前書き
ようこそ、バーボンハウスへ。 このテキーラはサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。
うん、「また」なんだ。済まない。 仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。
でも、レスを見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない「ざわめく気持ち」みたいなものを感じてくれたと思う。殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい、そう思ってこのレスを書き込んだんだ。
さぁ注文を聞こうか?
・・・・・・・・・
はいふざけました(汗
今回で三作目なので何と無くやりたくなったのです(謝
次からは何時も通り私の
独断と偏見と妄想が
トップギアの駄文をお送りします
自愛満ち溢れる方はどうぞ見て行ってください
プロローグ
此処は今ある地図の一番端の街。
通称『三番目』
何故三番目かと言うと、本当はあと2つ街が有った訳だが其所が現在は機能していないのだ。
なので元は最果てから三番目だった此処が、現在の最果ての街とされている。
この最果ての街が造られた理由は実にシンプル。
地図に無い未開の開拓
そして未知なる存在達に対する防衛線
まぁ一番目と呼ばれた街は古龍の群れの襲撃で陥落した訳だが…
まぁ兎も角、ここ三番目が未知に対する最後の砦である。
此処から先は人では無く龍達が支配する世界が広がる。街の外には幾つかの村があるが、常に龍達の危険に晒される。
そんな理由でここ三番目には日々大量の依頼が舞い込む。そして必然的に多くのハンター達も…
しかし所詮は最果ての地。ここに集まる輩はろくでなしばかり。
名声を上げようとする者、人々を守るために戦う者、なんてのはこの街にはほとんど居ない。だいたいそんな奴らは都市などの日向で戦うだろう。
素行が悪く村や街から爪弾きにされた者
人には言えない過去が有る者
はたまた借金から逃げる為なんて奴も…
まぁ兎も角、
そんなろくでなしばかりがこの街に集まる。
だが幸いここは最果ての街。依頼など農作業の手伝いから化け物退治まで腐るほどある。
まぁその依頼を受けて生きて帰って来られるかは別だが…
ここは最果ての街、通称『三番目』
多くのハンターが集い消えて行く街。
そんな街に今日も新たなハンターが足を踏み入れる。
赤いチョンマゲ
「ねぇお婆さん、三番目の街ってまだぁ?」
赤く長い髷を風に靡かせながら、小さい狩人が行商の婆さんに問い掛ける。
「もうすぐだて。あんまりはしゃくど危ないよ。」
行商の婆さんは自身の巨大な荷物から首をだす狩人にそう諭した。
「だって暇なんだもん…」
「んだばこれさあげるから大人しくしててけろ。」
そう言って婆さんはデカイ飴玉を取り出し、狩人の口へ投げ入れた。
『ングッ…ムグムグ』
小さい狩人は途端に大人しくなった。
そしてバカデカイ飴玉がだいぶ小さくなった頃。
「そろそろ見えて来たど。」
行商の婆さんがそう告げた。
途端、小さい狩人は残った飴玉を噛み砕き、ヘルムに備え付けられた片目用のスコープを装着した。
スコープを通した視界、遥か眼下に三番目と呼ばれる街が見えた。
物々しく且つ巨大な外壁、その中にはパンパンに建物が詰め込まれていて、隙間から立ち上る無数の蒸気が街自体を巨大な生物の様に思わせる。
「スッゲ~…」
それを見た小さな狩人は感嘆の声を漏らした。
そして手早く身形を整えると行商婆さんの荷物からするりと抜け出した。
「僕もうここで良いや。有り難うお婆さん。」
「そうかい、気を付けるんだよ?」
「うん!!」
小さい狩人は元気良く返事をすると少々ボロい、大きな布切れを纏った。
「所でお婆さんは降りなくて良いの?」
小さい狩人は行商婆さんの荷物を見た。其処には緑色の巨大な飛竜の鉤爪が有った。
今更だが、この2人は火竜リオレイアに掴まって…もとい捕まって空を飛んでいる。
「よいよい、私は適当な所で自分で降りるから気にしせんでよいよ。」
「そう?じゃあまたねお婆さん!!」
最後にそう言うと、小さい狩人は三番目の街目掛けて飛び降りた。
『元気でな~』
ドップラー効果で徐々に低くなる婆さんの声を聞きながら、小さい狩人は纏ったボロ布を両手に縛り付け、一気に開いた。
バンッ
広がったボロ布は音を立て空気を掴んだ。そしてパラシュートの様にフワフワと落下していく。
ゆっくりフワフワと…
そして行商婆さんを掴んだ火竜が見えなくなっても、ボロ布はフワフワと落下を続けていた。
眼下の街に大分近付いていたが、まだ距離がある。
「暇だな~…」
小さい狩人がそう呟いた時だった。
ビリッ
頭上で響く不吉な音色。狩人は恐る恐る上を見た。
『あ゚』
目に映ったのは真っ二つに裂けるボロ布だった。
「あぁれぇぇ!?」
ボロテラスより
昼飯前
俺の名前はラウズ・ダギィ。
そしてここはろくでなしが集まる最果ての街、通称『三番目』。
なぜ最果てなのに三番目かって?それには色々と訳があるが今はパスだ。
まぁ兎に角俺は今、その三番目の街の集会所のテラスにいる。まぁテラスと言うか集会所に入りきらないテーブル群を置くために急造されたスペースなんだが…
そんな場所で何をしているかと言うと、
「三枚チェンジ。」
「俺は四枚チェンジだ!」
正面に座る茶髪のモジャ髭とふざけた紫色の坊主頭が交互にそう宣言した。
奴等の手にはチェンジを終えた5枚のトランプ、無論俺の手元にも交換前の手札が5枚がある。
俺は只今賭けポーカー真っ最中。
因みにモジャ髭がライで、紫毬がブロー。コイツラはからは事有る毎に賭けをしては、色々な物を巻き上げている。
そして今回はポーカー一発勝負、賭けたのは今日の昼飯。何時もの如くタダ飯にありつきたいのだが…どうにも手札が良くない。
四枚はダイヤだが数字はバラバラ、残りの一枚はスペードな上ペアにすらならない。
対して奴等の手役を考察してみる。
三枚チェンジしたライは最低でもワンペア。フォーカードやフルハウスにしては顔色が悪いので良くてスリーカードだろう。
対してバカ丸出しの紫毬。四枚チェンジとかどう考えてもジョーカー持ってるだろ。しかしやたら、ニヤついているのが不気味だ…
兎に角これは降り無しの一発勝負、狙うのは常に高い役だ。
「俺は一枚だ。」
そう宣言してスペードのカードを投げ捨て山札から一枚捲る。微かに見えた赤いマーク…俺は表情を崩す事なくそれを手札に加えた。
「勝負。」
「オープン!!」
モジャ髭と紫毬が好き勝手な掛け声と共に手札を晒した。
「スリーカード。」
ライはスリーカードか、まぁ予想通り。
「勝った、ストレート!!」
ブローはジョーカー絡みのストレート。げに恐ろしき馬鹿の引き運。
そして俺は表情を崩さないまま手札をテーブルに広げた。
「悪いな、フラッシュだ。」
俺の赤一色の手札を見て2人は絶句する。よし、バレてないな…
「さぁて、特上ランチでも奢ってもら…?」
そんな時だった。
『ァアァァ…』
何処からか聞こえる悲鳴。正面の2人の嘆きとは違う少年的な甲高い叫び声。
それが何かを考える前に、それの本体がテーブルの上に落下した。
卓上のトランプを撒き散らし飛来した赤いチョンマゲ。
今思えばこれが俺の悪夢の始まりだった。
ハートのA
何処からか…まぁ恐らく空からだが…飛来した赤いチョンマゲの主は見た目からしてハンターの様だ。
防具の形状から見て男。腰に鉤爪状の
片手剣を提げ、右手には刺々しい盾が装備されている。
全身ハンターシリーズの様だが頭だけ買い間違えたのか、ガンナー様のハンターキャップを被っていた。
そしてそんなキャップの天辺からニョキっと生えた異様に長く、燃え盛る様に赤いチョンマゲ…
ポニーテールに見えなくもないそれは、小さな少年の腰付近でプラプラと揺れている。
そんな不思議生命体を見た俺の第一声は、
「なんだ、お前は?」
至極平凡で間抜けな物だった。
赤いチョンマゲの主はスコープの付いたキャップを外し此方を見上げた。太陽を背にする俺を見上げ、キュッと縦細になる黒と黄色の瞳は猫のそれを連想させる。
「ここって三番目の街?」
「そ、そうだが。」
突然の問に少したじろぎながら答えると、赤髷は少年らしい笑みを顔一杯に浮かべた。
「ありがとう!!」
赤髷は元気良く言い放つと、大量の人でゴッタ返す集会所の中へ走り去って行った。まるで嵐の様なガキだな。
突如飛来し消え去った赤い暴風を前に、思考停止していたモジャ髭と紫毬がテーブルの上の何かを指差しながら小声で話し合っている。
なんだ、用があるならさっさと言え。
「なぁ、お前のさっきのフラッシュ、」
「おかしくないか?」
交互に喋る髭と毬。何がおかしいと言…
『あ゚』
テーブルの上には赤髷の飛来によって乱れたトランプと、一枚だけハートの混ざったイカサマフラッシュがあった。
さっき俺が引いたのはハートのA、それを他の手札で挟みダイヤに見せると言う猿でも解る単純且つ簡単なイカサマだ。
巧く隠して居たのに先の衝撃で化けの皮が剥げたらしい。
「イカサマだな。」
「イカサマだ!!」
二人が得意気に言う。
黙れノータリンコンビが!!イカサマはバレなきゃイカサマじゃないんだよ!!
と悪態を吐きたい所だが、バレてしまった以上仕方がない。そしてイカサマをした場合、言うまでもなく反則負けとなる。
「チッ、何が喰いたいんだ?」
「よしっ。」
「タダ飯だ!!」
俺がそう言うとモジャ髭と紫毬はピョンピョンと跳ね廻る。
大の大人がタダ飯程度ではしゃぐな、鬱陶しい。
実を言うとこのイカサマはこの2人位にしか使えない物だったのだが、これで完璧に使えなくなったな。
俺は溜め息を吐きながらボロテラスを後にした。
むさ苦しい集会所より
1人で昼飯
昼時の集会所の人口密度は殺人的だ。
この街の集会所はそこいらの街と比べてみても結構大きい方だ。だが、この街のハンターの量も異常なのだ。
この集会所には畑の手伝いから化け物共とのデスマッチまで多種多様な依頼が殺到する。その量故にここでの依頼は誰でも受けれるのだ。
つまり都市の様な厳しい査定無しに赤子や爺、果ては犯罪者予備軍まで誰でもハイレベルな依頼に挑める。まぁそれ故、転入者も死亡者も結構いるんだが…
そんな理由でこの街のハンターは人口過多、しかも昼時は食堂も兼ねたこの集会所は殺人的人口密度となる。
そんな集会所の隅で俺は1人昼食をとっていた。
何故1人かと言うと、この集会所のハンターは大半が野郎だ。
そんなむさ苦しい空間で久々のタダ飯にニヤニヤしているオッサン2人に見られながら飯を喰うくらいならモスと並んで飯を喰った方がマシだ。
そんな訳で俺は1人で金髪のメイド長を見ながら飯を食っている訳だ。
ここのメイド長は若くて美人だ。その上万年不在のマスターの代役として集会所を切り盛りする完全っぷりである。
まぁその他が…主に性格とハンターの遣い方が絶望的に最悪だ。まぁ見る分には問題無いので視界の隅に捉えながら昼食を続ける。
そんな時、
ガラガラン
乱暴に集会所の扉が開かれた。一瞬の静寂の後、再び集会所は喧騒に包まれた。それは入って来た人物を見たからだろう。
来訪者は村娘と言う言葉が良く似合う、そこそこ美人で金の臭いがあまりしない女性だ。恐らく近くの村から来たのだろう。
ここでの依頼の報酬はギルドが殆ど介入せず、依頼主とハンターの間で決まる。だから金が無さそうな依頼主は基本的に無視される訳だ。
入り口付近でオロオロする村娘に我らが完全無敵最悪メイドは優しく声を掛ける。女子供には優しい対応だな。
そして村娘から話を聞いた後、金髪メイドはダンッと足を鳴らした。
『最近村の畑を怪鳥が荒らすそうだ!!誰かこの依頼を受ける奴!!』
メイドがそう叫ぶと集会所の野郎共は一瞬で静まり返った。そして誰も名乗り出ようとはしない。
まぁそれも当然か。
怪鳥は先日大発生したばかり。今回のはそれの生き残りだろうが、今怪鳥の素材の売値は底値だ。そして依頼主はあの村娘、下手をすれば赤字だ。
誰もそんな依頼受けやしない。
そんな時、視界の隅で赤い尻尾がピョコリと跳ねた。
『僕が受ける!!』
聞き覚えのある声が集会所に響いた。
握り潰される
声の主は確めるまでもなく先程飛来して来た赤髷だ。身長の関係上髷の部分しか見えないが、まぁ間違いないだろう。
依頼主の村娘は明らかに心配そうな面をしている。いくら大怪鳥が弱いとはいえ、小さな子供1人で勝てる物ではないしな。
俺が行けばさっくりとかたがつくが、生憎儲からない事はしない主義だ。その上ガキのお守りのオマケ付き…受ける価値が全くない。
なので他の野郎共同様、我関さずを決め込むべく煙草に火を着けた。…食後の一服はやはり格別だ。
赤髷以外に依頼を受ける者が居ないのを見兼ねてか、我らがメイド長が大きく溜め息を吐いた。
「誰か知り合いは居ないの?」
困った様な口調でメイド長が赤髷に問う。だがそれは無駄な質問ってもんだ。
其所の赤髷はつい先程、何処からともなく1人で此処へやって来たのだ。知り合いなんて居る筈がない。
「え~とっ…」
集会所を見回して居るらしい赤髷の声が響く。それを無視して俺は少し湿気ている2本目の煙草を口にくわえた。
「彼処で煙草に火を着けてるおじさん!!」
元気溌剌な赤髷の声が響いた。…酷く嫌な予感。
イヤ、落ち着け俺。このむさ苦しい空間には煙草を吸う奴など腐る程居る。それに俺はおじさんじゃない、いや三十路近いけども…
迫るメイド長の足音から目を逸らしつつ、カタカタ震えながら火の着かない煙草と悪戦苦闘を続け…
ガシッ
尋常ではない握力で俺の左肩が掴まれた。いや待て、まだ掴んだのがメイド長とは限ら…
「無視するなんて可哀想とは思わないの、ダギィ?」
ジーザス!!
今俺の背後に居るのは間違いなく冷血メイド長だ。立ち上がりながら言い訳を考えろ俺、まだ逃げられる筈だ!!
「待ってくれカノクメイドちょ…」
「行け、命令。」
もう一度首を横に振れば肩を握り潰すと言わんばかりに鬼畜メイドが俺の肩を締め上げる。眼前にある笑顔が怖すぎるぜメイド長…
「…行かせて頂きます。」
「よろしい♪」
満面の笑みで手を離すメイド長。ベッコリと凹んだ鎧は弁償してくれるんだろうか?
色んな意味で凹んだ俺を放置してチャッチャと準備をするメイド長&赤髷。俺1人だけで行くのは素晴らしく癪なので道連れでも作るか…
俺はニヤケ面で一部始終を見ていたモジャ髭と紫毬の首根っこを掴んだ。
「何を…」
「するんだよ!?」
空中でもがくオッサン2人。
「八つ当たりじゃ!!」
俺はそう言い放ち移動用の荷車へと2人を放り込んだ。
粗末な荷車
ここ、三番目のギルドが狩り場までハンター達を運ぶ荷車は格安だ。ほぼタダに等しい。
その分造りは適当であり、崖や隆起の多い地形と相まって乗り心地は最悪だ。馴れない奴は数分で顔面がランポスの様に真っ青になる。
だと言うのに、
「Zzz...」
今回の事の原因である赤髷はスヤスヤと寝息をたてていた。頑丈と言うか図太い餓鬼だな。
「どう思う?」
「無・理・だ・な!!」
車内の隅で何やら話しているモジャ髭と紫毬。
「何の話だ?」
そんなオッサン2人の間に強引に割って入る。
「賭けの話さ!!」
「あの子供が1人で怪鳥をやれるかどうかのな。」
実力が怪鳥とトントン程度の分際で楽しい会話をしているな、おい。しかし…
「で、どっちに賭けるんだ?」
賭けと聞いては黙って居られない。
『無理の方に賭ける』
ハモって答えるオッサン2人。しかしそれじゃあ賭けが成立しないだろ。なので…
「じゃあ俺はあの餓鬼1人でやれる方に賭けるとするか。」
俺がそう言った途端、モジャ髭と紫毬がニヤリと笑った。そう勝ち誇る様にニンマリと…
解ってないな髭&毬、ハンターの強さは見た目だけでは判断出来ない物だ。現に目の前に白と黒の鎧竜の鎧を纏った激弱コンビが居るわけだしな。
それに見た目なんかよりももっと明確にハンターの力量を測れる物があるのだ。
俺は眠っている赤髷を起こさない様に、鞄からある物を抜き取った。
それはギルドに登録されているハンター全員が持っている物、ギルドカード。
コレにはハンターとしての様々な情報が記されている。武器の使用回数から竜の狩猟数、果ては狩でしくじった回数まで…
正にハンターとしての格を表す代物なのだ!!
ってな訳で拝見しますか。
…………ん?
赤髷のギルドカードと思わしき物は表から裏の隅まで何にも記されていなかった。てか、名前の欄まで無記入なんだが…
「そいつ今日街に来たよな?」
「ハンターとしての登録も途中だったんじゃね?」
モジャ髭と紫毬の一言を聞いて、俺の額から嫌な汗が流れた。
つまり何か?
この餓鬼はハンター成り立てで、怪鳥の姿すら知らずにこの依頼を受けた可能性がある訳か!?
なんて勇み足だ…
だがまだ何を賭けるかは決まっていな…
「賭けの景品は晩飯だな」
「晩飯限定のラオ定食な!!」
俺が発言する前に景品が決まってしまった。
ラオ定食、二人前3000z也…
どうにも俺は今日、かなりの厄日の様だ…
トマト畑の闘い
ただの子供
移動中に賭けの内容が確定した。
賭け金は1人3000z、勝った奴の総取りとする。
ルールとしては赤髷が怪鳥に追い詰められる、またはクリティカルな一撃を喰らった段階で終了、その瞬間から加勢に入る。
なおそれ以外の状況で怪鳥に攻撃を加えた場合は反則負けとする。
簡潔に言うとモジャ髭と紫毬は怪鳥に、俺が赤髷に賭けた訳だが…敗色濃厚だ。
赤髷は完璧な素人である可能性が高い…そう言えば剣士の癖にガンナー用のヘルムを被ってるしな。
その不安は目的地に着いて確信へと変わる事となるんだな、コレが…
賭けの内容を決めている内に目的地へと到着した。ここは三番目から程近い小さな村が営む農業地帯だ。
崖やら断層やらで凸凹な地形にボウボウと樹が生えていて、ちょこちょこと川が流れているのがこの辺りの特色だ。
そんな愉快な地形を利用して崖の僅かなスペースに作物を、その下には家畜を放牧している訳だが…
「酷く疎らな赤だな。」
崖には乱暴に租借されたトマト畑の残骸があった。
「これは余裕が無くてもハンターを呼びたくなるな。」
「だな。」
珍しくマトモな事を言うオッサン2人。まぁそれでも金に成らない仕事はしたくないんだがな。
とまぁこんな風に畑の荒れようを見ているオッサン達の隣で、件の赤髷は瓦の石を拾っていた。もう本当に普通の餓鬼にしか見えないな…
そんな下見も程々に支給品を受け取りに行った訳だが、生肉4つとは恐れいったな。どんだけ生活厳しいだかこの村は…
とりあえず後は目標が現れるのを待つだけだ。
赤髷には、危なくなったら手伝ってやるから1人で戦ってみろ、とだけ伝え支給品の生肉を全て渡し、少し離れた場所で様子を見る事にした。
訳だが…
赤髷が肉を焼き始めたのだが、悉く焦がしていた。肉焼きと言うのはハンターの初歩でありそれが出来ないと言う事は奴が初心者だと言う事だ。もう本当にただの子供じゃないのか…
それを見たオッサン2人が此方に生温い視線を送ってくる。…後で目潰しでも噛ましてやるか?
と、そんなやり取りをしている内に目標が来た様だ。
青い空から舞い降りる気の抜けたピンク色、特徴的な嘴と大きな耳がソイツの面を何となく滑稽な物に思わせる。
それと対峙した赤髷は最後のこげ肉を食い終わる所だった。そして残った白い骨をポイと投げ捨てると、ヘルムに付けられたスコープを装着し…
ゾッとする様な笑顔でニヤリと笑った。
石ころ
着地すると同時に怪鳥はその耳と翼を大きく広げ、小さな少年に対して容赦無く威嚇をした。
それを見ても赤髷は動揺する事なく、鉤爪状の片手剣を左手で掴みその剣先を真っ直ぐ怪鳥に向けた。
あんな離れた距離で剣を構えてどうするツモリだ?そう思いつつ俺は煙草に火を着けた。
次の光景を見た瞬間、俺はくわえたばかりの煙草を落としかけた。
赤髷がグルグルと肩を回し、怪鳥に向け先程拾っていた石ころを投げていた。
石ころとは何処にでも落ちているあの石ころだ。使い道としては竜の気を引く程度であり、どう考えても今使う物ではない。
俺の隣ではオッサン共がゲラゲラと腹を抱えている。地味な投石に苛立ったのか、怪鳥は地を蹴り赤髷目掛け駆け出した。
その時、スコープのレンズで歪に広がった赤髷の黄色い目の瞳孔がキュッと締まった。
上体を大きく揺らし突っ込んでくる怪鳥の頭部付近に剣先を向けると、赤髷は弾丸の様に石ころを放った。
だが…如何な速度だろうとも所詮石ころだ、対したダメージは期待出来ない。
そう思って隣の二名は笑っているんだろうが、俺は今回の賭けに少し勝機があるんじゃないかと思えた。
「…良い狙いじゃないか。」
弾丸の如く放たれたただの石ころは、一直線に怪鳥の左目を直撃した。
例え何処に直撃しようが、竜相手では石ころが致命傷になる事はまずない。だが、その一撃により隙を作る事は可能だ。
目とは大概の生物の急所であり、其処を寸分狂わず狙われたらどんな生物でも反射的にある行動をとる。
それは目を強く閉じる事だ。
それは怪鳥とて例外ではない。
反射的に左目を閉じた怪鳥の左側は完全に死角となった。瞬間、赤髷は疾風の様に死角へと踏み込んだ。
怪鳥には目の前の人間が赤い軌跡だけを残し消えた様に見えたに違いない。
見失った赤を探す為怪鳥が左目を開いた瞬間、赤い軌跡が宙へと伸びた。
逆手に剣を持ち変えた赤髷は躊躇う事無く剣先をゼラチン質な眼球へと突き刺した。
嫌な音と共に不透明な液体が辺りに飛び散る。赤髷はそれを浴びながら、眼球に引っ掻けた片手剣に更に力を込めた。
「ヒャッ…」
左腕と両脚の反動で小さな体がグルグルと回転する。引き抜かれた短剣と長い髪で二重に赤い螺旋を描きながら回転は更に加速する。
「ハァ!!!!」
その勢いのまま、右腕に装備した盾が怪鳥の後頭部に痛烈な一撃を見舞った。
脊髄反射
「やるなぁ、おい。」
俺は煙と共に感嘆の言葉を漏らす。
始めはどうしようもない素人の餓鬼かと思ったが、蓋を開ければこの通り。怪鳥を完璧に手玉に取ってやがる。
もともと竜達は強く巨大なため、その動きは単純である意味規則的だ。
そして片目を潰し常に死角に回り込む事で、竜の動きはよりいっそう単純になる。
ただがむしゃらに身を振るう怪鳥の尾を盾で弾き、鋭い爪の生えた脚をすり抜け、左腕が空を駆ける度に怪鳥の体は赤く染まる。
実に良いな。惚れ惚れする。特に怪鳥の悲鳴と共にオッサン2人の顔がみるみる蒼白く成っていく様など最高だな。
「今日は旨い飯が喰えそうだな?」
すっかり無口になったオッサン共の肩を叩きながら言った、その時だった。
視界の隅、位置的に言うと赤髷の数メートル後ろに、何やら黒っぽい影が現れた。
突き出た白い牙、ガッガッと前足で土を蹴る仕草…ブルファンゴだ。
ブルファンゴ自体は強力な獣ではない。ないのだが…狩りの最中に背後から強烈なタックルなんかを喰らうと、大きな隙が出来るのだ。それこそコロッと死ねる程の…
更に言えば、あの餓鬼の装備は俺から見れば紙切れ同然だ。背後からタックルなんて喰らえば数秒息が止まる事になるな。
…まぁ賭けのルールには反しないだろう。
ブルファンゴが駆け出した瞬間、俺は繁みから飛び出した。
そしてブルファンゴと小さい背中の隙間にその身を滑り込ませ、左手の鉄板を突き出した。
ブルファンゴを受け止めた盾の向こうから荒々しい鼻息が聞こえる…何とも獣臭い臭いが鼻につくな、おい。
「臭ぇ生肉だな。」
軽く歯軋りをしながらブルファンゴを弾き飛ばし、土手っ腹に蹴りを噛まし、背中の獲物を流れる様な動作で展開させる。
ジャキィィンッ!!
鉄の擦れる音と共に展開された
ランスが易々とブルファンゴを串刺しにする。うん、実に爽快だ。
そんな時、背後が急激に血腥くなった。今この場で血を垂れ流しているのは目の前のブルファンゴか怪鳥だけである。
…コレは言い訳なのだが、この時点で俺は背後に怪鳥が迫っている事に気付いていた。賭けの事を考えるならば、避けるなり防ぐなりすればいい。
だが悲しいかな幾百の竜と戦って来た俺の体は反射的に反転し、鍛え抜かれた右腕は見えていない奴の喉元目掛け突き出していた。
視界は見事に赤一色…
「完璧だな、おい。」
俺は深々と突き刺さったランスを見て苦笑いを浮かべた。
夕飯時
結果として
喉元に深々と突き刺さったランスの切っ先。正に改心の一撃なんだが、怪鳥はまだ死んでいなかった。
「晩飯!!」
「頂きだ!!」
瞬間、オッサン2人が意気揚々と繁みから飛び出した。その手には各々の自慢の相棒が握られている。
それも当然か。賭けは現段階で俺の負けが確定した。奴等としてはさっさと済ませてタダ飯が食いたいのだろう。
クァーッ!!
耳元で喚く死に損ない…
正直もうどうでも良い、さっさと済ませるか…とその前に、
「八つ当たりじゃ!!」
『ヒャッホウ!!』
調子に乗るオッサン二名と共に怪鳥を八つ裂きにするとするか…
赤髷はと言うと怪鳥を袋叩きにするオッサン達を呆然と眺めていた。
そして現在、俺は狩りの報酬(1人頭100z)を受け取り、オッサン共に3000zを払い集会所の隅に腰掛けていた。そして何故か隣には本日の不運の元凶、赤髷が腰掛けていた。
何となく面を見てみると、笑顔で返されてしまった。…どうにも今日の一件でなつかれたらしい。正直餓鬼の相手は面倒なので飯を喰ってやり過ごすか。
まぁ飯と言っても一番安いA定食(サンドイッチとコーヒーのみ)なんだが。それもこれも隣にいる赤髷のせい…
「ハイお待ち~。」
そんな事を考えている内に、冷血メイド長が夕飯を持ってきたのだが…
何故か目の前には貧相なA定食ではなく、豪華絢爛なラオ定食が並んでいた。
「…どういう風の吹き回しだ?」
俺は思った事を素直に口に出した。
「受けての無い依頼を処理してくれたサービスなんだけど…要らないみたいね?」
そう言って皿を下げようとする麗しきメイド長を咄嗟に引き留める。
「有り難く頂きますメイド長殿。」
「解ればよろしい。」
そう言うとメイド長は俺の隣の赤髷にバカでかい皿を差し出した。これは…怪鳥の丸焼きか?
「なんか俺と待遇に差がないか?」
「可愛い方に良いサービスをするのは普通でしょう?」
悪びれる様子も無くサラリと言うメイド長…まぁ夕飯のランクが上がっただけ良しとしよう。
『イタダキマス。』
と言うが早いか隣の怪鳥がみるみる白骨火していく。この餓鬼は腹の中に竜でも飼ってるのか?
ヒャッホウ!!
遠くの席でモジャ髭と紫毬耳障りな声が聞こえる。奴らも夕飯を食い始めたか…
何時の間にか赤髷の対面にメイド長が腰掛けていた。大方の仕事を捌ききって暇になったのだろう。
何故か不機嫌なメイド長の白金色の瞳がモジャ髭と紫毬に向けられていた。
食事中は静かに
俺の対角線上に腰掛けるメイド長。
肩口まで長く美しく延びた透き通るような金髪と雪の様に白い肌、そしてグラマラスなボディを持つ絵に描いたような美女。
でもってカノク・ゴールドなんて冗談みたいな名前が彼女の本名である。
そんな麗しい見た目とは裏腹に、ババコンガが真っ青になるような怪力の持ち主でもある。
美しい見た目と化け物並の怪力を武器に、曲者揃いの三番目の街とハンター共を仕切る完全無欠なメイド長である。
これで俺より一回り近く若いと言うのだから末恐ろしい…いや、現段階で悪魔みたいなもんだが…
そんなメイド長の眼は基本的に開いているのか解らない様な線目なのだが…今のメイド長は絶賛開眼中で非常に恐い、飯が不味くなる程に。
「目ぇ戻せ、恐いから。」
「あ、ゴメンゴメン。」
そう言って線目に戻るメイド長だが、その苛立った視線は馬鹿騒ぎをするライとブローに向けられていた。
見た目だけは最上級のメイド長には想い人がいるらしく、言い寄る男は三秒で星にされる。比喩ではなく物理的に…
更にメイド長はライとブローの様なハンターが大嫌いなんだと。具体的には
「アイツラみたいに狩にくっついて行って闘わずに報酬だけ貰う寄生虫はランポスの餌になればいいんだ。」
苛々した口調で愚痴るメイド長…開眼しかけてんぞ。
まぁメイド長の言う通り、奴らの防具は奴らが自力で造った物ではない。次いでに言うと奴らの武器は強さの割にはほぼ採取のみで造れる代物だ。必死に素材を集めているオッサンの姿は実に涙ぐましいんだろうな。
「あんたも早く縁切りなよ?」
「賭けの時にしか関わらんさ。」
「だいたいアイツラのせいでアンタは…」
ガンッ
カノクに聞こえる様に強く左手で机を叩く。
「すまん、手が滑った。」
睨みながらわざとらしく言うと、メイド長はスッと大人しくなった。
「…悪かったわ。」
「何の話だ?」
「…」
それっきり、メイド長は俺から目線を切った。…さて、晩飯の続きだ。
俺が夕飯を食べている間中、メイド長は赤髷と何かを話していた。まぁどうでも良い事だが。
豪華絢爛な晩飯もあと一口でお仕舞いか…非常に名残惜しい気分で最後の一口を食いきり、そのまま胸の前で手を合わせる。
「御馳走様でした。と」
さて、後はシャワーでも浴びて寝…何か酷く嫌な予感。
「全部食べたわね?」
俺の目の前に、不気味な笑みを浮かべたメイド長が現れた。
交渉
俺の行く手を遮る様に笑顔で立ちはだかるメイド長。
因みにメイド長が笑顔を見せるのは営業中か獲物を前にした時のみである。そして今回は間違い無く後者であると、全身を縛る悪寒が告げている。
「何用でしょうか、メイド長?」
確実に良くない事だと解かっているが聞くしかないので聞いてみる。
「アンタ、確か一人部屋よね?」
そんな予想外な事をメイド長は訊ねて来た。
説明しておくが、この街のハンターは大抵ギルド運営の宿舎で寝泊りする。だが、ここのハンター共は期日に家賃を納める者が少ない。
そんな野郎達は強制的に同じ部屋に詰め込まれる事となる。つまり家賃を滞納すると、一人部屋が気付くと5人部屋になったりする訳だ。
因みに俺は守銭奴と罵られたりするが、家賃はしっかりと納めている。よって俺は一人部屋である。
「あぁ、一人部屋だが。」
当然の回答をすると、メイド長は隣にいた赤髷を俺の前に立たせた。
「この子と相部屋にしてくれない?」
メイド長がそう言うと、赤髷が申し訳無さそうに頭を下げた。
- 今更だが俺は餓鬼が苦手だ。序にこの餓鬼は確実に俺に災厄を招く存在だと狩人の第六感が告げている。なので勿論答えはNOだ。
「部屋が一杯なのよ。子供一人蛸部屋にほり込む訳にも行かないでしょ?」
「断る。なんで俺が・・」
「家賃4分の1にしてあげるから。」
「お安い御用ですメイド長。」
オッケー、家賃が安くなるなら超オッケーです。それに部屋の広さから言って餓鬼一人なら余裕だ。
「交渉成立ね♪」
何故か極上の笑みを浮かべるメイド長。
「じゃあ挨拶して、ミーユちゃん。」
「僕はミーユ・ロッタ、よろしくお願いします!!」
話が違うぜ
元気溌剌!という感じで自己紹介をする赤髷・・・しかし、何と言うか・・
「女みたいな名前だな?」
「僕は女だよ?」
何言ってるの?と言いたげな顔で此方を見上げる赤髷、いやそれを言いたいのは俺の方だ。
「いや、一人称が僕じゃねーか、大体装備が男物だし。」
「パパが男のフリした方が安全だからって。あとヒラヒラした服は動き難いから嫌いなの。」
きっぱりとそう言う赤髷。・・・二次成長前の餓鬼は男か女かなんて判らねーな。
っと感心してる場合じゃない。蹲って笑いを堪えてる野郎を問詰める必要がある。
「謀ったなメイド長!?」
「別に男とは言って無かったでしょう?だいたい私がそこらの男に優しくする訳無いじゃない。」
「その前に問題があるだろう・・俺は男だぞ?」
「何?あんたってば小さい子が趣味なの?」
「そんな訳あるか!!」
大人のお姉さんなら兎も角、あんな男か女か判らん様な糞餓鬼に誰が・・・しまった。
「じゃあ問題なしね♪」
完璧に口車に乗せられた。まぁ、ダメもとで聞いてみる。
「どうしても嫌だと言ったら?」
「家賃10倍ね。」
「喜んで面倒見させて貰います。」
「よろしい♪」
上機嫌で裏へ戻って行くメイド長。・・・今度から奴が笑顔の時はダッシュで逃げるべきだな。
なんて事を考えている俺の顔をジッと見詰める赤髷。・・餓鬼は好きではないが、余り蔑ろに扱うのは大人としてよろしくないな、それと後が怖いし。
「俺はラウズ・ダギィだ、ダギィと呼べ・・まぁよろしく。」
そう言って手を差し出すと赤髷は笑顔で握り返し、大声で言った。
「よろしく”ダディ”!!」
- オーケー、俺を見詰める視線の温度が明らかに下がった+ヒソヒソ声が聞こえだした。
やはりコイツは俺に不吉を運ぶ存在らしい。いや、そうに違いない。
酒が入った野郎共は好き勝手な妄想をしながらゲラゲラと下卑た笑い声を上げる。
あぁ、もう全部めんどくさい。今日はもう寝る事にする。
後ろをトコトコと付いて来る赤髷を見て・・俺は大きく溜息を吐いた。
朝食時
肩が重い
一夜明けて…
まず率直な感想を言わせてもらう。あの餓鬼は確実に俺にとっての疫病神だ。
大の大人である俺が二次成長も迎えていない餓鬼の鼾で一睡も出来ないとは…
鏡を見ると、目の下にデカイ隈を作った灰髪のオッサンが映っていた。…疲れた顔してんな、おい。
重い瞼を擦り、異様に重い体を引き擦りながら食堂へと移動する。
とりあえずは朝飯だ。此処のハンター共は基本的に朝に弱い、だから朝飯時は非常に快適な空間となる訳だ。
まぁ何人か例外も居る訳だが…
朝の食堂に到着、動いて居るのはメイド長と給士猫数匹、そして幾人かのハンター達。…昨晩から酔い潰れて居たのであろう呑んだくれ共を無視すれば非常に快適な空間だ。
そんな爽やかな朝にも関わらず俺の肩は非常に重い…肩は凝らない方なんだがな。
そんな事を考えていると、見覚えのある人影が近付いて来た。あぁ…さらば爽やかな朝の一時よ。
「おはようさん"ダディ"。」
「昨晩はお楽しみでしたわね。」
ふざけた台詞を吐きながら俺の対面に腰掛けるブッ飛んだ緑のオサゲ女と、能天気な橙色のソフトモヒカンの男…
「朝から喚くな、馬鹿共が…」
俺は苛々を抑えながら2人を睨んだ。因みに女がルォヴ、男がリケ。2人とも此処に拠点を置く猟団の一員で…眠いから説明は今度だ。
「しかしお前さんがああいうのが趣味だったとは…」
「不潔!!不潔ですわ!!」
昨日の事を見ていて好き勝手な妄想を膨らませているらしい。今すぐそのニヤケ面を串刺しにしたい衝動を抑えながら、給士猫に珈琲を注文する。
「昨日の餓鬼はメイド長に押し付けられたんだよ。」
「その割に仲良さそうやん?」
そう言って俺の背中を指差すリケ…なんだ?背中に疫病神でも憑いてるって言うのか?
パパ~…』
本当に憑いてやがる…しかも呼び名が宜しくない方向へランクアップしている。
新しいネタを仕入れた野次馬共は…
「不潔、最上級に不潔ですわ!!私の半径2m以内に近寄らないでください!!」
「パパとか…マニアック過ぎるやろ…」
楽しそうだなてめーら…
兎に角背中の疫病神を叩き起こさなくては…と言うか何時くっついたんだよ…
背中にへばり着いた疫病神を掴み、テーブルの上へ投げ捨てる。
『ンニャッ?』
結われていない赤い長髪がテーブルの上を赤く染め上げるが…
『んむぅ~…』
疫病神の起きる気配は一切無い。
どうしてくれようか、この糞餓鬼は…
酷い笑顔
テーブルの上にインナー一丁で眠り続ける糞餓鬼…軽く小突いて見るが、やはり起きる気配が無い。
しっかし本当に男か女か判らない体型だな。唯一女性である事を誇示する流れる様な長髪も、結い上げるとちょん髷にしか見えんしな…
コトッ
「お待ちどうニャ。」
そんな事をしている内に注文したコーヒーが来たか。まぁ餓鬼の事はどうでも良いか、今は朝の一服だ。
餓鬼が大の字になっているテーブルから一つ隣へ移動し、黒いままのコーヒーを口に運ぶ。
「ぅへ~、苦い。」
やはりコーヒーはブラックに限るな。なんて事を考えていると、リケとルォヴが再び此方にやって来た。なんだ、まだからかい足りないのか?
「あの子、放置しとってええんかい?」
そう言って餓鬼を指差すリケ。だが…
「別に面倒を見ろとまでは言われていない。」
「でも危なくないか?ここ独身のオッサンばっかやし。」
「あんな餓鬼に手を出す様な輩は居ないだろ?」
確かにろくでなしばかりだが、其処まで落ちぶれた奴は居な…
「居ましたわよ。」
ルォヴの物凄い汚物でも見る様な視線の先には、相当落ちぶれた酔っ払いが2人いた。可哀想だから名前は伏せておく。
まぁ流石に此処で厄介を起こすと後が不味いな。酔っ払い共にはもう少し寝ていて…
瞬間、金色の何かが視界を横切った。あぁジーザス…
「此処で問題を起こしちゃ駄目よ♪」
餓鬼に迫る酔っ払い2人に金色の悪魔…いや、メイド長が囁いた。瞬間、彼女の持つピンク色の傘が閃光の如く弾けた。
■■■!!
形容し難い悲鳴と効果音と共に天井に突き刺さる酔っ払い2人。あぁ酒は程々にせんとな。
『修理費5000z』と書いた請求書を酔っ払い共に張り付けるメイド長。とりあえず、彼女の左腕で揺れているやや赤色になった傘は一応ハンターの武器だが、決して鈍器の様に使うものではないと言っておく。
そしてそのまま、何故か笑顔で此方に歩いくるメイド長。気付けばリケとルォヴが別のテーブルに移動していた…まぁあれだ、とりあえず逃げるか!!
椅子を蹴って駆け出そうとした瞬間、俺の頭蓋をメイド長が鷲掴みにした。そのままてるてる坊主の如く宙吊りにされる。眼前には酷い笑顔のメイド長…
「おはようございますメイド長、宜しければなぜお怒りなのかをお聞きしたいのですが?」
「怒ってなんかないわよ?強いて言うなら…自分の胸に聞きなさい。」
酷く笑顔のままメイド長の右手が唸りを上げる。
村娘2
カラン…
俺の頭蓋が生卵宜しく砕ける前に、集会所の扉が開かれた。瞬間俺を手放し、一瞬で営業スマイルを作り上げるメイド長。…どうにか助かったか。
メイド長が来客の相手をしている隙に、冷めたコーヒーを処理すべくテーブルへと逃延びる。
「朝から災難ですわね?」
クスクス言いながら笑うルォヴを無視してコーヒーを啜る。…完璧に冷めてるな。
「こんな早くに誰やろね?」
「さぁな?」
リケに適当な返事をしながら、メイド長と話す来客を確認する。
昨日の村娘より幾分かましな身なりだが、やっぱり金の臭いがしないな…恐らく其処らの村娘だろう。
そして話を聞き終えたメイド長が昨日同様、依頼の内容を伝える。
「最近畑が荒らされるそうだ。が、何が畑を荒らしてるのか判らないらしい。誰か受ける者いるか?」
伝え方は昨日と同じ、しかし依頼主は昨日よりは上客。しかし悲しいかな、今集会所でまともに狩に出向けるのは俺達だけな訳だ。
まぁ受けるかどうかは報酬しだ…
「僕が受ける!!」
なんか酷い既視感を覚えるな。だいたい何時起きたんだか…そして当然の様に此方を見て微笑むメイド長…今日も殺人的な笑顔だな、いや本当に。
あの笑顔はまた子守をしろと言う事だろう。まぁ報酬次第では受けない事も…
「うけるよん。」
「うけますわ。」
俺より先に意外な2人が声を上げた。
「こんな微妙な依頼を受けるなんて珍しいな?」
当然の疑問を正面に腰掛けるリケとルォヴに投げ掛ける。
「今日団長が帰って来るからお祝いする為の小遣い稼ぎにね。」
「近隣の村からの依頼なら今夜には帰れますからね。」
なるほど、実にお前ららしい理由だな。そして大人の同行者が出来た以上俺が行く意味は…
その時、視界の隅でキラリと何かが光った。
俺はコーヒーを飲むフリをしながら目を凝らした。光源は村娘の首元、地味な首飾りに付いた小ぶりで地味な宝石。更に目を凝らし、頭の片隅からある記憶を引き揚げる。
…あれはピュアクリスタルだな。サイズから考えて8000z位行くんではなかろうか?
更に、畑を荒らす
モンスターなんてたかが知れている。巨大昆虫どもか、頑張って鳥竜種だろう。普通に依頼すれば1000zそこそこの軽い依頼だ。
これは行く価値ありだな。
「俺も行こう。」
依頼の詳細を話している面々に声を掛ける。赤髷と村娘以外の三名が不思議そうな顔で此方を見てくる。…いや、メイド長アンタ睨みすぎだろ。
笑いを堪えて
「さぁ、狩りの準備をするか。」
開眼までして此方に怪訝な視線を飛ばすメイド長をいなすべく、ワザとらしく言って席を立つ。
そんな俺に続くように、狩りの支度の為に宿舎に戻る面々。俺もメイド長の視線が怖いので一時撤退だ。
そして数分後
誰よりも早くに支度を済ませ、集会所の食堂に入る扉から中を覗き込んだ。
中には先程の村娘とせっせと働く給士猫逹…メイド長は奥に引っ込んだ様だな。
俺はごく自然に、村娘の対面に腰掛けた。
「少し宜しいですか?」
可能な限り真面目な顔と深刻な声で村娘に話し掛ける。小さな息を飲む音…
「な、何ですか?」
「噂によると今貴方の村を恐っているのは酷く質の悪い竜です。」
さらりと嘘を吐いてみる。すると…
「ででも、貴殿方が退治してくれるんですよね?」
すがる様な瞳で此方を見る村娘…うむ、チョロいな。
「はい、ですが…」
「ですが!?」
「私以外の3人はハンターとしては下の下、貴方の村を脅かしている竜の足元にも及びません。私1人では倒せるかどうか…」
「そ、そんな…」
嘆く様に呟く村娘…純粋だな、実に胸が痛む。笑ってしまうほどに。
「確実に狩る道具を揃える為に金が必要なのです。」
「でもこれ以上お金を用意するのは…」
「そこで、です。貴方の首飾り、それで手を打ちましょう。」
「この首飾りですか…」
息を飲み、俯く村娘よりさてもう一押し…
「解りました。どうか村を助けてください。」
する前にあっさりと頭を下げる村娘。予想より簡単に方が付いたな。
「えぇ、必ず。」
誠意たっぷりな声色でそう答え、荷車の待つ出口へと足を進める。これ以上笑いを堪えるのは不可能だ。
ゆっくり扉を開き身を滑り込ませ…光の速さで扉を閉める。
「実に胸が痛むなぁ!!」
堪えていた物を一気に吐き出した。
「胸が痛いのか?」
『うぉあ!?』
突如背後から現れた餓鬼のせいで素っ頓狂な声をあげてしまった。呼吸を落ち着けながら辺りを見回す…よし、誰も居ないな。
「今の話聞いてたのか?」
俺の問に対し、頭の上にデカデカと?マークを浮かべる餓鬼…大丈夫だな。
これで一安心…した所である事に気付いた。
「髷はどうした?」
冗談の様に長い髪を下ろしたままの餓鬼に尋ねると、
「ん♪」
何故か嬉しそうな顔で結い紐を俺に手渡された。渡した本人はルンルンと言った感じで此方に背を向けている。
これは髪を結えと言う事なのだろうか?
些細な会話
餓鬼は基本的に苦手である。が、今の俺は上機嫌だ。餓鬼の髪の一束や二束結ってやらん事もない。
手早く長髪を束ね、結い紐でキュッと縛り上げる。そうキュッと…
まぁあっさりと結い終えた訳だが、どうにもなぁ…
俺は自慢ではないが女性の髪の扱いは上手い方だ。そしてコイツの馬鹿げた長さの髪は意外にも、しっかりと手入れされて綺麗に束ねられている。
しかし長すぎだよな。正直気になって仕方ない。ぶった切るのも忍びないしな…
「もう少しじっとしてろ。」
「ん?」
荷車に乗り込もうとする餓鬼を呼び止め、手持ちの布で長い髪を纏め上げる。…よし、
「団子頭の出来上がり。」
「おぉ~!!」
荷車の硝子に移る自分の頭を見て、嬉しそうにはしゃぐ餓鬼。俺の腕も衰えてないな…まぁ全く役立たないスキルだがな。
「早いね、お二人さん。」
「お待たせしましたわ。」
そんな事をしている内にリケとルォヴの準備が終わった様だ。
何となく面々の装備を見回してみる。
餓鬼は昨日と同じ装備。コイツの頭だけがガンナー装備な理由も既に解った。
コイツの非常に高い投擲能力を生かす為に望遠レンズの付いたキャップを装備しているのだろう。まぁ全体的に安っぽいのは駆け出し故に…と言った所か。
リケは甲虫っぽい装備、背中には蒼い大剣。
ルォヴはパピメルシリーズ、背中には桜色の大剣。
…色々と突っ込みたい事があるが、それすらも面倒なので口には出さないでおく。
そんな俺のうんざりした目線に気付いたのかルォヴが此方を睨んだ。
「なんですのその目線は?」
「いや、別に。」
「貴方の見てくれの方が変ですわ!!」
ん、変か俺の装備?
全身は轟竜の防具、まぁ頭はピアスだけだがどこもおかしくはないだろう?
俺の表情を読み取ってか、リケが餓鬼に何かを耳打ちした。そして餓鬼が此方を見上げて口を開く。
「なんでヘルムを被らないの?」
ハァ、コレだから餓鬼は…
「ヘルムなんて被ってたら煙草が吸いづらいだろう?」
キョトンとした顔で此方を見る餓鬼。まぁ小さなお子様には解らん悩みだな。…しかし、背後でクスクス笑っている二名が非常に腹立たしい。
と、そんな会話している内に乗り心地最悪の荷車が到着なさったようだ。
「じゃお先に。」
「失礼しますわ。」
先に乗り込む二名。そして俺の後ろに並ぶ赤団子。…面倒なのになつかれたな全く。
兎も角、尻の痛くなる荷車に乗り込むとするか。
渓谷での乱戦
巣探し
目的地である畑に到着っと…尻を擦りながら荷車から下車する。
「しかし…ここもまた酷いな。」
木々が鬱蒼と繁る渓谷の一角に畑があるのだが…見事に荒らされてるな。来月から飯代が上がるんじゃなかろうか?
と、それはさておき、荒らさた果実を調べてみる。…中身だけが抜き取られているな。やっぱり巨大虫どもの仕業か…巣を探して大元から根絶すべきだな。
「二手に別れて調べるか。」
「あいよ~。」
「解りましたわ。」
さらりと返事をした後、さっさと巣を探しに行く2人。と言うことは…
「ん~♪」
必然的にこの赤団子とペアになる訳か。まぁいい、とりあえず仕事に取り掛かるとするか。
「ねぇ、何処から探す?」
やる気満々、と言った感じで準備運動を始める赤団子。恐らく巨大虫の巣は崖に大量に出来た洞窟の何処かにあるのだろう。しかし、歩き回って探すと言うのは性に合わない。なので…
「コイツを使う。」
鞄から取り出したるは何の仕掛けも無い双眼鏡。
「それでどうするの?」
「今回の相手は恐らく虫だ。奴らは巣を行ったり来たりするからソイツを探して巣を割り出す。」
要するに巣の位置が検討付くまで見張ると言う事だ。
「えぇー。」
あから様に嫌そうな顔をする赤団子。だが、今日の俺はそんなお子様への対策もバッチリだ。
「巣が見つかったら教えてやるからそれまでコレで遊んでろ。」
そう言って赤団子にブーメランを手渡す。これは狩にも使えるブーメランで、僅かだが竜の鱗さえも切り裂ける優れ物だ。何よりブーメランなので一人で遊べる。
まぁ闘いの最中に使うと見失ったりするんだが、此処ならその心配も無いだろう。
「わーい♪」
1人ブーメランで楽しそうに遊ぶ赤団子を尻目に、適当な岩に腰掛けて虫を探す事十数分…
未だに巣が見当たらない。
その辺りの洞窟から出てくるランゴスタは居るのだが、巣に帰って行く個体がいない。
「変だな…」
そう呟いた時だった。
プーン…
後方から虫が墜ちる音が聞こえた。そう、ちょうど赤団子が居る辺りから…まさかあの餓鬼。
即座に振り向くと予想通りの光景が広がっていた。
「まだ見付からないの?」
不満げに言う糞餓鬼の背後には山の様に積まれたランゴスタの死骸があった。正に死屍累々…
呆れて声も出ないと言うか、目に見えるランゴスタをブーメランで皆殺しとは恐れ入るな。
その時だった。
『キャー!!』
妙な山彦が渓谷に木霊した。
背景が蜂
今更だが説明させてもらう。
この畑を荒らしているのは恐らくランゴスタと言う巨大な虫のモンスターだ。
見た目的には蜂に近く、尻の毒針から獲物に麻痺毒を注入し、対象が麻痺した隙に体液を吸いとる。
簡潔に言えばバカデカイ蜂の体と蚊の様な食癖をした悪趣味な虫な訳だ。
まぁデカくても所詮虫なので単体なら大した問題ではない。問題なのは混線の最中に背後から狙われたり、群で襲われたりすると非常に厄介だ。
そう、丁度あんな風に…
「ちょっ、ダギィ、助けれ!!」
「いやー!!ですわ!!」
山彦の主はリケとルォヴの悲鳴だったらしい。と言うか見事に背景がランゴスタ一色だな、馬鹿共が。
「自分で始末しろ馬鹿が!!テメーらは蜂の巣をつついた餓鬼かなんかか!!」
「良いから助けれ!!」
「ですわ!!」
人の話完全無視で此方に駆けてくる馬鹿2人。…流石にあれ程の大群は手に余るな。だが、どんな事態にも対応出来てこそ一流のハンターと言うものだ。
「おい赤団子。」
「なに?」
此方を見上げる赤団子に小さな玉を手渡す。
「コレを群目掛けて投げろ。なるべく真ん中が良い。」
「わかった。」
非常に良い返事を返す赤団子。キャップのスコープを装着し片手剣を構え投擲の体勢に入る赤団子。
ビュッ!!
カタパルトの如く右手から投げ出された玉は群れのど真ん中の個体を直撃した。…流石、ナイスコントロール。
序に先程手渡した玉は毒煙玉、畑で働く奥様御用達の害虫駆除アイテムだ。無論それはランゴスタにも有効だ。
破裂した毒煙玉から飛散した紫色の煙幕が群の大半を飲み込む。が、全滅させるには至らないな。
「次はコレを投げまくれ。」
そう告げて赤団子に手持ちのブーメランを全て渡した。
「おう!!」
先程同様に返事をすると赤団子は両手に掴んだブーメランを次々にぶん投げる。
小さな螺旋と巨大な弧を描き飛翔する木製の三日月は、集り蠢く害虫共の羽を切り裂き、胴をへし折り、頭を粉砕し、主の手元へと帰還する。
群れ大半を駆逐し渓谷に消え去る体液まみれのブーメラン。
惚れ惚れするね、全く。餓鬼は苦手だが、使える奴は大好きだ。さて、大人にもちゃんと働いて貰わんとな。なので、
「群れの数は大幅に減った!あとはテメーラでなんとかしろ!!」
馬鹿共の尻を叩くべくそう叫んだ。
「あ、本当だ。」
「なら余裕ですわ。」
同時に構えた2人は振り向きもせず、自身らの背後へ大剣を振り抜いた。
土色の崖
同じタイミング、同じ構え、同じ方向に振り抜かれた蒼と桜はまるで1つの大剣の様に害虫の群へと襲いかかった。
殺風景な渓谷の空間に飛び散る緑と黄色い残骸、そして赤い雷が一瞬の内に混ざり合い消え去った。
こうして渓谷の畑には俺達人間だけとなった。訳だが…
「なんや、ちょろいな。」
「楽勝ですわ。」
下手をすれば害虫共に干物にされていたと言うのに、どの口がそんな事をほざくのだろうか?
「なんであんな事になった?」
色々と文句を吐きたい所だが、それらを飲み込み肝心な事のみを尋ねる。
「あっちに巣がらしき穴が有りましたわ。」
「で、覗いたらさっきの大群が出てきてん。」
不用心だなテメーラ…まぁ巣を見付けたって事でチャラにしてやるか。
「じゃあ、巣は何処だ?」
俺は煙草に火を着けながらそう尋ねた。
数分後
一番に飛び出しかねない赤団子を最後尾に、不用心な馬鹿2人を真ん中に、そして俺を先頭にして、件の害虫共の巣が有りそうな場所へと到着した。
此処は先程の場所同様に渓谷の一角だが、畑が無いため崖一面は荒んだ土色一色だった。
さて、問題の巣穴はっと…
先程同様双眼鏡を覗き込んだ瞬間、俺は思わずくわえていた煙草を落としてしまった。そして落とした煙草を勿体無いと思う前に、冷や汗が一筋額を伝った。
「コレは面倒だな…」
俺が崖だと思っていたのは全てランゴスタの群だった様だ。
「どないし…あれ、崖の色変わってへんか?」
「本当ですわね。」
2人の証言から此処も、ついさっきまで緑色の畑が広がっていたらしい。…つまりあれか、どっかの馬鹿が巣をつついたからこんな状況になった訳か。
「彼処…なんか動いたよ?」
スコープを装着した赤団子が今更な事を伝えてくる。
「そんな事は解ってんだよ。」
「いや、もうちょっと上。」
赤団子は俺が見ている場所より少し上を指差しながらそう言った。…どうせ上にも虫が居るんだろうに。
双眼鏡を上方へ少しずらす、そして俺は再び絶句した。
絶壁に群がる土色の群のその中に、不自然に存在する黄色い岩。それがキチキチと歪な牙を鳴らさなければ、俺はそれが巨大な虫だとは気付かなかっただろう。
「女王様直々のお出ましかよ?」
俺はそう愚痴りながら、先程落とした煙草に再び火を着け口にくわえ直した。が、
「あと…あっちと、彼処にもいるよ。」
赤団子の一言でくわえ直した煙草は、再び俺の口から転げ落ちた。
乱入者
落としてしまった煙草を踏みにじりながら、目の前の状況について考える。
渓谷の一角には三匹の女王様と数え切れない程の兵隊達…大発生にしたって数が多すぎる。
だいたい群に一匹しか居ない筈の女王蜂が何故三匹もいるのか
?奴らは一匹の女王から爆発的に数を増やす。故に一ヶ所に何匹も女王蜂が居ては自身を含む生態系をぶち壊す事になる。
そんな生態系の破壊を無視してまで群を増やさなくてはいけない理由とは…
更に群全体を包む異様な空気…ランゴスタは確かに攻撃的だが、逃げる獲物を群で長々と追い掛けるなんて非効率的な事はしない。
何処か群全体が非常に殺気だっている様に見える。
何が原因でこの渓谷の生態はここまで狂ったのか…それを解明しないと、恐らくあの村に平和は訪れない。
「どうしますの?」
「やっちゃうかい?」
両手一杯に毒煙玉やら爆弾やらを大量に準備した馬鹿2人がそんな事を聞いてくる。
「もう少し待て…」
そんな事をしても焼け石に水だと言うのが解らないかな。今は奴らに位置を知られるのが一番不味い。
「さて、どうするか…」
「あ…何か来る。」
双眼鏡を覗く俺の隣で赤団子がそう呟いた。
赤団子のスコープには瞳孔が開ききった様に真っ黒な目が歪に映っていた。
瞬間
ヴーーン!!!!
狭い渓谷をランゴスタの重低音じみた羽音が埋め尽くした。
「あそこ。」
そんな爆音の中、何故か赤団子の声が聞こえた。隣の餓鬼が指差す先に…渓谷の上、複数の影が現れた。
俺は咄嗟に双眼鏡をその影へと向けた。二枚のレンズに映ったのは黄緑とピンクの牙獣の軍勢…あれはババコンガ?
直後ランゴスタの群は大きく波打ち、牙獣共目掛け濁流の様に襲い掛かる。
それを見た牙獣は怯む所かランゴスタの群目掛けて飛び掛かった。
空中で激突する2つの群。しかし、数は圧倒的に虫の方が多い。そして虫の津波に飲み込まれた牙獣達は、ズタズタに切り裂かれた肉片の様な姿で谷底に落下し、弾け散る。
戦力差は圧倒的、端から見れば集団自殺にしか見えない。
「…不潔。」
「見ん方がええな…」
その余りの光景に言葉を失う2人…いっそハンターを辞める事をお勧めするがな。
「あ。」
そんなグロテスクな光景のど真ん中を指差す赤団子。しかし、子供の癖によくこんな物を見て平気でいられるな?
と思いつつ視線を餓鬼の指す方へ向けると…其処には虫の津波を突き抜けた一頭の牙獣の姿があった。
虫好き
渓谷の底まで辿り着いたのは、リーダーの証である鶏冠と他の個体とは異なる黄緑の体毛を有した牙獣…ババコンガの亜種だな。
その上奴の体には剃刀と大差無いランゴスタの羽の海を突っ切ったくせにかすり傷程度しか付いていない。
ランゴスタの大群は取り零した一匹を切り刻むべく渓谷の底へと押し寄せる。それを見たババコンガは大きく息を吸い込んだ。
そして…
バフゥッ!!
虫共の羽音を下品な爆音が飲み込んだ。
「フケフ(不潔)デフワ!!」
ババコンガを見てルォヴが鼻を摘まんだまま喚く。まぁそう言いたくなるのも解るが…
谷底には茶色い煙幕とそれに殺られた虫共の死骸…因みにあの煙幕はババコンガの「屁」だ。しかしその茶色い暴風は直撃を喰らった者に心身共に甚大なダメージを与える。
現に一発の放屁で群の3分の1がくたばっている。その隙に次々と谷底へ到達する残りのコンガ達。そして虫共の死骸をバリバリと食い始めた。
「…そう言う事か。」
「何が?」
俺がポツリと溢した言葉に赤団子が反応する。
「推測だが…ランゴスタが奴らの好物なんだろ。まぁ彼処まで行くと変異に近いがな。」
野生の生物にも人間同様好き嫌いがある。だが、肉食種なんかは稀に喰った肉の味を覚える個体が居たりする。ソイツは覚えた肉に固執し、その肉を食い続ける訳だ。
「つまり群全員がランゴスタが大好きって事だろう。」
でなきゃあんな自殺みたいな真似はせんだろうし、それに対抗すべく虫共も異常発生したのだろう。
「じゃあ放置しとけば仕事終わるやん。」
不意に首をリケが首を突っ込んで来る。…が、事態はそんな楽観視出来る物ではない。
渓谷では群の半数以上を駆逐したババコンガが手近なクイーンに襲いかかる。
「じゃあ仮に…あれが人の味を覚えたらどうなると思う?」
俺がそう尋ねた瞬間、馬鹿の顔が見事に青くなる。現に人の味を覚えた肉食種が村を壊滅させた、と言う事件は稀にある。
そして、この群を喰い尽くした後、ババコンガが近隣の村へ行く可能性は十分ある。そして人の味を覚えよう物ならその村は比喩でも例えでもなくおしまいだ。
「つまり俺達は此処であいつを狩る必要がある訳だ。」
クイーンの頭を食い潰すババコンガを指差しながらそう伝えた。
「まぁ獲物が変わっただけやん?」
「ですわね。」
「何時でも行けるよ!!」
やる気満々な面々を見て俺は溜め息を吐く。
「楽な仕事だと思ったんだがな…」
仕方がない
「俺が隙をボス猿に隙を作るから適当に奇襲をかけろ。」
ババコンガは素早さはそこそこだが、豪腕から繰り出される一撃は強烈だ。その日の晩御飯が喰えなくなる程に…
なので紙装備の赤団子を前衛に置けば肉団子にされかねない。大剣は動きにムラがあるし、何より使い手が馬鹿だからな。
消去法で俺が前衛となる。
「虫はどうするの?」
「無視してくれる事を願え。と言うか後衛のてめーらがどうにかしろ。」
餓鬼の疑問を適当にあしらい、手持ちの道具を確認する…と言っても虫退治の道具しかないがな。更に言うとランスも適当な安物を持ってきたんだよなぁ…
「まぁ、やりますか。金の為に。」
新しく取り出した煙草にやる気と言うなの炎を灯し、背中の安物と左手の鉄板を構える。
軽く大の大人以上の大きさがあるクイーンを平らげたボス猿の目の前で、ランスの先端をクルクル回す。
「おいメタボ猿、食後の運動と行こうか?」
そう言ってくわえていた煙草をボス猿の目玉付近へ吐き捨てる。
ジュッと言う音と共に奴の下目蓋が焼け焦げる。ダメージは皆無、しかし怒りを買うには十分だ。
怒るボス猿の豪腕と長い爪が唸りを上げ俺に迫る。が、遅いな。盾を使うまでもない。
バックステップで軽く一撃をかわし、喰い粕まみれの汚い顔面にランスを突き刺す。が、
「チッ、安物が。」
切れ味が悪い。精々ランスの切っ先が皮一枚貫いた程度か…
微かに体勢を崩した俺を見て、ボス猿が短い後ろ足で立ち上がりその豪腕を振り上げる。
いや、まぁ余裕だがな…
サイドステップで身を屈め豪腕を潜り抜け、一気に距離を詰める。そして、短い後ろ足に痛烈な連撃を叩き込む。
ボス猿は大きくバランスを崩すが、どうにか踏み止まろうとする。…往生際の悪い。
「転んでろ。」
ランスを引き抜き、その反動で弛んだ横っ腹に回し蹴りを叩き込む。
「今だ!!」
ボス猿が完璧にバランスを崩したのを確認してから合図を送る。
「言われんでも…」
「解ってますわ!!」
それを見計らった様に馬鹿2人が飛び出し、倒れ行くボス猿の顔面に番の大剣を叩き込んだ。
響く破砕音と飛び散る血飛沫…馬鹿共にしては良い動きだ。コレで武器の属性が猿用なら完璧なんだがな…
「あららぁ!?」
「いゃぁですわ!!」
感心していた端から馬鹿2人が投げ捨てられた。視界に映るのは綺麗な顔面、代わりに両手から血を垂らすボス猿の姿。
流石に一筋縄じゃいかんか…
馬鹿<子供・虫
完璧に顔面に入ったと思われた2人の一撃は、寸での処で奴の両手で防がれた様だ。…流石はボス猿、どうしてくれようか。
「うしゃっ!!」
「すわっ!!」
そんな事を考えている隙に、投げ飛ばされた馬鹿2人が体勢を建て直しボス猿に挟撃を繰り出そうとしていた。
その時、ボス猿がニヤリと笑い奴の下腹部が不自然に膨張した。
あぁ、これは不味い。
俺は反射的にバックステップをしながら、馬鹿2人に憐れみの視線を向ける。
そして…
ブゥッ!!
糞色の爆風が2人を吹き飛ばした。茶色い軌跡で放物線を描く2人…お気の毒に。
『!!!?!?!!』
滑稽すぎる悲鳴をあげる2人を見て、勝ち誇った様に笑みを浮かべるボス猿の面が非常に憎たらしい。…かと言って屁を浴びるのはゴメンだしな。
その時、俺の右肩に軽い衝撃が走り、頭上に人影が躍り出た。クルクルと回転する人影を俺もボス猿もつい見上げてしまった。
「でゃぁぁあ!!」
人影は怒声を上げ、遠心力の全てを左手の短剣に乗せ、ボス猿の顔面に叩き込んだ。
完璧に顔面を捉えた一撃…だが、赤団子の持つ短剣の切れ味ではボス猿の頭を両断するには至らない。
「ぁぁぁあ!!」
赤団子は更に声を張り上げ、体を捻り込み、切っ先だけが微かに顔の皮に抉り込んだ短剣の柄へ、右手の盾を打ち付けた。
ガッ
鈍い打撃音と共に、無理矢理押し込まれた短剣がボス猿の上唇を切り裂いた。
寧ろ引き千切られたに近い上唇から血を撒き散らしながら鑪を踏むボス猿の顔面に、蹴りを咬まし俺の隣へ着地する赤団子…猿以上に猿じみた身体能力だな。とにかく…
「いい一撃だ、赤団子!!」
隙だらけの奴の腹にランスを突き刺し、力任せに地を蹴った。
苦悶の表情を浮かべ、呻き声と共に仰向けにぶっ倒れるボス猿。このまま蜂の巣に…と思った瞬間、
「さがってダディ!!」
気の抜ける呼び名を叫ばれ俺の足は突進力を失った。
「なんだ、赤団…」
赤団子に何用か尋ねようとした瞬間、蜂の大群が此方に突っ込んで来るのが見えた。
「どぉっ!?」
間抜けな声を上げながら、その場に屈み込んだ。
頭の上でブンブンと羽音を響かせ、ボス猿に特攻を仕掛ける兵隊蜂達。集る羽虫を振り払おうとするボス猿に女王蜂が直々に襲い掛かった。
倒れたボス猿に執拗に毒液を吹き掛ける女王蜂…しかし馬鹿2人より子供と虫の方が役立ってないか?
「ねぇダディ?」
そんな下らない事を考えている俺の袖を赤団子が引っ張った。
第二ラウンド
「ダディじゃなくてダギィだ。」
駄目もとだが一応訂正しておく。
「そんな事良いから!!」
いや、全然良くないんだが、
「あれ見て!!」
ゴギンッ
「ほぁっ!?」
赤団子が俺の肩に登り、俺の頭を無理矢理"あれ"とやらの方向に向けた。
もげかけた首の向いた方向には群の半数を引き連れ逃げ出す、一際デカイ女王蜂の姿が有った。
なるほど、あれが大元で今ボス猿と闘ってるのは捨て駒か。なんとも効率的な虫らしい行動だな。
此処でアレを見失うのは面倒だ。少々厳しいかもだが、使える物は餓鬼でも何でも使わんとな…
「赤団子、お前はアレを始末してこい。出来るな?」
「うん!!」
少しばかり難しい注文を快諾する赤団子…しかし1人では不安だな。
「馬鹿2人、どっちか1人着いてけ。」
「私が行きますわ!!」
リケが反応するより数倍早くルォヴが名乗りを上げる。よっぽど猿と闘うのが嫌らしい。
「おし、頼んだぞ。」
手持ちの使えそうな道具を投げて寄越し、さっさと2人を送り出す。
「おう!!」
「任されましたわ!!」
素早く返事をし、女王蜂の後を追って2人は渓谷の向こうへと消えて行った。
さて、あとは馬鹿とおっさん1人でどう対処するか…
「俺もあっちのが良かったな…でどうすんのさ?」
屁を喰らったのが堪えたのか、愚痴りながらリケが俺の隣で構えた。しかし…
「臭いから少し離れろ…」
「酷いこと言いなや…」
そんな会話をしている内に、ボス猿を抑え付けていた女王蜂の腹が喰い破られた。
バリバリと喰い粕を散らしながら、真っ赤に染まった面で此方を見下ろすボス猿。
「お、第二ラウンドと行くか?」
「んな事言うてる場合かいな?」
オッサン2人で軽口を叩いていると、痺れを切らしたボスが此方に飛び掛かって来た。まぁこんな物当たりはしないが…
二手に別れボディプレスをかわし、隙だらけの脇腹に挟撃を喰らわせる。
右手に走る確かな手応え…それでもボス猿は何も無かったかの様に両腕で俺達を振り払う。
「チッ」
咄嗟にガードしガリガリと地を削り後退する。どうにも火力が足りないな。
「何か策ないんか?」
ボス猿の向こう側からリケがそんな事を聞いてくる。
「生憎猿は想定外でな…その前にもう少し真面目にやれ。1人の方が動きやすいんだろうが!?」
そう叫んだ瞬間、ボス猿が此方へ殴り掛かって来た。あぁ猿が…
「鬱陶しいぞ!!」
するりと腕の下を潜り、顔面にランスの先端を突き立てた。
隙
大剣、それは文字通り馬鹿でかい剣の事だ。斬ると言うより大質量に任せて叩き斬ると言う方がしっくりくる。
広いリーチと高い攻撃力を誇る反面、動きは散漫且つ愚鈍。なので複数で狩に行くと間違えて仲間をぶっ通す何て事が多々ある。
そんな大剣が、比較的小さい獲物を狩る時のパーティーに2人も居るとその動きはかなり制限される。まぁリケとルォヴはまだ連携の取れている方だが、それでも全力は出せないだろう。
「…猿が!!」
顔面をぶち抜いた筈のランスはボス猿の薄皮一枚を貫いた所で、奴の豪腕に掴まれていた。その上、
「ッ!!」
掴まれたランスはピクリとも動かない。ボス猿は自慢気にニヤリと笑う。…まぁなんにせよ、
「隙が出来たぞ。」
「あいさっさ!!」
そんな掛け声と共に、蒼い大剣がボス猿の腕をくの字にへし折った。
自由に動ける大剣は実に頼もしいな。
ボス猿は声に成らない悲鳴を上げ、ランスを離した。
「ん、離して良いのか?」
聞くだけ聞くが、答えを待つ気なぞサラサラ無い。
左足を踏み出し、腰の捻りと腕の突き出しを連動させ飛び切りの一撃をがら空きの顔面に叩き込んだ。
肉を抉り頭蓋にぶち当たる感触が右手に走る。ボス猿はこれ以上顔面に鉄針が侵入するのを拒むかの様に大きく後退する。
「一気に行くで!!」
「まっ!!…馬鹿が。」
人の制止も聞かず馬鹿が正面からボス猿に斬りかかった。まぁそんな一撃が当たる訳が無いがな。
「あれ?」
あっさりと掴まれた大剣を見てリケが間抜けな声をあげる。何があれ?だ、馬鹿が。大剣が優れていようが使い手が馬鹿では意味がないな。
ボス猿は捉えた馬鹿に対して至近距離からブレスを繰り出した。
「のあゎ!?」
黄茶けたブレスを喰らって馬鹿が奇怪な声をあげる。…余談だがババコンガのブレスは食った物によって特性を変える。大方ランゴスタの麻痺成分がブレスに加わったのだろう。
麻痺った馬鹿はシナシナとその場にぶっ倒れた。まぁなんにせよ…コレで隙が出来た訳だ。
十分な助走距離から馬鹿みたいに開かれた虫臭い口の中へ、図太い鉄針を突き刺した。
…!!?!
非常に耳障りな悲鳴を上げるボス猿…あぁ、非常に鬱陶しい。
「良いから…さっさと死ね。」
ランスの先端を上顎の先端に引っ掛けたまま、渓谷の岸壁へとボス猿の頭を叩き付ける。
「磔の刑だな。」
岸壁に突き刺さったランスとボス猿を見て、素直な感想を呟いた。
最終更新:2013年02月28日 00:16