鬼灯(男) | 姉貴はどこかに閉じ込められている……のか…… |
鬼灯(男) | まあ、本当にそうだとしても、姉貴のやつあんなに落ち着いてたから、自分で何とかできるだろ。危険なんてないさ。 |
鬼灯(男) | 危険ねえ……僕の記憶の中じゃ、この宿屋は危険とは無縁なんだよな。 |
鬼灯(男) | 「終焉の地」に隣り合う名もなき宿屋、氷原の守護所は悪意ある脅威を全て遮断し、瀕死の生命に生の温もりをもたらすことさえある……。 |
鬼灯(男) | まったく、息苦しいほど「安全」なんだ。 |
鬼灯(男) | なんてこった、もうすぐ夜じゃないか。変なことを考えていると眠れやしない……。 |
鬼灯(男) | ヤクと魔法使いの姉ちゃんの成果はいかに……とりあえずこの宿屋をダメにさえしなきゃ、なんでもいいんだけどさ。 |
鬼灯(男) | どうせ寝付けないんだから、見に行ってみるか……。 |
モノローグ | ふらふらと部屋を出て行くと、宿屋の魔力環境はもうすっかり変わっていた。客室もほとんどがいい具合に調整されている。 |
鬼灯(男) | さすが、姉貴が頼んだ魔法使いだけのことはある。思ったよりやるじゃないか……。 |
ヤク | これなら、宿屋を開けられるかな? |
鬼灯(男) | なんでそんなに急ぐんだ?まだ待って、もう少し調整したほうがよさそうだろ? |
ヤク | ちゃらんぽらんだと思ってたけど、開店準備にはずいぶん真剣なんだな。魔法使いのおかげでかなりうまく行ってると思うけど、まあ、お前が不満なら……。 |
ヤク | それなら、オイラたちと一緒に、もう一回全部の部屋を点検しよう。 |
鬼灯(男) | え?ああ、いやいやいや、何も不満はないさ。魔法使いの姉ちゃんの仕事は完璧だ!これでいい、これ以上検査なんていらない! |
魔法使い | (ほっ……) |
ヤク | それじゃ、すぐ表の扉を開けてくるよ。開店の準備を頼んだ! |
鬼灯(男) | ああ開けろ開けろ……本当に客なんて来るのか? |
???(*1) | この宿屋、開いてます!途中で会った人は、宿主さんが逃げて宿屋はつぶれたなんて言ってましたけど……信じなくてよかった! |
モノローグ | 元気な声が寒風に乗って聞こえてくる。次の瞬間、黄色い服を来た妖精がもう一人の妖精の手をとって、勢いよく宿屋に飛び込んできた。 |
??? | あら?[魔法使い]さんじゃないですか?偶然ですね! |
魔法使い | 黄梅? |
ヤク | 魔法使いの知り合い? |
魔法使い | 黄梅はリリエに来たことがあるの。その時に知り合ったんだ。 |
黄梅 | そうそう、紹介します。こっちは、私の親友の花露珍です~。 |
花露珍 | 初めまして。ふつつか者ですが、よろしくお願いします…… |
魔法使い | わわ、こ、こんにちは、えっと、どうぞよろしく? |
鬼灯(男) | 魔法使いの姉ちゃんにご用なら、僕は関係ないね~撤退撤退。 |
黄梅 | [魔法使い]さんを訪ねてきたわけじゃありません! |
花露珍 | 黄梅、その言い方はよろしくありませんわ……それでは、魔法使い様を邪険に扱ってるみたいですもの……。 |
黄梅 | そ、そうですね、花露珍のいう通りです。でも、違うんです。魔法使いさんに会えたのは本当に嬉しいんですが、ここに来たのは大切な用事があったからで! |
黄梅 | わたしたち、終焉の地を越えて大陸の西側に行きたいんです。でも、私たちだけじゃ終焉の地に入っても絶対に無理です。ロンユエ城でも、今は西に行く商団は見つからないですし……。 |
黄梅 | ある方から、終焉の地に向かうなら、まずこの宿屋に行ってみたらいいと言われたんです。運がよければ、道案内を引き受けてくれる配達屋がいるかもしれないって。 |
黄梅 | だから出発の準備をして、ここを訪ねて来たんです。 |
ヤク | オイラが配達屋だよ。 |
黄梅 | えっ?わぁ、運がいいですね!わたしたちを案内してくれますか? |
ヤク | 終わってない仕事があるから、今すぐには出発できないんだ。しばらく待っててくれる?少しして、今の仕事が終われば案内できるよ。 |
黄梅 | そうですか……花露珍、どうでしょう? |
花露珍 | 問題ありませんわ、私は大丈夫です。それに……私、宿屋で宿泊したことがありませんの。ですから、この機会に何日か宿泊してみたいですわ。 |
黄梅 | 花露珍がいいなら、わたしも平気です。それじゃあ、私たちここに泊まって配達屋さんの仕事が終わるのを待ちますね! |
黄梅 | はぁ……休むと決まったら、もう一つ解決しないといけないことを思い出しました~……。 |
黄梅 | ここの名物メニューは何ですか?急いで来たので、おなかが空いて倒れそうで……。 |
モノローグ | 「ぐるぐる――」 |
モノローグ | タイミングよく、黄梅のおなかが鳴る。 |
黄梅 | わたしは熱々の麺がいいです!花露珍はどうしますか? |
花露珍 | 黄梅と同じものにいたしますわ。 |
黄梅 | じゃあ、あんかけうどんを二つ! |
黄梅 | ……あれ、みなさんどうしてぼーっとしてるんですか?私、何か変なこと言ったでしょうか……。 |
鬼灯(男) | 熱々の麺……。 |
鬼灯(男) | 気にしてなかったけど、そう言われると……ずいぶん長い間、熱々のもの、食べてないな……。 |
鬼灯(男) | って、じゃあ、今までいったい何を食べていたんだ!? |
ヤク | 携帯用の保存食だよ。 |
魔法使い | うん……あなたたちがずっと食事のことを言わないから、私も保存食を食べてたよ。 |
黄梅 | へ?この宿屋、ご飯は出さないんですか? |
鬼灯(男) | ない。存在しない。僕は料理なんてできない。 |
ヤク | 鬼灯、お前この間言ってただろ。宿屋を経営する上でのポイントは食事と休む、住むところと交通だ、って。宿泊の問題は解決したんだから、次は「食」をなんとかしなきゃ。 |
ヤク | そういえば、前は従業員たちが料理をしてたよね。お前も宿主さんみたいに従業員を呼び出して、手伝ってもらえないのか? |
鬼灯(男) | 言うのは簡単だけど、従業員は姉貴が葉っぱから作り出してたんだ。僕にそんな複雑な魔法は使えない。 |
鬼灯(男) | それに、従業員は彼らをコントロールする者ができることしかできなかった。つまり、僕が同じように従業員を出しても、その従業員たちは芸術家にしかなれない。厨房に立つのは無理だ。 |
モノローグ | 皆は顔を見合わせた。食事がこんなに厳しい試練になるなんて、思いもしなかったのだ。 |
ヤク | 厨房にはまだ少し食材があったぞ。従業員に頼れないなら……オイラが作るよ。 |
鬼灯(男) | 君は料理もできるのか? |
ヤク | あたりまえだろ。配達屋は仕事で遠出したら、自分で食事を用意しないといけない事なんてしょっちゅうだからな。 |
ヤク | ちょっと待ってて。すぐにできるから。 |
黄梅 | お願いします。配達屋さん! |
モノローグ | 温かい拍手に背を押され、ヤクが厨房へと入る。 |
モノローグ | 程なくして、みんなの期待を一身に背負ったヤクが、大皿においしい……。 |
鬼灯(男) | ちょっと待った。 |
鬼灯(男) | この大皿の得体のしれないものはなんだ、お前が作った飯? |
ヤク | そうだよ。 |
モノローグ | 沈黙。沈黙に次ぐ、沈黙。 |
モノローグ | ヤクが運んできた大皿には、大きな塊のままの食材が雑多に乗せられていた。大雑把で、適当で、細かいこだわりは一切見えない。形や色まで、元はどんなものだったか見当もつかなかった。 |
ヤク | これ、配達屋の間じゃ一番人気の料理なんだ。大切なのは栄養満点なだけじゃなくて、おなかがいっぱいになること。簡単で早い、真の男飯! |
花露珍 | わ、私は真の殿方ではなく、女性なのですが……。 |
黄梅 | わたしも女の子です……真の男じゃないです……! |
魔法使い | 私も……。 |
鬼灯(男) | ……。 |
鬼灯(男) | 僕も、真の男、じゃあなかったようだ。 |
*1 黄梅