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小説




首都会議堂、政府軍作戦司令室から1人の女が出る。 黒いクセ毛に獣のように鋭い眼。 無駄なく鍛え上げられた肉体は女性としての曲線を損なうことなく、タイトな服に収められている。 ただ、赤黒く筋繊維をむき出しにしたかのような右腕を除いて。   「大佐、そのバックル恥ずかしいからやめましょうよ」 大佐と呼ばれた女、その斜め後ろにいる女もまた、女性的な魅力を損なうことなく鍛え上げられ肉体を持つ。   「クオラ、わかってないな。イカすだろう。」 "FOX"とでかでか装飾されたバックルを気に入っているのか、 大佐と呼ばれた女は呆れたように言い返した。    

彼女はジャン・ホーク。 サイレントフォックス大佐であり、優秀な兵士。 その名の通り、鷹のように気高く、力強く、畏敬と尊敬の念を抱かれる存在。   「今日ぐらいは、ちゃんとボタン締めて下さいよ」 お付の女、クオラが言うと、ジャンは明らかに面倒臭い表情をしながら羽織ったコートのボタンを止める。 まるで、新妻とだらしない夫のような光景に、ジャンの胸に七色に輝く勲章はその威厳を失っていた。   だが元々、そんな勲章などに興味はない。 彼女にとっては、それはただの飾りでしかなく、体裁を保つための物でしかない。  そして連れ添いの女もまた、胸の勲章などに興味はなく、ただこのジャンという人物を尊敬し支えている。       

首都会議堂の中庭に続く長い廊下を歩く。しばしの無言の後、ジャンが口を開く。 「これが最後の戦いか……どちらが勝っても負けても、この国にとっては敗北だな。」   自嘲気味に放った一言に、クオラは同調するようにフっと口角を上げる。 「でも戦うしかないんですよね。そのために今まで戦って、ここにいるんですから。」  「可笑しな話だ。」 ジャンは笑った。クオラも首を小さく横に振りながら「まったくです」と笑った。      

「ところで大佐は、なんで戦うんです?元老院のためですか?民主主義のため?」 クオラは無邪気に質問を投げかけた。戦う理由を聞くのは、クオラ自身も理由を求めているから。   ただ目の前の相手を殺すだけに戦うのでは、殺人マシーンと一緒だ。 理由が必要だった。目的、信念、それによって強くなる。   誰しもがそう。だから、ジャンはこの廊下を歩いている。 廊下の先に待つ、政府軍一個連隊に向けて最後の演説をするために。 迷い、戸惑いがある奴らの、理由を求める奴らの、それらを払拭するために。                   「国を守るためよ―――」 幼いジャンに向けて、ジャンの母はそう優しく話した。

「そっか。じゃぁ毎日研究頑張ってね。」 昼下がり公園のブランコで、突き刺す太陽に目を細めながら、 ジャンは満足そうに返した。

ディアナ・ホーク。ジャンの母は優秀な研究員だった。 オルカの科学技術の原点であり、終着点に当たるギュスターブ研究所。 その初代研究主任。   そして、世界屈指の部隊と謳われるスペシャルフォースを作り出した張本人。         「国を守るために、必要な事なのです。この研究が、向こう半世紀はこの国の要となるでしょう」 ディアナは、自分の研究を"無慈悲で残虐、悪魔の所業"とバッシングした別の研究者にそう反論していた。 だが、そのバッシングは間違いではない。

世界最強の部隊を作ると銘打って行われた"スペシャルフォース計画"。 それは残虐な人体実験に他ならなかった。 薬物投与による精神強化、外科手術による身体の強化。それらを成功させるために、何度も失敗を繰り返した。 成功例を生み出すことなく、ただ死体と精神患者を増やしていくだけの日々。 優秀な兵士達が実験道具となり、消耗されていった。 仲間の研究員達も、そんな日々に耐えかね、1人、また1人と去っていく。   だが、ディアナだけは諦めなかった。 薬物の配合率、調合量を、数千、数万と繰り返し変え、強化手術を何百と繰り返した。 それは後戻りできなくなった事へのやけくそか、意地か、それとも名声のためか。 別の研究員達はそんな彼女に愛想を尽かし、「イカれた、悪魔に取り付かれた」と囁き、いつしか"魔女"と呼ばれはじめた。     だが、ディアナは意に介さなかった。彼女はイカれたわけでも、悪魔に取り付かれたわけでもない。 ただ真っ直ぐに、自分の信念を信じていただけ。誰よりも。        "成功した!" その報が流れると、研究所は一気に沸きかえった。 ディアナを支援してきた参謀本部の人間達も待ちに待った成功に飛びつくように研究所へ集結した。   成功者一号 被験者No.805「カスパール・メルキオール」

その想像を遥かに超えた成果に、参謀本部の人間も研究所員も、驚きを通り越し畏れた。     身体速度、反射速度、判断速度、代謝機能、すべて人間の限界を超え、 飛んでいる蝿を掴まえる事など容易く、 秒速350mで飛来する弾丸に刻まれた文字すらも読み、 ほとんどの近接攻撃は身体機能を損なうほどのダメージを与えることはできず。 重度の損傷も、1日で完治するほどの回復能力だった。

その能力が攻撃へ転化された場合は説明するまでもない。 名の通った兵士10人集めても、徒手格闘ではまるで歯が立たず、 人数を30人にしてようやく行動を抑えることができるほど接近術にも長け、 射撃能力はスコープなしでも500m先の卵を撃ち落せる程正確で、 戦闘機に搭載されるようなM61バルカンを個人携行し、射撃できるほどの筋肉を持っていた。

当時をして、地上最強の人間と謳われた男は、戦う前から英雄となった。     ただ、その成功は男の驚異的な精神と肉体が伴って成功したものであり、 同じように実験しても男のような能力を持った者は現れなかった。

その後実験のリスクを下げたことで、多少能力は落ちるが、複数の成功者が出始めた。 資金と人材を考えると、後者の成功例の方が国としては都合がよかった。 魔女と呼ばれながらも"成功者"となったディアナだが、成功に浮かれる事なく実験を続けた。   そして成功者が16人となったところで初代スペシャルフォースが結成された。    

その初陣となる戦いで、16人は数百の軍隊を抱える小国を2日で陥落させ、その旗を持ち帰った。 国は歓喜に包まれた。 同時に、その時ディアナもはじめて喜びを露にした。   "国を守るため"   スペシャルフォースという守護神を得たオルカは、その後飛躍的に国を広げた。 下級の軍隊も育ち始め、オルカの軍隊は世界屈指となった。   陸・海・空軍の3軍隊だけでほとんどの戦争が事足りるようになると、 スペシャルフォースはより、諜報的で、複雑な任務を任されるようになった。          そして初代SF計画から20年後、ディアナは新たなスペシャルフォース部隊を作り出すことになる。 科学技術の発達により初代SF計画の強化実験よりも安価で、ローリスクで、優秀な兵士を作り出すための計画。 2nd計画と呼ばれた実験。

成功者はすぐに現れた。当時、オルカ海兵隊の"鬼神"と呼ばれた男。カーネル。 実験の成功率は、被験者の精神力と身体機能にかなり依存するようだった。 2nd計画は嘘のようにあっさりと成功を収め、心身肉体ともに初代SFに勝るとも劣らない兵士達が顔を揃えた。     だが、ディアナはこの頃から研究への熱を抑え始めた。 そして、自分と同じく研究者として開花し始めた。娘のジャンへと知識を与えていった。 ジャンも同じく若くしてギュスターブ研究所主任となり、母の実験を継承していくこととなった。 ジャンは母とようやく近づけたと感じはじめた。    だが、娘が一人前の研究員になったと感じると、ディアナは緊張の糸が切れたのか、 癌で病床に臥せ、2年後、あっけなく激動の人生に幕を下ろした。    時を同じくしてジャンはスペシャルフォース3rd計画を始める。       

  「名前は?」  ジャンは診察室で目の前に腰掛ける青年に声をかける。   海兵隊・陸・海・空軍・あらゆる方面から集まった志願者達。 その数は300人にも及んだ。 部隊への憧れで入隊希望する者、純粋に力をつけたい者、上官からの推薦など、理由は様々だ。 だが、それらすべての人員を実験に参加させるにはリスクと金がかかりすぎる。 そのため、ジャンが1人1人問診し、実験に耐えれるか適合できるかを判断していた。   数百人に行った問診。慣れた手つきで机のカルテに目を通す。  

「ゼフィス………」 青年はなぜか嫌々そうに名前を答えた。    「…………メルキ…オー…ル?まさかカスパール・メルキオールの――」 「だー!うっせぇな!親父は関係ねぇだろ!」 海兵隊から貰ったカルテに書かれた苗字を読むと、男は嫌悪感を前面に押し出してジャンの声を遮った。

母の実験の初めての成功者、その息子が自分の初めての実験に志願する。 運命の悪戯か、宿命か。 その時はその偶然がただただ可笑しくて、ジャンは笑った。   「なんだよ笑ってんじゃねー!んで、俺への質問はもういいのか!行くぞ!」 それを訝しげな表情で見ながら、ゼフィスは席を立った。   「ちょっと待ちなさい」 「あん?」

「志望動機は何?」  別に聞く必要はなかったかもしれない。でも確かめておきたかった。

3rd計画を始めたのは母を超えたいと思ったから、周囲を見返したかったから。 過度な期待と、嫉みの視線を覆したかったから。

成功者の跡継ぎという重荷を背負った者同士。なぜ同じ道を選び進むのか。 その理由(わけ)を聞きたかった。

「親父をぶっ飛ばすためだよ!」 

??   ちょっと何言ってるかわからないですね。

と思わず言いかけた言葉をジャンは飲み込む。 "親父を超えるため"という意味なのか。さらに問いただしてみる。   「親父の奴!もうクソジジイのくせに!喧嘩してもまったく歯がたたねぇんだよ!」 「いっつもボコられるからよ!ココで鍛えて、親父をぶっ飛ばす! そんだけ!」 

バカ正直で真っ直ぐな奴。ジャンは声を出して笑った。 別に、過度な期待に答えようとしているわけでもなく、周囲の視線を気にするでもなく、 ただ、家庭内のイザコザを解消するためだけに志願してきたのだ。 志願動機のレベルとしては低すぎる。 だが、そこには成功者の息子という気負いはなく感じられなかった。 ただ親を家族の一員として捕らえていた。その事にジャンは少し、羨ましさを感じた。 思った答えは返ってこなかったが、ジャンは満足気に、ゼフィスのカルテに被験者として"適合"の判を押した。     数ヵ月後。実験の成功の知らせが研究所に知れ渡る。  平均値から見れば初代スペシャルフォースに勝るほど優秀な者達(勿論、能力には個人差があるが)。 実験の成功率は70%を突破。実験に失敗した者も、死亡や精神疾患になるなど、重度の疾患を抱えた者はいなかった。 その成功率と成果から歴代最高と呼ばれ、ジャンは母を超えた。   勿論、ゼフィス・メルキオールも実験に成功し、スペシャルフォースの一員となった。 奇しくも、父親と同じレールに乗ることになったが、数年後そのレールを自ら外れていくことになる。 しかし、それはまた別の話。           新しい国の守護神達は、大きく羽ばたき、そして数々の勝利と名誉を国に持ち帰った。   "国を守る"   ジャンは母が言っていた意味が少しわかった気がした。 国が栄えること、それは国を守ること、それは戦いで勝つこと。 この研究は国を発展させ、より強固なものにするためのもの。   ジャンはより一層研究に専念した。                しかし、そんな日々は思わぬ形で終わりを告げる。

国は民主化され、最高指揮官は軍部に代わり、国民投票で選ばれた元老院議会となった。  スペシャルフォースも影を潜め、公の場に現れることはなくなった。 戦争という言葉自体も消えうせ、民主主義という理念が国を支配した。   ギュスターブ研究所も参謀本部ではなく、議会が取り仕切るようになった。      

ほどなくしてジャンに議会への召集令が下る。      「なんの御用でしょうか?」 議会は気に入らない。 研究にとやかくケチをつけてくる奴らとしか思っていないジャンは、元老院達に最大限の面倒くさい口調で声を出す。     「君にやってもらいたい研究があってな。資金はいくらかかってもかまわん。」 「だが、必ず成功させてくれたまえ。」   話は簡単だった。スペシャルフォースに対抗できる部隊を作れと。   民主化して一番恐ろしいのは軍部だ。  軍事国家の時よりも、はるかに権限を奪われた軍部は、何をしでかすかわからない。 スペシャルフォースは軍事国家時代から軍部とのつながりが深く、何かあったときに軍部に付く可能性が高い。 そんな獅子身中の虫を抑えるために、対抗馬が必要だったのだ。     皮肉なものだ。自分で生み出した子供を、殺すための子供を作れと。  ジャンはその場で即答はできなかった。   母ならどう答えるだろうか。この申し出を受け入れるだろうか。 どうする――――。       "国を守るためよ"    

いつか聞いたあの言葉が脳裏をよぎる。 どれだけ辛い研究でも、母は国を思い、国のために忠を尽くした。 母はスペシャルフォースが国のためになると信じていた。 私はどうか。 この時代の変化の中で、必要なことかどうか。 自分が生み出した怪物を打ち倒すために新たな怪物を生み出す事が、本当にこの国のためになるのか。      

ジャンは決意し、研究の申し出を受けた。   研究の内容は元老院によってある程度決まっていたが、そんな事は関係なかった。 今自分ができる最大限の事をするだけだ。道が決まればただ走るだけ。   研究は、母が初代スペシャルフォースを作り出した時と同様、実験と失敗を繰り返す。凄惨極まるものだった。 死刑囚を使い、恐ろしい人体実験にしたりもした。 幾度の失敗と、幾度の罵倒を味わいながらも実験を続けた。   そんな地獄絵図とも呼べる研究に、仲間も耐えかね離れていく。 気づけば研究室にはジャンだけが残された。 周囲からは軽蔑と罵倒の声がする。でも構うことはない。自分が思う事をすればいい。 母から受け継いだ強い意志はジャンの道を歪ませることなく真っ直ぐに導いた。       そして2年後。実験は成功する。   成功者一号 被験者No.805「ジャン・ホーク」   研究の終着は、自身を人体実験とすることだった。 フランケンシュタイン博士だって、自分を実験材料にしようとはしなかっただろう。 研究所員から"魔人"と侮蔑された続けたジャンは、文字通り本当の"魔人"となった。       その成果を披露する必要はなかった。 視覚でも確認できるほどに禍々しいオーラが、魔人の姿となってジャンの背後に連れ立っていたのだ。 その姿だけで、2年間罵倒と侮蔑を繰り返していた研究所員全員を黙らせるには充分すぎた。   元老院達はその成果を手放しで喜んだが、ジャンは成果を喜ぶよりも、スペシャルフォースがこの成功をどう思っているのかが気になっていた。 だが、もはやそれを知ることはない。彼らとは歩む道が違いすぎた。     その後、実験リスクを減らしながら成功者を増やしていった。 そして成功者がスペシャルフォースを同じ16人になると、部隊をサイレントフォックスを名称し、自身はその部隊の大佐の地位についた。 部隊の表向きは国内の治安維持特別部隊となっているが、本来はSFの監視、場合によっては鎮圧任務を請け負っていた。       それからいくつかの戦い。 いくつかの勝利を繰り返した。   ただ、スペシャルフォースと相対する事はなかった。   それがよかったのかもしれない。 この部隊が本来の目的を行うことなく。その任を解かれることが理想だったはずだ。 抑止力として、ただあるだけ。それだけで充分だったはず。 それがこの国のためになる。そのはずだった。            だが、運命のタガは外れ。国は分裂した。   "軍部の反乱"                 サイレントフォックスはその本来の任務に着くこととなった。 だが、ジャンに迷いはなかった。 幾たびの戦いが、彼女を本当の大佐にした。  

  そして何度かの戦いを越え、今日最後の戦いとなる。                            

首都会議堂の長い廊下を渡り切ると、突き刺さるような太陽の光が差し込む。 細めた目を徐々に開くと、開けた空間が目の前に飛び込む。 首都会議堂の中庭。政府軍一個連隊が規則正しく整列し、ジャンを待っていた。 その表情には迷いを持つ者、闘志をむき出しにする者、様々だった。  

  隣にいたクオラは一歩下がり、壇上から身を引く。           壇上で一呼吸置く。真上に輝く太陽が、いつかの公園を思い起こさせる。 「―――国を守るため…」 マイクに拾われないほど小声で、自答するように呟いた。     そして顔を引き締め、鷹のように鋭い目を一行に向ける。

「私は、サイレントフォックス大佐ジャン・ホークだ。」 「政府軍の最高司令官は元老院だが、今日諸君らは私の指揮下となる。」 「知っての通り、本日1500より反政府軍がこの首都会議堂に侵攻する。我々はその防衛と政府軍の殲滅を任されている。」 「恐らく、オルカ史上、最も困難で辛い戦いになるだろう。」   兵士の顔つきが険しくなる。 それを見て、ジャンは声のトーンを緩め、話し始めた。

「………本音を言おう。私も反政府軍の言い分に共感する部分もある。お前達も兵士なら、奴らの主張に共感するところもあるだろう。」 「だが、それを実現する方法は、武力であってはならない。銃をつきつけて脅し取った理想には何の意味もない。」 「国は変わった。それならばそれなりの主張の仕方がある。」 「勘違いするな。我々が守るのモノは、首都会議堂でもなければ、元老院でも、大統領でもない。」 「国そのものだ!」   兵士達の顔つきが変わる。決意を胸にし、逞しく引き締まる。    「今日、我々が負ければ、この国はの12年前の軍事国家に逆戻りとなる。」 「時代遅れの軍事国家に、未来はない。我々は国を、そして国の未来を守ることが任務である。」 「我々は国防の最前線に就き、同時に最後の防衛線となる!」 「大勢が死に、得るものは何もない!だがそれが戦争というものだ!」 「覚悟しろ!」

  「「「ハッ!!」」」     「お前達全員を守ることはできん!だが、ひとつ約束しよう。」 「戦場では、私が最初に戦地へ立ち、去るときは最後に去る。」 「誰も置いてはいかん!全員私に続け!」     「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」」」         兵士達の咆哮を背に受け、壇を降りる。   真上にあった太陽が少し傾いている。     決戦は近い。            

最終更新:2012年03月27日 18:57