三番目の要塞Vol.3

ざわめく街(騒がしい朝)

一夜明けて…
怪しい茸の粉塵を吸ったせいか、なにか凄くハイな夢を見た気がする。まぁ昨日のタダ働きのせいで気分は最低な訳だが…
兎も角顔を洗い、引き出しから朝飯分の小銭を取り出し食堂へと向かう。
そして食堂に着いた訳だが…
「いやに人が多いな?」
何時もは酔い潰れた奴程度しか居ない筈の食堂が今朝は妙に賑わっている。
基本的に昼からしか顔を出さない筈のモジャ髭と紫毬もその人混みに参加している…丁度良いし理由を聞いてみるか。
「よう、何の騒ぎだ?」
「む、ダギィか?」
「訳はあれを見てみな!!」
そう言ってクエストボードを指差す紫毬…何々、
監視局が一年振りに大規模なモンスター共の進行を確認。予測では3日後に襲撃が有ると思われる。
ハンター諸君は直にグループの申請をした上でに狩りの準備をする事…
なるほど、そう言う訳か。
「其所で1つ提案が有るのだが。」
「俺達とグループを組もうぜ!!」
そんな事を提案してくるオッサン二名。恐らくこいつら以外の奴らも組む相手を探して朝から騒いでいるのだろう。まぁ俺の答えは決まっている。
「断る。」
『何故に!?』
「てめーらと組むくらいなら赤髷の餓鬼と組んだ方がウン万倍マシだからだ!!」
2人の申し出を突っぱね、空いた席に腰掛ける。後ろからロリコンやら変態やらの罵声が聞こえて来るが、あいつらと組んだら命が幾つ有ってもたりない。
「ダディ…何の話?」
当然の様に背中から聞こえる餓鬼の声…いい加減この状況にも慣れたな。
「もうすぐモンスターの襲撃があるんだよ。だから迎撃するための仲間を探してる訳だ。」
「じゃあ僕はダディと組む!!」
人が説明すると元気に返事をする赤髷…ふむ。
この餓鬼はハンターとしてはまずまず。何より扱い易い。それにコイツと組めばあの無双黄猫君も確実に付いてくる。
ん?コイツと組むのは案外美味しいな。元より俺に決まった相手なんざ居ないし。
「よし、良いぞ。」
「ヤター♪」
人の背中でキャッキャッと喜ぶ赤髷。さて、あともう1人誘える訳だが、まぁ別に3人でもどうにかな…
「ダギィ、私と組まないか?」
と考えていると、妙に畏まった声が聞こえた。声の主は相手なぞ引く手数多であろう絶壁。
「リケ達は良いのか?」
「い、良いんだよ!!5人だから端から1人余んだよ!!」
コイツのハンターの腕は一流、断る理由も無いしな…
「まぁ好きにしろ。」
「おっ!!…あぁ好きにするさ。」

集会所から裏路地へ

これにてパーティーが上限の4人に成ったわけだ。なので全員分のギルドカードを係のメイドに預けグループの申請をする。
しかし、
「よくリケやアリー達が怒らなかったな?」
絶壁の猟団は皆絶壁の事が好きで好きで堪らない奴らの集まりな訳で、そいつらが絶壁を独りにする訳が…
「姐さんにはイーオスSが一番似合う筈や!!」
「いえ、ヒーラーの方が似合いますわ!!」
『キリンシリーズこそ至高!!』
食堂の隅から聞こえる馬鹿な会話…なるほど。
「今回自由にさせてくれたら何でも言うこと聞いてやるって言ったんだ…」
死んだ魚の様な目をする絶壁…あぁお気の毒様。あと胸が無いお前が候補に上がった装備を着ても不憫なだけだが、それは黙っておく。
あと何故コイツが其処までして此方のグループに来たのかがいまいち解せないがそれは…どうでも良いか。
「ダギィ殿。」
人の肩にヒョイと乗る黄猫君。
「なんだ?」
「何故この様なモンスターの襲撃が起こるので?」
あぁ、それには簡単な理由がある。
本来普通の街でもモンスターの襲撃何て物はたまに起こる。
しかしこの街の様に多種多様なモンスターが一度に襲撃を掛けてくる、なんて事は本来有り得ない。その有り得ない事が起こる理由が数年前にモンスター達に占拠された二番目の街にある。
二番目の街は周りが砂漠や荒野等の劣悪な環境であり、この時期(乾期)になると食料が圧倒的に不足する。そうなるとモンスター達が食料を求め街を襲撃する。
「と言う訳だ。」
「つまり毎年の恒例行事と?」
「そうなるな。」
因みにそのモンスター達を食い止めるのがここ三番目の存在意義でもある。

そして数分後
「ダディ、今何処に向かってるの?」
人の背中でブラブラしながら赤髷が言う。今俺達(リケ達に捕まった絶壁は除く)は昨日同様街の路地を歩いている。
「工房だ。」
「なんでぇ?」
「お前の防具が貧弱過ぎるからだ。」
コイツがそこそこ優れたハンターだろうが、今の防具は貧弱過ぎる。
「えぇ~」
何故か凄く嫌そうな顔をするが、知ったことではない。足を引っ張られたら困るしな。
「しかし何故裏路地へ?街道に何軒か工房が有りましたが?」
と黄猫君。
「安くて腕の良い工房が有るんだよ。」
「安くて腕も良いのに何故裏路地に店を構えているので?」
当然の疑問だがその答えは酷く簡単。しかし口では説明しにくい。一言で言うと…
「店主が変態なんだよ。」

変態工房

店主ルルメ

変態、その単語を聞いた瞬間黄猫君の毛がブワッと逆立った。
「それはどういう意味で?」
「どうも何も…まぁ会えば判る。ほら着いたぞ。」
そう言って俺は頭上の廃材で造られた看板を指差す。看板には汚い文字で『工房』と書いてある。
「お~、ボロだ!!」
「大丈夫なのですか?」
口々に感想を述べる2人。
「…腕は確かだ。」
まぁそれ以外は保証出来ないがな。
「兎に角入るぞ。…っん!?」
廃材で出来た扉はピクリとも動かない…最早スクラップだな、コレは。
…仕方無い。
「邪魔するぞ!!」
ドゴォッ
扉を蹴破り店内へ侵入する。すると…
「いらっしゃいませぇ。」
明らかに不法侵入者にしか見えない俺達を当然の様に出迎える美少年…このやり取りにも慣れたな。
「コレが件の変態なので?」
「そんな訳ないだろ。」
耳元で囁く黄猫にサクッと返す。
「ショーン、あのバカを呼んで来てくれ。」
「解りましたぁ。」
パタパタと工房の奥へと消えていく金髪美少年。
「彼は?」
「この工房の助手だ。」
「あんな子供がですか!?」
「あれは店主の趣味だ。とりあえず黙って待ってろ。」
何やら変態と言う単語を聞いてから妙にピリピリしてるな…面倒臭い。

そんな事をしていると天井の一部がガコンと開き、此方へ下がってきた。
「騒がしいと思ったら…また君かね、ダギィ?」
天井から降りてきた分厚いゴーグルをした男が開口一番にそんな事を言う。俺とて2日連続で貴様の顔なんざ見たくはない。
「あれが変態で?」
何か必死だな、黄猫君。
「あぁ…アレがここの店主、ルルメ・ジェントだ。」
「変な名前ですな。」
それは俺も同意だ。
「カッコイイ!!」
天井からヘンテコな機械で降りてきたルルメに興味深々の赤髷。ゴーグルを外し、赤髷の肩にポンと手を置くルルメ。
「坊や、家の子にならんかね?」
「え?」
あぁ、奴の病気が出やがった。早く説明…
「貴様、それ以上お嬢様に近付いたら首と胴が泣き別れる事に成るぞ?」
する前に交戦状態になってやがる。首筋に紫刃を押し付けられ冷や汗を流しているルルメに助け船を出すとするか。
「おい変態、その餓鬼は女だ。」
俺の言葉を聞いた瞬間、ルルメは興味無さげに赤髷を一瞥し、ゴーグルを付け直し証面の席へと腰掛けた。
「全くもって紛らわしい…」
ボソリと口元を歪ませた後、ルルメは此方を向き直った。
「ようこそ、我が工房へ。本日は如何な御用で?」

ショタコン

ルルメの態度の変わりようにポカーンと口を開ける黄猫君。そして、
「どう言う事で?」
そんな事を聞いてきた。どう言う事も何も…
「見たままだ。奴は美少年しか興味が無い変態なんだよ。」
更に言うと、孤児だったショーンを拾って来て育てていると言う筋金入りの変態だ。
「つまり…彼は女性なので?」
頭を抱えながら呻く様に訊ねてくる黄猫君。確かに見た目は油まみれだが、女に見えない事も無いか…しかし、
「知らん。」
「ハイ!?」
「だから、奴が男なのか女なのかは俺にも解らん。」
奴の性別は不明だ。ショーンなら知っているかもだが、それを聞く勇気は俺には無い。
思考能力の限界を超えたのか黙りこくってしまった黄猫君。まぁ黄猫君は装備の調整をする必要も無いし、放置しておくか。
「おい、早く用件を言ってくれないか、私も暇ではないのだよ。」
嘘を付け、この店に俺以外の客が居た事なんて数える程しかないぞ。
兎に角用件を伝えるか。
「其処の餓鬼に装備を造ってやってくれ。」
「また漠然とした注文だね?手持ちの素材や本人の希望を聞かない事にはどうにもならないんだかね?」
と変態。まぁ言う通りだな。
「だそうだ。何か要望が有るんなら今の内に言っとけ。」
そう言って赤髷をずぃっと変態の前に突き出す。が、するっと俺の背中に隠れる赤髷…今更になって人見知りか?
「その子は私が怖い様だね。君が要望だけ聞いて私に伝えてくれたまへ。」
そう言って変態は奥に引っ込んで行った。仕方無い…
「おい、希望を言え。」
「うん。」

そして数分後…
赤髷の希望をざっと纏めると…
見た目は男性用。そして軽く、動きを阻害しない物が良いとの事だが、防具とは強固になる程重くなる。そして赤髷の防具は紙切れ同然の強さ…コレと似たような重さの防具なんて紙切れの様な物しかない訳で…
恐らく、防具が重くなるのが嫌で工房に来るのを嫌がったのだろう。
まぁこの問題の解決法を考えるのは俺ではなくアイツだ。
「ルルメ、仕事だぞ!!」
「叫ばんでも聞こえている。」
奥の扉からお菓子と茶を持った変態が現れた。瞬間俺の背中に隠れる赤髷…何が怖いんだ?
「…ショーン、其処のお嬢さんとコレを食べていなさい。」
「解りました。」
工房の隅でお菓子を食べるショーンと赤髷。
恐らく赤髷に好かれたくてお菓子を用意したんだろうが…完璧に嫌われたな、可哀想に。
「でご注文は何かね?」

お値段

要望が書かれた紙を渡す。それを見たルルメは考え込む様な格好でピタリと動きを止めた。…やはり無理な注文だったか?
「男装をした美少女…悪くない。」
お菓子を食べる赤髷達の方を見ながら物騒な事を口走る変態。何やら変なスイッチが入った様だ。
「で、出来るのか?」
暴走する前に変態の視界に割って入り、本題を訊ねる。
「む…そうだな、出来るぞ。ナルガシリーズなら彼女の望み通りの物が出来る。しかし…」
不意に言葉を濁す変態。
「しかし、何なんだ?」
「素材は有るのかね?」
「あ、」
失念していた。よくよく考えればあの餓鬼が鎧1つ造るだけの素材を持っている筈が…
「有りますよ。」
有るのかよ。
何時の間にか正気に戻った黄猫君がサラリと答える。
「何で…」
「この前リィナ殿と一緒に討伐したそうです。」
「いや、そうじゃなくで何でジュウベェ君がそんな事を知ってるんだ?」
「小生はお嬢様の世話係です故。手持ちの素材からお小遣いに至るまで全て管理しております。」
「あ、そう。」
確かにあの餓鬼に生活力が有るとは思えないしな。
「では素材は足りていると言う事で良いのかね?」
「構いませぬ。足りなければ取り寄せます故。」
なんかもう俺が話に参加する必要は無さそうだな。
「ではお値段なのだがね、全身と強化込みで7万2500zで如何かね?」
相場から言うと大分安い訳だが、駆け出しハンターには痛い出費だろう。しかしこの工房には分割払いと言う便利なシステムが…
「これで宜しいですか?」
小さい紙切れを変態に渡す黄猫君…何の紙だ?
「小切手で一括払いとは誰かさんとは大違いだね。」
小切手だと!?
「少し値段が多目に書かれているのは好意と思って良いのかね?」
「えぇ、お納めください。」
しかも値段が多目!?…ひょっとして、
「ジュウベェ君、あの餓鬼は金持ちなのか?」
「そうですが、気付きませんでしたか?」
そう言えば毎晩豪勢な晩飯食ってやがったな…あの餓鬼が金持ち…何か疲れてきたな。
「ダギィ、話が済んだならお引き取り願いたいんだかね?作業の邪魔なのだよ。」
「あぁ、悪い。」
変態の言葉で我に帰り、さっさと帰り仕度をする。
「三日後までには頼むぞ?」
「誰に行っているのかね?明日の朝には完璧に仕上がっているよ。さぁショーン、お仕事だ!!」
「解りましたぁ。」
そう言って開いた天井へと登って行く2人を見ながら、古びた工房を後にする。

準備中(装備確認)

そして翌朝…
さっそく、酷く血走った眼をした目をした変態がナルガシリーズ一式を納品しに来た。余りにも仕事が早く、鎧の出来も良いので訊ねて見ると、
『良いイメージが降りてきたのでね。思わず徹夜で造り上げてしまったのだよ。』
と興奮気味に言っていた。良いイメージが何なのかは深く詮索しないでおく。
その後、徹夜の疲労でぶっ倒れた変態がショーンにおぶられて帰るのを見送った後、部屋で騒音を発している糞餓鬼を叩き起こす。
「起きろ、ちょん髷!!」
「ん…何ぃ?」
「何じゃない、鎧が出来たから試着してみろ。」
「…判ったぁ。」
そう言って再び鼾をかく赤髷…全然判ってないな。
「ジュウベェ君、後は頼む。」
「お任せを。」


ジュウベェに鎧と赤髷を預けて数分後…
「出来ました。」
と言われたので部屋の扉を開けた。
室内には皮に近い、黒い鎧を纏った赤髷の姿が有った。…しかし、なんで採寸無しで彼処までぴったりな物が造れるんだか。
「ダディ、この鎧凄く良い!!」
ピョンピョンと跳ねながら嬉しそうに言う赤髷…確かにナルガシリーズは身軽さが売りだが、三角跳びはやり過ぎだろう。
「でも…」
ピタリと止まり不満げな顔をする赤髷。
「どうした?」
「スコープが無い…」
あぁ、確かにナルガシリーズにはスコープが付いていない。普通のガンナーや剣士なら問題ないがコイツにとっては重要な事なのだろう。仕方ない…
「ちょっと待てよ。」
「ん?」
長年使って居ない方のアイテムボックスから古びたキャップを取り出す。…まぁスコープだけなら使えるだろう。
取り出したバトルキャップからスコープだけを取り外し、赤髷に投げて寄越す。
「それで我慢しろ。」
「良いの?」
「あぁくれてやる。どうせ俺は使わないからな。」
そう言うと赤髷は嬉しそうにスコープをヘルムに取り付けた。
「似合う?」
「あぁ似合う似合う。」
面倒なので適当に誉めておく。
さて、後は武器をどうするかだな。流石にカリンガでは厳しい物が…
ふと赤髷の腰に目をやると鉤爪状の短剣ではなく、鉈っぽい物が提げられていた。
「どうしたんだ、それ?」
鉈っぽい物を指差しながら訊ねると…
「この前のチャチャブーがお礼にくれたんだ♪」
嬉しそうにくるくると回る赤髷…お礼ね、俺はタダ働きだったてのに。
まぁコレで当面の問題は解決されたな。あとは期日を待つ…
ジリリリリ…
必要はなくなったな。

緊急召集

騒々しく集会所中に鳴り響くベルの音、コレは決して朝飯の時間を報せる物なんかじゃない。予定より大分早いじゃないか
「ダディ、何の音?」
聞き慣れないベルの音に首を傾げる赤髷。そうだな、このベルは…
「このベルはお客さんが来たって意味だ。」
そう飛びっきり最悪な来客が来た報せ。

身支度を済ませ、集会所の食堂へと向かうと既に大勢のハンターが集まっていた。
そして人集りの中心には我らがメイド長殿。しかし、その顔は何時もの営業スマイルではなく、非常に厳しい物になっている。
半目開きは怖いから止めて欲しいな。なんてくだらない事を考えていると、メイド長がテーブルの上に登った。そして1つ溜め息を吐いた。
「御早うハンター諸君。さっきのベルで解ってると思うけど良くない報せよ。モンスター達の襲撃が今晩に早まったわ。」
だいたい判っていた事だが、集会所内が俄にざわつく。
「他の街からの増援は早くても明日の朝、それまで私達だけでここを守らなくては成らなくなりました♪」
顔に営業スマイルを張り付けながらサラリと言う。その言葉を聞いて明らかに狼狽えるハンター達。
ブチッ
嫌な音が静かに響く。馬鹿な奴らめ、竜より怖い存在が目の前に居るってのに…
『男がガタガタ言うな!!弱音を吐く奴は今私が殺してやる!!』
開眼したメイド長の一言で一気に静まり返る集会所…
「よし、今から各グループの配置を言うから昼までには持ち場に着くように。あ、あと明日までの弁当て小道具はギルドが負担するから喜んでね。」
愉快そうに言い終えると、メイド長は各グループの配置が描かれた紙を貼り出した。
それを見た後、支給品を受け取り1人、また1人と集会所から出ていくハンター達。
さて…俺の配置は…
紙には三番目周辺の地図と、名前の書かれた駒が貼られていた。街を中心として等間隔に駒が配置されている。絶壁の名前で登録したから…リィナ・シュウはっと。
…マジかよ。
「ねぇダディ、僕達は何処に行けば良いの?」
「何処にも行かなくていい。俺達の配置は此処だ。」
正確にはこの街の2つある門の内、二番目の街側の門だ。つまりモンスターの群が最終的に到達する場所…防衛の最終ラインだ。
「一番肝心な場所に回してくれたな、メイド長殿?」
皮肉タップリにメイド長に言うと、
「その代わり一番報酬も高いわよ?」
との事、それなら断る理由は無い。
「喜んでやらせて頂きます。」

街を背に

高見台

そう言って配置に付いて早数刻後、辺りは既にどっぷりと暗くなっている。
因みに、ここは防衛の最終ラインであり、前線に配置されたハンター達が頑張ってくれれば何もしなくて済む訳だ。
しかし、門の1つ前の区画の担当がモジャ髭と紫毬だからな…奴らならちょっと強そうな相手なら素通りさせかねない。
そんな不安の為、門の高見台から前線を監視している訳だが、先程からモンスターの姿は見えない。現状を一言で言えば"退屈"だ。
予想の時間にまだ達していないからだろうが、
「んにゃむ…」
横で居眠りなんてされたら此方の緊張感も無くなってしまう。
「ふ…ぁ~。」
口からつい欠伸が漏れる…メイド長に見られたらぶっ殺されるな。
序でに言うと横の区画の担当であるリケ達と一緒に夕食を取ったばかりで、非常に眠い。
「見張り代わるか?」
そんな俺を見かねてか絶壁が声を掛けてくる。
「あぁ、頼む。夜に備えて少し眠らせて貰うかな。」
見張りを交代し、仮眠に就こうとした瞬間、
…ァァ!!
渓谷の彼方から嫌な木霊が響いて来た。
「来たか?」
横になりかけた体をお越し、絶壁に問う。
「いや、まだ何も見えない。」
「そうか…」
だが、まだ見えないにしても何処かで戦闘が始まったのは確かだ。今の内にもう一度準備を確認しておくか…
「…来るよ。」
いつの間に目を醒ましたのか赤髷が瞳孔が開いた真っ黒な瞳で、ある一点を見詰める。
視線の先には…何もない。当然か、幾らなんでも早すぎる。
「ダギィ、彼処だ!!」
赤髷に続き絶壁が声を張上げる。その指差す先には真っ直ぐ此方に走ってくる土埃…なるほど、早い訳だ。
次の瞬間、固い筈の地面を突き破り砂獅子、ドドブランゴ亜種が姿を表した。
どうやったのかは解らないが、奴は警戒中のハンター達の足下を潜行して此処まで来た様だ。まぁ流石に地面にまで鉄柱が差し込まれている外壁を潜る事は出来なかった様だが…しかし、
「不味いな。完璧に出遅れた。」
俺達は今外壁の上部に居る。ここから下に降りるには少なくとも2分は掛かる。その隙に奴が外壁を飛び越す可能性は否定し切れない。
「クソッ!!降りるぞ!!」
そう叫んで振り返った瞬間、目に映ったのは俺の後に続く絶壁と、高見台の縁に足を掛ける赤髷と黄猫君。
おい待て、下まで何メートル有ると思って…
「行くよ、ジュウベェ。」
「承知。」
赤と黄色は平然と宙へ向けその一歩を踏み出した。

ダイビング

ふわりと浮かんだ瞬間、落下を始める赤髷と黄猫君。
『あぁぁぁ!!!』
響くのは雄叫びか、絶叫か。
「馬鹿餓鬼が!?」
高見台から下を見ると凄まじい勢いで回転する赤い駒と紫の刃…しかし、下の砂獅子も迎撃の体勢に入っている…くそったれ共が!!
「サービスだ、目ぇ瞑れ!!」
声が届いたか確認している暇はない。鞄から手探りで閃光玉を取り出し、赤髷の背面で炸裂させる!!
強烈な白が視界を埋め尽くす、
ギャァォアッ!?
下を覗き込むと視界を奪われ両腕をがむしゃらに振り回す砂獅子の姿があった。閃光の効果は十分だが、黄猫君の落下軌道を砂獅子の豪腕が抉る…
「ご親切ですな?」
クスリと嘲笑する黄猫の紫刃は容易く砂色の掌を貫いた。
呻き声を上げる砂獅子の掌上に逆立ちの格好でピタリと静止する黄猫君。それに続くように落下する赤い閃光、
「どうぞ、ミーユ嬢…」
「りゃぁぁあ!!!」
掌に突き立てられた紫の薙刀の柄に赤髷の盾が打ち付けられる。釘を打つ金槌の様に火花を散らし、紫刃が砂獅子の掌を両断する。
無茶苦茶な戦法だな…しかし、コレで時間が稼げるか?
砂獅子の腕からは赤い肉と白い骨が覗いている。だが、それでも奴の動きは止まらなかった。
獣性とでも言うのだろうか、視力の回復していない筈の目で着地したばかりの2人を捉え白い牙を剥き出し、黄土色の煙幕を吐き出した。体勢の整っていない2人にそれを避ける手立てはない。
「まずい…」
砂のブレスは受けたもの視界と平衡感覚を一時的にだが奪い去る。その僅な時間が命運を別ける。
馬鹿どもが、手持ちの道具に現状を打開出来る物は…
そんな事を考える間も無く、朱に染まる腕が2人に襲い掛かる。
「ッシャァァア!!」
その腕を無骨な剣が切り払う。
悲鳴を上げる砂獅子の前に現れたのは酷く呼吸の乱れた絶壁…ここから下まで走ったか?どんな足の速さだ?
だが、2人を救ったその行動は決して利口とは言えない。
襤褸布みたいな腕を切り捨てた所でもう片方は健在だ。その乱れた呼吸であと何発後ろの奴らを守って戦える?
現に絶壁の動きは既に緩慢な物に成りつつある。あれでは次の一撃を捌く事すら出来やしない。
馬鹿野郎共が…
そんなに纏めて死にたいのか?
この俺の目の前で!?
「馬鹿が!!大馬鹿どもが!!!」
そっちがその気なら此方にも考えがある。もう後先の事なんて知った事ではない。
助走を着けた両足で、高見台の縁を懇親の力で蹴り飛ばした。

子供に対して

重力を振り切った体がフワリと虚空に浮かぶ。一瞬だけの重力からの解放、背筋が凍り付く様な不気味な浮遊感…だが、今そんな事はどうでも良い。
眼下には唸りを上げる砂獅子の腕、そして使えない仲間達…あぁ、実に使えないか。
「…全く。」
軽く歯軋りをすると共に体が重力に掴まれる。バランスを崩さない様に背中の重槍を両手で構える。…ほら、化け物、此方を…
「向けぇぇぇぇえ!!」
闇夜に響く腑抜けた雄叫び、だが獣の気を引くには十分だ。
奴が此方を向くまでに俺の体は十分過ぎる加速をする。鉛直にランスを構えた今の俺は弾丸と言うに相応しい。
ガァァア!!
今更になって獣がその腕を十字に交差して構える。遅すぎる上に、無駄な足掻きを…その程度で防げる程今日の獲物は安くはない。
勝負は一瞬、ランスの先端が奴の肉を抉る瞬間に伸縮していた部分を一気に展開させ、落下の全エネルギーを…
「っねぇぇぇい!!」
炸裂させる!!
ジャギィンッ!!
展開されたランスは容易く二本の豪腕をぶち抜き、断末魔を上げさせる前に獣の喉笛を抉る取り、そのまま地面に突き刺さる。
ボァ゙ァ゙ア゙ア゙ァ゙ァ゙!!
潰れた喉で筆舌に尽くしがたい声を上げながらもがき、のたうつ真っ赤な獣。それでも尚、自分に突き刺さったランスを抜こうとしている…好きなだけやってろ。それより今はまず、
「おい、糞餓鬼…」
「あ、ダディ。」
必死に目を擦りながら此方を見上げる糞餓鬼…
「次勝手な真似をしたら塀の中に投げ込むからな。」
「え、でもああしないと…」
確かにあのまま放って置けば街への侵入を許していただろう。だが、易々とそんな事をさせる訳が無いだろう?
「お前は此処での戦いを全く理解していない!!」
お前は何も理解していない。防衛戦は一匹倒せば終わりじゃない。刻一刻と悪くなる状況の中、次々に涌いてくる化け物の相手を永遠とし続けなくてはいけないんだよ。そんな中死ぬ奴は1人や2人ではない。
見知った奴が隣で肉塊になる気持ちがお前に解るのか?
「ダギィ、落ち着け。」
何時の間にか赤髷の肩を掴み、締め上げていた俺の腕を絶壁が振りほどいた。
俺は今何を言おうとしたのか?こんな小さな子供に対して…
「今日だけは俺の言う事を聞け。死ぬなら俺に見えない所で勝手に死ね…」
「ダギィ!!」
頭では解っていても口からそんな言葉しか出て来ない。
「ダディ…ごめんなさい…」
俺は…こんな子供に何を言わせているんだ?

やるべき事

眼前には未だにしぶとく足掻く砂獅子、そして背後には恐らく泣いているであろう糞餓鬼…
頭の中には何故だかあの日の記憶が駆けずり回る。…吐き気がする、鼻腔にへばり着いた臭いが消えない…さっきから俺は何を考えているんだ?
落ち着け、この臭いと吐き気は気のせいだ。
そう自分に言い聞かせ煙草に火を着ける。あぁ…煙草なんざ大嫌いだった筈なのにな。
…こんな事は今はどうでも良い、今やるべき事があるだろう。
「ジュウベェ君、餓鬼が…ミーユが落ち着くまで下がっていてくれるか?」
黄色い猫はジトリと無言で此方を睨んだ後、赤髷の手を引いて門へと向かう。
「リィナは俺に付き合え。」
「あぁ。」
俺は絶壁を連れて死に損ないの獣の元へと向かう。…今は兎も角彼奴の息の根を止めておかなくては…
「俺がランスを引き抜いてそのまま奴の頭を潰す。お前は念のため横で構えててくれ。」
「…」
何故か絶壁からの返事はない…
「聞いてるのか?」
「ダギィ、あんた大丈夫か?」
何故今そんな事を聞いてくる?
「お前に心配されるようじゃ俺もしまいだな。」
そんな軽口を叩きながら砂獅子に跨がる。
「私はあんたを心配して!!」
「良いから構えろ!!」
何また叫んでんだ俺は…
「すまん…構えてくれ。」
「あぁ、私も変にムキになった。」
そう言って絶壁は大剣を構えた。
それを確認した上で突き刺したランスに手を伸ばし、死に損ないに目をやる。肋がくっきりと浮き出たガリガリの体…そりゃ街に襲撃を掛けに来るわな。
空いた穴からは真っ赤な血と音に成りきらない空気がヒューヒューと漏れている。…黙れ、今楽にしてやる。
そしてランスを引き抜こうとしたその時だった。
「ダギィ、下から!!」
突如絶壁が叫んだ。
下の地面が何だって言うんだ?
そう思って地面に目をやると、砂獅子から出来た血溜まりにワラワラと何かが這い出してくる所だった。
コイツは…
「ヤオザミ?」
それの正体を確認した瞬間、砂獅子の体がグラリと揺れた。そして地面から巨大な紫の鋏が現れ砂獅子の体をガッチリと掴んだ。
ボァ゙ァ゙ア゙ア゙ァ゙ァ゙ア゙ア゙ア゙!!!!
砂獅子の体が断末魔と共にズルズルと大地へ引き摺り込まれる。このままではランスも一緒に…
「糞ったれが!!」
渾身の力を込めてランスを引っ張るが引き摺りこまれる方が早いか!?
「ダギィ、武器なんてどうでも良いだろう!!」
叫ぶ絶壁…だがそれは聞けないな。
「馬鹿野郎ぉ!!!!」

蟹カニかに

冷たい地面へと飲み込まれる砂獅子の屍と吸いかけの煙草。右手には真っ赤に染まった相棒、両足は宙ぶらりんで背中には鋭い大剣が絶妙な力加減で引っ掛けられている。
「おぉ、助かっ…」
『馬鹿かお前は!!武器より命の方が大事だろうが!!』
助けて貰った礼を言う前に怒鳴り散らされてしまった。しかし、コレだけは易々と手放す訳にはいかないんだよ。
「スマン、悪かった。」
謝罪の言葉を吐きながら、新しい煙草に火を灯す。…さて、さっきの鋏から察するに次の敵は…
「謝る気無いなら謝んな!!だいたい…」
「リィナ、スマン序でに後方に走ってくれ。」
「は?なん…!?」
絶壁が言い切る前に地面がグラグラと揺れ出す。敵は真下だぞ、さっさと走れ。
「ちょ、ダギィ!!」
「なんだ?」
慌てる絶壁の足下には再び涌いて出た小蟹共が群がっていた。
糞が。
舌打ち混じりに大剣を振り落ち、足下の数匹を盾で押し潰す。盾の下からはキチキチとかガリガリだとかの嫌な音…この程度じゃ死なないか?
ガクンッと視界が揺れ、逃げ場無く群がる小蟹共が地面を突き破り現れた歪な二本の槍に弾き飛ばされる。
槍は素早く地面に潜り込む。周りには尚も群がる小蟹共…逃げる隙は無い…か。
「こっちに来い。」
「へっ?!」
文句を言われる前に絶壁を引寄せ、地面に押し付けた盾と俺の体に挟み込む。
「ちちちょっとななにすんだ!?」
案の定喚き散らす絶壁…再び地面がグラリと揺れる。震源は…真下か。
「黙ってろ舌噛むぞ。」
「え?」
ガツンッと言う衝撃が盾を襲うと共に、辺りの岩盤や小蟹諸とも月夜の空にぶっ飛ばされる。その後は無論、落下する。
「キャァアアァァ!?」
耳元で女みたいな悲鳴を上げる絶壁…あ、コイツは女だったっけか?
なんて今更な事を考えて居る間に背中から地面に激と…
「ダァ!?」
うぉ…腰を強打したぞ、おい。
「だ、大丈夫かダギィ!?」
鎧に強打したのか真っ赤な顔でそんな事を聞いてくる絶壁…ふむ、
「お前の胸がデカけりゃ軽傷で済んだかもな。」
「う…ぅるせぇ!!」
ダン俺を突飛ばし、離れる絶壁…さて、また煙草が何処かにいっちまったな…
「全く、前線の奴は何やってるんだか…」
愚痴愚痴言いながら新しい煙草に火を着ける。紫煙の向こうには角竜の頭蓋を背負った、毒々しい紫色のデカイ蟹。
キチキチと音をたてる蟹の鋏には先程の砂獅子の肉片以外にも、僅かだが金属片の様な物が挟まってた。
「チッ使えねぇな。」

雑兵

前線の奴らの内の誰かが目の前の蟹に、早々に殺されるなり喰われるなりしたらしい…しかし、金属片の種類から見るにモジャ髭達ではないらしい。
「序でに殺されてりゃ良かったのにな。」
まぁあれを見たモジャ髭共はびびって隠れたか…と、なると早くも防衛線の一部に穴が空いた訳だ。
「どうするんだ、ダギィ?」
大剣を研ぎ直しながら絶壁が聞いてくる。ふむ…眼前には蟹の群、戦線は既に崩壊気味…最悪だな。
「リィナ、お前は一旦中へ戻ってメイド長に戦線が崩壊したと伝えて来てくれ。」
「…私が居ない間お前はどうするんだよ?」
心配そうな顔で何を聞いてくるのかと思ったら…
「俺はこう言う状況には慣れてるから独りで十分だ。大剣よりランスの方が乱戦に向いてるしな。それに…」
「それに?」
「胸が小さい女に心配されても全然嬉しく無い。」
『テンメェ!!』
鋭いアッパーをスウェーでかわす。
「ほら、さっさと行け。」
「くぅっ…後で覚えてろよ!!いいな、私が来るまでくたばるんじゃないぞ!!」
そんな捨て台詞を残し、真っ赤な顔で街へと走っていく絶壁…さてコレでやり易くなったな。
ゾロゾロと迫って来る蟹の軍勢、後方で構える大名さんは鋏をカチカチ鳴らし様子を伺っている。
なぁに、あの時に比べれば楽なもんだ。片っ端に脳天くり貫いて、大将討ち取っておしまいだ。
…さぁ、やりますか。

ランスを展開させ、先端で円を描くようにくるくる回す。そして近くに居る奴から手当たり次第に串刺しにしていく。
だが一突きでは死なないか…
「チッ、面倒臭い。」
ギシャァ!?
体を鉄柱にぶち抜かれ、奇っ怪な呻き声を上げる蟹からランスを引き抜く事無く次々と焼き鳥の様に串刺しにする。
一匹、二匹、三匹、四匹…足下から涌き出て来た五匹目を蹴りあげて、串刺しした所でランスの刃がいっぱいになる。
「こんなもんか、よい…」
串刺しになったそれを大将目掛けて振り飛ばす。
「しょ!!」
脳幹やら内臓やらを撒き散らしながら飛散する五匹の蟹。その内の一匹が大将の目玉にぶつかりパンッと弾けた。
ダメージは皆無だろうが怒らせるには十分過ぎるだろう?
大将向けてニヤッと笑って見せると、それが尺に障ったのか両の鋏を振り上げ威嚇のポーズを取った。よし…
「ほれ、怒れ怒れ。」
パンパンッと手を叩くと大将は周りの雑兵を蹴散らして高く飛び上がった。
「単純だな全く。」
俺は一歩後ろに跳んだ。

不気味な大将

近くに居た小蟹を巻き上げ高々と跳躍する大将・・月と重なる紫の体は正直に言って酷く不気味だ。
なんて事を考えながら盾を正面に構えた。
豪快な落下音と共に、先程まで俺が居た場所を紫の巨体が押し潰す。地響きがビリビリと足の裏から駆け上り、その直後に有る物が盾を直撃した。
ベシャァッ
「見境無しだな、おい。」
盾にへばり付いた小蟹の残骸を振り払いながらそんな事を呟いてみる。さて・・コレで雑兵どもは粗方片付いたな。残すは・・
「大将の首のみ。」
まぁこいつを殺して終わりって訳では無いんだろうがな。
大きな溜息を一つ吐き、大将の頭に向けランスの先端をクルクルと回して見せる。それを見た大将は鋏を高く構えたままノシノシと此方へ向ってくる。あぁ、実に鈍い。
両の鋏から繰り出される挟撃を潜り抜け、がら空きの顔面にランスの切っ先を叩き込む。
飛び散る青黒い血を避けながら、いち・に・さんと突き刺した所で紫の鋏が振り子の様に俺の顔面目掛け放たれる。
「ま、当たらんよ。」
サイドスッテプでハンマーの下へ体を潜り込ませる。丸出しの後頭部すれすれを暴風が抉っていくのを感じながら足の関節部分に更に追撃を噛まし大きく後退する。
泡を散らしながら、カチカチと鋏を鳴らす大将を横目に大きく深呼吸をする。年を取っても案外いけるもんだな。
そんな事を思った瞬間、紫の巨躯が性懲りも無く月夜に跳ねた。
しかも俺とは見当違いの方向に向って・・
ゴシャァ
音だけは凄まじいな、なんて思いながら背後に落下した大将を見た瞬間、額に嫌な汗が流れた。
背後に落下した大将は角竜の髑髏を此方に向けながら、小さく足を縮めていた。
その姿は酷く不気味、例えるなら小さく押込められたゴム鞠が弾ける寸前の様な不気味さ・・つまり奴は弾ける寸前だ。
「やっばい・・・」
俺が収縮したランスを背負い駆け出すのと、悪趣味な髑髏が跳ねだすのはほぼ同時だった。

兎跳び

脱兎の如く逃げる俺を角竜の頭蓋が兎跳びをしながら負い掛けて来る。周りから見たら非常に滑稽な光景だろうが、コッチは必死なのだ。
あれに潰されたら一たまりも無いな。あぁ、やっぱりヘルム被っとくんだったか・・いや、それだと煙草が吸えないしな・・・
なんて馬鹿な事を考えながら打開策を考える。その間中背後からは、ゴシャンやらメゴンッやらの愉快な音が追い掛けてくる。
このままでは体力が持たんな・・・こうなりゃ一か八かだ。
一瞬だけ背後の様子を確認する。髑髏は勢いを落とす事無く此方へ突っ込んでくる。
ガショッグシャガオンッドゴァ
破壊音にタイミングを合わせ、煙草を咥えたまま大きく息を吸い込む。・・行くぞ。
両足で踏み切ると共にランスの切っ先を地面に突き刺し一気に展開させる。その反動を利用し一気に跳ねる髑髏の下へ飛び込んだ。
頭上を覆い尽くす気持ちの悪い紫の脚に吐き気を催しながら、口元だけはニヤリと歪む。
「死ぬかと思ったぞ。」
頭上を通り過ぎる大将にそう吐き捨てた。いや、まぁ実際余裕だったがな。
俺を飛び越えた大将はその後二回跳ねた後漸く俺が前に居る事に気付き急ブレーキを掛ける。ガリガリと地を削り、砂埃を巻き上げる紫の蟹。そのがら空きの顔面に間髪入れずにランスを捻じ込んだ。
深々と顔面を抉る突撃槍。しかし、この程度で手を緩めはしない。
「まだまだぁ!!!」
両足に有らん限りの力を込めて、ランスの残った刃を抉り込ませていく。一歩踏み込む度に殻が砕け、肉が引き裂け、濁った血の飛び散る音が断末魔のコーラスと共に響き渡る。
しかし、それでも尚紫の大将はその鋏を振り被った。それは見るからに愚鈍な一撃、しかし深追いし過ぎた獲物を捉えるには十分な速度で放たれた。
「糞が!!」
ランスを伸縮させる反動で蟹の肉から引き抜いたとき、既に紫の鋏は三日月の様な軌跡を描きすぐ傍まで迫ってきていた。
愚鈍から必殺へと姿を変えたその攻撃を、不十分すぎる体勢のまま盾で受け止めた。
ゴシャァッ
鈍く、重い音が盾を貫き体の芯まで響き渡る。グラリと意識は遠退き視界は反転・・・気付けば俺の体はゴロゴロと地面を転がっていた。
口中に鉄錆の味、肋は酷く軋むが、幸い五体満足のままだった。コレならまだいけるな。
「さて・・死ぬかと思ったぞ。」
今度は少し愚痴っぽくそう吐き捨てた。

打ち上がる

「さて…どうするか。」
此方は地味に重傷、肋に罅が入っているかもだ。対して奴さんは既に瀕死、今尚ダラダラと青い血を垂れ流している。
このままチクチクと一撃離脱を繰り返せば確実に倒せるだろうが…戦線が崩壊している以上、時間を掛けるのはまずい。
やはり一気に決めるべきだな。
そう結論に至った瞬間、紫の巨体が垂直に跳躍した。無駄な事を…そんな攻撃なんざ余裕でかわせる。
大きく後退した直後に紫の物体がガシャンッと降ってくる。…いや、ちょっと危なかったな。
兎に角、眼前に降ってきた半壊した顔面を粉砕すべくランスの柄に手を掛けた瞬間、蟹の面が消えてなくなった。そう影だけを残して綺麗さっぱり…って!?
「上か!!」
確認する間も無く横っ飛びでその場から離れた瞬間、その空間が紫色に塗りつぶされた。ガシャガシャと音を立てる蟹の体は俺が反撃に移る前に頭上へと消える…糞が、やけっぱちか!?
ガシャッ…ゴションッ…ドラァッ…グシャッ
「糞がぁ!!」
一切の隙なく跳躍と落下を繰り返す紫の塊を紙一重でかわし続けるが…いい加減疲れて来たな。そっちがその気なら此方にも考えがある。
大将が何度目かの跳躍をした瞬間、鞄から火薬のたっぷり詰まった大樽を取り出す。それを地面に置いた時点で既にすぐ頭上にまで紫の塊が迫っていた。
「えぇい、ままよ!!」
蟹に圧殺される寸前に目の前の爆弾に蹴りをブチ込んだ。
ドゴォッ
肥大した紅蓮が俺の体を吹き飛ばし、蟹の巨体を僅かに反転させた。
俺は地面を転がり、大将は横這いに倒れた体を立て直そうとジタバタと暴れていた。
「ハァ…ざまぁ見ろ。」
奴の鋏が届かない場所でランスを展開させ、がら空きの脇に狙いを定める。
「よし、死ね。」
ランスが紫の甲殻を穿とうとしたその時、
ギャァァォォォオ!!
不快な咆哮と共に背後に巨大な砂柱が打ち上がった。
雨霰に降り注ぐ砂や砂利の向こうに、不気味に揺らめく赤い瞳が見えた。…何故アイツがこんな所に居やがるんだ!?
その疑問の訳を考える間も無く、赤い瞳が大きく動いた。
「…糞が。」
死に損ないの大将から離れた瞬間、砂の幕を突き破って黒い竜がその禍々しい姿を現した。
ギャォォオ!!
黒い竜は醜い咆哮を上げながらのたうつ大将を街の外壁まで撥ね飛ばした。
黒い竜はそのまま月夜にその歪にねじ曲がった双角を翳し長い雄叫びをあげる。
砂漠の暴君、角竜ディアボロス、その亜種が目の前に現れた。
戦況は最悪だな。

開く門

大名ザザミ亜種は生死不明。そして目の前には黒いディアボロスがご来訪…
しかもだ。あの体のサイズ、そして他の個体に比べ酷く独特な二本の…俺の記憶が正しければ、あれは二番目の街付近の主だ。
乾期になるとこの街が襲撃を受けるのは毎年の事だ。そして、その襲撃を掛けてくるモンスターと言うのは乾期のせいで食い扶持を失った小さく、弱い奴等が殆どだった。
しかし今回は何かがおかしい。早々に崩壊した戦線、他の個体より強い筈の亜種の連続的な襲来、そして今目の前に現れた砂漠の主…
考えてみれば何もかもがおかしい。砂漠で…あの街で何かが有ったと言う事か?
グォォォォォ!!
グルグルと回り出す思考を遮って目の前の黒い塊が雄叫びをあげる。
「先ずは目先の問題を解決すべきか。」
相手は何年もの間挑んだハンター達を蹴散らしてきた強く、巨大な砂漠の主。独りで相手をするのは厳しい相手だ。
しかし、この最後の防衛線を越えさせる訳にはいかないぁ…
「さぁ…来い。」
ランスを構え、聞こえない程度の小さな声で吐き捨てた。瞬間、
ギジャァァァァ!!
背後から泡を吐くような奇怪な音が響いてきた。
「まだ生きてやがった!?」声の主は全身が砕けてグズグズになった大将だった。そのまま鉄製の壁門をガンガンと殴り始めた。
鈍い音を立て砕ける鋏と歪む鉄の扉…正気かアイツ!?兎に角街に入れる訳には…
街に侵入しようとする大将に体を向き直した瞬間、直ぐ近くの地面がグラリと揺れた。…マズッ
「がぁっ!?」
背後から痛烈な一撃を喰らい、出したくもない呻き声と共に視界が逆転する。
星空の変わりに頭上に来た地面が急速に接近する。
「クッ!!」
華麗に背中を下に落下の衝撃を拡散させる。…受け身だけは完璧だな。
なんて、しょうもない事を考えている隙に歪んだ黒い槍が眼前に迫る。
「っと!?」
体を畳込み、角竜の股の下を すり抜けた。…邪魔だ糞ったれが。
ランスを角竜に向け構えたまま街の方へと視線を向ける。すると丁度街の門が開かれる所だった…って!?
「何で門が開いてんだ!!」
悠々と街の中へ入って行く蟹の背を見ながら物凄く間抜けな叫びを上げてしまった…いや何で空いてるんだよ、おい!?
思考が完全にパンクする前に、その疑問の答えが背後から飛んできた。
ギャァァア!?
顔面に巨大な槍が突き刺さり悲鳴をあげる砂漠の主、そして背後の街からは夥しい量の白い煙が上がっていた。
やっと準備が出来たか。

月を背に踊る影

三番目内部、城門付近…

死ぬ思いをして漸く街の中へと侵入する事に成功した大名ザザミ亜種。しかし、彼の眼前には予想とは全く違う光景が有った。
街の奥へと続く筈の道は1つもなく、代わりに城門か根元から蒸気を噴き出す鉄の壁が彼を見下ろしていた。

困った。
食糧を求めて殺意渦巻く砂漠を横断し、邪魔なハンター共を蹴散らし、序でに死に掛けていた砂獅子を咀嚼して漸く辿り着いたと言うのに…
なんだコレは!?
この鋼色の世界には肉処か草すら生えて無いじゃ無いか!!
コレなら表に居た人間を殺して喰った方が幾分かマシだと言うのだ!!
まぁ今出ていけば砂漠の主の夜食にされかねないが…
どうしたものか?
お、此処の土旨いな?

大名ザザミが瞳だけギョロギョロさせながら土をムシャついて居ると、後ろの門がガシャンッと閉じられた。

門がしまったか?
…表に出たくないから丁度良いか。

そんな能天気な事を考えている蟹の頭上…門の上に1つの人影が現れた。
その人影は無駄に大きい月をバックに、長く透き通る様な金髪を靡かせながら蟹を見下ろしていた。

丁度良い、そろそろ蛋白質が欲しかった所だ。

人影を見付けた蟹はそんな事を考えていたが、その考えが根本から間違って居た事に間も無く気付く事になる。
『ようこそ主不在の三番目の街へ…』
人影はメイド服を靡かせながらニコリと笑う。
『貴方は今夜始めのお客様だから特別に…』
人影がその満月に似た白金色の瞳を開いた瞬間、到底人とは思えない異質な空気が門の付近を支配した。
彼方に立つのは人か獣か?
人ではない蟹はそれを見て1つだけ理解した。

あれは自分では勝てない。

『優しく殺してあげる。』
月を背負ったメイドは三日月の様な肋骨の様な大剣を取り出し、再び満面の笑みを浮かべる。
そして白骨の三日月を携えたメイドは一筋の月光となり蟹の脳天目掛け飛来する。
その直後、負けを確信した筈の蟹が逃走ではなく、威嚇のポーズを取ったのは生態系の頂点に立つ者の最後のプライドか。
しかしその行為は酷く無意味で滑稽だ。自分より強い者に威嚇が効く道理など内のだから…
『オヤスミナサイ。』
蟹の脳髄に反響したその言葉は冷淡で悪戯で、酷く不機嫌で楽し気だった。
次に響いたのは
ドゴシャァ
自分の脳髄が砕け散る音だった。

自分の体に飛び散った色々な物を振り払った後、小さく伸びをする。
『う~ん…楽勝ね。』

街を背に

黒い影

代わって再び街の外…

角竜が呻いている内に応急薬を飲み干していると街の方から凄まじい破砕音が木霊してきた。…大方メイド長殿が蟹の脳天でも砕いたんだろう、御愁傷様。
「さて…」
空になった瓶を街の方を振り返る。街の中での戦闘準備が整ったと言う事はそろそろの筈だ。
「お、来たか。」
街から走って来るのは絶壁1人…餓鬼と猫の姿は無いか、まぁいい。
「やるとしますか。」
ランスを展開させつつ角竜の背後へと回り込み、無防備な尻尾を突き刺す。
鉄柱を血が滴ると共に赤い瞳が此方を睨むが…予定通りだ。
喰らい付こうとしてくる角竜の牙をバックステップでかわし、二突きほどでその目玉を更に赤く染めてやる。
夜の静寂を引き裂くような悲鳴が木霊するが…その程度じゃ鳴き足りないだろう?
角竜の直ぐ傍まで迫っていた絶壁に合図を送る。
「やれ。」
「イチイチ指図すんな!!」
抜刀一閃、怒号と共に放たれた大質量の刃は容易く角竜の尾を切り落とした。
尻尾を失った角竜は金切り声の様な悲鳴を上げ角竜は地の下へと逃げ込んだ。
「いいアシストだっただろ?」
絶壁と背中合せに構えながら辺りを警戒する。
「あのくらい普通だ。あ、あとあんまり近寄るな!!」
人がせっかく軽いジョークを言ってやったのに、何かカリカリしているな…ふむ、
「…あの日か?」
『はぁ!?おまっナニイって!?!!』
イチイチ反応が面白いな。
その時、僅かに地面が揺れた。
俺と絶壁はほぼ同時に逆方向へと横っ飛びに跳んだ。
瞬間、黒い双角が地面を突き破って現れた…おぉ、ドンピシャだな。
砂利をばら蒔き地表に現れた黒い体を串刺しにすべく背後から一気に駆け寄る。展開されたランスが右足を、大質量の一撃が歪な角を捉えた瞬間…
ロォォォオオォォ!!!!
聞いたこともない奇妙な咆哮が月夜を貫いた。
それは正に不意の一撃、鼓膜をぶち破らんばかりの爆音に反射的に身を屈め耳を塞いでしまう。まずい、このままじゃ角竜にやられる!
だが何時まで経っても傍らの角竜は動きを見せなかった。ただ、何かに怯える様に大きく一歩後ずさる。
それに対して、暗闇の向こうから見た事もない様な竜が姿を表した。
微弱な光に照されたその姿は、龍の様であり、蛇の様であり、人の様であり…
ただその瞳だけは形容しがたい真っ黒い何かを湛えている。
その真っ黒な瞳と目が合った瞬間、俺は何故か…そう何故か、彼女の事を思い出していた。

翠の腕輪

変わって、外壁内部の控え室…

赤い少女は1人項垂れていた。傍に居る黄猫が何を言っても、メイド長がお菓子の差し入れを持ってきても彼女の表情は晴れない。
余談だが彼女は自身の父が大好で、その父の影響でハンターになった。そしてこの街に来て初めて出会ったダギィに、父に似た何かを感じてくっついていたのだ。
そんな彼の機嫌を損ね、怒られてしまった。ひょっとしたら嫌われてしまったかも知れない。父に似た彼に…
だから彼女は今、自己嫌悪に陥っている。彼に怒られた事ではなく、何故怒られたか解らない自分が嫌で嫌でたまらない。
だから部屋の隅でずっと小さく踞っている。どうしたら彼は自分を許してくれるのか?…その事ばかりを考えながら。

部屋の隅で踞ってどれだけの時間が経っただろう?
日の出を前にした残り僅な夜何時も異常に不気味に暗い…その静寂に暗闇ではない真っ黒な空気が流れ込む。
その何かに反応する様に、
少女の瞳孔は限界まで開かれ瞳が真っ黒に染まり
四肢に着けた翠の腕輪が畜生の如く鳴き喚く
軋む肢体からは真っ赤な血が流れ
翠の腕輪が厭らしくそれを啜る

端の黄猫が何事かと駆け寄ってきた瞬間、それの声が闇夜を蹂躙する。
ロォォォオオォォ!!!
人とも龍とも言い難い不気味な咆哮がそれの存在を不気味に主張する。

表に居るのは想像も付かない化け物だ。

小さな少女はそれの有り得なさを直感だけで理解する。だと言うのに、小さく踞って居た少女の体は部屋の出口へと向かっていた。
少女の足はそれの存在に恐怖している筈なのに、決して止まらない。それ処か扉を蹴破り、気付けば駆け出していた。
外に居るのは化け物だ。しかし外に居るのは化け物だけではない。

外の化け物を倒す事が出来るのか?
自分はほんの僅でも役に立てるのか?
そんな事は解らない。しかし、そんな事を考えている暇もない。何故なら…

まだ彼に許してもらえて居ないのだから。

駆ける少女の鼓動が早まると共に、翠の腕輪はズクズクと細い腕を咀嚼する。
翠の腕輪はまるで生き物であるかの様に脈打ち、キシキシと鳴き喚く。
あまつさその雑音は人である様に少女に語り掛ける。
『なに、化け物の相手は化け物が相応しいさ。それに…そろそろお腹が減って仕方無いんじゃないか?』
嗄れ声の様な軋みは少女の耳には決して届かずに、ただの雑音として垂れ流される。
少女はただ一心不乱に彼の元へ駆けて行く。

化け物

黒い化け物

雄叫びを上げた化け物はノソノソと此方に近付いてくる。

どうする?
あれは一体なんだ?
何故あんな化け物が人に見えたりしたんだ?
俺はどうすれば良い!?

武器を構える事すら忘れ、立ち尽くして居る間にも化け物は愚鈍な動きで迫ってくる。その不気味な重圧に堪えきれなくなった誰かが、泣き叫びながら走り出しす。
ギァァァ!!
走り出したのは俺でもリィナでもなく、砂漠の主である黒い角竜だった。角竜がただの赤子の様に泣き声を上げ逃げ出した瞬間、化け物の影が弾けた。
街の外壁に行く手を阻まれて地中に潜行しようとする角竜。だがその体が地中に逃げ切るよりも早く、化け物の歪な口が角竜の切断された尻尾に喰らい付いた。
化け物は角竜を引き摺り出し、空に投げ上げた。次の瞬間、
ガパァッ
歪な口が裂けたように開き、ギッシリと並んだ牙が剥き出しになり、
グシャァ
そのまま角竜の腹を食い千切った。
ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!!
夜の静寂を角竜の断末魔が埋め尽くす。だが、そんな事はお構い無しに化け物は食事を続ける。

目の前で繰り広げられる光景は何時もの悪夢の続きか?はたまた質の悪い冗談か?
消ゴムでもかけられたか様に角竜の体が虚空に消えていく。

化け物は巨大な角竜をたったの三口で食べきると、細長い舌で真っ赤に染まった口をベロベロと舐め回す。すぐ近くにハンターが2人も居るのにベロベロベロベロ舐め続ける。
此処で1つの仮説が浮かび上がる。…もしかしたら奴は夜目が効かないんじゃ無いか?
俺達の方が近くに居たと言うのに、奴は逃げ出した角竜に襲いかかった。
まぁ単純に食いでがある方を襲っただけかも知れないが、今俺達は確実に奴の視界に入っている。だと言うのに奴は此方を気にもとめない。だから…
「な、なぁダギィ…ムグッ!?」
絶壁が何かを言う前にその口を塞いだ。それでも暴れるので喋れない様に羽交い締めにする。その時、化け物の瞳がドロッと動いた。
ロォォ…
奴の瞳が此方を見詰めたままピタリと止まった。背骨に氷柱をぶちこまれたかの様に全身が固まる。自身の鼓動ですら奴の耳に届いているのではないかと錯覚を覚える。
永遠の様に長い数秒が過ぎたあと、奴は再びベロベロと口を舐め始めた。
全身から力が抜けたかの様に、音もたてずにその場にへたりこむ。今のやり取りで絶壁も俺と同じ考えに至ったらしく、黙って隣にへたり込んでいた。

いったい俺は、今からどうすればいい?

馬鹿なのか

黙ったまま、目の前の相手が何なのかについて思考を巡らせる。
体は黒く、角竜より二回りほど大きい。体表は鱗ではなく気味の悪い光沢した皮で覆われている。首は長いが、胴は太く手足も短い。尻尾は小さな球形、翼は小さな団扇の様な物が申し訳程度に付いている。
見れば見るほど見た事が無い。解るのはコイツが今回のモンスター達の異常な襲撃の一因で有ることは間違いないだろう。
つまりコイツは砂漠の生態系をぶち壊す程の化け物な訳だ。それに先程から見ているだけで嫌な汗が止まらない。
(どうする、ダギィ?)
隣の絶壁が小声で聞いてくる。
…正直、あれとは闘いたくない。何より勝つための方法が思い浮かばない。
だが幸いな事に奴の五感、特に視力は人間以下の様だ。出来れば何処かに行くまで隠れてやり過ごしたい…
そんな俺の思いを知ってか知らずか、黒い体がゆらりと動いた。よし、そのまま砂漠に帰れ…
そう思った瞬間、奴の体がグラリと傾き、そのままスッ転んだ。そして…
ゴーンッ
街の外壁で頭を強打した。…馬鹿なのかアイツは?
強打した頭をブンブンと振るうと、自分がぶつかった壁の方を睨んだ。そして…
バロォォォォオオォォオ!!!!
裂けた口で怒りの雄叫びをあげ、
ドゴォアッ
そのままガムシャラに壁に体当りをし始めた。
やっぱりアイツは馬鹿か?幾ら力自慢な竜だろうが体当たりで外壁を壊せる筈が無い。
ひょっとしたらあのまま自滅してくれるんじゃないだろうか?なんて甘い事を考えた時だった。
化け物の丸い腹が倍ほどに膨れ上がり、その口が首の中程まで裂けた。瞬間…

辺りがボンヤリと明るくなった。

炸裂したのは光か
音か
爆炎か
夜がその静寂と暗闇を取り戻した時、街を守る堅牢な外壁に巨大なクレーターが出来上がっていた。
何の冗談だ?今まで幾度の襲撃を受けて、内部に竜の侵入を許した事はあっても壁が壊れる事など一度も無かった。その壁をあの化け物は易々と…
見た目感じさっきのをあと二発も食らえば街の外壁に大穴が空く。そして奴はせっせっと二発目の準備をしている。
確実に現状で勝ち目は無い
しかし考えている時間はもうない
腹を決めろ、あの化け物に街を壊される訳にはいかない。この街まで守れなかったら俺が生きている意味なんて無いだろう?

無意識の内に雄叫びを上げたのは威嚇か、虚勢か…そんな事は決まっている。虚勢でも何でも良い。
戦え
絶対に奴を街に行かせるな。

闘い方

此方の雄叫びに気付いてか黒い巨体がゆっくりと此方を振り返るが…鈍い。ランスを抜き出しながら化け物の図太い足に先制の一撃を突き刺す。が、
「クッ!?」
血飛沫の変わりに小さな火花が飛び散った。ブヨブヨな皮は存外柔軟で頑強らしく、俺の一撃を易々と弾き返した。
バランスを崩した所に奴の前肢が追撃を仕掛けてくる。醜い掌がヌメヌメした光を放ちながら此方に迫る。
『ダギィ!!!!』
後ろで絶壁の叫び声が響く…そんなに叫ばんでも聞こえるってのに。
化け物の前肢は異常に短く、俺の顔をもぎ取る事なく虚しく空を切った。その隙に股下に潜り込み、大きく息を吸い込む。
懐に飛び込む事は出来た。奴の体の性質も大方把握した。…さて、落ち着け。相手が化け物だろうが何だろうが、デカブツ相手の闘い方は決まっている。
絶壁が化け物の気を引いている今がチャンスだ。
クルクルとランスの先端を回し、化け物の脚の表面だけを削ぎ落とす様に右腕を振り抜く。
ザシュッ
視界に赤い水が飛び散る…思った通り、少しずつなら削ぎ落とす事が出来る様だ。序でに化け物はよっぽど鈍いのか肉が削がれている事に気付いて居ないようだ。
このままやれるか?
それを考えている暇は無い。全速力で化け物の脚を可能な限り削ぎ落とす。
足下は真っ赤に染まり、動く度にビチャビチャと飛沫をあげる。これくらいで十分か…
一歩後退し、大きく息を吸い込み黒い皮のした、赤い肉の中に僅かに見える骨目掛け渾身の突きを叩き込む。
右腕を痺れるような衝撃が掛け登る。…あぁ、十分過ぎる手応えだ。
黒い体は大きく傾き、化け物が何が起こったかを理解する前にその体は地面に叩き付けられた。
「今だ、叩き潰せ!!」
「指図すんな!!!」
俺が叫んだ時、既に絶壁の大剣は月夜に掲げられていた。
「ダラァァァアアァァア!!!!」
強烈な一撃が黒い間抜け面に叩き込まれた。
並の竜なら頭蓋が砕け、目玉が飛び散る一撃だ。死ぬまでは行かなくともかなりのダメージが…
その直後、自分の考えがつくづく甘い事を痛感させられる。
絶壁自慢の大剣は容易く弾き返され、化け物は何事も無かった様に立ち上がった。
「化け物が…」
口から零れたのはどうしようもない現実か…
化け物は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、その腹を不気味に肥大させる。
それは先程と全く同じ光景…糞ったれが!!
二度目の光の爆発が視界を焼き尽くした。

現状確認

現状確認…
目…見えない
耳…聞こえない
盾を構えた左腕…感覚なし、消し飛んだか?
と言うか全身の感覚が無いな…死んだんじゃないか、俺?
『…かり・・ろ!!』
聴覚が回復…訂正、まだ死んではいないらしい。
『起きろ、ダギィ!!』
「あぁ、起きてる。」
視覚も回復、後ろの絶壁は健在の模様…とりあえず一安心。
序でに目の前の化け物を改めて確認、裂けた口がゆっくりと閉じていく所か。
「ダギィ、何で私を庇った!!」
「知るか。あと、耳鳴りがするからあまり叫ぶな。」
「だ、だってお前…」
あぁ、五月蝿い…今はそれどころじゃないだろう。早く打開策を考えるべきだろう?
「良いからお前はカノクに現状の報告をしてこい。」
とりあえず俺が時間を稼げば良い。そんな甘い事を考えながら煙草を吸おうとした時だった。
左腕が上がらない
ふと視線を落とした先に有ったのは、頑強な盾を装備した左腕ではなく、ドロドロに溶けた金属の塊が有った。
「お前、手がそんなんじゃ闘えないだろう!?」
後ろの絶壁の叫び声が、今目に映っている物が現実であることを肯定する。
参ったな、煙草が吸えねーじゃねぇか。
「良いからお前は援軍を呼んでこい。」
そうしなければ共倒れだ。
「嫌だ、お前1人置いていけるか!!」
どうでもいいことに食い下がる絶壁。化け物の口はもうすぐ完璧に閉じられる…面倒だな。
「お前の武器じゃ相性が悪い、足手まといだからさっさと失せろ。」
これだけ言えば良いだろう。これで絶壁は援軍を呼んできてくれる。
「…馬鹿。」
そうとだけ言い残し、絶壁は駆け出した。よし…これで良い。後は…
「くっ…そがぁっ!!」
左腕にへばり着いた元装備を引き剥がすと、真っ赤に爛れた腕が出てきた。…よし、くっついてるな。
焦げ肉に近い左手で煙草を掴み、右手でそれに火を灯す。化け物は漸くだらしなく開いた口を閉じきる所だった。
「とりあえず喰らえ。」
隙だらけの眼目掛け突きを繰り出すが、小さな目を貫く事は出来ず瞼だけを僅かに抉った。だがこれで奴の注意は完全に此方に向いた。
さて、これからどうするか?
盾は蒸発。閃光玉が効くようには思えないし、何より視力を奪っても特に意味はないだろう。他の道具も使えそうな物は無い。序でに、今になって左腕が意味が解らないほどに痛い。
有効な策は無し。状態も最悪…時間稼ぎに専念するか。
そう思った時、奴の腹が再び醜く膨張した。

問題

腹の膨張、それはつまり奴が再びアレを放つと言う事だ。現状でのそれは…死を意味する。無論俺の。

次に俺の取る行動はどれ?
次の3つから選びなさい。
①手持ちの道具と持ち前の頭脳で華麗に現状を打破する。

②メイド長が加勢に来てサックリ解決。

③残念ながらボードゲームで言う積み、潔く諦める。

…俺は酷い現実逃避をしてるな。既に答など決まっているのに。
①は無理だ。鞄の中に打開策は無く、思考は左腕の激痛で正常に機能していない。
②もない。此処から援軍を呼んで帰って来るまでに急いでも5分は掛かる。いくらあのメイド長でも不可能だ。
つまりこの問の答は…認めたくないが③か、情けない。
まぁ最後の足掻き位しておくか…
「今の主は不甲斐なくてすまないな。」
右手のランスにそう愚痴り、最後の一撃を膨張仕切った腹に叩き込もうとした瞬間、俺の脇を赤い閃光が駆け抜けた。
「ぅぁあぁぁああ!!!!」
盾を構えた赤い閃光は、自身を弾丸と化して化け物を下顎から貫いた。
頭蓋を軋ませ、首をくの字に曲げながらも尚化け物の膨張は止まらない。それを見た赤い閃光は、左手の鉈を逆手に持ち変えて螺旋を描く。
「ぁぁぁああ!!!」
螺旋の数が増える度、紫色の鉈は肉を裂き毒液を撒き散らす。
それでも化け物は怯まない。腹の膨張はもう既に臨界点…間に合わない。
ボォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙!!!
不意に響いた獣声が化け物の物ではないと気付くのに数秒の時を要した。
螺旋を描く閃光はその勢いのまま右脚を化け物の喉に引っ掛け、地面へと叩き付けた。そして剥ぎ取り用のナイフを右手で抜き出し、化け物の顔面を地面に磔にした。
呻く化け物の腹が爆裂する寸前に、閃光は俺を抱え上げ後方に大きく退いた。瞬間、出口を失ったエネルギーが化け物の体内で爆発した。
全身から閃光を放ち、化け物は赤い靄に包まれた。

先程の答えはどうやら③では無く②だったらしい。しかし援軍に来たのはメイド長ではなく赤髷…しかも様子がおかしい。
先程の連撃と言い、今俺を担いでいる事と言い…コイツの何処にそんな力が?
そう思ってずらした視線の先に有った物が、それの答である気がした。

以前俺はコイツの目を見て猫の様だと感じたが、それは間違いだった様だ。

今化け物を睨む餓鬼の目は

獲物を前にして完全に瞳孔が開ききったその瞳は

まっるきり目の前の化け物と

人が畏怖する龍の瞳と同じに見えた。

と化け物

真っ黒な瞳は僅かに俺と、真っ赤に爛れた左腕を見た後、再び赤い閃光となって駆け出した。
いや、待てお前・・・
俺が間の抜けた言葉を発するより早く、閃光は化け物の隠れる靄へと肉薄する。そして右手から投擲された投げナイフが、赤い靄ごと化け物を刳り貫く。それに続き閃光自身が穴の開いた靄へと突っ込んだ。
赤と紫の飛沫が舞い、化け物の悲鳴が木霊する。
化け物は、喉に深々と鉈を突き立てられた姿で靄から姿を現した。先程の暴発のせいかその口は元よりも醜く裂け、だらしなく牙がむき出しになっている。
閃光は化け物の喉を掻っ切るべく鉈をグイグイと押し込むが、それよりも早く四方に裂けた顎が小さな少女に襲い掛かる。
まぁ、そんなことはさせないが。表面の皮は凄まじい弾力を持っている様だが・・・
「中身はどうだ?」
片手で突き出したランスの切っ先を引き裂けた顎の一片に突き刺し、渾身の力で引き千切る。
「ダラァッ!!!!」
ブチブチと千切れた肉片を振り投げ、追撃を突き刺そうとした瞬間、
『さがれ、ダギィ!!!』
頭上から声が響く。反射的に後退した途端、鉄の雨が降り注いだ。
視界を埋め尽くす程に放たれるバリスタ、指示しているのは恐らく絶壁かメイド長・・しかし二人は此処にあの餓鬼が居ることを知らない。だから”俺にだけ”声を掛けたんだ。
目の前には未だに鉄の雨が降っている。これじゃああの餓鬼も一緒に串刺しに・・・
だが、頭に浮かんだグロテスクな映像と、今目の前で繰り広げられる現実は全く異なる物だった。
化け物は無数の鉄槍を受け尚も蠢き、降り注ぐ鉄の間を閃光は疾走し化け物と死闘を繰り広げる。
これじゃあどっちが化け物か解かったもんじゃない・・
ロォォォォオオ!!!
ボォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ!!!
重なった化け物の咆哮が鉄の雨を、月夜を貫いた。
それがこの戦いの終わりを意味していた。

決着

化け物の慟哭が掻き消えた後、靄の中に残った影は1つだけ…
化け物は無数の槍を喰らい、裂け掛けた首を鉈で貫かれて尚倒れていなかった。
倒れたのは赤い餓鬼。その長髪はもう閃光の様に駆ける事はなく、地に伏したまま微塵も動く事はない。その体に目立った外傷は内が、両の手足からは赤い水溜まりが広がっていく。

おかしい、見ていた限りあの餓鬼は一度も攻撃を受けていなかった。なのに今奴は倒れている。…何故?

だが、今そんな事を考えている暇はない。
頭上からは未だに絶え間無く鉄槍が降り注ぎ、化け物は倒れた少女の息の根を止めるべく穢れた牙を光らせる。
…奴の大方の弱点は解った。口内からぶち抜けば、奴の脳髄をグチャグチャに破壊する事が出来る。
右手は健在、ランスの切れ味は十分だ。しかし問題は今の状況…
果して俺は降り注ぐ鉄の雨をすり抜け、化け物をぶち殺し、倒れた餓鬼を助ける事が出来るのか?
くだらない、考える間でもない。…答えは否だ。
バリスタの隙間にランスを通し、化け物を殺し、餓鬼を救う事は恐らく可能。だがその後、俺は十中八九串刺しにされるだろう。
子供は嫌いだが、街を守り、人一人を救えると言うのなら…ろくでなしの最後にしては十分過ぎるだろう?
身を低く屈め、収縮したランスを右手に構えたまま駆け出す。降ってくるバリスタは無視だ。化け物の口にだけ全神経を集中させる。
規則正しく並んだ牙が少女に噛み付く寸前に、ランスの切っ先を醜い口に捩じ込む。角度、射程、ともに完璧。
頭上に迫る何かの気配を感じながら、ランスの柄に力を込める。
「そら、くたばれ。」
ロァ゙ァ゙ァ゙ア゙ァ゙ァ゙!!!!
聞くに絶えない断末魔を展開された鉄針が、脳髄諸ともぶち抜いた。
血飛沫を撒き散らす化け物の全体重が右腕にのし掛かる。だが…まだだ。
眼下には倒れた餓鬼、頭上には迫ってくる鉄の槍。その雨から身を守るべく、化け物の体を頭上へと掲げる。
「ア゙ア゙アアア!!!」
よし、化け物の死骸は完全に餓鬼の体を覆った。が、此処が限界か…自分の身を守るよりも早く、複数の槍が降ってくる。
…見えないからってサービスし過ぎだろう、メイド長殿。

外壁から打ち出されたバリスタの輪郭がくっきりと見える距離まで迫る。
あぁ…詰みだな。
潔く目を閉じようとした瞬間、
『すみませぬ、少々遅れました。』
大刀を携えた黄猫が、降り頻る鉄雨のただ中で紫色の竜巻を巻き起こした。

夜明け

荒れ狂う紫の旋風は火花を散らし、鉄の雨を逸らし、弾き、切り落とし、暗闇の橙の螺旋を浮かび上がらせる。
そして、僅かに出来た隙間を縫い小樽爆弾を頭上に投げ上げる。
ボンッ
小規模な爆発は目下の惨事を照らし上げ、塀の上の輩に戦いが終わった事を告げる。
こうして漸く鉄の雨は止んだ。
あぁ…死ぬかと思った。
大きく息を吐き、その場にドサッと尻餅を突く。
「大丈夫ですか、ダギィ殿?」
遅れてきた黄猫は今の俺の格好を見ておきながら、シレッとそんな台詞を吐く。なので、
「あぁ、大丈夫だとも。」
シレッとそう返した。
実際俺は死ぬ程の怪我ではないが…其処に倒れている餓鬼は大丈夫なのだろうか?
「ところで…赤髷は大丈夫なのか?」
俺がそう言った時、既に黄猫は意識の無い赤髷を背負い街へと踵を返す所だった。
「あとの面倒は小生が看ますのでお気遣い無きよう。」
「しかし、何か様子が変だったが?」
そう言った瞬間、黄猫の瞳がギョロリと此方を睨んだ。
「気のせいで御座いましょう?…仮に、何か見たとしてもそれは他言無用でお願い致します。まぁ気のせいしょうがね。」
最後にそう付け足し、冷たい笑顔でニコッと笑うと黄猫はそそくさと街の中へと帰って行った。
先程の"アレ"は、何か触れてはいけない物だったか…まぁどう考えてもろくなものじゃ無いんだろうが。

視界の隅がチカッと光り、気付けば辺りの暗闇は朝の景色へと塗り替えられていく所だった。そして、
パァパーッ
彼方から高らかに笛の音が聞こえてくる。どうやらやっとこさ都市からの援軍が到着しなさったらしい。
「あぁ…疲れた。」
俺は冷たい朝の大地に身を投げ出し、大の字に寝転がった。
コレで長い防衛戦が終了する訳だ。まだ幾らか襲撃が有るかもだが、それは援軍様に任せれば良い。
『ダギィ、大丈…左腕が真っ赤に!?』
一息付けると思ったら五月蝿いのが帰って来やがった。
『何してんだダギィ!?え、何でそんな、え!?!』
あぁ…五月蝿い、騒いでる暇があったら回復薬の1つでも持ってきて欲しいんだが。
「五月蝿い、俺は寝るから後は任せた。」
『え、お前何言って!!?』
絶壁の言葉を最後まで聞く事無く、俺は目を閉じた。
これにて街の防衛任務は完了。左腕はこの様だが街はほぼ無傷、目に見える範囲で死人は無し…俺にしては上出来だな。
あとは報酬が如何程か…なんて事を考えている内に俺の意識はプツリと切れた。

結果と現状

現状報告…
街に対する目立った被害は無し。
防衛に参加したハンターに付いては重軽傷者多数。だがあれだけの異常な数の襲撃を受け、死者が出なかったのは幸運と言う他無い。
現在、街の周りを違う街のハンター達が哨戒中だが、襲撃は徐々に収まってきている模様。

序でに身近な人間に付いては…
隣の区域を担当していたリケ達は二匹の飛竜種を撃退。まぁあの面子なら余裕だろう。

俺達より1つ前の区域を担当していたモジャ髭と紫毬は、鳥竜種以外は全て素通りさせると言うチキンっぷりを発揮し無傷で帰還。それがメイド長にバレ、防衛の報酬を三分の一にされたらしい。

そして俺達は…
ジュウベェとリィナはほぼ無傷。赤髷は黄猫が処置をし、未だに治療用の部屋で寝ているが命に別状は無いらしい。

最後に俺なんだが…
左腕の負傷は見た目の割に軽いらしく、1週間程度で完治するらしい。現在はギルド特性の薬と包帯でグルグル巻き。
まぁそれは良いんだが…ドロドロに溶けた盾と籠手の出費の方が気になる。またあの変態工房に足を運ばなければな…

そして現在、俺は一番肝心な問題に直面している。
久々に静かな我が部屋、テーブルの向こうには何やらメモを書き殴っているメイド長。
何か凄まじい怒気の様な物を放ってらっしゃる。

大事な話

今現在、俺はメイド長と報酬についての話をしている。はずなんだが…
「外門の大規模な破損、街内の仕掛の起動、使用したバリスタの弾が118発、そして私の出撃料金が…」
メイド長はずっと不吉な事を口走ってらっしゃる。
もしかしてそれ全部俺に請求する気なのか?
そう言うのはギルドが持ってくれる物じゃないのか?
あれだけやってタダ働きなのか、俺?

いや落ち着け、今回の俺の働きぶりはなかなかの物だっただろう…
砂獅子、盾蟹亜種+多数の取り巻き、角竜亜種、そして正体不明の黒い竜…
うん、ちゃんと働いてるな、俺。
「25万…いや、28万かな?あとあれが4万8千で…」
しかしメイド長の不吉な独り言は止まらない。…このままじゃ埒があかない!!此方から切り出さなければ!!
「メイド長殿?」
「…何?」
忙しく動いていた右手が止まり、眼鏡をしたメイド長が此方を睨む。
「今回の報酬の話なんだが…」
「あぁ、ダギィ達の報酬は40万よ。」
「…え?」
「だから40万、1人当たり10万よ。」
なんだと!?
「何、要らないの?」
「いや、要りますけども…さっきから書きなぐってる請求書は何なんだ?」
「今回の出費、マスターが居ないから私が代わりに全部やってる訳。」
そう言って再び右手をガリガリと動かすメイド長…つまり今やってるそれは、全て俺に関係無い私用って事か!?じゃあ何で…
「なんでそんな事を俺の部屋で?」
しかもわざわざ俺に聞こえる様に?
「誰かさんが役に立たないせいで、仕事が増えたからその仕返しよ。」
つまり嫌がらせと…しかし言う事がキツいな。
「じゃ、私はまだ"たんまり"と仕事が残ってるからこれで。」
メイド長は、一部をかなり強調して言ったあと、請求書の束を抱えてさっさと部屋から出ていった。
多少は俺に非があるにしろ…酷い八つ当たりだな、おい。まぁ面と向かって本人に言えないのが悲しい所だがな。

夕暮れの街

見舞い

その後、受付から報酬を受け取り、ルルメの工房に籠手と盾の修理を依頼し街をブラリと散歩した後にこの場所へとやって来た。
部屋の前に掛けられたプレートには『ミーユ・ロッタ』の文字…
「…此処だな。」
目の前のいかにも清潔ですよ、と言った感じの白い扉を開き部屋の中へと入る。「おや、ダギィ殿。」
「あんたもか、ダギィ。」
「お、ダギィやん。」
「ダギィですわね。」
『あ、ダギィだ。』
狭い病室に見知った顔がズラリと並ぶ。しかし、全員見舞いとは…
「暇だな、お前ら?」
『お前もな。』
総突っ込みを受けながら狭い座席に尻を捩じ込む。
此処である事に気付く。そう言えばまだ赤髷の声を聞いていない様な…
扉同様に真っ白なベッドに目をやると如何にも健康そうな赤髷の姿が有った。目立った外傷はなく、両手足に控え目に包帯が巻かれている。そしてその上には翠の腕輪…こんな時くらい外せば良いのに、そんなに高価な物なのか?
しかし…物凄く目線を逸らされている気がする。まぁ理由はわかっているが。
「昨日は少し言い過ぎた。これで許してくれ。」
そう言って散歩がてら買ってきたお菓子を差し出す。が、赤髷は受け取ろうとせずにシーツの裾をモソモソやっている。
そしてボソリと呟いた。
「もう…怒ってない?」
…そんな事をずっと気にしていたのか?
「あぁ、怒ってない。」
俺がそう言った途端、赤髷はニコッと笑いお菓子のバスケットを自分の方へと引き寄せた。
「ありがと、ダディ。」
…何故か、俺はその言葉を聞いて心底安堵した。
よく考えればコイツは文字通り餓鬼だ。簡単に傷付き、下手をすれば心が壊れてしまうただの子供だ。
それが独りでこんな場所に居るんだ。俺は危うくこの餓鬼の心に大きな傷を付けてしまう所だったのかもしれない。
「どういたしまして。」
まぁ今後は少しだけ優しくしてやるか…

その後、黄猫君が剥いた林檎を食べたり、リケ達の昨日の成果を聞いたり、赤髷の相手をしたりして過ごした。

「さて、俺は用事があるからコレで。」
「ダギィ、その花束は見舞いじゃないのか?」
部屋を出ようとすると絶壁がそんな事を聞いてきた。…この餓鬼に花束をあげても仕方無いだろうに。
「今からデートなんだよ。これはその為の物だ。」
「へぇ…デートね。」
「じゃあまた晩飯時に。」
「またね、ダディ!」
「あぁ、またな。」
そうして、俺は病室を後にした。

精神的ダメージ

「あぁ、またな。」
そうやってダギィを見送った後、他の面々も病室を後にした。そしてその後、適当な理由を付けて私はこっそりと廊下の影に向う。そして一人になった瞬間、私は膝から崩れ落ちた。
(今からデートなんだよ。これはその為の物だ。)
彼は何時もの調子でそう言ったが、その横顔は何処か嬉しそうで今までに見た事のない表情で・・・って、なんでさ!!
私はこの街に来て一年ちょっとで、彼との付き合いはそれ程深く無いけど一度だって”彼女”らしき人物は見た事が無い。なのに、それなのに今になってデートって・・・
「なんでなのよぉ・・・」
誰も居ない曲がり角で項垂れる。なんだか泣きたくなってきたな・・
「何やってるの、姐御?」
「ひっ!!?」
突然後ろから声を掛けられ飛び出しそうになる心臓を必死に飲み込む。はい、小さく深呼吸・・・
後ろに現れたのはミーユだった。まず始めに聞くことは・・・
「ミーユちゃん、今の見た?」
「何のこと??」
よし、この子は見てない。うん、一安心・・・って、
「こんな所で何してるのかな?」
ミーユの体にはまだチョコチョコと包帯が巻かれている。安静にしていなくて良いのかな?
「もうだいたい治ってるんだ♪」
ご機嫌にそう言い放つと、ミーユはスルスルっと包帯を外した。・・確かに傷は残ってないわね。・・でも昨日の今日で完治する物なのか?
「で、姐御は何やってたの?」
その一言で思考中断、相手がミーユ(子供)だろうと本当の事が言える筈は無く・・・誤魔化さなくっちゃ・・・
そうだ!!
「ねぇ、ミーユちゃん。」
「なに?」
「ダギィのデートする相手が誰か気にならない?」
「気になる!!」
「じゃあ、一緒に探って見ましょうか?」
「うん・・・でも・・」
さっきとは打って変わって小声になるミーユ。勝手にダギィを調べる事に罪悪感を感じてしまったのか・・
「でも・・デートってなに?」
そこからか!!
「はぁ、デートって言うのはね・・・」
元々は異性同士が待ち合わせ等をする事。だが、今では大概親しい男女がキャッキャウフフしながら遊びに行く事を指す。
「・・と言う訳よ。」
「わかった。けど・・なんで姐御泣いてるの?」
「目にゴミが入ったの。」
決して説明していて虚しくなったとかそんなんじゃない、断じてない。
「兎に角、今からダギィを尾行するよ!!」
「お~!!!」
そうやって意気揚々と私達は集会所を飛び出した。

追跡失敗

…までは良かったんだけど…
襲撃を受けた直後の街の人口は何時もの三割増し、更に夕暮れ時だから出歩く人々は更に倍!!つまり…
「見失ったね、姐御。」
「…そうね。」
体力には自信がある方だけど、人混みをすり抜けて行くダギィの背中をバレない様に追い掛けるのは不器用な私には不可能な訳で…
「でも集会所でて三秒で見失うなんて…」
そんな訳で集会所の隅で座り込んでたり…なんか凄く泣きたくなってきた。
「ねぇ、姐御。」
「ん?」
クイッと袖を引っ張るミーユ、その視線の先にはライとブローの姿が…本人が無理なら知ってそうな奴に聞けば良いと?
私の隣でミーユがコクコクと頷く…けど、
「アイツラに聞くのは癪なんだよな…」
だいたいあの二人、古株だけどダギィとは上っ面だけの仲だし、馬鹿なうえ下卑た事しか考えてないし、あんな屑野郎達を頼るのは凄く嫌だ。私のプライドが許さない!!
そんな時、視界の隅を見惚れるような金髪が通り過ぎた。…そうだ。
「ミーユちゃん、聞くならアッチにしましょ。」
「アッチ?」
指差す先はパタパタと夕食と言う名の戦争の準備をする、営業スマイル全開のメイド長さん。
うん、彼女なら問題ない。間違いなくダギィとは一番長い付き合いだし、怒らせなければ好い人だし、案外簡単に教えてくれるかもしれない…

『知ってるけど教えてあげない。』

そんな淡い希望は一瞬にして粉々に粉砕されました。
「良いじゃない、教えてよ!!」
あまりにもバッサリ切り捨てられたので、ちょっと意地になって食い下がってみる。
そしたらメイド長は大きく溜め息を吐いた。
「人の過去を探るって事は恥ずべき行為だと思わない?知りたければ本人に聞けば済む事だし。」
辛辣な言葉で返してくるメイド長。営業スマイルの消えたその顔はかなり怖い…けど面と向かってそんな事聞けたら苦労しないのさ!!
「す、少しだけでも…」
そう言い掛けた瞬間、メイド長の線目がメギョッと開き白金色の瞳が私を睨む。
「私はね、ダギィの野郎が大っ嫌いなの!!それを理解した上で何かあの野郎に付いて聞きたい事があるなら…どうぞご自由に。」
メイド長は氷の微笑を繰り出した!!
「わ、悪かった。」
私は逃げ出した!!…と言うかあの人に睨まれて逃げない生物は居ないと思うんだ。
「それに人の過去を聞くのにピッタリな奴を知ってるでしょうに…」
そう言ってメイド長は終始アタフタしていたミーユを見た。

路地裏へ

メイド長曰く、過去を聞くのにピッタリな奴、に会うためにミーユに道案内を頼んだ訳なんだけど…
メイド長の言葉の意味が凄く気になる。ダギィの過去を知ってるって事は彼と親しい人物な訳で…もしダギィのデートの相手とかだっらどうしよう…
よし、その場合は死なない程度にぶっ殺そう!!
凄く物騒な決意を胸に、街の裏路地を歩くこと数十分…まだ着かないのかな?
「ミーユちゃん…道、合ってるのかな?」
そう訊ねるとミーユは集中する様に目を閉じた。
「うん、合ってる!!」
え…今ので解るんだ?
兎に角今はこの子を信じるしかないかな…なんて諦め気味に思った途端、
「着いた!!」
ミーユはそう言って指差した店へと入って行く。その店は…楽器屋さん?
興信所とかそれっぽい酒場とかなら解りやすいんだけど…何故に楽器屋?
『あいや、いらっしゃいアル。』
店の中からは若い女の声が…やっぱり彼女が!?
とりあえず剥ぎ取りナイフ片手に店内に入る。
「いらっしゃ…なにか凄い殺気を感じるアルよ!?」
正面には慌てふためく東方風の青髪の女性。年はやや上みたいだけど結構美人、胸も有るし…よし殺そう!!
「ちょっ何で無言で近付いて来るアルか?と言うか右手のナイフで何する気アルか!?」
「うるせぇ!!アンタが悪いんだ!!!」
「姐御どうしたの!?」

【此処から数分間乱闘】

えぇ…と、ミーユちゃんに止められて、細かい説明を聞いた訳で…
「つまりこの人は楽器屋で、副業で情報屋をやってるのね?」
だから、過去を聞くのにピッタリ、と言う訳なのか…
「そうアル。因みにダギィとはただの商売相手アル。」
凄く着衣が乱れた店主が答える。霰も無い姿になっちゃったけど…女同士だから許してくれるよね!?
「…ごめんなさい。」
でもやっぱり謝っておきます。全面的に私が悪いです。
「別に良いアルよ。代わりに面白い事が解ったアルから。」
そう言って店主さんはニンマリとした顔で私を見た。
「や、そそれは!?」
ヤバい!!バレた!?
「面白い事?」
うん、ミーユちゃんは解らないで良いから!!
「お客さんをからかうのはここら辺にして…ようこそ私、アイン・リーの城へ。今日如何な御用アルか、ミーユ嬢にリィナ嬢?」
ニコリと笑いながら店主さんがそう訊ねて来た。
名前はまだ言ってない筈なのに…コレは期待出来る!!
「1つ聞きたい事が有るんだけど、良いかしら?」
「勿論、なんでも答えてあげるわよ?。」

知りたい?

口調が変わり、不適に笑う店主さん…私は、単刀直入に一番聞きたい事を訊ねる。
「ダギィに…彼女は居るのか?居ないのか?」
身体中の勇気を総動員して、その言葉を絞り出した。が、
「…居ないわよ?」
サックリとそう返された。
「えっ、そう…なんだ。」
安心した反面、物凄く拍子抜け…さっきまでの自分が馬鹿みたい。
「でも、ダディは今からデートって言ってたよ?」
隣のミーユが不思議そうに首を傾げる。確かに本人はそう言ってたけど…まさか、ダディには妄想癖が!?
「あ~まだやってるのね、それ。」
店主さんが1人納得した様に頷くと小さく溜め息を吐く。何、凄く気になるんだけど?
「あんたは、ダギィの何を知ってるんだ?」
「私はこの街の事なら何でも知ってるのよ。因みに今日の貴女の下着は黄色のストライプ♪」
愉しげに語る店主さん…って、
「何でそんな事知ってんだ!?」
反射的にお尻を隠しながら叫んでしまった。
「貴女面白いわね?」
「う、うるせぇ!」
ニヤニヤ笑う店主さん…やっぱり殺そうかな、この人?
「まぁまぁ、怒らない怒らない♪」
ナイフに手を掛けた私を見て、尚も店主さんはニヤニヤと笑う。…なんか調子狂うな。
店主さんは暫し笑いを噛み殺した後、小さく咳払いをした。
「で、ダギィの言うデートがどういうか知りたいかしら?」
誘う様な笑みを浮かべる店主さん。
「そりゃ、勿論…」
「知りたい!!」
口ごもる私の代わりに、ミーユがそう叫んでくれた。
「じゃあ教えてあげる、けどお代は弾んで貰うわよ?」
「良い商売してんな…金は私が払うわ。」
「毎度あり♪」
店主さんはニッコリと笑うと、大きな弦楽器と古びた仮面を取り出した。

ある男の半生を

「何でそんな物を?」
「今から人1人の半生を語るのよ?気分が肝心なのよ。」
そう言ってちゃっちゃと準備をする店主さん…ん?
「人1人の半生?」
「そう半生。今の彼を語るには過去から全て話す必要が有るの。」
なんだか長い話になりそうな予感…でも楽しそうだし良いかな?
「最後に…」
不意に店主さんの前髪から覗く瞳が冷たく、鋭い物に変わった。
「今から話すのは何の脚色もない、ラウズ・ダギィという男の有りのままの半生…それは決して楽しい物じゃなく、きっと彼にとっては誰にも知られたく無い話。これは彼に対する裏切りにも近い行為…それを理解した上で…聞く覚悟はある?」
今更な質問だ。そんな事聞かれるまでもない。私は彼の事ならなんだって知りたいんだ。
「勿論。」
少しだけ店主を睨み付ける様にして、力強くそう答えた。
「良いわね。貴女みたいな人、結構好きよ?」
「そんな事はどうだって良い。」
「あら、振られちゃた。」
嘲る様に笑うと店主はミーユを見た。
「貴女も聞きたい?」
「聞きたい!!」
少女は、ただ真っ直ぐにそう答えた。
「解ったわ。」
店主はそう言って仮面を被り、巨大な弦楽器で旋律を奏で出す。
『他人の過去を探ると言う事は、墓を暴く事に近い恥ずべき行為…でも貴女達は何も気にする事は無い。貴女達はただ私が墓を暴くのを見ているだけ…全ての罪は道化である私にある。でも覚悟だけはしておきます様に…今から話しますは幸せになる筈だった男の不幸な半生…どうかお気分を悪くしたり、彼の事を嫌いに成りませんように…』
旋律に合わせ歌うように語られる道化の科白は酷く自嘲的で挑発的…それでも私達は動じる事なく、その旋律に耳を傾けた。
大きく傾いた夕日は、あと幾分もしない内に地平の彼方に消えるだろう。

朱に染まる景色

何処からともなく澄んだ旋律が聞こえてくる夕暮れの街。
闘いを終えたばかりの街は何処か浮かれ気味、そこ彼処から酔っ払いの歌声が聞こえ、住民達の笑い声が木霊する。しかし、一歩街の外に出れば腐った肉片と、吐き気を催す様な死臭が人々を歓迎するだろう。
そんな平穏と非現実を分ける街の外壁、その最も高い場所に男は居た。半分以上沈んだ夕日は街に影を落とし、男の居る外壁の上だけを真っ赤に照らし出す。
男の手には豪勢な花束。しかし彼の隣には誰も居ない。だと言うのに、男は沈み行く夕日に向って此処最近の話を愉快げに語っている。そして一頻り話終えると、手に持った花束を夕日に向って投げ上げた。
投げ出された花束は外壁の上を吹きぬける疾風に攫われ、バラバラに散ばりながら朱に染まる地平と呑み込まれていった。
それを見終えた男は満足したように踵を返し、外壁の上を後にしようとする。だが、その足がピタリと止まった。目の前の出入り口に、見知った金髪を見つけたからだ。
「こんな忙しい時間になんの様だ?」
男は鬱陶しそうに訊ねるが女は答えない。
「貴方はまだこんな事をやってるの?」
「それはただのメイド長であるあんたが気にする事じゃない。」
そう言って男は女の横を通り過ぎようとする。しかし、その行く手を女は阻んだ。
「何時までそうやって現実から目を背ける気?」
「俺は何時だって世知辛い現実と向き合っているが?」
男が何時もの調子でそう答えた瞬間、女の顔が微かに歪んだ。
「あの人はもう居ないのよ?」
「それは推測だ。誰かが確かめた訳じゃない。」
「じゃあ何でお前はあの街に行こうと、彼女を探そうとしないんだよ!!」
女が怒鳴るが男は何も答えない。
「今のお前は、現実から目を逸らして都合のいい夢に縋ってる糞野郎だ。」
女の掌が男の肩をギシギシと締め上げるが、男は顔色一つ変えない。
「現実は辛い事ばかりだ・・都合のいい夢を見ていたって構わないだろう?」
「醒めない夢なんて悪夢と変わらない。」
女は男を強く睨み付けるが、男は女の手を払い階段を降って行く。
「最後まで醒めなければ悪夢だなんて気付かないだろう?」
そう言い残して男は外壁の中へと消えていった。その言葉の意味を理化した女は、怒りに任せ外壁の一部を殴りつけた。
石造りの壁に亀裂が走る。今にも崩れそうなその壁は、彼の生き方と酷く似通って見えた。

日は暮れる

夕日は地平の彼方に飲み込まれ、三番目の街を静寂と暗闇が包み込む。
民家の灯りも次第に消え、灯りが点っているのは高み矢倉と集会所、そして数件の酒屋だけとなった。
そして人々は眠りに就き、それぞれに夢を見る。だがそれは束の間、日が登り朝が来れば人々は短い夢に別れを告げ目を覚ます。
そう、寝て見る夢はすぐに醒める物だ。
しかし、都合の良い幻想と言う名の夢も何時かは醒めるのだろうか?

その答えは解らない。

男は起きながら現実を否定し、夢を見続ける。
男がヒロインの眠り姫…なんて誰も望まない様に、彼を夢から醒ますのは愛なんて言う甘ったるい響きの物では無い事だけは確かだ。
腑抜けた脱け殻に再び目を醒まさせるには、彼が目を反らし続ける現実を理解させるしかないのだろう。
まぁ、目を醒ました所で、彼が脱け殻の中身を取り戻せるかは別の話だが…
再びこの街に日が登るまで、一先ずこの話は幕を引く。
ではまた、次の幕にて…

戯れ言タイム

皆様オハコンバンチワ~
へたれ作者です(^^;

はいとりあえず3割くらい終了です
グダグダなのは何時もの事ですが…似た感じの女を3人も出したのは致命的ですよね(^^;
殆ど書き分けれてない(-"-;)

兎に角!!
そこら辺に気を付けて次もガリガリいきますよ!!

ですので良ければ最後まで付き合ってくださいませ

ではまた次の幕間で会いましょう('∀`)ノシ

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2013年02月28日 01:35
|新しいページ |検索 |ページ一覧 |RSS |@ウィキご利用ガイド |管理者にお問合せ
|ログイン|