「いいよカルネア、来て?」 「いいのかー?じゃ、思いっきり行くさよ……」 青空の下、それぞれ握り締められた二人の手に力が篭った。 初めに言っておくが色っぽい話ではない。残念なことに。 ここはいつもの訓練スポット、人気のない小高い丘。 飛行の訓練ばかりで些か根を詰めすぎがちであったティマフが大の字に寝そべって腐っていた。 艶っぽい寝姿にも一ミリメートルも動じない同行者が、どっかと隣に座り込む。 何か気の利いた言葉でも頂けるのか、と一方通行な期待と、 そんな甲斐性、ありえないという勝手な落胆を、ティマフは同時に背負い込みつつも言葉を待つ。 同行者─『猛る暴風』カルネアの発した言葉。 それはティマフの抱えた期待と落胆、両方に確かに応えていた。 「んーと、ティマフ?今度はおれの訓練に付き合ってくれさよ」 奇跡的にも気遣いのような何かを見せ、『模擬戦で身体を動かそう』と提案したのだ。 元も、女性への誘いが『戦闘』というところがカルネアらしいというか戦闘バカというか。
ま、それがまたいいんだけど、と思いながらティマフはその提案に乗ったわけだ。 「お互い武器ナシ、勝敗はどうするさよ?」 「じゃ、脳天か顔面に一発当てたらで……いいよねっ」 ぐぐ、っと伸びをしてしなやかな身体を伸ばしながらティマフは応える。 その顔に自信たっぷり、不敵な笑みを添えて。 「能力・魔法はアリ、でさ、勝ったら……言う事ひとつ聞くってのは?」 咳払いとともに、魔法に必要な喉を整える。 意味を理解したカルネアの口角が、にっと上がった。 「そーさなー、そーじゃなきゃ面白く……」 こき、こきっ。 首を鳴らしながらカルネアは体勢を低くする。 好戦的な、いつもの眼差しだ。 「無いさよ!」 「だよね!」 緑の暴風と朱の疾風が、吹き抜けた。 どこまで愉快な気分でいるのだろう、楽しげに突っ込んでくるカルネアにティマフは呆れすらした。 そのまま呆れっぱなしでいると唸るパンチが容赦なしに顔面に突っ込んでくるだろう。 それはさすがにいろんな意味で嫌なので、ティマフは軽く回避した、『当たり前だけど容赦ナシだね』と思いながら。 踊るような、軽やかで、しなやかなステップでくるりとカルネアの背後を取る。 カルネアが素人であれば、決着はここで付く。 重心を崩すこと無く、回避の動きの流れのまま繰り出された、回し蹴りが側頭部をそのまま打ち据えるからだ。 だがカルネア、自他共に認める戦闘狂であり、風を操る能力者。 惜しげもなく披露されたティマフの脚が鋭く唸りスカートを危うく翻す風が巻き起こる。 その風もまた、カルネアの力のひとつとなるのだ。 蹴りが到達より数瞬早く風を感じ、カルネアは回避……に移るかと思いきや、ぐるぅっと振り返った。 無論回避を諦めたとか、スカートの中を拝見したいとかそういう考えでは無い、だってカルネアだもん。 根っから攻勢に回りたがる気質、所謂ガン攻め思考のカルネアは回避より攻撃を選択したのだ。 迫る蹴りを左の掌で受ける、直接受け止めるのではなく風での補助で柔らかく力を無効化するように。 紳士が淑女にダンスのエスコートをするかの如き柔らかな防御策。 カルネアにそれを取られたことにティマフは虚を突かれた、余りに意外だったからだ。 と、空いているカルネアの手、生身の手である右の手だ。 鋭い手刀が、離れる間も与えずティマフへと放たれた。 剣を持たずとも、彼は恐るべき戦人。 カルネアの膂力から放たれるそれは、武術訓練など受けたことが無くても達人級の威力を誇る。 だが、ティマフもまた戦いに身を置いて短くはない。 すでに『次の手』は打たれていた。 「『…こぼれて、時が落ちる』っ」 歌、と表現するには些か荒く、それでいて微かな呟きだった。 だがその魔法は確かに効力を得て、カルネアの手刀を微弱ながら鈍らせた。 魔法『アロンジェ』は相手の時間を遅らせる。 その微かな鈍りが、ティマフの回避を確実な物としたのだ。 二人は一度目の交錯から分かたれた、一人は舞うように、もう一人は雄々しく、力強いステップで。 「いきなりギリギリだったさね、やっぱり武器持ったほうがいいさよ?」 「じょーだん。まだ一度目だよ?今度はそっちが冷や汗流すんだね」 「やってみるさよー!」 二度目の交錯の初手は、炎と風。 ティマフの手から二筋の火焔─コラルコ(弓で弾く)が放たれた。 直撃を狙うのではなく、回避を迫る事によって自身から注意を逸らし突撃することが目的だ。 威力を最大限まで絞ったおかげか、失敗することもなく矢となり放たれる。 対するカルネア、前述のとおりガン攻めである。 またも回避をよしとせず、自らの持つ能力で真っ向から立ち向かった。 炎の矢を『デグレッセ』で半ば掻き消すように押し流す。 目論見と違った結果にはなったが、ティマフは当初の予定通りカルネアに突っ込んだ。 袖をはためかせつつ、顔面目掛け掌底を放つ。 自らの掌に視界を集中させ、狭めることで避けられたとしても次への布石とする為だ。 カルネアは首を傾けることで回避する、しかし翻った大きめの袖がカルネアの視界を塞いでしまった。 無論生まれた隙は一秒にも満たないだろう、だが戦闘においてこの隙は途方も無い時間に匹敵する。 逆の手が平手となり、カルネアの頬へ飛んだ。 「とった!」 「うおっとっ」 カルネアの体勢がやや崩れた、左の鳥獣の腕を顔の前に構えぎこちない防御姿勢を取る。 ティマフの平手は丁度肘の辺りの羽毛に埋もれることになった。 もふもふっとした感触にティマフがちょっとだけニヤけたのはとりあえず割愛しておこう。 カルネアが手を振り払い、両者の距離はやや離れた。 「しぶといっ!」 「まだまださよ!」 威勢のよい叫びと共に放たれた『ミストラル』の風。 今度は、ティマフの体勢が崩れる番だった。 続けてカルネアが『シャルディニエール』の要領で、無手ながら四連撃を繰り出した。 ティマフは持ち前の軽やかさを殺され、防御を余儀なくされる。 こちらはカルネアの風と違って能力で咄嗟の防御には回れない。 両腕を交差させ防御を取るが、力の差がそこにはあった。 なにせカルネアの攻撃、一撃一撃が鉛のように重たい。 一撃目、まず右腕のガードを揺るがされ、二撃目で完全に崩されてしまった。 もはやこれまで、とその時。 三撃持たないティマフの、起死回生の策が放たれた。 「…どうして、こうなったさよ?」 「さあ?」 勝敗を分けたのは最後の一フレーズ、『ブルラ』(いたずら)だった。 いや、分けたというのは語弊があるだろう。 足を縺れさせたカルネアは三撃目を放つことが叶わなかった。 またティマフも、連撃により(たぶんわざと)よろけたことにより、二人は縺れ合い大地に転がった。 その際互いに額を打ち付け、今のカルネアがティマフに覆いかぶさった状態へと雪崩込んだのである。 「どっちが勝ちさー?」 「そーだね……引き分けでよくない?」 組み伏せられたまま、額を合わせたままで二人は微笑みあう。 しばらくそのままだったが、やがてカルネアがごろりと横に転がった。 「はー……こんなちょっとの時間だったのに……やたら疲れたさよ」 「休む?」 「おー……あ、でも飛ぶ練習のこと忘れてたさよ」 「ま、いいからいいから……」 『静かな星空 ♪ 月が飾る まどろみの中 ♪ 夢が満ちる ……』 夢のような歌声はカルネアの緊張を解きほぐす。 カルネアも無意識のうちに、この戦いを硝子細工でも扱うような神経で行っていたのだ。 それは優しさ故か、はたまた特別な理由か。 ともかくすり減らされた神経を休ませるためか、至って容易に眠りへと誘われて行った。 傍らの眠る彼を、夜を共にする枕であるかのようにぐっと打き寄せるティマフ。 訓練のことなど忘れ、こういった時間を過ごすのも、たまには悪くないかもしれない。 満足そうな寝息が、その気持ちを如実に表していた。 今日の訓練成果……0 GET……ビミョーな気持ち+1
「……そこで何もしないの?もうちょっと何かないの?」 「なな、何を期待してたのよ」 「そりゃ、もう一戦。あ、上下逆でもいいけd」
青空に拳骨の音が響いた。