偽りの赤い月 アカヅキンの章(物語)
絶望の塔は遥か雲の上にある、天空の城へ向かって伸びていた。
その塔の中を、赤い頭巾の少女が駆けていた。その眼光は獲物を狙う狼を思わせ、空から差し込む赤い月の光が鮮血を浴びたかのように彼女を輝かせていた。
『ふふふ……こんなことになるなんて。嘘みたいよね、グリム』
彼女がグリムと旅をしている間、彼女は自分を本物の「赤ずきん」だと思っていた、そして、世界を本気で「救おう」としていた。それは、彼女の「嘘」の力に起因したものだが、今の彼女はまだ、完全にはそれを思い出してはいない。
絶望の塔は千年の昔の大戦の際、「支配者」とその眷属が、天空の城へと進軍するために作られたものだ。その原動力は2つ、1つは魔石による魔力だが、もう1つは絶望の塔の名が示す通り、人の絶望の心。彼女は、グリムを本の世界へと封じると共に、パンドラを連れ去り、その絶望を手にしていた。グリムを失った、パンドラは絶望の塔の一室に幽閉され、その嘆きの魔力を塔へと与えていた。
『さて、ここからね』
そういうと、彼女は塔の最上部へと躍り出た。最上部には儀式の魔法陣が、そして空には、地上では目視も叶わなかった天空の城がはっきりと見えていた。彼女は魔法陣の中へと進むと、魔力を解き放つ。塔全体の魔力が、最上部へと集まっていく。
『深淵なる絶望よ、導け。私を赤い月の空、天空の城レファースへと』
塔の魔力が彼女に集中すると、黒い光が道筋となって、天空の城へと伸びていく。そして、その光が、城へと届くと、あたりには静寂が戻っていた。そして、彼女の姿はもう、塔には無かった。
『ふふふ……早いお出迎えね、何年ぶりかしら』
天空の城へと辿り着いた彼女は、そこに「待っていた」紅い少女に話しかける。
『ついに、ここまで来たのね。でも、私はこの時を待っていた。返してもらうわ、私の居場所を、そして、物語を』
『あなたの世界、そうね、私にとってはもういらないものだけど、返しては……あげない』
『何を! 一体あなた何者なの!』
『ふふふ……それはね、「今」の私にはよく分からないのよ。そうね、あなた、嘘を付くときに誰よりも最初に騙さなきゃいけない人、分かる?』
『何を言っているの?』
彼女は紅い少女へと不敵に笑う。
『それはね、自分自身。自分さえ騙せれば、嘘は嘘として語られない。だから、真実に限りなく近づく。本物の嘘は「吐く」ものではなく、「憑く」もの。自分自身に嘘を憑けて、私は千年の間、赤ずきんとして世界を騙し続けてきた。だけど、それもそろそろ終わり、グリムがドラキュラを倒したとき、私の中の赤ずきんであるという嘘は解き放たれた。鍵で開く扉のように、何かをトリガーに解錠されるようになっていたの。これから、私は自分に憑けていた嘘を1つずつ解いていかなければいけない。そして、そのための鍵の1つが、この天空城ということ』
そういうと、彼女は狼少女へと姿を変え、紅き少女と対峙した。
『だから……あなたは私に憑いた残り799個の嘘を落とすために、ここで、消えて貰うわ』
『言葉遊びが過ぎるわ。私が本物の赤ずきんで、あなたは偽物。真実はたった1つ、それだけで十分よ』
『あなたが赤ずきんなら、今の私はアカヅキンとでも名乗ろうかしら。ねぇねぇ、私の体は何でそんなに赤いのかしら? それは、真っ赤な嘘憑きだから。ふふふ……嘘じゃないよ』
『戯れ言を! 私は負けないわ!』
『たった1つの真実と、無限にも等しい嘘、さて、どっちが勝つのかしら』
2つの赤が交差した先では、赤い月がこれから始まる戦いを見守るように輝いていた。
最終更新:2015年02月17日 08:42