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最果ての砦 二番目の巣窟

"さよなら"について

"さようなら"
この一言にはどんな意味が込められているのだろうか?
親しい間であれば、純粋なお別れの挨拶あろう…
疎遠な相手に対してはただの形式として…
嫌いな相手には二度と会いたくないと言う意味もあるだろう。
もしくは頭に"永遠に"なんてつければ死ねと同様の意味を持つことにもなる。
何とも使い勝手の良い言葉だ。

そんな言葉を人々は別れる度、互いに言い合う。
今生の別れとまでいかなくとも、遠方に住む相手であれば言葉の持つ重さも変わるで有ろうが…
毎日会う相手に、毎日言うこの言葉にどれほどの重さと意味が込められるのか?
きっとその時交わされる"さようなら"にロクな意味など込められてはいないだろう。
ただ1つの習慣として交わされる言葉は本来の役目を果たす事は出来ない。

本来これは別れの言葉だ。
別れたらもう会えないかもしれない

そんな気持ちで"さようなら"を告げてこそ意味がある。
そうしなくてはもう会えなくってしまってから、人は酷く後悔する事になる。

"さようなら"、そのたった一言は可能な限りの思いと覚悟と共に相手に贈るべきだ。
そうしなくては中途半端な最後の別れを何時までも引き摺る事になる。

そんな思いを断ち切る為にもまた、"さようなら"と言う言葉を伝えなくては行けない。

例えもう会えなくても

例え相手がもういなくても
立ち上がり、前に進む為には…納得の行く形で告げなければならない。

"さようなら"、と

白い空

話を聞いて…

彼についての長い長い話が終わった。
西の空が紅に染まっていた筈なのに、いつの間にか東の空が白んでいる。
すごく長い時間、店主さんの話を聞いていたみたい…でもその時間は凄くあっという間で…
知りたくて仕方なかった彼の、ダギィの話を聞いたのに気持ちは酷く沈んでいて…
こんなことなら…
「聞くんじゃなかった、とか思った?」
店主さんが私の思った事を代わりに言ってしまった。
だから私は小さく頷く。
「でしょうね、聞いて気持ち良い話じゃないし…でも暗い顔は駄目よ? 美人は笑顔でなくっちゃ、ね」
店主さんは言いながら仮面を外しニパッと笑うけど、今はとてもそんな気持ちにはなれない。
彼の過去を勝手に探って、聞き出して、勝手に凹んでるんだから…どうしようもないな、私は…

そんな私を見兼ねてか、店主さんは大きく溜め息を吐いた。
「私はね、貴女にそんな暗い顔をして欲しくて話をしたんじゃないのよ?」
「でも店主さんは私が話を聞きたいって頼んだから…」
私がそう言い掛けると店主さんはまた大きく溜め息を吐く。
「幾らお金積まれたって、おいそれと他人の過去を話したりしないし、話をする相手くらいちゃんと選ぶわよ」
店主さんの言葉が今の私にはよく理解出来ない…相手を選んだなら何で…
「何で私に話してくれたのさ…」
その言葉を聞いた店主さんがニヤリと笑う。
「だってダギィは友達居ないじゃない? せいぜい私と路地裏工房の人達とメイド長くらいなものだったのよ」
確かに彼が賭けで巻き上げてる時以外に楽しそうな顔をしてるのを見た事がないけど…
「そんな彼に最近出来た友達の貴女達だからこそ、この話をしたの」
彼が私達の事をどう思っているかは別にして、他のやからよりは仲が良いと思ってるけど…
「だからって…何で?」
私がそう言った途端、店主さんは今でとは違う小さく重い溜め息を吐いた。
「今の彼はね、ただ夢を見てるのよ。どうやったって叶いっこない夢を…そんなただ腐っていくだけの人生なんて悲し過ぎるじゃない? だから誰かが目を覚まさせてあげるだとは思わないかしら?」
「なら貴女が言えば…」
「無理よ。私と彼とじゃ歩んで来た道が余りにも違いすぎるし…彼はハンターよ? ハンターの事が理解出来るのはハンターだけなのよ。だから…頑張ってね♪」
そう言って彼女はパタパタと店仕舞いを初めてしまった。
「…え?」
今この人何て言ったのかな?

話の御代

「今…なんて?」
「だから頑張ってダギィを更正させてね、って言ったの」
…聞き直してみたけどやっぱり理解しかねる。何をどうすれば私が彼をどうこう出来るというのかな!?
「あぁ、あとこの話の値段は9999999zよ」
「ふぇっ!?」
いや、え? 確かに値段が張るとは聞いてたけど…えぇっ!? なんでそんな上限一杯一杯みたいな値段が、
「ぼ、ボッタクリだ!!」
「ちゃんと確認しない貴女が悪いのよ」
「だからってその値段は!?…お、おかしいよ」
私がそう言うと店主さんはヤレヤレと首を振る。
「じゃ体で良いわよ」
「なな、何でそうなんだよ!?」
「我が儘ね…」
店主がまたヤレヤレと首を振る。いや、私の方が困ってるからね!!
「じゃあ…ダギィをディに会わせてあげて」
店主さんは大真面目な顔でそんな事を宣った。
「いや、ディって人は…その」
「えぇ、死んでるわ」
「じゃあ何で…」
何でそんな酷い事を私に頼むのさ…
「彼に必要なのは甘ったれた夢じゃなくて非情な現実よ。そうしなければ彼は腐り落ちるわ」
「でも私にどうしろってんだよ!?」
彼を二番目まで引っ張っていって一緒に恋人の死体探しをしよう!! と言えとでも言うの? そんなの…
「私には無理に決まってる…」
そんな私を見て店主さんはまたヤレヤレと溜め息を吐く。
「大丈夫、もう色々と準備してあるのよ。だから貴女は彼が土壇場で逃げ出さない様に付いててくれるだけで良いのよ」
店主さんはニヤニヤ笑う。でも準備って…一体何?
「もう数日もすれば赤いのが帰ってくるから、細かい事は彼から聞いてね…私はもう眠いから寝るわ」
そう言って店主さんは寝る準備を始めてしまった。
「いやちょっと待て、その説明じゃ何が何だか…」
「お客さんが何イテルか私ニハワカラナイあるぅ~」
…この似非東方人め。
だいたい赤いのって…って、
「そう言えばミーユちゃんは?」
「とっくに店から出たアルよ。あの顔からしてダギィの所に行ったみたいアル」
あの子が…ダギィの所に?
「小さい子は純粋で真っ直ぐアル。だから今のダギィがどうしても許せなかったんだと思うアル」
でもあんな小さい子が彼に対して一体何を…
「しかしお客さん、このままだと彼の隣はあの子に取られてしまうヨ?」
なんですって!?
「私も帰るね」
「約束は守るアルよ?」
「勿論」
こうなったらやってやる。何を知ろうと彼に対する思いは決して変わらないのだか…

最悪な朝

惨事のあと

今朝の集会所は…最悪だ。

昨晩は無事モンスターの襲撃を乗り越えた馬鹿どもが、貰った報酬でバカ騒ぎをしていた。
それ自体は何時も通りだ。だが、今回は何故かメイド長が自ら酒を飲んだらしい。
あいつは超が付くほどの酒乱だからな…
生存者の話に夜と昨晩の集会所は正に阿鼻叫喚の地獄絵図だったとか…

そして現在。
東の空には僅かに太陽が顔を出し、朝日の射し込む集会所にはハンター達の屍の群れ…
ある者は床に頭から突き刺さり、ある者は椅子を貫通し、ある者は机をへし折った体勢で失神している。
共通点は全員に請求書が何時もの3割増しの値段で貼られている事か…ラージャンが暴れてもこんなにはならないだろうな。
まぁ各言う俺は昨日はさっさと寝た為、難を逃れた訳だが…

しかし、今俺は比較的被害の少ないテラスで朝食を待っている訳だが…
「お前らは無事だったんだな?」
俺の前には同じく朝飯を待つモジャ髭と紫毬。日頃からメイド長に嫌われているから天井に刺さっている物だと思っていたんだが。
「長年ハンターをしてからな」
「キャリアが違う!!」
自慢気に息巻く2人だが、
「お前らは逃げ足だけはG級だからな」
『褒めるなよ』
俺の言葉でにやける2人…実に気持ち悪い。だいたい皮肉のつもりで言ったんだが、と言うかやはり逃げたのか。

…しかし解らないな。
「何故メイド長は自分から酒なんて飲んだんだ? 自分から飲んだりはしない筈だが…」
俺が素朴な疑問を口にすると2人が下卑た笑いを浮かべる。なんだ、鬱陶しい…
「何か知ってるのか?」
知っているならさっさと喋れ。
「それは彼女も人間だからな、酒を飲みたい時くらいあるさ」
「特に男絡みで苛々したりな!!」
そんな事を言ってにやついた顔で此方を見る2人…あぁ、昨日のやり取りを遠くから見ていて何か面白い解釈でもしたのか、面倒くさい。
このままでは今朝の朝食は周りの風景も相まって最悪な物になるな。何か策は…
そんな時、見覚えのある赤いチョン髷が視界の隅に現れた。
…こいつらと顔を突き合わせて飯を食うより、あの餓鬼と食った方が幾分かマシか…
そうと決まればさっさと移動だ。
黙って席を立っても2人は特に止めようともしない…こいつらのこう言う点だけは評価出来るな。それ以外は最低だが…
兎も角俺はキョロキョロ辺りを見回す赤髷に後ろから声を掛けた。
「昨日はどこに行ってたんだ、不良少女?」

糞餓鬼

軽い口調でそう言った俺の顔を、赤髷が妙に真剣な顔で見上げる…なんだ、変な物でも食べたか?
「ねぇダディ…」
少し沈んだ声、何から何まで何時もと真逆か?
「なんだ?」
「ディさんを助けに行かないの?」
その一言で、鈍器で殴られた様に頭の芯が揺れる。
こいつ…
「今なんて言った?」
何故…何故お前がそれを知っている?
「何でディさんを助けに行かないの?」
先程より強い口調でそう言い放つ糞餓鬼…まぁ考えるまでもないか。俺の過去を知っていて、且つそれをペラペラ喋るような奴は1人しかいない。
「昨日はアインの所に行ってたのか?」
「何でディさんを助けに行かないの?」
俺の質問に答える気が無いのか、糞餓鬼は頑なに同じ質問を繰り返す。
「何でディさんを助けに行かないの?」
「少し黙れ…」
鼻の奥がどうしようもなく血腥い…とりあえず煙草を…
そう思い鞄に伸ばした俺の腕を糞餓鬼の手が掴んだ。
「何だ? 一服くらいさせろ」
「僕の質問に答えてよ!!」
細い腕が有り得ない力でギシギシと俺の腕を締め上げる。
…糞餓鬼が、昨日の今日でこれか?
せっかく人が優しくしてやろうと思った途端にこれか?
面倒くさい…

「助けに行くさ、でも今は準備中だ」
そう、今は準備中だ。
「嘘だ!!」
「…何故そう思う?」
「だってダディは十分強いじゃないか!!」
そうか、この糞餓鬼には俺がそんな風に映っていたか…しかし、
「それは間違いだ。俺はどうしようもなく弱い」
こんな俺じゃあ到底彼女を助ける事なんて出来やしない。だから今は準備中、そう準備中なんだ。

しかし、糞餓鬼は諦める様子はなく、その黄色い瞳は崩壊寸前な程に潤んでいた。
「ダディはハンターなんだよ!?」
「あぁ、それがどうした?」
遂には泣き出す糞餓鬼…泣きたいのは此方の方だ。頭はガンガンするし、鼻腔が血腥くて仕方ない。
「ハンターなら助けに行かなくちゃ…」
そうか、コイツはハンターに幻想を持っているタイプか、何時かの俺みたいに…しかし、それは幻だ。
特にこの街にはそんな理想的なハンターは俺を含めて1人もいない。
「ハンターは正義の味方じゃない」
「そんなの解ってるよ!!」
…じゃあ何が言いたいんだ?
「ハンターはやりたい事をして、自分に嘘を吐かずに生きるの…」
「…そうだな」
「じゃあダディは自分に嘘を吐かずに生きてるの?」
嫌になる程真っ直ぐな言葉が、心の何処かに突き刺さった。

駆ける団長

只今私は狭い路地裏を疾走中…
何故走っているかと言うとミーユちゃんがダギィに会うのを止める為な訳で。
勝手に彼の過去を探って後ろめたさ一杯なのに、それが当の本人にバレるなんて気まず過ぎる!!
それに…あの子は真っ直ぐ過ぎる。頭で思った事を即行う様な子だ。
良く言えば純粋で真っ直ぐ。
悪く言えば馬鹿で愚直。
綺麗過ぎる水に魚が住めない様に、ダギィに取ってあの子はキツいと思うんだ。
きっとあの子は何の悪意もなく彼の傷を抉ってしまう。それはどっちにとっても良いことじゃないし、そんな空気は私が耐えきれない。
だからあの子が彼と接触する前に上手く説得する必要が…

グルグル思考を回している内に集会所が見えてきた。
ミーユちゃんが何処に居るか確信は無いけど、この時間にダギィは集会所で朝食を取っているはず…毎日遠巻きに見てたから間違いない!!

もう数十メートルで集会所に着くと言う所で、見覚えのある4人の人影が現れた。
4人は集会所の入り口の前に並び、とおせんぼをする格好で此方を見ている。
あいつら…こんな時間から何をしてるのさ!?
「姐さん今まで何処に? いや、んな事よかこのイーオスSを!!」
「いいえ姐さんは私のヒーラーUを着るべきですわ!!」
『私達は今日の為だけにキリンを探しだし虐殺した、だから姐さんはこのキリンシリーズを!!』
…目の前には女性用の装備片手にギャアギャアと論争を繰り広げる馬鹿4人…これ全部自分の猟団の一員と言うのが無性に悲しいな…
と言うかそんな約束してたなぁ…死んでしまえあの日の私!!
「さぁ姐さん!!」
「ですわ!!」
『キリンを!!』
ズィッと一歩前に出る四名。しかし、今の私にそんな暇はない。だから、悪いけど…
「其処を退けぇい!!」
必殺 空中回し蹴り!!
『タワラバ!!!?』
4人と三着の趣味装備は吹き飛んだ!!
…あぁすっごく爽快♪
その勢いのまま集会所に転がり込む…と、目の前には…
泣きべそをかくミーユちゃん
一度も見た事がない表情で立ち尽くすダギィ
そしてそんな彼を背後から狙う黄猫君

うっわぁ~…修羅場だぁ~

いや、落ち着け私の脳細胞!?
上手に対処しないとダギィがミーユちゃんを泣かせた罪で黄猫君に血祭りにあげられるから!!
「リィナ…お前も聞いたのか? いや、聞いたんだろうな、リケ達が探してたしな」
しかし私の思考回路が最善な打開策を閃くその前に、彼がそんな追い討ちを掛けてきた

最悪な朝

俺が悪いのか?

「いや、それは…」
俺の言葉に明らかに動揺する絶壁。相変わらず単純と言うか…少し鎌掛けたらこれか、おい。
「解りやすい反応を有難う」
皮肉たっぷりにそう言ってやると絶壁は、しまったと言った感じの表情になる。何処までも単純だな。

…しかし、餓鬼も絶壁も話を聞いたか…あのインチキピエロめ、ペラペラ喋りやがって。
まぁ元より他人からの評価は底値だ。これ以上印象が悪くなる事はないだろうしどうでもいい…
そうどうでもいいのだが…

「…」

「…」

何故お前らが黙り込んだ上、泣いたり落ち込んだ顔をするんだ? 過去を知られて泣きたいのも落ち込も此方だと言うのに…

「何だ、お前らは俺をどんな人間だと思っていたんだ?」
街1つ守れない
仲間1人助けられない
女1人救い出せない
こんなどうしようもない男にどんな幻を見ていたんだ?
「なぁ、黙ってないで答えてくれよ?」
貯まった苛立ちを吐き出してしまった瞬間、首筋に冷たい感触…
「少々黙ってくれますかな?」
そしてそれ以上に冷たい言葉が浴びせられた。
「…ジュウベェ君か?」
「如何にも」
「どちらかと言うと被害者は俺なんだが?」
「ただいま小生頭に血が上っております故…それ以上言い訳を重ねられますと手元が狂いかねません」
聞く耳持たず…か。
全く、俺が何をしたと言うんだ。
誰かに助けて欲しいんだが…
メイド長の姿は無いし
他のハンターは其処らに埋められているし
モジャ髭と紫毬は…頼むだけ無駄だな。

あぁ…今朝はどうしようもなく最悪だ。

心の中でそう悪態を付いた時、集会所の扉が静かに開いた。
誰だ? リケ達なら助かる可能性が…
「あれ? 此処は三番目の集会所ですよね?」
聞き覚えは有るが…これはリケの声ではないな。
チラリと扉の方を見るとド派手な赤い布切れが風に靡いていた…あぁ、あんたか。
しかし…冷静に考えて、彼がこの現状を打破してくれるかと言うと…
「…微妙だな」
「そんな出迎えの言葉を受けたのは産まれて始めてですよ」
苦笑いをしているであろう男がそう言った瞬間、集会所が微かに…しかし確実に揺れた。
あぁ…これはアレだ、何回か経験がある。
これを利用すれば配置的に現状を打破するのは容易いが…無傷で、と言うのは…無理だな。
ドゴォッ!!
あ、今ドアを蹴破ったな。
『旦那様ぁ~!!』
猫なで声をあげながら、化け物染みた速度でメイド長がその姿を表した。

赤い人

人間砲弾

『なっ!!?』
その場に居た全員の表情が凍り付く。
まぁ当然の反応だな。
前方から駆けてくるのは間違いなくメイド長な訳だがそれが大問題な訳だ。

一歩進む度にその足は集会所を揺るがし

日頃からは想像もつかない猫なで声は、走る速度とドップラー効果の影響で超音波の域に達している

そしてその両腕は相手を逃さぬよう左右に大きく開かれ

瞳孔まで全開になった白金色の瞳は獲物を狙う獣のそれと同じになっている

先程までの険悪な空気は消え失せ、今集会所を支配するのは圧倒的な恐怖と戦慄である。
餓鬼はびびって涙が止まってるし、絶壁は蛇に睨まれた蛙状態だし、殺気ダダ漏れだった黄猫は微妙に震えている。
俺は何度かこの状況に巻き込まれているので静かに防御体制を取る。

そしてメイド長の両脚が集会所の床を蹴り、飛び跳ねた。

『おかえりなさいませぇ~!!』

全身からハートを撒き散らしながら飛来するメイド長は正に人間砲弾。目標は赤マントであるのだが、その射線上にいる俺達は一切視界に入ってないらしい。
今朝は全身に防具を身に付けている訳だが…一切助かる気がしないのは何故だろうか。
そして、
「ニ゙ャッ」
「ゴッ」
「ベラッ」
「バッ」
三人と一匹のハンターが紙切れの様に弾き飛ばし、なお加速するメイド長の両手が赤い影を捉えた。
『どっせい!!』
赤マントは低い姿勢でメイド長を受け止めた…かに見えたが、

ドゴォッ

勢いは全く衰えず、ドアを突き破ってそのまま集会所の外へと消えて行った。

『アダッ!?』

そして弾き飛ばされた全員がほぼ同時に地面に激突した。

あぁ…先日襲撃を切り抜けたばかりだと言うのにまた死にかけるとは思わなかった。

全身を確認するが…特に目立った外傷は無いか。あ、鎧の背部が砕けてやがる。
「…マジか」

少し憂鬱な気持ちになりながら立ち上がる…他の奴らもどうにか大丈夫そうだな。まぁどうでもいい事だが。

「何…今の?」
酷く動揺した面持ちで赤髷がそう言うが…何と聞かれても、
「メイド長だろう」
こう答えるしかないんだが。
「いや、じゃニャくて…何であんな事になるのニャ!?」
質問の意味はだいたい解ったが、地が出てるぞ黄猫君。
「メイド長の飼い主が帰ってきたからだ。ペットは飼い主に飛び付くだろう?」まぁ破壊力はその比じゃないが。
「…飼い主?」
赤髷が首を傾げると、壊れた扉が無理やり開かれた。

誰だったか

「飼い主とは嫌な言い方ですね? だいたい合ってますけど…」
そう言いながら瓦礫と化した扉を退かして、赤マントが再び姿を現した。
彼のマントは元から赤い訳だが、確実に先程より赤みが増している。そして、
「旦那様ぁ~」
その脇には見るに耐えないほど赤マントにベタつくメイド長…端から見ればただの馬鹿っプルなのだが、近くに居るとバキッだとかボキッだとかの嫌な音が聞こえてくる。
…まぁあれだ。
「御愁傷様」
「いや、まだ死んでませんから」
そう返す赤マントの口元が若干赤いのは…まぁ気のせいと言うことにしておこう。
「ダディ…この人誰?」
赤髷が何時もの調子でそう尋ねてくる。
先程までの険悪な空気は何処へやら…余程この光景が衝撃的だったのか、もしくはシコタマ頭をブツケタのか…すっかり何時も通りだな。まぁその方が楽で良いが…
「コイツはアレだ」
ほら、アレだよ…
「リィナ、説明してやってくれ」
「えっ!? いや、コイツはあれさ…あれさ!!」
いや、だからなんなのさ?
まぁかく言う俺もいまいち思い出せないんだが…いや、喉まで上がってきているんだが…

「揃いも揃って皆さん酷いですね?」
何時の間に移動したのか、テーブルに腰掛けた赤マントが苦笑いをする。
「何時移動したので?」
四人のハンターに全く気付かれずに移動した赤マントを見て、黄猫君の毛が僅かに逆立つ。
これがコイツの事を思い出せない理由だ。
何をするにしても影が薄いと言うか気配がない。だからド派手な赤いマントとヘラヘラした面しか印象に残らない。
あぁ面倒だ。
「メイド長、ジュウベェ君達に其処の赤マントがどう言った人物か説明してくれ」
そう言った訳だが…肝心のメイド長からの返事がないな?
バタンッ
奥の扉が開く音と共に大量のご馳走を持ったメイド長が現れた。
「貴方達、揃いも揃って超絶に失礼ね? はい旦那様ぁ」
メイド長は営業スマイルとデレデレ顔を器用に使い分けながら、赤マントと赤髷の座るテーブルに料理を並べていく。
「ねぇねぇ赤いお兄さん、僕も食べていい?」
「えぇ、良いですよ。私はこんなに食べれませんし」
ってあの餓鬼、何時の間に…

そして料理を並べ終えたメイド長が半眼で此方を睨み付ける。
「良い貴方達、この方はここの街を任されてるマスター、アルム・ウィソウトよ!!」
メイド長はダンッと足を鳴らし、そう言い放った。
あぁ、そう言えばそんな名前だったな。

何用

アルム・ウィソウト
ここ三番目の街のマスターであるが…名前を覚えている奴は皆無だ。皆、赤マントとか赤い人とかの呼び名で呼んでいる。
そして完全無欠暴虐武人のメイド長に唯一言うことを聞かせる事が出来る人間だ。まぁメイド長がベタ惚れなだけだが…

「マスターってその街のギルドで一番偉い人だよね?」
既に幾枚かの皿を平らげた赤髷が赤マントを見ながら尋ねる。
「えぇ、そうですよ」
赤マントがそう答えるが、赤髷はその答えを聞いて不服そうな顔をする。
まぁ、その気持ちも解らなくは無いが…
奇妙な見た目の上、殆ど街に居ない。そんな奴がマスターと言われてもいまいちピンと来ないのだろう。
序でに言うと、コイツが街に居るときは決まって厄介事が起こる。
コイツが厄介事を招くのか、厄介事がコイツを招くかは解らないが…簡潔に言うとロクな存在ではない。

「で、今回はどんな用件でこの街に帰って来たんだ?」
俺が言うと共に凄まじい殺気がメイド長から発せられるが、こう言う事は早く聞くに限る。
「どんな用件って…一応此処が私の拠点何ですがね」
赤マントがヘラヘラと苦笑いをするが…
「実際に何か事件でも起きない限り街に帰って来ないだろう?」
だからこそメイド長がこの街の総締めと考えられている訳だし。
「確かに、この前帰って来た時は違反者の一斉検挙のためだったよな」
絶壁が俺の言葉に続く。
「ほれ見ろ、今回も何か厄介事があるんだろ?」
「まぁ隠す必要も有りませんし…」
咳払いと共に立ち上がる赤マント。やはり何か厄介事があるんじゃないか。
「本当は夕食時に皆さんが起きてから言うつもりでしたが…」
赤マントはそう言い掛けて辺りを見回し、苦笑する。
其処ら中に埋められた奴等が晩迄に回復するかどうかは…微妙なところだな。
あと起きてるのはテラスの2人くらいな物だが…
「ブローとライも呼ぶか?」
「どうせ後で話しますし今は呼ばなくていいでしょう。それに、此れは貴方が真っ先に知るべき事ですしね」
そう言って俺の方を見る赤マント…なんだ、俺が知るべき事? 新しい鉱脈でも見つかったのか?
「実はですね、先日本部から二番目へ派遣された偵察用の気球が有るものを見つけたんですよ」
赤マントは勿体つけながらヘラヘラと笑う。いったい…
「何を見付けたって言うんだ?」
「焚き火の跡ですよ、それも極最近の」
焚き火の…跡?
「それは本当かっ!?」

焚き火の意味

「焚き火の跡が珍しいの?」
首を傾げる赤髷。まだ餓鬼であるコイツにこの意味を理解しろと言う方が無理か。

口や全身から炎を噴き出しハンターを焼き殺す竜なら居ないことも無いが、焚き火をする化け物なんている筈がない。

竜の巣窟と化した二番目に焚き火がある理由…それは恐らく1つだけだ。

「獣人族でも住み着いてたのか?」
絶壁が言うがそれは違うだろう。確かに獣人族も焚き火をするが、多種多様な竜が混在する二番目に住むメリットがない。
素材を漁るにしてもたまに侵入すれば良いだけだし、目立つだけの焚き火を起こす必要もない。

「いえ、見る限りあの近辺に獣人族は住んでいませんし、そんな報告も無いです」
俺の考えを裏付ける様に赤マントがそう言った。

つまりその焚き火が意味する事は…

「あの街に生存者が居るのか?」
「恐らくそう言う事ですね」
赤マントが肯定した瞬間、俺の心臓が大きく脈打った。

あの日、二番目からギルドが街の人々を連れ脱出した訳だが、当然全ての人間を助けられた訳ではない。
時間に間に合わず置き去りにされた者も少なくはないだろう。
しかし、それは仕方ない事だ。
戦況はどう見ても絶望的、あれ以上彼処に止まれば全滅する可能性もあった。
多くを救う為には少しの犠牲が必要だ。
しかし、その少しが俺に取って、助かった大勢よりどうしようもなく重い…

友は死に、彼女は置き去り…しかしギルドの判断は間違っていない。全ては弱すぎた俺に原因がある。
だからこそ都合の良い夢を描きながら、こんな生活を続けてきた。
手の届く場所にある事実に決して近付く事はなく、ただ淡々と決行する気もない救出劇の準備を進めながら…

だって仕方無いだろう…
街の何処を見ても
誰に聞いても
何度思い返しても
…彼女が生きている確信が持てなかったのだから。

しかし今俺の心臓は、まるで今動きだしたかの様に全身に熱い血を送り出している。

だからもう一度聞いた。

「今の話しは全部本当だな?」
「えぇ、勿論ですとも」

この男の言葉を聞いて嬉しいと思った事はこれが始めてだ。

「ギルドは今後どう指示をするつもりだ?」

「その焚き火の意味を確かめに行くつもりです。無論、貴方方ハンター達にも協力してもらいます」

俺はもう二度と、あの街に行くことは無いと思っていたが、今はどうしようもなくあの街に行きたくて仕方がない。

ベッドの下

「因みに先行隊を募集しますのでその気があるなら準備でもしておいてください。それでは、細かい事はまた後で…」
食事を終えた赤マントはそう告げると、ド派手なマントを靡かせてメイド長と一緒に集会所の奥へと消えていった。

さて…準備なんてとうの昔に整っている。唯一足りないのは頭数だ。
かつてこの街一と呼ばれた狩人は一年以上前に姿を消している。色々阿漕な事をしてたらしいしな…誰かに消されたんだろう。
そして現在、この街にいるハンターはだいたいがどっこいどっこい…そんな中からマシな者を選定すると…目の前の2人と一匹となる。
リケ達もなかなかだが、絶壁には及ばない。餓鬼はリケ達と同じくらいだが、黄猫君は全力として是非とも欲しい。
なので最適なのは俺、絶壁、赤髷、黄猫の四名となる訳だが…
さっきの今でこんな事を頼むのは気まずいか…
それに面識があるとはいえ、ハイハイと竜の巣窟に付いてくるかと言われるとそれも怪しい…
やはり、あれを使うか。
元々この日のために貯めてきた物だしな。

「ん? 何処に行くんだ?」
不意に立ち上がった俺を見て、絶壁がそう尋ねてくる…焦るな、
「大事な話があるからちょっと待ってろ」
そう言い残し、俺は自室に向かう。

借り物の我が城…
主に睡眠と道具の整理にしか使わず、最近となっては餓鬼と猫に占領されつつあるこの部屋には、ある大事な役目がある。

ベッドの下に手を伸ばし、手前から3つ目の床板を小刻みに叩き続ける。すると、その床板が僅かに浮き上がるので一気に持ち上げ中に隠してあった物を取り出した。

自分で言うのもアレだが…まさかコレを使うがくるとはな。

食堂に戻り、テーブルに座る面々の中心に、先程取ってきた物を置く。

「なんだ、この薄汚い壺は?」
「ガラクタ…ですかな?」
「なになに、粗大ゴミ?」
…貴様ら、人の努力の結晶に対して…
「揃いも揃いって酷い言い種だな?」
壺の蓋を掴み、その中身を見せてやる。
「中身は三百万だ」
『三百万!?』
「あぁ、三百万だ」
正確に数えていないがそれより少し多いくらいはあるだろう…
「こんな大金どっから…まさか犯罪かっ!?」
胸の無いくせに失礼な奴だな。まぁイカサマで巻き上げたのも多少はあるが…
「俺が地道に貯めた金だ」
「…じゃあ何でそれを俺達に見せるのさ?」
解ってないな。
ハンターに金を見せる時なんて理由は1つだろうが。

キレる女

「俺は赤マントが言っていた先行隊に志願する。しかし、周りが役立たずばかりだと困るからな…だからお前ら3人にも一緒に来て欲しい」
可能な限り誠心誠意を込めて言ったつもりだったが、絶壁が酷く不服そうな顔をする。
「それは良いとして…その金は何だ?」
絶壁が怒気を含んだ表情でそう聞いてきたが…何だもなにも、
「お前らに俺から依頼する為の金だ」
ギルドからも多少の報酬は出るだろうが、人に命を賭けさせる事が出来るだけ額ではないだろう。
「…気に入らねぇ」
絶壁がボソりと溢す。
「額が気に入らないのか? 残念ながらそれが俺の全財産なんだが…」
「そう言う意味じゃねぇ!!!」
絶壁は叫ぶと共にテーブルを蹴りあげた。そして宙を舞うテーブル一気に踏み潰し俺を睨んだ。なんだ、一体…
「じゃあ何が気に入らないんだ?」
「決まってんだろが!! お前の態度が気に入らないんだよ!!」
俺としては最大限の努力を尽くしたんだが…
「態度が気に入らなかったのか?」
「あぁ、そうとも!! 何だあの頼み方は!! その上薄汚い壺なんざ寄越しやがって!!」
一言言う度に絶壁は砕けたテーブルを踏み潰しながら前進し、俺の胸ぐらを掴みあげる。
「汚ない壺…人の努力の結晶に対して酷い言い様だな。やはり額が気に入らなかったのか?」
「違うつってんだろ!!」
怒鳴る絶壁の顔は怒りで満ちていたが、何故かその瞳は微かに潤んでいる…のか?
「お前は金を積まないと他人が動かないと思ってんのか?」
「あぁ、そうだ」
特にハンターと言う人種はそうだと認識している。
「お前は俺が金を積まないきゃ協力しないと思ってたのか?」
「あぁ、そうだ」
例えどんな状況であろうと、どんな事情を抱えていようと、それを説明した所でハンターは動かない。
奴らが動く理由は結局金だ。
「俺の過去を知っている相手だろうが、金が無きゃハンターは動かない。俺はそう認識している」
「俺が頭を下げた相手の頼みを聞かないと思ってんのか!!」
「あぁ、そうだ」
お前がハンターである以上、その認識がずれる事は決してない。
「お前は!! お前は…何にも解っちゃいない」
絶壁はそう言って手を放した。そして、
「タダだ、タダでその依頼を受けてやる」
金の詰まった壺を蹴って寄越した。よく解らないが…受けてくれるのか。
「すまない、助かる」
俺がそう言うと絶壁は舌打ちをして自室へと歩いて行った。

普通じゃない工房

おかしい

何故アイツが怒ったのかは解らないが、依頼を受けてくれるならそれで良い。
あとは…
「ダディ、僕も手伝うよ!」
「ならば小生もご同行しましょう」
聞くより早く返事が帰ってきた。何と無く拍子抜けだが…まぁ良いだろう。しかし、
「何でお前はそんな顔をしている?」
俺を見上げる赤髷の顔は実に絞まりが無かった。
嬉しそうと言うか…
にやけてると言うか…
何とも言えず不気味だ。
「別に何でもないよ」
当の本人はそう言うと顔を隠す為かゴーグルを着ける。いや、目以外も弛みまくってるんだが…
兎に角、先に財布番で有る黄猫君に渡して置くか…

「いえ、御代ならギルドから支払われる分だけで十分です」
「個人的には嬉しいが…良いのか?」
俺がそう言うと、黄猫君は金の入った壺を一瞥して鼻で笑った。
「金銭で困っていませんので…しかし、金で買えないものを持っていると言うのに、貴殿は滑稽な真似をするのですな?」
金で買えないものが何かは理解しかねるが…金で買える物が腐るほどあるのも事実だ。
だから俺は誰で有ろうとこの金を払うつもりだったんだが…まさか全員に断られるとは予想外だ。
まぁ頭数が揃えばそれで良いから問題は無いがな…

さて、頭数は揃った。
「次は…っと」
何時もより幾分か軽くなった腰を上げ、集会所の出口に向かう。
「どこ行くのダディ?」
「工房だ」
幾ら備えても準備のし過ぎと言う事はないからな。

集会所の扉を開き路地裏へと足を向ける俺に、当然の様に赤髷と黄猫君が付いてくる。まぁ別に止めはしないがな…

襲撃を切り抜けた街は未だに浮かれ気味。街がこうなるのは毎年の事だが、俺がその空気に酔う事は無かった。

彼らは大切な物を失わずに済んだから、こうしてバカ騒ぎが出来る訳だ。だから、俺がそんなバカ騒ぎに混じれる訳がない…
次の依頼を受けた後、俺もこんな風に騒ぐ事が出来るのか…

「どうしたのダディ? 変な顔になってるよ」
「いや、何でもない」
少し馬鹿な事を考えていたな。今は彼女を助ける事だけを考えるべきだ。そうだ、余計な考えは全て忘れてろ…

そして変態工房に到着した訳だが…
「何か変だな…」
「見た目は前と変わらない様に見えますが?」
「見た目はそうだが、中から作業音が聞こえる」
「工房なのですから当然なのでは?」
「あぁ、普通の工房ならな」
だが、残念ながらこの工房は普通ではない。

靄靄

黄猫君が此処に来るのは二度目だから仕方ない事だが、この工房は色々とおかしい。
店主が生粋の変態という事を差し引いても色々とおかしい。
従業員はルルメ本人とショーンの2人だけだと言うのに仕事は異様に早い。
更に工房には様々な機材が必要な筈なのに、店本体はあばら屋と言って差し支えない。
そして立地条件が最悪。
まぁ最後は本人の趣味だろうが、以上の理由によってこの工房の客は異様に少ない。と言うか店の存在を知ってる奴が数える程しかいない筈だ。
だから基本的にこの店は工房とは思えない程静かなのが普通だ。
しかし…
「まぁどうでも良いことだな」
商売をしている人間が忙しいと言うのは良い事だしな。
そんな事を考えながら扉を蹴破り、中に入る。


「…あっつい」
なんだこの異様な湿度と温度、そして視界を埋め尽くす靄は?
『あ、いらっしゃいませぇ』
何時もの調子で迎えてくれる金髪美少年。まぁ挨拶の前に1つ聞くべきか…
「これは一体何をやっているんだ?」
「お仕事ですぅ。少しお待ちくださいませぇ」
ショーンは何時もの語尾が伸びた口調でそう言うと、飲み物の代わりに人数分のクーラードリンクを置いて靄の中へと消えて行った。
そして歯車の軋む様な音が響き、上方へとその音源は消えて行った。

クーラードリンクを空にして数分後…
上方から再び歯車の軋む音が響き、それが止まると共に二組の足音が此方へと近寄ってくる。
「あぁ…君かね、ダギィ」
酷く興味無さげな言葉と共に、何時もより油汚れが五割増しになっているルルメが現れた。
「客に対してご挨拶だな…で、これは何の騒ぎだ?」俺があからさまに靄を払いながら言うと、
「仕事中は何時もこんなものだがね」
ルルメはサラッとそう返す。仕事中は何時もこうなのか…
確かに気密性が低そうだとは思っていたが、やり過ぎだろう。隣が真っ当な住人なら苦情がくるレベルだぞ?
いや、その前にショーンに付いて通報されるのが先か?
…ん? 仕事中と言うことは、
「俺が頼んだのがまだ終わってないのか?」
確か昨日の昼頃に飴細工みたいになった盾の修理を頼んだんだが…何時なら半日で出来ていると思ったんだがな。
「それならもう終わっているよ」
ルルメが指差す先には新品同様になった盾が置かれていた。
「じゃあ今は何をしてるんだ?」
まさか…新しい客でも来ていたのか?
「なに、ちょっとした私用だがね」

新製品

「私用? お前が?」
仕事と美少年にしか興味が無いような人間がか?
「ダギィ、君はつくづく失礼だね?」
ルルメは口の端を吊り上げてクッと笑った後、ゴーグルを外し此方を睨んだ。
「私とて人間だ。腹に抱えた物の1つや2つあってもおかしくはないだろう?」
そう言うルルメの瞳は今までに見たことが無いほどに細く、鋭い物だった。
なんと言うか…
何処か遠くを見据えていると言うか…
覚悟を決めた人間の瞳に見える。
何をしてたのか…気になるな。
「何を作ってたんだ?」
俺がそう尋ねると、ルルメは嬉しそうに有るものをテーブルの上に置いた。
小さなランスの尖端に引き金が付いたような…何だかよくわからない物。
「何だ、コレは?」
「これは私が作った新製品だがね」
あぁ、私用と言いつつ結局はそう言う事か。
「しっかし、また奇妙な物を作ったもんだな」
新製品とやらを手にとってクルクルと回してみたり…
「おい、ダギィ…」
「どうやって使うの?」
なにやら言おうとしたルルメを押し退けて、赤髷が俺の手を引っ張った瞬間…
ガチンッ
と撃鉄が落ちる音がした。
「っ!?」

…一瞬焦ったがよくみればコレには引き金はあるが銃口がない。これじゃあ弾が飛び出す訳もな……
「ダギィ、悪い事は言わんからそれを投げ捨てたまへ」
そう言うルルメはいつの間にか、ショーンを連れて部屋の隅へ移動していた。
「何を慌てて…」
自分で口にした疑問の答がすぐ近くから聞こえてきた。具体的に言うと俺の右手辺りから…
新製品とやらに目をやると、尖端から青白い炎を噴射しながらジュゴーだかの物騒な音を鳴らしていた。
あぁ、コレはあれだ。
「まんま竜撃砲じゃねぇか!!」
とか叫んでいる内に新製品は臨界点を突っ…
「御免!!」
今まで忘れていた黄猫君の体が閃光の如く迸り、黒狼鳥を模した紫刃が爆発寸前の新製品をかっさらい店の外へと投げ捨てた。
そして…カッと店の外が明るくなり咆哮染みた爆音が閑散とした裏路地に轟いた。
大樽爆弾なんかと比にならない程の爆発だな…
「素晴らしい出来だろう?」
「いや、爆発するんなら先に言えよ」
「話す前に君が引き金を引いたんだがね?」
いや、それはそうなんだが…
「あれはミーユが…」
「…兎も角、私らは今からこれを量産するので帰ってくれたまへ」
これを量産…
明日にはこの店が消えてなくなってるんじゃないだろうか?

夕方の集会所

有り得ない

まぁ店が消し飛ぼうが、店主がコイツならすぐに修復するから大丈夫だろう。
自分の中でそう納得し、修理の終わった盾を持って店を後にした。

しかし…
珍しく真剣な面をしてると思ったが、やっている事は何時も通りだったな。まぁ当然と言えば当然か…

あいつも俺と同じ逃延びたクチだが、二番目に侵入する話を知らん訳だしな。
それに、奴は今も昔も楽しそうだしな。
あの日に執着する必要もないんだろう。
あの日に…

「どうしたのダディ、また変な顔に成ってるよ?」
「いや、なんでもない」
また考え込んでいたか…この餓鬼に心配される様じゃ二番目突入の時が心配だな。全く…
兎に角今は切り換えろ、まだ幾分か準備するべき物があるしな。
「あとは必要な物を買いに行ってもどるぞ」
「御意」
「はぁ~い!!」
元気な返事な事で。

その後、薬やら食料やらの生物と、爆弾なんかの使用期限がある物を可能な限り買い込み、夕方頃に集会所へと戻った。

訳だが…
「酷い有り様だな」
集会所は今朝より幾分かマシになったが、相変わらず酷い状態だった。
埋まっていた人間は粗方意識を取り戻し自室に行った様だが、床に穴は空いたままだし、机も砕け散ったままだ。
それをメイドさんらが片付けている様だが、明らかに人手が足りていない。
「これじゃ夕飯を此処で食うのは無理だな」
「えぇー」
すこぶる解りやすい反応だな。まぁ、確かに夕飯が食えないのは困るがな…
「よし、たまには外で飯を食うか」
何も集会所でしか飯が食えない訳じゃないしな。
「ついでに何でも食いたい物を食わせてやろう」
「本当に!?」
「あぁ、本当だとも」
目を爛々と輝かせる赤髷にそう言った瞬間、奥の扉が開いた。

「なぁなぁ、俺ん耳変になったんかな?」
「もしくは明日は雪ですわね」
『まさか、彼があんな事を言うなんて…』

口々に非常に失礼な言葉を発しながら橙と緑と紫sが現れた。
「お前ら、揃いも揃って失礼だな?」

「だってダギィが飯奢るなんてありえんやん?」
「釣り上げた直後にガノトトスが勝手に死ぬくらい有り得ませんわ!!」
『有り得ない、モスから特産キノコがとれるくらい有り得ない』
いや、その2つは有り得るから。まぁ稀にだが…
「信じられないなら貴様らにも飯を奢ってやろう」
丁度、セコセコと金を貯める必要もなくなった訳だしな。今日くらいはパァッと使ってやろうじゃないか。

出遅れた

「じゃあ僕お肉が良い!!」
「俺は美味い酒が飲みたいねん」
「私は甘いものが食べたいですわ」
『私は魚が食べたい』
「…その気になっているところ悪いが、1人3000zまでだぞ?」
「「微妙っ!!」」
「黙れ、嫌なら付いてくるな」
「待ってよダディ」
「怒りなはんなや」
「イライラしてると禿げますわよ?」
『そうだぞダギィ』
「誰のせいだと思ってやがる!?」

そんな楽しげな会話をしながら集会所を後にする面々。完璧に出ていくタイミングを逃したぁ……
「何やってんのさ、私」
誰も居なくなった食堂で独り項垂れてみたり。
素直に出ていけば良かったなぁ…
元を言えばさっきあんな事言わなきゃ…
「ハァ~……」
盛大に溜め息を吐く私の背後に何やら人の気配。振り返るとド派手な赤がパタパタと靡いていた。
「どうしたんですかリィナさん? 溜め息なんか吐いて」
後ろには赤マントさんが居た。
「いや、ちょっとお腹が空いてさ」
ダギィに付いて行き損なって凹んでる、なんて口が裂けても言えないので適当に答えておく。それにしても…
「マスターさんが私なんかの名前知ってるとは意外だね?」
「街のハンターくらいは把握してますよ。仕事柄名前と顔を覚えるのは得意なので」
ふーん…何とも言えず普通の答えね。
「所で夕食がなら奥で一緒に食べませんか?」
「え、良いのかい?」
「ええ、食堂を開けるのは無理ですが二、三人分ならどうにかなりますし。それに…」
「それに?」
「食事は美しい女性とするに限りますからね」
へぇ…私が美しい。やっぱりそう言う言葉は異性に言われるに限るな。でも、ダギィに言って欲しかったかな…
「ハァ…」
「何故また溜め息を?」
「いや、此方の話」
兎に角、珍しく女性らしさを褒めてもらった訳だし、そんな気はなかったけどご一緒させてもらおうかな。
「お言葉に甘えてご馳走になろうかな?」
「それは良かった。断られたらどうしようかと思いましたよ」
イチイチ大袈裟だなぁ。ま、悪い気はしないからいいけどさ。

「では此方へ」
そう言って扉を開いてくれる赤マント。
「はいはいっと」
私は適当な相槌を打ちながらそれに続く…

しかしこの時の私は、忘れちゃいけない、とっても肝心な事をすっかり失念していたのさ…

扉の向こうには嬉々として"2人"分の食事の準備をするメイド長…

超嬉しそう…

……これはあれだよ。
殺されるんじゃないかな?

気まずい

テーブルには日頃食べている物より数段豪華な食事が並び、ピカピカに磨きあげられたナイフとフォークがカチャカチャ音を立てながらそれらを切り分けていく。
……私は何時それが此方に飛んでくるかが心配でならないんだけどね。

正面には仲良く並ぶ赤マントとメイド長、そしてその正面に鎮座する私……どう考えても場違い。
だいたい料理の手の込みようから言って、メイド長は赤マントさんと2人っきりで食事をするつもりだったよねこれ。
しかも食事が始まって数分経つけどメイド長が一言も喋らないし……
さっきからずっと開眼しっぱなしだし……

あぁ、気まずい…
と言うより逃げ出したい。

何か、何か会話を振らないと!!
「なぁメイド長さん」
「悪いけど食事中は喋らない主義なの」
取りつく島もない……と言うか今の一言で確実に寿命が縮んだよ。

兎に角メイド長は無理、次話し掛けたら確実に殺される。
となると残りは1人なんだけど……
「どうかしましたか?」
この人の事全然判んないのよね。
何か話題は………………そうだ!
「なんで今になって焚き火の跡なんか見付かったんだ?」
我ながら自然な質問……だよね?
「それは理由が有りまして」
「理由?」
「はい。数年前にこの街専用の観察用の気球を壊してしまいまして……」
あぁ、店主さんの話に出てきたな。でも、
「別に専用の気球じゃなくても偵察くらいできんじゃないのか?」
「彼処は竜の巣ですからそんな事したら一瞬で気球がゴミくずになりますよ」
「で、専用の気球を手配するのに数年掛かった、と?」
「恥ずかしながらそういう事です。それに襲撃後なんかで竜の数が減ってないと街に近付く事すら難しいですし」
コレで助けに行って、死体が転がってたらギルドの不手際が原因になる訳ね。
他に気になる事は……
「侵入時の作戦とかは考えてんの?」
「普通に門から侵入しようかと」
……この人、本当にギルドのマスターか?
「いや、それはだめだろ!!」
「駄目ですかね?」
「駄目だろ!! 正面から巣に突っ込んで勝てる訳ないじゃねぇか!!」
竜まみれの塀の中にノープランで突っ込ませる気だったのか、この人!?

不意に、カチャリと食器を置く音が響いた。音の主は私でも赤マントでもなく今まで無口だったメイド。
「私に良い案があるわよ」そう言って彼女はニッコリと笑ったんだけど……何故だか無性に嫌な予感がしてしょうがなかったり。

作戦?

良い案があると言うメイド長……その顔が悪巧みを思い付いた悪役にしか見えないのは何故だろう。

「あの日みたいに空から行けば良いと思うな。あの人もその時一緒に行けば良いし」

……え、今この人なんて言ったのかな?

「それは良いですね、あの日も巧くいきましたし」

いやいやいや!! え、この赤マントは仮にも街のトップだよね? そんな適当な作戦にゴーサインを出していいのかな!?

「じゃあ決…」
「いや、まてまて待って!!」
流石にその作戦は賛成できないよ!!
「…なに?」
口を挟んだだけでそんなヤクザみたいな目で此方を見ないでくださいメイド長。私も命が掛かってるので…
「流石に作戦に参加する狩人全員空から投下する訳にはいかないだろ? 」
「大丈夫よ、投下されるのはダギィの一団だけにしとくから」
あ、完璧に八つ当たりだよこの作戦…
だいたい私もその一団に入ってるから!!
「いや、それにしたって街の上にも中にも竜がわんさかと居るんだろ?」
死ぬよ、私死んじゃうよ!!
「チッ……じゃあ4つの門から陽動を掛けて竜の気を引いてから投下すれば問題ないでしょ? 空は閃光玉でどうにかなるわ」
なんか凄く真面目そうに言うけど、舌打ちしたよね、今…
「じゃあそれで行きましょう」
「はい、旦那様」
「いや待て」
まだ一番肝心な問題が残ってるから!!
「なに? 質問は一度に纏めて言ってくれないかしら?」
「それは悪かった。だが、空から飛び降るって……本気で言ってるのか?」
普通の人間ならぺしゃんこだよね? 良くて骨折、悪くてトマトだよね?

「あぁ…」
「それは…」
『大丈夫だよ』

2人の回答が綺麗にハモる。

「案外行けるもんですよ」
「意外とくせになるんじゃない?」

クスクスと笑う2人…
あぁ、忘れてた。
この2人は過去に空から街に侵入してるんだった。
でも普通の人間にそんな事出来ないから!!
貴方達の基準で行くとクエスト開始と共に失敗だから!!
だからここで引き下がる訳には…

「待っ」
「ねぇ、リィナ・シュウさん」
私の言葉を遮ると共にメイド長がニッコリ笑う。
「もう晩御飯は食べたわよね?」
「は、はい」
「なら私とマスターは細かい話があるから席を外してくれるかしら?」
いや、今引き下がると私には死が待ってるか…
「ね?」
メイド長はそう言うと共にナイフをグニャっと曲げた。
「はい、失礼しました」
私は部屋から逃げ出した。

夜空の上で

ふらふら気球

一夜開けて…

昨日は散々だった…
まさか激安居酒屋で10万も払う羽目になろうとは……
しかもその殆どが餓鬼1人で平らげるとは、予想外にもほどが…いや、予想しておくべきだったか。
途中まで見張っていたんだが、便所の行って帰って来たら皿が百倍近くなってるんだからな……

まぁそれはよしとしよう。何にせよ夜は明けたのだ。

そして今朝のギルドの行動は驚くほどスムーズだった。

寝惚け面のハンター達を召集し、二番目へ侵入する作戦を説明し素早くハンターを厳選し頭数を揃えた。
頭数と言ってもその殆どが陽動で、侵入するのは俺達だけの様だが、まぁ問題は無い。

これだけ手早くお膳立てをしてくれるのは有り難い事だが…

「まさかその日の晩に出発とはな」
まぁ心の準備は既に済ましてあったから大丈夫だがな。

「うわぁ…飛んでるよダディ!!」
そんな事は言われんでも解っている。

今侵入組は夜の空を進行中な訳だが。

今更だが作戦の説明時に1つ気になる点があった。それは作戦名が「二番目奪還作戦」となっていた事だ。
しかし二番目を奪還するのは不可能だ。数が解らない相手に消耗戦を挑むなんざの骨頂だしな。
だからあの作戦名は恐らく気分を盛り上げる為のものだと、俺は思っていた。

「どうしたのかねダギィ、神妙な顔をして?」
ギルドは存外本気だったらしい。

現在気球には侵入組である俺と赤髷、絶壁に黄猫君、そして軽装をしたルルメが乗っている。
解っているが、とりあえず聞いてみるか…
「何故お前が乗っている?」
俺が訊ねるとルルメはニヤリと笑う。
「ギルドから依頼を受けたからに決まってるだろう」
あぁ、やはりそうか。
あの日二番目が崩壊した理由の1つが街の防衛設備を破壊された事だ。
正直な話、あれさえなければ街が壊滅するのを防ぐ事が出来ただろう。
だからギルドは開発者であるルルメを街に侵入させ、設備を復旧させ一気に竜達を殲滅する気なんだろう。
ルルメも昨日はその為の準備をするために昼から工房が動いていたのか。

しかし、
「ハンターでも無いのによく来る気になったな?」
俺がそう言った途端、口元を釣り上げルルメはクッと笑う。
「私はしつこい性格でね。そうでなくとも自分の尻拭いくらいはしないといけないからね」
ルルメは昨日と同じように不敵に笑う。
まぁこいつがどうしようがこいつの勝手か…

爆発物再び

ルルメを連れて街に侵入するのは良いんだが、ルルメの格好が…
何時もの作業着とゴーグル付きメットなのは、まぁよしとしよう。鎧を着て動けなくなっても困るからな。
しかし、何故…
「何でそんなデカい盾を持ってるんだ?」
ルルメの左手にはランスとセットになる様な大きめの盾が装備されている。
素人がそんな盾を装備したところで逃げるのに支障が出るし、壁と竜にサンドイッチにされてしまうと思うんだが。
「あぁこれかね? これは私の商売道具だよ」
そう言ってルルメは盾の裏返した。其処には大量の工具と多数の引き出しが備え付けられていた。
そして、盾自体はただの鉄板らしく意外と軽く作られてる訳か……これならどうにかなるか。

「あぁそうだがね、君らにこれを渡しておこう。」
ルルメは盾の裏をゴソゴソと漁ると、見覚えのある物を取り出した。
「これは……この前の爆発物じゃねぇか!!」
口で怒鳴りながら、一気に気球の端まで後退する。
「引き金を引かなければ作動せぬから、そんなにビビらなくてもいいだろうに」
ルルメは俺を見ながらクスクス笑ったあと、小さく咳払いをする。
「これは私の自信作、その名も【携帯竜撃砲】だがね」
自信満々に自信作とやらを掲げるルルメ。頼むから爆発させるなよ、逃げ場が無いんだからな。
しかしルルメは俺の不安を他所に説明を続ける。
ガンランスの竜撃砲の機能のみを小型化、携帯できるようにした物だがね。威力は普通のガンランスと遜色はない…まぁ使い捨てなのが珠に傷だがね」
そしてルルメは携帯竜撃砲をクルクルと回し、気球の下方を指差す。其処には数匹のガブラスがフラフラと漂っていた。
「少し見ていたまへ」
そう言うとルルメは携帯竜撃砲の引き金を引く。ガチンッと撃鉄が落ち、携帯竜撃砲の尖端に青白い炎が灯る…って!?
「何してんだ!? 爆発すんだろうが、さっさと棄てろ!!」
「ダギィは早漏だね」
「は!?」
ルルメは焦る俺を他所に、ゆっくりと指を2本曲げると、爆発物をガブラスの群れ目掛け投擲した。
投擲された携帯竜撃砲はちょうどガブラスの群れの中心辺りで、紅蓮の炎を撒き散らし爆裂する。
爆炎は断末魔すら残さずにガブラスの群れを飲み込み、焼き尽くした。

「引き金を引いてきっかり五秒後に作動するようにしてあるがね。威力はご覧の通り……投げて使うか刺して使うかはご自由に」
おぉ…これはなかなか使えそうじゃないか。

白む空

ルルメから携帯竜撃砲を貰い1つを鞄に、そして5つを盾の裏へと張り付けておく。
鞄にもう二三本入りそうだが、威力が威力なので一本だけにしておく。
暴発されたらただじゃすまないからな。盾なら投げ捨てれば済むが鞄の中だと気付かないし…
赤髷は鞄に三本と盾の裏に三本、豪気な奴だ。それとは対照的に盾がない絶壁と黄猫君は鞄に二三本だけいれた様だ。まぁ妥当な所だな。

と、そんな事をしている内に東の空が白み、砂漠の真ん中にポツンと聳える寂れた外壁……

あぁ……あれを見るのは何年ぶりだ?
あの日逃げ出して、舞い戻った癖に何も出来ずに逃げ帰ってからどれだけの時間が経った?
何時か必ず助けに来ると言い逃れ続け、どれだけ無駄な日々を無駄に過ごしたのか?

しかし今日、俺は漸く此処へやって来た。距離にしてみればなんて事はないのに、性根が腐るには十分過ぎる時間が掛かってしまった。

彼女は本当にこの街で生きているのだろうか?

彼女は今さらやって来た俺を見てどう思うのだろうか?

あぁ、今幾ら考えても無駄だ。全て彼女にあってみれば解る事だ。

新しい煙草に火を灯し、大きく深呼吸をする。

そんな時、赤髷がクイクイッと袖を引っ張る。
「ダディ、なんだか目がキラキラしてるね!!」
「ん、そうか?」
毎朝鏡を見る限り、溝水を濃縮したような目だと思っていたんだが。
「うん、今のダディは凄くかっこ良いよ!!」
「そいつはどうも」
お前みたいな餓鬼に言われても全然嬉しくないがな。
さてあともう少しで街の真上か。
「準備は良いか? 陽動が始まり次第二番目に侵入するぞ」
「何時でも良いよ!!」
「御意」
「私も何時でも構わんがね」
……返事が1つ足りないな。
「どうした、リィナ?」
何時もは男みたいな癖に今日は嫌に静かだな?
「どうした、気球酔いか?」
「いや……このあと飛び降りるんだよな?」
なんだ、そんな事を気にしていたのか。珍しく女らしい発言だな。しかし、
「安心しろ、一番近い建物ギリギリまで近付ける。だから小さい崖から飛び降りるのと対して変わらん。それに…」
「……それに?」
「空を飛んでる気分になれて案外楽しいぞ」
ニヤリと笑いながら言ってやると、何故だか凄いガッカリした顔をされた。何が気に入らないのか?

そんな会話をしている内に、二番目の周りで待機していたハンター達が慌ただしく蠢きだした。

「さて、そろそろ時間だな」

開門

「さて、そろそろ始めようかしら?」
空に浮かぶ気球を見上げながら、メイド長は立ち上がりお尻に付いた砂をパンパンと叩いた。
彼女の正面には砂漠のど真ん中で天高く聳える二番目の街門。
数年前は堅牢さと優美さを兼ね備え、神々しささえ感じさせた街の顔も、時の流れと自然の猛威には勝てなかった様だ。
全く手入れされず風化の一途を辿ったであろう元街の顔。今では醜く錆び付き、二枚の扉は一枚の鉄屑へと成り果てていた。
それに嘗ての荘厳さは微塵もない。しかし、嘗ての堅牢さだけは風化しきらずに残っているらしく、先程から門を抉じ開けようとするハンター達を容易く拒み続けていた。

「全く……家の街の男共は軟弱過ぎるのよね」
メイド長が舌打ち混じりにそう言うと、開門に四苦八苦していたハンター達が振り返った。
「いや、貴女基準で言われてもさ」
「竜は相手に出来ても流石に鉄塊を自力で壊すのは無理ですよ」
「他の3つの門みたく爆薬を使いましょうぜ」
口々に文句を垂れるハンター達を見てメイド長は聞こえるように舌打ちをする。
「ぼ、暴力反対!?」
「右に同じく!!」
「だいたい何故此処だけ爆薬無しなんですかい?」
最後のハンターが言うように、他の3つの門では爆薬を使った開門が行われている。
しかし、この門だけには爆薬は一切用意されていない。それは何故か?
「勿体ないからに決まってるでしょ? 男なら自分の拳で道を切り開きなさいな」
『そんな無茶な』
メイド長の解答に男達が同時に項垂れる。
「でもこれ以上開門が遅れても作戦に支障がでるか……しょうがない、私がやるわ」
「ヒャッホイ」
「流石はメイド長!!」
「今日も金髪が素敵ですぜ!!」
メイド長の出陣にキャッキャと騒ぐ男達。しかし、

「但し貴方達の報酬は半減だから。最近ギルドの運営も厳しいのよね」

メイド長の一言で全員が同時に膝を付いた。
「さて、やるからにはさっさとやるわよ」
メイド長は言いながら男達からハンマーとランスを奪い取り、軽々と構えた。
そして大きく息を吸い込み、白金色の瞳で錆び付いた街門を睨んだ。

「さぁてと…優しく壊してあげるわ」

そう呟くとメイド長は街門にランスを突き立て、細身な体を限界まで引き絞った。

「今日までお疲れ様。そして……さようなら」

別れの言葉と共に放たれた鉄槌は、巨大な鉄針を容易く穿ち込み、堅牢な鉄屑を一撃で呆気なく瓦解させた。

街の上で

あれは何?

最後の門がド派手に粉砕され、街の周りのハンター達が角笛やら狩猟笛やらでドンチャン騒ぎを始める。
これで街の竜達の注意はそちらに逸れ、俺達は楽々と街に侵入出来る。と言う作戦だった訳だが……

「いや、全く完璧な作戦だよ」
「良いからてめぇも手伝えダギィ!!」

現在、俺達を乗せた気球は無数の蛇頭に囲まれていた。
こうなった原因の1つとしては開門が少々遅れた事。
そしてもう1つはどこぞの馬鹿がガブラスの一団を爆殺した事だ。
どうにも爆殺した奴ら以外に多数の群が居たらしく、そいつらに俺達の存在がバレてしまったらしい。
足場は狭く不安定、更にこんな場所じゃあハンターの武器はロクに振るえやしない。
逆に相手は小さいとはいえ飛竜、空は独壇場だ。

あぁ……面倒だ。

「全員耳を塞げ!!」

「わかった!!」
「え?」
「御意に」
「やりたまへ」

約一名の了承が得られなかった気がするが、構っている暇はないな。
鞄から手早く音爆弾を取り出し、気球のど真ん中で炸裂させる。

「ぃあっ!?」

不快な高周波が響くと共に集っていたガブラス達が糸の切れた操り人形の様に落下していく。
……馬鹿の声も聞こえた気がしたが、まぁどうでもいいか。
「何すんらラギィ!?」
音爆弾をモロに喰らった絶壁が此方を睨むが、聞いてないお前が悪い。あとラギィって誰だよ。
「ねぇダディ」
気球から身を乗り出し、下を眺めながら赤髷が言う。
「俺はダディでもラギィでもなくダギィだ。で、どうした?」
「あれ……何?」
妙に深刻そうな声色でそんな事を訊ねてくる。
「下にあるのは街だろう?」
「そうじゃなくて、あれ!!」
どうにも赤髷のスコープには街以外の何かが映っているらしい。
とりあえず鞄から取り出した双眼鏡を覗き込む。

二枚のレンズに映るのはすっかり廃れた砂色の街。
そんな街の建物の1つで、黒い影が蠢いた。

……何だ、あれは?

見た目は轟竜に酷似しているが……体の半面、特に瞑れた片目を中心に黒く染まっていた。まるで黒く塗り潰したかの様に…
俺はその姿に妙に見覚えが有った。
つい最近にも、数年前にも……
しかし、今肝心なのはそんな事ではない。

「予定変更だ」

奴は間違いなく此方の存在に気付き、狙いを定めている。
こんな場所で轟竜なんぞに襲われたらどうしようもない。
だから今取るべき行動は1つだ。

「今すぐ気球から飛び降りるぞ」

跳躍

「ハァッ!? お前、この高さから……正気か!?」
あぁ正気だとも。今すぐ飛び降りた方がまだ生存率が高そうだしな。
「黙って聞け、ルルメと一緒になった奴はさっさと機関部に潜れ。その他は近くに落ちた奴と合流しろ。落下の衝撃は打ち上げタル爆弾でどうにかしろ」
「いや、でもさ…」
なんだこの絶壁は、高いとこが怖いのか? しかし、今お前の我が儘を聞いている暇はなくてな…
「いいから行け!!」
問答無用で絶壁を気球から蹴落とした。
『ダギィてめぇ、覚え…イヤァァァァァァア!!!』
本当に悲鳴をあげてる時だけは女っぽいな。
「残りも行け」
「ダディは?」
「俺は最後だ」
「でも…」
……俺の何が心配なのかね、この餓鬼は?
「いいから行け」
「わっ!?」
首根っこをひっ掴み、赤髷を気球の外へ放り投げる。
「ではお先に」
「君も早くしたまへよ」
そんな台詞を残し気球から飛び降りる黄猫君とルルメ。実に潔いな。

「さてと」

俺は気球に可能な限り爆弾を仕掛け、落下する馬鹿どもに狙いを定める轟竜に対して高らかに角笛を吹き鳴らす。
野暮ったい間抜けな音色が二番目の空に響くと共に、轟竜の隻眼が此方を睨んだ。
そうだ、それで良い。
青と黄土、そして黒色の前肢の筋肉が限界まで膨張したのを確認し、俺は気球の縁を蹴り跳び跳ねる。
その直後、全身の筋肉を爆発させた轟竜が大砲の如く気球目掛けて跳躍する。
俺は防御体勢を取りながら、盾の裏に手を伸ばし、それの引き金を引いた。

「こいつも持ってけ!!」

轟竜の牙をいなした序でに、携帯竜撃砲を白い喉に突き立て、盾を構え爆発に備える。
勢い余った轟竜が気球に突っ込んだ瞬間、黄色い気球は紅蓮の炎に喰らい尽くされた。
俺は爆風の余波に吹き飛ばされながら……
あの気球幾らすんだろうか?
なんて呑気な事を考えていた。その時だった。

今尚燃え散る紅蓮の炎塊から赤と黒に色を変えた轟竜が飛び出した。

「ヤバイな…」

あの一撃で死ぬとは思っちゃいなかったが……一瞬で戻ってくるとは予想外だな。
目の前には限界まで開かれたキザギザの歯が並ぶ赤い口……あぁ、腹をくくれ。街に付く前に死ぬなんざ笑い話にもならない。

「ウラァッ!!!」

白い牙に喰い千切られる前に、渾身の力で轟竜の顔側面に盾を叩き込む。
鈍い音と火花を散らし轟竜の口が僅かに反れる。
あの不安定な体制からおみまいしてやった割には上出来だな。

庇われる

致命傷である初弾は辛うじていなした。いなしたが……奴の武器は何も牙だけではないし、俺がいなせたのは牙だけだ。
無駄に発達した赤黒い前腕が俺の体を僅かだが、確実に捉えた。

「ぐっ!?」

肋が軋み、肺の中身が勝手に口から漏れ出し、出し切った空気の代わりに少しばかりの血が漏れ出して来やがった。
かすっただけで吐血とか洒落にならんな。その上今の一撃で完璧にバランスが崩れてどちらが上か解りもしない。
このままでは頭から地面に直撃して木っ端微塵だが、今一番問題なのはそこではない。

古びた建物を粉砕する音が頭上だか足下だかから聞こえてくる。
絶賛自由落下中であるただの人間と飛竜では、当然ながら飛竜の方が圧倒的に速い。
故に轟竜の方が先に地面に到着するのは当然だ。
肝心なのは次に奴がどんな行動に移るか……だ。

何処からかガラガラと崩れた瓦礫を踏みにじる音が聞こえる……グルグル回る体を無理やり鉛直下向きにし、頭上を確認する。
案の定、其処には此方に狙いを定める轟竜が一匹……今にも跳び跳ねそうだな、おい。
先のやり取りが吐血程度で済んだのは幸運としか言いようがない。しかも不意打ちを噛ました上であの様だ。
次にくる一撃は確実に俺の胴を捉えるだろうな……盾の上からでも丸ごと持っていかれる気がするな。

さてどうするか……
根性いれて受けるか?
駄目元で反撃するか?
それとももう一度幸運に掛けてみるか?

骨折程度で済めば御の字か
突如響くふぬけた音色、それは角笛の音色だが当然俺が吹いた訳じゃない。
狙いを切り替えた轟竜が睨む先、崩れ掛けた建物の上には見覚えのある赤い長髪がパタパタと揺れていた。
「…糞が」

何故お前が俺を庇うんだ、おい。勘弁しろよ……

「糞餓鬼が……」

着地用の打ち上げタル爆弾に着火し一気に加速する。

轟竜が糞餓鬼の居る建物をビスケットか何かの様に砕く

爆発する寸前の爆弾を蹴り飛ばし更に加速する。

砕け散る瓦礫と共に落下する赤いちょん髷。その下には真っ赤な口を開きダラダラと涎をたらす轟竜。

距離、速さ、武器のリーチ、全てが足りない。

糞餓鬼が、舐めんなよ、餓鬼ごときが俺を庇うじゃない。俺みたいな人間を庇ってんじゃねぇよ……

背中のランスを一息で展開させ、右手にありったけの力を混める。

俺のなんかを庇って勝手に死んでんじゃねぇぞ……

「糞餓鬼がぁ!!」

開戦

あの日の轟竜

おのが体を発射台と化し全身の筋細胞をコンマ5秒で爆発させ、構えも糞もなく右手の愛槍を最高速度で投擲する。

狙いは無駄に長い奴の後ろ髪、とその後方の建物。弾は今投げたのが最初で最後だ……外れてくれるなよ。

速度と狙いは完璧だが、精度は八割程度と言ったところか。だが、肝心の奴がこれを避けては何の意味もない……

「避けるなよ!!」

叫んだその言葉には酷く無理がある。
自身を狙い投擲された突撃槍を避けない奴なんか居ない。
その上、投げたのが信頼の置ける相手ならまだしも、こんな俺なんかじゃな……

だと言うのに、何で奴は笑ってんのかね……まぁ、ここは素直に喜んておくべきか。

投擲されたランスは寸分の狂いなく赤髷に絡み付き、轟竜の白い牙から糞餓鬼をかっさらい、そのまま後方の建物に磔にした。

「よし、完璧だ。流石俺」

残る問題は如何にして眼前に迫った地面をどう凌ぐ、

「かぁっ!?」

考える間も無く俺の体は古びた建物を粉砕し、自由落下から解放された。

二度目の空からの落下だが案外死なないもんだな……
「だぁっら!!」

崩れた瓦礫を蹴散らし、地面に生きて辿り着いた喜びを噛み締める……暇なんざないな。

前方には朝飯を奪われご立腹な轟竜。その上どう見てもソイツの見た目はまともではない。
愛用の武器は轟竜の遥か後方、手持ちの武器はルルメから貰った新兵器のみ。

さてどうやって現状を打開するか?
爆弾はさっき使いきったし、手持ちの道具で使える物が有ったかどうか……

「ダディ~早く降ろして~!!」

……奴は戦力としてはカウントしないし、今すぐ降ろしてやる気もない。

「ダディ…」

そんな不安そうな目で見てくれるな。絶体絶命の状況なんざ機転一つで案外なんとか成るもんだ。
逆にお前に視界をウロウロされた方が気が散るんだよ。お前みたいな子供は一口でペロッと飲み込まれそうだしな。

……それに、見た目は少々醜悪になっちゃいるが、コイツは間違いなくあの日のティガレックスだ。
バイエを食い千切った糞蜥蜴だ。
そんな獲物を万が一にも糞餓鬼に殺らせる訳にはいかないな。

これはあの日からの悪夢に蹴りを付ける為の第一戦だ。
だから俺独りで勝負しないとな。

盾を構え、残った手で鞄の中身をまさぐる。

「さぁ来い、化け物が」

何時通り

変わって
ダギィらが落下した地点から数区画離れた区画

あぁ……落ち着いて、深呼吸。とにもかくにも現状を把握しなきゃ……

気球から蹴落とされて……
うん、ダギィに会ったら一発ぶん殴ろう。

即座に意識を失うって恐らく数秒後、激しい爆音と共に目を覚まして上には紅蓮に爆ぜる気球と其処から飛び降りる人影……

これは恐らくダギィね。

そして爆炎から飛び出す轟竜と十数メートルくらいに迫った地面。
この時ダギィが言ってた事を咄嗟に思い出して打ち上げタル爆弾に火を着けたんだけど、さっぱり減速しなかったのなぁ……

やっぱりぶん殴る回数は三発にしよう。顔面と腹と股間に一発ずつ決めてやろう。

でもって、ヤケクソになって建物の側面に大剣をぶっ刺して建物をぶっ壊しながら、どうにか死なずに済んだ訳で……
そんな死線を乗り越えたばっかりなのに……

「この状況はなんなのさ?」

目の前には一頭の雌火竜、どうにも着地の反動でぶっ壊した建物が彼女の巣だったみたいで、私は逆鱗に触れたみたい。
あぁ……口の端から火が漏れてるよ。完璧にご立腹だよ。
まぁ、仕方ないよね。もとより此処は竜の巣だし。

「そっちがその気なら叩き潰すだけだけどな」

考えてみれば竜とやりあうのは日常茶飯事だしね。それに、さっさと片して彼の所に行かないと……この憤りを晴らす為に!!

「しゃっ!!」

短い発生と共に身体中にカツを入れて駆け出し……

「らぁ!?」

スッ転んだ。
いや、正確に言うと落下の時に始まった足の震えが全く治まっていなかった。
いや、洒落になってないよ私の足!!

当然そんな私を雌火竜さんが待つ訳がなく、丸太みたいに太い脚が地面を蹴った。その時、

「切り捨て御免」

そんな台詞と共に空から飛来する1つの影……
あれは、鳥? 閃光? いや、猫!?

「ジュウベェ君!?」

「如何にも」

そんな台詞と共にジュウベェ君は雌火竜を叩き伏せる。でも当然その一撃で竜が死ぬ筈がなく、雌火竜はバタバタともがいている。
でもジュウベェ君は我関さず、と言った感じで此方に歩いてくる。

「無事で何より」

「おかげさまで」

近くに味方が落ちてきたのは幸運なんだけど……

「ジュウベェ君って男の子?」

「小生は女人ですが?」

こんな時まで私の周りは女ばっかりか!
しかも敵込みで!!
あぁ……

「ちゃっちゃと片そう」

「御意に」

待ち惚け

此方では轟音と共に街の一角が崩壊し、彼方では火柱が上がり古びた建物を焦がしていく。

戦いが始まったか……忙しない事だな。

私は黄猫君と共に気球から飛び降りた訳だが、戦いは御免なので1人建物の屋上で待ち惚けている訳だがね。

しかし……遂に帰ってきた。とうとうこの日がやって来た。

あの日私が竜に敗れた街…

あの日私が守り損なった街…

あの日私が殺した街…

それら全てを精算する為に私は帰って来た。
ギルドの赤い変人が訪ねて来た時は何事かと思ったが、今回の話を持ち掛けられた時は胸が踊ったものだよ。
何せ私に出来る事なんざ何も無いと思っていたからね。
せいぜい私のせいで孤児になったショーンの面倒を見て、表に顔を出さず腐って死ぬ事でしか罪を償えないと思っていた訳だし。
いや、それは罪滅ぼしではなくただの自己満足だがね。
ダギィと同じ様に決して進まず戻らずな怠惰な毎日を送る事で、過去から目を反らしていたんだがね。

街が陥落し、彼女が死んだのは私のせいだ……だと言うのにダギィは何も言わない。

だから私もバイエが死んだ事に対して何も言わない。

あれは天災だ。どうしようもない事故だった。そう言い聞かせて彼も私も生きてきた。
きっとそうに違いない。

しかし、そんな私でも足下に機会が転がってきたとなれば話は別だ。
もう来る筈が無いと思っていた機会が巡って来たんだがね。何としても成し遂げて見せるさ……例え何を犠牲にしようとも。

「しかし……なかなか終わらんがね」

何時まで待っても街の瓦解は止まらんし、火柱が消える気配もありゃしないがね。

あぁ…暇すぎるがね。

「仕方無い」

独りで動くのは少々心細いが、一足お先に眠りっぱなしの愛しの我が子の様子を見に行くとするかね。

落下した建物を降り、細心の注意を払って脇道へと滑り込み、異様に小さい鉄柱をグルグルと左に回す……

「っと、防衛設備の機関部に続く隠し通路が…」

隠し通路を開けた途端、無数の黄色が此方を見上げた。私は引き金を引いた携帯竜撃砲を二本程投げ入れた後、無言で通路の蓋を閉めた。
勝手しったる我が傑作は、鳥竜どもの巣に成っていた様だがね。

「やはり、さっきの場所で大人しく待つとしようかね」

呟く私の背後では、爆炎と断末魔が通路の入り口を僅かに押し上げた後、それらを押し潰し焼き殺す様にガタンと閉まった。

溢れた4人

時は少々遡り……
場所は変わって赤色と灼熱が支配する死の大地、火山。
三番目から歩けば丸三日、アプトノスを使っても丸一日以上掛かるところ3つの休憩所でアプトノスを乗り捨て乗り換えを繰り返した結果……彼らは半日で火山へと到着した。
その彼らとは……

「あっついですわ」

『暑すぎる、いや、熱すぎる』

「その上、姐さんもおらんしなぁ…」

そんな言葉を交わし、彼らは溜め息を吐いた。彼らは言うまでもなくリケ、ルォヴ、アリー姉妹のリィナ・シュウ大好き軍団の四名である。

なぜ彼らが二番目奪還作戦に参加せずこんな場所に居るかと言うと、二番目の防衛設備の為である。
二番目の防衛設備は従来の撃龍槍同様、蒸気圧を動力としている。
あの馬鹿でかく細部まで拡がった設備を完璧に起動させるには尋常ではない熱量、簡潔に言うと燃料が必要である。
元々は火山から直に溶岩を引いていたらしいが、この数年でその設備は既に使い物にならなくなっている。
なので代わりの燃料となる「火薬岩」を採取する為に彼らは火山へと送り込まれた。
彼等の慕う姐さんことリィナ・シュウに。

「姐さんも酷いですわね」

「姐さんと一緒に二番目に行くって言ったのになぁ」

『火薬岩採ってこい!! の一言』

「それに従う私達も私達ですけどね」

「それだけ頼られてるって事やん?」

『単純に厄介事を押し付けられただけかも……』

彼らは再び溜め息を吐く。
因みに、火薬岩はちょっとした衝撃で爆発する危険物である。
なのでこの依頼を受ける者が居なかったのも事実であり、彼らの考えはだいたい正しい。

「その上夜明け前に着いてまうしな」

「溶岩が流れまくりですわ」

火山を流れる溶岩の川は、夜になると火山運動の活性化と共にその幅を大きく広げる。そして火薬岩は火山の火口近くでしか採取出来ない。

『とにかく、飛び石染みた道を行くしかないな』

彼らの前に辛うじて顔を出している道は、アリーらが言うように飛び石程度しか残っていない。
無論足を滑らせれば骨も残らない。

更に、異様にまん丸な魚影が彼らの前をスーッと泳いで行った。

「うわぁ……魚竜さんまでおるやん、しかも二頭」

「邪魔ですし、鬱憤晴らしに使用いたしましょう」

『八つ当たり八つ当たり』

彼らは一斉に武器を構えた。
リィナに付いていけなかった鬱憤を晴らす為と……火薬岩の為に。

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最終更新:2013年02月28日 08:47
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