小説

この国は、命をかけてまで守る価値があるのだろうか――― 友、仲間、最愛の人、善良な市民、それらを守るのならばいつでもこの身を捧げる覚悟はある。 だが、国はどうか? 国のために戦う事が市民を守ること信じていたあの時ならば、間違いなく答えはYESだった。

だが、実際は違う。 無為な争いは戦いの火種を得るために。 有為な争いは一部の者達の利権のために。

そんな国を守るために戦う、命をかけて―――        

その問いの答えを得るために、俺はこの場所にいる。 軽空母タイタン。 反乱軍の拠点となっているこの場所は、きたるべき決戦の日に合わせ首都へと進路とっている。

そして最後となるブリーフィングがはじまろうとしていた。 船底格納庫に集められた数百の兵士達は、壇上へ立つであろう人物を静かに待つ。 その人物の言葉を聞くために。

そんな沈黙の時間が、ふと自分の人生をフラッシュバックさせる。

                     

「パパは死んだの?」

幼い俺の質問に母は沈黙で答えた。 喪服に身を包み、黒いヴェールの下で涙を堪える母の顔を見て、それ以上は何も言えなかった。

俺は5歳だった。

 

なぜか空の棺桶が土に埋まっていく。

   

父は死んだが、さほど哀しくはなかった。 仕事柄、家にほとんどいなかったので顔もはっきり覚えていない。 何度も遊んでくれた隣のジェシーおじさんの方が、ハッキリ顔を覚えている。

だから、父親がいなくなったという事実よりも、気丈に涙を堪える母を見る方が辛かった。 俺が母を守らなくてはいけない。そう思った。

 

父親は死んだ後、生活は一変した。母は朝早くから夜まで働くようになり、ほとんど家にはいなかった。 いつも家にいなかった父親が、自分達の家計をどれだけ助けていたのか、それを実感した。

俺は学校に通っていたが、それが母の負担になるとわかる歳になると、すぐに学校を辞めた。 10歳だった。 学校を辞めると言ったとき、母に猛反対されたが、俺は頑なに拒否した。 この学校という場所は、母が必死で稼いだ給料を垂れ流す場所でしかなく、 かといって俺の人生を正しく導いてくれるような場所でもなかったからだ。

 

俺は母と共に働いた。少しでも母に楽をさせたい。 だが、学校も行かないようなガキの稼ぎで、とても生活を楽にすることはできなかった。

そんな俺が17歳で海兵隊に入隊したは、至極当然の流れだった。 給料はいいし、何よりバカでも大丈夫だ。身体の丈夫さにも自信はあったし、喧嘩じゃ負けたことがない。 家に帰ってそれを言うと、母の顔は青ざめ、同時にこみ上げるように顔を赤くし、俺を怒鳴った。

確かに勝手に応募したのは悪かったけど、合格するまで隠して置きたかったんだ。 それに給料もいいし公務員だ。きっと喜んでくれると思ったのに…。  

俺はそんな母に腹立たしさを覚え、そのまま家を飛び出した。 なぜ母が、そんなに怒ったのか、その時の俺には理解できなかったし、理解する努力すらしようとしなかった。

程なくして俺は海兵隊の宿舎へ入り、母とは疎遠になった。

     

海兵隊の訓練は「死人も地獄に戻りたがる」と揶揄される程厳しく、過酷だった。 ただ、考える暇がない程の厳しさは、俺にとってはありがたかった。 他の事を考えると甘えたくなる。母の顔を思うと胸が痛くなる。 俺はただガムシャラに突っ走った。同期の仲間は次々根を上げ、脱落していく。 だが、俺はただ前だけを見た。

気づけば2年の歳月が流れ、俺は立派な海兵隊になっていた。 その間、母への仕送りは続けたが、連絡は取らなかった。

余裕が出てきて、心にゆとりが生まれると、すぐに母の事が頭に浮かんだ。 元気にしているのか、幸せに暮らしているのか―――― 思い始めると止まらなくなり、すぐに手紙を書いた。

"元気にしてる?俺はめっちゃ元気!!"

もっと考えて書けば良かったと今でも後悔してる。

         

"第7海兵遠征隊 出動指令"

手紙の返事をゆっくり待つ時間はなかった。 宿舎の大きな掲示板に張り出された紙を見て、いつものようにブリーフィングルームへ足を運んだ。

 

内容は簡単な任務だった。ある孤島に停泊する密輸船の調査・拿捕。 その孤島は、当時同盟を結んでいた国の領土だったが、同盟国は内部のイザコザで手が回らないため、 "殴りこみ部隊"の異名を持つオルカ海兵隊に白羽の矢がたったのだ。

事前の調査で、密輸船は近くの国の麻薬密売人のもので、危険性は低いと判断されていた。 たかだか小国の麻薬バイヤーの拘束なんて―――――と誰もが思った。 装備と支援もそこそこに、俺を含めた15名の隊員が孤島へと派遣された。  

だが任務開始数時間で、すべて間違いだったことに気づく。 事前の調査も、準備した装備も、すべて。

           

「退け!退けぇ!!」 銃声と砲撃の業火の中を、裂くように声が飛ぶ。 俺達は敵も見えぬ茂みの奥に向かって銃撃をしながら、身を退いていく。 茂みの奥からは、俺達が放った銃弾の3倍の量の銃弾が返ってきた。 銃弾の応酬。一面金色の銃弾軌跡に包まれ、その軌跡に触れた隊員がバタバタと倒れていく。

時折、低い重低音と共に一際太い銃弾軌跡が飛んでくる。 触れた瞬間に太い大木を抉り取る悪魔の軌跡。 2秒前まで声を掛け合っていた隣の仲間の上半身を奪っていく。

20mm機関砲だ。

     

劣勢は明らかだった。装備も人数も違いすぎた。 相手はこの海域では有名なゲリラだった。 ただゲリラといってもそこらの民兵の寄せ集めとは一線を画す。 小国の軍隊よりも充実した装備と人員を持っており、一国を攻め落とした事もあるほどの手慣れだ。

そのゲリラが武器密輸の中継地点として、この孤島に停泊していたのだ。 だが、その事実に気づくにはあまりに遅かった。 機関砲、戦車、装甲車。絶望的な戦力差を埋めるには人も装備も足りなかった。

パンター戦車のキャタピラ音だけが茂みの奥から迫る。 俺達は見えぬ敵に銃弾を浴びせながら後退したいった。 1人。また1人と、仲間が減り、指示を出していた軍曹の声もいつの間にか聞こえなくなっていた。    

孤島の熱帯雨林を抜けた時には、部隊は俺と負傷した3人の仲間だけになっていた。 追っ手の姿が見える前に近くの小屋に駆け込み、3人を寝かせた。 「きっと助かる」なんて甘い言葉もかけれないほどに状況は凄惨だ。 部隊は壊滅。装備の弾薬もなし。悪天候で本部からの支援も期待できない。

鼻先にある熱帯雨林からいつ装甲車が顔を出してもおかしくない。 そしてそれが見えたときには、すべて終わり。

"死"。

その予感が、俺の背中を百足のように這い上がる。 急に寒くなり、手足が震えた。運命という悪魔が俺の首に鎌を差し伸べているのを感じる。

死ぬのは怖くない。

そんな風に思えると思っていた。 だが、死を目の前にして感じたのは、"生きたい"というごく当たり前の感情だった。

限界まで酷使し、悲鳴を上げる身体を立ち上げ、銃を担ぐ。 死ぬわけにはいかないが、仲間を見捨てて生き延びる気もない。 生きたいと思う感情が、奇跡のように一歩、また一歩と歩む力を注ぎ込む。

敵は前にしかいないんだ。戦うしかない。

自然と死の恐怖は掻き消えた。

小屋を出て、茂みに向かって銃を構える。こんな小銃でどうにかできる相手ではない。 そんな事はわかっているが、やってみなきゃわかんねぇ。

   

地鳴りのようなエンジン音と共に茂みから地獄の軍団が現れる。 4台の装甲車と2台のパンサー戦車。歩兵が確認できるだけでも30はいた。

それらの砲身がすべて自分に集まるのが見える。 でも、構うことはない。俺にできる事はただ、この銃の引き金を引くことだけだ。

!?

引き金を引いたと同時に、目の前でパンサー戦車が爆発した。 吹き上がる火炎が空を染め上げる。

呼応するように次々と装甲車が爆発し、破壊されていく。

一体何が――。

あわせるように目の前の歩兵が次々倒れていく。銃弾の軌跡は自分の背後から。 銃を構えることも忘れて、振り向く。

 

「AFV(戦闘装甲車両)は殲滅。歩兵を逃すな。」 「フォーメンションC。南西から風上に追い詰めろ。」 「「「ラジャー。」」」

特殊スーツに身を包んだ集団が輸送機から降りてくる。 兵士を目指す者なら一度は憧れる集団。一瞬でわかった。スペシャルフォース。

見えただけで6人ほどだろうか。銃を構えながら俺の横を通り過ぎていく。 驚きと安堵と憧れがごっちゃになって、自分でもどんな顔をしていたのだろう。 かなり間抜け面だったと思う。

そんな俺をよそ目に、その6名は驚くほど迅速に相手を殲滅していく。 敵の射撃は驚くほど当たらなく、また味方の射撃は相手の急所に吸い込まれるように撃ち込まれていく。 無駄な動きは一切ない。極限まで洗練された一挙動一挙動。 腕を振りぬくように放った銃弾は、それぞれ別の目標の頭部に着弾し、生命活動を停止させていく。 そこにはサバンナの野生動物のように美しく精悍な戦士達がいた。

「間に合ったか」 魅了され、阿呆のように突っ立っている俺に声が投げかけられる。 声の主に振り返ると、戦場に似つかわしくない軽軍服に身を包んだ男がいた。 顔には3本、獣にでもつけられたかのような傷があった。 噂で聞いたことがある。スペシャルフォース大佐カーネル。 都市伝説級の大物登場に、思わず言葉を失う。

「名乗れ海兵」 声に詰まる俺に、男は急に軍隊らしい口調で言った。

「…は!海兵隊第7遠征隊一等兵 カイであります!」 喉の詰まりがとれ、俺は条件反射でお決まりのセリフを返した。

「そうか、無事で何よりだ」

なぜそんな言葉をかけられるのか、まったくわからなかった。 俺なんかが、なぜ? そんな疑問が顔にでも出ていたのだろう。カーネル大佐は俺の肩に手を乗せ口を開く。

「君の父上との約束を果たせた」

何年ぶりだろうか。父という言葉を聞いたのは。 記憶の彼方に置いてきた父親という存在が、急に目の前に現れた。 忘れたはずの過去の幻影が心の小さな隙間から顔を出す。      

「後でゆっくり話そう」 大佐に抱えられ、俺は負傷した仲間と輸送機へ移動した。

1時間もしない内に、敵は殲滅され、憧れの戦士達が輸送機に帰還した。 カモメも飛べないような悪天候の中、テールローター輸送機は俺達を乗せ飛び立つ。

今考えると、とんでもない操縦技術だ。晴天でさえ操縦の難しいこのデカブツを、風速20mの中まともに動かしていたのだから。 だが、その時の俺はそんな事よりも、記憶にほとんどない父親の事を考えていた。 ただ考えても何も浮かばない。それも当然だ、俺は父親のことを何も知らない。 どんな人物で、どんな性格で、どんな仕事をしていたのかも。

 

輸送機が国境を越え落ち着いたところで、大佐が俺に向かい合うように座り話をはじめた。

「お前の父親は、スペシャルフォースの部隊長だった。」 しょっぱなのその一言に、もはや驚きを通り越して笑えてきた。

そんな俺を尻目に大佐は色々と話を続けた。 どんな性格で、何が好きで、何が嫌いだったか。 親父に命を救われたこと。親父から学んだこと。

そして――どんな時も俺の事を心配していたこと――――。

 

「"何かあったら、俺の息子を頼む"といつも言われていたよ」 「だから今回、その約束を果たしに来た」

 

涙が溢れて止まらなかった。 なんて俺はバカだったのか。そんな親父の事を忘れて今までのうのうと生きていたのか。 そしてあの時、母が俺の海兵隊入りを嫌がったのは親父のようになって欲しくなかったから。 俺は家族のことを何もわかっちゃいなかった。 申し訳なさで胸がいっぱいになった。だがその償いをすることはもうできない。 それがたまらなく悔しくてやるせなかった。溢れた感情がとめどなく頬を伝った。

 

そんな俺を見てカーネルは話を止め、俺の気持ちが落ち着くのを待った。

「親父は……親父はなんで死んだんです」 息子として当然の質問をした。本当ならば5歳の時にしていたはずの質問。

「お前の父上は、ある非合法作戦中に死亡した」 「正確にはMIA(作戦行動中行方不明)だ」 「だから、遺体も回収できず葬儀だけが行われたんだ」

「そうですか……」

「表ざたにはできない作戦中だったため…殉職としては扱われず、独断行動中の事故死という形で処理された」 「だから、2階級昇進もなく………遺族への賠償もなかった………」 「作戦を指示した元老院達は知らん顔さ」 表情は変わらないが明らかに大佐の言葉には怒りが混じっていた。

         

俺はその時に真実を知った。父のこと。家族のこと。――――そしてこの国の事。 なんのために戦っているのか。

"国のため"

兵士を切り捨てるような国の?

               

帰還した後で、母が病気で死んだ事を聞いた。結局俺はなんの償いもできなかった。

しばらくして俺は海兵隊からスペシャルフォースに入隊した。 それは親父と同じ視線に立ってみたいという純粋な気持ちと、来るべき国への復讐のため。

                                     

そして今、この場所にいる―――。

         

壇上へ正装軍服に茶色にコート羽織った老人が上がる。 白髪のオールバックに髭を蓄え、堀の深い顔にいくつもの皺を持つ老人。 今回の蜂起の指導者であり、オルカ統括軍司令官。

「オルカ統合軍司令官、カスパール・メルキオールだ。」 兵士の顔が引き締まる。低く重たい声が地を這うように響く。

 

「陸軍、海軍、空軍、スペシャルフォース。所属は違えど、私の話に賛同し、ここに集まってくれた諸君に改めて礼を言う。」 「諸君らも知っての通り、これから我々は大統領アルージイ・ストラーナ及び元老院を捕らえ、オルカ政府を解体する。」

兵士達の表情は堅いまま、しかししっかりと自信と誇りを携えてカスパールを見つめ返した。

「皆いい顔つきだな。お前達のその表情を護りたくて、私はこの革命を起こそうと決意した。」 「この国は変わった。戦争が終わり、平和という名の下に民主化され、市民の代表として大統領と元老院達作られた。」 「政府は「平和」という言葉を巧みに使い、過去の軍事国家の姿を闇に葬り、平和で外交的な民主国家へと変貌させた。」 「だが、実態は違う。未だにこの国は「民主化、治安維持」という名目で兵士達を戦地に派遣し、代理戦争を引き受け、利益を得ている。」 「にも関わらず、水面下で行われる非合法作戦に従事し、死んだ兵士達へは弔いもなく、遺族への恩給や賠償金も支払われない。」 「我々が命を賭けて勝ち取った利益が我々に還元される事はない。」

「軍人は国政から遠ざけられ、ただの政治の駒となった。」 「我々は戦う事が定めであり仕事だ。命を賭けること、死ぬことに迷いはない。だが、今のこの国には、命を賭けて戦うだけの価値はない。」 「私は、お前達が死を目の前にし、薄れ行く意識の中でさえ、祖国と家族を想い、死して英雄となる充足感に胸を張り逝けるような国をつくりたいのだ。」

 

「私は権力を持った者たちに、つねに問いかけていた。お前たちは何処にいるのか、兵士たちを死地に送り込んで、お前たちは何処で何をしているのか、と…。」 「その答えはすでに皆が知っているだろう。だから今日、我々がそれを変える。」 「これから我々は首都パヴィーダに向かい首都会議堂を制圧、大統領及び元老院を捕らえる。」 「政府軍との激しい戦闘が予想させる。ここにいる者全員を無事に連れて帰ると約束はできない。」 「大勢が死ぬだろう。だが、お前達が流す血一滴、肉片1つ無駄にはしない!」 「そのすべてを変革の力とし、死して後世までの英雄とする!」 「勝利を我らの手に!」    

「「「勝利を我らの手に!」」」

                 

兵達の咆哮が船を揺らす。

               

――――この国は、命をかけてまで守る価値はない。 ならば俺達の手で価値ある国にすればいい―――――

答えは出た。後は進むだけだ。

最終更新:2012年03月27日 18:57