青い空に雲が流れ、鳥が連れだって飛んでいる。
そんな風景が好きだった。
『…いけない、また怒られちゃう』
いつも自分を叱る友人の顔を思い出すと自然に口元がゆるんでしまう。
『私を心配してくれるのは分かるんだけど、ここではあんまり危険な事なんてないしね』
友人に聞かれたらまた怒られるな、と彼女は笑った。
彼女がいるのはシュレイド地方でも比較的温暖な地域にある《森と丘》と呼ばれる場所だ。
安定した気候のせいか草食竜も数多く棲息し、森に入ればキノコや薬草といった物まで採取できる。
またその草食竜を目当てに小型の
モンスターから小型の
飛竜種、時には中型の《リオレウス》と呼ばれる火竜までも住み着く事もある。
しかしこの地域ではこの数年火竜が住み着いたという報告は無かった。
『イャンクックかぁ…』
彼女は今回のターゲットである飛竜の名前を口に出した。
《イャンクック》は飛竜種の中でも小型に分類される飛竜で、駆け出しハンターの腕試しに回される依頼だ。
依頼主にすれば完遂して欲しいだろうが、ランクの高いハンターに頼めばその分お金がかかるし、何よりベテラン達はイャンクックなどと相手にしない事が多かった。
ふと肩にかかる重さを思い出す。
彼女の肩にあるのは《ボーンブレイド改》だ。
ボーンブレイドは大剣に分類される武器で、その重量でモンスターを両断する。
しかしボーンブレイドは飛竜種や草食竜から取れる比較的小さな《竜骨》から作る骨系の大剣で、鉄系の大剣ほど切れ味はなくむしろ叩くに近いものだ。
強化すれば火属性などを付加できるらしいが、《イャンクック》とさえ戦った事のない彼女が造れる訳もない。
勝てるだろうか?そんな考えが浮かぶ。
《イャンクック》は飛竜種でも小柄だと言われている。
自分の大剣とイメージした《イャンクック》とを比べてみる。
…勝てそうである。
それほどに大剣は巨大だ。
しかし初めて戦う飛竜に対して不安もある。
肩の重さがハンターの苦労を物語っている気がした。
『だめだめ!絶対に倒すんだから。』
自分に言い聞かせ大剣の柄を掴み気合とともに振り下ろし、そして薙ぎ払う!
…しかし重さに彼女の方が振り回されている。
『大剣はもっと腰を落とさないと』
後ろから声をかけられ、頭に草を被ったまま振り返る。
『大剣を振る時は腕の力じゃなくて、腰を落として大剣の重さを利用しないと』
振り返った先に居た男が無表情ながらに喋りかけてくる。
腰に剣を差している所をみると彼もハンターであるようだ。
『あなたは?』
頭に乗った草に気付き、照れ隠しに笑いながら立ち上がる。
『…流れのハンターだ、各地を旅している』
彼の装備は使い古されており、言った彼の顔が曇った。
陰を見せたのは一瞬だったので彼女は気付ただろうか?
『大剣はお得意なんですか?』
当然の質問だ、彼が持っていたのは
片手剣だったからだ。
一般的に武器を何種類も使う事は有り得ない。
一度身に付いた武器の感覚を変えるのは難しい、何よりその一瞬の感覚の違いで死ぬ事もありえる。
故に熟練すればするほど武器は変えない。
『母さ…、母がハンターだった時に使ってるのを見ていたから…』
風が2人を包んだ気がした。
『私もお母さんの影響で大剣を使ってるです』
彼女は微笑んだ。
つられて彼も笑った気がした。
彼は母に習った大剣の扱い方を彼女に話した。
「横に薙ぐ時は体重移動に気をつける事」
「振り上げる時は手首に気をつける事」
片手剣を扱う彼が大剣を教える事を誰かに見られたら大笑いされるだろう。
しかし、そんな彼の教えを素直に聞きながら微笑む彼女に彼は苦笑いで返した。
『…1人?クエスト中?』
クエストとはハンターを統括するギルドから斡旋される《依頼》である。
ハンター達は生態系を維持する為にもギルドの依頼を元に、無用の狩りをする事はない。
彼に聞かれた言葉で友人の事を思いだす。きっと怒っているだろう。
『2人です、もう1人ガンナーと一緒ですよ』
彼女は苦笑いしながら答えた。
『…ガンナーを1人に?』
彼は表情を曇らせ下を向き、何かを考えているようだ。
ガンナーとは《ボウガン》を使い《弾》を撃つことでモンスターと戦うハンターの事で、主に遠距離からのサポート等を行う。
サポート主体になる為、小型のモンスター等を相手にすれば数によっては苦戦することもある。
瞬間破裂音が響き、森から鳥達が一斉に飛び立つ。
ボウガンの発射音だった。
火薬の匂いはしないので距離はあるようだが…
『…エレノア!』
声をあげた彼女の顔が陰っていく。
動揺しているのだろう、涙が浮かんでいるようにも見えた。
彼女は彼を少し困った様な顔で見た後、軽い会釈をして道を塞ぐ枝や草を気にもせず森へと入っていった。
(……放っておけないよな…)
心の中で呟くと、人を拒むかのように再び起き上がった草を払いながら森に入って行った。
森の中は広い。さっきの発射音がした方角は分かるが、もうそこにはいないかもしれない。
それに今走っているこの道は友人のいる場所に通じていないかも知れない。
そう思うと息が詰まり、草がいつもより余計に邪魔をしている気がした。
彼女の顔が後悔の念で溢れていた。
ボウガンで戦う以上ガンナーは接近戦には向かない。ランポスなどの素早いモンスターな襲われれば命も落としかねない。
そんな考えが更に彼女の顔を曇らせる。
大きな茂みを越えれば地図にあった《エリア10》と呼ばれる場所のはずだ。
地図によれば源流からの水でできた泉があり、比較的視界の晴れた場所となっている。
彼女は大剣に手をかけ一気に飛び出した。
視界が開けた瞬間破裂音が響き、何かが通り過ぎる。背中に嫌な汗をかいているのが分かる。
『……!リシェス!死にたいのですか!?』
尻もちをついて見上げる彼女の前でボウガンを構えた女ハンターが叫ぶ。
ハンターは動物が草木をかきわける音も聞き逃さない耳を持っている。
当然戦闘中に飛び出せばランポスと間違われて攻撃されるかも知れない。
まして今目の前にいるのはガンナーだ。
『早く立って下さい。ランポスが5匹ほどですから……どうしたんですか?』
言ってリシェスに飛びかかろうとしていたランポスを撃つ。 彼女は照れ笑いを浮かべながら小さく呟く。
『エレノア…腰が抜けちゃって…』
時が止まったような気がした。
『リシェス!あなたは!』
呆れ果てた顔を隠そうともせずエレノアはリシェスを怒鳴る。
しかし実際ボウガンの弾が頭の近くを通れば空気の振動で脳震盪を起こす可能性もある。
リシェスが立てないのは腰が抜けているだけではないようだ。
『まったく…あなたがいなければ《散弾》を使えたのに…』
新しい弾を込めながら嫌みを言う。
言いながらも自分を庇うように戦うエレノアにリシェスは微笑んだ。
『まったく…笑う余裕があるなら手伝って下さい』
嫌みを言いながらも近くのランポスを正確に撃ち抜いていく。
リシェスは足を震わせながら、大剣を支えに立ち上がる。
さすがに違和感を覚えたのか、エレノアは怪訝そうな顔をしながら空になった薬莢を捨て、ポーチから新しい弾を取り出す。
『《散弾》を使います、私の後ろに居てください』
言うが早いか引き金を引き、前にいたランポス2匹を吹き飛ばした。
《散弾》は名前の通り小さな弾を何十個と飛ばし広範囲を攻撃できる。
しかしその分威力は《通常弾》や《貫通弾》に劣るし、使い所を誤れば仲間をも危険にさらす事もある。
最後の1匹が彼女達に近付く事もできずに撃ち抜かれ、力無く小さく鳴いた。
『大丈夫ですか?』
エレノアは
ヘヴィボウガンを折りたたみながら再び座り込んだリシェスに視線を向けた。
『最初の弾に驚いちゃって…』
リシェスは微笑みながらエレノアの差し出した手につかまる。エレノアは、迂濶ですよとだけ答えた。
ふと背後に視線を感じ振り返った瞬間、草木が舞い上がる。
『エレノア!!』
リシェスは大剣を地面に突き刺し、エレノアを庇うように構えた。
『く…!うぅ……!』
やはり足に力が入らないのかリシェスの顔が苦痛に歪む。
『ドスランポス…。なぜこんな所に…』
リシェスを助けようと背中のボウガンに手をかけた瞬間何かが視界に入った。
『!エレノア!!』
リシェスは何とか押し返し声を上げる。
ドスランポスは距離を取り雄叫びを上げた、どうやら仲間を呼んでいるようだ。
『う……なに…?』
エレノアが見上げるとランポスが不気味に笑い声を上げている。
ランポスに飛びかかられたのだろう、背中に意識が集中し熱くなる。
ランポスの爪は鋭い、安物の防具では易々と切り裂かれる。痛みに耐えリシェスを見るとランポスに阻まれ思うように動けないようだ。
(このままでは…)
エレノアは心で状況を覆す方法を模索しているが、どうやっても最悪の最後にしか行き着かない。
焦りが心を焼き、また焦りを生む。
『リシェス…逃げて下さい…!』
リシェスの顔が凍りつく。
『何…言ってるの…?』
当たり前だろう、友を置いて行くなどと即断できる者の方が少ないだろう。
静かに木から鳥が飛び立って行った。
『いいですか…?このままだと2人ともやられてしまいます』
リシェスは涙を浮かべて顔を振っている。
エレノアは荒れる心を必死に押さえながら続ける。
『でも…リシェスだけならまだ逃げれるはずです』
声が震えているのが自分でも分かる。この場に置いて行かれれば自分は間違いなくランポスに殺されるだろう。
(それでも…リシェスだけは…!)
怖くない訳はない、それでも今は自分よりリシェスの方が心配だった。
『いいから!行きなさい!!』
ランポスの視線がエレノアに集中する。
ランポス達にしても反撃の可能性があるリシェスよりもエレノアの方が楽に餌にありつけると分かっているのだ。
『ダメよ!絶対逃げないから!』
視界を塞ぐ涙を振り払い、叫びながらドスランポスに斬りかかる。
しかしランポス種は素早く大剣では戦いにくい。
型も無茶苦茶に振り回しているのでかすりもしない。
悔しさと苛立ちでさらに剣は鈍る。
『何で当たらないのよぉォオ!!』
突然ランポスの体が大きく痙攣し、動きが止まった。
何かがランポスの口から生えているように見える。
『……?』
リシェスは理解できずに動きを止め、その何かを見つめた。
静寂の中ゆっくりと崩れ落ちるランポス。
『あなたは……』
ランポスの後ろにいたのは森の入口にいた片手剣使いのハンターだった。
男はエレノアの姿を見ると目を閉じ息を吸い込む。
次の瞬間男は駆け出し、リシェスの近くにいるランポスに斬りかか………らない!
ランポスに勢いを殺さず体当たりをしかけ、体勢を崩したランポスを踏み台にし違うランポスを頭から両断する。
跳びかかってきたランポスを両断したランポスの死体を盾に捌き、着地した瞬間に首をはねる。
『ふッ!』
男は息をを吐き、ドスランポス目掛け駆ける。
ドスランポスが距離をとろうと横に跳ぼうとした瞬間、男が何かをドスランポスが移動しようとする方向に投げた。
『…ランポスの頭!?』
リシェスは驚いた。
男ははねたランポスの頭を掴みドスランポスに投げたのだ。
仲間を殺されたドスランポスの目が怒りに染まり、自分に向かう男に向かって威嚇する。
ドスランポスが威嚇の叫びを上げた瞬間、男の剣がドスランポスの口に刺さり頭を貫く。
ドスランポスは白目をむき静かに崩れ落ちていく。
リーダーをやられたランポス達は散り散りに森の中に姿を消していった。
大剣を放り出しリシェスはエレノアに駆け寄る。
『ごめんね、私が…私が…』
彼女の瞳からは大粒の涙が溢れ、言葉も上手く出てこないようだ。
『……まだ生きてます、そんなに泣かないで下さい…』
一瞬リシェスの顔に笑みが戻ったが、すぐにまた涙が零れる。しかしそれは嬉し涙だろう。
男はリシェスの大剣を拾い、彼女達の方へ歩いてきた。
『彼女、大丈夫そう?』
そう言うと男はポーチから瓶を取り出すとリシェスに渡した。
『回復薬…飲ませてあげて』
リシェスは礼を言い瓶の蓋を開けエレノアの口元に持って行く。
回復薬とは薬草と増強作用のある《アオキノコ》とを調合したもので、飲むと一時的にではあるが痛みが引き、同時に新陳代謝を活性化して傷の治りを早くしてくれる薬だ。
『エレノア…一度キャンプに帰ろう?エレノア…?』
聞くが彼女の返事はなく、どうやら気絶してしまったようだ。
『俺が彼女を運ぶよ、君は一人で大丈夫?』
リシェスが驚いた顔をすると『君も…具合悪いんだよね?歩ける?』
言って男はエレノアを背負い上げリシェスを見る。
正直まだ頭はフラフラしていたが、エレノアの事を思うとそうは言っていられない。
リシェスは肩で息をしながら自分の大剣とエレノアのボウガンを持ち歩き出す。
大剣とヘヴィボウガン、両方が重量武器の上、体の調子も悪い。
リシェスは草に足を取られながら頼りなさげに歩いている。
『日が落ちる前に戻らないと…』
言って男が見上げた空は薄暗くなり始めていた。
夜になれば狩りをする肉食獣やランポスに狙われかねない。 この状況で戦いになれば危険極まり無い。
だが日は落ちていないといっても森はすでに暗がりに飲み込まれかけていた。
ベースキャンプに着いたのは日が沈んでから大分経ってからだった。
幸いランポスなどに狙われることもなく、途中でリシェスが何回か転んだ事以外は無事に着いた。
ベースキャンプは依頼主がハンターに用意する場所で、テントがあり休む事もできる。
また《支給品》と言われるアイテムも用意されていることもある。
『何…やってるんだろう…』
彼女達を休ませ自分が見張りをしている事は男である以上当然だと思うし、ダメージを受けていない自分にしかできない事だと思う。
男は満天の星空を見上げながら苦笑いを浮かべた。
焚き火の明かりが遮られた瞬間背後から金属が擦れる音がした。
『…人に武器を向けるのは違法だよ?』
男は振り向きもせずに口を開いた。
一般にハンターが使う武器は竜人族が対飛竜用に製造した武器で人を相手には巨大すぎて使えない。
しかしその威力からハンター達の間では人に向けないというのが暗黙のルールだ。
それを違えばギルドに粛正されるという噂もある。
ギルドは猟域を荒らすハンターやハンター達を統括するための《ギルドナイト》を設立していると噂されているが、それは噂でしかなく誰も自らの命をかけて確かめようとも思わない。
しかし火の無い所に煙はたたないと言う、確かにギルドにはハンター達に対抗する《何か》がある。
それ故にハンター達を統括できるのだろう。
『あなたは何者ですか?気を失う前に貴方の戦い方を見ました、貴方はいったい……?』
男の発した《違法》と言う言葉に反応してか声が震えている。
『無事だったんだね…良かった…』
男はゆっくりと振り返る。
焚き火の影で表情は見えないが笑っているような気がした。
『エレノア!何してるの!?』
異変に気付いて起きたリシェスが驚きの声を上げる。
『彼女も不安なんだよ、寝て起きたら知らない男がいるんだから驚いたんだと思う…』
男は立ち上がりエレノアのボウガンの銃口を手で押さえ降ろした。
『…リシェスは不安ではないのですか?彼の戦い方を見ました、こんな辺境にいるハンターの戦い方ではありません』
男から顔をそらし、エレノアはボウガンを折りたたむ。
『でも…この人がいなかったら私達……それにキャンプまでエレノアを運んでくれたのよ?』
先程の出来事を思い出してかリシェスの目に涙が浮かぶ。
親友とも呼べる友人を失いかけたのだから当然だろう。
自らの命をかけて狩りに挑むハンターには安全はない。
普通の人間に言わせれば正気の沙汰とは思えない飛竜に挑む事もあるし、そうなればいかに凄腕やベテランと言われるハンターでも一瞬の内に命を落とす事もある。
『それは…そうですが……』
エレノアも命を救われた上にキャンプまで運んでくれたとあっては強くは言えないのだろう。
しかし見ず知らずの男を簡単には信用できないようだ。
ハンター中には優しい言葉で近付き報酬を横取りする者もいると聞く。
(リシェスにそんな思いはさせたくない…)
『あなたの目的は何ですか?』
エレノアの言葉を最後に3人とも口を閉ざす、夜の闇が空気をより重くさせている気がした。
『クエスト中?…時間は大丈夫?』
男が口を開いた。
クエストとはギルドが斡旋する仕事でそれにはほぼ例外なく期限が設けられる。
それはハンターが死亡したり行方不明になった時にいつまでも帰りを待つ訳にはいかないからだ。
男の言う時間とは《それ》の事だろう。
『質問に……ッ!』
エレノアが抗議の声を上げようとしたが、言葉を飲み込みリシェスに掴みかかる。
『期日はいつまでですか?!』
エレノアの剣幕にリシェスは怯えながらも口を開く。
『50時間だったから明後日の日没までだけど……』
答えを聞きエレノアの顔がより険しくなる。
『日没までにイャンクック…』
相手が強大な飛竜と戦う以上、当然予想外の出来事も起こり得る。
そうなれば依頼、つまりクエスト失敗ということもあるわけだが、ハンターにとってそれは致命的になることもある。
飛竜種の依頼は少ない上に、失敗が続くハンターには他の依頼自体が回ってこなくなるからだ。
そうなればハンターを続けていく事は難しくなる。
(やっとハンターになれたのに……)
悔しさで涙が溢れそうになるのを唇を噛んで耐える。
彼女達の今回のターゲットは《イャンクック》だ。
《イャンクック》は小柄で体力なども他の飛竜に比べて少ない。
しかし問題はその《逃げ足》だ、上手く戦いを運ばないと討伐に何日もかかることもある。
『手伝ってほしいです……』
黙っていたリシェスがふいに口を開いた。
『……!リシェス?!』
確かに2人より3人の方が討伐できる確率は高くなる。
しかし、それだともう一つの問題が出てくる。
それは…《報酬》
普通ハンター達はクエスト出発前に報酬の分配を決める。
気の知れた仲間同士ならともかく他人となるとまず揉めるからだ。
しかも今回は彼女達が男に助けを求める形だ。
どれだけ足元を見られるか分からない、エレノアが驚くのも無理はない。
『このままだと失敗になっちゃうから……それにこの人強いし、悪い人じゃないって思うの……だから…』
そう言ったリシェスの顔にも戸惑いの色が強く浮かんでいる。
2人は不安そうに男の顔を見つめる。
相変わらず男の顔は焚き火の影で見えなかったが笑ったような気がした。
『大丈夫…最初からそのつもりだから…』
男の答えを聞いた瞬間、リシェスの顔は輝き、エレノアは安堵のため息をつく。
『報酬は…』
きた…とエレノアは息を飲む。男がどれだけ要求してくるのかは分からないが自分達の取り分はほぼ無くなると思った方がいいかもしれない。
『報酬は…俺が2で君達が8でいいよね?』
『…え?』
彼女達は顔を見合わせる。聞き間違えたのだろうか?
『後から入れて貰うんだし…《イャンクック》と戦うだよね?それでも取り過ぎ?』
確かに《イャンクック》は飛竜種だが、火竜などに比べるとそんなにも珍しい飛竜ではない。
『いえ、あなたがそれでいいのなら構いません』
リシェスが何かを言いたそうにしているのを手で遮り、エレノアは続ける。
『私はエレノア、こちらがリシェスです。名前、教えて頂けますか?』
リシェスが不安げに2人を交互に見ている。
『俺はルイン…《ルー》って呼んでくれればいい…』
ルインは静かに手を差し出す。
『よろしくお願いします、ルインさん』
エレノアが手を取り答える。
ルインは苦笑いをしながらリシェスにも手を差し出した。
リシェスは満面の笑みで手を握り返した。
『挨拶はこの辺にて作戦を立てましょう。少しの時間も惜しいですから』
言うとエレノアはテントに戻りランプに明かりを灯し、地図を広げた。
『気を悪くしないで下さいね…ルーさん、本当はいい娘なんです、でもちょっと…ナーバスになっているだけで…』
エレノアの事だろう、さっき愛称で呼んでと言った時に呼ばなかったエレノアを庇っているのだ。
『気にしてないから…いきなり信用ってのも無理があると思うし……それに《さん》はいらないよ…』
ルインは俯いたリシェス手を取り微笑む。
『はい、あっ!早くいかないとまた怒られちゃう』
リシェスの顔に明るさが戻り、2人はテントに向かった。
テントに入るとエレノアが不機嫌そうな顔をしていたが、リシェスの笑顔を見ると少し和らいだようだ。
『まだ陽が昇る前にイャンクックを捜そう』
作戦会議を始めると同時にルインが提案した。
エレノアは夜のうちに動くのは危険だと反論するがルインはそれを制止し続ける。
確かに視界のなくなる夜に動くのは好ましくない、ランポス達がどこに潜んでいるかも分からないし、気付けば囲まれていたと言うことも有り得る。
『ここ…』
ルインは静かに地図を指差した。
指差された所は《エリア5》と書かれた場所だった。
この辺りは森と丘の丘にあたる場所で、大きな洞窟があることが確認されている。
『この時間ならイャンクックはここで寝ているはず…そこに不意打ちをかければ期日までに倒せるかもしれない…』
リシェスは黙って頷いていたがエレノアは納得がいかないようだった。
『もし、そこに居なければどうするんですか?』
クエストを受けていないルインとは違い彼女達に失敗は許されない。
ルインは依頼を受けている訳ではないのだから失敗しても損は無いが、彼女達はそうもいかない。
エレノアが慎重になるのも無理は無かった。
『この辺りに飛竜の巣があるのを昼間に見つけたんだ…きっとそこにいるよ…』
ルインはエレノアの目を見つめながら2人に話し掛ける 。
嘘を言っている目ではないが失敗できないという焦りからかエレノアは目を逸らした。
逸らしてから誤解を招いたのでは?と思い溜め息をつく。
『エレノア…取り敢えず行ってみよう?居なかったらまたそこで考えればいいじゃない。』
リシェスがエレノアの手を取り微笑みかける。
『ただ……一つ問題が…』
ルインがリシェスを見つめて言葉を濁す。
『リシェスがどうしたのですか?』
エレノアが不信そうにルインを見る。
『飛竜の巣には大抵群れからはぐれたランポスがいるから…君の大剣じゃあ辛いかなって思って…』
普通、飛竜種はハンター以外の動物を無用に襲わない。
それ故ランポス等の肉食獣は飛竜の巣に間借りして巣を作る事がある、もっともドスランポス率いる群れが住み着くことはないのだが。
ルインは昼間の戦いを見てリシェスがランポスと戦い慣れていないことを心配しているようだ。
『大丈夫、今度はちゃんと戦うから…』
自分は迷惑なのだろうか?という思いからか、リシェスは肩を落とし俯く。
『そういう訳じゃないよ…君の大剣は飛竜との戦いできっと役に立つから』
心の中を読まれたのかと思いリシェスは驚く。
『戦いになれば俺が飛竜の気を引く、そして飛竜を攻撃するのはリシェス、援護はエレノアに任せるよ…』
ルインは微笑み手をかざす。
『言われなくても分かっています』
やはり不機嫌そうな顔をしながらルインに手を重ねる。
『絶対討伐するんだから!』
最後にリシェスが手を重ね3人は静かに頷く。
強大な飛竜種に挑む彼等、人は彼等をこう呼ぶ…
《Monster Hunter》