フジ花屋

魔法使い 雨が強くなってきてるな……
魔法使い フルルを連れてこなくてよかった。こんな雨だと、妖精も飛べないだろうし。
魔法使い でも、花畑の花はあまり影響を受けていないみたい。魔法のおかげかな?
魔法使い あ……
???*1 こんにちは。
魔法使い こ、こんにちは。
モノローグ その妖精は、葉っぱを傘のようにさし、花畑の隅に立っていた。葉っぱは傘として機能していないが、雨ざらしになるのを、妖精はあまり気にしていないようだ。
魔法使い あの……困ってるの?
??? どうしてそんなことを?
魔法使い 濡れて、飛べないようだから……
??? そうか、誤解させてしまって申し訳ない。ボクはただ、雨に打たれている花の気持ちが知りたくてね。
??? この花は、なにを象徴しているのだろうか?なにを象徴できるのだろうか?
魔法使い えぇ……?
??? こんな話を聞いてもしょうがないよね。気にしないで、忘れてくれ。
??? キミは、これからどこかに向かうのかな。邪魔しちゃったようだね。
??? お詫びに教えてあげよう。少し歩いた先に花屋がある。そこで売っている花は、野生のと違って、かなり特別だ。もし興味があればオススメするよ。オーナーも、きっと喜ぶだろう。
魔法使い ありがとう。
??? では、また。
魔法使い ……行っちゃった。
魔法使い あの妖精が行ってた花屋って、「フジ花屋」のことかな。すぐ先だったんだ……よかった。この辺って花だらけだったから、迷子になるところだった。
モノローグ 前へ進むと、周りの風景も変わっていった。先ほどまでは、さまざまな色の花が見られたが、今は青と紫の花がよく目立っている。
モノローグ また、花の海の中には、いくつものフェアリースフィアが漂っていた。
紫陽花 来た来た。こっちよ。
紫陽花 あなたはきっと[魔法使い]でしょ?
魔法使い こんにちは。あなたは……?
紫陽花 紫陽花よ。姉の藤は、花屋の中にいるの。
紫陽花 ごめんなさい。雨が強すぎて迎えに行けなくて……雨だと、いろいろ不便ね。
紫陽花 迷わなかった?遠くから来て、大変だったでしょ?
魔法使い 大丈夫。仮住まいからは近かったし、紫陽花がくれた地図もわかりやすかったよ。
紫陽花 良かった。じゃあ、一緒に花屋へ行こ。さぁ、こっち。
魔法使い え、そっちを歩いたら花を踏んじゃうけど……
紫陽花 うん?花を大事にしてくれるのね、ありがとう。でも、この子たちは踏まれても大丈夫だよ。
紫陽花 普通の花と違って、魔法がかけられているから。「霧散の日」まで、この子たちはずっとこのままよ。
モノローグ 紫陽花の言う通りだ。弾力のある芝生のような感触で、花畑の上を歩いている感じはしない。見た目には弱そうな花で、踏んで倒れたように見えても、次の瞬間には元通りになる。
モノローグ 花の海の中で、花屋のような見ためのフェアリースフィアがあった。これが、今回の目的地なのだろう。
この方が、魔法使い様なの?
モノローグ 花棚の後ろから、とある妖精が現れた。その白い服に、高雅な紫色が点々と飾られている。顔は紫陽花に似ているが、雰囲気はまったく別人。まるで高嶺の花のような存在とすら感じた。
紫陽花 藤姉さん!うん、そうだよ。
モノローグ 妹の返事を受け、「藤姉さん」と呼ばれた妖精は、柔らかな微笑みを見せて一礼した。
「フジ花屋」へようこそ。
こんな雨にも関わらず、お越しいただきありがとうございます。けれど、「今日はいい日」なのだと、花が告げてくれていましたよ。
こちらは、今日のラッキーフラワーです。よろしければお納めくださいな。
モノローグ 藤は手を上げた。その動きと同時に、一本の花が花畑から浮かび上がり、私の手に乗った。
魔法使い この花……
紫陽花 どう?
魔法使い こんなに美しい花、見たことない……花びらが綺麗で、甘くもありなから清々しい香り……
魔法使い それに、この花に触れてから、心が暖かくなって、気分も落ち着いてくる……まるで、この花に歓迎されているような感じがする。
紫陽花 うん。確かにこの花は、[魔法使い]のことを歓迎しているよ。
紫陽花 これがフジ花屋の代表作、「音無花」だから。
魔法使い 「音無花」?
紫陽花 藤姉さんは、自分の心で花を育てるの。
紫陽花 心で育てられた花は、いい匂いで美しく育つ。何よりも凄いのは、その花を手にしただけで、そこに込められた思いも感じ取れるの。
紫陽花 相手を思う気持ちを、ぜんぶ花で届けるから。
紫陽花 だから、うちで花を買う妖精も多いのよ。大事な相手に、思いを伝えるために。
紫陽花 言葉を使わなくても、花で自分の思いを確かに伝えられる……だから、この花は「音無花」と呼ばれるようになった。
紫陽花 ちなみにね、そういう品種として呼んでるわけじゃないの。気持ちが込められた花なら、なんでも「音無花」と呼べるわ。
紫陽花 [魔法使い]が持っているその花には、「遠い所から来てくれてありがとう」という気持ちが込められているのよ。
魔法使い そこまで細やかに気持ちを伝えられるんだ……
紫陽花 藤姉さんが育てた花だからね!複雑な感情でも、姉さんならお手の物よ。
紫陽花 言葉を超えて、この花が純粋な気持ちを伝える……
紫陽花 ね、すごいでしょ。藤姉さんがいなければ、「音無花」も育てられないのよ。
紫陽花ったら、そんなことはないですよ。あなただって、素敵な花を育てられるじゃありませんか?
紫陽花 ……私は無理よ。
紫陽花 姉さんじゃなけりゃ、立派な花は育てられない……私にはできないから。
紫陽花 私は栽培よりも経営が向いているの。姉さんが栽培に専念できるよう、後ろでコツコツ雑務をやるほうが得意よ!
紫陽花は相変わらず頼もしいですね。
紫陽花 もちろんよ、私に任せて!それに今は魔法使いもいるし、安心して。
紫陽花 「霧散の日」には、綺麗な花が咲くんでしょ?
ええ。私もその時を楽しみにしていますよ。
では、「霧散の日」まで、よろしくお願いいたしますね。魔法使い様。
最終更新:2021年12月23日 23:19

*1 シネレア