焚き火に薪を追加し、フォルアはちらっと自分の後ろを振り返った。

「お前もだ。当番ではないのだから寝ていろ」

 びくっとフォルアの後ろで小さな影が動いた。
 ユキだ。
 隠れているつもりなのだろうか。頭から毛布をかぶり、丸まっている。

「ね、寝てるよ……?」

 少し上ずった声が、毛布の塊から帰ってきた。

「返事をしては狸寝入りにならんだろうが」

 ふうっとフォルアは小さくため息をつく。焚火の向こうで、ゼーレがほほ笑む気配がした。
 フォルアがそちらへ目をやると、ゼーレは軽く口元を押さえてくすくすと笑っていた。

「ね、寝言だもん……」

 なおも言い訳するユキへ視線を戻すと、ユキは毛布の隙間からフォルアを見上げていた。もうあまりごまかすつもりもないらしい。
 いや、ユキのことだ。もしかしたら、これでごまかしているつもりということも……。

「そうか、寝言か。ならここまで転がってきたのも寝像か?」
「うん」

 頷き、もぞもぞ動いたかと思うとユキはフォルアの腰に抱きついてきた。
 もうごまかすつもりのない方だったようだ。

「ふふ、どこから聞いていたのでしょうか?」

 ゼーレが、ユキに優しく話しかける。
 フォルアの腰に更に強く抱きつきながら、ぼそぼそとユキは答えた。

「ほんとに、久しぶりですねって……辺りから」

 ほとんど最初からだ。
 確かにその辺りからユキはもそもそ動いていた。気づいていたとはいえ、フォルアのため息が深くなる。

「……気になりますか?」

 ゼーレの問いに、ユキの腕にぎゅーっと力が入る。

 先ほどの自分とゼーレの会話が、この小さな少女にどのような影響を与えたのか。察しがつかないほどフォルアは鈍感ではない。
 あの会話から想像できる予想外の親密さに、妬いているのだ。ユキは。
 そしてゼーレもそれをわかった上で、ユキに問うている。

「その辺にしてやってくれ」
「ふふ、わかっていますよ」
「…………なる」

 フォルアがゼーレをたしなめるのとほぼ同時に、さっきよりも小さい声でユキが呟いた。

「む?」

 フォルアが聞き返す。ユキは、ほとんど睨むようにゼーレを見ていた。

「……気になる」
「そうですね……フォルアさんとは少し会う程度で、ずいぶん長い間」離れていましたが……」

 挑むようなユキを全く意に介さず、ゼーレはふふっと笑った。

「今は、とてもかわいらしい方が傍にいらっしゃいますね」
「………………っ!!」

 とたん、焚火の火を軽く超える勢いでユキの顔が耳まで真っ赤になった。
 このような駆け引きでは、ユキに勝ち目なんてなかった。
 ゼーレは見た目こそユキとさほど変わらないが、外見通りの年齢ではないのだ。

「フッ……」

 今度はフォルアも笑う番だった。
 照れと、恥ずかしさからか、ふるふると震えながらユキがゼーレから顔をそらす。

「…………ゼーレなんて、嫌いだ」

 やっとのことで、それだけを返した。

「そう言ってやるな」

 フォルアが、ユキの頭をやさしく撫でる。
 それですぐユキの機嫌が直るはずもないが、ずっとフォルアに強くしがみついていた腕が少し緩んだ。

「すみません、少しからかいすぎてしまいましたね」
「…………」

 しかしゼーレに対しては、そっぽを向いたままだった。
 頑なまでにゼーレを意識するユキに、フォルアは苦笑してもう一度ユキの頭を撫でる。

「じきに夜が明ける。……寝られなくてもいいから、体は休めておきなさい」
「……じゃあ、父さんと一緒に寝てい?」

 首をかしげながらそう聞いてくるユキは、どこか遠慮がちだった。
 そんなユキに、フォルアは微笑する。

「好きにしたらいい」
「私も、ユキ様と一緒に寝ても宜しいですか?」

 いつのまにか、ゼーレも自分の毛布を手にフォルアの隣に来ていた。
 フォルアはもちろん、ユキにしたのと似たような返事で快諾する。
 ユキの方は、言葉に詰まってフォルアとゼーレを何度も見た。
 しばらくそうしてから、やはりゼーレを睨みながらユキが答えた。

「いいよ。……でも、フォルアの隣は私」
「はい。では私は、ユキ様の隣に……」

 微笑しながら、ゼーレはユキのすぐ隣に腰を降ろす。
 ユキはいまだ睨んではいるが、最初の時よりは警戒が解けつつあった。
 だからだろうか、

「次の見張りを起こしにいくから、少し離れていいか?」

 そう言ったフォルアを、ユキはすんなりと解放した。

「おやすみ」
「おやすみなさい」
「お休みなさいませ」

 三者三様に言葉を交わし、しばらく毛布がずれる音がしたあと、辺りは薪がはぜる音だけになった。
最終更新:2012年03月29日 02:32