ダウン気味の朝
二日酔い
一夜明けて…
カラン‥
「オハヨウゴザイマス~。」
何時ものように扉を開くルディ。集会所の中ではハル達と村長(何時帰って来たのか?)と正座をさせられるロードが居た。
「義兄さんどうしたの?」
今の状態を理解出来ないルディがハル達に尋ねた。
「今朝、残りの片付けをしてたらさ…」
「村長が帰って来て、この前の騒ぎがバレたんですよ。で…」
「説教…」
三つ子が交代で説明する。
ルディはその説明で、20代後半のオッサンが見た目年下(実際は違うが…)に説教されている訳を理解した。
とりあえずルディは説教を受けている義兄は無視して集会所を見回した。
「ゲドさんとリリーさんはどうしたんですか?…あとカインさんも。」
今度はお茶を持って来たコジロウに尋ねる。
「ゲドさん達はまだ寝てますニャ。マスターはギルドから緊急の呼び出しを受けて都市に行きましたニャ。」
コジロウが手短に説明をする。
そんな話をしていると集会所の奥の扉が開いた。
「おはよう…」
扉からは顔色がブルーを通り越してパープルに成っているゲドが現れた。
「大丈夫ですか、ゲドさん?」
ルディがゲドに駆け寄る。
「昨日母さんと飲み過ぎてさ…だから酒は好きじゃないんだよ‥」
苦笑いしながら、フラフラとよろめくゲド。そして昨日飲み過ぎた訳を簡単に説明する。
「じゃあリリーさんも二日酔いなんでしょうね。」
ルディが水を渡しながら言う。だろうね、と言い笑うゲド。すると再び奥の扉が開いた。
「オハヨウ~♪」
其処からは上機嫌のリリーが現れた。
自分の倍近い量の酒を呑んでいた筈のリリーを見て唖然とするゲド。
「オハヨウゴザイマス、リリーさん。」
「母さんオハヨウ‥何で平気なんだい?」
パープルな顔色のゲドを見てリリーがニヤニヤ笑う。
「若いね、サイちゃん。アタシは幾ら飲んでも一度寝れば回復するのさ!」
満足気に言うリリーを見て、ゲドはゲンナリした気分になった。
「あら、本当に来てくれたのね?」
リリーの声に気付いて村長が此方にやって来た。(その後ろでは逆さ吊りにされているロードを、ハルが必死に下ろそうとしている。)
「久しぶりロッタさん。DVは控え目にする事をお勧めするよ?」
後ろで見る見る生気が無くなっていくロードを見ながらリリーが言う。
「アレは愛の鞭よ」
村長がケラケラ笑う。
「で、旅はどうだったのかな?」
リリーが真剣な面持ちで聞くと、村長は大きく溜息をついた。
旅先と異変
焼かれた家、村中を埋め尽くす竜の足跡、そして大量人だった物…
つい数日前までは幸せな暮らしを送っていたであろう人々が、今は物言わぬ亡骸となってそこら中に転がっている。
そんな風景が旅先の村の半分を締めていた。
「大丈夫な村は大丈夫だったけど、それ以外は酷い有り様だったわ。」
村長が暗い顔で言う。
「最近の
モンスター達は何かおかしいのよ。どの種類も大量に発生し過ぎてる…こんなのは異常だわ。」
村長が続ける。
大量発生、この単語はつい先日の事を連想させる。
その前のランポスやゲリョスの襲撃は人為的な物だった。
しかし、先日の怪鳥達の襲撃は人為的な物ではない。何故ならやる人間(マキル)がもう居ないからだ。まぁ違う人間が居ないとも限らないが、それにしても数が多すぎる。
更に村長の話ではそんな竜の群の襲撃が各地で起きているらしい。
ここまで来ると何か大きな異変が起きていると考えたくなる。
「じゃあカインさんもその事でギルドに呼ばれたのかもしれませんね。」
ルディが言う。確かにギルドがそれらの事態に対して、何らかの対策を取るためにカイン等を召集していると言う可能性は十分にある。
「まぁどうでもいいですけどね。」
ルディが言い放つ。ゲド以外には殆ど興味が無いのか?
「所で皆様、朝食は何が良いですニャ?鶏肉限定ですがニャ。」
ムサシではなくコジロウが言う。
「‥ムサシはどうしたんだい?」
「子供達を連れてこの前僕が使っちゃった爆薬の補充をしてますニャ。だから今日の朝食は僕が作りますニャ。」
コジロウがゲドの問いに答える。‥爆薬の調合に子供を連れて行くのはどうかと思うが‥
『チキンライスがいい!』
三つ子が口を揃えて言う。
「じゃあ俺は『あんたは朝食抜きだよ。あ、私はオムライスね。』
ロードの言葉を遮って村長が言う。それを聞いたロードが両膝を付き、うなだれる。
「焼き鳥で頼むよ。」
続いてリリーが言う。また飲む気だろうか?
「あたしもオムライスを下さい。ゲドさんはどうしますか?」
「俺は‥雑炊でいいよ。」
ゲドが言う。未だに顔色がパープルだ。
「判りましたニャ。暫し待ってくださいニャ~。」
コジロウはトテトテと厨房に消えて行った後、トントントンと調理をする音が聞こえて来た。
料理を待つ間、思い思いにくつろごうとする面々…が
カランカラン
『母様!!』
ニィムとネイダが集会所に駆け込んで来た。直後…
ドガァァァア
村に爆音が響いた。
朝食前の来訪者
訪問
デカい爆発音に続いて連鎖的に地響きと爆音が木霊した。
「…!?」
グラリと揺れる集会所。ムサシが爆弾の調合をしくじったのだろうか?…と言うよりどんだけ爆薬を溜め込んでいたのか?
「…ムサシが何かやったのかい?」
顔色が更に悪くなったゲドが子供達に聞くが、子供達はブンブン首を振った。
『表に竜が‥』
ドガァ
更に響く爆音、数秒後、黒焦げになったムサシが集会所の中に転がり込んで来た。
「ゲフッ‥二、ニャロウ‥今日の朝飯にしてやるニャ。」
ムサシが全身の焦げた毛を振るいながら言う。
「何があったの?」
村長が子供達に聞くが、彼等が答える前に外から答えが聞こえてきた。
『ギャァァア』
空気を震わす叫び声が集会所内にまで響いて来た。
『母様、村の中に竜が!!』
漸く子供達が言う。
「わかったわ、貴方達は奥に居なさい。大丈夫、すぐに終わるから。」
村長はニコッと子供達に微笑むと、ロードの方を睨んだ。
「ロード!!」
「な、何でしょうお母様!!?」
村長に睨まれたロードの声がひっくり返る。
「あんたに名誉挽回のチャンスをやろう。竜の討伐で活躍すれば、この前のミスはチャラにしてアゲル。」
「お…オッシャァァァア!!」
村長の言葉にロードが吠える。
『婆様、僕達は?』
「貴方達は朝ご飯が増えるのを待ってなさい。」
ハル達の言葉に村長がニタリと笑って返す。
「ニャアも行くのニャ。と言うか、奴は活け作りにでもしてやらんと気が済まんニャ。」
何時装備を整えたのか、ムサシが言う。
「ゲドは…無理みたいだニャ。」
二日酔い悪化中のゲドを見てムサシが言う。
「じゃあ私が…」
「お嬢ちゃんは内の愚息の看病でもしててくるかな?代わりにアタシが行くからさ~♪」
立ち上がろとするルディをリリーが止める。
「でも…」
ルディがインナー一丁のままのリリーを見て、渋ろうとするが…
「まぁ、息子をよろしくね、彼女さん♪」
「ハイ!!」
アッサリ言いくるめられた。
結果
準備万端のムサシとロード
私服の村長
インナー(装備なし)のリリーが表に出た。
集会所の外には一頭のリオレウスが食糧を漁っていた。
無防備な火竜のコメカミに村長が矢をぶち込んだ。
食事を邪魔された火竜が、不快感剥き出しの視線を此方に向けた。
「お早う間抜けな火竜さん。ようこそあたしの縄張りへ…とりあえず朝食前だから早く死んでね。」
村長がスラスラと言い上げると共に弓を構えた。
朝飯前
威嚇の雄叫びをする火竜だが、間合いの外に居る村長達に効果はない。
『バーカ。』
村長とリリーが蔑む様に笑い、矢を放つ。矢が雨霰の如く降り注ぐ。
「コッチにも居るぞ。」
「捌いてやるニャ。」
矢のスコールの隙間を縫う様にしてロードとムサシが火竜に迫る。
2人が一気に飛びかかるが、火竜は一瞬で空に逃げ出した。
空に舞い上がった火竜は、見下す様に此方を見ると口一杯に赤を溜め込んだ。
そして次々に炎弾を吐き出した。炎弾は草を砕き、大地を抉る。一発喰らえば黒焦げ間違い無しだ。
そんな炎弾が数十センチ横を掠めるが、リリーは顔色1つ変えない。
「アタシ、見下されるのは嫌いなんだよね。」
「あら奇遇ね、あたしもよ。」
リリーと村長が顔を見合わせてニヤリと笑い、目一杯弓を引く。
『サッサと墜ちてこい。』
冷たい言葉と共に矢を放つ。縦と横に裂けた矢が、火竜の体に赤い十字を刻み込んだ。
呻き声を上げ落下する火竜。それを落下地点で2人が待ち受ける。
「お帰り。」
「そしてサヨナラニャ。」
ニヤリと笑い、武器を構える。
落下の衝撃にもがく火竜の頭だけを徹底的に切り刻む。毒液と血を撒き散らし、火竜の頭部が醜く変形する。
目に見えて死が近付くリオレウス、だがまだ死んでは居ない。
尾を振るい、集る2人を払いのけ大きく息を吸う。
大量に吸い込んだ空気と共に吐き出された轟音が周囲の空気を激しく揺らす。
近距離に居た2人は鼓膜を襲う爆音に耳を塞ぎ、無防備にしゃがみ込んだ。
‥だが、火竜からの攻撃が一切来ない。
「もう終わったわよ?」
村長が2人の頭を小突く。横を見ると既に息絶えた火竜が横たわっていた。
「青猫君、ご飯出来たかい?」
「もう少しですニャ。」
‥正に朝飯前。
ムサシは邪悪な笑みを浮かべながら、黙々と火竜を捌いていた。
日常
ブルーの飲み物
『お待ちどうさまですニャ~。』
コジロウが面々にテキパキと食事を配る。
チキンライス3つ、オムライス2つ、焼き鳥とお酒が一人前、鶏雑炊がテーブルに並ぶ。
「召し上がれですニャ。」
『イタダキマ~ス♪』
一同が声を揃えて言う。
しかし、ゲドはグッタリしたまま食事に手を伸ばそうとしない。
「食べさせてあげましょうか、ゲドさん?」
ゲドを見かねてルディが言う。
「いや、流石にそれは恥ずかしいよ。」
「ゲドさん、あ~んしてください。」
ゲドを無視してスプーンを差し出すルディだが、
「良いよ、ルディ。自分で食べれ‥」
『喰え。』
ルディの声のトーンが一瞬だけ変わる。その声を聞きいたハルの背筋に悪寒が走った。
「た、食べます。」
「はい、あ~ん。」
ゲドがルディ(裏)の気迫に圧倒される。
「アタシの息子はもう尻に敷かれてるんだね?」
「みたいね。」
リリーと村長がニヤニヤ笑う。
「あの~‥俺の朝飯は?」
ロードが恐る恐る村長に聞くと、
「あぁ、それなら‥」
「お待たせニャ。」
村長が言うと共にムサシが入って来た。その手には先程の火竜の生肉と骨が握られていた。
「それがあんたの朝ご飯よ。」
「えーっと‥生なんですが…」
ロードが肉を見て言う。「まぁ見ておけニャ。」
そう言うとムサシが肉を網の上に置き、手に持った骨をへし折った。
生々しい骨髄が剥き出しになった瞬間、赤い炎を噴き出した。
「火竜の骨髄は空気に触れると発火するのニャ。」
ムサシが言いながら、塩胡椒を振り、肉をコンガリと焼き上げた。そしてブルーの飲み物を置いた。
「出来上がりニャ。」
「全部食べても良いのか?」
「勿論よ。」
村長がニッコリ笑う。
「イタダキマース。」
ガツガツと肉を頬張るロード、新鮮な火竜の肉は想像を絶する程美味かった。が、
「ゲフゥ!?」
ロードがぶっ倒れた。…「毒まみれの肉にしたんだから自分で処理しなさいよ、ロード?」
村長の一言でロードはブルーの飲み物が解毒薬だと気付いた。…よくよく考えれば、毒を注入しまくった肉なので、こうなるのは必然だった。
「い、イエスマイマザー…」
ロードがそう言うと集会所に居た全員が一斉に笑い出した。
‥楽しい何時も通りの日常‥
しかし、それを崩す予兆、古龍達の出現、竜達の異常発生、巨龍の進行が、日常の終わりが近い事を告げていた。
童歌
僻地の村
グラグラと揺れるギルドの荷車、その中には5人のハンターが乗っていた。その中にはカインとキールの姿が有った。
「火山付近の僻地の村‥ねぇ。」
カインがボソリと言う。
今回ギルドが彼等に言い渡した任務は、最近のモンスター達の異常発生が関係している。
各地で群れを成し、移動と襲撃を行う飛竜達。最近のギルドの専らそれらの駆逐と街の護衛でてんてこ舞いだ。
そんな猫の手も借りたい状況で、何故カイン達がこんな僻地に派遣されたのか?
それは、各地の被害状況を纏めていて、アル事が分かったからだ。
それは襲撃の頻度で地域区切ると明らかになる。被害の頻度で分けると、ある一点を中心にした円形になっているのだ。
つまり、竜達はその一点から逃げる様に移動をしていると考えられる。
その事に対する調査がカイン達に課せられた指令なのだ。
そして今荷車が到着したのが、その一点に一番近い村なのだ。
「旦那、着きましたよ。」
キールが荷車から飛び降りながら言う。
「あぁ、じゃあ儂らは準備があるから、貴様は先に村人に聞き込みをしておけ。」
カインが身体中の骨をバキバキ鳴らしながら言う。
「了解しました。」
キールは素早く商人の格好になると村へ入って行った。
カイン達は荷車から装備やら道具やらを取り出し、ゆっくりと村へ入って行った。
僻地とはいえ、何の変哲も無い普通の村。村人は少し少ないようだがロッタ村よりずっと栄えている。(こんな事を言うと村長に殴られる)
村の中心へと向かう太い道を歩いていると、小さな脇道から子供達の遊ぶ声と鞠の弾む音が聞こえてきた。
手鞠の弾む音に合わせ子供達が歌を歌う。その歌は微かにカインの心を掻き乱した。
脇道から響く童歌…
『キョダイリュウノ
ゼツメイニヨリ
デンセツハヨミガエル
彼の者の名は…「旦那、宿が取れましたよ?」
歌に聞き入るカインをキールの一言が呼び戻した。
「あぁ、分かった。」
脇道からの歌はもう聞こえない。
「彼の者の名は…?」
小さく呟くカイン。
「何言ってるんですか、旦那?」
「いや、何でもない。」
カインは歩き出す。胸に気持ち悪い何かを渦巻かせたまま…
年を重ね、知を蓄え、感じなくなった大人達は気付かない。
しかし、子供達は気付いている。かの者の存在に…
路地裏から響く童歌
誰が教えた訳でも無い手童歌
誰も知らない童歌
子供だけが歌う童歌
その童歌が歌うのは確かな終わり…
偏狭の村
偏狭の村、ロッタ。
この村にも終末の歌が響き出す。
日が大きく傾いた村の集会所。
テンテンと跳ねる手鞠の音に乗せ、子供達が歌う。集会所に居た面々はそれを気にする訳でも無く、ただ聞き流す。
キョダイリュウノ
ゼツメイニヨリ
デンセツハヨミガエル…
其処でその歌は途切れた。
『母様はこの先知ってますか?』
ニィムとネイダが村長に尋ねる。村長は少しだけ眉間に皺を寄せた。
「その歌は誰に聞いたの?」
「この前来てた」
「商人さんの子供に聞いたの。」
村長の問に子供達は素直に答える。
「そう、その歌はあたしも昔‥あたしの婆様から聞いたわ。」
「母さんの昔って何世紀前なんだ?」
後ろでフザケた事を言ったロードの顔面に、音速を超えた蹴りが叩きこまれ吹き飛んだ。が、あまりの速さに誰も気付かない。
村長は小さく咳払いをすると、童歌を歌い出した。
『キョダイリュウノ
ゼツメイニヨリ
デンセツハヨミガエル
数多の飛竜を駆逐せし時
伝説はよみがえらん
数多の肉を裂き 骨を砕き 血を啜った時
彼の物はあらわれん
土を焼く者
鉄を溶かす者
水を煮立たす者
風を起こす者
木を薙ぐ者
炎を生み出す者
その者の名は…』
「この先は忘れちゃったわ。」
その歌詞の不気味さに静まり返る集会所。
だが子供達の、エーッと言う不満げな声がその空気を掻き消した。
「母さん、とうとうボケたか?」
ロードの顔面に光速を超えた膝が叩きこまれるが、誰も気付かない。
「ご飯が出来ましたニャよ~」
…
他愛ない日常の1ページ。すぐに上書きされ、消えてしまう様な出来事…
しかしそれは迫る終末を告げる歌…
古書
火山の麓の僻地の村‥
今日の夜空は火山活動のせいか酷く淀んでいる。
村の宿ではギルドの面々が本日の報告をしていた。と、言っても襲撃所か村の付近にはモンスター一匹居なかったので、ただの雑談に成りつつある。
そんな中、カインだけが分厚い古書の様な物を読んでいた。
そして古書を閉じると何を思ったか立ち上がった。
「お前ら‥飯はすんだか?済んだなら支度をしろ。」
「帰り支度ですか?」
カインの言葉にキールが返す。
「違う、狩りの支度だ。‥キール、貴様はこの本を持ってギルドに報告に行け。」
「‥わかりました。」
カインの真剣な表情を見て、キールは何も言わず宿を出て行った。
「お前らはコレを持っておけ。」
そう言ってカインはモドリ玉を取り出した。
それを見てギルド員達は笑い出した。
「そんな物必要ないでしょう?」
「旦那も冗談を言うんだな?」
彼らがこう言うのも無理は無い。今回この村に派遣された彼等はギルドの中の選りすぐり(カイン含む)なのだ。
そんな彼らがモドリ玉などを必要とする筈が無い。冗談と取られても仕方ない。が、
「念のためだ。」
カインはそう言って無理矢理彼らの鞄にモドリ玉を詰め込んだ。
「じゃあ行くぞ。今回はあくまでも偵察だ。ヤバかったらさっさと逃げるからな?」
カインの一言にまたギルド員達はケラケラ笑う。
「冗談に成れば良いんだがな‥」
カイン達は宿を後にした。
1人荷車に揺られるキールはカインから渡された古書を読んでいた。
その内容は古の竜の姿や古龍の生態などが書かれていた。
古書の終盤になり、キールの指がピタリと止まる。
そのページには挿し絵もなく、一部劣化していて読めないが童歌の様な物が書かれていた。
キョダイリュウノ
ゼツメイニヨリ
デンセツハヨミガエル
数多の飛竜を駆逐せし時
伝説はよみがえらん
数多の肉を裂き 骨を砕き 血を啜った時
彼の物はあらわれん
土を焼く者
鉄を溶かす者
水を煮立たす者
風を起こす者
木を薙ぐ者
炎を生み出す者
その者の名は ミ…ア‥
その者の名は 宿命の戦い
その者の名は 避けられぬ死
喉あらば叫べ
耳あらば聞け
心あらば折れ
…ス
天と地とを覆い尽くす
彼の者の名を
天と地とを覆い尽くす
彼の者の名を
彼の者の名を
キールが古書を読み終えた時、体中汗でビッショリだった。
キールは胸の中を掻き毟られる様な焦燥感と吐き気を催したまま、ギルドへの道を急いだ。
黒い絶望
古書を読んだカインは、ひたすら村の外れへ歩を進めた。
だが、カインはどこが目的地か把握していない。ただ進む度に増す、彼らを押し潰そうとする重圧だけがこの先に彼の者がいる事を裏付ける。
始は乗り気では無かったギルド員達も、何時しか真剣な‥いや恐怖の混じった表情になっていた。
「野郎がそんな顔するんじゃない…!」
曲がり角で歩みを止める。格段に増した邪気が向こうに、敵が居る事を告げる。
「‥準備はいいか?」
一度後ろを向き直り、顔を見合わせる‥全員が腹を括った。
「行くぞ!!」
武器を構え、角から一気に飛び出した。が‥何も居ない。ギルド員達は気が抜けた様に笑い出す。
一瞬笑いかけたカインだったが、直ぐに気付いてしまった。邪気の源に‥
「上だ!!」
カインが叫ぶが、僅かに遅かった。ギルド員の1人が逃げるより早く、降ってきたそれに押し潰された。
巨大なそれは潰した人間など気にも止めず、ゆっくりと此方を見据える。黒を更に黒で塗り潰した様な鱗、歪に生える角、そして金色の瞳、常軌を逸した巨躯。それに睨まれた彼らが感じた物は恐怖ではない‥拭いきれない絶望だ。
まるで蛇に睨まれた蛙の様に動けない人間を見て、黒い龍は飽きた様に踵を返した。その拍子に鈍い音が響いた。例えるならネズミを踏み潰した様な嫌な音。
瞬間、火山に叫び声が木霊する。怒りに捕らわれた1人が武器を構え、駆け出した。
「止めろ!!」
漸く正気を取り戻したカインの制止など聞く訳も無く彼は駆ける、絶望目掛けて‥
一気に間合いに詰め寄り、自慢の相棒を黒目掛けて振り抜いた。
ギィン‥
虚しい音が響いた。彼の大剣は龍を切り裂く所か、傷一つ付けられず弾かれた。黒い龍はそんな彼に気付きもしない。
「畜生ォォォァア!!」
彼は再び叫び何度も剣を叩き付けた。しかし、結果は変わらない。彼の大剣だけがボロボロに刃零れしていく。
不意に黒い龍が振り返った。それは彼に気付いたから出はなく、ほんの気紛れ。だが龍の振り返る動作に巻き込まれ、彼は弾き飛ばされ、岩石に直撃し意識を失った。
龍は彼が岩にブツカった音で、漸く彼の存在に気付いたらしい‥そしてニヤリと笑う。
龍は胸を張り、大きく息を吸い込む。それに比例して口元の赤でも黄色でもない光が膨張していく。それを見てカインは駆け出した。
吐き出される炎弾。全てを溶かし迫るそれに向け必死に盾を構える。
火山の麓に何かが蒸発する音が響いた。
絶望の名
炎弾が炸裂した場所からは濛々と白い煙が立ち込めている。
「糞ったれが‥」
その煙の中からカインが現れた。手に持った盾は炎弾の熱量に耐えきれず、半分以上溶けて歪に変形している。
後ろには気絶したままの部下、正面には迫る黒龍‥カインは必死に思考を巡らせた。どうすればこの事態を打破出来るか?
モドリ玉は使用してから移動するまでに数秒のラグがある。その間に攻撃を喰らえば其処でお仕舞いだ。誰かが囮になる必要がある。
「ソイツを連れて先に戻れ!!」
数秒後、カインが叫びながら黒龍に突っ込んだ。その叫びで漸く残りの1人が走り出した。
しかし黒龍の関心は囮ではなく逃げるギルド員に向けられた。
黒龍は四つん這いになり不気味な動きで大地を駆ける。
「うわぁぁあ!!」
ギルド員が情け無い悲鳴を上げる。
「野郎が情け無い声だしてんじゃねぇ!!!!」
カインが半壊した盾を構え黒龍に立ちはだかる。が、当然止められる訳が無い。
後ろでは緑の煙幕が立ち上る。だが、ズルズルと押し戻される体が直ぐにその煙幕を突き破った。
‥男の姿は無い‥間に合った。カインは息を吐き出す。
「さて‥俺は逃がしてくれないよな。」
カインが立ち上がった黒龍を見上げる。その瞳はシッカリとカインを捉えている。
大きく胸を反り炎弾の構えを取る黒龍、カインは逃げもせずそれに突っ込んだ。
吐き出されないる獄炎の光球、カインは半壊した盾を其処へ放り投げた。
音を立て跡形も無く消え去る銀の盾と光球。カインは残った槍を両手で掴んだ。
「盾のくらいくれてやらぁ!!」
雄叫びを上げ、無防備に開かれた黒龍の口に
ガンランスをねじ込んだ。
そして一瞬の躊躇いも無く竜撃砲の引き金を引いた。
短い起動音の後、紅蓮の炎が黒龍の口内で炸裂した。
「どうだ!?」
発射の反動でガンランスを引き抜き、黒龍に向き直る。倒せはしないにしても、それなりのダメージは与えられたか?
「糞ったれが‥」
そんな希望はアッサリと奪われた。
それどころか黒龍は体を僅かに赤黒く変色させた。
そして紅蓮に色を変えた魔手が振り上げられた。カインはガンランスでその一撃を防ごうとした。が、龍の魔手はアッサリと槍を砕きカインの胸を抉った。
血を噴出し倒れるカインに歌が流れる。
その者の名は 避けられぬ死
喉あらば叫べ
耳あらば聞け
心あらば折れ
その者名‥ミラボレアス
カインの意識はブツリと途切れた。
朝の出来事
鳴く剣
「カイン!?」
叫びながらベッドから跳ね起きた。起き上がったゲドは辺りを見回す。其処は何時も通りの寝室、唯一違うのは体中に嫌な汗をかいている事くらい‥
「夢だったのかな‥」
それにしても妙にリアルな夢だった。何よりあの龍の姿が頭から離れない。
寝直そうにも、そんな気分ではない。ゲドは体を拭くと封龍剣に手を掛けた。
「散歩に行こう。」
1人呟き部屋を後にする。嫌な夢を忘れるには剣を振るに限る。
表はまだ薄暗い。夜道の中、密林近くまで行くと心地良い風が吹いており、時折木の葉を散らしていた。
ゲドはただ無心に暗闇を舞う木の葉を切り裂いた。今日は妙に調子が良く木の葉の軌道が手に取る様に分かる。
「ッ?!」
指先に微かに痛みが走る。切り裂いた木の葉で断面で斬れたのだろう。
キィィィン‥
夜の静寂に小さく奇怪な鳴き声が響く。それは龍の存在を告げる音。
ゲドは指先から流れる血を無視して剣を構えた。夜の帳の中に龍らしき影は見えないが、構えを解く訳にはいかない。ただ暗闇を見据え続ける。
‥出血がゆっくりと指先を伝い地面に落ちた。
ィィ…
「…鳴り止んだ?」
気付けば封龍剣は血を求める奇剣から只の剣に戻っていた。
…正直気味が悪い。さっきの夢と言い封龍剣と言い…
ゲドは封龍剣を背中に掛け直し斬れたと思われる指を見た。
「…アレ?」
幾ら見詰めてみても指先に傷など無かった。確かに血が伝った跡はあるのだが肝心の傷がない。
…寝ぼけていたのだろうか?
考えても一向に答えが出ないので集会所へ踵を返す…
(何でさっき封龍剣は鳴いたんだ?)
小さな疑問が足を止める。正直今までの経験上、微かでも封龍剣が鳴けばゲドが把握出来る距離に龍が居るはずだ。しかし今日は龍の気配すら無かった。ならば何故…
刹那、ゲドの頭に1つの仮説が立てられた。
封龍剣が鳴き出したのは出血した直後…
鳴き止んだのは血が落ちた直後…
この2つが導き出す答えは?
ゲドは何かに操られる様に封龍剣を掴み、腕に突き立てようとする。
その時山の硲から朝日が顔を出した。
眩しい日差しが奇行に走ろうとするゲド自身を照らし出した。
「…何やってるんだろうね、俺。」
ゲドはフッと笑うと封龍剣を背中に戻した。
今日は嫌な夢を見たから気が立っているんだ。そう言い聞かせ集会所へ歩き出した。
「今朝のご飯は何かな~♪」
呑気に鼻歌を歌うゲドの背中で、封龍剣は解らない程微かに‥微かに泣き続けていた。
移動
手紙
グラグラと何時もより大き目の荷車に揺られるゲドたち。
大き目の車なので何時もよりゆとりが有る筈なのだが、乗っている人数も何時もの倍近い人数なので車内はギュウギュウだった。
今移動している訳は数刻前に遡る・・・
何時もの集会所で何時もの様に朝食を待っていた面々。しかし朝食よりも早く届いた在る物によって、本日の朝食はあえなく中止となる。
ゴロゴロ・・・
けたたましい騒音が表で響いた後、
カラン・・ガラン、ゴッ!!
何かがドアを突き破り、テーブルに激突した。
「超・・速達なの・・・ニャ」
どこか見覚えの有るアイルーは小さくゲフッっと言うとその場に倒れこんだ。
「お疲れさんニャ。コジロウ、コレを片しておくニャ。」
ムサシが言いながら、鞄から手紙を抜き取る。無論コレとは其処で倒れているアイルーの事である。
「同族なのに酷い扱いですね?」
ルディが、コジロウに運ばれるアイルーを見ながら言う。
「獣人族はあの程度では死なんのニャ。」
ムサシは鼻で笑うと手紙の封を開いき、中の手紙に目を通す。
そんなムサシを見て集会所は少し重い空気に包まれる。
「オッサンが・・カインが死んだかも知れないらしいニャ。」
何時ものムサシからは想像も付かない程の低いトーンで発せられたその言葉に、一同が固まる。
誰よりも早く動き出したゲドがムサシから手紙を奪い取り、内容に目を走らせた。
差出人はキール・レッド・・カインの部下だ。
手紙の文字は相当焦って居たのか書き殴った様な文字で書かれていた。それでいて内容は短く簡潔だった。
カイン・キロウが狩場から帰還しない。安否は一切不明。
主な内容はたったそれだけ。
追記で『この速達が届いたすぐ後にギルドの車が着く。覚悟が出来たんならそれに乗って欲しい。』と書いてあった。
ゲドの頭に今朝の悪夢が閃光の様に甦る。
「ミラボレアス・・・」
その単語がゲドの口から零れ落ちた。
ガラガラガラ・・・
どうやら表に車が着いたらしい。
ゲドは反射的に集会所を飛び出した。それに着いてムサシとルディと三つ子が駆け出した。
「・・・」
ロードが無言で村長の方を見る。
「行きなさい。」
「留守はアタシとロッタでしててあげるよ。」
村長とリリーの返事を聞いてロードも集会所を飛び出した。
癖地の村にて
動かない
火山の麓、僻地の村に一台の荷車が到着した。
そして車が止まるか止まらないかぐらいのタイミングで複数の人影が荷車から飛び出した。
駆け出したゲド達は村の中心近くにある建物の前に立つキールを見つけて立ち止まった。
「オッサンはどこだい?」
ゲドの問にキールは答えない。
「カインはドコに居るんだ!!」
ゲドがキールの胸倉を掴み、問い詰める。
キールは何も言わず、俯いたまま、力無く建物の中を指差した。
ゲドはキールを投げ捨てる様に話すと、一目散に部屋へと駆けて行った。
閉まっていた扉を蹴破り、息を切らしながら中へと入った。
部屋は質素な造りで白いカーテンと白いベッドが有るだけ。
‥風に揺られるカーテンの下、白いベッドの上にそれは横たわって居た。
顔に正方形の白い布を掛けられ、シーツの隙間から覗く体には大量の赤が滲んだ包帯が巻かれていた。
ベッドに横たわるカインだった物は一言も喋らず、ピクリとも動かない。
「カイン‥」
名前を呼んだ所でソレからの返事は無い。部屋の中を冷たい空気が支配する。
何故返事が無いかは解っている。‥だがその訳を認める事は出来ない。認めたくない。ゲドが膝を突き崩れ落ち、三つ子達は泣き出した。
そんな中、ムサシが1人ベッドに飛び乗り、背中の黒鍋を振りかぶった。
周りの制止を無視して、ムサシは一気に振り下ろした。
「30点ニャ!!」
『ゼバァ!!?』
ムサシの強撃を受けた死体は、死体としては有り得ないリアクションを取った。外からはキールの笑い声が聞こえる。
「死人に包帯何て巻かないニャ。あとキールが若干笑ってたニャ。最後に脅かすつもりがタイミングを逃して困ってたんニャろ?」
ムサシが溜め息を付きながら言う。
「ゲフッ‥大体合ってるが、大怪我してるのは本当だから‥」
カインが血を垂らしながら言う。
「まぁ嬢ちゃんとロードは気付いてたみたいだがニャ。」
ムサシが呻くカインを見てケラケラ笑う。
「明らかにキールさんが変でしたからね。」
「同じく。」
ルディとロードが答える。
そんな中ゲドが無言でカインに近付く‥
「いや、悪かったなゲド。」
「謝らなくて良いよ‥とりあえず死のうか、オッサン?」
満面の笑みでゲドが言う。
「ゲド兄、俺も手伝わせろ。」
「僕も手伝いますよ。」
「‥死んじゃえよ。」
三つ子も笑顔でカインに詰め寄る。
‥この後、野太い悲鳴が木霊したらしい。
嘘の後
数刻後‥
血塗れになったシーツと包帯を綺麗に取り替えた後、改めて一同が席に着いた。
「さて大分脱線したが‥本題に入るか‥」
全身真新しいギプスで固めたカインが言う。全員が『誰のせいだ』と言う目で見ている。
「そう怖い顔をするな。キールが早とちりしてイラン手紙を出したから少し遊びたくなったんだ。」
苦笑いをするカイン。件のキールはカインの隣で磔にされている。
「早とちりって‥結局怪我の理由は何なんだ、叔父貴?」
ロードが訪ねる。
「ちとギルドの仕事でこの村の近辺を調査してたんだ。‥でマヌケな事に落石に巻き込まれたんだ。」
予想外の返答に一同があっけに取られる。
『それだけ?』
「あぁ‥それだけだ。」
三つ子の言葉にカインが笑顔でサラッと返す。
「笑ってんじゃねぇ!!」
「イラっと来ました。」
「‥くたばれば良い。」
三つ子はカインに一言+一撃を放つと部屋から出て行った。カインの包帯が再び赤く滲む。
「彼奴ら‥怪我は嘘じゃ無いんだがな‥」
カインが呻く。
「自業自得ニャ。」
ムサシが言いながら赤い小瓶を取り出す。
「何だコレは?」
「傷に効く薬ニャ。」
ムサシが限り無く黒い笑みを浮かべる。
‥カインは一瞬躊躇ったあと小瓶を飲み干した。
「ボハッ??!」
そして口から火を吐いて倒れた。
「何を飲ましたんだい?」
「爆薬(小)ニャ。で、コッチが家に伝わる『古の秘薬』ニャ。」
ムサシが笑いながら別の小瓶を気絶したカインの口に流し込んだ。
カインは余程薬が苦かったのか激しく咽せていたが、ムサシが大量の水ごと無理矢理流し込んだ。
カインはピクリとも動かなくなった。
「‥さて、そろそろ本題に入ろうかニャ、キール・レッド君。」
全員が終始だんまりだったキールを見た。
本題
「旦那には止められてたんですがね‥」
キールが言いながら磔からスルリと抜け出した。
「一応コレは機密事項なんで口外しないでくださいね。」
キールがパキポキ骨を鳴らしながら訪ねると面々は黙って頷く。
「じゃあコレを見てください。」
キールが古びた本を差し出す。背表紙から何から真っ黒な古書‥
その本を開いた時、ゲドは言いようのない違和感‥デジャブの様な物を感じた。
黒い古書には掠れた文字で村長が歌っていた童歌の歌詞が書いてあった。そして次のページには黒い‥禍々しい龍の挿し絵が描いてあった。
他のページにも何か書いてあったが霞んでいて読むことは出来ない。
ゲド以外の全員が反応に困った様な顔でキールを見た。
「簡潔に言いますと其処に描いてある龍が出ました。この村のすぐ近くに。」
淡々と他人事の様にキールが言う。一同はイマイチ理解仕切れていない。
「ソイツは御伽噺なんかに登場する生きた災厄、例外なく現れた時代に死と絶望を振り撒く終末の象徴‥」
冗談の様な話しを真剣な表情で淡々と続ける。
「彼の者の名は‥「ミラボレアス」
「何故その事を?」
「夢で見たんだよ‥」
ゲドの台詞に納得がいかないキールだったが、とりあえず話を続ける。
「で‥です。ギルドは近々ハンターを集め討伐作戦をする訳ですが、もう1つ不味い事があるんですよ。」
「赤いミラボレアス‥」
再びゲドに台詞を奪われたキールだが、諦めたのか深く言及しなかった。
「どうにも旦那の話だと赤い成体に変体しつつあるそうです。正直黒い状態でも此方の旗色は最悪です。完全体になった奴を相手に戦った際の被害なんて考えたくも無いです。」
キールがなるべく軽い乗りで話すが誰も笑わない。
「正直な話し、奴が成体になる前にケリを付けたいんですが、どう考えても間に合わないんですよね。なので皆さんは討伐に参加せずに、田舎とかに帰る事をお勧めします。」
出来る限りふざけた感じで言うキールだが、誰も笑わない。
「まぁ今日は適当に寛いでください。あ、この村は温泉が有るんですよ。」
‥暫しの沈黙の後、キールとカインだけを残し一同は出て行った。
前夜災
宿屋
ゲド達が出て行った扉がバタンと閉る。それに反応してか気絶していたカインが目を覚ました。
「・・・喋ったのか?」
「えぇ、すいません。」
カインの問いに苦笑いでキールが答える。それを見てカインが深く溜息を付く。
「嘘もすぐバレましたからね・・第一自分隠し事が苦手なんですよ。」
「仕事を変える事を勧めるぞ。」
「そうしたいんですが殺ししか能が無いんですよね~」
カインの台詞に相変わらず苦笑いで答える。
「まぁ、もう貴様が殺す必要も無くなりそうだがな。」
「ですね。仕事が無くなるのは困るんですけどね・・・まぁ仕方ないですかね。」
そう言うとキールはドアノブに手を掛けた。
「何処に行くんだ?」
「仕事ですよ。」
キールはニヘラ顔で笑う。
「・・・気を付けてな。」
「いつも通りサラッと殺して終わりですよ。・・旦那にそんな事言われると気持ち悪いですね。」
その一言を聞いて怒り出したカインを残してキールは部屋を後にした。
「・・・死なんようにな。」
溜息混じりの台詞が1人の部屋に響いた。
そんな些細なやりとりが彼の前夜災。
温泉
火山が近いこの村では至る所に温泉が湧いている。その温泉では腰痛、疲労、肩こり,etc・・を解消する他に、入った次の日お肌スベスベ等の効能が得られる。
更に言うとこの村は僻地に存在するので客は村人と僅かな流れのハンターや商人等の旅人のみ。
つまり格安な上、様々な効能を得られる温泉をほぼ貸切で利用出来るのだ!!因みに温泉の色は赤銅色。
「てな訳で久々に親子4人で風呂に入ろう!!」
『賛成~』
「・・・」
ロードの提案に対して賛成2人、無言が一名。
「どうしたハル?温泉入ればお肌もスベスベだぞ?」
「だって・・温泉だと俺だけ1人になるじゃないか・・」
ハルが1人不貞腐れる。
「ふふふ・・はーっはっははっははゲッホ!!?」
ハルの一言を聞いたロードは突然笑い出し咽込んだ。三つ子は変態行動をする身内に冷たい視線を送る。暫しして・・
「安心しろハル、この村は失礼だがド田舎だ!!つまり風呂は全て混浴なのだ!!」
「いや、それはそれで問題が有ると思うよ?」
「・・てか犯罪者思考。」
自身満々に言い放つロードにパルバルが更に冷たい視線を送る。当のハルは下を向いてブツブツと言っている。
「オッケー!!」
『いいの!?』
姉の意外な返答に突っ込みを入れる弟達。
「そうと決まればさっさと行くぞ!!」
「おぉー!!」
「・・まぁ姉さんがいいんなら良いけど。」
「・・謎。」
ブツブツ言う二名を引っ張ってロード達は温泉へと向かった。
「おおー!!」
「・・でかい。」
先に着替えが終わった三つ子は、始めてみる広い温泉に感嘆の言葉を漏らす。
「ヒャッホー!!」
そんな誰も居ない浴槽に裸一貫のハルがダイブした。
「おぉ!!泳げる!!パルとバルも来いよ~。」
「姉さん・・もっと恥じらいと言うかだね・・・」
「・・前を隠せ。」
姉のハッチャッケ振りに呆れる2人。そんな2人に迫る影1つ。
『オッシャァァァァ!!』
「ウワ!?」
「・・あ。」
影、もといロードは2人を?み湯船へ飛び込んだ。
激しい水柱を造りビショビショになる四名。
「おぉ、ハルも居たか?」
ハル同様裸一貫のロードが言う。
「ま、まま、前を隠せぇぇぇぇ!!?」
真っ赤になって叫ぶハル。
「姉さんが言うなよ。」
「・・・2人とも前を隠せ。」
親子
湯船でひと暴れした後、4人並んで背中を洗う面々。因みに順番はハル→パル→バル→ロード。
「今日は楽しかったか?」
『おー!!』
元気に答える三つ子。
「そうか‥じゃあ今の生活は好きか?」
「おぅ。」
「結構良いよ。」
「‥嫌いじゃない。」
再び答える三つ子。
「じゃあ、今幸せか?」「え?」
「それは‥」
「‥どう言う意味?」
ロードの意外な質問に戸惑う三つ子。
「いや、俺もお前たちと同じで母さん‥村長に拾われたのは知ってるだろ?村長は怖いけど、あの生活は確かに幸せだったんだよ。何だかんだ言っても村長は良い母親だった。」
何時になく真面目なロードの話をただ黙って聞く三つ子。
「だから俺はお前達を見つけた時思ったんだ。俺が親になってやろう、ってな。でも最近思うんだよ‥俺は村長みたいにちゃんと親をやれてるのかってさ。」
深く溜め息を付き、今まで見せた事が無い沈んだ顔をする。
「なんなら今からでも村長にお前達を預けてもいいんだ。その方がお前達にとっても良いのか‥」
「リーダー。」
ロードの言葉をハルが遮る。
「何だ?」
「俺は今幸せだぁ!!」
『ブォ!!?』
叫びながらロードの顎をぶち抜くハル。
「これで満足かリーダー!?次そんな事言ったらぶっ飛ばすからな!!」
「もうぶっ飛ばしてるけどね。」
「‥まず前を隠せ。」
姉の台詞に突っ込む二名。ロードは不意の出来事に混乱している。
「つまり、親はリーダーが良いって言ったんだ。」
姉の台詞に頷く二名。
「本当か!?」
「本当だ、馬鹿!!‥それに俺は‥リーダーの、ロードの事が好きだしな!」
「僕もロードが好きだよ。」
「俺も。」
姉の決死の告白を弟達がぶち壊した。
顔が真っ赤なまま睨み付けるハルを2人はニヤニヤしながら眺めていた。
「ヨッシャ!!」
『ブボァ!!?』
自分を含め全員に湯をブッカケるロード。
「あがるぞ!!」
「ケホッ‥もう出るのか?」
「エッフ‥まだ入ってようよ。」
「‥ゲフ」
文句を言う三つ子。
「長湯は良くねぇんだよ!!そうだ、フルーツ牛乳を買ってあげよう。」
『ワーイ』
アッサリ物に釣られ飛び出す三つ子。
「この生活を‥奴らを守らないとな‥」
『リーダー、早くしろ!!』
1人黄昏るロードを呼ぶ声、それに答え彼も浴場を後にした。
そんな親子の触れ合いが彼の前夜災。
2人の夜
数刻後‥
辺りは暗くなり、噴煙が覆い尽くす空には微かに月の光が見える。
そんな中、湯船の横で掛け湯をする人影が1つ。ルディだ。
「今なら‥誰も居ないですよね。」
大きな湯船を前にして一度辺りを確認するとタオルを投げ捨て、豪快に飛び込んだ。
「‥プハァ、気持ちいい~。」
羽目を外しバシャバシャと湯船を泳ぐルディ。
「お風呂は静かに入る物だよ、ルディ?」
「ひやぁああぁ!!?」
突然声を掛けられ悲鳴を上げるルディ。振り返るとゲドが呑気に寛いでいた。
「な、ななな何で居るんですか!!?!」
「何でって‥ここ混浴だし。あと前を隠した方が良いよ?」
ゲドのに指摘をされ再び悲鳴を上げ、湯船に頭まで沈み込むルディ。
「ゲドさん‥明日‥行くんですか?」
ルディが顔だけ湯面にだし尋ねる。
「ルディはどうするんだい?」
「わ、私はゲドさんに着いて行きまふ!」
顔を赤らめながら言うルディを見てゲドはクスリと笑う。
「俺はさ‥正直迷ってるんだよ。」
ゲドの口から発せられた意外な一言にルディは耳を疑った。
初めての会話
今回の邪龍との戦いは文字通り命懸けになる。しかし、それは今までの古龍との戦いも同じなのだ。
そんな恐怖との戦いをゲドは飽くなき欲望だけで乗り切ってきた。更に言うなら今回の邪龍は珍しさで言えば極上、ゲドならば即答で狩りに行くとルディは思っていた。
「この前さ、夢を見たんだよ。」
「夢‥ですか?」
ゲドの言葉にルディが首を捻る。
「そう夢‥カインが邪龍にヤられる夢さ。」
「え‥!?」
ルディはゲドの話を理解出来なかった。見た事がない邪龍の夢を、ましてやそんな正夢じみた物を見れる筈がない。
「でも‥それは夢ですよね?」
「夢‥の筈なんだけどね。あれはどう考えても実際の映像だったよ。あの古書を見て確信した。それでさ‥最後にカインが血を出して倒れるんだよ‥呆気無くね。それを見てさ、改めて死を見た気がしたんだよ。」
淡々と語るゲド。その瞳に何時もの余裕は無く、黒く淀んだ物が渦巻いて見えた。
「正直俺は死ぬ事なんか恐れて無かったんだよ。ただ空腹を満たすために狩りに出てたんだ。でもさ、あの夢を見て怖くなってさ‥自分が死ぬ事もだけど、ルディやみんなが死ぬ事が‥」
言いながらゲドは微かに震えていた。ルディはそんなゲドに抱き付いた。
「じゃあ行かなくて良いですよ。きっと誰かが何とかしてくれますよ。だから‥」
ルディの言葉を黙ってゲドは聞き続ける。
「逃げましょうよ。私はゲドさんさえ居ればいいんです。」
ルディは何時の間にか泣き出していた。
思えばゲドは自分の都合でルディを引っ張り回していた。本人が同行を望んだとはいえ、生きるか死ぬかの戦いに何度も、何度も連れて行った。
本当は逃げたかったに決まっている。ただ、ゲドの側に居たいがために黙って着いて来ていたのだ。
今更そんな事に気付くなんて、なんて身勝手な‥
「ごめんねルディ。」
ゲドがルディを抱き締める。
ゲドは解っていた。逃げても何の解決にもならない事を。今誰かがやらなければ結果は同じ、滅亡だ。だが、目の前で泣き続ける小さな少女泣き止ませる方法が他には解らなかったから‥
「明日村に帰ろう。だから‥泣かないでくれ。」
ゲドは泣き続けるルディをただ強く抱き締めた。
2人きりの会話、2人だけの会話、それが2人の前夜災。
災厄の日
居ない
一夜明けた僻地の村。日は昇った筈なのに、空を覆う噴煙のせいで辺りは薄ら暗い。
ゲドはあの後は食事も取らず自室で眠りに着いた。何もする気に成れなかったから。
コンコン
誰かが扉をノックする音。
「開いてるよ?」
ゲドの声を聞き、扉が開かれた。其処に居たのはパル、後ろにバル、ハルが居る。
「おはようゲド兄・・リーダー知りませんか?」
「いや、知らないよ?」
ゲドの返事を聞いて、落胆する三つ子。特にハルは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「おはようございます・・どうしたのハルちゃん?」
其処へルディがやって来た。
「リーダーが、ロードが居ないんだ。・・それだけなんだけどさ・・だけど・・」
ハルは突然泣き出した。彼女は邪龍の事も、ましてやロードが何処に行ったかすら知らない筈だ。
しかし、彼女は気付いてしまったのだろう。ロードが何処へ何をしに行ったかに・・
「ゲドさん・・」
「判ってるよルディ。俺たちは村の外を探すから、ハル嬢たちは村の中を探してきてくれるかな?」
ゲドの言葉に黙って頷くと三つ子は部屋を後にした。
「兄さんは何処に行ったのかな・・」
1人呟くゲド・・しかし何処に行ったかなんてとっくに気付いている。
「ついでに言うとキールも居ないニャ。」
何処からとも無くムサシが現れた。
「行くしかないかな・・」
言いながら体が微かに震える。そんなゲドを見てルディが不安そうな顔をする。
「ゲドさん、無理しなくても・・」
「大丈夫だよ、2人を見つけたらさっさと逃げるとしよう。」
その一言を聞いてルディの表情がパッと明るくなった。
三人は素早く準備をすると村を後にした。
「さぁ・・・行こうか。」
中年と青年
ここは火山付近、昼間とはいえ空を覆う噴煙のせいで太陽からの光は殆ど無い。代わりにそこら中を流れる溶岩が不気味な鈍い光を放っている。
そしてその中心には黒い塊が居座っていた。
「まだ完璧に成体にはなって無いみたいですね。・・・別に来なくても良かったんですよ?数日後にはギルドが討伐に来ますし。」
「連れないね~。本当は今しか殺すチャンスがないからココに居るんだろ。」
「ばれてましたか?」
「昨日自分で話したんだろうが。」
邪龍を眺める青年と中年は冗談交じりな会話をかわす。
「でも、お子さんを悲しませるのは感心しませんよ?」
「なんで死ぬこと前提なんだ?第一俺は死なないから大丈夫だ。」
自信満々にロードが言うのを見て呆れるキール。
「そういうお前は家族は居ないのか?」
「居ませんね~。と言いますか自分自身が正式には存在しませんからね。」
そう言って笑うキール。ロードはイマイチその言葉の意味を理解できなかった。
そんな他愛ないやり取りをしている2人の存在に邪龍は気付いたらしく、その巨体がゆっくりと動き出す。
「さぁて行きますか・・えーっと、名前なんだっけ?」
「キール・レッドですよロード・ロッタさん。」
「いやそれじゃなくてお前の本名さ。」
呆気に取られるキールを見てロードが二カッと笑う。
「・・マルク・ルマこっちの方が好きですね。」
キールも笑い返す。
「よーしマルク、行くぞ?」
「連携とかはどうします?」
「俺に合わせろ。」
「了解です。」
2人はニヤリと笑うと二手に別れ邪龍目掛け駆け出した。
穴を開けろ
ロードは邪龍の側面に回り込み、鎌威太刀を振りかぶる。
ロードの装備、デスギアシリーズは二つの効力を発揮する。
一つは状態異常強化。名の通り毒や麻痺などの威力を増大させる。
そしてもう一つは心眼。このスキルは硬い物に切りかかっても、体勢を崩す事なく剣を扱える様になる。
つまり敵の弱所を見切らなくても、攻撃が出来る様になるスキルなのだ。
そのスキルに任せ、ロードは次々と鎌威太刀を振るう。邪龍に太刀が触れる度、黄色い火花を散らし甲殻の上を滑っていく。
邪龍が振り返るのを見てロードは一旦距離を取った。ロードは邪龍の姿を見て舌打ちをする。
あれ程の斬撃を浴びた筈の邪龍の甲殻には掠り傷程度しか付いていなかったからだ。
‥心眼のスキルは何でも斬れる様になる技ではない。そしてさっきの斬撃は全て弾かれていたのだ。斬撃が通っていないのでは鎌威太刀の毒属性もその力を発揮しない。
「自分に合わせて貰えますか?」
キールが言う。
「‥いけるのか?」
「はい。この武器は切れ味だけが取り柄ですからね。」
言いながらキールがニヤっと笑う。彼の武器は黒刀、昆虫の素材を使った切れ味に特化した太刀だ。
「じゃあ行きます、合わせて下さいよ?」
「任せておけ。」
キールに合わせロードが駆け出す。邪龍の吐く炎弾の脇を潜り抜け、一気に後ろ側に回り込む。
そして後ろ脚の付け根目掛け、太刀を振るった。
関節部なら鱗も薄いはず、キールのその予想は見事に的中する。
「しゃぁあ!!」
黒刀は微かだが邪龍の鱗を切り裂き、肉を抉った。
「らぁぁあ!!」
その小さな傷口を縫うように、ロードの太刀が走る。鎌威太刀は毒液と鮮血を派手に撒き散らした。
邪龍は巨躯を振るい2人と距離を取る。そのたびに2人は回避し隙を見ては攻撃、を繰り返した。
その行動は小さな蟻がダムの壁に穴を開ける様な無謀な行為、しかし2人にはそれしか道が無く、ヒタすらにその行為を繰り返すしかなかった。
甲殻
火山の熱波が2人に襲い掛かり、体力を奪い取る。しかしそれ以上に目の前の邪龍の存在自体がジリジリと2人を追い詰めていた。
一撃を受ければ死ぬ。そんなプレッシャーに曝されている2人は額を流れる汗を拭う事すら出来ない。
ただ永遠太刀を振るい続ける。キールが小さな傷を作り、その傷を少しだけロードが広げる。
小さな蟻がダムの壁に穴を開ける様な無謀な行為。しかし小さな蟻達の愚行により、間も無くダムは決壊する。
2人の地道な攻撃により、邪龍の胸殻には大きな亀裂が走っていた。
2人は一旦距離を取った。だが正直な話、2人の限界も近い。この地道な作業を続けるのも限界である。
「ハァ‥コイツで一気に決めましょう。」
キールが赤い丸薬を取り出す。
それは怪力の丸薬、僅かな時間だけだが力を増大させる薬。
ロードとキールは奥歯でそれを噛み潰し、一気に飲み込んだ。
其処へ地面を這いずり邪龍が突っ込んで来た。2人は限界までそれを引き付け、ギリギリの所で回避した。
そしてゆっくりと立ち上がる邪龍目掛け、最後の特攻を仕掛けた。
狙いはダメージが蓄積している胸殻。2人は互いが互いの影であるかの様に、全く同じ動作で邪龍に切りかかった。
赤い軌跡を描く2刀の太刀は火花を散らすが、弾かれる事なく、2の太刀3の太刀を叩き込む。
『シャァァァァア!!』
全ての勢いと気を乗せた渾身の一太刀は邪龍の甲殻を切り裂いた。
やったか?
2人に微かに希望の光が差す。が、次の瞬間アッサリとそれは砕かれた。
ギィンッ
鈍い音を立て甲殻を切り裂いた筈の2人の刀は弾き返された。
2人は何が起こった解らなかった。
眼前に立つ邪龍の全身の甲殻は独りでに剥がれ落ち、中には赤い何かが見える。
しかしその赤は邪龍の血肉ではなく、赤い‥紅い甲殻だった。
つまり2人の攻撃が邪龍の甲殻を切り裂いたのではなく、ただの脱皮だったのだ。‥結果、2人の攻撃は殆どダメージを与えられていなかった。
「クソッ!!」
ロードは膝を突きうずくまる。もう体力が残っていない。
絶望に打ちひしがれる2人を見て邪龍はニヤリと笑う。変体が終わったばかりの体を慣らす様に大きく振るうと、天を仰ぎ吼えた。
次の瞬間、ロードの足下がスポットライトに照らされた様に明るくなった。
それが何かを理解するよりも早く、終わりがやって来る。
消
ロードは反射的に空を見た。其処には邪龍の咆哮に呼応して現れた無数の光球が有った。
そして光球の1つはロードが避けるよりも早く彼に迫る。
光球は予想以上に速く、巨大だった。人一人軽く飲み込める程に・・
死ぬ
ロードがそれを覚悟した瞬間、彼の体を誰かが突き飛ばした。
誰か・・この場にロード以外の人間は1人しか居ない。
その人物の方を振り向くと、彼は何時も通りの二ヘラ顔で其処に立っていた。ただその腕だけは懸命に此方に突き出されていた。
「お子さんと仲良くしてく・・・」
その科白の途中で彼は光球に飲み込まれた。
そして地面に激突した光球がロードを巻き込み爆ぜた。
激しい衝撃に吹き飛ばされる体は、二転三転して壁に激突して漸く止まった。
全身から鈍い痛みが走る。骨が何本イカレたかすら分からない。
しかし、今そんな事はどうでもいい。無理やり頭を起こし辺りを探した。・・・しかし彼の姿は何処にも見当たらない。
「・・・ぁ」
ロードはある物を見つけ硬直した。先の光球が爆ぜた地点に出来た小さなクレーター、その僅か横にそれは転がっていた。
それはロードを突き飛ばした彼の腕・・・
「・・・マルク!!?」
ロードは叫ぶ、腕だけ残して消えてしまった彼の名を。
邪龍は生き残ったロードを見て再び、空に向け咆哮を放った。
それを見てロードは駆け出した。全身の骨は軋み、体力も殆ど残って居ない。しかし、駆け出さずには居られ無かった。
ロードの目の前でキールは消えた。何の比喩でもなく文字通り消滅したのだ。ロードを庇って。
そんな彼が跡形も無く消え去る事をロードは許せなかった。亡骸も何も残って居ないんじゃ、死んだのかどうかすら分からない。それどころかキールと言う存在すら無かった事になってしまう。
ロードただ衝動に駆られ走った。地面が再び爆ぜる前に死を照らすスポットライトの隙間を駆け抜けた。
あと数メートルで腕に辿り着く・・
瞬間、ロードの後方が激しく爆ぜ、彼を吹き飛ばした。岩に激突した彼の足はあらぬ方向に曲がってしまった。それでもロードは手を伸ばした、届く筈の無いキールの腕目掛け・・・
しかし、無情にも死に照らされたキールの腕は数秒後の爆炎に飲まれた後、跡形も無く消え去った。
己が無力に打ちひしがれるロードを死の明りが照らす。
「ああぁぁあぁああぁぁあ!!」
ロードの雄叫びが虚しく火山に木霊した。
猫の乱入
迫る光球によって白一色と成り果てた世界から目を逸らす様にロードは目を閉じた。
『ニャッハァァァァァア!!』
黒になった視界の外から奇怪な雄叫びが響く。
咄嗟に目を開くとロードの前には赤と鋼の猫が居た。
再び照らされる地面、迫り来る光球を見てムサシとその大剣はニヤリと笑う。
ムサシはキングオブキャットを光球目掛け一気に振り上げた。
大検のどてっぱらに絶妙な角度で激突した光球は本来の力を存分に発揮する事無く分散した。
「ニャッホァァ!!!」
次々に迫る光球を1つ、また1つと掻き消して行く。
どうにか光球の雨を凌いだムサシはチラリとロードを見た。
「・・・ロード1人かニャ?」
「・・・・キールが居たんだ・・」
ロードはそのまま黙ってしまった。
ムサシはそれ以上何も聞かずに邪龍の方を向き直った。
「いまからニャアが隙を造るからその間にズらかるニャよ。」
ムサシはそう言うと此方に迫ってくる邪龍目掛け駆け出した。
邪龍は小さなムサシを見てニヤリと笑うと、大きく口を開いてムサシに襲い掛かった。
「やってみろニャ、こんトカゲがぁぁ!!」
ムサシは大剣を溶岩に突っ込み、邪龍の無防備に開いた口へ振り抜いた。
予想外の一撃を受けた邪龍は焼け爛れた口で、無様に悲鳴を上げる。
猫は笑う
「今ニャ!!」
ムサシの合図を受け岩陰から現れたゲドがロードを担ぎ上げた。
逃げようとする二人を見て邪龍が吼える。その咆哮を聞いて下ドは逃げるの止め邪龍を振り返った。
ゲドと邪龍の視線が交錯する。
それだけでゲドの体は小刻みに震え、心臓が大きく鼓動を刻みだす。
動きを止めたゲドを見て邪龍は大きく息を吸い込んだ。それに呼応して邪龍の胸部が眩く、不気味に輝きだす。
「さっさとするニャ!!」
ムサシの叫びで漸くモドリ玉を使うゲド。邪龍は緑の煙幕目掛け特大の光球を吐き出した。
「ニャァァアアァアァアァァァ!!」
その体からは想像も付かないほどの怒声を上げ、ムサシは大剣の腹を光球に叩き付けた。
大剣に進路を遮られ、行き場を無くした光球はその場で大きな爆発を起こした。邪龍の視界すらも白一色に埋め尽くされる。
「お前はコレでも喰らってろニャァァァ!!!!」
白から元に戻った邪龍の視界には、熱量に耐え切れず溶解が始まり真っ赤になった大剣が迫っていた。ドロドロに溶け出し、歪に変形しながらも鋼の猫は不敵に笑う。
ビシャァァァ
水をブチマケル様な音と共に邪龍の頭部に張り付いた大剣は、今まで受けた熱をそのまま邪龍へ送り返した。
溶解した鋼に目を焼かれ無様な悲鳴を上げる邪龍。
微かに開いた瞳で小さな影を確認した邪龍は怒りに任せその魔手を振るう。確かな手応えと共に紅い爪が影に喰いこんだ。
「んな所に居るわけ無いニャ。」
影の場所とは全く別の方向から笑い声が響く。
刹那小さな影は紅蓮の炎へ姿を代え邪龍に襲い掛かった。
「ウスノロトカゲ、それは特大の爆弾ニャ。」
ムサシは高らかな笑い声を上げると緑の煙と共に其処から消え去った。
標的を見失い、怒りのやり場を無くした邪龍はそこ等中に光球を降らせ、クレータを作り続けた。
火山の麓にまでその爆砕音は轟き続けた。
渇望
ここは火山と村の境界線。
さっきまで居た場所からは激しい爆音と地響きが轟き続ける。
今此処に居るのはゲド、ルディ、ロードの三人。キールは間に合わなかったが、それは仕方の無い事だ。失った物は誰も戻せない。
「ちとカラカイ過ぎたニャ。」
ムサシが煙幕と共に現れる。これで全員揃った。あとはギルドに任せて此処から撤退すれば終わりだ。
終わり‥その筈なのにゲドは動けずに居た。体は小刻みに震え、鼓動は加速し続ける。
だがゲドは怯えているのではない。その対極の感情、狂喜が今彼を包んでいた。
さっき、邪龍と目が合ったあの瞬間、ゲドの体に衝撃が走った。初めて血が通った様に全身が熱くなり、体は歓喜に震えた。
ゲドがずっと求め続けていた物が彼処にはあったのだ。彼の全細胞が邪龍の血肉を渇望している。
「‥ゲドさん?」
そんなゲドをルディが下から覗き込んだ。その瞳は不安で一杯に見えた。
「何だい、ルディ?」
「ゲドさんは邪龍と闘いたいんですよね?」
「それは‥」
ルディの言葉にゲドは答えない。
「言わなくても判りますよ。私は一応ゲドさんの彼女ですよ?」
少女はそう言って精一杯の笑顔を浮かべる。その笑顔は今にも崩れてしまいそうだ。
「あぁ‥正直な所、俺にはこのまま帰る事は出来ないみたいだよ。」
「なら!‥なら私も行きます。絶対に付いて行きますからね!」
ゲドの返事を聞いた少女は今までに無いくらい強く言う。しかしその体は端から見て判る程に震えていた。その震えは純粋な恐怖から来るものだろう。
「ルディ‥」
ゲドはそんなルディを抱き寄せ、長く濃厚なキスをした。ロードは明後日の方向を向くがムサシはガン見している。
不意打ちを喰らったルディはポカンと口を開けていた。
「‥ゴメンね。」
小さく言うとゲドは少女の首を叩き意識を奪った。そして少女をゆっくりとその場に寝かせた。
「行くのかニャ?」
「あぁ」
「残念だけどニャアは行けないニャよ?」
そう言ってムサシはヒシャゲタ大剣を翳した。
「本から1人で行くつもりだよ。コレは俺の我が侭だからね。まぁ万が一の時は2人を頼むよ。」
そう言ってゲドは歩き出した。
「嬢ちゃんを泣かせるニャよ?」
「善処するよ。」
ゲドは笑いながら言うと火山へと消えて行った。
奇怪な鳴き声と邪龍の叫びが響く火山に蒼い男が1人。
「今の顔は誰にも見せられないね。」
男は狂喜に歪んだ表情のまま、鳴き叫ぶ双剣を高々と振り上げた。
砕ける
ムサシの攻撃により片目と片腕を焼かれた邪龍は怒りに任せその四肢を振るって居たが、ゲドを見つけてニヤリと笑った。
貴様が代わりに殺されてくれるのか?
とでも言いたげに。
邪龍は天を仰ぎ吼えた。その咆哮は無数の死を呼び寄せる。
そこら中が俄かに明るくなり次々と死が落ちて来る。
だがゲドはそんな光などお構いなしに最短距離を駆け抜ける。
迫るゲドに向け業炎を吐き出す邪龍、しかしそれすらもゲドはアッサリとかわして見せた。
鬼は一段とその顔を歪ませて笑う。そして業炎を吐き出した後の無防備な頭部に封龍剣を突き立てた。
「イタダキマス♪」
だが、
ギィン
鈍い音と共に双刃は弾かれた。そんなゲド見る邪龍の目は、何か滑稽な物でも見るかの様に笑っていた。
ゲドを見る邪龍の体表は何時の間にか紅から燃え盛る様な朱に変わっていた。
「さっさと喰われてくれよ。」
ゲドは邪龍を見てそうもらすと鬼人化の構えを取った。
そして再び邪龍に迫った。邪龍の愚鈍な攻撃では今のゲド捉える事など到底できない。
ゲドは攻撃をかわす度に邪龍に乱舞を叩き込む。・・・しかし何処を斬ろうとも邪龍の朱となった鱗を切り裂くことは出来ず、刃が甲殻の上を滑る音だけが虚しく響き続けた。
ゼハァ
ゲド大きく息を吐き出す。体力を消耗し鬼人化を維持出来なくなったのだ。それでもゲドは我武者羅に封龍剣を振るう。が、
ギィン
当然邪龍の鱗に弾かれ大きく体勢を崩す事になる。
無策や焦りは隙を生み、必然としてそれは己が死を招く。
よろめくゲドを追って邪龍の魔手が迫る。その紅い爪は易々と鎧を、ゲド自身を貫くだろ。
崩れた体勢でそれを避ける事など不可能。双剣を使うゲドには防ぐ事すら出来ない。それでもゲドは咄嗟に利き腕では無い右手の封龍剣を前に出した。
当然小さな剣で迫る魔手を防ぐ事など出来やしない。想定外の衝撃を腹に受けた封龍剣は
音を立てて砕けた。それでも尚勢いの止まらない魔手は蒼火竜の鎧を砕き地面を抉った。
が、幸いにも軌道が逸れたらしくゲドは掠り傷程度で済んだ。
「ちっ・・?」
舌打ちをし、一時間合いを取ったゲドはある事に築いた。先程まで鼓膜を破らんばかりに鳴き叫んでいた奇声が半減していた。
無残に砕けた右の封龍剣は唯の鉄屑の様に何も言わない。まるで死んでしまったかの様に。
龍の血
唯の鉄屑と成り果てた太古の剣をただ呆然と見つめるゲド。その鉄屑を握る腕からは僅かな血が流れる。
- 滴る血が封龍剣を濡らした瞬間、鉄屑は再び古の魔剣へと姿を変える。
「本当に気持ちの悪い剣だね。」
再び鳴き叫び、脈打ち出す封龍剣を見てゲドが言う。
本当は何の血でもその力を発揮するのか?
それともゲドの血だから反応したのか?
答えは既に知っている・・後者だ。
龍を食べ続けた結果、自分自身も龍に成るなんて皮肉以外の何者でもない。
だが皮肉だろうと何だろうと構わない、目の前の奴を喰えるんなら何だって構いやしない。
「俺の血で良いんなら幾らでもくれてやるよ!!」
ゲドはそう叫び鎧の砕けた部分から自分の腕を切り裂いた。
魔剣は鳴くのを止め、その代わりに紅蓮の双刃を作り出した。
「クッ!?」
砕けた方の封龍剣がゲドの傷口に根を張る様に翠の血管を伸ばしだした。翠の血管が血を啜る様に脈打つ度に紅い刃は歪に肥大していく。
右腕に焼かれる様な痛みを感じながらもゲドは双刃を高々と振り上げた。
鬼へと姿を変えた男は再び邪龍目掛けて駆け出した。
迫る鬼を見て再び吼える邪龍。
鬼はそれを見て芸が無いと笑う。本日二度目の流星群は意とも容易く突破され、龍殺しの刃はアッサリと邪龍を捉えた。
「では改めて・・イタダキマス♪」
邪龍の胸殻目掛け封龍剣を一気に振り下ろした。今までどんな刃も拒んで来た邪龍の甲殻を、紅蓮の双刃は容易く縦一線に切裂いた。
予期せぬ一撃を受けのた打つ邪龍を余所に、ゲドは雨の様に降り注ぐ鮮血を欲望の赴くままに自身の口へと運んだ。
咽を流れ落ちた深紅の液体は全身に焼き付くような快感と恍惚与える。
これが絶望の味か?・・サイコウダネ!
「ハッ、アハハハ・・アハッハ!!」
ゲドは体を焦がす快楽に耐え切れず狂った様に笑い出した。
そして立ち上がった邪龍の胸から流れる赤い、紅い血を見て狂喜の笑みを浮かべた。
「お前を、お前の全部を喰わせてくれよ。」
狂った様に笑いながら鬼は邪龍に襲い掛かった。
巨木と蝋燭
彼の戦い方は例えるなら、小さな蝋燭の炎だけで巨木を焼き尽くす様な無謀な行為。
一度燃え移った炎はその激しさを増し、一気に巨木を焼き尽くすだろう。しかし、炎が強さを増せば蝋燭の寿命もあっという間に尽きてしまう。
実際こんな事をすれば木が燃え尽きるより早く、ちっぽけな蝋燭が消え去るのは明白。
だが、今の欲望に捕らわれた鬼にはこの選択しか出来なかったのだろう。
鬼は欲望に任せ狂った様に双刃を振るい、邪龍と自身の血を散らせ続ける。
腕を斬り、胸を裂き、肉を抉り、深紅の血を啜る度に紅蓮の刃はその大きさと威力を膨張させて行く。
だが、幾ら邪龍の血を浴びようとも、主からも血を吸い続けた。
邪龍の魔手をかい潜り、懐に入り込み、紅蓮の刃を振るう度に鬼の意識は遠退く。
それでも、辺りに漂う血の臭いが、一度喉を流れた恍惚が、目の前にある肉塊が、彼の意識を後一歩の所で引き止める。
夥しい血を流し自身を赤に染める邪龍。それに対峙する血よりも紅い剣を持った蒼い鬼。
一見すれば鬼が圧倒的に優位に見えるが、実を言えば両者の命は燃え尽きる寸前。
鬼は一旦離れ大きく息を吐く。そして鎧に着いた返り血をペロペロと舐めた。
もっと‥もっとコレを寄越せ‥
その欲望だけが小さな蝋燭を燃やし続ける。
「いい加減‥喰われろよ!!」
怒号と共に切りかかるが、邪龍は業炎と共に空へ舞い上がった。
宙に浮かぶ邪龍は下で待ち構える鬼には目もくれず、火口の方へフラフラと飛んでいく。
今奴を逃がすのはマズい‥そろそろ意識を保つのが危うく成ってきているし、体力も限界に近い。そして何よりも此処まで来てお預けなど真っ平御免だ。
決して‥逃がしは‥しない!!
「おぉぉぁああぁあぁぁ!!!」
飛竜の鼓膜すらツンザく程の雄叫びを上げ、ほぼ垂直な岩を駆け上り高々と舞い上がる。
そしてフラフラと低空を舞う邪龍の背中に着地すると共に封龍剣を突き刺した。
「逃げるなんて釣れないじゃないか♪」
コレが鬼と邪龍の最後の攻防。どちらがこの闘いに勝利しようとも、巨木とちっぽけな蝋燭は間も無く燃え尽きる。
何のため
(なんのために狩をするの?)
まどろみの中に霞がかった声が響く。
彼の為・・・
まどろむ少女はボンヤリと返す。
(彼が死んだらどうするの?)
先程よりもやや鮮明に声が響く。
そんな事はありえない・・・
少女は言い返す。
(もしありえたら?)
次第に鮮明になる声が冷ややかに言う。
絡み付くまどろみを振り払い少女は叫ぶ。
(なら・・・もう起きなきゃね)
背筋を刺す様な冷たい一言が少女の意識を覚醒させる。
微かに熱を孕む大地から跳ね起きる。そしてあたりを見回すがゲドの姿は無かった。
「ゲドさんは、ゲドさんは何処ですか!?」
半ば気が狂った様にルディはムサシに問い詰める。
ルディの問いに対してムサシは黙って火山の方を指差した。
禍々しく淀む空には翼を広げ宙を舞う紅い龍が見える。その龍は恐らく邪龍・・しかし、なぜか邪龍は自身の体を何度も捻り、自分の体に対してお構いなしに流星群を降らせている。
不意に邪龍の背から紅い水柱が噴出した。その柱の根元には、確かに蒼い人影があった。その影を見紛う筈も無い、少女は躊躇せずその名を叫ぶ。
「ゲドさん!!」
そのまま駆け出そうとするルディの肩をムサシが?む。
「行っても何も出来ないと思うニャよ?」
こんな時になっても赤い猫は意地悪な笑みのまま言う。
「それでも・・ここで待っているだけなんて出来ないんです。」
少女はムサシの手を払い除け言い放つ。
「嬢ちゃんも相当な馬鹿ニャね?」
「なっ!?」
ムサシはその言葉に反応し振り返るルディに二つの物を投げつけた。黄色い液体と赤い小瓶。
「今回は嬢ちゃんに奴の隣を譲ってやるニャ。」
「ムサシさん・・・ありがとうございます!」
ルディは一言そう言うと、強走薬を飲み干し、古の秘薬をポーチにしまい火山に向け駆け出した。
行け
少女は走る、一心不乱に。
しかしその視線だけは空を仰ぐ。
業炎が邪龍にぶつかり、弾ける度に少女の心臓は握り潰されそうになる。
そして次の瞬間、蒼い影を確認する度に安堵の溜息を付く。
そんな事を延々繰り返す。
火山の斜面に差し掛かり、火口が近付く度に、全てを焼き尽くす様な熱波が少女に襲い掛かる。
とうに強走薬はその効力を失っているが、それでも少女は走り続ける。
「あっ!?」
不意に足を取られ地面に滑り込む、体力が底を付き掛けているルディには身を守る鎧ですら重く圧し掛かる。
少女は朦朧とする意識のまま防具を脱ぎ捨て、弓とポーチだけを身に付け火口へと駆け上った。
死と言う名の流星が振降り注ぐ火山の頂上で少女は弓を構えた。
狙うは上空を舞う終末の化身。
弓で狙うには高すぎる標的、そうでなくても今の彼女には弦を引く力すら残って居るかどうか・・
(・・貴女なら、出来るわよ)
響く声は何時もの冷やかさは無く、包むような優しさが感じ取れた。
(だって貴女は私だからね)
消え去るような一言が終わると共に、龍弓の弦は眼界まで引かれた。
『行け』
重なる様な一言と共に放たれた矢は、流星の隙間を潜り抜け邪龍の腹に五輪の花を咲かせた。
宙に浮いたまま一瞬だけ苦悶の表情を浮かべる邪龍。邪龍に跨る蒼い鬼は無数の死に晒されながらも、その一瞬を見逃さなかった。
ニヤリと笑い最後の一太刀を振るう。
「さよなら、トカゲ君。お前の味は最高だっだよ♪」
交差する紅蓮の双刃は容易く邪龍の首を切り落とし真っ赤な大輪の花を咲かせた。
終末に終止符を
二つに裂かれ落下する邪龍の体。首から上は火山の頂に、首から下は大きく口を開けた火口へと落ちていく。
地獄へと落ち行く屍の上で鬼は思った。
これは助からないね・・
そして絶望する訳でもなく邪龍の屍の一部を剣に刺し、ニヤリと表情を歪ませる。
「イタダキマス♪」
鬼の口で蹂躙される絶望の味は、彼の人生の中でまさしく極上の味だった。一頻り味を堪能した後、彼は両手を合わせた。
「ご馳走様でした♪」
その一言を言うと彼は目を閉じた。短い人生だったが、自身の生きる意義は今達成された。
何も思い残すことは無い。
死への落下に身を任せユックリと落ちていく。
「ゲドさん!!」
火口の淵を通り過ぎる寸前に少女の声が響く。その顔は涙でグシャグシャになっていたが、小さなその腕だけは真直ぐ此方へ伸ばされていた。
思い残しなど無い今の世界に何の価値も無い筈なのに・・・
気付けば鬼は少女の腕を掴んでいた。
地面にブツカル肉片の音、その数秒後にマグマに肉片が落下する音が響いた。
ルディは龍弓を地面に突き刺し、必死にゲドを支えていた。
そして一気に死の淵から引っ張り上げゲドに抱きついた。
何も言わずに抱きつくルディを抱き返そうとしたが、ゲドは咄嗟にその手でルディを突き飛ばした。
「え!?」
困惑する少女の眼前を何かが突き抜けていく。
ブツン
何かが千切れる音と共に封龍剣が宙を舞う。
「っあぁぁ!!?」
ゲド悲鳴が火山に響く。ゲドは左肩の付け根から下を失い血を噴出し呻き声をあげる。
ルディは瞬時にゲドの左肩から下を奪った相手を見た。
それは首だけになりながら、なお這いずり回る邪龍の姿。邪龍はゲドの血で真っ赤に染まった口を開き、再び此方に迫ってくる。
「ルディ!!」
ゲドの叫びに反応してルディはは宙を舞う封龍剣を掴んだ。
そして二人は、二人の間を突き抜ける邪龍の顎に双刃を付きたてた。
上下真っ二つに裂けた邪龍は、断末魔を響かせながらマグマの中へ消え去った。
欲望に終止符を
「ハァ・・ハァ・・っぁ!!」
緊張の糸が切れ、左肩の断面を押さえながら蹲るゲド。
「ゲドさん!」
ルディは直ぐに駆け寄りポーチを開いた。
「早く、これを飲んでください。」
「その、前に、お願いがあるんだ。」
赤い小瓶を取り出すルディをゲドが宥める。
「何ですか?」
「こっちの腕も切ってくれないかな?」
ゲドの予想外の一言に少女の涙は一瞬止まり、再び激しく流れ出す。
「な、なんでそんな!?」
「見れば解るよ」
そう言って突き出されたゲドの右腕は砕けた封龍剣と一体に、否、支配去れつつある。
少女の目の前で僅かだが、確かに侵食を続ける緑の血管が彼の言葉の意味を告げる。
「早くしないとさ・・本当にやばいんだよね・・そこさ、封龍剣を使えば今の俺の腕くらい簡単に切れるからさ・・」
「で、でも」
少女は泣きながらゲドの言葉を拒む。それを見てゲドは微かに微笑みこう言った。
「本当はさ、あのまま火口に落ちても良かったんだよ。もうやりたい事はやったし、死んでも構わないって・・・だけどさ、あの時ルディの顔を見たらつい手をつかんじゃったんだよ。あぁ、まだ死にたくないなって。」
泣き続けるルディにゲドは優しく言い続ける。
「俺にこの手はもう必要ないんだよ。ただルディが側に居てくれればそれで良いんだよ。もう抱き締めたり出来なくなるけど・・まぁそれは諦めるよ。」
ゲドはハハっと笑う。しかしその顔からは見る見る生気が無くなりつつあった。
「別に後で恨んだり、起こったりしないからさ。頼むよ・・ルディ。」
ゲドの言葉を聞いて少女は泣きながら頷くと、封龍剣を掲げ・・振り下ろした。
「ありがとう、ルディ。」
腕が落ちると共に彼はそう言った。その言葉を聞いて少女は声をあげて泣き出した。
こうして彼の欲望を満たすためだけの戦いは、火山での絶望との死闘を最後に幕を下ろした。
幕を引く前に
火山での邪龍討伐から数週間後・・・
都市の外れにある豪邸に見知った面々が集まりつつある。
ここは、貴族・グラン家の本邸。つまりゲドの実家だ。
そして何故こんな場所に村の面々が集まっているかと言うと・・・
「結婚式だからニャ。」
ムサシがニヤリと笑いながら言う。
「なんで、結婚式なんですか!?」
ルディが突っ込むが、その体は純白のドレスに包まれていた。
「そりゃぁあんな所であんなアツ~いプロポーズなんかしてたからニャ。」
ムサシがニタっと笑う。
今回こんな唐突に結婚式が決まったのには訳がある。
実は邪龍を倒した後、火山の頂上に着いたムサシが二人の会話の一部始終を聞いていたらしく、それを村長とリリーに話した所『それはプロポーズね』と解釈された。
その後、二人の意見は無視で即効で二人の結婚は可決された。
そして現在、ルディの式の準備をムサシが手伝っている。(因みにゲドは別室でコジロウに仕度を手伝ってもらっている。)
「なんニャ、それとも嬢ちゃんはゲドと結婚するのは嫌だったかニャ?」
「それは・・」
ムサシの質問にルディが押し黙る。が・・
「全然良いに決まってるじゃないですか~。今の気分は最高ですよ♪」
くねくねしながら悶えるルディ。・・人はここまで変わる物なのだろうか?
「アプトノスに蹴られて死ねばいいニャ。」
ムサシが鼻で笑う。
「そんな事言わないでくださいよ~w」
だが、幸せでネジと言うか色々緩みまくっているルディに効果は無いようだ。
「ええぃ、鬱陶しいニャ!!ゲドの準備が出来るまで其処の隙間から表の連中でも見てろニャ!!」
「は~い♪」
ムサシに蹴飛ばされ言われるままに表を覗くルディ。
一番前の席にはカインが座っている。カインはこの前の事を最後にハンターを引退し、大人しく村の集会所のマスターをしている。
しかし、狩に行かなくなってから目に見えて老けている気がする。・・・お気の毒に。それでも村の子供と遊んでいる時は心底楽しそうなので良しとしよう。
その隣はロードとハル。やたら距離が近い。・・何でも二人は最近付き合い始めたらしい。そんな二人に気を使ってかパルとバルは二人で狩に行くようになった。
因みにルディはその事を知ってからロードの『ロリコン』と呼んでいる。
そしてその隣は村長、相変わらず子供が増加中である。ロッタ村のエンゲル指数が心配だが、毎日近隣の飛竜に犠牲になって貰う事で村は飢えを凌いでいる。
そしてその隣には子供たちがずらりと並び、二列目以降が初期の村長の子供たち、つまりルディの兄や姉が座っている。
結婚式前日は多くの兄弟が『チビッコルディちゃんに負けた・・』と落胆していた。
ドゴォーン
『ギャー』
えげつない破砕音と共に二列目以降の客が吹っ飛んだ。どうやら彼女がきたらしい。
「えーっと、セーフかな?」
屍の山を作った段階でアウトだろ、と言う突っ込みは置いておいて・・・桜火竜の背に跨って結婚式場に突っ込んできたのはアイアンメイデンことリリー(ゲド母)だ。
彼女が跨っているのはリオハートこと二代目ジュリアナ。何でも初代ジュリアナ(アプトノス)がこのリオハートに喰われたので、代わりに二代目ジュリアナになってもらったんだとか・・・まったく無茶をする。
「ごめんね、道に迷って仕方なくさ。」
笑って誤魔化そうとするリリー。道に迷ったからって空から突貫するな。第一自分の家くらい憶えておけよ。ルディは心の中で突っ込みを入れた。
その他には村の店の家族や、砦の街の工房の面々も来ていた。
これで大体の面子は揃った様だ。
「準備が出来ましたニャ。」
タイミングを見計らった様にコジロウが部屋に入って来た。
「じゃあ始めるかニャ。」
結婚式場にメロディーが流れ、拍手で迎えられながら新郎と新婦が入場する。
そして壇上に村長とリリー、そして二人が並ぶ。中身が入ってなく揺れる彼の袖はどこか切なげだった。
「お嬢ちゃん、ハイ。」
リリーが満面の笑みで小さなブレスレットをルディに手渡した。ルディはそれに見覚えがあった。
「え、これは!?」
「お母さんからの結婚祝いだよ。サイちゃんの事だから指輪とか貰ってないんしょ?」
正確には誰かさんのせいで準備する暇が無かったのだが・・
「でもそのブレスレットは・・」
「いいんだよ。その代わり早く孫の顔を見せてくれるかな。あ、なんなら手伝ってあげようか?」
「そ、それは遠慮します!!」
赤面するルディを残し、笑いながらリリーは席に戻って言った。
「さてお二人さん、何か言いたい事はある?」
壇上の二人に村長が問う。するとゲドが前に出た。
「ルディ、色々と聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」
「どうぞ。」
「本当に俺みたいな人間でいいのかな?」
「ハイ。」
「両手が無いんだよ?」
「平気です。」
「食事も自分じゃ食べれないし、ルディを抱き締める事だって出来ないんだよ?」
「ゲドさんが望むことは全部私がしてあげます。」
ルディはゲドのお問いに対して全て笑顔で返した。
「ゲドさん、私からも言いたいことがあります。」
「なんだい?」
「あ、愛してます。」
「あぁ、俺もだよ、ルディ。」
其処まで言うと会場から歓声が巻き起こった。ルディは恥ずかしさで頭がどうにかなりそうだったがどうにか踏みとどまった。
「よーし、じゃあキスでもしてもらおうか?」
村長の科白に会場が沸き立つ。
二人は一瞬目を見合わせた後、どちらからとも無くキスをした。会場の興奮は最高潮になる。
「じゃぁカンパーイ!!」
『カンパーイ!!』
砕けんばかりにぶつかり合うジョッキの音と祝福の声が会場に木霊した。
二人は顔を合わせて幸せそうに笑う。2人に幸あらん事を・・・
終幕
欲望のためだけに生きた男の話はこれで幕を閉じる。
彼は邪龍の味に満足し、両手を無くす事で欲望から逃れ幸福を得る事が出来た。
- しかし、もし腕が無くなっていなかったら、彼は邪龍の味に満足し欲望から逃れる事が出来たのだろうか?
答えは恐らくNOだろう。本当なら彼は己が身が滅びるまで、自身の身を危険に曝し、美味を追い続けただろう。
両手を失ったのは飽くまで切っ掛けであり、彼を欲望の輪廻から救い出したのは間違い無く、小さな少女だろう。
彼女が居たからこそ彼は幸福を得られたのだ。
まぁ、欲望に囚われたままだったなら、死ぬまで戦い続ける事も幸せだったのかも知れないが・・
最後に、欲望から逃れられる人間は本の僅かだろう。多くの人間はその事に気付かず自身を破滅へと導く。
まぁそれも人生だと言ってしまえばそれまでだが・・
この物語の終わりがハッピーエンドになったのは紛れも無く少女のお陰だ。彼女の救いの手が有ったからこそ彼は生きる事が出来たのだ。
出来れば多くの人に救いの手が伸び、伸ばす事が出来ますように・・・
これにてこの物語はおしまい。
見苦しい後書き
皆様コンバンワ~へたれ作者です。
まず始めに、最後まで読んで下さった方・・・
有難うございます。そしてごめんなさい。
終始グダグダであり誤字脱字や名前間違えが多々あった事をお詫びします
その上最後があんなんでごめんなさい(汗
始めはゲドを殺すつもりでしたが、バッドエンドは個人的に嫌いなのであんな終わり方になりました(だから深夜に更新しました
最後に
こんなグダグダで文章のなってない話しでしたが少しでも楽しんで貰えたんなら大変嬉しいです
それではサヨウナラ~
最終更新:2013年03月01日 13:19