モノローグ |
見渡す限り、白に染まる雪原。まるで空気まで凍り付いているかのようだ。 |
モノローグ |
全てを完全に覆う氷と雪が、その地の一切を包み込んでいる。けれど、ここは揺りかごではない。少しの情けもなく命を奪っていく「終焉の地」だ。 |
モノローグ |
この死の地で生きる術を巧みに見いだせるのは、経験豊富な配達屋のみである。 |
鬼灯(男) |
はくしょん―― |
鬼灯(男) |
寒い寒い寒い……こっちの方向で本当にあってるのか?なんでまだ着かないんだ。 |
ヤク |
大丈夫だよ。この道であってるから。オイラはここを何度も行ったり来たりしているから、間違えるはずない。 |
モノローグ |
荷物をいっぱいに積んだ木製のトラックが雪原に姿を現した。白くかすんだ氷と雪の中で、その姿はやたらに目立つ。 |
モノローグ |
背の高い妖精が、荷物の山の上に座って自身を腕で抱きながらぶるぶると震えていた。一方、背は少し低いががっしりした体格の妖精が、懸命にトラックを押している。 |
鬼灯(男) |
見たところ、どこもかしこも同じに見えるじゃないか。標識の一つもない。どこに道があるっていうんだ。君たち配送屋には存在しない道も見えるのか? |
ヤク |
…… |
鬼灯(男) |
君、また黙り込んで――はくしょん!うぅ寒い……この寒さの中で、あとどのくらいがまんしなくちゃいけないんだ? |
鬼灯(男) |
この車が故障していなかったら、もうとっくに着いているはずだろう? |
鬼灯(男) |
このオンボロ、替えなくちゃだめだよ。動力魔石なんてもう骨董品じゃないか?さっきまではたまに動いてたけど、とうとううんともすんともいわなくなったし。 |
鬼灯(男) |
それにあの、ついていても何の意味もない暖房もだ。まったく、寒さで破裂した火焔石なんて初めて見たよ…… |
ヤク |
…… |
ヤク |
雲が集まって来たし、空気もどんよりしているし、たぶん暴風雪が来るぞ。 |
ヤク |
そんなに元気があるんなら、降りてきて手伝ってくれよ。急がないとまずいんだから。 |
鬼灯(男) |
いや……やめておくよ。僕は役に立たない荷物だから。荷物がトラックを押すなんて光景、見たことあるか? |
ヤク |
…… |
ヤク |
そうだな。 |
モノローグ |
雪が落ちてくる、風も牙をむき始めた。 |
モノローグ |
もし別の場所だったら、真っ白い綿のような雪を見て喜ぶ者もいたかもしれない。しかし、この終焉の地の雪原では、雪は歓迎される物にはなりえない。 |
モノローグ |
ふたりの妖精と一台のトラックは、雪の中、悪戦苦闘しながら前へ進む。ようやく風が弱まってきた頃、前方にぼんやりと建物の影が見えてきた。 |
鬼灯(男) |
お!やっと着きそうだ。 |
ヤク |
……よかった。暴風雪がくる前についた。 |
モノローグ |
見渡す限りの雪原にも、やはり終わりはある。雪原の端に当たる地帯には小さな宿屋があった。 |
モノローグ |
終焉の地の脅威をせき止めるように建つこの名もなき宿屋は、ロンユエ城へ行く道の上にあり、行き来する旅行者や配達屋が足を休める場所となっている。 |
鬼灯(男) |
ずいぶん久しぶりに来たけど、この宿屋は相変わらずだな。 |
鬼灯(男) |
配達屋さんさぁ、姉貴が急いで僕を戻らせたのはいったいなぜなんだ?一緒に春節を過ごしたいってことだけじゃないだろう? |
ヤク |
知らないよ。 |
鬼灯(男) |
知らない?でも姉貴が君に、僕を連れ戻すよう頼んだんだろう?君にまとわりつかれて、毎日毎日家に帰るように言われて、それはもううんざりしたよ……まさか忘れたわけじゃないだろう。 |
ヤク |
オイラが頼まれたのは、お前を宿主さんのところに連れていくことだ。宿主さんがお前にどうしてほしいかなんてことまでは聞いてないよ。 |
ヤク |
配達屋は、仕事に必要な情報以外のことは知らなくていい、というのが原則だからね。 |
鬼灯(男) |
突然、でっかい妖精を連れ戻して来るように言われて、それを引受けたの?おかしいとは思わなかったのかい? |
ヤク |
うん、確かに今まで、こういう依頼は受けたことなかったけど…… |
ヤク |
でも、宿主さんから頼まれたことだしね。いつも宿主さんにはお世話になってるから、この仕事はしっかりやり遂げないと。 |
ヤク |
それにちゃんとやり遂げたら、たくさん報酬がもらえるんだ。新しい車に買い替えられるくらい。 |
ヤク |
車が新しくなれば、さっきみたいに終焉の地で故障するなんて恐ろしい目に遭わなくてすむよ。 |
鬼灯(男) |
……なんだか、売られた気分だな。 |
ヤク |
そんなに理由が知りたいなら、宿主さんに会って、直接聞いてみればいいだろ? |
鬼灯(男) |
姉貴と話したくないから君に聞いているんだよ。 |
ヤク |
宿主さんと仲が良くないのか? |
鬼灯(男) |
良くないわけじゃないけど……。 |
ヤク |
仲が悪くないんだったら、どうして宿主さんと話したくないの? |
鬼灯(男) |
もういいって、質問は終わりだ。もうすぐ宿屋に着くから、僕が直接聞いてみるよ……んん? |
鬼灯(男) |
まだ店じまいの時間でもないのに、どうして入口がぴたりと閉まっているんだ?姉貴、どうしたんだ……。 |
モノローグ |
ヤクが扉を叩いても、中からは何の反応もなかった。 |
通りすがり |
あれ、この宿屋、まだ閉まっているんだ……。 |
ヤク |
まだ?この宿屋、もう長く閉まっているんですか? |
通りすがり |
それは分からないけど、数日前に通りかかった時には開いていなかったよ。他の旅行者に聞いたら、しばらく閉まったままだって。 |
通りすがり |
僕は今日帰るつもりだったんだが、嵐になっただろう。だからここに来て、できれば一晩泊まろうと思っていたんだけど……しかたない、ロンユエまで行って泊まれるところを探すしかないな。 |
通りすがり |
君たちも早めに他を探した方がいい。この宿屋が閉まってから、泊まるところを探すのが本当にむずかしくなったよ……。 |
モノローグ |
通りかかった旅の妖精はため息をつくと、そそくさと立ち去った。 |
鬼灯(男) |
どういうことだ?姉貴はいったいどうしたんだ……とにかく、まずは入ってみるか。 |
ヤク |
扉に鍵がかかっているけど、開けられる? |
鬼灯(男) |
行けると思う……この宿屋が、まだ僕のことも鬼灯だと認めてくれているなら。 |
モノローグ |
鬼灯は入り口の扉に手を掛ける。ぐっと力を込めると、扉は軋みながら奥へと開いた。がらんとした広間に風が通り、埃が独特の臭いを伴って舞い上がる。 |
鬼灯(男) |
姉貴? |
ヤク |
宿主さん、いるかい? |
モノローグ |
応える声はなく、呼びかけの声が静かな広間にかすかに響くのみ。 |
ヤク |
いない。従業員たちもいない……宿主さんに何かあったのかな? |
鬼灯(男) |
そんなわけないだろう。姉貴に何があるっていうんだ?宿屋の経営が面倒になって、どこか遊びに出ていったとか言われる方がまだ信じられる。 |
ヤク |
そんなことないよ!宿主さんが宿屋を放り出すなんてありえない。そんな無責任なことするわけがない。 |
鬼灯(男) |
まるで姉貴のことがよくわかってるみたいな言い方だな……はいはい、君のいう通りだ。否定しないから、そんな牛の眼で睨まないでくれ。 |
鬼灯(男) |
とにかく、あの姉貴に何かあったなんて考えにくい。もしかしたらこれはいたずらかもしれないな。 |
鬼灯(男) |
君は僕を宿屋まで連れて来たんだから、依頼はこれで完了だ。まだ他にも荷物を届けるんだろう?早く行けよ、ほら。僕たちはもうこれで~。 |
ヤク |
冗談じゃない。これでどうして依頼を終えたなんて言えるんだ? |
鬼灯(男) |
ん?ああ、報酬のことか。しかたないから、姉貴が戻ってきたらまた訪ねてくれないか―― |
ヤク |
荷物を受取側に直接渡さないで、仕事は終わりなんて言えるわけないだろ!? |
ヤク |
オイラは、荷物をドアのところに放り出して、あいさつもしないで立ち去るようないい加減な配達屋とは違うんだ。そういうやりかたは「配達屋」という仕事に対する侮辱だよ! |
鬼灯(男) |
……えっ? |
ヤク |
オイラが受けた依頼は、「弟の鬼灯を無事に宿主さんの前に連れて来る」だ。宿主さんに直接お前を引き合わせないと、仕事が終わったことにはならないよ。 |
ヤク |
絶対宿主さんを探し出して、きちんとこの仕事を終えなきゃ。 |
鬼灯(男) |
そんな面倒なことしなくていいよ……僕はこんなに大きな妖精なんだし、もう宿屋には着いたんだから、これでいいじゃないか? |
ヤク |
だめだよ!受取側が荷物を受け取るのを見届けもしないで離れるなんて、絶対できない! |
鬼灯(男) |
おいおい、僕は荷物じゃないよ。 |
ヤク |
お前、さっき、自分のことを「役に立たない荷物」って言っただろ? |
鬼灯(男) |
そ……そ、それは……くっ、こ憎たらしい。罠をしかけて、僕が引っかかるのを待ってたな! |
ヤク |
そんなわけないだろ。文句言ってないで、宿主さんを探さなきゃ。ほら、一緒に。 |
鬼灯(男) |
君が行けばいいだろう。なんで僕まで巻き込むんだ?そんな面倒なこと、僕はやらない。 |
ヤク |
だめだ。宿主さんに会うまで、オイラはお前を完全で無事な状態にしとかなきゃいけないんだから、一緒に行動してくれないと困る。 |
鬼灯(男) |
君と行動した方が、僕はぼろぼろになるだろう!ああもう、ヤクはどうしてこんなに力があるんだ……。 |
鬼灯(男) |
分かった、分かった、一緒に探せばいいんだろ!? |