相応しい結末を
全ての物には相応しい結末が与えられるべきだ。
罪人はすべからく断頭台へと運ばれるべきだし、人里に天災の如く舞い降り、暴力の限りを尽くした化け物は人の手で討たれるのがお似合いだ。
では、愛しの彼女を護り損なった彼にはどんな結末が相応しいのだろうか?
彼女が死ぬ原因を作った奴を殺すために生きる。つまりは復讐に人生を費やす……それもありだろう。
人里を襲った化け物は人々から恨みを買ったからこそ、執拗に狙われ無様な死へと追いやられる。
化け物に相応しい……当然の結末だ。
そして彼の仇も紛れもなく化け物だ。殺しても誰も彼に文句を言いはしないだろう。
しかし、その化け物は余りにも強すぎる。いや、ただ強いだけの化け物ならやりようがあるだろう。
元より彼ら狩人は化け物達に比べれば圧倒的に脆く、弱い。そんな彼らが化け物と対等に闘える理由は1つだ。
先人達がかき集めた情報、磨きあげた技術、そして団結力、これらが彼らには有って化け物達にはない。それだけの差が有って始めて狩人は化け物と闘えるのだ。
しかし彼の仇は化け物であり人間でもある。
つまり本来、彼が 得られる筈のアドバンテージは何一つありはしないのだ。
よって彼の復讐は到底成功のしようがないのだ。
まぁ死ぬと解っていても彼は奴を殺しに挑むのだろう。
そんな彼を待つ結末とは果たして如何様な物なのだろうか?
ただの自己満足と血にまみれた幕引きか……
はたまた
目も当てられない惨たらしく凄惨なる幕切れか……
どちらが待っているにしてもそれは彼にとって相応しい結末となるだろう。
勇気と無謀は決して相容れず、勇者と愚者では天と地ほどの差があるのだから。
果たして彼は勇者か愚者か……
それはこの物語の結末が教えてくれるだろう。
それでは、彼にとって相応しい終幕の物語……はじまりはじまり。
報告書
記載事項
二番目の街の中心付近。
其処には辛うじて骨組みだけを残して建っている集会所の中に無駄に堅牢な造りのテントが1つ。
その中では大勢のギルドの人間がボロボロな装備を整備したり、薬草やらキノコやらを調合したりしていた。
そんな異常に慌ただしいテントの中心で、周りの喧騒さに負けない音を立てながら筆を走らせる女性が1人……
彼女は苛々をまぎらわせるためかトントンと……いや、ダンダンと足を打ち鳴らしながら、目に追えない程のスピードである物を書いていた。
報告書
二番目奪還作戦について
大量の人員と資材を投入した本作戦は成功、二番目の街は現在ギルドの管理下で復旧作業中。
街の風化・損傷は激しいが、想定の範囲内であり十分に復旧が可能。
しかし、人員と物資が圧倒的に不足しているため作業は難航、早急な援助を求める。
本作戦での被害
街の防衛設備の機関部が全損し、使用不可。襲撃の可能性が0でない現状でこれは大きな痛手である。
しかし何より大きな被害は……
そこで一瞬筆を走らせる彼女の腕が止まり、華奢な足が地面を砕きそうな勢いで床に打ち付けられた。
突如響いた轟音にテント中の視線が集まるが、彼女が彼らを一瞥すると、彼らはそそくさと仕事に戻った。
彼女はへし折った羽ペンを新しい物に取り換え、再び筆を走らせる。
本作戦の最大の損失、それは防衛設備の開発者、ルルメ・ジェント氏が死亡した事である。
氏が命を掛けて防衛設備を起動したからこそ、今作戦は最小限の被害で成功を納める事が出来たと言える。
しかし、これで防衛設備の復旧は絶望的となった。
その後も彼女は淡々と紙の束にあの日の詳細を書き込んでいく。そして紙の束が増える度に彼女の苛々も募り、彼女が放つ空気が険悪な物になっていく。
報告書にはあの日何があったかが事細かに書かれていく。作戦成功の裏に如何な被害が有ったか、それを思い出し書き記す度に彼女のストレスは増していく。
不記載事項
「少し休憩にしましょう」
そんな言葉と一緒に、彼女のテーブルにティーカップが置かれた。
「旦那様……そうですね、少し休憩にします」
彼女は羽ペンを一旦置き、熱いお茶の入ったティーカップに手を伸ばす。
「しっかし……凄い量ですね」
男は未だ書きかけの報告書の束を見ながら苦笑いを浮かべる。
「それでもまだ3割程度ですけどね」
彼女はお茶を飲み干しながらシレッと言う。
「今回は報告書に書くことが山程あります。どれくらい被害が出たとか、誰が死んだとか、何体竜を殺したとか……そんな事ばかり何枚も何枚も」
彼女は男に見えない方の顔を鬼の形相にしつつ、残りの側は営業スマイルのまま愚痴を溢す。
「そして報告書に書けない被害もたくさん……」
彼女はうらめしそうに男の顔を見る。
「それは仕事が減ったと喜んで欲しいですね」
男はヘラヘラと鼻で笑う。
「ダギィの奴の話しも伏せておくんですね」
「今さら彼を晒し者にする必要も無いでしょう。証拠も全部燃えて残ってませんし」
「……これで彼奴を名前で呼ぶ人間は皆死んじゃったんですね」
彼女は少しだけ憐れむ様な目でぼんやりと虚空を見上げる。
「名前が呼ばれない悲しみですか……到底私には解りませんね」
男は何時ものヘラヘラ顔だが、その口調は酷く沈んでいた。
「なんなら貴方が名前で呼んであげては?」
「嫌です。絶対に」
彼女がキッパリと言い放つと男は再び苦笑いを浮かべるしかなかった。
「でもってこんな忙しい中、奴だけ三番目で休養中……」
「彼には休養が必要ですよ、身体的にも精神的にも。肋が何本か逝ってるみたいですし、精神なんて脱け殻に近いでしょう」
「彼奴……大丈夫なんですか?」
彼女のその台詞を聞いた途端、男がニタァッと笑う。
「心配なんですか?」
「奴が死ぬと報告書の量が増える、と言う意味では」
「辛辣ですね。ま、休めば傷は癒え、嫌な思い出も風化します。どれほど掛かるかは解りませんが……っと」
男は言いながら空になったカップを回収する。
「さて、そろそろ仕事を再開しますか。此方はやらないと終わりませんから」
「そうですね」
男の言葉で彼女は羽ペンを構え、ピタリと止まった。
「旦那様」
「何ですか?」
「これが終わったら褒めてくださいね」
「はいはい。では頑張って」
「はい旦那様」
白い部屋
真っ黒だ
白いベッド、白いシーツ、白いカーテン……見渡す限り白白白。
こんな清潔感で埋め尽くされた部屋に俺が寝かされているのは、きっと俺に対する嫌がらせか脅迫に違いない。
……また死ななかった。
何もできない役たたずの癖に……
逃げ出したあの日誓ったのに……
結局助けられないままだ。
それどころか俺はこの手で彼女を……
「人殺しめ」
誰に言うでもなく、そんな言葉が口から垂れる。
彼女はきっと生きている。だから何時か助ける。
そんな妄想にすがり続けた結果があの結末だ。
「人殺しめ」
今まで何匹も化け物を殺してきた。何匹も何匹も何匹も……でも何匹殺そうがそれは化け物だ。
でもあの日、俺が殺したのは化け物じゃない。
黒く爛れた肌、竜尾に似た下半身、潰れた瞳、蛇の様な腕……それでも、あの日殺したのは化け物じゃない。
「人殺しめ」
どんな姿だろうとあの日、俺が殺したのは人間だ。
「人殺しめ」
守ると決めたのに
助けると決めたのに
愛していたくせに
「人殺しめ」
俺はこの手で彼女を殺したんだ。
自分だけ助かったんだ。
そしてこの真っ白な部屋で死体みたいに横たわっている。
穢らわしさなど欠片も無いと言うかの様に、周りの白が圧迫し、脅迫してくる。
「人殺しめ」
何故お前が生きている?
何故彼女を助けなかった?
何故彼女を殺したんだ?
「死んでしまえ、人殺し」
気付けば周りの白はズタズタに引き裂かれていて、掻きむしった両手に絡み付いた白いシーツが指から滴る血で赤く染まっていた。
「馬鹿が」
絡み付いたシーツの切れ端を壁に投げつけると、ベチャッと音を立て真っ黒いシミを作り上げた。
「俺の中身は真っ黒だ」
白で埋め尽くされた部屋に出来たそのシミがそう言っている様に思えて、壁に拳を叩き付けた。
「馬鹿が」
こんな事をしても、どうにもなりはしないのに
やめてくれ
ふと白い扉が粗雑に叩かれる。
「……開いてるぞ」
可能な限り平静を装い、何時も通りの声で来客を招く。
白い扉は立て付けが悪いのか僅かにガタガタと震え、思いの外豪快に開け放たれた。
「よ、ようダギィ、元気か?」
一応言っておくが此処は病室だ。
扉が外れるほど豪快に開けられていい場所じゃないし、罷り間違っても元気な人間がいる場所じゃない。
まぁ馬鹿に常識を期待するだけ無駄か……
「何のようだ?」
白い部屋に出来た黒い染みに気付き、ワタワタし出した絶壁に実に友好的な言葉を掛けてやる。
「な、何って見舞いだよ。リケの序でにな」
そう言って絶壁は右手の果物篭を此方に突き出してきた。
丁寧にそんな事をしてくれなくともリケだけ見舞って帰りゃいいのに……だいたい俺の記憶が正しければ……
「お前、二番目の防衛任されてるんじゃなかったか?」
「あぁ、あれは猟団の奴らを召集して任せてきた」
……なんとも自由な団長だな。下っぱはさぞ苦労するに違いない。頭にリがつく大剣使いとか。
「まぁ、見舞い土産は有難く頂くからさっさとリケの見舞いに行ってやれ」
俺なんかを見舞うよりずっと有意義な時間が過ごせるさ、主にリケが。
「いや、リケの見舞いにはもう行ったさ」
ならさっさと帰れ、俺は今1人で居たいんだ。
「ただ、お前に1つ言いたい事が有ってさ……」
だと言うのに、絶壁の口はダラダラと動き続ける。
「ルルメさん、守れなかった」
……
「別にお前のじゃない。彼奴は端から、ああする気だったんだ」
それに奴が死ななくてはならなくなった原因の一因は俺にもある。だから……
「だから謝ってくれるな」
「でも、謝らなきゃ俺の気が済まない」
……やめてくれ。
「お前の事情なんて知らないし、俺は謝罪をされる側の人間じゃない」
「でもさ、探してた彼女も、ルルメさんも死んじゃったんじゃ、アンタは1人じゃないか」
頭に鈍器で殴られた様な激痛が走る。
「だから私が出来る事ならなんでもするからさ」
……やめろ。
「何でお前がそんな事をする必要がある?」
悪いのは全部俺だ。
「そ、それは私にも責任がある……そ、それに」
俺に謝らないでくれ。
「出ていけ」
「え、なんで」
「さっさと出ていけ!!」
俺を……1人にしてくれ。
鏡に映る顔
彼の病室から追い出された私は、固く閉ざされた白い扉の前で呆然と立ち尽くす。
「お、おい、開けろよ……」
ぼそりと呟いた言葉は白い扉に阻まれ、消え失せる。
私はただ謝りに来ただけなのに、ルルメさんが死んじゃって、彼女も死んじゃったって聞いたから励ましてあげようと思ったのに……
「なんだよ」
そんなに怒らないでよ。
閉め出さなくたっていいじゃない。
私はただ貴方の事が好きだから会いに来たのに……
「愛してるの一言くらい言わせてくれたっていいじゃないか」
その言葉が溢れた瞬間、私の視界に廊下の突き当たりにある鏡が映った。
その鏡に映った女は、沈んだ顔をしていたけど、それ以上に嬉しそうな顔に見えた。
まるで、やっと自分の出番が来て嬉しさが隠せない舞台の脇役みたいに酷くその場にそぐわない、緩みきったそんな顔……
勿論、そこに有るのは鏡なんだからあれは私の顔で、何故そんな嬉しそうな顔をしているか気付いた瞬間、私は鏡を叩き割った。
「こんな顔してたんじゃ……彼に嫌われて当たり前じゃない!!」
私は彼を励ましに来たつもりだったけど、本当はそうじゃなかったんだ。
私は心のどこかで、古い友達も、大切な人も無くした今の彼なら、私だけを見てくれる。そんな事を考えていたんだ。
そんな厭らしい考えをしてたんだから、彼が怒って部屋から閉め出すのも当然じゃない。
穢い、厭らしい、卑しい、汚らわしい、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿……
「何やってんのさ、私は……」
粉々に鏡を踏み砕いても、さっきの顔が網膜に焼き付いて消えてくれない。
「人の不幸を喜ぶなんて、彼の想い人が死んだ事を好機と思うなんて」
足元に散らばる破片を思い切り蹴り飛ばして、それでもどうしようもなくてその場に踞る。
「最低じゃないか、私は!!」
日は沈み、月は昇る
太陽の消えた空には、裂けた口の様に細い月が我が物顔でその光をばら蒔いていた。
その月明かりの下、彼等は思い思いに夜の世界を闊歩する。
あるものは獲物を探す化け物を探して……
あるものは街の外を目指して……
あるものは病室を抜け出し夜の街を徘徊しだす。
さて、彼等は何を思い頼りない月明かりの下を行くのだろうか?
成したい事が有るのなら日の光があるうちに成せば良いのだが、彼らにはそれが出来ない訳でもあるのだろう。
夜じゃなきゃできないとか
お天道様に顔向け出来ないとか
誰にも知られたくないだとか
まぁ何れにせよ、夜に出歩くなんざろくな理由ではないのだろう。
さて、裂けた月も大きく傾き、間もなく万人に優しく、一握りの人間には眩しすぎる太陽が空に昇る。
次の朝には、彼らに何が待っているのだろうか?
暗い道
眩しすぎる太陽
入院三日目
早くても退院まで1ヶ月かかると言われたが、どうしようもなく体の調子が良いので看護員が居ない内に勝手に退院した。
そしてさっさと自室に戻り、純白の病人服を脱ぎ捨て適当な服に着替え外に出る。
疎ましい程に眩しい太陽の下で軽く体を動かす。
ん……実に快調だな。
自分の体が快調を通り越して絶好調な事を確認し、太陽の当たらない裏路地へと足を向ける。
陽に眩んだ目を裏路地の暗がりに慣らしてから、歩き慣れた道を奥へ奥へ進んでいく。
……表通りより裏路地を歩いている方が落ち着く、と言うのがなんとも虚しいな。
元からそうだったか、もしくは今だからかは定かではないが、太陽と言うのは直視するには眩しすぎるし、目標にするには高く、偉大過ぎるな。
やはりあれは憧れ程度に留めておくべき物だったな。まぁ、何を言った所で今更な訳だがな。
「さて、着いたな」
目の前は楽器屋の皮を被ったアレなお店が、何時もの如く閑古鳥の声を響かせていた。
まぁ立地が良くないし、ホイホイ一般人に利用されるべき店じゃないからこの状態が相応しくは有るんだが……まぁどうでも良いか。
「入るぞ」
店主の返事を待たず、適当な椅子に腰掛ける。
因みにこの店には一昨日の夜にもやって来てある依頼をした。今日はその結果を聞きに来た訳だ。
「あら、いらっしゃい。もう退院できたの?」
「あぁ、何故だか三日で完治した」
そんな挨拶も程々に、さっさと本題を切り出す。
「早速だが、一昨日頼んだ事は調べられたか?」
「えぇ、勿論。数年前に死亡扱いになってる人間だから多少は苦労したけどね」
そう言ってアインはあからさまな溜め息を吐く。なんだ?
「報酬に不満が有るなら倍にするが?」
「いや、そんなんじゃないの。ただ……」
何故だか妙に勿体つけるな。此方としてはなるべく早くして欲しいんだが。
「ただ、何だ?」
「じゃあ言うけど、復讐なんて流行らないわよ?」
「その言葉は今の俺には死ねと言ってるに等しい。それに、別にお前が気にする事じゃないだろう」
「えぇ、それは勿論。私が黙り決め込んでも貴方は一番目にいくんでしょうからね」
良く解ってるじゃないか。
「ただ、幸せってのは案外そこら辺に転がってたりする物よ?」
「生憎幸せに興味は無いし、幸せになる資格もないんでな」
何故か、店主は大きく溜め息を吐いた。
能面と仮面
大きく、長く、重い溜め息の後、アインは冷めきった能面みたいな面で此方を見た。
「そうね、貴方と私はただの商売相手だものね」
「あぁ、ただそれだけの関係だな」
俺はただ有りのままの事実を言ったつもり何だが、冷たい能面面が僅かに崩れた。
「私的には茶飲み友達くらいにはなったつもりだったのだけれど?」
「友達と言うにはあの値段はボリ過ぎだ」
「あら、あれでも結構良心的な価格にしておいたのよ?」
そう言って彼女はニヤリと笑う。
「キツい冗談だな、三回も依頼をすれば小さな農場が造れる額だぞ」
「それはよっぽど小さな農場ね」
「そうだな。序でに言うと、そろそろ本題に戻って欲しいんだが?」
そう言った途端、アインは再び冷えきった能面面に戻った。
「そんな考え方だからたったの数年で童顔からオッサン面になるのよ」
「ほっとけ、良いから早く依頼の結果を教えろ」
呆れ顔ではぐらかそうとするアインに対して、少しだけ睨みながらそう告げると、アインは諦める様に仮面を付けた。
「解りましたラウズ・ダギィ様、先日のご依頼の結果を報告させて頂きますわ」
酷く事務的な口調で、アインの舌は軽快に動き出す。
「ご依頼はアドマン・ビーについて可能な限り調べる。でよろしかったですね?」
「あぁ」
事務的な口調に適当な相槌を返す。
「では僭越ながら、しがない道化である私、アイン・リーが彼の過去について語らせて頂きましょう」
「あぁ、語ってくれ」
あの糞野郎がどんな道を歩んできたのかを。
何せ此れからそいつを殺しに行く訳だからな。情報は多いに越した事はない。
俺は弱く、貧弱で脆弱だ。
だから出来る事は全部やらせてもらうさ。
噂話
彼、アドマン・ビーは何時からか一番目に住み着いたハンターの1人でありました。ですからそこそこに古株なハンターの1人で腕もそこそこ。
一番目から脱出するさいに仲間が二頭の轟竜のに殺され、二番目に移動してからは日々轟竜に挑む毎日を送っていたとのこと。
それは貴方様もご存知でしょう?
しかし、轟竜の内の一頭が倒された後はほぼ狩りにも行かず隠居に近い生活を送っていたそうです。
特に特筆する事もない、何処にでも居るような彼ですがそんな彼にも1つ、怪しい噂がありました。
それは、彼が仲間を殺し、宝を独り占めした、と言う穏やかでないものです。
と言いましても彼が普通に二番目で生活していた通り、この噂には確かな証拠がなく彼は罪に問われなかったしだいなのです。
ですので、今からの話はあくまでも、覚えている人も殆どいない、酷く風化した"噂話"と言う事をご理解くださいませ。
それでは……
この話はまだ彼が一番目に居た時まで遡ります。
当時の一番目は正に全盛期と言うに相応しく、街中を屈強な狩人が闊歩し、街道には人々の活気で満ち溢れていた……そんな時代であります。
当時の一番目は造られた目的である、未知の解明に最も力を入れていた時期であり、ある発見をした時期でもありました。
それは一番目から歩いて8日程の距離に聳える古ぼけた塔。
僅かでも空が曇れば辿り着く事は出来なくなる不思議な塔。
一番目のギルドは即座にその塔に調査隊を派遣しました。
その中の1人に彼、アドマン・ビーの姿が有りました。
そして調査隊が塔に出発して20日後、予定の日時より大きく遅れて調査隊は帰ってきました。アドマン1人になって……
塔には何もなかった。塔を半分程下った所で老朽化した塔の一部が崩落し、調査隊はアドマン1人残して全滅した。
彼のした報告をギルドは素直に受理し、塔をの調査を一切しなくなりました。
しかし、そんな時から彼にある噂が立ち出したのです。
宝に目が眩んだ彼が調査隊を皆殺しにした。
何て言う根も葉もない噂。
しかし結局噂は噂のままでありまして、彼は二番目の街に取り残されるまで、大した問題もなく生き続けるのでした。
暗い道
考察
短い話を終えたアインは仮面を外し、小さく笑みを浮かべる。
「調べた話はこれで全部よ」
その結果に眉をひそめる俺を見てか、アインは少しだけ愉快そうにそう述べる。
「余りにも話が古すぎるし、アドマンを知ってる人間が殆どいないのよ。死んでるか、引っ越すかしてね」
成果が少なかった事を自慢気に語るアイン。お前の復讐の足しになる物は何もないぞ、とでも言いたげに。
「噂を噂で継ぎ接ぎしたような話よ、全く役にたたないでしょう?」
だがしかし、今の俺にはそれだけの情報でもかなりの価値がある。
「なるほど、役に立つ情報有り難う」
「……え?」
アインは予想外の返答を聞いたせいか、呆けた顔で此方を見る。だからもう一度言っておこう。
「それだけの情報でも十分な価値があるさ。俺じゃあどうあっても知ることの出来ない情報だしな」
そうとだけ告げ、代金を払い店を後にする。
数秒後、店から、馬鹿野郎が、とのお言葉を頂いたがその通りなので無視を決め込む事にした。
さて、次の店に向かう間、アインの話と数少ない情報から考察でもするか……
奴、アドマンには何かロクでもない目的があるらしい。そしてその目的と言うのは古塔で起こった何かが起因しているのだろう。
その為に一番目と二番目の街を亡ぼし、1人二番目に残り人体実験を繰り返していた訳だ。
まず始めに、何故一番目を亡ぼした時にそのまま実験を開始せず、二番目の街に逃げてきたのか。
理由は幾つか考えられる。
実験の準備が整っていなかったか、一刻もはやく人を遠ざけたかったか、龍の襲撃自体が不測の事態だったか、またはそれら全部か。
二番目はそれらの問題が解消され、単純に都合の良い環境がほしくなったのだろう。轟竜の討伐依頼は実験素体の選別のためか?
そして二番目での実験の意味。
奴の言動や自分自身にも手を加えていたところを見る限り、奴の目的は正真正銘の化け物になる事だったのだろう。
それが何かは解らないが、それも古塔の出来事が関係しているのだろう。
これらの僅かな情報から推測すると、奴が凶行に及んだ元凶は古塔にある何か、と言う事になる。
それが何かは解らないが、解りしだいそれも殺してやろう。
これはただの八つ当たりだ。
奴が夢見た物、大切な物、そして奴自身、可能な限り全て余さず皆殺しにしてやろう。
工房の少年
物騒な妄想を繰り広げている内に、頭上に見覚えのある看板が現れた。
「さて、ついたな……邪魔するぞ!!」
廃材に等しい扉を何時もの調子で蹴破り、適当な椅子に勝手に腰掛ける。すると、
「いらっしゃいませ、ダギィさん」
不法侵入同然である俺に美少年が駆け寄ってきた。ここまでのやり取りは何時も通りだ。
しかし、この後のやり取りは酷く、ギコチない物となる。
「あぁ、頼んでた物は出来てるか?」
「はい、すぐ持ってきます」
ショーンは俺の一言でテキパキと仕事をこなす。顔に貼り付いた満面の笑みが、どうしようもなく痛々しく見える。
ここの店主であり、ショーンの育ての親であるルルメは死んだ。その原因の一端は勿論俺にもある。
そして、その事を当然ショーンも知っている。それなのに、この少年何時も通りの笑みで何時も通り完璧な仕事を1人でこなす。
その姿が堪らなく痛々しい。
いや、違うな……
ショーンは、きっとルルメが帰ってこない事を覚悟していたんだ。
だからこそ平静を装い、何時も通りに仕事が出来るし、誰かみたいに取り乱しもしない。
しかし俺はどうだ?
覚悟も出来ておらず、酷く取り乱し、愚かにも復讐なんか考えている。自分の責任なのに……
「お待たせしました」
馬鹿馬鹿しい思考を一時中断し、ショーンから頼んでいた物を受けとる。
全く、ルルメが育てたとは思えない良くできた少年だな。しかし、やはり彼も年相応の少年だ。
「有難うショーン、でも無理はしなくて良いんだぞ」
頭をクシャリと撫でてやると、泣き腫らしたのであろう、赤く血走った瞳が此方を見上げた。
「無理して口調を変えないでいい」
その喋り方は凄く違和感がある。
「それに、俺が言えた事じゃないが暫く店は休め。無理したって良い仕事は出来ないさ」
きっとルルメもそれくらい許してくれるさ。
「ダギィさん……」
「なんだ?」
「数日店はお休みにします。けどまた来てくださいね」
満面の笑みで少年はそう言い放つ。
全く、ルルメは良くできた弟子を持ったもんだな。
「あぁ、このあばら家が潰れてなかったらまた来るよ」
「お待ちしてます」
そんなやり取りをして、俺は代金を置き店を後にする。
さて、これで準備は整ったか……
あとは、いつかの様に気球をパクるだけだな。
夜を泳ぐ
大魚
時刻は夜、眼前には見渡す限りの砂の海。
暗闇に木霊す二重の銃声に追われる様に、砂の海から巨大な魚影が飛び出した。
雲の隙間からさす月明かりに照らし出された大魚の体表は、仄かに黒い黄土色……別に色なんかどうでも良いんだけどね。
人の縄張りに侵入してきた。
だから殺す。
ただそれだけの仕事。
だけど今はとても苛々してるから、逃げられたりしないように入念に殺す事にしよう。
轟く銃声、降り注ぐ弾丸、飛び散る鱗と赤いアレ。
そんな絵に描いたような集中放火から逃れる様に砂海の大魚は大きく身を捩った。
その動きは反射みたいなものなんだろうけど……とっても愚鈍。私が大剣を構えて振り抜くよりもずっとずっとノロマな動き。
だから、大剣を掴んで、抜き出して、不恰好な両足に狙いを定める。
「入念に……」
柄を握り締めて、地面と水平に構えた大剣を投げ飛ばすくらいの気持ちで、振り抜いた。
綺麗な破砕音と一緒に飛び散る汚く、赤いアレコレ。
仄黒い両足は驚くほど綺麗にくの字にへし折れて、砂海の大魚は、まな板の上の鯉みたいに砂粒を巻き上げてビチビチ跳ねる。
「入念に……」
その無防備な首筋にゆっくりと狙いを定める。
足を大股にして、大剣を振りかぶり、奥歯を噛み締めて、身体中の筋肉をフル活用。
「殺す」
轟く粉砕音と赤い塊・液体・etc……
そして真っ赤な水溜まりが出来たけど、渇いた砂粒達が瞬く間に全部飲み干して元通り。
残ったのはトマトみたいになった頭と魚の体。
「……やりすぎだよね」
八つ当たりやストレス発散にしても、もう少しマシな仕方があるよね、私。
『流石は姐さん!!』
「ハァ……」
駆け寄ってくるアリー達に自嘲的な溜め息で返事をする。
『どうしたんですか姐さん?』
「別に」
ちょっと1人で居たいんだけど、聞いてくれる訳もないし。
「ハァ……」
溜め息と一緒に、何の気なしに見上げた空は何時の間にか晴れていて、無数の星屑と大きな月が私を見下ろしていて……
ゆっくりと、月を横切り、空を泳ぐ黒い影。
その影に酷く見覚えがあって、胸の中を掻き毟られるような衝動に、居てもたってもいられなくなって……
『姐さん!?』
私は駆け出していた。
ギルドの気球
まだそこかしこに瓦礫が残ってる二番目の街の街道を、何度も躓きながら全速力で駆け抜ける。
そして周りと比べると驚くほど新しいテントの入り口を一気に掴み、捲りあげる。
「赤マントとメイド長いるか!!」
勢いよくテントないに侵入し、声を張り上げる私に皆の視線が集まるけど、今そんな事はどうだっていい。
「そんな大きな声出さなくても聞こえてるわ」
書類の山から響く声、それは間違いなくメイド長のものだ。
「聞きたい事がある」
「なに? 見て解ると思うけど今凄く忙しいから手短にね」
メイド長の機嫌の悪そうな声だけが書類の山から響くけど、急いでいるのは此方も同じなのさ!!
「ギルドは今夜、一番目の街に調査隊を派遣したのか?」
私の問を聞いて、漸くメイド長が書類の山から顔を出した。
「調査隊……? そんなの派遣する暇が有ったら人員を回して欲しいんだけど」
「じゃあ何でギルドの気球が空を飛んでるんだよ?」
「? なんでギルドの気球が……まさか!!」
メイド長は一瞬考え込むように眉間に皺を寄せた後、私と同じ結論に至ったらしく白金色の目をギョロッと見開いた。
「いや、でも見間違いって可能性は……」
私もそう思いたいけど、あの夜空を泳ぐ影は間違いなく……
背後から、布の擦れる音が響く。
「彼女が見たのは間違いなくギルドの気球ですね。私もさっき確認しましたし、乗ってる人間も大方想像が付きます」
気配もなく赤マントが私の隣に現れて、一番聞きたくなかった回答をしてくれた。
「やっぱり……あれに乗ってるのは……」
「ダギィ君でしょうね、十中八九。前科持ちですし、何より今一番目に行く理由が有るのは彼くらいな物です」
「そうか、有難う、邪魔したな」
聞きたいことは聞いたからさっさとテントを後にした。
馬鹿め、私の大馬鹿め。
彼が追い詰められている事くらい解っていたくせに。
彼が次に何をするかくらい想像出来ただろう。
何故彼の傍に居なかった?
何故彼を止めなかった?
そして、なんで今私は彼の隣にいないのさ!!
「ちくしょう!!」
1人悪態を吐いても現状は何も変わらない。彼は独りであの魔窟に挑む気だ。
なら私が何をするかなんて……
『姐さ……走るの速すぎ……』
決まってるじゃない!!
「2人とも」
『……はい?』
「今すぐこの街に居る団員を集めろ、今すぐにだ!!」
『はい!!』
桜色
夜空を泳ぐ気球が二番目を通り過ぎた頃、数日間眠りっぱなしだった少女は白いベッドの上でパチリと目を覚ました。
今、彼が自分の上を通り過ぎたから彼女は目を覚ました。
彼女はその事に気付けた事を僅かに喜び、その事に気付けてしまった事に酷い絶望を覚えた。
実はまだ自分は眠っていて酷い悪夢を見ていると思いたかったが、残念ながらこれは現実だ。
どうしようもなく強く脈打つ心臓と、酷くチクチクする手足がその証拠だ。
だから彼女は少しだけ俯いたあと、手足に巻かれた包帯を投げ捨て、素早く狩りの準備を始める。
彼女は、目が覚めてからずっと、ある方向が気になって仕方なかった。
凄く凄く嫌な胸騒ぎがする反面、彼女のお腹はグルグルと音を鳴らす。
それはきっと周りの大人達が言う一番目の方角で、彼が真っ直ぐ其処に向かっている事が嫌で嫌で仕方無かった。
早く彼の所に行かなくては、間に合わなくなってしまう。
防具を小さな体に纏い、不恰好な寄剣を腰に提げ少女は扉を開け外に出る。
砂漠の夜は驚くほど寒く、吹き荒れる風は肌を裂くほどに冷たく、少女を部屋の中へ押し戻そうと激しく吹き付ける。
そんな中、少女は一歩踏み出し、従者の名を叫んだ。
「ジュウベェ!!」
しかし、従者からの返事はなく、少女の叫び声は砂漠の風に飲み込まれてしまう。
もう時間がない。
少女は意を決し、街の外へ向け駆け出そうとしたその時、一際大きな風が巻き起こり、砂ぼこりを巻き上げる。
反射的に閉じた目をゆっくりと開くと、桜色の火竜が少女を見下ろしていた。
驚く事に、その竜の背には人が乗っていて、少女はその姿を見て大きく目を見開いた。
「可愛いお嬢さん、そんなに急いで何処へ行くのかな?」
「ふざけてる場合ですか? 急ぐんでしょう。さぁ、早く乗って」
「お嬢様、急ぎましょう」
そう言って差し出された2人と一匹の手を、少女は迷わずに掴み竜の背に飛び乗った。
そして鮮やかな桜色が砂漠の夜空へと舞い上がった。
眩しい朝
馬鹿2人
急速に白む空、ちっぽけな俺が存在していい場所など何処にも無いと言わんばかりに照り付ける太陽。
気流に乗ったか、思いの外早く着いたな。
眼下には変わり果てた故郷の姿が有った。
中に守るべき人など残っちゃいないのに、高く高く聳える街の外壁は酷く滑稽で、上に行くほどボロボロに風化しているその様は、届かぬ物に無理に手を伸した結果を暗示している様で実に皮肉が効いてる。
……単純に俺がひねくれてるだけか。十数年振りの故郷を前にしてこんな感想しかでない自分にはつくづくがっかりだな。
兎も角、今から気球を降ろして糞野郎を探さないといけない訳だが……1つ問題がある。
「ボロい街ですわね」
「たっかい外壁やな~」
好き勝手な感想を述べる緑と橙……何故馬鹿二人が此処に居るかと言うと、病室から抜け出した俺を目撃したルォヴが誰かから情報を聞き、リケと一緒に気球に潜んだらしい。
まぁ誰か、と言うのはあのピエロの事だろうが……
そして気付いた時には気球は空の上、と言う訳だ。
あぁ……全くもって面倒だ。
「最後に聞くが、本当に付いて来る気か?」
「何を今さら」
「当然ですわ」
ハハンと鼻で笑い、胸を張る馬鹿2人……
「何故?」
「ダギィが居なくなると困るからに決まってるやん」
「貴方が居なくなると私達が間接的に被害を被るんですわ」
「はぁ?」
益々もって意味が解らない。俺が居なくなってお前らに何の迷惑があると言うんだ?
「気付いてないのは当人のみか」
「気付かれてないと思ってるのも当人だけですわ」
いや、本当に貴様らが何を言ってるか解らないんだが?
「しっかし此処が噂に聞く一番目かー」
「きっと古龍がわんさか居るんですわね」
人の疑問ガン無視でキャッキャッと騒ぐ馬鹿ども……とりあえず、その考えは間違いだ。
「あの街に古龍は殆どいない筈だ」
「あら、そうなんですの?」
「あぁ、街は壊滅したが、あの時は相打ちだったらしいからな」
つまり皆殺しだった訳だ。竜も人も。
「でもそれって何年も前の話やん?」
「ただの竜ならまだしも、古龍が数年でポンポン殖えたら人間は絶滅してるさ」
まぁ普通の竜は腐るほどいるだろうし、古龍も数匹は居るかもだがな。
兎に角だ……
「もう一度聞くが……お前ら、本当に付いて来るのか?」
「勿論」「ですわ」
勝手にしろ……馬鹿どもが。
出来た2人
ギルドから勝手に拝借した荷台に、同じく勝手に拝借したアプトノスを繋げて走らせ続ける事をまる一晩。朝日の照す先に途方もなく巨大な壁が現れた。
『漸く着きましたね』
私と同じく荷台にいるアリー達が高い壁を見上げながらそう言ってきた。
「あぁ」
だから短く返しておいた。
彼の気球はずっと前に見失ったけど、彼は間違いなく此処にいるはずなんだ。
だからこそ色々無茶をしてやって来たんだからさ。
でも……
「悪いな、俺の我が儘を聞いてもらって」
『姐さんの為ならなんでもしますよ。私達も、他の団員も』
サラリと返してくれるアリー達の笑顔が今の私には少しキツいな。
今乗ってる荷台も他の団員達に用意してもらったし、街の警備もほっぽり出して此処にいる私は団長失格だと思うんだけどな……
それに此処に来た理由もすっごく個人的な理由だし……
「別にあんた達は荷台で待っててくれても良いんだぜ?」
一番目は魔窟だって聞くし、そんな所へ私の我が儘で2人を道連れにするのは凄く心苦しい。
『姐さんが行くなら例え火の中水の中です』
「死んでも知らないぞ?」
『姐さんこそ、私達が居ないと駄目でしょうに?』
全く……なんでこんな出来た狩人が私なんかに付いてきてくれるのかな。
ガタガタ揺れる荷台がピタリと止まって、目的地に着いた事を告げる。
『さぁ姐さん、ダギィの野郎を一発殴りに行きましょう』
「おう!!」
本当は連れ戻しに来たんだけどね。
高い草むら
獣道
細部まで知り尽くしたはずの街の道も、今は微塵も解らぬ獣道……か。
「草ボウボウやね」
「街や廃墟と言うより密林とかに近いですわね」
馬鹿2人の仰る通りだが、もう少し俺の事を気遣ってくれても良いんじゃなかろうか。仮にもこの街出身な訳だし。
……まぁどうでもいいか、里帰りに来た訳でなし。
「で、何処に行くん?」
肩ほどの背丈がある草を剥ぎ取りナイフで切り払いながり、リケがそう尋ねてきた。
確かに、何の当てもなく歩き回っても時間の無駄だ。そして、推測するに奴は街道辺りにいるだろう。
彼処はでかい建物が密集していたし、使えそうな家が何軒かのこっているだろう。
そして何より、なんとなくそちらの方角に奴が居そうな気がする。
「目的地はあっちだな」
だからその方向を指差し、さっさと歩を進める。
「ちょっと!!」
ピョコピョコ跳ねながらルォヴが言う。
「なんだ?」
どうでもいいが、草むらにいると見分けを付けるのが難しいな。
「その方角って言うのは何か根拠が有りますの?」
ルォヴがそんな事を尋ねて来るものだから、
「いや、勘だ」
素直にそう答えてやった。
「勘って……ふざけてますの?」
草むらみたいな髪の癖に失礼な奴だな。
俺は至って正常だし大真面目だ。だいたい、
「お前らが付いて来る必要はないんだが?」
1人だろうが3人だろうが俺の目的は変わりはしないしな。
「なぁダギィ、その言い方はつれなさすぎやん?」
馴れ馴れしく肩に手を掛けてくるリケ。ハァ……
「どちらかと言うと俺は1人の方が楽なんだがな」
「その言い方はあんまりですわ!!」
草むらからピョーンと跳ねながら叫ぶルォヴ。あぁ、馬鹿め、こんな所で大声なんざ出したら……
俺達3人の周りに大きな影が被さった。
「ん?」
「なんですの?」
上を見上げる馬鹿2人。
「ほら、お前らが叫ぶから要らない客がきちまったじゃないか」
しかし……大怪鳥ににたシルエットに紫の体表、そして白銀の鬣か……これは何かの因縁なのかね?
「見付かった以上、さっさと片すぞ。その位の役にはたってくれるんだろう?」
「当然やん」
「少し癪ですが、勿論ですわ」
「そいつはどうも」
さて、草むらを大きく波打たせながら、黒狼鳥イャンガルルガがその姿を現した。
穿つ
「とりあえず、だ」
黒狼鳥が完全に着地しきる前に、顔面にペイントボールを投げ付ける。
別に逃げられても問題は無いが、黒狼鳥は利口と言うしな。逃げたフリでもされたら困るし、何よりこの草むらで奴を捉え続けるのは難しい。
そこで、嗅覚に頼ろうと言う訳だ。
嘴の先でペチャリと破裂するペイントボールと、それから放たれる独特の臭いに顔を歪める黒狼鳥。そして黄色い硝子玉に似た眼球で俺を睨み付ける。
俺を睨むのは結構だが、もう少し周りにも気を配るべきだな。
「右ぃッ!!」
「左ですわ!!」
息もピッタリに、黒狼鳥の首に左右から大剣を降り下ろす。
蒼と桜の刃が紫の鱗を撒き散らす。
しかし、それだけだ。
刃は肉を食い千切る事なく、易々と弾き返された。
結果、バランスを崩す馬鹿2人。そして勝ち誇る様に黒狼鳥が嘴を開き、リケへと襲い掛かる。
「ナメんな!!」
リケは崩れた体勢のまま、弾かれた大剣を再び降り下ろす。
火花を散らす紫と蒼。
「ぬぁっ!?」
リケは凄まじい勢いで弾き飛ばされ、黒狼鳥も僅かに姿勢を崩す。
実に良い根性と時間稼ぎだな。
背中の特注品を展開させ、直ぐ様引き金を引く。
乾いた発泡音を響かせ、放たれた弾丸が紫の嘴に突き刺さり、爆発する。
爆炎から逃れる様に、くらりと頭を揺らす黒狼鳥。今がチャンスだな。
「足を狙え!!」
「解ってますわ!!」
指示をだすよりも早く、桜色の大剣が地面と水平に振り抜かれる。
鈍い音を響かせ、先程同様弾かれる桜色。しかし、先程とは違い、黒狼鳥の体はゆっくりと地面に倒れ込む。
「上出来だな」
倒れた黒狼鳥の顔面に、躊躇う事なく、渾身の力を込め、赤黒い刃を突き立てる。
そして黒狼鳥が暴れ出す前に再び引き金を引く。
くぐもった銃声を追う様に、生々しい音と小さな火柱が黒狼鳥の顔を貫いた。
良い出来だ……が、やはりこの程度じゃ死なないか。
奇声をあげ、暴れ出す黒狼鳥に止めを刺すべく一度突き立てた刃を引き抜き、突きさ……
「動くなや、ダギィ!!」
後方からリケの怒声が響き、俺の返事を待たずして、凄まじい勢いで豪と暴風が巻き起こる。
「そこ!!」
雄叫びと共に離れた一撃は黒狼鳥ではなく、俺の持つ
ランスの尻を穿ち、赤い刃が黒狼鳥の脳天をぶち抜いた。
ムシャクシャ
「……」
黒狼鳥が息絶えた事を確認したあと、ゆっくりと特注品の
ガンランスを引き抜き、隅々まで歪みや破損が無いかを確認する。
……………よし、どこにも異常は無いな。流石はルルメの弟子だ。良い仕事してやがる。
さて……
「おいリケ」
「ん?」
「歯を食いしばれ」
「へ?」
馬鹿野郎の間抜け面に2割程の力でアッパーを叩き込む。
「ヌパァラッ!?」
馬鹿は奇っ怪な声をあげ、綺麗な弧を描き草むらに埋没する。実に軽い頭だな。
「大声をだすな、また何か寄ってきたら困るだろう」
「え、今の俺のせい?」
「今のはリケが悪いですわ」
「えぇっ!?」
旦那と違って嫁さんの方は利口で助かるな。
今、俺の持っているガンランスは文字通りの特注品で砲撃機構の代わりに
ライトボウガンが埋め込んである。
それによって幾つかの弾丸が扱えるし、ガンランスよりずっと軽いから突進もできる。
実に素晴らしい一品な訳だが、ショーン1人に急ピッチで造って貰ったからどんな不具合があるか解りはしない。
それなのにこの馬鹿ときたら無茶苦茶な真似しやがって……
序でに、高い高い草むらの其処ら中から嫌な音が聞こえて来やがった。
具体的に言うとガサガサとかギャアギャアとか言う非常に物騒な部類のやつが。
「ほれみろ、リケが騒ぐから団体さんが寄ってきたじゃないか」
「全く、役立たずですわ」
「え、これ全部俺のせいなん?」
ああ、言うまでも無くな。
俺の機嫌が悪いのも
草むらから鳥竜の群が出てきたのも
その内の何匹かが黒いのも
「うん、全部お前のせいだ」
「ですわね」
「ちょっと酷すぎひん?」
気にするな、ちょっとムシャクシャしてるだけだ。
それに雑魚の相手をするのも悪くはないか。
「ちょうど試して見たかったところだ」
この特注品の目玉の性能をな。
「なに独り言言ってんの?」
「気にするな、こっちの話だ。兎に角、殲滅するぞ」
「あいあい」
「解りましたわ」
目の前には青と黒の群、草むらのせいで数は解らないが……まぁ、どうにかなるだろう。
壁の外
金ぴか
バラバラに砕かれた荷車と、バリバリと食い散らかされるアプトノスを見ながら私は思った。
「……証拠隠滅ってやつだね!!」
『いや、あれは帰りの足でもあるんですが』
あ、そうだった。
ってそんなお馬鹿な事考えてる場合じゃないよね……
「一時待避だ」
『了解』
一旦外壁の影に隠れ現状を整理しよう。
さっき荷車が止まった理由は目的地に着いたから、と言うのも勿論そうなんだけどもっと別の理由が有ったわけで……
それがあの火竜。しかも金ぴか。
荷車を牽いていたアプトノスがあれにビビったから、荷車は止まったみたい。
あぁ……ついてないな、今あんなレア物に用は無いのに。
『どうします、姐さん?』
「帰りの足はダギィの気球を借りればいいが……」
問題は私達がまだ街の外に居るって事な訳で……
一番近い扉の前では金ぴかがお食事中。
あの横を通るのは得策じゃないし、風化した街門は簡単に開きそうにないよね。
かと言って金ぴかの食事を待つのは癪だし、食後に私達を狙わないとは言い切れないし……
仕方ない。
「金ぴかを撃退する。でも深追いはなしだ。」
『了解です』
返事をすると2人は二手に別れて、ゆっくりと金ぴかの両側へ移動する。
そして私はゆっくりと金ぴかの正面に立ち、大剣を構えた。
金ぴかは酷くめんどくさそうに此方を一別し、ゆっくりと威嚇の構えをとる。
「面倒なのはこっちも一緒だ。さっさと失せろ」
口でそんな事を良いながら、体は大剣を前にして防御体勢に……
化け物と言うに相応しい咆哮が轟き、体が大剣ごと後ろに押し戻される。
うん、計画通り。
再び響く化け物の声は、雄々しい咆哮じゃなくて、情けない悲鳴だった。
雨霰に放たれる散弾が金ぴかの火竜に滑稽な踊りをさせているその隙に、一気に駆け寄り大剣を振り上げる。
「一発ぅッ!!」
渾身の一振りは思惑通り金ぴかな脳天を捉えた。
けど、なにか、手応えが悪いような?
『姐さん!!』
アリー達の叫び声が聞こえた瞬間、視界が急激に明るくなったような……
銀蜥蜴
『上です!!』
アリー達が言う通りに上を向くと、なんか凄く近い場所に太陽が……
「太陽!?」
私は素晴らしい反射神経で、素晴らしく馬鹿な事を叫びながら大剣に身を隠した。
大剣越しに大きな衝撃が走り、不十分な体勢だった私の体は紙切れみたいに吹っ飛んだ。
「くっそが!!」
大剣を地面にブッ刺して無理矢理体を停止させる。
見上げた空には何時も通りの大きさの太陽と、銀色の火竜の姿が有った。
「……マジ?」
何でこんな場所に、こんなタイミングでレア物が二頭も……
『姐さん、太陽がどうかしたんですか?』
「いや、何でもない」
この2人も細かい事を覚えてるよね。
今はそんな事言ってる場合じゃないのにさ!!
「散開!!」
『了解!!』
兎にも角にもバラバラになって動きを見たいんだけど……
「うわっと!?」
まるで私に着いてくるみたいに次々と火球が落下し、爆裂する。
正直、逃げ続けることすら厳しいくないな……でも、みすみす殺られる訳にもいかないから……
「堕ちろ、銀蜥蜴が!!」
空を飛んでいるなら無視だろうが、蜥蜴だろうが、竜だろうが、これ1つで万事解決なのさ!!
小さな玉が放物線を描き、破裂し、目を覆った手の隙間から凄まじい光が迸る。
そして、篝火に飛び込んだ羽虫みたいに銀色の巨体が落下する。
これで一匹封じたけど、もって数十秒、その隙に何か打開策を考えないと……
アリー達の方を向き直ると、金火竜の胸部が倍ほどの大きさに膨れ上がっていた。
「なんで!?」
口では困惑しつつ、体は防御の姿勢をとる。
瞬間、空気が振動し、爆音が轟いた。
体が大きく押し戻された後、防御姿勢を解くと、同じく咆哮を防御していたアリー達目掛け金ぴかが大きく首を振り上げていた。
幾らボウガンに盾が付いてても火球全てを防ぎきるのは無理がある。
でも、なぜこんなタイミングで咆哮を?
ロクに攻撃もしてないのに、旦那の危機に反応したとでも言うのかな。
まったく……
「妬けちゃうね!!」
十メートル近い距離を一息で踏み込んで、金ぴかがブレスを吐くより早く、大剣を奴の横っ面に叩き込む!!
「ダラッ!!」
金ぴかの頬を捉えた大剣は奴の首をへし折るまではいかないも、ブレスの軌道を逸らすことには成功した。
弾ける火炎、崩れる外壁、そして現れた小さな穴……此処にいてもじり貧だしね。
「其処に飛び込むぞ」
高い草むら
異臭
振り下ろされる赤黒い爪を盾で弾き、慌てて後方に跳び跳ねようとする無防備な黒い腹に素早く狙いを定める。
こいつで……
「ラスト」
右足を踏み込み、腰の回転と共に打ち出した一撃は容易く黒い腹を貫き、それに呼応するように先端に装備された赤黒いい刃が雷に似た赤い光を噴き出した。
そして、黒い鳥竜の腹が時を早回しにした様にドロリと腐り落ち、それが手に付着する前にガンランスを振り抜いた。
微かな悲鳴とベチャリという音を立て、黒い鳥竜は骨と黒い染みだけ遺して跡形もなく腐り落ちた。
うむ、
「効果は上々だな」
やはり黒い肉片に侵された輩には龍属性の武器が絶大な効果を発揮する様だな。
まぁそれを見越したうえでこの特注品を作って貰った訳だが、1つ癪なのは……
「ダギィも龍属性の武器にしたんやな」
「やだ、お揃いですわ」
この馬鹿達も龍属性の武器を愛用していると言うことだ。
「黙れ、ニヤニヤするな」
だいたい大剣で龍属性の武器を造るのと、ランスで龍属性の武器を造るのとでは大変さが違うんだよ。
これを造るために貯金の半分以上が持っていかれたのに、馬鹿2人の比較的簡単に造れる武器と同じにされると無性に苛々する。
……まぁ今回は馬鹿2人の武器が龍属性だった事を喜ぶべきか。
兎に角、
「これで此処等は片付いたな」
「せやな」
「ですわね」
辺り一面を埋め尽くしていた高い草むらは、部分部分が刈られていて虎刈りの頭の様だ。
その隙間からチラチラ見える青い死体と黒い染み、そして酷く鼻を突く腐敗臭……まるで死後何日も経った死体を相手にした気分だな。
「なぁダギィ、結局こいつらって何なん?」
今更な事をたずねてくれるな、リケよ。
「知らん」
解っている事は腐ってるって事と龍属性に弱い事、あとはあれだな。
「何かの病気らしいから触ったりするなよ」
「言われなくても触りませんわ、こんな臭いの」
ルォヴの仰る通りだな。
それにしても鼻が曲がりそうなほど臭いな、殺しすぎたか。
しかし、強烈な臭いか。何か、忘れている気が……
刹那、背後から香る程度だったペイントボール独特の異臭が、急激に近付いてきた。まるで此方に駆け寄ってくるように……
背中に滲んだ冷や汗が流れ落ちるより早く、姿勢を反転させ盾に身を隠した。
瞬間、紫と黒の混じった嘴が高い草むらを掻き分けて突如として現れた。
リビングデッド
盾を斜に構え、飛び出してきた巨体をどうにか受け流す。
草むらを薙ぎ倒し、土と鳥竜の死骸を撒き散らしながら紫の巨体が地を滑る。
「なんや!?」
「生きてましたの?」
攻撃をかわしながら馬鹿二人が驚きの声をあげる。
草むらから飛び出してきたのはペイントボール独特の臭いからして、間違いなくさっきの黒狼鳥だ。
「死んでなかった。って訳じゃ無さそうだな」
その証拠に立ち上がる黒狼鳥の頭には風穴が空いていて、中から脳らしき物が垂れてきている。
あれで生きている訳がない。まぁそうなると目の前で死体が動いている事になる訳だが……
「さしずめリビングデッドだな」
目の前の黒狼鳥は未知の力や幽霊なんかじゃなく、種も仕掛も割れているわけだがな。まぁ幽霊の仕業じゃないとも言い切れないかもだが。
「ん? なんか言った」
「独り言だ」
俺の事は気にせず敵だけ見ておけ。
「来るぞ」
黒狼鳥は黒が混ざった嘴を大きく開き、バカスカ火球を吐き始めた。
「おぉっ!?」
「早く隠れますの!!」
ルォヴが余所見をしていたリケを草むらへと引っ張りこむ。
しっかりした嫁が居て良かったな、リケ。
「さて……」
奴の火球から逃れながら辺りを観察する。
まだ他に龍の気配はないが、これだけ派手にやっていれば時間の問題だ。
それに、草むらが燃え出したが黒狼鳥が火を吐くスピードは一切衰えない。コイツは辺り一帯ごと俺達を焼き払う気か?
まぁ良い。
鳥竜どもだけじゃ試用にしても弱すぎると思っていた所だ。
「実験台になってもらうぞ」
未だに炎を造り続ける嘴に狙いを定め弾丸を放つ。
鋭い金属音が響く……よし、当たったな。
薙ぎ倒された草むらを蹴り飛ばし、盾と槍を構え一気に駆け出す。
数歩進んだ所で先程打った弾丸が爆発し、僅かに黒狼鳥の動きを止める。
「揺れる脳もないのに脳震盪を起こすとは驚きだな」
軽口を叩きながら盾の構えを解き、黒狼鳥の頭の黒く濁った部分に狙いを定める。
「そら、もっかい死ね」
赤黒い刀身を狙い通りの場所に突き立てると血飛沫の代わりに赤い火花が飛び散った。
そして、黒い肉片がドロリと腐り落ち、それにつられるように黒狼鳥の体がただの死骸に戻ったか、その場に崩れ落ちた。
ランスの先端を引き抜き、背中に背負い直す。
「少々死ぬのが早いが、試験には十分か」
壁の中
悲鳴
小さい穴の向こう、つまり外壁の内部には直ぐに質素な床があった。
私達は其処に身を滑り込ませ、金銀夫婦から逃げおおせた……かに思った瞬間、背後の穴が爆発したうえ、質素な穴が文字通り抜け落ちた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ……」
落ちる
墜ちる
堕ちる
真っ暗な外壁の中一杯に悲鳴を響かせても、さっぱり落下が止まらないのは何故?
答えは足場がないからさ!!
あぁ、私は何を考えてるんだろ……
「……ぁぁぁぁあああっぷ!!?!」
痛……くないかな?
思いの外柔らかい床に落ちて助かったみたいだけど、此処は?
上を見上げてもアリー達の影はなくって、代わりに小さな太陽の光が少しだけ見て取れた。
でもアリー達は何処に落ちたんだろう?
『キャァァァァァァァァァァァァアップ!!?!』
な、何!?
……いや、これは私の悲鳴が反響してるだけじゃないか。
こんな間抜けな悲鳴あげてたなんて、恥ずかしい……
『姐さん?』
「ひょおっ!?」
口から出かかった心臓をどうにか抑え込んで、ゆっくりと振り返るとアリー達が居た。正確に言うと小さな穴の向こう側に。
『どうかされましたか?』
「な、なんでもない」
決してアリー達の声に驚いたりした訳じゃないよ!!
『あと何か変な悲鳴が聞こえませんでしたか?』
「き、気のせいだろ」
決して私の悲鳴なんかじゃないよ!!
兎に角、落ち着け、私……よし、
「2人とも怪我は?」
『大丈夫です』
「こっちに来れそうか?」
私がそう訊ねるとアリー達は残念そうに首を振るう。
確かに、上の床は脆かったけど此処の壁はすっごく堅そうだよね。
……流石に壊すのは無理かな。
「何処かに道は……」
『姐さんの後ろの壁、光ってませんか?』
「え?」
言われて振り返ると、確かに壁から四角く光が漏れていた。
これは、ひょっとすると……
「よいしょっ!!」
力任せに蹴りを入れたら、壁が四角く抜け落ちて、眩しい光が射し込んで来た。
「おぉっ!!」
『古くなった扉か何かだったみたいですね』
アリー達の言う通り、蹴り飛ばした壁は真新しい感じの扉だった。
あとはアリー達と合流して此処から出れば……
『アァァァァァァァア』
そんな時、何処からともなく奇妙な悲鳴が聞こえてきた。
いや、勿論私のじゃないよ!!
声の主
さっきの悲鳴、恐らく人間のものじゃないよね。と、なると……
頭の中の狩人としての記憶を総動員する。
暗い洞窟
見えない姿
悲鳴みたいな声
それらの情報から頭に思い浮かんだ姿は、ブヨブヨした体に口だけの顔、そして悲鳴に似た咆哮……
「フルフルか」
私がそう言った途端、2人は背中合わせにボウガンを構え真っ暗な天井を見上げた。
そして、2人の動きがピタリと止まった。
「どうした?」
フルフルが居たの? 居なかったの?
『姐さん』
「なんだ?」
相変わらず2人は上を見て固まったまま。
『此方は大丈夫ですので先に行ってください。直ぐに追い付きます』
よく私を前にしてそんな台詞が言えるんだね?
「何か居るんだな? 待ってろ今そっちに行く道を……」
私の言葉を遮って、アリー達のボウガンから銃声が響く。
それに続いて、グチャリ、と何かが落ちる音がした。
「どうした!?」
私がそう訊ねても、2人は上を向いたまま答えない。
2人の居る場所を穴から覗き込んでも、暗くてよく見えない。ただ小さな何かがビタビタともがいている事だけが、音と気配で解った。
此方からではアリー達側の様子が殆ど解らない。なのに2人は何が起こっているのか説明しようともしない。それどころか、
『姐さん、走ってください』
そんな台詞を吐いてきた。
流石にカチンときて、怒鳴ろうとした瞬間、
『『アァァァァァァァアアァァァァァァァア!!!!』』
彼方側からさっきのフルフルと思わしき声が聞こえて来た。それも1つや2つじゃない、認識できない程にたくさんの声が。
『姐さん、逃げて!!』
そんな台詞を最後に、2人はがむしゃらに引き金を引き始めた。
何かが大量に落ちてくる。
それは血と肉、そして小さく歪な竜の群れ。
なに、これ?
状況が全く把握できない。けど、2人が危ないって事だけは解った。だから、大剣を振りかざし、思いっきり小さな穴を斬り付けた。
でも、当然分厚い壁は壊れない。だから私は、壊れるまで何度も大剣を叩き付けるつもりだった。
でも、私が大剣を振りかぶるより早く、小さな穴から無数のそれが飛び出して来た。
それはまさしく無数の小さなフルフルだった。
いくら斬っても、叩いても、潰しても埒が開かない程大量のフルフル。
このままじゃ3人とも数に飲まれてしまう。だから私は出口に向けて駆け出したんだ。
2人を残して……
風化した街
瓦礫の山
蘇った黒狼鳥を入念に殺し直し、高過ぎる草むら地帯を抜けた俺達は、始めの目的通りに街道が有ったであろう場所に辿り着いた。
そう、辿り着いた訳だが……
「瓦礫しかないやん」
「ですわね」
……馬鹿2人の言う通り、数えきれない商店と人々の喧騒があった街道なんざ何処にもありゃしない。
「見渡す限り瓦礫の山……か」
確かここら辺に父さんの店があった筈なんだがな。わかっていたつもりだが、現実は理解し難いな。
「ちょっとダギィ、聞いてますの!!」
……ぶち壊しだ。
珍しく人が感傷に浸っていると言うのに、馬鹿なうえ喧しい奴だ。
「何だ?」
「結局ここに何がありますの?」
ここには瓦礫になった懐かしの我が家ともう二度と戻らない少年時代の思い出が……そんな事を聞いているんではないよな。
「ここまで来るのに有ったものと言えば鳥竜の巣とか、なぞの骨の山くらいなもんやけどな」
リケの言う通り、ここに来るまでは瓦礫の山すら無かったな。たったの20年弱でここまで風景が変わるものかと内心嘆いた訳だが……
そして、此処にも瓦礫の山しかない。
冴え渡る俺の直感は今尚この辺りが怪しいと囁いて居るんだが……調子が良いのは体だけと言うことか。
「この辺りの気がするんだがな」
「でも瓦礫の下にも何も有りませんわよ?」
瓦礫を払いのけながら、酷く不機嫌そうにルォヴが言っていると、
「おお!!」
瓦礫を漁っていたリケが奇声を発した。
なんだ、秘密の階段でも見付けたか?
「こんな所に酒があるやん、しかもメッチャ熟成されてそう」
言いながら床下収納らしき場所から古そうな酒瓶を取り出す馬鹿。
「いや、確実に飲める代物じゃないだろう」
保存状況がマトモなら兎も角、そんな場所に放置されてたんじゃ確実に腐ってんだろう。
「でも勿体ないやん?」
「我が旦那ながら……呆れて声も出ませんわ」
心中お察しするよ。旦那が馬鹿だと大変だな。
と言うかさっきもそうだがお前らはもう少し緊張感をだな。
「……ん?」
「どしたんダギィ?」
「ですわ?」
「ちょっと黙っててくれ」
何かが聞こえる。
俺の体の調子は頗る良い。直感やら第六感は当てにならなかったが、五感は正常どころか何時も以上に敏感だ。
つまりこれは空耳なんかではない。
確かに何かが聞こえる。
これは……
聞こえる
微かだが確かに、何かが俺の鼓膜を振動させる。
これは……
大型の鳥竜の鳴き声……
これは聞こえて不思議はないか。此処は既に人ではなく竜の街だ。縄張り争いをしていても何ら不思議ではない。
何かが強く、鋭く、空を斬り肉を裂く音……
これは少し変だ。空を斬る音は尻尾の一撃などとも考えられるが、肉を裂く音と言うのは聞こえる物なのか?
(ダラアァァァアッ!!)
極めつけは竜とは思えない雄叫び。これで俺達以外にも人間がいる事が確定した訳だ。
と、言うかだ。この品性の欠片もない雄叫びは……
「姐さんの声がしますわ!!」
「姐さんの声がするやん!!」
俺が決断を下すより早く、馬鹿二人がそう叫び駆け出した。
げに恐ろしき馬鹿の地獄耳。と言うか俺の体の調子がいい気がするのも気のせいな気がしてきたな……
「……とにかく追い掛けるか」
元街道、現瓦礫の山を駆け抜け、小高い丘を昇りきると眼下には崖にも似た急な下り坂。
その底には非常に見覚えのある女狩人と、どす黒い紫色の怪鳥の姿、そしてよく解らない小さな白い群れ。
何だ、あれは?
「姐さぁーん!!」
「今助太刀しますわ!!」
人が考察を終えるより早く、馬鹿二人が崖に近い下り坂から華麗に跳躍を果たした。
いや、坂道とは言え此処から下まで結構な高さがあるんだが……まぁ助けない訳にもいかないしな。
「……行くか」
砂利まみれの急勾配を方膝を付き、ランスを展開させながら一気に滑り降りていく。
「しゃぁっ!!」
「すわぁっ!!」
一足先に落下、もとい着地した馬鹿二人が黒い毒怪鳥の背後から、それぞれ両翼目掛け大剣を降り下ろした。
鈍い音が谷底に木霊し、赤い飛沫と稲妻めいた光が飛び散り、弾ける。
しかし、そいつの翼は黒くない。龍属性だろうが黒い部分を狙わないと意味がない。
しかし、それも難しいか……
奴等の足下には、大量の白い何かが蠢いている。
あれが何かはどうでも良い、まずは蹴散らす事が先決だ。
ランスに新しいカートリッジを挿し込み、狙いを定める。
「おい、3人!!」
「何だ!?」
「何か?!」
「何ですわ?!」
「上手く避けろよ」
『え?』
俺の射撃の腕はそこそこだが、これは狙ってどうこう出来る物じゃないからな。
とりあえず忠告はしたし、撃っても構わんだろう。
呆けた面をしている3人を無視して、躊躇わずに撃鉄を落とした。
話
撃鉄が落ちると共に、赤黒い刃の隣に備え付けられた銃口が火を吹き、一発の弾丸を弾き出す。
大きく、鈍い弾丸は、緩やかな弧を描きつつ毒怪鳥の背を直撃し、四方に弾けた。
そして、弾けた弾片は地に落ちた瞬間、毒怪鳥を、白い何かを、更にはリケ達を巻き込み激しく爆裂した。
真っ赤な爆炎は毒怪鳥の鱗を焼き、白い群れを飲み込み、リケ達を吹き飛ばした。
怒りに震えガチガチと嘴を鳴らす毒怪鳥を他所に、白い群れを余程の痛手を受けたのかワラワラと退散していく。
そしてその横で倒れている3人の狩人……見事に巻き込まれたな。
まぁ、別に謝る必要はないか。奴等もこれぐらいは許してくれ……
「オラァ、ダギィ!!」
「何するんですわ!?」
「せや、せや!!」
……
「避けろと言っただろうが」
「いや、無理だろう?!」
あぁ―、お怒りのところ悪いが、俺よりもっと違う所に気を使うべきだ。
主に後ろとか。
「姐さん!!」
「後ろですわ!!」
絶壁の頭頂部を掠め、蒼を桜の大剣が交差し、火花と共に弾き返される。
俺は反射的に馬鹿二人の一撃を弾き返し、絶壁の頭上に現れた毒怪鳥の石頭に、構えたランスを突き立てた。
黒ずんだ血飛沫が飛び散り、赤黒い火花を散らしながら、ランスの先端がズブズブと肉を突き破る感触が右腕に伝ってくる。
「さて、話しはコイツを倒してからで良いか?」
「いや……」
俺がそう言うと、絶壁は首を振り大剣の柄を掴み、
「今すぐにだ!!」
叫びながら上体を捻り込み大剣の刃を毒怪鳥の首に叩き込んだ。
毒怪鳥はそのまま噴水の様に、濁った血を撒き散らしながらその場にグラリと倒れた。
「今すぐ俺の話を聞け」
「わ、解った」
走
「走るぞ」
大量出血で力なくのたうつ毒怪鳥に、入念止めを刺したあと、絶壁が開口一番にこんな事を言った。
……何だ?
「話が有ったんじゃ無いのか?」
「時間がない!! 話しは走りながらだ!!」
何とも慌ただしいな。
何があったと言うんだ?
と言うか何故、お前が此処に居る?
「姐さん、何をそんなに慌ててんの?」
「姐さん、何故此処に居るのかしら? もしかして私に会いに!?」
あぁ……俺の言いたいことを代弁してくれるのは有り難いが、もう少し緊張感をだな。
「此処に来たのは変な気球を見掛けたからだ!!」
走りながら叫ぶ絶壁………と言うかそれは遠回しに俺のせいと言いたいのか?
「急いでいるのはアリー達が危ないからだ!!」
なんだ、絶壁だけでなくあの姉妹も来てるのか。面倒な……それはさておき、
「詳しく、手短に話せ」
見知った顔だ。身に危険が迫っていると言うなら、助けない訳にもいかないからな。
「あぁ、言われなくても手短に話すさ」
………………
宣言通り簡潔な話を終えると、絶壁は再び走る速度を速めた。
「なるほどな」
絶壁の話を聞く限り、確かに急がないとまずそうだな。
「恐らく、落ちた場所がフルフルの巣だったんだろうな」
俺は先程拡散弾で焼き殺した内の一匹を鞄から取りだした。
小さく、焼け焦げてはいるが、間違いなくコイツはフルフルだ。いや、正確にはフルフルベビーか?
とにかく、それが大量にいると言う段階でおかしな話だが、今さら大発生程度で驚ける様な場所でもないしな。
問題は、恐らく其処には成体のフルフルも居るだろうと言う事だ。
幾ら腕利きの狩人だろうが相手の巣で、人海戦術を……いや、竜海戦術を掛けられては長くは持たないだろう。
しかし、この街の外壁に地下なんて存在してたのか?
だいたい、今走ってる場所自体に見覚えが全くない。
俺が知らなかっただけか?
小さかったから覚えてないだけか?
それとも……
まぁいい、全ては行けば解る事だ。
「もうつく、準備は良いか?」
「勿論やん!!」
「勿論ですわ!!」
「さて、行きますか」
折角色々と準備してきたんだ。派手に行かせてもらおうか。
最終更新:2013年02月28日 11:41