『クロワー!!』
突然誰かが酒場のドアを威勢よく開け入ってくる。
頑丈な扉は蹴ったくらいでは壊れることはないだろうが、それでも中にいた者達からは冷ややかな目で見られる。
『…ご、ごめんなさい』
自分を見つめる者達にさすがに気圧されたのか少年が呟く様に謝る。
『ちょっとリロイ、何度言ったら分かるの?ドアは蹴る物じゃなくて手で開けるものよ』
『げ…センティア、帰ってたの……?』
文句を言いながら近づいてきた女に少年が苦笑いを浮かべる。
『「げ…」って何よ「げ…」って!私は帰ってきたらダメなのッ!?』
女はリロイの腕を掴むと━━━持ち上げた。
少年を、である。
少年と言ってもリロイは今年で17、体重にしても50kgはあるだろう。
ハンターとしての防具を着けているので実際はもっと重いだろうが。
それをセンティアはいとも簡単に持ち上げたのである。
当然リロイは平気なわけはなく……
『ちょっ!?センティア!!痛い、痛いって!!』
喚きながら暴れる。
しかし女はというと暴れるリロイを睨むだけである。
『今のはリロイが悪いよ、暫く反省したら?』
横のテーブルから、リロイと同じくらいの少年が言う。
『いや!だって、これ!手が千切れるって!!』
彼女が握っているのはリロイの手首だ。
男にしてはやや細い腕をさらに細い彼女の腕が締め上げる。
『反省したの?』
『した!したからっ!』
『本当に?』
『本当!昨日食べたオンプウオに誓ってもいい!!』
痛みで何を言っているのか分からないのか、それとも痛みから解放してほしいからかリロイは何やらわけの分からない事を叫ぶ。
『そんなモノに誓われても……ねぇ?』
『何だったら今まで食べたオンプウオ達にでもいいから!!』
『さらに意味わからないわよ……』
左手で眉間のあたりを押さえ、深いため息をつきながら右手の力を緩める。
床に尻から落ちた少年は慌てて自分の手を見つめる。
赤くなった自分の腕にセンティアの手形がしっかりと付いていた。
少年は涙目になりながら彼女の手形が付いた自分の腕に息を吹きかけている。
余程痛かったのだろう。
『しっかり反省しなさいね』
女はそれだけ言うと奥のテーブル、食べかけの料理がテーブルにあるので彼女の席だろう。
小さな笑いの起きる酒場をゆっくりと歩いていく。
『で?何慌ててたの?』
横のテーブルに座っていた少年がリロイに手を差し出しながら問う。
リロイは助けて貰えなかったのを根に持っているのか、拗ねた様な表情を浮かべたが素直に少年の腕を取った。
『え?だってクロワ怪我したんだろ?』
『したにはしたけど、そんな重たいモノじゃないよ。次の狩りにも出れるってさ』
少年は言いながら指で中央のテーブルを指す。
そこには包帯を巻いた青年が2人の仲間と笑いあう姿があった。
クロワがこちらの視線に気が付いたのか手を上げる。
リロイも恥ずかしそうに頭を小さく下げた。
彼もきっとさっきの騒動を見て笑っていただろう。
それが彼にとってどこか恥ずかしかった。
『それじゃ俺は何でセンティアに吊り上げられたんだ?』
『さぁ?きっと吊られるのが趣味だったとか』
『どんな趣味だっ!?』
友人に叫び返しながら乱暴に席につく。
『だいたいセンティアはちょっと乱暴すぎるんだよ、もうちょっと女らしくしても・・・』
言いかけてやめる。
ふと顔を奥のテーブルに向けて見ると“彼女”がこちらを見ている。
正直心臓が止まるかとリロイは思った。
ここから彼女の席まではおよそ10メートル、多く見積もれば15メートルはある。
怒りで多少声が大きくなったからといって呟きが聞こえる距離ではない。
そう、“普通”ならば。
だが彼らは普通ではない、彼らはハンターなのだ。
狩り場で小動物が草を掻き分ける音を聞き取る耳を持っている。
どんなに騒がしい酒場でも集中すれば大体の会話は聞き取れる耳をもっているのだ。
逆にそういった耳を持っていない者はハンターとして生きていけないのかもしれない。
何故なら狩り場ではそういった“小さなサイン”を聞き取れるかどうかが命運を別けるのだから。
『女らしくって、リロイお前センティアに気があるのか?』
『やめろってディオン、からかうなよ』
この2人の少年達、村に来ているメンバーの中では一番若い。
年齢もそうだが、他のメンバーから見れば新参といっていいほどだ。
何でも自分達の村では実力を認めてもらえないと言って、半ば家出状態で飛び出してきたというのだ。
その所為か一部の者達からは子供扱いを受けていた。
本人達もそれは納得いかないようだが、いずれは認めさせてやろうと必死に頑張っている。
『そう言えば次の狩りはどうするのかな?』
言ってディオンが真ん中のテーブルを見る。
そこには優男のアッシュと包帯を巻いたクロワ、大柄なヴィックが座り話をしている。
次の狩りの話をしているのだろか、その表情はあまり明るくない。
先も言ったとおりこの村は興されて間もない。
大きな依頼は滅多にまわってこないのだ。
『クロワの怪我も気になるよね』
大した怪我では無いと言うことだが、それでも万全というわけではない。
狩りに出て、小さな怪我が原因で命を落とした例など幾らでもある。
そしてその事はこの若きハンター達も知っている。
だからと言って依頼を受けないでいれば、益々減る一方だ。
何とかして知名度を上げ、村の存在をアピールしなければいずれ滅びてしまう。
誰も口には出さないが、誰もが胸の内で思っている事だろう。
この村はフラヒヤ山脈にの麓の山々に連なる山脈に興された。
当時ドンドルマと呼ばれる都市でハンターをしていた者達が興したとされる。
どういった経緯でそうなったのかは知る者は少ない。
ドンドルマの街は時折古龍と呼ばれる天災にも似た飛竜に襲われる事があるという。
そしてこの村の者達はそれらの脅威から逃げ出した臆病者だという噂もある。
最初にハンターとしてこの村にやってきたのは片眼鏡をかけたリベール。
そして優男のアッシュ、包帯を巻いた男クロワ、大柄の男のヴィックの4人である。
村の住人として狩りには参加しないが、酒場を支えるレイリアも初期のメンバーだそうだ。
その他にも大工のキーノ、道具屋のウェンアルス姉妹がそうらしい。
“らしい”とは住人達が昔の事を言いたがらないためだった。
元々ハンター達は他人の過去を詮索することはしないが、やはり興味が無いわけではない。
村長もおらず、村の名もまだ無いが、それでも彼らはここに根付こうと汗を流している。
そしてそんな噂を聞きやって来た者達もいる。
イントネーションが特徴的なウォルナット、この場にはいないが物静かなサクレ。
そして豪快な性格をした女ハンターのセンティアがそうだった。
他にも何人かいたそうだが、今はいない。
無茶をして命を落とす者、同じようにまた流れていく者、様々だ。
共に過ごせば普段は見えないような場所まで見えてくる。
それにこの地方は寒く、劣悪な環境にあると言える。
「新しく村を興す」と言えば聞こえはいいかもしれないが、実際は厳しいどころの話ではない。
依頼も少なく、人もいない。
明日を食べることにも不安を覚え、今日を過ごせるかどうかも確証はない。
そんな現実を見て幾人かはこの村を去っていったという。
選んだ場所が悪いといわれればそれまでだが、それでも彼らは耐えた。
寒さに耐え、飢えに耐え、飛竜との戦いに耐えた。
そして人が住める環境はようやく整いつつあった。
この村で二年目の時が始まろうとしたとき、この2人の少年がやってきた。
彼らの村では成人するまでは狩りにさえ同行させてもらえなかった。
だが、この村は違った。
仲間たちからは子ども扱いは受けるにせよ、狩り場ではハンターとしてみてくれる。
それが少年達には嬉しく、また厳しかった。
一人前のハンターとして見てくれるという事は、逆に少年達がどんな怪我をしても過度の保護はしない、という事だ。
しかし、それは少年達も分かっている。
だからこそ少年達はこの村に来たのだ。
最初村の人間達はすぐに逃げ帰るだろうと思っていたらしい。
事実この村では大人ですら逃げ出すような環境だったからだ。
だが、予想に反して少年達は残っている。
それは恐らくこれからも変わらないだろう。
『次の狩りの依頼が来たぞ!!』
酒場に背の高い男が駆け込んでくる、大工のキーノだ。
彼は元ハンターだったのだが、怪我が原因で引退し、大工になったと以前酒の席で言っていたのを覚えている。
悲しそうな瞳をしていたが、別段落ち込んでいるわけでもないようだった。
今では立派に大工の仕事をこなす他、こうしてギルドの使いからの依頼を持ってきたりしている。
『マジか!依頼はなんだよ!?』
一番に声を上げたのはリロイだ。
この辺りは若さのなせる業だろう、目を輝かしながらキーノに近づいていく。
だが、それは他の者達も同じでリロイほどではないにせよ皆一様にキーノの言葉を待っている。
『聞いて驚くな、次の依頼は何と2件だ!』
キーノも感情が高ぶっているのか声が震えている。
『2件もっ!?』
採取の依頼ですら2件同時にきたことは無い。
否応無く酒場に熱がこもって来る。
『内容は!?内容は何だよ、早くの言えよ!!』
ヴィックが身を乗り出しキーノに問う。
前の依頼に参加できなかった事もあるのだろう、今にもキーノに掴みかかりそうだ。
『聞いて驚くな、次の依頼は━━━』
『勿体つけてんじゃねぇよ!!』
わざとゆっくりと話しているのだろう、キーノは中々言おうとしない。
これでは怒ったヴィックに掴みかかられるのも時間の問題だ。
『雪山の主の討伐!』
一同に完成が上がる。
雪山の主といえば、ドドブランゴと呼ばれる牙獣種だ。
極寒の雪山に適応すべく厚い体毛と高い体力を備えた恐るべき生物だ。
飛竜種ほどではないにせよ、十分に強敵とされている。
また群れのリーダーであるドドブランゴは、手下であるブランゴを従えている。
戦闘時にブランゴの姿が見えずとも、ドドブランゴの咆哮一発で駆けつけてくる。
雪に足を取られる場所での乱戦は危険極まりない。
故に仲間を呼ばれたら一度距離を置くのが定石とされている。
また彼らは雪山一体のボスであり、フラヒヤ山脈一帯を生息地としている。
この山脈に村を興した以上彼らとの戦いは避けて通れないのだ。
『もう一つは?』
リベールがいつの間にやらキーノの隣に来ている。
ヴィックが面白くなさそうな顔をしたが、それも一瞬で消えた。
『それがなぁ……』
『どうした?』
キーノが頭を掻きながら口ごもる。
元々このキーノと言う男は隠し事をする男ではない。
寧ろ思ったことをズバズバ言う男で、彼に落ち込まされる者は多い。
『手ごわい相手なの?』
リベールの横に立ったレイリアが心配そうに言う。
キーノが言葉を濁すのだから、余程の依頼だと感じているのだろう。
『いや、そういうわけじゃないんだが……』
『なら、早く教えてくれよ!』
リロイも焦らされるのは堪らないといった表情でキーノの裾を掴む。
『そうやで、あんま待たされるとやる気なくなるしな』
ウォルナットだけはカウンターの椅子に腰掛けたままだった。
『やる気がないなら降りてもいいんだぞ』
ヴィックが睨みながらウォルナットに言う。
が、彼は相手にせずグラスを傾け、中身を飲み干す。
『好きにしたらええやん』
それだけ言うとウォルナットは出口へと向かう。
『どこに行く気だ?』
『サクレを呼んできたらんとな、仲間外れは誰だって嫌やろ?』
ウォルナットの言葉にリベールはこの酒場にいない仲間の顔を思い出した。
ちょうどウォルナットが酒場に入ってきた時に出て行った者だ。
軽く手を振りながら出て行く彼が気に入らないのか、ヴィックは軽く舌打ちしキーノに向き直った。
『それで依頼は?』
『依頼は━━━』
皆固唾を呑んでキーノの言葉を待つ。
時間にして僅か数分の事だろうが、酷く長く感じられた。
何もそこまで勿体つけなくてもと誰もが思った、キーノの言葉を聞くまでは。
『依頼は、古塔の探索』
時間が止まったかと思った。
誰も一言も発せず、身動き一つ取れない。
ただ、時計の針が動く音だけが酒場に響く。
『こ、古塔って……?』
何分が経過しただろう、1分や2分ではない。
最初に堰をきったのはリロイだった。
古塔が何なのか分からない、といった表情を浮かべている。
しかし、それは他の者も同じだった。
皆、リロイの質問に対する答えを持っていないのだ。
『古塔とは━━━』
『知ってるの、リベール!?』
男が左目にかけた眼鏡をいらいながら口を開く。
だが、この男もまたすぐに続きを話そうとしない。
思い出しながら喋っている、といった感じではない。
どちらかと言えば、慎重に言葉を選んでいるといった感じだ。
『古い……塔だ』
リロイの笑顔が硬直する。
他の者もリロイと同じく引きつった表情をしている。
ただ、レイリアだけが呆れた顔でため息をついていた。
『あんなぁリベール、いくらなんでもそれは無いやろ……』
『そうだ、そうだ』
ウォルナットが半眼でリベールを睨みながら言う。
周りも口々に声を揃えて彼に続いた。
その塔が古いかどうかは“古塔”と名があるので、聞かずとも分かる。
大体、リロイはそんな事を聞きたいわけではない。
その塔がどこにあって、どんな場所なのかを知りたいのだ。
『む…?』
何故反感を買っているのか分からないといった感じでリベールが唸る。
『古塔は古いんだぞ。それはもう、太古の歴史が滲み出ているくらいに』
懸命に取り繕ってみるが、誰も笑ったりしない。
彼が“知ったかぶり”をしていると思われているのだろう。
『で、古塔とはどんな場所なんだ?』
ヴィックが言葉に怒気を込めながら言う。
リベールが口を開こうとしたが、それをレイリアが手で止める。
『古塔とはその名の通り古い塔ね』
『つまらない冗談はやめろ』
レイリアの言葉でヴィックの顔に益々赤みが増す。
つまりは怒っているのだ。
人はやはり、自分が知らないというのは面白くないと感じる。
そこに面白くもない冗談を言われれば怒るのも当然である。
『話は最後まで聞きなさい。いい?古塔は遥か太古に建造されたとされる塔よ。
その目的や、どうやって建設されたのかさえ分かっていないわ』
レイリアが指を立て、ヴィックを座らせる。
レイリアはハンターでこそないが、こういった類の知識を豊富に蓄えている。
その知識は豊富で、狩り場の事から
モンスターの事まで多岐にわたる。
しかしそうでなければ彼女が酒場を任されるわけがない。
酒場とはギルドの顔でもあるからだ。
今回はギルドの使いがキーノに声をかけたが故にキーノが説明したが、
本来ハンター達へのクエストの説明は彼女がしている。
やがて村が栄え、酒場が大きくなれば専用の窓口もできるのだろうが、
小さな町や村では大抵酒場とギルドの受付は兼用されている。
『そんなとこに何をしに行くんだろう?』
もう一人の少年、ディオンが呟く。
確かに古の遺跡の調査などハンター達が行なっても何かが得られるわけではない。
稀に考古学の真似事の様な事をしているハンターもいるが、やはり専門家には敵わない。
ディオンが疑問に思うのももっともだった。
『遺跡調査をする人達の護衛とかちゃうの?』
『いや、そんな事は書かれていない……』
ウォルナットがキーノから依頼書を受け取り目を通すが、確かにそんな事は書かれていなかった。
では何のためにハンターを遺跡に向かわすのか、答えは簡単だ。
専門家などが調査するのに邪魔なモンスター、あるいは飛竜がいるのだろう。
ゆえに調査隊が派遣される前にハンターを向かわせ、危険因子を取り除いておくのだ。
危険なクエストになるのは間違いないが、その分見返りも大きい。
誰も足を踏み入れない場所だからこそ、未開の場所だからこそ得られる物がある。
その場にいるモンスターや飛竜にしても通常の狩り場ではお目にかかれない個体に出会えるかもしれない。
まして古塔などという滅多にお目にかかれない場所ならばなお更だ。
自然と胸に生まれた期待が大きくなるのが分かる。
こういった場所でしか手に入らない物は多い。
子供の頃に御伽噺で聞いた伝説の剣。
龍を鎮め、魔を払うとされる伝説の封龍剣。
ハンターならば誰もが一度は夢見るだろう。
「自分もいつか手にしてみせる」と。
しかし願いが叶うことは少ない。
何故なら“そういった”場所にいける機会を手にするハンターは意外に少ないからだ。
場所そのものの気候が安定せず、行ける機会も限られる。
また、その場所に行ったとしても“何かがあるとは限らない”のだ。
龍を討つといわれる伝説の封龍剣。
それは決して伝説ではない。
古塔や火山などの太古の面影が残る場所で稀に見かける事ができる。
多くの物は長い年月を経て、風化してしまっているがそれでもその力は衰えてはいない。
それは過去の技術がいかに優れていたのかを示すものだが、今となってはその栄華は見る影も無い。
現在はギルドでそういった技術の解明に取り組んでいるのだが、芳しくはないようだ。
《太古の遺産》は手に入れるまでも多大な労力を必要とするのは言わずとも分かるだろう。
だが、意外に知られていないのは“手にいれてからの労力”だ。
過酷な環境下に長年放置され続ければ、刃は錆びに覆われ力を失っていく。
大地の結晶と呼ばれる結晶石で研磨し、錆びを落とすという方法が取られるのだがそれも容易な事ではない。
大量の結晶石が必要になる上に、金額も膨大な額となる。
さらに研磨し、過去の姿を取り戻したからといってそれが伝説の封龍剣とは限らない。
太古の武器の代名詞ともされる封龍剣だが、遺産はそれだけではないのだ。
例え竜殺しの力を持っていなくても、長い年月を超えてきた武器は存在するのだ。
それも太古の技術力の高さを現しているのだが、手にした者は面白くない。
貴重な鉱石を大量に使い、多額の金をつぎ込んだものが封龍剣ではないと分かれば面白いはずが無い。
それでも太古の遺産を求めるハンターは後を絶たない。
封龍剣を持てば《空の王》と称される火竜リオレウスですら赤子の手をひねるようだと伝えられる。
されに伝説の
古龍種ですらも、その剣を避けて通るなどの信じがたい逸話も存在する。
御伽噺のようなモノを鵜呑みにしている者は少ないだろうが、それでもハンター達は太古の遺産を求める。
噂の尾ひれ背ひれがあるとしても、確かにその剣には竜を討つ力があるのだから。
もしその剣を手に入れる事ができれば、失った金や素材などあっという間に取り戻せるだろう。
そればかりか更なる富や名声も得ることができるのだ。
つまりそんな“モノ”が眠っているかもしれない地に行けるというのだ、皆が浮き足立つのも無理は無い。
『依頼は2件か……どうする、リベール?』
アッシュが何かを考えこんでいたリベールに声をかける。
しかし、彼はよほど考え込んでいるのかアッシュの言葉が届いていないようだった。
腕を組み、時折何かを呟いている。
それもそのはず、今は迂闊な発言はできない。
彼がリーダー格ならば尚更の事だ。
この村に依頼が回ってくる事自体が珍しい。
その度に誰がクエストに出向くのかといった内容でいつも争いになる。
ハンターである以上、やはり彼らの生き甲斐は狩りだ。
それは誰もが分かっている事だ。
しかし、クエストに出発できる人数は決まっている。
ハンターの道を切り拓いたある人物への敬意を込め、そうなったと言われている。
だが、人数が決まっている以上村に残らねばならない者も当然出てくる。
それは必然だし、誰にも違えることはできない。
だからこそ争う、「俺を狩りに行かせろ」と。
この村に集まっているハンター達は皆若い。
そういった意味でも争う。
若さが彼らを突き動かす、といったところだろうか。
通常の村であれば村長といった、ある意味“指針”となるべき者がいる。
長い年月を生き、経験を積んできた村長がギルドを仕切ることで纏まりを得ている。
当然そういった決まり事を嫌う若者もいるが、口答えする事はあっても逆らう事はない。
反抗したところで、そうそう上手くはいかないものだ。
大概は上手に丸め込まれてしまう事の方が多い。
しかし、この村のリーダーであるリベールは若い。
それに加え彼もハンターである。
それが一種の不平を生む事となっている。
つまりは“彼が自分ばかりを狩りに行っている”と思う者が出てくるのだ。
実際そういった事も何度かあった。
血気盛んなヴィックとはよく揉めていたりもする。
ヴィックほどではないにしろ、他の者達も思う所があるようだった。
『そうだな……』
『待てよリベール。次は俺に任せるんだろ?』
ヴィックが怒気を含んだ声で言う。
一歩前に出た彼に皆の視線が集まった。
酒が入っているのか彼の表情は赤く染まっている。
それが怒りによるものなのか、酒によるものなのかは周囲の者には判断できなかった。
古塔という見ぬ場所への期待からくる高揚なのかもしれないが。
『待ちなさい、ヴィック。貴方の言いたい事は━━━』
『うるさい、黙れよアッシュ。お前はいいのか?
このままリベールに任せてたら俺達は失敗が続くかもしれないんだぞ!!』
『お、落ち着けよヴィック……』
ヴィックがアッシュの胸ぐらを掴み詰め寄る。
その勢いでか、近くにあった椅子が激しい音とともに転倒した。
掴み上げられたアッシュは苦しいのか顔を顰めている。
『そこまでや、ヴィック。お前の言う通り、リベールに任せてたら失敗するかもしれへん。
でもな、お前に任せたら成功するかって言うたらそれも分かれへんやろ?』
『俺が失敗するって言うのか!!』
アッシュを手放したかと思うと、ヴィックは電光石火の素早さでウォルナットに詰め寄る。
それでも彼は冷静に、ヴィックが伸ばした腕を掴み返した。
『アホ、落ち着かんかい。そんなモン誰に任せても成否なんて分かれへん。
それでもお前は“確実に成功させれるんか”?』
ウォルナットの言う通り、狩りの成否など事前に予測する事などできない。
そんな事が可能なら、誰もが失敗のない確実な勝利を選ぶだろう。
『だったらどうするんだ…!』
ヴィックが歯を噛み締める音が響く。
その表情は悔しくて堪らない、といった感じだ。
『そうやな、リベールに任せるのは納得いかんのやろ?』
ウォルナットの問いに視線で答える。
『だったら……』
ウォルナットはカウンターにいる人物に視線を投げかけた。
『レイリアさんに決めてもろたらええねん』
『なっ!!?』
ウォルナットの信じられない提案に一同が一斉に驚きの声を上げる。
その中、涼しい顔をしているのは提案した本人と、指名された彼女だけだ。
しかも彼女は驚くどころか、嬉しそうな笑みを浮かべている。
その表情は新しい玩具を手に入れた子供━━━いや、寧ろ魔女だ。
国を乗っ取れる算段でも浮かんだかの様な笑みだ。
『ふざけるなッ……!』
『別にふざけてなんかないで?』
掴みかかろうするヴィックの腕を片手で払いながらウォルナットが言う。
レイリアは酒場の主として、この村の皆が狩りにでかけるところをずっと見てきた。
しかし、それは彼らハンターの実力を“全く知らない”のと同意である。
共に狩りに出たことがなければ、ハンターとしての実力など分かるはずも無い。
ヴィックが怒るのも当然だった。
『このまま話し合っても決まらんやろ?せやったらスパって決めれる人が決めたらええねん』
ウォルナットが笑いながら言う。
しかし、それはヴィックを落ち着かすどころか、火に油を注ぐ仕草に他ならない。
見る見るうちにヴィックの顔が朱に染まっていく。
ここまできたら“キレる”寸前だ。
このままでは酒場にいるレイリアの除いたメンバーで大乱闘になる。
普段は落ち着いている者も、そうなれば喧嘩に参加するからだ。
喧嘩を収めるには幾つかの方法がある。
一つは両者を抑える事。
そしてもう一つは頭に血が上った者をのしてしまえばいいのだ。
そうすれば自然と喧嘩は収まる。
リベールやアッシュ、ディオンが喧嘩に参加するのは“その為だ。
もっとも相手はハンター。
体力も有り余る相手を楽に倒すことは容易ではない。
『ちょっと。カウンターとか壊さないでよ』
当人達をまったく心配していないような言葉を残してレイリアが厨房へと戻っていく。
彼女はハンターではない、普通の女だ。
彼らハンターに殴られれば、それこそ命はない。
喧嘩が始まる前に隠れるのは懸命な判断だ。
『喧嘩するなら、外でしなさいよ』
センティアが酒の入ったグラスを傾けながら言う。
煽っているかのような口ぶりだが、そうではない。
“止めても無駄なのだ”。
だからこそ、遺恨を残さないように当人達に決着をつけさせるようにする。
さすがにやり過ぎないように止めたりはするが、基本的には好きにさせるのが一番良いとされる。
『あんな、俺は別にお前と喧嘩したいわけじゃないで?』
『怖気づいたのか?普段偉そうな事いっておきながら、とんだ小心者だな』
『待て、俺が小心者やと……?』
『違うのか?』
ヴィックの言葉にウォルナットに影が差す。
彼も普段は温厚な人物だが、頭に血が上ると自身を抑えれなくなるタイプの人間だ。
故にこの2人は相性があまり良くない。
意見が合っているときは問題ないのだが、一度対立するとまず喧嘩になる。
『はーいはい、そこまでよ。みんなこっちに集まりなさい』
一触即発の空気の中、女の声が響く。
その声は良く通る、美しい声だが、今の雰囲気には酷く場違いな気がした。
『狩りに行くのは8人でいいのよね?センティアはどうするの?』
声の主はレイリアだ。
厨房に戻ったのは退避するためではなく、手に持っているものを取りに戻ったのだろう。
声をかけられたセンティアは、顔をあげると静かに首を振った。
『あたしはいいわ。牙獣種は嫌いだし、
ハンマー使いのあたしには封龍剣も興味ないしね』
『そう?』
簡単に返事を返すと、レイリアは皆の前に手を差し出す。
その手には、筒があった。
筒からは銀色の棒が八本飛び出している。
それはつまり━━━
『くじ引きで決めましょう。フォークを引いたら古塔の依頼、ナイフなら雪山の依頼を受けること。いいわね?』
そして8人は一斉に彼女の持つ銀色の食器に手を伸ばした━━━