荒い息遣いが夜闇に溶ける。 発するはフルプレートアーマーを着込んだ隻腕の騎士。 失われた右腕から噴水のように噴き出す鮮血は、騎士が隻腕となったのが、つい今しがたに起こった出来事であることを物語っていた。 騎士は小脇に抱えた年老いたマスターの顔色がみるみる青ざめていくのに気づきながらも、脚を止めることができないらしく、全力で夜道を駆けながら小さな声で申し訳ないと呟き続けていた。 やがて限界が来たらしいマスターの堰が決壊し、胃液が地面に流れ落ちた。 全力で回していた脚を止め、老マスターを地面に降ろし背中をさする。騎士にはそのような余裕は全くないのだが後期高齢者と言って差し支えないマスターのことだ、吐瀉物がのどに詰まりでもしたらそのまま死にかねない。 不安を抱えながらも、眼前の問題の対処のために脚を止める判断をした騎士。 そして、その不安はすぐに現実のものとなった。 「どうしたのだね。騎士として誇りと名誉を賭けた決闘を――そう言って戦いを仕掛けてきたのは君たちの方だったろう」 静かに、華麗に。 汗ひとつかかず、息ひとつ乱さず、騎士を隻腕にした下手人が彼らの背後から現れた。 闘牛士のような服を着た長髪の男。両側頭部には角のようなものが生え、手には何の変哲もないサーベルを携えている。 ヒィ、とまるで幽霊でも見たかのような小さな悲鳴と共に老マスターはガンドを撃つ。 だが対魔力スキルを持つ敵サーヴァント相手に一工程の魔術など通じるはずもなく、あっさりとによって霧散する。 だが一瞬視線が逸れたのを見逃さず、騎士はマスターの吐き散らかした吐瀉物を蹴り上げた。 すこし体をずらしてそれを躱した男に背を向け、再びマスターを抱えて走り出す。 もはや恥も外聞もかなぐり捨てた騎士の姿に、男は嘆息する。 「サーヴァントとしてマスターの守護を最優先、というのは理解するが、往生際が少々悪すぎるというものだ。 片腕を失いバランスの崩れたその体で逃げ切れるつもりかね。私は『丑』の戦士だが、別に、本物の牛のように脚が鈍いわけではないのだがね」 そして言い終わるや否や駆け出した男は、追い越しざまに騎士の両脚を切断する。 支えを失い地面に崩れ落ちる騎士。老マスターもその腕から取り落された。 地面を転がる老マスター。転がりながらも懐から魔力を込めた鉱石を取り出す。 敵に対魔力スキルがあるのは確定。だがそのスキルレベルが低ければ、二節以上の詠唱を行った魔術ならば通用する可能性がある。 仮に通じなかったとしても、立ち上がり、逃げ出すまでの時間を稼げれば、まだ立て直せる可能性がある―――そう己に言い聞かせて。 詠唱を紡がんと老マスターが口を開く。 しかし言の葉が形を成す前に、敵サーヴァントの持つサーベルが口内に侵入し小脳を貫いた。 そして、それを認識する暇もなく老マスターの頭部は縦に真っ二つとなり、その脳は強制的にシャットダウンさせられることとなった。 目にも止まらぬ手際で己の主の命脈を絶たれた騎士。絶望と憤怒が彼の身を焦がすがどうすることもできない。 悪あがきのための手足は失われ、芋虫のように地面を這いずることしかできない。 そしてその喉笛にサーベルの切っ先が突き付けられる。 「有体に言えばチェックメイトというところかね。これにて決着とさせてもらうが、何か言い残すことがあるなら言いたまえ」 淡々と告げられる死刑宣告に、数秒言いよどんだ後、発するように騎士は叫ぶ 「なんなのだ貴様は!!その、わけのわからない強さは!! 同じセイバークラスでありながらこの差はいったい何なのだ!!」 「最初に名乗りはあげたはずだが、聞いていなかったのかね」 できの悪い子どもを相手にしているように再び嘆息する。 「『丑』の戦士――『ただ殺す』失井。 それが戦士としての私の名だよ」 答えになってない! そんな騎士の反論が空気を振るわせるよりも早く、騎士の胴と首は泣き別れとなったのだった。 ◆◆◆ 「正直、聖杯戦争とか死後の世界とか、全然実感なくてさ。 おっぱじまっちまえば嫌でも受け入れるしかなくなるし、受け入れられると思ってたんだよ」 緒戦を勝利で飾ったマスターは、そうとは思えないほど陰鬱な雰囲気を漂わせながら呟いた。 「でも違ったよ。 ここにいる人間は死人だとわかってる。けど、息遣いとか血の臭いとかそういうモンは生きている人間と何も変わらない。 戦争だからってその命を絶つことがどんなに罪深いことなのか、今の戦いで理解できちまった、様な気がする」 失井を従えるマスターは正真正銘の一般人。ランドセルを背負って学校に通う年齢の子どもだ。 この聖杯戦争に参加するまで戦いなどとは縁遠い、クラスメイトとの殴り合いの喧嘩くらいでしか暴力沙汰とは関わらない人生を歩んできた。 そんな彼が理由もわからないままに、突如巻き込まれた聖杯戦争という鉄火場。 会場内にある自宅アパートで目を覚まし、戦争の[[ルール]]を頭に流し込まれ、召喚されたサーヴァントに頭を垂れられてなお、どこか他人事のように捉えていた。 けれど参加者を――人を殺し、その死体を目の当たりにしてようやく実感が湧いた。 そして同時に、凄まじい嫌悪感と罪悪感が全身にまとわりついた。 もっとも戦いを仕掛けてきたのは向こうで、実際に手を下したのはサーヴァントだったが、そんなことは慰めにならなかった。 「俺と同じマスターって連中があと何人残ってるか知らねえけど、こんな思いは二度としたくねえって心の底から思ったよ」 マスターの思いの丈を聞き届けた失井はまあそうだろうね。と嘆息する。 「私は生前、戦士として戦場に立ち、戦場で死んだ。 だが別に殺すことを楽しいと思ったことはないよ。『天才』などと言われたからにはそれなりに天職だったのだろうとは思うがね」 聖杯戦争がはじまり、長谷部の元に失井が召喚されてから既に数日が経過している。 夢による互いの過去の共有は済んでいた。 曰く、この陰鬱な風貌の男は、長谷部よりもさらに幼い5歳の頃から戦場に立ち、「わけがわからない」と言われるほどのその強さで『天才』の名を恣にしていたのだという。 男子たる長谷部はその生涯に浪漫を感じ、羨ましいとも思ったが、いざ戦場に立ってみるとそれがどれほどお気楽なものだったかがわかるというものだ。 「今更戦場で人を殺すことに何かを感じることはない私には、君の気持ちはあまりよくわからない。 だが、戦場で人を殺し、壊れていく者もたくさん見てきた。人を殺すストレスとはそれほどに重いものだ。 君のような子どもにはそうなってほしくないと思うし、他者を殺してなお、それを忌避する正しい感性を持ち続けていることを私は喜ばしく思うよ」 言ってから少々嫌味たらしかったかと自省しつつも、この後の話に比べれば些末なものかと思い直して失井は訊き返す。 「それらを踏まえた上で、なお、結論は変わらないのかね」 「ああ」 短く、端的な肯定。 「俺の最終的な目標はお袋のところに帰ること。 そのために、この戦争の参加者には全員死んでもらう」 それがマスターである少年――長谷部たけしの掲げる聖杯戦争のスタンスだった。 先ほど吐露した想いに決して偽りはない。 これ以上殺さずに済むなら誰も殺さずに済ませたいというのは偽らざる本音だ。 しかし、時間経過と共にマスターを死者に近づける冥界の[[ルール]]と、生き残った一組のみが聖杯を獲得し現世に還えることができる聖杯戦争の[[ルール]]がそれを許さない以上、人倫に殉ずるか人倫に悖ってでも生還を目指すか選択するほかなかった。 人間としての倫理に殉じ、この地で果てることも考えはした。 サーヴァントである失井に頼めば一厘の躊躇もなく、痛みを感じる暇もなく介錯してくれるだろう。 だが失井に介錯を頼もうとした瞬間、母の顔が脳裏によぎった。 父が交通事故で死んだときの母の泣き顔が。 その父から受け継いだ店を辞めてくれと自分に言われた際の母の泣き顔が。 店と一人息子のたけしだけを心の支えにしてきたと涙をこぼした母の泣き顔が。 自分が死ねば母にそんな顔をさせてしまう―――それはとても、とても胸糞が悪かった。 そのときに決めたのだ。 自分より小さな子どもでも。 か弱い女性でも。 ――見知った顔であろうとも。 この聖杯戦争に参加するすべてのマスターを、自分が現世に還るための踏み台にすることを。 「だから、これからもいっしょに戦ってくれ。 お前の足引っ張らねーように……は、難しいかもしれねーけど、それでも頑張るからよ」 戦争を迅速に終わらせる。 それが失井にとって最優先事項で、それを最も効率的に行う方法が敵陣営の『皆殺し』であった。 視界に入る全ての参加者が全て敵陣営である以上、味方を巻き込まないように気を使わなくて済む分普段の戦争よりも少し気が楽というものだ。 それに気概はあるようだが身体的にも精神的にも、長谷部は小学生の子どもにすぎない。 彼のような子どもを保護し、戦場から遠ざけるのも戦士である失井の仕事だったが、そういう意味では長谷部を保護するための手段は他陣営の鏖殺以外に存在しないのだ。 失井が経験してきた戦争とは少しばかり[[ルール]]が違うが、その為さねばならぬことは聖杯戦争でも変わらない。 己の正しいと思うことを、すると決めて、するだけだ。 ◆◆◆ 夜が明ければ人通りも増えてくるだろうからね。 そう言って失井が霊体化した後、長谷部は朝焼けで赤く染まった天を仰ぐ。 普段は気丈に振る舞うけれど「夏休みに友達と自転車で富士山に行く」といっただけで目に涙をためてしまうような心配性の母親だ。 多くの人を奈落に蹴落として帰ってきた自分を、母親がどんな顔で迎えるのか。 想像するのも嫌だったけれど、後で考えると決めて心の奥底にしまい込んだ。 【クラス】 セイバー 【真名】 失井@十二大戦 【属性】 中立・善 【ステータス】 筋力:B 耐久:C 敏捷:A+ 魔力:D 幸運:D 宝具:C- 【クラススキル】 対魔力:D 魔術への対抗力。一工程(シングルアクション)によるものを無効化する。魔力避けのアミュレット程度の対魔力。 魔術的素養はないので申し訳程度。 騎乗:C 正しい調教、調整がなされたものであれば万全に乗りこなせるが、野獣ランクの獣は乗りこなすことが出来ない。 【保有スキル】 直感:B+ 戦闘時、つねに自身にとって最適な展開を「感じ取る」能力。 失井の場合は戦闘以外――推理や考察に於いても発揮される。 戦士の名乗り:A 失井ら十二戦士が戦いの前にあげる名乗りがスキルになったもの。 戦いを始める際、戦士としてその真名を明かさなければならない制約を負う。 失井の名乗りに対し、名乗りを返さなかった者の性能を低下させる。 【宝具】 『皆殺しの天才』 ランク:C- 種別:対界宝具 レンジ:10 最大捕捉:999人 失井が戦場で登場して以来「天才」という言葉の定義が変わってしまい、彼以外の人間に対しては比喩としてしか使われなくなったという逸話が昇華した常時発動型の宝具。 戦場に存在する全ての「天才」を「天才の紛い物」に塗り替え、大幅に性能を低下させる。 【weapon】 サーベル『牛蒡剣』 【キャラ紹介】 本名・樫井栄児。二月二日生まれ。身長181cm、体重72kg。 十二大戦に参加した十二人の戦士の一人。「丑」の戦士。 欲しいものは『助けが欲しい』。肩書きは『ただ殺す』。 わけがわからないほどに強いと言われるほど強く、「皆殺しの天才」と称されている。 その戦闘スタイルは華麗にして実直なサーベル捌き。それ以外には何もないのだが、特異な能力や改造された肉体を持つ者がはびこる戦場において、誇張でもなんでもなく属した陣営に必ず勝利をもたらす存在である。 正しいことをただ正しく行うことを信条としており、戦争を迅速に終わらせることを重要視しているし、戦闘に巻き込まれた非戦闘員の救出なども積極的に行っている。 敵対者には容赦しないが、恩を受けた相手に必ず報いようとする義理堅い一面を持ち合わせている。 【方針】 優勝し、マスターを親元に帰す 【マスター】 長谷部たけし@おジャ魔女どれみシリーズ2024 【マスターとしての願い】 母親の待つ家に帰る 【能力・技能】 運動能力は高いが、あくまで一般的な小学生の範疇 【人物背景】 主人公・春風どれみのクラスメイトで美空小学校6年1組に所属する小学生。 母子家庭で、母親は死別した父親から受け継いだ小料理屋を切り盛りしている。 不良っぽく喧嘩っ早いところがあり、クラスメイトの矢田に突っかかったり突っかかられたりしてよく一触即発になる。 母親の料理を手伝っているため料理の手先は器用なほか、特にそういった描写はないものの運動神経の良い男子として名前が挙がっている。 【方針】 優勝して母親の元に帰るのが目的。 叶えたい願いは特にないため聖杯への興味もほとんどない。 【サーヴァントへの態度】 その強さと人柄に対し大きな信頼を寄せている。