―レオン長編『賢狼はかく語りき』 〜前約〜エグゼナ編―
――魔王フルーレティを倒し、妖月帝国からアースガルド大陸を解放した帰り道、俺は兄貴に話しかけた。
シャドウ「なぁ、兄貴…」 ブラッド「何だ、シャドウ?」 シャドウ「…やっぱり…サンクチュアリにレオンが居ないんじゃないかって思うんだ。」 ブラッド「何故、そう思うんだ?」 シャドウ「これだけ探して、レオンが居ないんだ。 もし、本物のレオンだとしたら…誰かしらの下に姿を現すとは思わないか?」 ブラッド「確かに、レオンらしくねぇ行動だよな。 人懐っこくて、寂しがりやなハズなのにな。 …となると…。」 シャドウ「今サンクチュアリで動いているレオンは、偽者の可能性がある…と言うことか。 …正直疑いたくはないが…。」
――レオンの偽者が出来る者などそうそう居ない。 そもそも、偽者が現れていたら、俺達が直ぐに気付く筈だ。変身と言うと、大概は魔術や擬態によるものであるから、口調や相手が持つ魔力の性質で、簡単にバレてしまうだろうからだ。
偽者だと直ぐバレる大きな要因がもう一つある。 それは、機械剣と呼ばれる存在だった。一本の大剣の中に多彩な装備が収められている、特殊な武器。 それは、俺が持つ大剣よりも重く、また使いこなすには、かなりの知力…それも、パズルを解くかの才能を要する。 しかも今のレオンが所持する「クラウディ・ツヴァイダー」は、レオン本人の戦いの癖にあわせて調整された、いわば専用の武器。 どんなに真似たところで、レオンの癖にはついていけずにバレてしまう。
実は俺がレオンの偽者が居ると考えにくい大きな要因がこれとは別にある。もしその偽者だと思っていたレオンが本物だった場合、レオンの立場を考えた場合、当然彼はショックを受けるだろう。 それも、その偽者呼ばわりしたのが自分を兄と慕う俺だったとしたら…。 そう思うと、疑いたいたくてもとても俺は疑えなかったのだ。
…しかし、少しの沈黙があった後、兄貴は俺にこう言った。
ブラッド「だったら、この件は俺がやっておくよ。 アイツには一度は嫌われる事だしな。疑って掛かって、ガーベラなんかに殴られるだけだろうしな。」 シャドウ「兄貴…。」
――俺の気持ちを察しているのか、それとも別の意図があるのかは知らないが、兄貴が、それも穏やかな表情で言うはとても珍しかった。
ブラッド「昔は、レオンの事なんて何も知らないし、知りたくも無かった、『こいつ裏切るな』…とも思った。けど…今は違う。あいつは優しくて、仲間とか友達とか、他人の為に、頑張れるような奴なんだ。 そして事実、あいつは今のグロウリーパレスの中じゃ無くちゃならねぇメンバーになってる。あいつがギルドに居ねぇと、ギルドの中がつまんねぇんだよ…雰囲気が暗過ぎてよ。」
――兄貴が辛く、また暗い表情をした。正直な事を言うと、いつもはへらへら笑っている兄貴が、こんな表情を見せる事は弟である俺でさえ珍しい事だ。
レオン自身は謙遜で、自分には何の力も無いと言っているが、俺はレオンに真面目で、常に努力を惜しまない性格だった。 彼が皆には見えない場所で必死になって強くなろうとしているのをよく見かけていて、俺は彼に関心し、そしてレオンに助言をしたりもした。 また、先程兄貴が言ったように人懐っこくて、また親切なところもある。恐らくそうしたレオンの人柄に影響されたのだろう、それまで男に人当たりが悪く、王家とは思えない程残酷だった兄貴が、まるで人が変わったかのように、誰に対しても(特に女子供については)相手を思いやるようになった。とは言え仕事となると、たまに昔のように冷酷に変わる事があるが…。
「レオンって…やっぱり居なけりゃならない存在かい?」 シャドウ「当たり前だろう…レオンは俺達の…って、お前…!?」
――突然後ろから声を掛けられたので、その人物に気付くまでに少し時間が掛かった。彼はサンクチュアリではまず会う事がない人物だったからだ。 軽く手を上げて、俺達に近づいてきた。
「よぉシャドウ、ブラッド。 シャドウ夫婦に課した試練以来だな。」 ブラッド「そうだな…って、そんな事より何故お前がここに居る!? 仕事はどうした?」 「今休憩中。 たまには外に出て空気を吸ってきたらどうだと言われてな。」
――恐らく仲間から言われたのだろうが、きっとサボりだろうと俺は思った。
シャドウ「…知らないとは思うだろうが、一応尋ねておこう…。」 「何だ、シャドウ?」
――何故知らないと思うのに尋ねるのか、と不思議そうな表情で俺に目を合わせた。
シャドウ「レオンが今、どこに住んで居るのか…お前は知らないか?」 「俺の立場を考えて尋ねているのか? そうそう、外の世界には出られないんだぞ。そんなの知るわけないだろ…。」
――彼は肩をすくめてこう言った。 今度は兄貴が彼に問いかける。
ブラッド「最近…レオンが俺達の前に姿を見せないんだ。…それについて、あんたどう思う?」 「何か、尋問しているような感じだな。 …まぁ良いや、きっと…お前達の前じゃ、自分に甘えてしまうから…じゃないかな?」 ブラッド「甘える…か。」
――彼の答えに、兄貴は一理あるなと返した。そして、彼はふと何かを思い出したかのように話を切り出した。
「そう。 あぁ、そういえば一月半ほど前かな…。たまたま、こっちの世界でレオンを見かけたよ。」 シャドウ「何だって!? それは本当なのか?」
――流石にこの事については俺も兄貴も驚いた。しかし、俺の問いかけに少し冷めた目で答えた。
「あぁ、本当さ。 だけど、気が沈んでいたな。 それも…ここ最近って話じゃ無さそうだ。」 シャドウ「…最近じゃない…。 どの位前なのか教えてくれないか?」 「そうだな…はっきりとは分からなかったが、恐らく1年近く前だろうと、俺は踏み込んでいるね。」
――彼の予測には俺は不思議に思った。一年近く前で思い当たることといえば、クリスマスパーティにパラケルスと一緒に誘われていた事だろう。あれは、レオンがお酒を飲まされた為に獣化してしまった事と、参加者の一人の聞き間違いとその行動が原因であって、レオンがお酒を呑まなければ回避できたかもしれない問題だった。 それに…
ブラッド「随分前だな…。 だが、その時はまだレオンも元気だったぞ?第一、次の日ギルドに来た時は元気だったしな。」
――兄貴を言うとおり、その翌日は元気にギルドに現れていたから、別段気にする問題でもなかったと、俺は思ったからだ。
「そりゃ、まだまだ小さなものだったし、レオン自身も調整が利いていたからな。だが…徐々に大きくなって、精神的に崩れた時期が2つある。」 シャドウ「…2つも…?!…1つじゃなくてか?」 ブラッド「なんとなく分かった…。レオンが泣いて家に帰った日と、魔界を出る前日だな。」 シャドウ「そうか…ホワイトデーの日……。」
――ホワイトデーの日、バレンタインデーの翌日から、レオンは何を作ろうか考え始めていたのだ。彼の料理は上手で、グロウリーパレスの中でも5本の指に入るほどの腕前だった。もちろん、サンクチュアリでもその腕は通じるようで、事実焼肉を振舞って帰ってきた時には、笑顔になるのを隠しきれないくらい、嬉しそうな顔をしていた。 それが、あの日から数日はいつもの表情を取り戻さなかった。 原因はパラケルスからある程度聞いてはいる。 味見と称してレオンの料理を食べた挙句に、レオンに対して最低な真似をしたと。 ただ、つまみ食いをしただけならば、レオンもまだ許しただろう。だが、この日は特別な日であり、しかも先に女性に食べてもらいたいと思ったはずだ。それなのに、無断でつまみ食いした事に注意をしても聞かず、寧ろいちゃもんを付けられた上に、作った本人の前でゲップと言う、失礼極まりないことをされたとなれば、良い気持ちにはならないのは必須だろう。俺だって怒りたくなるし、作りたくもなくなる。
もう一つはレオンがギルドに手紙を残して魔界を出て、ヴァールさんの家に下宿するようになる前の日の事ではないかと、彼も兄貴も考えていたようだ。その日は下水道にいる魔物の討伐だった。鼻が利きすぎるレオンにとっては少し辛い仕事で、しかもその場には回復役が居なかった事もあってか、レオンは一方的にやられているだけだったと、レオンの報告書にはあった。本当はレオンだって一緒になって戦っていたはずだ。 しかし、その日だけはそれよりもショックが大きかった事があったはずなのだ。
しかし、この日の何処でレオンがショックを受けたのか…それはレオンにしか分からない。 姉のガーベラにも話さなかったらしい。だから、俺は気付けなかったのかもしれない。こんな奴がレオンの兄貴だとよくいえたものだと、心の中で自分を責めた。
さて、話を戻して彼が2つあると言う精神的に崩れた時期について、ブラッドが両方とも分かった事に、目をやや驚いた表情でこう問いかけてきた。
「ブラッドが気付いた事に俺は正直驚いてる。 …お前、レオンが嫌いじゃなかったっけ?」 ブラッド「何時の話を引っ張り出してるんだ。…今はもう、レオンに一目置いてるよ、特にサンクチュアリに関しちゃ頭もあがらねぇ。確かに、アイツは成長したよ、技術的にはな。だけど、精神的にはまだまだ子供なんだ。俺も目が離せねぇんだよ。」
――兄貴は苦笑いしながら彼に話す。すると彼はこんな質問を投げかけた。
「その話は、レオンには?」 ブラッド「面と向かっては言ってねぇ…恥ずかしくてな。」 「もし、レオンに会ったら言ってやれ。 きっと喜ぶだろうよ。 さて、そろそろ帰らねぇと、休憩終わっちまうな。」 シャドウ「あぁ、悪かった。 大事な休憩時間を…」 「良いんだよ。 お前さん達くらいさ、話し相手になれるのはよ?」
――そう言って、彼は俺達と別れた。 彼が見えなくなって、ようやく俺は兄貴に尋ねた。
シャドウ「どう思う、兄貴? あいつが黒だと思う可能性は…」 ブラッド「あるけど…難しいな。確かにあいつなら、レオンに化けることも、レオンと同じように戦場で振る舞う事も可能だ。ただ…」 シャドウ「あぁ。…そう長い時間こっちの世界で動ける立場じゃないって事だよな…。」 ブラッド「それに、あいつがレオンに化ける理由がねぇ。いや…もし仮にあるとしても、あいつはここまでやるような性質か?」 シャドウ「分からない…。ともかく、帰って報告はしてみよう。」 ブラッド「そうだな。何よりも、手掛かりが2つ見つかった。その線でレオンについて探り直す必要がありそうだな。」
――そうして、俺達は魔界エグゼナへと歩み始めた。 しかし……
(心:すまない…シャドウ、ブラッド。…レオンに化けているのは…俺なんだ。…だが、分かって欲しい…これも、レオンの為だと思ってやっている事をな…。 俺はレオンにもう二度とあんな顔させたくねぇ。 その為にも、俺はまだお前達に『真実』を明かすわけには行かねぇんだ…。)
――2人の会話が『彼』の耳に届いていて、そして僅かにだが、『彼』が辛い表情をしていたなど、俺達はまだ知る由もなかった。