かれたテオは、成す術なくそのまま力尽きた。
こうして街での戦いは終わった。
…しかし、息絶えて撃龍槍に突き刺さったままのテオを見てルディが気付く。
「ゲドさんが…居ない!!?」
闘いの後
消えたゲドの姿を懸命に探すルディ。
そんな少女の頭は悪い方にばかり思考が働く。
…もしかしたら撃龍槍の巻き添えになったのでは?
ガラガラガラ…
ゆっくりと城門に戻っていく撃龍槍を青ざめた顔で見つめるルディ。
しかし撃龍槍にはテオの屍と、主から離れ龍の血を吸い続ける封龍剣があるだけだった。
そして撃龍槍が収納されると共にその屍も砂の海へと落下して行った。
ドサッと砂に埋もれるテオの赤い体を目で追って行くルディ…その時少女は砂漠に埋もれた蒼い棒を発見した。
「ムサシさん…なんですかアレ?」
数時間後
古龍との闘いに勝利し浮かれる街の外で、ヒッソリと宴を行う3つの影があった。
「ニャハハハハ、フゥーフゥー…プ・ニャホハハハ!!!」
鍋を振るうムサシが笑い声を上げ続けているが、決して龍に勝利したからではない。
「クフフ…ムサシさん、プフ…笑い過ぎで…プフゥククク…!!」
ムサシを止めようするが、ルディも笑いを我慢出来ずにうずくまった。
「…二人とも、流石に笑いすぎじゃないかな?」
砂まみれのゲド言う。
ゲドが2人に笑われている訳…
「「だって撃龍槍の巻き添えになって砂漠に落下した上、足だけ出して埋まってるんですよ!!?」」
ルディとムサシが同時に同じ事を言う。
ゲドは撃龍槍の衝撃でテオから落下し、頭から砂に突っ込んだ様だ。
「真剣に死にかけたんだけどね…まぁその分今日の夕食は豪華だから良いけどねぇ~♪。」
ゲドが良いながら、鍋を見つめ嬉しそうに笑う。
「今回も少しだけなんですね、古龍の肉。」
ルディが鍋で踊る肉を見ながら言う。
「オッサンに止められてるからニャ。まぁ前回よりは少し多いのニャ。」
ムサシが皿に料理を盛り付けながら言う。
古龍は謎が多い生物。その肉を食べる事で身体に何か影響が出るのでは?カインはそう懸念しているのだ。
「まぁそのオッサンもギルドの宴に呼ばれて居ないから、もう少し食べてもバレないけどニャ。」
ムサシがニヤニヤしながら言う。
「別に量は関係ないんだよ。古龍の肉を一度に二種類も食べれるんだからね~♪」
ゲドがナイフとフォークを構えながら言う。
「では召し上がれニャ。」
ムサシが言うと共にゲドには古龍の肉を、ルディと自分用に街で仕入れた食材で作った料理を並べた。
「ではイタダキマス♪」
その日、三人だけの宴は日が昇るまで続いた。
些細な話
荷車
ガタガタ揺れる何時もより豪華な荷車の中、4人のハンターが揺られていた。
砂漠の宴の次の日、崩れた建物や腐敗が始まった屍の後始末をしている街からゲド達は村へ向け出発していた。
荷車の中はゲド、ムサシ、ルディそしてカインではなくキールが居た。
「この度はご迷惑をおかけしました。」
ぺこりとキールが頭を下げる。
「そんな顔で謝られてもニャ。」
相変わらずニヘラ顔のキールを見ながらムサシが言う。
「スイマセンね、この顔が普通なんですよ。」
キールが頭かきながら言う。
何故カインの代わりにキールが居るのか?
カインは街をいち早く復旧させるためにギルドに残って居るのだ。
そのためキールが誤認逮捕のお詫びや、古龍を倒したお礼として、何時もより豪華な車でゲド達を村へ送っているのだ。
「何というか…パシリみたいだニャ。」
ムサシがキールを見ながらケラケラ笑う。
「パシリって…まぁギルドでの自分の扱いはそんな感じですけどね。」
ムサシの言葉にキールが苦笑いをする。
「一つ聞きたいんですけど…」
「はい、何でしょう?」「…殺人犯はどうなったんですか?」
ルディが恐る恐るキールに聞く。危うく被害者になる所だったルディにとってはどうしても知りたい事だったのだろう。
「…ちゃんと捕まえましたよ。後はギルドが処理しますから心配しないで下さい。」
キールの顔が一瞬変化した気がしたが、誰も気にとめなかった。
キールの一言にルディはホッと胸を撫で下ろした。
その後は些細な話をしていたが、何時もとは違う快適な車内と宴の疲れから皆眠りに堕ちていった。
「ちゃんと処理しましたよ、ちゃんとね。」
皆が眠る車の中、キールが何時もとは違う表情で笑っていた。
別れ際
皆が眠っている間に空高くあった太陽は大きく傾き、辺りを赤く染めている。
村の入口では4人が些細な話をしていた。
「本当に報酬はコレでいいんですか?」
キールがゲドに何時か見た瓶詰めを大量に渡しながら言う。
「どうせお金を貰っても食べ物に使っちゃうからコレで良いんだよ。」
上機嫌で瓶詰めを受け取りながらゲドが答える。
「ニャアと嬢ちゃんにはまともな報酬を頼むニャよ?」
「勿論ですよ。後日ちゃんと入金しときますよ。」
ムサシの言葉にキールが答える。
そしてキールは街に帰るため再び車の扉に手をかけた。
「また会えるといいですね。」
「嬉しいお言葉ですが、自分はぺーぺーハンターなんで狩りに行っても足を引っ張るだけですよ。」
ルディの言葉にキールが苦笑いをしながら応える。
「まぁ仕事中のアンタには会いたくないけどニャ。」
ムサシがニヤニヤしながら言うがキール以外は首を傾げていた。
「アレ!?自分の本職バレてました?」
キールが慌てながら、ムサシだけを車の裏に連れてきて言う。
「独り言は1人の時に言うもんニャ。」
ムサシがニヤニヤ笑う。
「あらら…起きてたんですか?」
「そりゃ面識の少ない人間から血の臭いがしていたら、オチオチ眠ってなんか居られないニャ。」
ムサシの言葉にキールは少し驚いた表情をしていた。
「てっきりゲドに用が有るのかと思ったニャよ。」
ムサシがキールをジロッと睨む。
「それは無いですよ。莫大な寄付金がありますからね~。自分は旦那や貴方を敵に回す勇気は無いですし。」
笑いながらキールが答える。
「それを聞いて安心したニャ。」
それだけ言うとムサシはゲド達の元へ戻り、キールは車に乗り込んだ。
「それでは皆様、さようなら~。」
車から手を振るキール。それに手を振り返す一同。
「あまり会いたくは無いけどまたニャ~。」
「お互い様ですよ。」
「体はちゃんと洗うニャよ~。」
最後のキールとムサシの奇妙なやり取りにゲドとルディは首を傾げるばかりだった。
村
バカ騒ぎ
久しぶりに村に帰ってきたルディは何時もの様に集会所の扉を開けた。
中ではゲド、そして村長の息子パーティーがテーブルに座って昼間っから酒を飲んでいた。
そして厨房からは何時もの三倍激しい調理音が聞こえている。
「やぁ嬢ちゃん、遅かったね。」
「おはようさんございます、ゲドさん。…何の騒ぎですか?」
1人酒を飲んでいないゲドにルディがこの騒ぎの訳を聞く。
「それはね、街に行く前の食糧の鮮度がそろそろヤバいから皆で楽しく騒ごうって訳だよ。今日は暇だしね。」
ナイフとフォークを構えたまま愉しげにゲドが言う。
「おい我が妹よ。お前の彼氏は全く酒を飲まんな?」
「か、彼氏じゃ無いですよ!?ロードさん!!」
既に出来上がっている男がルディに話かけるが、ルディの対応が若干ギコチナイ。
「ロードって…なぜ本名?せめてお兄ちゃんとか兄貴とブラザーとか…」
相当酒が回って居るのか男(ロード・ロッタ)はベラベラと1人で話し続ける。
どうやらルディは相当この兄が苦手のようだ。
「解りましたよ…義兄さん。」
「ナ・ゼ!?何故義兄さん!?でも可愛いから許す!!もう抱きしめたい!!!」
ロードは最早手が付けられないくらい酒が回っている様だ。
「こぉんのボケリーダーガァァァア!!」
ルディに飛びかかるロードへ小さな人影が跳び蹴りをカました。
「ぬぉあ!!?」
「シスコンも大概にしとけよこの中年がぁぁあ!!寧ろ消えろ、無二帰れこの変態がぁぁあ!!!」
人影はそのままマウントポジションに持ち込むとロードを蛸殴りにし始めた。こちらも酒が回っているらしい。
「ちょ、マウントポジションは止めろ、あと俺はまだ25歳だぁ!!」
「何故其処から否定するんだよ!?」
「実際シスコンで変態は事実だからだ!!」
「威張って言うことか!!貴様はもうマジに消えろぉぉお!!!」
ロードの一言で人影のラッシュのスピードがさらに上がった。
「…メンドクサい。」
テーブルの隅の人間が溜め息をついた。此方も酒が回っている様だ。
「面白いお兄さんだね?」
「…兄じゃなくて義兄です。」
愉快そうな顔をして喋るゲドにルディが恥ずかしそうに答えるだけだった。
大騒ぎ
「酒は人を狂わせますね。」
いつの間にかゲドとルディの横に男、いや少年が立っていた。
「えーっと…誰かな?」
ゲドが問う。
「僕はパル・ロッタです。よろしくお願いします。」
銀髪の少年がニコヤカに言う。
「ロッタ…嬢ちゃんまだ下に兄弟が居たのかい?」
「私が一番下だと思うんですけど…」
パル・ロッタ、村長の名字と同じと言うことは村長の子供なのだろうか?しかし村長の子供はルディが一番下な筈なのだが目の前の少年は明らかにルディより幼い。
「もしかして義兄さんの子供?」
「ち、違いますよ。僕らはロードさんに拾われたんです。それで名字と名前を貰ったんです。」
パルが訂正する。
「因みに今ロードさんをフルボッコにしてるのが姉のハル・ロッタ、彼処で酒を飲んで鬱に成ってるのが弟のバル・ロッタです。」
更にパルが付け足す。
よく見ると皆髪が銀色だし顔もよく似ている。寧ろ…
「…ん?同じ顔!?」
ゲドが今更ながらにそのことに気付いた。
「はい三つ子なんですよ。姉さんは女だから若干顔が違いますけどね。」
ニコヤカな顔のままパルが言う。
その後三つ子の様子を見回すゲドとルディ。
「顔は一緒だけど…」
「性格は全然違いますね…」
2人の言葉にただパルは笑うだけだった。
話をしていると机の上にロードが落下した。それの巻き添えを喰らいバルと準備されていた食器が吹っ飛んだ。
「イタタタタ…あんまり調子に乗ってるとお仕置きだぞ。我が娘よ?」
「誰が変態の娘か!?今日こそフルボッコにしてやんよ!!」
「…面倒クサい。」
そろそろ本格的に乱闘を開始しそうな2人+1名…
ガチャ
そんな一触即発な部屋に厨房からムサシがやって来た。そして荒れ果てた現状を見て一瞬フリーズする。
「……ブッ殺す。」
満面の笑みに青筋を浮かべながらムサシが低く唸った。
「む、ムサシさん。語尾が【ニャ】じゃ無くなってますよ。」
言いながらルディはムサシから成る可く早く集会所から逃げ出した。
…その後集会所からは三名の悲鳴がこだまし続けた。
騒ぎの後
数分後~
集会所の中にはテーブルに座り料理を待つ三名と、その横で正座をさせられる三名の姿があった。「スイマセンでした。」
「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ…」
「…何故僕まで。」
どうやらムサシのお仕置きで一名にトラウマが出来たらしい。
「では召し上がれニャ。」
「イタダキマース♪」
ムサシの一言でゲド、ルディ、パルの三名が豪華な食事を食べ出した。
それを羨ましそうに見るロード、ハル、バルの三名。
「ニャアは赤いけど鬼ではないのニャ。」
そう言ってムサシが三人の前にも食事を持ってきた。
三人は嬉しそうに蓋を開けるがその瞬間フリーズした。
「残したら許さないのニャ。」
そう言って微笑むムサシだが、器の中身は料理と言うよりグロテスクなオブジェだった。
こんがりと焼かれた毒怪鳥の頭が其処にあった。
「い、いただきます。」
目の前のオブジェと睨み付けるムサシを見比べ、恐る恐る食べようとするロード。
「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ…」
「ユルシテクダサイユルシテクダサイユルシテクダサイユルシテクダサイ…」
しかし残り二名は完全にリタイヤの様だ。
「ムサシさん、アレって美味しいんですか?」
「誰に物を言ってるニャ?味は完璧ニャ。」
ルディの問いにムサシが意地悪な笑みを浮かべながら応えた。
「お、旨い。…んぐっ!?」
ロードがその一言を言うと共にぶっ倒れた。
「ただし、お仕置きだから死なない程度に色々盛ってあるのニャ。」
ムサシがニィヤっと笑った。
「あの~…姉さんとバルは許してくれないですか?」
パルが恐る恐る言う。
一瞬ムサシがパルを睨んだ。
「まぁあの二人は十分面白い反応をしたから許してあげるニャ。」
ムサシがニッコリと言う。
「「有難うございますムサシさん。」」
半ベソの二人が揃って言う。
「ホントに面白い人達だね。」
「そうですね…。」
笑いながら言うゲド、ルディはテーブルに倒れる義兄を見ながらボソッと答えた。
その後、夜遅くまでこの食事は続いた。(ロードは放置されたままだったが…)
部屋分け
食事から数十分後~
「そうだ、交流を深めるために2人ずつくらいで同じ部屋で寝よう!」
いつ復活したのか、ロードが言う。
その言葉に対しルディとハルがキッと睨み視線で抗議する。
「いいね、偶にはそう言うのも楽しそうだし。」
ゲドが愉しげに言う。
「じゃ、決まりだな!」
「私は良くありません!」
「そうだバカリーダー、第一マキルさんに部屋を使う許可を貰わなきゃだろ?」
2人の少女が抗議するが、それを聞いてロードがニヤリと笑う。
「今日マキルさんは依頼の受注でいないのだよ。それにお前達は女の子どうし同じ部屋で寝ればよかろう?」
ロードがサラリと言い返す。
互いに顔を見合わせる2人。
『まぁ、それなら。』
2人が同時に答える。
「じゃあ決まりだな。では俺は彼氏君の部屋で寝るかな?」
「だから彼氏じゃないですよ!!」
ロードに対して突っ込むルディ。
「俺の部屋はコッチだよ。」
しかし既に2人は移動を開始していた。
「私達も移動しようか、ルディさん。」
ハルがポンとルディの肩に手を置く。
「…そうだね。私は村長の家の離れに住んでるから…」
そう言ってルディ達も移動を始めた。
「姉さんとルディさん、ロードとゲドさんって事は…」
「って事は……!!!」
集会所に残されたパルの一言でバルが自分達の相部屋相手に気が付いた。
後ろを振り返ると赤い悪魔が顔一杯に邪悪な笑みを浮かべている。
「ニャアの部屋はこっちニャ。」
逃げようとするバルの首を鷲掴みにしズルズルと部屋に引っ張って行くムサシ。
パルに助けを求めるバルだが、パルは苦笑いしながらついて行くだけだった。
こうして彼ら一人一人にとって長い長い夜が始まった。
長い夜
兄弟と赤猫
薄暗い個室…その棚や床一面を何だか分からない怪しげな物が占拠している。
「ム、コココ、ナナナ…!!?」
「ムサシさん、コレ等は一体何ですか?」
怖がり過ぎて会話が出来なくなっているバルの代わりにパルが言う。
「食材になる一歩手前の物ニャ。触らない事をお勧めするニャ。」
ムサシがニヤニヤしながら言う。
よく見ると鉢植えに植わっているのは食材の様だ。
しかしその他の瓶詰めの物は全て不気味な色をしており、内臓や虫の様な物が殆どだった。
中には動いている物もある。
「ニャアは色々やる事があるから先に寝ると良いニャ。」
そう言ってムサシは周りを瓶詰めに囲まれたベッドを指差す。
「---!!」
「じゃあオヤスミナサイ、ムサシさん。」
「おやすみニャ。」
ビビりまくるバルをベッドに押し込み、寝る支度をするパル。
シャー、シャー…
「…!!?」
「ムサシさん何してるんですか!?」
不意に聞こえる不気味な音に二人が跳ね起きる。「明日の食事の準備ニャ、気にせず寝ていいニャよ?」
ムサシがデカい包丁を研ぎながら言う。
「…そ、そうですか。」
そう思いながら布団を被る2人…
バシャーーー、ビチビチビチッ…ズダン!!グチャ…ビクビクッ、ズダンズダン…
音が響く度にビビるパルとバルを見ながら楽しそうに作業をするムサシだった。
この兄弟の夜は長くなりそうである。
義妹と義娘
場所は変わって村長宅、離れ…
因みに村長は不在。(ロードに村の事を任せ、数ヶ月の間放浪しているらしい)
そしてやたら広い離れの中に無数にあるベットに適当に寝る準備をする2人。
「ハルちゃんはどういう経緯で義兄さんに出会ったんですか?」
ルディが不意にハルに問いかける。
「いいよ。その代わりちゃん付けは止めてね。」
そう言うとルディより小さい少女は語り始めた。
7年前:焼き払われた小さな村~
小さな村は飛竜の襲撃に遭ったらしく人影は無く、死肉を貪るランポス達だけが生きた住人だった。
…いや生きた人間も居る様だ。
三人の小さな子供達が瓦礫の隙間でガタガタと震えていた。
惨劇の全てを見てきたのであろう子供達は髪が全て白く染まり、その目は真っ赤に充血している。
そして息を潜め死に神がさるのを待っている。
しかし無情にも子供達に最後の時が迫る。
黄色い瞳が子供達を見つけ出し、瓦礫の狭い隙間に嘴を突っ込み子供達の肉を喰い千切ろうとする。
悲鳴を上げ瓦礫の奥に逃げ込み子供達だが、逃げ場は殆ど残っていない。
一際大きな悲鳴の後に赤い血飛沫が辺りに飛び散った。
しかしそれは子供達の血ではない。
首から上を無くしたランポス達が血を噴き出すその後ろで、大きな鎌を持った男が立っていた。
返り血に染まる男と震える子供達の目が合う。
怯える子供達を見て、男がその風貌に似合わない笑顔を浮かべ優しく手を差し伸べた。
「何で助けてくれるの?」
子供達の問いに男はこう答えた。
「弟や妹に似ているから。」
笑いながら男は答えた。
「そんな理由ですかあの義兄!?」
話を聞き終えたルディは思わず突っ込みを入れてしまった
話の続き
「それから今まで世話になってる。」
ハルがサラリと言う。
「…よくそんな変態に付いて行く気になりましたね。」
ルディが呆れた様に言う。(ルディの中でロードは義兄から変態になった。)
「他に道が無かったからね。それにロードは意外に優しいし頼りになるんだ。」
ハルが若干嬉しそうに言う。
「そうなんですか。…でもそれならお父さんって呼んであげてもいいんじゃないんですか?」
「絶対に嫌だ!!」
ルディの問いにハルが即行で答える。
「そんなに嫌われてるんだ義兄さん…。」
ルディが少し落ち込みながら言う。
「いや、嫌いとかじゃなくて、寧ろ好きと言うか…家族になるのはいいんだけど…親子は嫌って言うか、そのえっと……」
「ハルちゃん?」
ハルは顔を真っ赤にしたまま俯いてしまった。
しかしルディがその理由に気付く訳が無かった。
…
場所は変わって集会所の宿舎~
「昔はあんなに可愛かったのに…何故誰もお兄さんやお父さんと呼んでくれない!!?」
「何でだろうね?」
泣きながら喋るロード。また酒を飲んでいるようだ。
ゲドはそんなロードの横に座って話を聞いている。
「そうだゲド君、君は我が妹の彼氏君な訳だから俺の事をお兄さんと呼んでもいいんだよ?寧ろお兄さんと呼んで下さい。」
「俺で良いならそうしようか?『お兄さん』?」
酔っ払いながら頼むロードに気前よく答えるゲド。
「有難うゲド君…いや我が弟よ!!」
余程嬉しいのか、それともお酒のせいか(恐らく前者である)泣きながら喜ぶロード。
「本当は村に帰って来た理由はルディに彼氏が出来たと母に手紙で言われたからなんだ。」
突然真面目に話し出すロード。
「しかも相手が色々な噂を持つ『外道の餓鬼』だからな。噂通りならぶっ殺そうかと思っていたが…君なら許す!!」
親指でポーズを取りながらロードが言う。
「でだ、実際弟君はルディをどう思ってるんだ?」
ロードが酔った勢いのままゲドに問う。
「ん~…正直嬢ちゃんは妹みたいな感じだからね…。」
「そうか…別に嫌いではないが愛してもいないと?」
「好きではあるけどね。ただお兄さんや村長みたいな家族がいる嬢ちゃんを羨ましいく思ったりはするかな?」
ゲドが笑いながら言う。
「俺にとっては弟君も家族みたいなもんさ。」
ロードがゲドの背中を叩きながら言った。ゲドは少しだけ嬉しそうに笑った。
…こんな他愛ない話をしながら夜は更けていった。
長い長い夜
蒼い来訪者
密林の夜は蒸し暑く大変眠り難い。
更にこの村は狩場の近くにあるため、夜は村の周りに松明を灯し
モンスターを近付けない様にしなければならない。
なので夜は村を囲む炎と密林の多湿が相まって蒸し風呂の様になる。
そのため村に来たばかりのロード一行は寝苦しい日々を送っていた。
しかし、今夜は違っていた。
「…何でこんなに涼しいんだ?」
何時もと違う村の様子に眠りに着こうとしていたロードが疑問を抱く。
窓の外に目をやれば暗闇に包まれた密林が永遠に続いていた。
暗い風景…そう暗すぎる。
その風景にはある筈の松明の光が無かった。
バキッガサッ…
更に耳を澄ませば何やら不穏な音が聞こえてくる。
人ではない何かが大量に近付いて来る音…
「何かが近付いてくる!?」
「それに血生臭いね。」
いつ起きたのかゲドがギラツイタ瞳でジッと音がする方向を見ていた。
ガサッガサッ…バキバキバキバキ!!!
木々をへし折る音と共に暗闇から何かが飛び出してきた。
「あ、アプトノス!?」
ロードが驚きの声をあげる。
アプトノス:比較的小型かつ臆病な草食竜。
主に家畜として人に飼われ、食用や労働力にされる。
暫し唖然としたまま走り続けるアプトノスを眺めるロード。
よく見ればアプトノス怪我をしており、そこから血を垂れ流しながら走り続けている。
そして垂れ流される赤い血は招かれざる客をこの村に呼び寄せてしまった。
逃げ惑うアプトノス達を追う様に蒼い影達が暗闇を裂いて現れた。
「次はランポスかい?」
ゲドが装備を整えながら言う。
複数でアプトノスに襲い掛かる蒼い狩人達は瞬く間に赤い水溜まりを作り上げた。
肉を貪るランポスの群れ、しかしアプトノスだけでは満足が行かないのか辺りの匂いを嗅ぎだしている。新たな獲物…つまり人間を捜している。
「ここはお前らの縄張りじゃないよね?」
「全くだ。」
装備を整えたゲドとロードがランポスの前に立ちはだかる。
ギャーギャ-と叫び声を上げ威嚇するランポス達だがその叫び声はすぐさま断末魔に変わった。
「弱い奴程よく吠える…か。」
手に持つ鎌に着いた血を振り払いながらロードが言う。
「オマケに不味くて食べれないしね。」
ゲドも同じ様にナイフをしまいながら言う。
2人が振るう刃は一瞬でランポス達を醜い肉片に変えたのだった。
村の住人
暗闇からはまだガサガサと言う音が響いているが、仲間の無残な最期を見てかそのまま音は散り散りになって行った。
それを聞いてゲドが舌打ちをする。
ランポスとは鳥竜種に分類される小型のモンスターだ。
鋭い牙や爪を持っているが戦いなれたハンターなら苦戦する相手ではない。
しかし、武器も装備もない人間が敵う相手ではない。逃げようにも彼らは基本的に群れで行動するのでそれすら敵わない。
そして此処は狩場ではなく夜の村。寝るときまで重苦しい装備をしているハンターは殆ど居ないだろうし、装備すら持っていない人間も居る。
つまり夜の村とはランポス達にとって最高の狩場なのだ。
「俺は嬢ちゃん達を助けに行くよ。少年達はムサシが着いてるから大丈夫だから村の人を頼むよお兄さん。」
「おい村の人って・・・て、おい。」
ゲドはロードが言葉を発するより早く暗闇へと消えていた。
「村人ったってこの村殆ど人が居ないだろうに・・・。」
ロードがボヤク。
この村は彼が言うようにあまり人は居らず栄えて居ない。
村長とマキルさんは不在。
自分達ハンターを除くと、後は武器工房と雑貨屋を営む店主家族くらいだ。
「・・・・とりあえず、助けに行きますか。」
そう言うとロードも暗闇の中へ走り出した。
寝れない少年
ムサシ達の部屋では未だにムサシが作業をしていた。
「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ…」
布団の中ではバルがずっと同じ事を言っている。(魘されているのだろうか?)
それとは対照的にパルは静かな寝息を立てている。
ガリッガリッガリッ…
不意に誰も居ない筈の廊下から扉を引っ掻く様な音が聞こえてくる。
ムサシがそっと窓から外を見れば、怪しく何かが光っていた。
ガッガッ…ガンッガンッ!!
扉から響く音は引っ掻く様な音から叩きつける様な音へ変わってきた。
「フム、今開けてやる…ニャ!!」
言うと共にムサシが手元に有った長包丁をブン投げた。
バキャ(ギッ!!?)
凄まじい速度で放たれた包丁は扉をブチ破り、扉の向こうに居たランポスの頭を一瞬で叩き潰した。
「何事ですか!?」
「ゴメンナサイ!?」
その音に反応してパルとバルが跳ね起きた。
「3分待ってあげるニャ。その間に装備を整えるのニャ。」
ムサシが血塗れの包丁を引き抜きながら言うので、2人は何の反論もせず装備を準備し始めた。
窓の外では仲間の微かな断末魔を聞いてか、俄かに騒がしくなり始めた。
「とりあえずコレでも喰らうのニャ。」
ムサシは言いながら窓の外に大樽爆弾を放り投げた。
大タル爆弾は地面に落下した瞬間に、暗闇を引き裂く光と共に数匹のランポスを吹き飛ばした。
静寂を取り戻した暗闇だが未だにランポスの気配は消えない。
ガッガッガッガッ…
廊下からは再び何かが近付く音がする。
ムサシが迎撃の体制を取るが扉から飛び出したランポスは3匹。
迫り来るランポス達を両手に持った包丁で斬り伏せるムサシだが、ランポスの数に対して手が1つ足りない。
素早く3匹目に包丁を振り上げるムサシだがソレよりも速く別の刃がランポスを貫いた。
「準備が出来ましたよ、ムサシさん。」
パルがランポスから剣を引き抜きながら言う。
安堵するムサシ達だが更に2匹のランポスが扉から飛び込んで来た。
クウァァア!!
しかし、そのランポス達は怪鳥の鳴き声と共に放たれた散弾によって一掃された。
「…準備、出来ました。」
ヘビィボウガンを折り畳みながらバルが言う。
それを見たムサシはニヤッと笑うと赤い衣に身を包み、大剣を背に担いだ。
「さて…なかなか楽しい夜になりそうニャ。」
言いながら三人は寝室を後にした。
少女の夢と妄言
少女達の寝室…
何時もよりも快適な寝心地に、何の不信感も持たずに少女達は安眠を貪っていた。
ガッガッガッガッ…ガリッガリッ
故に招かれざる客に少女達は気付かない。
ガッガッ…ガンッガンッガンッガンッ!!
次第にノックの音が激しくなる。
(朝じゃないけど起きなさい。)
ルディの頭にあの声が響く。
「…ウルサい…夢のくせに。」
しかしルディは夢だと思い起きようとはしない。(起きないと死んじゃうわよ?)
「…夢だから大丈夫。」
ルディは一向に声の相手をしない。
(…じゃあ夢だから何があっても平気よね?)
「…夢だからね。」
(じゃ交代して貰うわよ?)
「夢・だから‥ね…。」
その一言を言うとルディの意識は夢の底へと堕ちて行った。
ガンッガンッ…バキャッ!!!
扉を叩き破る音と共に数匹のランポス達が部屋に忍び込んで来た。
しかしそんな彼らを待ち受ける様に少女が一人佇んで居た。その手には小さなナイフが光を放っている。
「こんばんわ蜥蜴さん達。」
少女は何時もとは違う妖艶な笑みを浮かべている。
「そして…サヨウナラ。」
少女の表情が口が裂けた様な笑みに変わった瞬間だった。
ギャ!?
小さく響く断末魔、それから少し間を置いた後、真っ赤な水が噴水の様に吹き出した。
何が起こったかを把握する前に、残りのランポス達の視界の天地が逆転した。
「フフ…さようなら。」
少女は大量の返り血を浴びながら妖しげに微笑んでいた。
ギャー
部屋の外からは微かだが、確かにランポス達の鳴き声が聴こえる。
「ん~…面倒ね。」
少女は部屋の中と外を交互に見比べた。
小さな鳴き声と足跡は次第に大きくなって来る。
スースー…
そしてベッドで心地良く眠るハルの寝息も聴こえて来る。
「…とりあえず彼女に起きて貰いましょうか。」
余りに気持ちよさそうな寝息に少女は少しばかり殺意を覚えた様だ。
そして少女は顔と寝間着に血化粧をしたままハルに近付いて行った。
お姉様
フカフカのベッドで気持ち良く眠るハル。
しかし頬に伝わる冷たい感覚が彼女を心地良い夢の底から引き揚げる。
『…起きなさいハルちゃん。』
更に少女の声がハルに呼び掛ける。
「んー…ちゃん付けは辞めて!」
ハルは寝ぼけたまま頬に当たる冷たい何かを振り払った。
ザスンッ
瞬間ハルの耳元に冷たい何かが突き刺さる。
「私がちゃん付けをしている内に起きなさい、ハルちゃん。」
殺意の篭もった冷たい声にハルはハッと目を開けた。
開いた瞳の先には赤く染まった冷たい微笑みがあった。ハルの耳元には小さなナイフがギラギラと安っぽい光を放っている。
「お、オハヨウゴザイマス、ルディさん!?」
余りの出来事にハルの声がひっくり返っている。まだ夢を見ているのだろいか?
「おはようハルちゃん。後その呼び名は止めて…そうね、お姉さんで良いわ。」
少女はハルの耳元から柄まで赤色になったナイフを引き抜いた。
「判りましたお姉様!!」
ハルは少し混乱している様だ。
ザッザッザッ…
外は再び騒がしくなってきた。
「いいハルちゃん?今から直ぐに狩りの準備をしなさい。」
それだけ言うと少女はありったけのナイフを両手に持って出口に向かう。
「な、何をするんですかお姉様!?」
少女の行動がイマイチ理解できないハル。
そんな彼女の顔側面をナイフが閃光の様にすり抜けて行った。
「ハルちゃんは早く言われた事をやりなさい。私は今からお客さんの相手をしないといけないのよ。」
少女は愉しげに言うと両手に持ったナイフをギラツかせ血塗れの寝間着のまま部屋を出て行った。
「…お姉様。」
そんな少女を少し格好いいとか思うハルだった。
「フフフ…ハハハハハハハ!!」
しかし、その後ハルは外から響き続ける断末魔と少女の笑い声のフルコーラスをBGMに装備を着替える羽目になった。
狩人狩り
血飛沫の舞う中、少女はまるで青い影と踊る様に無数のナイフを振るい続ける。
様々な角度に撃ち出されるナイフは次々にランポスの頭に突き刺さっていく。
そして事切れたランポスが倒れる前に少女はナイフを引き抜き自ら返り血を浴びていく。
その度に少女の顔は赤く、美しく染まっていく。
次々に仲間の頭を潰されるのを見てか、残り少なくなったランポス達が悲鳴に近い叫びをあげる。
命乞いにも見えるランポスの叫びを聴いても少女の手は止まらない。
ギャァァァァァ
一際大きな断末魔、そして最後のランポスが地に伏せた。
「…ツマラナいわね。」
少女は退屈そうに溜め息をつき、ナイフをしまう。
…小さな溜め息、ほんの僅かな隙。青い狩人は決してそれを見逃さない。
静寂をぶち壊し、少女の背後から躍り出る青い影。
「まだ居たのね。」
少女は振り向きもせずにランポスを交わし、アッサリと首を跳ねた。
しかし、動物とは何かを狩るときほど自身の警戒は薄まるのだ。
蠢く草影、再び少女を襲う奇襲。今度は少しばかり間に合わない。
今の少女が身に纏っているのは薄手の寝間着のみ、いくら相手がランポスでもかなりのダメージを負う羽目になる。
少女は小さく舌打ちをする。
「ウオリャァァァア!!」
そんな小さな舌打ちを掻き消す様にハルの雄叫びが轟いた。
銀髪のツインテールを靡かせ、ハルの手に持たれた
ハンマーが飛びかかるランポスを捉えた。
グシャッァア
ハルは豪快な雄叫びに相応しい破砕音と共にランポスを叩き潰した。
「大丈夫ですかお姉様!?」
手に持つクックジョーを持ち直しながらハルが言う。全身のザザミ装備、そして長い銀髪が大変可愛らしいがハンマーには哀れなミンチが付着している。
「…アナタはもう少し女らしくするべきね、言動とか見た目とか。」
「今のお姉様に言われたくねぇ!!!」
血塗れの少女の言葉に思わず突っ込むハルだった。
消耗戦
ハンマー:かなりの重量があり大変リーチが短い武器。しかしそれらのデメリットを補い、余りある破壊力を持っている。
その超重量の塊から放たれる一撃は巨大な飛竜にすら脳震盪を引き起こさせる。
力を篭めれば篭めるほど破壊力を増すハンマーだが、その反面扱うにはかなりの腕と体力が必要となる。
相手は一体の強敵ではなく、無数の雑兵達。
休む間すらないハルは、大量のランポス、そして何よりハンマーを完璧には扱いきれていない未熟さ故、ハルは目に見えて疲労が溜まっていた。
「ぅ…りゃぁぁぁあ!!」
渾身の力を篭め放たれる一撃だが、疲労のせいか狙いが甘く地面を叩くだけだった。
そんなハルの未熟さを見越してかランポス達はやや遠巻きに構え、体力を消耗するのを待っている様だ。
「ハァ、ハァ…こんの野郎ぉぉぉお!!!」
ハルは叫びと共にハンマーの重量に任せ、グルグルと独楽の様に回転しながら攻撃を放つ。
数匹のランポスを吹き飛ばすハルだが、ハンマーの重量を扱いきれずその場に尻餅をついた。
その拍子にクックジョーが地面にめり込んだ。
そんな隙だらけの彼女を取り囲む様に陣を組むランポス達、そして様々な角度からハルに襲い掛かる。
ギャッ!?
響く悲鳴、しかしそれはハルの物ではなかった。
「自分の身くらい自分で守りなさい。」
少女が冷ややかに言う。そんな少女自身も複数のランポスを相手にしているのだが、咄嗟にナイフを投げハルを庇ったようだ。
しかし軽装の少女の武器は闘う程に数が減っていく。
さらにハルの体力は限界に近い。
その上ランポスの数は減る様子が無く、次々に現れてくる。
ガサガサッ
突然揺れる茂み、其処からは二つの頭が顔を出した。
他のランポスとは違う立派な鶏冠、ランポス達のリーダー、ドラスランポスだ。
立つ事すら危ういハルを庇いながらの戦闘、其処へリーダー格が2体同時に現れたのだ。
流石の少女も、この状況に舌打ちをする。
が、少女達の危機はこの後聴こえる脳天気な声で杞憂だった事が解る。
「大丈夫かな、嬢ちゃん達?」
茂みの中からはドラスランポスの頭が刺さったままの双剣を持ったゲドが現れた。
不意打ち
ナイフとフォークに刺さったままのドスランポスの頭2つを空高く放り投げるゲド。
リーダーが哀れな姿で空を舞うのを見詰めるランポス達。その瞬間はランポス達は限りなく無防備だった。
「本当に馬鹿だね。」
ゲドが笑いながらその言葉を発した時、ランポス達の首と胴はもう繋がってはいなかった。
噴出する血飛沫をバックに笑う男。その景色は吐き気がする程に不気味で、全てを忘れる程魅力的だった。
そんな異様な光景を見て惚けるルディとハル。
「オーィ、嬢ちゃん?」
反応の無いルディの肩に手を掛け呼び掛けるゲド。
「へぁ?!ゲドさん、こんな時間に何してるんですか?」
ルディがハッと意識を取り戻すが現状が把握出来ていない様だ。
「何って…とりあえず着替えて来た方が良いんじゃないかな?」
ゲドの一言でゆっくりと辺りを見渡すルディ。
血塗れの芝生、首なしのランポス達、へたり込むハル、そして血塗れな彼らよりずっと赤く染まった寝間着姿のままの自分。
「きっ、着替えてきます?!!」
辺りの惨劇よりも寝間着姿の自分を見て部屋に駆けていくルディ。
そんな彼女をゲドは愉快そうに見ていた。
「フゥー…なんか性格変わってない?」
そんな一部始終見ていたハルがポツリと言う。
ハンマーを振り回していたハルは相当疲れているらしく地面に座り込んでいる。
辺りのランポスは粗方ゲドが始末したらしく茂みは大変静かになっている。
カサッ
しかしハルが気付かない程微かに茂みが揺れる。
其処から音もなく伸びる二本の腕が小さなハルの肩を鷲掴みにした。
「ッキャァァァア!!??!」
不意の出来事に悲鳴を上げるハル。彼女の背後では、禍々しい布の隙間から覗いた髑髏が怪しくその瞳を光らせていた。
親子【妹】喧嘩
響き渡る少女の悲鳴、その少女の背後で妖しく微笑む髑髏…
そして二人の視線がガッチリと合う。
「キャァァァア!?…って何してんだこの糞リーダー!!!」
髑髏と目が合った瞬間、ハルのアッパーが炸裂した。
「グホァァァァア!?」
アッパーの直撃を喰らい地面に落下する髑髏。どうやら髑髏の正体はデスギア装備をしたロードの様だ。
「我が娘よ、もう少し女の子っぽい反応が良いんだが…」
「黙れニセ髑髏!!前々からその装備は辞めろって言ってんだろが!!何より助けに来るのが遅いんだよ!?ちょっぴり怖かったんだぞ!!!?」
文句を叫びながらロードに蹴りを入れるハル。しかし不意を突かれたせいか混乱している様だ。
「お兄さん、店主の避難は終わったのかな?」
2人の行動を気にも止めずゲドが問う。
「あぁ大丈夫だ弟君。集会所周辺を掃討した後、集会所の一階を完全に閉鎖して二階に避難して貰ったからな。」
ハルにガスガス蹴られながらロードが応える。
「ゲドさん、あんまりこの馬鹿を甘やかさないで下さい。」
ロードを(お兄さん)と呼ぶゲドに対して突っ込むハル。先程までの疲労は何処へ行ったのか?
「着替えが終わりました。て何してるんですか?」
そんな三人の中へ、装備を整えたルディが帰ってきた。
全身リオハート装備のルディをマジマジと見るロード。
「我が妹ながら可愛い…やはりピンクはエロ…
『黙れ糞義兄(リーダー)!!』
ロードの顔面に回し蹴りとフックが同時に炸裂した。
「グハッ?!」
ロードは小さく呻いた後その場に崩れ落ちた。
「さて皆揃った事だしムサシ達と合流しようか?」
ロードのことは気にも止めずゲドが言う。
『そうですね。』
ルディとハルが揃って言う。
「じゃあランポスの掃討も兼ねて適当に探そ…ん?」
ゲドが言葉の途中で話すのを止める。そしてそんなゲドを見て当惑する2人をその場に伏せさせた。
直後、この村には場違いな影が上空を通り抜けた。
「どうやらムサシを探すのは食材の準備をしてからになりそうだね。」
ゲドがニヤリと笑う。
村の上空を旋回する影は何かを見つけたらしく、村のハズレへユックリと降下して行った。
暇な洞窟
ここは村のハズレ…
岩山にポッカリと空いた小さな洞窟からはある一定のタイミングで発砲音とランポス悲鳴が響いている。
狭い洞窟内ではバルがイャンクック砲に散弾を装填していた。
「なんで…洞窟?」
「ムサシさん何で洞窟でノンビリ休憩なんかしてるんですか?」
言葉足らずなバルの言葉を補う様にパルが言う。「此処ニャらランポス共が何匹来ても簡単に一掃出来るからニャ。後ランポス狩るのに飽きたからニャ。」
ムサシが血塗れのキングオブキャットを研ぎながら言う。
因みに今ムサシ達が居るのは、狭い袋小路になっている洞窟。
人1人がギリギリ通れる程度の狭い洞窟なのでランポス達すら一体ずつしか侵入出来ないのだ。
そして仲良く一列で入って来たランポス達をバルが掃討する。
しかし運良く弾が外れる事もある。その場合は…
「まだ生きてますね…ゥリャ!!」
言うと共にパルがデスパライズを振り下ろした。と言う感じでパルがトドメを刺すのだ。(因みにムサシは何もしない。)
「こうして居ればその内ゲド達が合流しに来るニャ。」
ムサシが言いながらクァ~と欠伸をする。
「そうですね。僕も早く寝直したいです。」
パルもクックヘルムを外して頭を掻く。
「…眠い。」
バルもクックキャップから覗く瞳がトロンとしてきている。
三人には明らかに眠いと顔に書いてある。
そんな空気を吹き飛ばす様に、俄かに洞窟の外がざわめく。
木々を掻き分け、葉を散らし、大きな何かが舞い降りる音…
その唯ならぬ気配にムサシがピンと耳を立てた。
「ゲドがくる前に"食材"が来たみたいだニャ…ニャァが捌いてくるから、お前達は洞窟の入口辺りで待機しておくのニャ。」
ムサシが背中の大剣に手を掛けながらニヤリと笑う。
パルとバルは真剣そうなムサシの顔に静かに頷くと、ゆっくりと入口に向かい歩いて行った。
違和感
洞窟の外に出たムサシ達を待っていたのはさっき見た頭…いや顔だった。
薄黒い肉体、大きく歪な鶏冠、血走った瞳、そしてゴムの様な表皮…
『…ゲリョス?』
パルとバルが洞窟の淵に隠れながら言う。
ゲリョス:通称、毒怪鳥
イャンクックやランポスと同じく鳥竜種に分類されるモンスター。
全身がゴムの様になっており、その皮は打撃を弾き不規則に伸縮する。
さらに通称の通り、口から毒液を吐き出し、その見た目からは想像もつかない様な速度で狩場を走り回る。
因みに強さとしてはイャンクックよりやや上程度である。
「ゲリョスなら戦った事がありますよ。僕達だけでもやれるんじゃないですか?」
パルが遠くのゲリョスを見ながら言う。
確かにゲリョスは強敵という訳ではない。まだ未熟な2人が側にいても十分戦える敵だ。
「そうだニャ…。」
しかしムサシは言葉を濁す。
あのゲリョスは何か変だ。彼女の感がそう告げる。
しかし、このまま村に逃げられても面倒だ。出来れば此処で始末してしまいたい。
チラリと2人を見るムサシ。2人共疲労している様子はない、それにゲリョスならクックシリーズでも十分に戦える。
何より彼らにはゲリョスと戦った経験がある。これは防具を揃えるよりも重要な事だ。そして彼らにはソレがあるのだ。
「仕方ないニャ…。今からニャアが煙玉を使うニャ。その後はニャアが奴の正面で戦うニャ。パルは一撃離脱、バルはなるべく距離を取って狙撃するのニャ。」
ムサシが大まかな作戦を説明する 。
パルは一度デスパライズを研ぎ直し、バルはイャンクック砲に通常弾level2を装填する。
「じゃあ行くのニャ。無理はするニャよ?」
ムサシの言葉に2人は頷く。
ムサシはもう一度ゲリョスの場所を確認し、煙玉を破裂させた。
それと共に三人は静かに走り出す。
小さな玉から朦々と沸き立つ白い煙…
それが辺りに広がると共に、ムサシの中の違和感も少しずつ大きくなっていったが、今のムサシにその違和感が何かを確かめる術は無かった。
違う
ハル、パル、バルの三人は数ヶ月前にハンターになったばかりである。
ロードに拾われてから直ぐに彼等はハンターになる事を望んだが、ロードは彼等を溺愛していたため最近までそれを許さなかった。
数ヶ月前、彼等はロードがハンターになった年に達したので、渋々ロードが了承したのだ。
故に彼等の知識は浅く、腕は未熟だ。
そして戦った事のあるモンスターも、比較的弱い敵ばかり(ロードがクエストを受注しているため)なので経験も少ない。
しかしゲリョスはその『比較的弱い』部類に含まれる。それ故、彼等は何度かゲリョスを討伐した事があるのだ。
だからゲリョスを前にしても2人は冷静だった。何より今回は上位ハンターであるムサシが一緒なのだ。
暫くすればロード達も来る筈だから足止めに専念すればいい、と彼等の心には余裕…いや油断があった。
腰のデスパライズに手を掛け煙幕の中を疾走するパル。
煙の中、獲物を探すゲリョスの姿が微かに見える。
デスパライズを高く振りかざした瞬間、パルも微かな違和感を感じたが構わずにデスパライズを振り下ろした。
ギィィィン
煙幕の中、刃が弾かれる音が響いた。それと共にパルの腕を痺れの様な鈍痛が襲う。
刹那に吹き荒れる強風が煙幕を掻き消し、剣を弾かれた無防備なパルの姿を露わにした。
ゲリョスと、ゲリョスに接近し過ぎたパルとの視線が交錯する。
ちっぽけなパルを見下ろす様なゲリョスの視線に、パルは今までに無い恐怖を覚えた。
「…なんだコイツ?」
パルの口から微かに漏れる言葉、それが全てを物語っている。
目の前にいるゲリョスは少年が知るソレとは似て非なる者だった。
大きさ、体から放たれる重圧、そして貫く様な眼光。全てが彼の中のゲリョスとは違っていた。
ゲリョスがパルを振り払う様にその尾を振るう。ゴム質の尻尾が鞭の様にシなりパルに襲いかかる。
パルは咄嗟に盾を構え歯を食いしばった。これなら十分に一撃を防げる。少年はそう思った。
「ぬっガァッ!!?」
しかし次の瞬間炸裂した一撃は、盾の上から易々とパルの顔を激痛に歪ませた。
全身が砕かれる様な衝撃の中パルは思った。
『何だコイツは!?』
違和感の訳
強烈な一撃を受け、盾を構えたまま後方に飛ばされるパル。
両膝と片手を使い何とか踏みとどまるパルだが、その額は汗でびっしょりだった。
少年は思った。今の一撃は想定外だ。本来ゲリョスの一撃にアレほどの威力はない筈だ。
パルは一瞬遠のいた意識を必死に保ちながら考えていたが、少年の頭にその矛盾の訳を説明する事は出来なかった。
パルが答えを出す前に、再びゲリョスの尻尾がパルに襲いかかる。
あの一撃はマズい、咄嗟に飛び退くパルだが、一つ肝心な事を失念していた。
ゲリョスの全身はゴム、つまり奴の尻尾は伸びるのだ。
何時ものパルならそれを考えた上で回避した筈だが、今の彼はその事を忘れていた。
射程圏から逃れた筈のパルに、伸びた尻尾が迫る。
この体制では盾で防ぐ事は出来ない。本来なら一発ぐらいなら十分に防げるのだが、今彼の前にいるゲリョスに彼の知識は通じない。
襲い来る一撃が少年に明確な死をイメージさせる。
あぁ死んだな…
パルがボソリと言う。
「誰が死ぬのニャ?」
ニヤリと笑う赤い影と背に背負われた鉄の猫。
ギィン
パルを襲う筈の一撃をムサシがキングオブキャットで遮った。
キィン
更にゲリョスの顔面に弾丸が突き刺さり…
ボォン
爆裂した。
「パル!?」
ゲリョスの向こう側からボウガンを構えたバルが叫ぶ。
ゲリョスは不意の一撃に混乱しているのか固まったまま動かない。
ムサシは傍らで息を上げるパルと盾にした大剣の軋みようから今までの違和感の訳に気付いた。
ムサシは回復薬をパルにぶっかけた。
「な、ゲホッ…何するんですかムサシさん!?」
文句を言うパルに大剣を振り上げるムサシ。
「チョッ…ゴォッ!!?」
放物線を描き宙を舞うパル。
「少年二号、ソイツを連れて洞窟に隠れておけニャ。」
ムサシの言葉にバルは小さく頷と落下してきたパルをズルズルと引きずり洞窟へ消えて行った。
それを見届けるとムサシはゲリョスに向けて大剣を構えた。
「さて、どういう訳かしらニャいが久しぶりに上位の獲物ニャ。楽しませてくれニャよ?」
ニヤリと笑うムサシ。
ゲリョスは小さく嘴を鳴らすと眩い光を放った。
上位の竜
ムサシが言う上位とは?
一流のハンターのみが立ち入る事を許される狩場、其処に居るモンスターはどれも他の依頼とは比較にならない程強力かつ巨大。ランポス一体ですら強敵と化す依頼。
それが上位の依頼。
そして今、ムサシの目の前に居るゲリョスはその"上位の竜"らしいのだ。
故にパルの様な駆け出しハンターの装備など、紙切れ程度しかその攻撃を防げない。
しかしムサシは上位のハンターだ。無論その防具も上位の素材を使った物。
故にゲリョスとムサシの能力は対等、純粋な力量のみの闘いになる。
そして今ゲリョスはその歪な鶏冠から網膜を焼き切らんばかりの眩い閃光を放った。
ゲリョスが鶏冠から放った閃光は強烈だ。たとえ瞳を閉じていようとも、瞼の上からでも網膜を一時的に焼き付かせる事が出来る。
しかし閃光を受けたのはムサシではなく、笑う鉄猫だった。
大剣で閃光を防いだムサシは無防備な体制のゲリョスの腹に、大剣を振り抜いた。
鮮血を浴び笑う大剣とその使い手、しかしゲリョスはそれに怯む事なくその巨大な嘴でムサシに襲い掛かる。
ムサシは素早く大剣を背負い直すと、小さな体でスルスルと攻撃をかわし股の隙間から背後へ回り込んだ。
ゲリョスは視界から消えたムサシを追って振り返る。
「上位でも、やっぱり竜は馬鹿だニャ。」
振り返るゲリョスの顔面に笑い声と共に強力な一撃が繰り出される。
ゲリョスは咄嗟に首を捻り顔面への一撃を回避する。
顔のへの一撃を外した大剣は僅かにゲリョスの胸を抉った。
到底致命傷とは言えない一撃、しかしその一撃がゲリョスの動きを完璧に止めた。
訳も判らず体の自由を奪われたゲリョスの顔前には赤い猫と鉄の猫が心底楽しそうな笑みを浮かべていた。
「やっぱり馬鹿だニャ。」
ムサシは裂けた様な笑みでそう言うと、ゆっくりとキングオブキャットを振り上げた。
笑う猫
笑う猫剣・キングオブキャット。この大剣の攻撃力は中の下程度しかない。
しかしこの大剣には攻撃力ではないもう一つの武器がある。
それは強力な麻痺属性。強力な神経毒を持つこの大剣は巨大な竜からでも体の自由を奪う事が出来るのだ。
そんな武器の特性を知る由もないゲリョスは理解出来ない今の状態に、ただただモガくだけしか出来ない。
ムサシはそんな無防備なゲリョスに対してキングオブキャットを振りかぶる。
腰を低く据え足を大きく開き、ギリギリと歯を食いしばり全ての力を大剣へ篭める。
力が溜まるまでの長い間が其処には存在する。
まるで時が止まったかの様な間。
そしてその静寂ごと切り裂くかの様な一撃がゲリョスの頭部に放たれた。ゴシャァッ
斬る、と言うよりも何かを叩き潰す様な嫌な音が辺りに響き渡った。
歪な頭部を更に歪ませながらゲリョスがよろめくが、その目は血走り怒りを露わにしていた。
そんなゲリョスに対しムサシは追撃も入れずに余裕の笑みを浮かべる。
ムサシの余裕が更にゲリョスを怒らせる。
ムサシ目掛け大量にブチマケられる毒液、しかしムサシはニヤニヤしながらそれをカワし距離を取る。毒液の届かない所まで。
自分から遠ざかるムサシを見て微かに笑うゲリョス、十分にムサシが離れた事を確認するとゲリョスはカチカチと嘴を鳴らし始めた。
ムサシは何もせずにそれを眺めるだけ。
暫しの間、そしてゲリョスが翼をバッと開き無防備なムサシに閃光を放った。
そう放った筈だった。しかし辺りには何の変化もなく、ただ間抜けな姿を晒すゲリョスが居るだけだった。
「プッ、馬鹿ニャ奴…ニャハハハハハ!!」
ゲリョスの唖然とした姿を見てケラケラと笑うムサシ。
ゲリョスには今の状況もムサシが笑っている訳も解らなかった。
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[81] 長い長い夜(狂乱)
11/30 23:34
ゲリョスは今の状況が理解出来ないらしく、再び嘴を鳴らし閃光を放とうとする。だが、やはり何も起きない。
そんな困惑するゲリョスを見て爆笑するムサシ、その手には鉱石の屑らしき物が握られていた。
その屑はよく見れば鉱石ではなく、ゲリョスの鶏冠の残骸だった。
それを見て漸くゲリョスは自信の鶏冠が無くなっていた事に気が付いた。
「やっと気付いたニャ?なかなか楽しい見せ物だったニャ、バカ怪鳥。」
ケラケラ笑うムサシを見てゲリョスは怒り狂った。そしてその巨大からは想像も付かない速さで暴走し始めた。
「面倒になってきたからサッサと済ませるかニャ。」
そう言うと、毒液を撒き散らしながら走り回るゲリョスの正面にムサシが立ちはだかった。そして素早くポーチに手を突っ込んだ。
まるで何も見えていないかの様に暴走を続けるゲリョス。その視界が一瞬何かに覆われたかと思った次の瞬間、紅蓮の爆炎に包まれた。
大タル爆弾の爆発音が静まり返った密林に響き渡った。
僅かに怯むゲリョスにムサシは立て続けに2個の大タル爆弾をブン投げた。
再び響く2つの爆音。
ゲリョスは完全に立ち止まると、瞳をグリンと回転させ白目をむきその場に崩れ落ちた。
真っ黒に焼け焦げた頭部からはゴム特有の嫌な臭いが放たれていた。
無力な少年達
黒く焼け焦げたゴム質の頭、全く生気が感じられないソレに対してムサシは大剣を振りかぶった。
「終わりましたか…って何してるんですか、ムサシさん?」
不意に後ろからパルがやって来た。痛みのせいか若干顔が青い。
しかし後ろに居るバルの顔も青い、と言うか怯えているのを見てムサシは大剣を下す。
「言っておくがニャアは別に鬼畜では無いのニャ。」
『え、違うの!?』
ムサシの言葉にバルとパルが声を揃えて驚く。
「お前ら後で覚えてるニャよ。とりあえず少年二号、銃を貸すのニャ。」
若干ご機嫌斜めなムサシはビビるバルからヘビィボウガンを奪うと、2人に離れる様に指示した。ムサシはカートリッジに入ったままの徹甲リュウ弾をリロードした。
「良く見て置ニャ。」そう言うとムサシはゲリョスの頭目掛けて弾丸を放った。
弾丸が突き刺さると共にゲリョスの目がグリンと動く。そしてジタバタともがき出した。
「ゲリョスの特技は擬死ニャ。知らなかったのかニャ?」
「あっ!!…忘れてました。と言いますかムサシさんの目が恐かったので勘違いしました。」
ジロッと睨んで来るムサシにパルが頭を下げる。「人を、いや猫を見た目で判断するんじゃニャいのニャァァァア!?!!」
言葉の途中でムサシがゲリョスの一撃を受けブッ飛んだ。
「ムサシさん!?」
パルが叫ぶがバルは少し楽しそうだった。
だがゲリョスが此方に振り向いてから2人の顔が青ざめる。
武器を構えようとする2人だがパルはその時殆ど腕に力が入らない事に気付いた。
バルに至ってはボウガンがムサシと一緒に飛んでいってしまった。
無防備な二人を見たゲリョスはニヤリと笑う。
『ウワァァァア!!』
2人は大声を上げ走りだした。
ゲリョスはそんな2人の後を毒液を散らしながら追いかけて来る。
「ぅおぁ!!?」
腕が上がらず旨く走れないパルがスッ転んだ。
「パル!?」
振り返りパルを助けに行くバルだがゲリョスは直ぐ近くまで迫っていた。
迫る巨大、大きな浅黒い体が2人を押し潰そうと迫って来る。
2人にはソレを退ける事も防ぐ事も、ましてや避ける事すら出来ない。
『あぁ…コレはまずい。』
2人がボソリ呟く。そして唯迫る死に恐怖するだけだった。何時かのように何も出来ずに。
「ゼェリャァァァァア!!!!」
突如響き渡る怒声、血飛沫を撒き散らし転倒するゲリョス。
2人の目の前には何時かと同じ様に一人の死神が現れた。
『父さん!!』
死神の鎌
二人に背を向け立つ死神。
「二人とも下がってろ。」
何時もとは違う真面目な口調でロードが言う。その声には僅かに怒気が感じられる。
二人はゲリョスが起きあがる前に再び洞窟付近まで避難した。
ロードは怒りを鎮める様に深く深呼吸すると背中の鎌を構えた。
彼の武器の種別は太刀:斬りながら気を練ることによって切れ味と威力を格段に向上させる事が出来る。
更に練った気を使い放つ気刃斬りの威力は高く、その一撃は容易く竜の殻を切り裂く。
ロードが今構えているのは鎌威太刀、鎌の様な見た目と毒をもつ太刀。
武器を構え自分より遥かに大きなゲリョスと対峙するロード、その顔に何時もの笑みは無く只殺気を放っている。
痺れを切らし先に動き出したのはゲリョスだった。巨大な嘴でロードに襲い掛かる。
ロードは襲い掛かるゲリョスの頭に、後退しながら一撃を叩き込んだ。
ゲリョスの視界が一瞬朱に染まった。
その隙に飛び散る血飛沫に飛び込むかの様にゲリョスの懐に潜り込んだ。
スゥー…
再び深く息を吸い込むロード、そして目にも留まらぬ太刀捌きでゲリョスに襲い掛かる。
切り下ろし、切り上げ、薙払い、ロードの太刀は一振りする毎に速さと威力を増して行く。
「ハァア!!」
響く叫びと共に微かにロードから赤い気の様な物が発せられる。
流れる様な連続斬り、その速さ故に一連の太刀筋が赤い線と成って浮かび上がる。
「ゼェアァァ!!」
最後の斬り下ろしが決まると共に鎌威太刀が大量の毒を噴き出した。
ロードは立ち尽くすゲリョスからゆっくりと離れる。
ゲリョスは瞳でロードを睨み付けたまま、全身から血を垂れ流し、その場に崩れ落ちた。
ロードはそれを確認するとパルとバルを探しに行くためゲリョスの死体に背を向けた。
漫談
ロードがゲリョスを倒したのを確認するとヨタヨタとパルとバルが歩み寄って来た。
「大丈夫ですかリーダー?」
「…リーダー?」
パルとバルがそう言うとロードは心底ガッカリした顔をした。
「何故…何故サッキみたく『父さん』と呼ばない!?別に父さんじゃ無くてもダディでもパ…」
ロードが永遠と喋り続ける。
「…聞こえてやがったか。」
バルがボソッと言う。そして頗る鬱陶しそうな視線を飛ばす。
その時、ロードの背後の色が浅黒く変わった。
「リーダー後ろ!!!」
パルの声に反応し太刀を構えようとするロードだが、それよりも早くゲリョスの一撃が襲いかかる。
「ちぃ、糞…ガァッ!!?」
太刀を構えるが頭部に一撃を喰らい地面と水平に吹っ飛ぶロード。そして、樹木と衝突し地面に落下する。
「リーダー、大丈夫ですか!?」
倒れたロードに駆け寄る2人。
「…父さんと呼んでくれたら大丈夫になる。」
ロードが倒れたままボソリと言う。
『…このオッサンが。』
2人の声がハモる。
そんな漫談をしている3人だが、彼等の背後に2つの目が光る。
『危ない!!』
ロードをホッタラカシでゲリョスから逃げる2人。そしてロードが再び宙に舞う。
「どぅおぁ!!?!」
ズシャッと地面に滑り込むロードを無視して、ゲリョスは2人に襲いかかる。
未だに2人は武器が使える状態ではない。襲い来る嘴を横っ飛びにかわすが、何時までもかわせる訳がない。
ロードは起き上がる気配が無く、助けは期待出来ない。
兎に角バルのボウガンを回収するためにムサシを探す必要がある。
細い木々を縫うように走る2人、その後ろから木を薙ぎ倒しながらゲリョスが向かってくる。
ジリジリと短くなる距離、2人は一か八かで真横に飛び込むがゲリョスは2人を見逃さない。
地面に滑り込む2人にゲリョスが迫る。
2人が固く目を瞑った瞬間、後方から爆発音とゲリョスの悲鳴が響いた。
集合
怯むゲリョスの顔面に立て続けに矢が突き刺さり、爆発する。
「早くコッチへ!」
後方からルディが叫ぶ。パルとバルはゲリョスが怯んでいる隙にルディの方へ駆け出した。
不意打ちを受けたゲリョスは矢を喰らいながらも、突進を開始する。
2人に迫るゲリョス、あと少しで2人を押し潰すという時だった。一つの影がゲリョスに向かって突っ込んで行った。そしてゲリョスの頭部から血飛沫が飛び散った。
「やっと追い付いたよ。君達の父さんは足が速いね。」
ゲリョスの下顎から脳天目掛けフォークを突き刺しながらゲドが言う。
断末魔を上げるゲリョスに躊躇う事無く、更に深くフォークを突き刺す。
「では、イタダキマス♪」
ゲドは言うと共にナイフを振り抜き、首を切り落とした。そして小さく肉を切り取ると、それを口に運んだ。
「…やっぱり、ゲリョスは生じゃ喰えないね。」ペッと肉を吐き出すゲド。
「ん?ムサシさんとリーダーは?」
茂みから遅れてハルが出て来る。
その質問に対してパルとバルは事の一部始終をゲド達に話した。
「…とりあえず探しましょうか?」
ルディが少々呆れ気味に言った。
そして面々はムサシとロードを探す為に辺りに散らばった。
最終更新:2013年02月27日 23:35