モノローグ |
小川の畔で座るヒイラギは、水面に視線を向けた。眉をひそめ、顔色も以前の精彩を失い、うなだれた自分の姿がそこに映っている。それを見て、再びため息をついてしまった。 |
ヒイラギ |
ずっとこうして、先生に隠すことはできない。クリスマスはもうすぐだし。 |
ヒイラギ |
でも、歌えなくなったことを先生に知られたら……それでも、歌を教えてくれるのかな? |
モノローグ |
やがて、水面に映った影は消えた。数時間後、その憂いを帯びた顔の少女は、不安げに先生の前に立っていた。審判を待つかのように、心臓が締め付けられるような想いを抱えて…… |
ヤドリギ |
ヒイラギ、何に困っているんだい?祈りの歌のことかな? |
モノローグ |
あのとき、ヒイラギが突然逃げ出したことがただの夢であったかのように、ヤドリギは依然として優しく訊ねた、その優しさがかえって恐ろしく、ヒイラギは押しつぶされそうになる。 |
モノローグ |
ヒイラギは、頭の中の錯綜した思いを放り出すかのように、そしていまだ募る未練を断ち切るかのように、ぶんぶんと頭を横に振った。 |
ヒイラギ |
そうです、先生、私は祈りの歌を歌えません。 |
ヤドリギ |
ヒイラギは、この曲が好きではなかったのかな? |
ヒイラギ |
そうじゃないんです、先生。歌えないんです、私……私はもう、口を開けても歌えないんです。歌いたくても、曖昧なメロディーしか口ずさめないんです…… |
ヤドリギ |
そうか……分かった。 |
モノローグ |
先生の声は、こんな時でもまだ優しい。そもそも気にしていないんだろうか?そんな風に考えると辛くなってしまうが、どうしてもそう思わざるをえない…… |
モノローグ |
見上げると、ヤドリギの顔は変わらず、優しく、穏やかで……かつての、どの瞬間の彼とも寸分も違わない。ヤドリギは、もう何も言おうとはしない。それに対してヒイラギは、ただただ無理やり笑うしかなかった。 |
ヒイラギ |
じゃあ先生、お先に失礼します。 |
モノローグ |
ヤドリギの返事を待たず、ヒイラギは足早に立ち去った。彼女は永遠に、先生の表情から何かを読み取ることはできないだろう。少なくとも彼女自身は、自分の苦しみを、先生の前に晒したくなかった。 |
ヒイラギ |
(先生を失望させてしまった。もう、これ以上迷惑をかけないようにしなきゃ) |
モノローグ |
落ち込んだヒイラギは森の中を長い時間歩き、大きな石を見つけて座った。石の下の小さな赤褐色の地面を見ていると、ポインセチアの真っ赤な姿が、突然頭の中に浮かんだ。 |
モノローグ |
「口ずさむだけでも、お前の歌声は無敵だよ。」 |
モノローグ |
ポインセチアの、その惜しみない賞賛の言葉を思い出すと、ヒイラギはまた心が温かくなった。 |
モノローグ |
静かな森の中で、再び彼女は祈りの歌を口ずさむ。注意すべきリズムや避けるべき問題も考えず、ヒイラギは思いのままに歌い続けた。流れ出る歌声は自由で美しく…… |
ヒイラギ |
…… |
ヒイラギ |
(やっぱり私、歌うのが好きなんだ) |
モノローグ |
そう思うと、ヒイラギの心のもやもやがどんどん晴れてきた。再び歌い出したときには、以前の小さな習慣も蘇ってきて、足を石の上に置いて前後にリズムも取りながら楽し気に…… |
モノローグ |
ふと、すらりとした脚が目の前で立ち止まった。驚き、ヒイラギは歌声を止める。 |
ヒイラギ |
……先生? |
モノローグ |
ヒイラギが目を向けると、ヤドリギの温かい表情があった。彼は懐から一束の紙を取り出し、ヒイラギに渡す。少しためらったが、ヒイラギは素直にその紙を受け取った。 |
ヤドリギ |
新しい楽譜だよ、ちょっと見てから回答をくれるかい? |
モノローグ |
うつ向いて見ると、楽譜は元の風格を保ったまま、中身は以前のものからかなり書き換えられていた。 |
モノローグ |
一新された楽譜に修正された痕跡はなくても、ヒイラギは元の楽譜をきちんと覚えている。あらゆる箇所に改良と調整が施されたことは、すぐに分かった。 |
ヒイラギ |
先生、私…… |
ヤドリギ |
ん?何か問題があったら先生に言いなさい、新しい楽譜は、君にとって口ずさみやすくなっているはずだ。 |
モノローグ |
確かに、大幅に修正された楽譜は、ハミングするのに適した内容になっている。これなら今のヒイラギにぴったりだった。 |
ヒイラギ |
問題ないです……先生、がんばって練習します! |
ヤドリギ |
うん。練習の際、なにか問題に直面したら、すぐ先生に言いなさい。 |
モノローグ |
ヒイラギは力強くうなずき、楽譜を持って久々に明るい笑顔を見せた。楽譜からは、先生の気持ちがしっかり感じられるようだった。彼女をさりげなく守るような、温かい気持ちが…… |
ヤドリギ |
今日から練習するのかい?クリスマスまで、もうすぐだからね。 |
ヒイラギ |
はい! |
モノローグ |
ヒイラギは力強くうなずき、こらえきれずに笑いだした。 |
ヒイラギ |
やっぱり先生は、いつでも私の先生ですね! |
ヤドリギ |
うん? |
ヒイラギ |
つまり……どんな時にも、ちゃんと私を指導してくれるところです。うまく言えませんけど……なんか、そういう感じです! |
モノローグ |
ヒイラギは、新しい楽譜を優しく口ずさみ始めた。その歌声には以前よりも豊かに感情が乗って美しく、聴く者をみな感動させるような…… |
モノローグ |
ヤドリギは何か考え込むように、それを聴いていた。やがて彼は我に返ってヒイラギを見たが、ヒイラギ自身はそんな先生の様子を気に留めることはない。ヒイラギは気持ちよく歌い続け、その歌声は遠くまで響き渡った…… |