◆ 3月31日の夜を過ぎても、双亡亭の周りは静けさを保ったままだ。 いつもと変わらない閑散。平時通りの陰鬱。 人も鳥獣も草木も寄りつかない不毛の地であるのと引き換えに、戦争の気配からは遠ざかっている。 代わりに漂うのは、呪い。 色もなければ形も不定形の見えざる負の想念も[[夏油傑]]には見えている。 世を呪わず人を呪わず、だが星を滅ぼすに足る念が、浄化も発散もされないまま滞留しているのが。 噂の幽霊屋敷<双亡亭>を監視して2週間前後が経過している。 その間、1日中霧に覆われた不気味の総本山に目立つ動きは何もなかった。 人の入りはまばらにあっても、出てくる人は誰もいない。自ら敵陣に上がり込む蛮勇の成果は未帰還のまま、勢力の難関さだけを知らしめている。 唯一の例外は、この屋敷の主と契約する葬者と思しき少女。 護衛らしい影も見せず無防備に出歩く姿はいかにも隙だらけだが、こんな伏魔殿を平然と出入りしている葬者だ、油断できるはずもない。 現に尾行は全て撒かれている。監視に特化した呪霊を数体、何度念を入れ慎重を期して配置しても、気づけば見失ってしまう。 まさか目に気づいて隠匿しているのか。何の術の起点を見せず、夏油の支配下にある呪霊に干渉して? 意図してやっているとすれば侮れない手練れだ。 ともあれ、葬者共々不気味な存在感を放っている双亡亭だが、特殊なアクションを起こすことなく静観を貫いてる。 外の状況を知って穴熊を決め込んでいるなら、相当に肝が太い家主だ。 何せ空では超音速の波を撒き散らしながら殺し合う竜が、そして冥界からは認識外の射程から地区一帯を丸ごと消滅させる砲撃が降り注いでいるのだ。 どれほど自陣の防護に自信があるとしても、籠城において上を取られるディスアドヴァンテージの埋め合わせは如何ともし難い。 目に見える内の備えといえば、屋敷全周を覆う霧での位置の撹乱ぐらいのもの。 ピンポイントの狙撃を阻害する程度の効果は見せるだろうが、区画ごと消し飛ばす砲撃の前にどれだけ効果があるかは疑わしい。竜に至っては言うに及ばずだ。 昨夜の衝突を目にした葬者達は今頃、『竜』と『消滅』への対応策に追われている事だろう。 あれほど分かりやすい脅威を見て、禄に行動していない屋敷を優先する理由がない。 その未来を読んだ上で、今も夏油は双亡亭の動向に注視していた。ここの存在が薄れ、全員の目から逸れる事態を、危ぶんだのだ。 『竜』と『消滅』が台風や地震のような自然災害なら、双亡亭はウイルスと同様だ。 人知れず潜伏し、感染が発覚した時には、症状はもう取り返しのつかない規模と段階まで侵攻している。 非術師のような弱者が淘汰されるのは結構だが、それを待って未来ある術師も全滅してしまえば元も子もない。 このウイルスは恐らく見境がない。術師非術師の区別なく平等に感染させ食らっていくだろう。 生還は1人のみの[[ルール]]を鵜呑みにするわけでもないが、裏口を探るほど希望的観測に縋る気もない。 雌雄を決するならば資格ある者のみが相応しい。無能な猿に奇跡が渡る可能性は残してはいけない。 考え方を変えればこれは好機だ。 他の陣営が災害をどうにか抗するべく慌てふためいてる間に、夏油は落ち着いて双亡亭の調査に乗り出せる。 あれらもまた夏油にとっては踏み越えなければならない難関だが、積極的に追跡しても得るものは少ない。 単独で討ち取ろうと考えている葬者はごく少数だろう。既にそれなりの規模で、徒党を組んで対抗しようと駆け回ってる者もいるはず。削り役はそちらに任せてしまえばいい。 そこには参戦せず、監視が緩まる案件に集中させた方が効率的であり、攻略の際に『総取り』の目も高くなる。 ここまで夏油が双亡亭に執心するのも、そこが理由だった。 あの館は単なる術による結界や、建物型の宝具というわけではない。 呪いを識る夏油には分かる。あれは一種の擬態。建造物を肉にした、巨大な呪霊の集合体だ。 単なる呪霊の巣窟とは桁違いの質量。これほどの規模の霊は見た事がない。高専の歴史書、呪術最盛期の平安の世ですら書かれていない。 故にこそ───夏油にはあれを掴める資格がある。 呪いに分類されている能力ならば呪霊操術の範囲内なのは自身のサーヴァントで検証済みだ。 敵の霊を自分の駒に変えられる、夏油にのみ許される特権。 劣化した影ではない、純粋な英霊の宝具を葬者が手中に収められる。 冥界を混乱させる騒動に乗じて、聖杯の争奪戦で圧倒的に後続を突き放す一隅の機会なのだ。 「とはいえ……まだまだ乗り込むには準備不足だけどね。 あそこは常時展開された領域のようなものだ。必殺必中が時間制限もなしに飛び交う伏魔殿、簡易領域も役に立たず、いずれ轢き潰される末路にしかならない」 「……?」 隣で聞いていた[[リリィ]]がこてんと小首をかしげる。 魔女の憑霊はともかく、当人の技量はからきしなのであった。 「協力者は不可欠だということだよ。私と同じく呪いを理解し、この案件の重大さに気づく賢者がね」 およそ3桁の呪霊、[[リリィ]]の浄化に穢者。加えて秘されている切り札も足せば手札は相応に充実してる。 短期で挑むには十全野備えにも関わらずより万全を期するのは、魂に刻まれた苦い敗北か、青い記憶か。 幸いな事にもあてはあるのだ。才能に恵まれ適正もある、呪いの寵児が。 [[寶月夜宵]]。昨日補足した、街中の霊が吹き出すスポットを荒らし回る幼き術師。 あの悪霊狩りが最大の厄持ちの物件に関心を寄せてないはずがない。必ずや祓いに来る。 その時夏油が接触し上手く立ち回る為にも、此処で先んじて情報で上を行く必要があるのだ。 「……と。噂をすればだ」 監視させていた穢者が反応を見せる。 配置していたのは有翼の飛行兵士と芋虫の姿の穢者。視界の開けた屋根上を陣取る飛行型の方の目を借りて現場を確認する。 大仰に旧字体で名が打たれた看板を提げる正門に、小さな影が近づいてる。 ともすれば夜の闇に紛れて埋もれてしまいそうな矮躯は、闇より濃い呪いを垂れ流す門へ一直線に向かって歩く。 「……何?」 訝ったのは、そこが契機だった。 現れたのは[[寶月夜宵]]ではない。傍に控える勇ましき益荒男もいない。 もっと小さく、生き物の根底からして全く違う生き物だ。 蔦を巻き付けた棍棒。 白い狐の面。 始め夏油の脳内に浮かべるのは、鬼という名。 日本に現れる怪異、魔の者の代表格。 人の怖れを受け止める形として分かりやすく、伝説上の鬼神を模した呪霊が出るのは決して珍しいものではないが……夏油の目はその鬼に釘付けにされる。 目を逸らせない。 「───何だ、アレは?」 知りもしない所感が胸元から湧いて出る。 おぞましきものを見た本能が疼いている。 英霊でも鬼でもない。定形の枠組みを破壊している。 アレは、ここにはいてはいけない存在だ。 呪いと呼ぶのも憚れる、悪臭を放つ汚穢だ。 世界を蹂躙する、単騎で完結した暗黒の軍勢だ。 あの淀みを前にしては、能力の価値など塵埃に等しい。術師非術師の区別が無意味になる。 食い千切られ、引き裂かれる。踏み潰され、焼き尽くされる。 人が背負う死の形態を余すことなく発現される。 皆等しく鏖にされる。例外はない。他に道はない。 ならば、どうする。どうすれば──────。 内蔵する呪力に火を点ける。 保有する軍勢を抜き晒して、ケダモノを駆除に前に出る。 溜め込んできた資産を衝動的に蕩尽するのに何の疑問も湧かない。 それは当然の摂理であり、己に課した使命であり、抗えない本能だった。 「──────」 夏油の中の呪いが溶け出す。 祓え。全霊を懸けてアレを否定しろ。 でなければ夏油は折れる。また壊れる前に玉を損なう。 絆を捨てて決めた道。夏油の掲げる選民を、微塵に粉砕する。 家族を切り、仲間を捨て、友に背を向けてまで自分の進む道を決めたというのに。 死ぬまで貫いた理想を、死んだ後になってから失われていい筈がない。 呪力を込めて翳す手が闇よりも濃い帳を降ろそうとするのを───背後から伸びた白く細い手が阻んだ。 「キャスター?」 「……!」 この構図も何度目になるのか。 ふるふると顔を横に振って夏油を制する[[リリィ]]。 しかし今はいつものそれよりも酷く逼迫した様子が見受けられて、必死さに溢れていた。 危ない場所に近づいてはいけないと子供を抑える母親のように。 呪いの根源である負の意識を増大させられた熱は、それで瞬くうちに冷却されていた。 白巫女には呪いを吸収する力がある。 穢れ、淀み……穢土から流れ出る負の概念を浴び心身を壊した者から、痛みと呪いを引き受ける。 その効能が今の夏油を精神支配から救ったのか。それとも時前の精神力で持ち直したのか。 どちらにせよ急速に冷えた頭で、夏油は己の不明に愕然とした。 自分は何をしようとしていたのか。期せずして現れた鬼を威力偵察に使うどころか、凄まじく無意味な吶喊をしようとしていた───などと。 気づけば後を引かず霧散する程度とはいえ、[[リリィ]]に掴まれるまで自覚すら出来なかった。 鬼は使い魔に一瞥もくれず、そこを通して見ている夏油にも気づいてる様子はない。 無意識に垂れ流すレベルの呪力、霊を経由した資格情報だけで、夏油を汚染しようとしたというのか。 『どうやら……あの獣に対して過剰な反応が起きたようだ』 燐光を散らす球体が声を発する。 黒騎士の霊。不死の契約により[[リリィ]]ら白巫女を護る魂は、呪いに侵された2人の間を漂う。 『国ひとつを呑み込んでも足りない程の呪いの塊だ。制御しきれない恐れにお前は反撃に、彼女は防衛として表れたのだろう。 私も、恐ろしいと思う』 「……恐れだって?」 騎士が言葉にした内容に、耳が震えた。 熟練の術師、それも霊の使役する呪霊操術を持つ夏油が、たったひとつの呪いに臆するなど。 底なしの闇に向かい合うような、原初の恐怖。 理想を説いた所で、お前たちは人の軛をひとつも越えてはいない、井戸の中の水に浮かぶ孑孑に(ぼうふら)でしかないなどと。 猿の老廃物から生まれた呪いの分際で、そう嗤うのか。 「馬鹿を言うな。呪いなど、とうに食い飽いているよ」 吐いて、捨てる。 余分な感慨はそこで終わった。 目線を主観から俯瞰に映す。鬼のみではなく周囲の空間を捉えた観察に変える。 未だ心細く見つめる[[リリィ]]を無視して、間諜を継続する。 従者の前で無様を晒したのは事実。二度とこのような不覚は取るまいとだけきつく戒め、雑念を彼方に追いやる。 これより起こる───ひとつの戦争を、しかと目に焼き付ける為に。 ◆ <双亡亭>正門より25メートル前。 そこでソレは進む足を止めた。 面を被った、小さな子供だ。 少なくとも、傍目には。そう見ようとすれば見えないこともないぐらいの、若草色の外套を羽織って縁日で売ってる狐面を被った子供だ。 正鵠は射てはいるのだ。ある意味で。子と見做すのは一部では正しい。 ソレはまだ赤子だ。子宮の中の胎児。母の腹で撒かれた胤が実を結びゆっくりと育ちながら、しかし時期を誤り途中で産道を通り出てしまった未熟児。 生まれはしたものの、望まれた通りの形とは到底いえない不完全でありながら、ソレはもう世に仇なす厄災だった。 蔓延る鬼気、瘴気、悪意。許されず愛されず歓迎されぬ負を是とする情報源泉。 光あれと言祝がれた世界に不要と廃棄され、紛れもない世界の一部であるが故に今日まで残り続けたモノ。 ───[[白面の者]]。 太極の陰を司るその獣の名を知る者はまだいない。 しかしそれも間もなく知れ渡るだろう。 かつて獣の参加に降り暴虐に耽った黒き獣が、今も生前のままの強欲を満たそうとしている。 よく知る主の気配を感じ配下に探らされてる限りは、やがてその名は広く冥界に伝播される事になる。 あるいは───今すぐ、ここで。 「─────────」 鬼が疾走る。 空気が爆裂する。 鬼の背後で突如発生した激流の気圧が、両足で地面を蹴る以上の速度を叩き出して鬼の弾丸を射出する。 獣が被る皮の名、オーガポン。 或る世界に棲み着く不思議な生き物、ポケットモンスター、縮めてポケモン。 キタカミの里に伝わるおめんポケモン。1人の男に寄り添い、3びきの”ともっこ”を追い払った泣いた赤鬼。 全て、偽装だ。 これはオーガポンなどではない。優しきポケモンなどではなき。 光に憧れ手を伸ばし、何も掴めず滑落した少年の闇から引き出した一尾の形だ。 「鬼さまの相棒になりたい」と、叶わなかった願望を拾い上げて葬者の心を歪ませ、獣の本体を招く投影体でしかない。 似せているのは姿形だけ。力も、素早さも、性格も何もかもが違う。 皮の下にある獣とは何もかも違って、かけ離れている。 「─────────!」 最後の5メートル。 十分な助走をつけてから地面を蹴り上げて跳躍。 空中で小さな体は反り返り、捻じれ上がり、得物を最大の力で振り下ろす凶器になる。 棍棒に巻かれる旋風と稲光。金色の獣への畏れが生んだ七つ目の尾が、局所的な自然災害を招来する。 轟音は大嵐であり、落雷だった。 天から黄金の槍が突き刺さるが如し。地を踊る竜が踊り狂うが如し。 それら未曾有の天変地異が、一本の棍棒に集約され凝縮され叩きつけられた結果、正門が物々しさごと消し飛んだ。棍棒の接触を待たずして焼却されたのだ。 横一面に広がる塀も残らず灰燼と化す。螺旋が通り過ぎてから遅れて音が鳴った。 まだ離れた家屋の柱が捻じれ、堀が軋む音が、切れ切れに聞こえる。 それは冥界に建てられて以来の、双亡亭の驚きの声。 人食い屋敷が獲物であるはずの霊に牙を折られ顎を裂かれた絶叫。 敷地内ごと揺れ動く鳴き声を聞いて、白面の両肩も小刻みに振動した。仮面の奥の貌が隠しきれず露出する。 莫大、膨大な悪意の群れ。大海を泳ぐ小魚。そこを通る鯨にとっては、ただの餌。 大喰らいも満足するだけの餌の供給場を見つけた事への、歓喜の震え。 蹂躙の業を悦とするのは侵略者のみではない。一世紀近く地下に籠もりきりの外来種より、よほどその手の愉しみ方の玄人だ。 光に馴染めず、暗き陰にしか身を置けない闇の怪は世界に無数にある。 そして異なる闇は食い合う定めだ。色を陰に隠せる闇は、自身が染まるのをよしとしない。違う色が混じれば必ず同色に辱めようとする。 如何に光が違う理を見出そうとも、弱肉強食の掟は闇に息づき続ける。 『[[白面の者]]』が、<双亡亭>に突入する。 生粋の妖怪と侵略者の激突は、必然の如く幕を上げる。 途中退席は起こらない。魔境より起こせし人外に妥協の念はあり得ない。 どちらかが食われ、残る方の養分に成り果てぬ限り演目に終わりはない。 斯くして、聖杯戦争は決着するのだ。 成体の獣か、波濤の決壊か。この後に残る、片方の闇を吸い上げ尽くして形を成す"魔"によって。 誕生した魔は世界を喰らう巨獣、英霊如きが誅せる階梯に最早いない。 誰が是を打ち倒せるというのか。生の運命を失った死者達に。葬られる運命しかない死霊達に。 答えはある。 「双亡亭は壊させぬ」と、堂々と宣言する声が。 「何をしている……」 絶叫する喉元に十指が絡み、気道を圧迫。 輪郭も危うくなる程振動していた双亡亭が、その瞬間停止した。 柱は固まり、堀は凪ぐ。建物が独りでに動く非常識を窘められて身を正した。 死後の国に似合いの静謐。息も許されない絶対の無音。 虫も死に絶えた真の冥奥を作り上げたのは、妖怪でも侵略者でもない。 それよりもなお化け物然とした、異常異形の精神の持ち主によるものだった。 黒衣の痩身。 染み付いた油絵の具の匂い。 狂気に身を浸しながら純粋のままであり、逆にそれを呑み尽くした者。 フォーリナー。芸術家。邪神を星に招き入れる祭壇を立てし者。 ───[[坂巻泥努]]。 「何だ、貴様は」 誰何の答えをオーガポンは持たぬ。 人語の細かな発声の為の器官は未だ揃えられておらず、孵る前の卵の殻に名は付けられない。 人と鬼の問答は不可能。会話を通らぬ相手と邂逅した場合、取れる手段は限られてくる。 オーガポンの取った行動は単純なものだった。 暴力。殺害。先制攻撃。 忽然と姿を表したこの人間が、屋敷全体を支配する主人であると理解した途端、対象の殺害を即時決断した。 男がサーヴァントであるのなら、この屋敷は男の宝具であろう。 ならば英霊を殺し、宝具が効能を失い諸共に消滅する間隙を縫って屋敷を丸ごと捕食するべし。 嵐と雷を纏った棍棒。正門粉砕にも見せたこの体での最大の攻撃は、対人及び対軍宝具相当の威力を十二分に発揮している。 飛びかかり、振り下ろす。その二行程で顔面が爆ぜ、全身が焼き尽くされる。 「……」 オーガポンが『ツタこんぼう』を繰り出すのを、泥努は見ていた。 ただ見て、手を足を、胴を体を、隠した顔を見透かすように観察する。じっくりと、時間をかけて。 殺戮はいつまで経っても起こらない。掲げられた棍棒は、オーガポンの意に反して上から下へ落ちてこない。 鬼の五体は縛られている。 白い、女子供のように細い手だ。 縄や鎖の強靭さもなさそうなのに、凄まじい怪力で鬼を抑え込んでいる。 上腕のみの手が泥努の背後、何も見えない暗闇から、夥しい数が伸びている。 「太極より分かれた『陰』の念が……汚泥の底から這い出でたか」 拘束されたオーガポンを、仮面どころか腑の奥まで見透かすように泥努は観察する。 見た事のない動物が、新たな画相の種にならないかと幾ばくかの期待を寄せたに過ぎない。 初見の物体の構造を把握する芸術家の性といえた。 オーガポンは鬼だ。 白面は獣だ。 ならば、この男は人であるのか。 その正体が宇宙の始まりから存在する邪悪の権化だとしても……感情が恐怖を発する兆しすら見せない。 むしろ、沸々と湧き上がるのは別の感情だ。 黙っていれば端正な顔立ちは、見る見るうちに眉間に縦皺が刻まれ、美貌を凶相に変える。 「だが芸術を解する脳も持たぬ畜生如きが私のアトリエに足を踏み入れ……床を汚し、調度品を倒し、私の絵の制作を邪魔する……。 そんな事が……許される筈が、ないだろう」 間近で見られている立場のオーガポンは、泥努を見た。 泥努の脳から現れた感情が作用したかのように、全身が奇怪にねじくれていく様子を。 顔に至っては張り付いた筋肉が崩壊していく。男の激情を表現するのに、通常の顔筋では不可能な動きを強制させて出来た顔だった。 その感情の名は怒り。 人が持ち操り過つ、負の想念の代表格。 呪いや祟りといった迂遠な回り道のない、直接的過ぎる憤慨。 「今すぐその糞尿塗れの足を私のアトリエからどけろ! 畜生めがァァ!!」 黒き炎が、爆ぜる。 先程の双亡亭の叫喚も電嵐の豪風も隙間風に聞こえるほどの大声大喝破。 主の意思に応じた空気が、噴流を迸らせ破裂して、鬼の小さな体を木端のように屋敷の外に吹き飛ばした。 ◆ 雑司ヶ谷鬼子母神堂。 寺院の名称は法明寺が正式だが、子育て安産の神として信仰を集める事から前者の相性で人々に親しまれている。 そのシンボルたる鬼子母神像と激突して、オーガポンは着地した。 像は衝撃で頭部が粉々に砕け、首なしで虚しく鎮座している。 「うわああああ! 鬼さま!?」 息を切らして飛び込む勢いで境内に入る[[スグリ]]。 双亡亭か寺まで、一直線に空を飛んで行った相棒を、必死の思いで追いかけてきた。 「だ、だいじょうぶか鬼さま!? ケガしたのか!? 待ってろ、いまキズぐすりをあげるから……!」 全速力で走って肺が痛むのを構わずに、荷物からエーテル塊───魔力資源を口元に差し出す。 深夜に入れる謎の道具屋から、少ない小遣いで買った回復品だ。 聖杯戦争という儀式に今ひとつ実感がなく、運命と惚れ込んだ相棒の裏を一切知らない[[スグリ]]だが、一端のトレーナーとして、パートナーと共に勝ち抜く形式である事は理解していた。 前線にはポケモンが出て、トレーナーを背後から指示を飛ばしたり、道具でサポートする。構図が出来上がれば馴染むのは早かった。 血の滲む修練、ブルベリーグチャンピオンの座についた実力は[[スグリ]]を裏切らなかった。敗北の過去が無駄でないのが[[スグリ]]には嬉しかった。 甲斐甲斐しく世話をする[[スグリ]]を尻目に、白面は今回の顛末を振り返る。何が失敗の原因だったのか。 あの双亡亭はたまらない栄養素だ。悪と負の意識が渾然一体となった、ひとつの宇宙にも等しい濁った水源。 白面の側からは好きなだけ貪れて、逆に相手は悪意の集積であるが故白面に傷ひとつ付けられない。 元の肉を作り直すのに、あそこは格好の溜まり場だった筈だ。それを阻んだのがあの男だ。 白面を滅ぼした人妖の大連合、その旗印となった急先鋒。 獣の槍を携える人と妖怪にあった、陽の輝く光は一片も見えないのに、己を捕らえて一方的に排斥した。 絶対に覆らない相性差が崩されたのだ。人間は愚か妖怪も逸脱した狂気と精神力によって。 最高の餌場に、最悪の天敵が居座っている。 目の前にあるのに手にできない生殺し状態が何とも憎らしいが、今のままで再び挑んでも二の舞にしかならない。異なる手段と、策を弄する必要がある。 献身的に治療する[[スグリ]]に見えないよう、尾の一部を切り離し、分身体を産み落とす。 分裂した尾は白面の一部にして本体を御方と仰ぐ従属者だ。復活の手筈を整える布石になる。 贄を喪うわけにはいかないが、同時に精神を徐々に追い詰めて恐怖を肥え太らせなくてはいけない。要石から取り込む力が増せば、屋敷の攻略も楽になろう。 壊すべきものを定め、今暫くの時を堪えて待ちながら、獣は天を昇っていく日輪を眩しげに見上げた。 【豊島区・双亡亭母屋/1日目・早朝】 【フォーリナー([[坂巻泥努]])@双亡亭壊すべし】 [状態]憤慨 [装備] [道具] [所持金]なし [思考・状況] 基本行動方針:絵を描く。 0.畜生め。 1.誰も彼も邪魔ばかりしおって……。 2. [備考] 【豊島区・雑司ヶ谷鬼子母神堂/1日目・早朝】 【[[スグリ]]@ポケットモンスター・スカーレットバイオレット】 [運命力]通常 [状態]健康 [令呪]残り3画 [装備] [道具] [所持金] [思考・状況] 基本行動方針:鬼さまといっしょに戦う。 1.鬼さま、おれ、頑張るよ。 2. [備考] 【アヴェンジャー([[白面の者]])@うしおととら】 [状態]ダメージ(小)、分身 [装備] [道具] [所持金] [思考・状況] 基本行動方針:贄を育て、生誕する。 0.コノイエハ トテモ オイシイ。 1.双亡亭を捕捉。アソコデウマレタイ。 [備考] 【豊島区/1日目・早朝】 【[[夏油傑]]@呪術廻戦】 [運命力]消耗(小) [状態]健康 [令呪]残り3画 [装備]淀んだ穢れの残滓、呪霊(3桁規模、シャドウサーヴァント含む) [道具] [所持金]潤沢 [思考・状況] 基本行動方針:見込みがある人物は引き入れる、非術師は優先して駆除。 0.今のは……。 1.双亡亭を監視。攻略の準備をする。 2.[[寶月夜宵]]……素晴らしいね。 [備考] [[寶月夜宵]]を『西の商人』で気づかれない範囲から監視しています。 双亡亭を『崖の村の少年』『成れ果ての衛兵』で監視しています 【キャスター([[リリィ]])@ENDER LILIES】 [状態]健康 [装備]猛る穢れの残滓、古き魂の残滓 [道具] [所持金] [思考・状況] 基本行動方針:夏油に寄り添う。 1.「……!」『あの館は危険だ。凄まじい穢れに満ちていると告げている』 2.「……」『マスターが心配なようだ』 [備考]