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冥界と死と光のマキナ - (2024/05/04 (土) 09:15:49) の1つ前との変更点

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 目を覚ます。  意識が浮上する。  機械の電源をオフからオンにする工程そのままに。  体内の回路が駆動し、AL-1Sは起動する。  同時に脳内に流れ込んで来る知らない知識。  冥界、戦争、葬者、運命力、英霊、聖杯。  その全てを『後でいいです』とデータの奥底へ押し込んで。  全てのメモリを記憶の遡及の為に動員した。  アトラ・ハシースの戦い。  〈Key〉――ケイとの会話を終えて目を閉じた時。  憶えているのは其処までだ。  自分はちゃんとやれたのか。  皆は、先生は無事なのか。  其処の記憶だけがどうしても出て来ない。  どうやらそのタイミングで此処へ落とされたらしいと理解し、AL-1S、いや。  天童アリスと名付けられた少女は顔をあげた。  其処で初めて、気付く。  自分の前に誰かが立っている事。  錆びた影が一つ、自分を見下ろしている事に。 「…あなたは」  似ていると思ったのは一人。  アトラ・ハシースの方舟を駆った"敵"だった。  プレナパテス。  無表情の面を被って佇む、棺のような何か。  見た目もカラーリングもまるで違うのに、それでもアリスはあの鉄影を重ねてしまった。   「あなたが、アリスのサーヴァントですか?」 「そうだ」  響いた声もまた錆び付いていた。  人の声を色で表現出来る程の感性はまだ学習途上のアリスにはなかったが。  それでもその声から連想したのは錆び付いた機械のヴィジョンだった。  何千年、何万年と稼働し続けて来たオーパーツ。  休む事を許されず不協和音を立てて回る歯車。  そんな印象をアリスは懐いた。  それも含めて似ていると思ったのだ。  プレナパテス、キヴォトスに顕れたあの影に。  黒くそして黎く佇むこの男が、重なる。   「サーヴァント・ライダー。葬者(おまえ)の召喚に応じ現界した」  漆黒の軍服とそして軍帽。  腕には鈎の付いた十字の紋章。  肌は白いがその印象が消し飛ぶ程に黒い。  見てくれの話ではなく、存在そのものが何処までも暗かった。  闇の底を覗いたような。  若しくは夜の天を見上げたような。  世界にぽっかり空いた穴のような。  底のない黒を湛えた、錆びた鋼のような男。  アリスが其処に見たのは"死"だった。  生きる、死ぬ。  それを理解出来る程長く人の営みに触れていない機人でさえ、彼の影には死の影を見た。  冥界とは死の世界。  ならば死人が、死が歩くのも道理。  葬者に寄り添う死者として。  終焉の歯車は其処に居た。 「…あなたは」  アリスは問わずにはいられなかった。  質問攻めにするのが良くない事だというのは解っている。  相手にも話す隙間を与えるのが対人関係の基本だ。  それでも訊きたい気持ちの方が勝ってしまった。  だから口を開き、また問いを投げる。  これから長い戦いを共にする戦友の事を。  そして。 「あなたは、どうしてそんなに哀しい顔をしているんですか?」  どうしてそんな表情をしているのかを知る為に。  矢継ぎ早の問いに気分を損ねるでもなく黒影のサーヴァントは再び口を開いた。  ギギギ、と。  もう動かない機械を無理矢理動かす音に似た錆色の声で。 「――俺は終わった存在(モノ)だ。  とうに幕は下り、迎えた結末に悔いはない」 「じゃあ、どうして」 「俺が続いているからだ」  言葉の意味が解らない。  怪訝な顔をするアリスに英霊は続ける。 「俺が終わっていない。  漸く掴んだ終焉(おわり)はまた何処か遠くへ行ってしまった」 「…終わり。ライダーは、終わってしまいたいのですか?」 「死は一度きり。ゆえに烈しく生きる意味がある。  代えの利く終わりなど、茶番以外の何物でもないだろう」  錆びた黒色の声が鼓膜を打つ。  アリスはそれを咀嚼するべく思考回路を動かしていく。  先生が居て、モモイ達ゲーム開発部の皆が居て。  ユウカやネルのような楽しい人々に囲まれて過ごす大切な時間。  アリスにとってそれはいつまででも続いて欲しい"当たり前"だったが。  この英雄にとってはどうやらそうではない。  半端な反論を許さぬ歴史の重みが、響く重厚な声には確かに載っていた。 「失敗の許されぬ唯一無二。決して譲れぬ聖戦。それこそが俺の理想の死だった」  アリスの回路に知らない景色が流れ込む。  英霊との記憶の共有。  本来なら夢を通じて起こるそれが覚醒時であるのに生じていた。  それもその筈、天童アリスと死を纏う騎兵は存在として近い。  共に機人/機神。  終焉を導くべく生み出された生体兵器。  ――デウス・エクス・マキナ。 「聖戦は成った。だが結末は穢された。  奇跡を名乗る泥細工に、俺は掴んだ無二を汚されたのだ。  どうして愉快な顔が出来る。抱くのは怒りと、諦観だけだ」  ライダーが誰かと戦っていた。  死と死が乱れ舞う戦場。  それは、アリスの見て来たどの戦いよりも激しい。  雄々しくそして哀しくぶつかり合う二人の勇士の姿にアリスは息を呑む。  そして同時に、彼の言葉にこう思ったのだ。   「…それは、少し解る気がします。  アリスにも大切な人達がいます。  魔王になって滅ぼす筈だった世界――その素晴らしさを教えてくれた人達がいます」  勇気と愛と光のロマン。  時計じかけの花が愛したパヴァーヌ。  紛れもなくアリスにとって唯一無二の宝物だ。  それをありふれていると笑われたら。  一山幾らで何度でも再現出来るのだと知らされたら。  その時きっと自分は、怒るだろう。  決して笑ってなんかいられない筈だ。 「先生も皆も、絶対に替えなんて居ません。  居る訳がありません。なのにそんな事を言われたら、アリスはきっと嫌な気持ちになります」  天を衝くような長身を見上げて言う少女に。  機神たる英雄は僅かに沈黙した。  やがてそれを破り口にしたのは、今度は問い。  次はアリスが問われる番だった。 「AL-1S。名もなき神々の王女となるべく生まれた鋼の魔王よ」    英雄も、アリスの記憶を見ていた。  彼女自身が記憶していない部分に至るまで仔細に。  彼女は少女などではない。  名もなき神々の王女。  AL-1S。  いつか世界を滅ぼす為に目を覚ます、そう定め付けられていた鋼の魔王。 「おまえは無二を語った。  世界の素晴らしさとやらを語った。  だがおまえは今も変わらず"王女"のままだ。  おまえがその気になれば、世界はすぐさま塵と化すだろう」 「…………」 「そんなおまえが、似合わぬ銘の剣を引っ提げて何を目指す。  破滅させる事しか出来ない機神英雄(デウス・エクス・マキナ)よ。  俺のようなモノを呼び出して目指す"奇跡"は何だ」 「…………!」  アリスの顔に驚きが浮かぶ。  動揺ではなく、あくまで驚きだ。  されどそれはすぐに決意の顔に変わり。  そして彼女は英雄の問いに応えるべく口を開いた。  難しい問いではなかった。  その答えは、既に得ている。  皆が教えてくれた事だったから。 「アリスは、魔王にはなりません」 「何故断言が出来る」 「アリスは、勇者になると決めたから。  ううん、教えてくれた人が居たんです。  魔王だって勇者を目指していいって。  アリスにだって、その権利はきっとあるんだって!」  世界を滅ぼす魔王。  名もなき神々の王女。  それが、死の権化たる機神英雄等を呼び寄せてどの地獄を目指すのか。  答えは一つだ。  地獄なんて目指さない。  だって自分は、もう魔王ではないから。   「アリスは勇者です。  だから勇者としてこの聖杯戦争を戦います!  アリスは皆の所に帰りたくて、この世界には沢山の"願い"を抱いた人達が居る。  …きっと、全員が笑顔になれるエンドはとても難しいでしょう」 「ならば――」 「それでも!トゥルーエンドがあるのなら徹夜してでも目指すのが一流のゲーマーだってモモイが言ってました!」  目指すのはトゥルーエンド。  難易度は極悪。  奇跡でも起きなければ辿り着けないエンディング。  けれどそれでも、存在するのかどうかさえ判然としなくても。  プレイするなら目指してみるのがゲーマーだ。  それがゲーム開発部の心意気なのだと。  "天童アリス"は、ミレニアムの"勇者"はそう知っていた。 「だからアリスは目指します、奇跡みたいなトゥルーエンドを!  そしてライダーにもアリスが勇者として言ってあげます、"おやすみなさい"って!」  冥界にて勇者は光の剣を抜いた。  勇気という名の聖剣を抜錨した。  その輝きが錆びた英雄譚の残骸を照らす。  人世界にて奏でられ、そして穢されたヴォルスング・サガ。  幕引きの鉄拳に、トゥルーエンドを説いた勇者。  奇跡の産物と呼ぶ他ない輝きが死の只中に立っている。  勇者とは即ちご都合主義のデウス・エクス・マキナ。  不可避の死とはまた別な形でそれを体現する存在。  ――物語を終わらせる為に旅に出る者。  それを受けて"死"はまた沈黙した。  二度目の沈黙。  その意味は、彼のみぞ知る感傷であったが。 「奇跡を追うのか、おまえは」 「勇者ですから」 「…呆れた餓鬼だ。幼く青い、やはり機械だな。  俺も人の事を言えた柄ではないが、おまえのソレには溜息が出る」  アリスの抜いた光の剣。  示してみせたその答え。  "奇跡"。トゥルーエンドへの旅の始まり。  あまねく奇跡への始発点たる、時計じかけの花のパヴァーヌ。  それが〈Key〉となって。  錆びた沈黙が終わり、黒き騎士が起動する。  横溢する魔力は彼の魂の重さそのもの。  鋼じかけの英雄譚が言葉を発した。   「――聖槍十三騎士団黒円卓第七位、ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン」  聖槍十三騎士団。  黄金の獣に率いられしレギオン。  死を奪われ、死そのものになった軍勢。  グラズヘイムの戦奴。  大隊長、黒騎士(ニグレド)。  幕引き(マキナ)。 「願うは一つ。俺に唯一無二の終焉を寄越せ。  聖戦は穢された。  墓穴を掘り起こし、戦友(カメラード)を再び呼ぶ程無慙無愧にはなれん。  だからおまえが終わらせろ、光の剣。  俺はおまえに、俺を終わらす奇跡を要求する」  錆びた影が揺らぐ。  その言葉に、錆び付いた英雄の躯が奏でた契約に。  アリスは怯むでもなく静かに頷いた。  マキナの願いは寂しい物だ。  少なくともアリスはそう思う。  彼の思想、その重さも意味も理解はした。  だがそれでも自ら世界を去ろうと願う事、それをアリスは寂しいと感じた。  けれど。  それが彼の、この黒騎士の唯一無二の願望ならば。  勇者に希う希望の形であるならば。 「アリス知ってます。ライダーは優しい人だって」 「節穴だ。殺す事しか能のない兵器を捕まえて、言うに事欠いてそれを言うか」 「だってライダーは、アリスの事を"見た"のにわざと焚き付けてくれました。  アリスが勇者になるのを選んだ事も。  アリスが先生や皆に救われて、自分でそうすると選んだ事も。  見て、知っているのに知らないフリをして問い掛けてくれた。  それをアリスは、とても優しいと感じました。  だからアリスもそんなあなたの、優しい英雄さんの願い事に寄り添ってあげたい。  勇者として――そして独りきりのあなたの隣人として」  アリスはその願いを受け入れる。  眠りに就けない英雄の胸に杭を打つ。  宣言を以って誓いは成った。  死を破却する魔力のパスが繋がり。  勇者と英雄が接続され、鋼の二体が熱を帯びる。  並び立つデウス・エクス・マキナ。  物語へ歩む勇者と。  物語を閉じる英雄。  あまねく奇跡の始発点。 「いきましょう、ライダー。そして始めるんです。アリス達の冒険を!」  黒騎士はこういう存在を知っていた。  世界で最も美しくそれでいて禍々しいモノとして生誕し。  運命に出会い、目映い奇跡の象徴として世界を照らした女を知っていた。  それは彼の戦友、聖戦を共にした男の愛した女神。  黄昏の女神と呼ばれた女の影をマキナはアリスに見出していた。  であればこれは何の因果なのだろうと思う。  刹那の歴史をなぞるようなこの出会いは。  永劫回帰を超え、輪廻転生を終え、その先に待つ地獄すら超えて行き着いた再びの戦場。  事此処に至って刹那の再演を、他の誰でもない自身が行う事に意味を感じずにはいられない。 「…了解した(ヤーヴォール)、アリス。  他の誰でもないおまえが、俺に――あまねく終焉(きせき)を見せてみろ」  斯くして運命の歯車は回り始める。  死そのものを連れた勇者が冥界を舞台に旅をする。  救い等あろう筈もない死と冥闇の支配する世界の只中にて。  確かに今、小さな星が光を灯した。 【CLASS】 ライダー 【真名】 ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン@Dies irae 【ステータス】 筋力A+ 耐久A+ 敏捷C 魔力D 幸運E 宝具EX 【属性】 混沌・悪 【クラススキル】 騎乗:EX 戦車(ティーガー)そのものを素体とした機神英雄。 言うなれば常時騎乗状態にあり、故にEXランクを適用されている。 対魔力:A Aランク以下の魔術を完全に無効化する。 事実上、現代の魔術師では、魔術で傷をつけることは出来ない。 【保有スキル】 死への渇望:EX 唯一無二の終焉を求めて彷徨う求道者。 若しくは亡霊。 死に近付く程にその鉄拳は冴えを増す。 精神に対する干渉を受けず、時にその拳は理をも砕く。 エイヴィヒカイト:A 永劫破壊とも呼ばれる。 聖遺物と霊的に融合し、超常的な力を引き出す為の理論体系。 人を殺せば殺すほどに魂が聖遺物へ回収され、それに比例して強くなる。 Aランクは創造位階、己の渇望をルールとする異界の創造が可能である。 心眼(真):A 修行・鍛錬によって培った洞察力。 窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す戦闘論理。 無窮の武練:A+ 一つの時代において無双を誇るまでに至った武芸の手練れ。 あらゆる精神的制約下においても十全な戦闘能力を発揮できる。 【宝具】 『人世界・終焉変生(Midgardr Volsunga Saga)』 ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:1~5 最大補足:1 唯一無二の終焉を求める渇望が具現化した、エイヴィヒカイトの創造位階。 己の存在を死という概念そのものに変生させ、拳で触れたあらゆる存在に幕を引く。 物質非物質は問われず、たとえ概念であろうともその歴史を強制的に破壊する幕引きの鉄拳。 『機神・鋼化英雄(デウス・エクス・マキナ)』 ランク:C++ 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1 マキナが生前に騎乗していたティーゲル戦車が聖遺物と化したものであり、同時に彼自身。 WW2末期にラインハルト・ハイドリヒの"城"で行われた蠱毒を制したある男の魂を元に作られた生体兵器、それがマキナの真実である。 己自身が聖遺物であるという特性から親和性は最高で、マキナは常に物理的な破壊のみならず死を概念的に叩きつける拳を放つ。 マキナの拳は物的、魔的を問わず一切の防御を貫通する。 【weapon】 拳 【人物背景】 聖槍十三騎士団黒円卓第七位。 黒騎士マキナ。 死を求めて彷徨う亡霊。 【サーヴァントとしての願い】 「俺に唯一無二の終焉をくれ」 【マスターへの態度】 何処までも幼く青い餓鬼。 だがその素朴な善性に戦友と彼の女神の面影を見てもいる。 自分達の聖戦は終わり、それでも死にそびれた呪われた魂。 それを終わらす可能性を勇者の光に垣間見た。 【マスター】 天童アリス@ブルーアーカイブ 【マスターとしての願い】 「目指すは一つ。奇跡みたいなトゥルーエンドを!」 【能力・技能】 アンドロイドである。 その為頑強頑健で知られるキヴォトスの生徒の中でも並外れた身体能力・強度を持つ。 ナノマシンによる自己修復機能も兼ね備えており、身体の約半分を損傷しても短時間で完全に回復する事が可能。 武装は大気圏外での運用を前提に制作された等身大のレールガン。 アリスの腕力で初めて扱える重量140kg、反動200kgオーバーの怪物兵器。 光の剣:スーパーノヴァ。 友情と勇気と光のロマンを体現する、勇者の聖剣。 【人物背景】 魔王となるべくして生み出されながら、自身の運命に叛いて勇者となる事を選んだ少女。 回帰を破壊し未来を選んだ機械(マキナ)。 【方針】 「はい!アリスは勇者です!」 【サーヴァントへの態度】 まだコミュニケーション中、ゲームに付き合ってくれないのは少し不服。 その願いを寂しい物だと思っているが否定するつもりはない。 彼の願いにも寄り添えるそんな"勇者"になりたいと思っている。
 目を覚ます。  意識が浮上する。  機械の電源をオフからオンにする工程そのままに。  体内の回路が駆動し、AL-1Sは起動する。  同時に脳内に流れ込んで来る知らない知識。  冥界、戦争、葬者、運命力、英霊、聖杯。  その全てを『後でいいです』とデータの奥底へ押し込んで。  全てのメモリを記憶の遡及の為に動員した。  アトラ・ハシースの戦い。  〈Key〉――ケイとの会話を終えて目を閉じた時。  憶えているのは其処までだ。  自分はちゃんとやれたのか。  皆は、先生は無事なのか。  其処の記憶だけがどうしても出て来ない。  どうやらそのタイミングで此処へ落とされたらしいと理解し、AL-1S、いや。  [[天童アリス]]と名付けられた少女は顔をあげた。  其処で初めて、気付く。  自分の前に誰かが立っている事。  錆びた影が一つ、自分を見下ろしている事に。 「…あなたは」  似ていると思ったのは一人。  アトラ・ハシースの方舟を駆った"敵"だった。  プレナパテス。  無表情の面を被って佇む、棺のような何か。  見た目もカラーリングもまるで違うのに、それでもアリスはあの鉄影を重ねてしまった。   「あなたが、アリスのサーヴァントですか?」 「そうだ」  響いた声もまた錆び付いていた。  人の声を色で表現出来る程の感性はまだ学習途上のアリスにはなかったが。  それでもその声から連想したのは錆び付いた機械のヴィジョンだった。  何千年、何万年と稼働し続けて来たオーパーツ。  休む事を許されず不協和音を立てて回る歯車。  そんな印象をアリスは懐いた。  それも含めて似ていると思ったのだ。  プレナパテス、キヴォトスに顕れたあの影に。  黒くそして黎く佇むこの男が、重なる。   「サーヴァント・ライダー。葬者(おまえ)の召喚に応じ現界した」  漆黒の軍服とそして軍帽。  腕には鈎の付いた十字の紋章。  肌は白いがその印象が消し飛ぶ程に黒い。  見てくれの話ではなく、存在そのものが何処までも暗かった。  闇の底を覗いたような。  若しくは夜の天を見上げたような。  世界にぽっかり空いた穴のような。  底のない黒を湛えた、錆びた鋼のような男。  アリスが其処に見たのは"死"だった。  生きる、死ぬ。  それを理解出来る程長く人の営みに触れていない機人でさえ、彼の影には死の影を見た。  冥界とは死の世界。  ならば死人が、死が歩くのも道理。  葬者に寄り添う死者として。  終焉の歯車は其処に居た。 「…あなたは」  アリスは問わずにはいられなかった。  質問攻めにするのが良くない事だというのは解っている。  相手にも話す隙間を与えるのが対人関係の基本だ。  それでも訊きたい気持ちの方が勝ってしまった。  だから口を開き、また問いを投げる。  これから長い戦いを共にする戦友の事を。  そして。 「あなたは、どうしてそんなに哀しい顔をしているんですか?」  どうしてそんな表情をしているのかを知る為に。  矢継ぎ早の問いに気分を損ねるでもなく黒影のサーヴァントは再び口を開いた。  ギギギ、と。  もう動かない機械を無理矢理動かす音に似た錆色の声で。 「――俺は終わった存在(モノ)だ。  とうに幕は下り、迎えた結末に悔いはない」 「じゃあ、どうして」 「俺が続いているからだ」  言葉の意味が解らない。  怪訝な顔をするアリスに英霊は続ける。 「俺が終わっていない。  漸く掴んだ終焉(おわり)はまた何処か遠くへ行ってしまった」 「…終わり。ライダーは、終わってしまいたいのですか?」 「死は一度きり。ゆえに烈しく生きる意味がある。  代えの利く終わりなど、茶番以外の何物でもないだろう」  錆びた黒色の声が鼓膜を打つ。  アリスはそれを咀嚼するべく思考回路を動かしていく。  先生が居て、モモイ達ゲーム開発部の皆が居て。  ユウカやネルのような楽しい人々に囲まれて過ごす大切な時間。  アリスにとってそれはいつまででも続いて欲しい"当たり前"だったが。  この英雄にとってはどうやらそうではない。  半端な反論を許さぬ歴史の重みが、響く重厚な声には確かに載っていた。 「失敗の許されぬ唯一無二。決して譲れぬ聖戦。それこそが俺の理想の死だった」  アリスの回路に知らない景色が流れ込む。  英霊との記憶の共有。  本来なら夢を通じて起こるそれが覚醒時であるのに生じていた。  それもその筈、[[天童アリス]]と死を纏う騎兵は存在として近い。  共に機人/機神。  終焉を導くべく生み出された生体兵器。  ――デウス・エクス・マキナ。 「聖戦は成った。だが結末は穢された。  奇跡を名乗る泥細工に、俺は掴んだ無二を汚されたのだ。  どうして愉快な顔が出来る。抱くのは怒りと、諦観だけだ」  ライダーが誰かと戦っていた。  死と死が乱れ舞う戦場。  それは、アリスの見て来たどの戦いよりも激しい。  雄々しくそして哀しくぶつかり合う二人の勇士の姿にアリスは息を呑む。  そして同時に、彼の言葉にこう思ったのだ。   「…それは、少し解る気がします。  アリスにも大切な人達がいます。  魔王になって滅ぼす筈だった世界――その素晴らしさを教えてくれた人達がいます」  勇気と愛と光のロマン。  時計じかけの花が愛したパヴァーヌ。  紛れもなくアリスにとって唯一無二の宝物だ。  それをありふれていると笑われたら。  一山幾らで何度でも再現出来るのだと知らされたら。  その時きっと自分は、怒るだろう。  決して笑ってなんかいられない筈だ。 「先生も皆も、絶対に替えなんて居ません。  居る訳がありません。なのにそんな事を言われたら、アリスはきっと嫌な気持ちになります」  天を衝くような長身を見上げて言う少女に。  機神たる英雄は僅かに沈黙した。  やがてそれを破り口にしたのは、今度は問い。  次はアリスが問われる番だった。 「AL-1S。名もなき神々の王女となるべく生まれた鋼の魔王よ」    英雄も、アリスの記憶を見ていた。  彼女自身が記憶していない部分に至るまで仔細に。  彼女は少女などではない。  名もなき神々の王女。  AL-1S。  いつか世界を滅ぼす為に目を覚ます、そう定め付けられていた鋼の魔王。 「おまえは無二を語った。  世界の素晴らしさとやらを語った。  だがおまえは今も変わらず"王女"のままだ。  おまえがその気になれば、世界はすぐさま塵と化すだろう」 「…………」 「そんなおまえが、似合わぬ銘の剣を引っ提げて何を目指す。  破滅させる事しか出来ない機神英雄(デウス・エクス・マキナ)よ。  俺のようなモノを呼び出して目指す"奇跡"は何だ」 「…………!」  アリスの顔に驚きが浮かぶ。  動揺ではなく、あくまで驚きだ。  されどそれはすぐに決意の顔に変わり。  そして彼女は英雄の問いに応えるべく口を開いた。  難しい問いではなかった。  その答えは、既に得ている。  皆が教えてくれた事だったから。 「アリスは、魔王にはなりません」 「何故断言が出来る」 「アリスは、勇者になると決めたから。  ううん、教えてくれた人が居たんです。  魔王だって勇者を目指していいって。  アリスにだって、その権利はきっとあるんだって!」  世界を滅ぼす魔王。  名もなき神々の王女。  それが、死の権化たる機神英雄等を呼び寄せてどの地獄を目指すのか。  答えは一つだ。  地獄なんて目指さない。  だって自分は、もう魔王ではないから。   「アリスは勇者です。  だから勇者としてこの聖杯戦争を戦います!  アリスは皆の所に帰りたくて、この世界には沢山の"願い"を抱いた人達が居る。  …きっと、全員が笑顔になれるエンドはとても難しいでしょう」 「ならば――」 「それでも!トゥルーエンドがあるのなら徹夜してでも目指すのが一流のゲーマーだってモモイが言ってました!」  目指すのはトゥルーエンド。  難易度は極悪。  奇跡でも起きなければ辿り着けないエンディング。  けれどそれでも、存在するのかどうかさえ判然としなくても。  プレイするなら目指してみるのがゲーマーだ。  それがゲーム開発部の心意気なのだと。  "[[天童アリス]]"は、ミレニアムの"勇者"はそう知っていた。 「だからアリスは目指します、奇跡みたいなトゥルーエンドを!  そしてライダーにもアリスが勇者として言ってあげます、"おやすみなさい"って!」  冥界にて勇者は光の剣を抜いた。  勇気という名の聖剣を抜錨した。  その輝きが錆びた英雄譚の残骸を照らす。  人世界にて奏でられ、そして穢されたヴォルスング・サガ。  幕引きの鉄拳に、トゥルーエンドを説いた勇者。  奇跡の産物と呼ぶ他ない輝きが死の只中に立っている。  勇者とは即ちご都合主義のデウス・エクス・マキナ。  不可避の死とはまた別な形でそれを体現する存在。  ――物語を終わらせる為に旅に出る者。  それを受けて"死"はまた沈黙した。  二度目の沈黙。  その意味は、彼のみぞ知る感傷であったが。 「奇跡を追うのか、おまえは」 「勇者ですから」 「…呆れた餓鬼だ。幼く青い、やはり機械だな。  俺も人の事を言えた柄ではないが、おまえのソレには溜息が出る」  アリスの抜いた光の剣。  示してみせたその答え。  "奇跡"。トゥルーエンドへの旅の始まり。  あまねく奇跡への始発点たる、時計じかけの花のパヴァーヌ。  それが〈Key〉となって。  錆びた沈黙が終わり、黒き騎士が起動する。  横溢する魔力は彼の魂の重さそのもの。  鋼じかけの英雄譚が言葉を発した。   「――聖槍十三騎士団黒円卓第七位、[[ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン]]」  聖槍十三騎士団。  黄金の獣に率いられしレギオン。  死を奪われ、死そのものになった軍勢。  グラズヘイムの戦奴。  大隊長、黒騎士(ニグレド)。  幕引き(マキナ)。 「願うは一つ。俺に唯一無二の終焉を寄越せ。  聖戦は穢された。  墓穴を掘り起こし、戦友(カメラード)を再び呼ぶ程無慙無愧にはなれん。  だからおまえが終わらせろ、光の剣。  俺はおまえに、俺を終わらす奇跡を要求する」  錆びた影が揺らぐ。  その言葉に、錆び付いた英雄の躯が奏でた契約に。  アリスは怯むでもなく静かに頷いた。  マキナの願いは寂しい物だ。  少なくともアリスはそう思う。  彼の思想、その重さも意味も理解はした。  だがそれでも自ら世界を去ろうと願う事、それをアリスは寂しいと感じた。  けれど。  それが彼の、この黒騎士の唯一無二の願望ならば。  勇者に希う希望の形であるならば。 「アリス知ってます。ライダーは優しい人だって」 「節穴だ。殺す事しか能のない兵器を捕まえて、言うに事欠いてそれを言うか」 「だってライダーは、アリスの事を"見た"のにわざと焚き付けてくれました。  アリスが勇者になるのを選んだ事も。  アリスが先生や皆に救われて、自分でそうすると選んだ事も。  見て、知っているのに知らないフリをして問い掛けてくれた。  それをアリスは、とても優しいと感じました。  だからアリスもそんなあなたの、優しい英雄さんの願い事に寄り添ってあげたい。  勇者として――そして独りきりのあなたの隣人として」  アリスはその願いを受け入れる。  眠りに就けない英雄の胸に杭を打つ。  宣言を以って誓いは成った。  死を破却する魔力のパスが繋がり。  勇者と英雄が接続され、鋼の二体が熱を帯びる。  並び立つデウス・エクス・マキナ。  物語へ歩む勇者と。  物語を閉じる英雄。  あまねく奇跡の始発点。 「いきましょう、ライダー。そして始めるんです。アリス達の冒険を!」  黒騎士はこういう存在を知っていた。  世界で最も美しくそれでいて禍々しいモノとして生誕し。  運命に出会い、目映い奇跡の象徴として世界を照らした女を知っていた。  それは彼の戦友、聖戦を共にした男の愛した女神。  黄昏の女神と呼ばれた女の影をマキナはアリスに見出していた。  であればこれは何の因果なのだろうと思う。  刹那の歴史をなぞるようなこの出会いは。  永劫回帰を超え、輪廻転生を終え、その先に待つ地獄すら超えて行き着いた再びの戦場。  事此処に至って刹那の再演を、他の誰でもない自身が行う事に意味を感じずにはいられない。 「…了解した(ヤーヴォール)、アリス。  他の誰でもないおまえが、俺に――あまねく終焉(きせき)を見せてみろ」  斯くして運命の歯車は回り始める。  死そのものを連れた勇者が冥界を舞台に旅をする。  救い等あろう筈もない死と冥闇の支配する世界の只中にて。  確かに今、小さな星が光を灯した。 【CLASS】 ライダー 【真名】 [[ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン]]@Dies irae 【ステータス】 筋力A+ 耐久A+ 敏捷C 魔力D 幸運E 宝具EX 【属性】 混沌・悪 【クラススキル】 騎乗:EX 戦車(ティーガー)そのものを素体とした機神英雄。 言うなれば常時騎乗状態にあり、故にEXランクを適用されている。 対魔力:A Aランク以下の魔術を完全に無効化する。 事実上、現代の魔術師では、魔術で傷をつけることは出来ない。 【保有スキル】 死への渇望:EX 唯一無二の終焉を求めて彷徨う求道者。 若しくは亡霊。 死に近付く程にその鉄拳は冴えを増す。 精神に対する干渉を受けず、時にその拳は理をも砕く。 エイヴィヒカイト:A 永劫破壊とも呼ばれる。 聖遺物と霊的に融合し、超常的な力を引き出す為の理論体系。 人を殺せば殺すほどに魂が聖遺物へ回収され、それに比例して強くなる。 Aランクは創造位階、己の渇望を[[ルール]]とする異界の創造が可能である。 心眼(真):A 修行・鍛錬によって培った洞察力。 窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す戦闘論理。 無窮の武練:A+ 一つの時代において無双を誇るまでに至った武芸の手練れ。 あらゆる精神的制約下においても十全な戦闘能力を発揮できる。 【宝具】 『人世界・終焉変生(Midgardr Volsunga Saga)』 ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:1~5 最大補足:1 唯一無二の終焉を求める渇望が具現化した、エイヴィヒカイトの創造位階。 己の存在を死という概念そのものに変生させ、拳で触れたあらゆる存在に幕を引く。 物質非物質は問われず、たとえ概念であろうともその歴史を強制的に破壊する幕引きの鉄拳。 『機神・鋼化英雄(デウス・エクス・マキナ)』 ランク:C++ 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1 マキナが生前に騎乗していたティーゲル戦車が聖遺物と化したものであり、同時に彼自身。 WW2末期にラインハルト・ハイドリヒの"城"で行われた蠱毒を制したある男の魂を元に作られた生体兵器、それがマキナの真実である。 己自身が聖遺物であるという特性から親和性は最高で、マキナは常に物理的な破壊のみならず死を概念的に叩きつける拳を放つ。 マキナの拳は物的、魔的を問わず一切の防御を貫通する。 【weapon】 拳 【人物背景】 聖槍十三騎士団黒円卓第七位。 黒騎士マキナ。 死を求めて彷徨う亡霊。 【サーヴァントとしての願い】 「俺に唯一無二の終焉をくれ」 【マスターへの態度】 何処までも幼く青い餓鬼。 だがその素朴な善性に戦友と彼の女神の面影を見てもいる。 自分達の聖戦は終わり、それでも死にそびれた呪われた魂。 それを終わらす可能性を勇者の光に垣間見た。 【マスター】 [[天童アリス]]@ブルーアーカイブ 【マスターとしての願い】 「目指すは一つ。奇跡みたいなトゥルーエンドを!」 【能力・技能】 アンドロイドである。 その為頑強頑健で知られるキヴォトスの生徒の中でも並外れた身体能力・強度を持つ。 ナノマシンによる自己修復機能も兼ね備えており、身体の約半分を損傷しても短時間で完全に回復する事が可能。 武装は大気圏外での運用を前提に制作された等身大のレールガン。 アリスの腕力で初めて扱える重量140kg、反動200kgオーバーの怪物兵器。 光の剣:スーパーノヴァ。 友情と勇気と光のロマンを体現する、勇者の聖剣。 【人物背景】 魔王となるべくして生み出されながら、自身の運命に叛いて勇者となる事を選んだ少女。 回帰を破壊し未来を選んだ機械(マキナ)。 【方針】 「はい!アリスは勇者です!」 【サーヴァントへの態度】 まだコミュニケーション中、ゲームに付き合ってくれないのは少し不服。 その願いを寂しい物だと思っているが否定するつもりはない。 彼の願いにも寄り添えるそんな"勇者"になりたいと思っている。

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