ヤク |
鬼灯、これなんだ? |
鬼灯(男) |
姉貴に言われた通りに描いた年画だよ。春節のおめでたい絵だ。門に貼り付けて邪気を避けるための門神だな。 |
ヤク |
これが邪気を避ける神さま? |
モノローグ |
ヤクは鬼灯が描いた年画を手に取り、よくよく眺めた。達者ではあるけれど少し大雑把なラインで、描かれた門神―― |
モノローグ |
どう見てもイケメンに美人ばかり。まるで映画のポスターのような構図で描かれた年画である。 |
鬼灯(男) |
いやあ、花露珍が描いた門神はどうしても僕の趣味にあわなくってさ。せっかくだから、トレンドに合わせて変えてみたよ~。 |
鬼灯(男) |
お客さんだって、怖い目をかっぴらいた髭のおじさんより、こういう方がいいだろ~。 |
ヤク |
すごくよく描けてるけどさ、これはお前の好みにあわせて描いたものだろ。これは門神とは言えないよ。こんな門神はいない。 |
鬼灯(男) |
新年に、そんな真面目腐らなくても。そもそも、門神がこの見た目じゃダメなんて言える奴はいない。ヤクの知っている門神と僕が描いた門神は別物だ。他の門神を見たことがないからって、その存在を否定することはできないだろう? |
ヤク |
新年だからって真面目じゃなくていいってことはないと思うけど。他はたしかにそうかもなあ……。 |
ヤク |
じゃあ、これは? |
モノローグ |
ヤクは宿屋の扉に貼られた紙を指さした。そこには巨大で逆さまな「銭」という文字が書かれている。 |
鬼灯(男) |
それはだな……扉に「福」の字を逆さまに貼ると、「福が来る」って意味になる、って花露珍がいうからさ。 |
鬼灯(男) |
でも、あいまいで形のはっきりしない「福」より、「銭」の方が現実的だろう?それに、姉貴も、お金をたくさん稼ぐようにって言っていたし。 |
ヤク |
春節に、「銭」の文字を逆さまに貼る習慣なんてないよな……? |
鬼灯(男) |
え?春節って、一年で一番、金を使う時だろ? |
鬼灯(男) |
そうだ。今日、年越し用品を揃えに出かけるって言っていたのに、どうしてまだここにいるんだ? |
モノローグ |
ヤクはまだ何か言いたげだったが、何か言うより早く、鬼灯に宿から押し出されていた。ヤクは仕方なく車に乗ると、鬼灯に手を振った。 |
ヤク |
それじゃ、行ってくるぞ。お前もさぼるなよ。 |
鬼灯(男) |
わかったわかった。さぼらないよ。さっさと行った行った。あ、そうだ。爆竹を買い忘れるなよ~! |
花露珍 |
ヤク様と鬼灯様、すっかり仲が良くなられましたね……はじめはずっと喧嘩ばかりされてましたのに。 |
黄梅 |
そうですか?鬼灯さん、ヤクさんを適当にあしらっている感じがします。まるで子どものご機嫌とってるみたい。 |
花露珍 |
子供のご機嫌取り、ですか……。 |
花露珍 |
でも私、鬼灯様の気持ちも少しだけわかる気がします。ヤク様と一緒に、物事の全てに真剣な志で取り組んでいましたら、際限がありませんもの……。 |
花露珍 |
鬼灯様、ヤク様とのよりよいお付き合いの仕方を学ばれたのでしょうね。 |
黄梅 |
花露珍は心配性ですね。大丈夫だと思いますよ。あっ、それより、わたしが書いた新しい年越しメニューはどうでしょうか! |
花露珍 |
拝見しますわ……。 |
花露珍 |
「草薬盛り合わせまんじゅう、漢方と薄切り牛肉入りすっぱ味スープ、ヘルシー真の男セット、薬神特製豪華薬膳盛り合わせ」……。 |
花露珍 |
黄梅らしいメニューですわ。とっても良いと思います! |
黄梅 |
じゃあ、これでいきましょう~。 |
モノローグ |
宿屋の経営が再開して、数日が経った。 |
モノローグ |
鬼灯とヤクだけでなく、黄梅、花露珍、魔法使いも加わり、宿屋の経営に熱心に取り組んだ。 |
モノローグ |
皆で一緒にがんばった結果、宿屋は少しずつ以前の賑わいを取り戻していった。忙しさにしょっちゅう目を回しそうになるが、今のところ、大きなトラブルは起こっていない。 |
モノローグ |
忙しさと充実感の中、時は流れ、春節を迎えようとしていた。 |
黄梅 |
ここ数日、本当に忙しいですね。宿屋の経営に、やることがこんなにあったなんて。師匠についてあちこち診察して歩くより疲れます……いえ、診察も大変なんですけど。んん……だいたい同じくらい疲れちゃいますね! |
鬼灯(男) |
ご苦労さん。お客さんなのに、一緒に大変なことさせちゃったな。 |
黄梅 |
いえ、大丈夫です!この前までぼろぼろだった宿屋がこんな風に生まれ変わって、達成感があります! |
花露珍 |
宿屋の経営なんて経験したことがありませんでしたから、とてもとても新鮮です…… |
花露珍 |
それに、鬼灯様が宿屋のために奔走される姿に、私も何かできればという気持ちになってしまいますもの。 |
魔法使い |
鬼灯は面倒だなんだってぶつくさ言ってるけど、この何日かはがんばってるね。 |
黄梅 |
そうですね。最近、お客さんたちとおしゃべりしていると、皆さん口をそろえて「ここのおかげでどれだけ助かっているか」って言われるんです。鬼灯さん、すごいですよ~。 |
鬼灯(男) |
…… |
鬼灯(男) |
姉貴に、小遣いがなくなるぞって脅されたからなあ。やりたくはなかったけどさ。 |
年老いた妖精 |
あんたたち、春節の準備をしているのかな? |
モノローグ |
声をかけてきたのは、旅装束の妖精だった。入口の間に来た妖精は、テーブルの上に広げられた年画や春節用のちょうちんなどを見て、目を輝かせている。 |
黄梅 |
はい。もっと早くから準備する方が良かったんですけど、ずっと忙しくて……もう、明日が春節なんですよね。 |
黄梅 |
今のうちに、なんとか急いで準備しないと……。 |
年老いた妖精 |
ははは、それもまたいい。準備も、祝日の一部だ。 |
年老いた妖精 |
なんと懐かしい……窓に貼る切り紙を作って、対聯を書いて、ちょうちんをかけて……昔は私も、家族みんなで賑やかに春節の準備をしたものだ。 |
年老いた妖精 |
こういう光景も、今じゃなかなか見られない。残念なことだ。この宿屋と、伝統を大切にする家族くらいしか、こんな風に真剣に準備をすることはなくなってしまったなあ。 |
年老いた妖精 |
おっと、こんな寂しい話はやめよう。私も家に帰らなければ。今出発しなかったら、家族との大みそかの食事に間に合わないからね。 |
鬼灯(男) |
お気をつけて。 |
モノローグ |
長生の妖精は荷物を調えると宿屋を出て、多くの旅行者と同じように帰途に就いた。 |
モノローグ |
伝統の一部は徐々に忘れられ、祝日の祝い方もずっと自由になった。それでもこの土地の妖精たちの心には、「家族と共にいたい」という最も素朴な願いが根付いている。 |
鬼灯(男) |
ああ、疲れた疲れた……ちょっと横になりたいなあ……。 |
鬼灯(男) |
でも、まだ対聯をはらなくちゃならないし、提灯もかけなくちゃ……ならない。うぅ、だめだ、もう燃え尽きた……。 |
モノローグ |
鬼灯は口では弱音を吐きながらも、運命だと諦めたような顔で、できあがっている対聯に手を伸ばした。 |
鬼灯(男) |
……みんな何を笑っているんだ? |
魔法使い |
以前のあなただったら、そのまま寝ちゃってたよね。 |
鬼灯(男) |
あの牛に、「働いていない」なんて追いまわされたり説教されるのが怖いじゃないか。寝てたって起こされるんだから、あいつが戻ってくる前にやってしまって、少しでも文句を言われない方がいい。 |
鬼灯(男) |
……それだけだよ。対聯を貼って来る。 |
魔法使い |
手伝うよ。 |
黄梅 |
鬼灯さんがこんなにがんばっているんですから、わたしたちもこのまま怠けているわけにはいきませんね、ヤクさんが戻ってくる前に、残った準備を済ませちゃいましょう! |
花露珍 |
では、お次は切り絵を作りましょうか。 |
モノローグ |
みんなで、足並みを揃えて春節の準備を進める。とても忙しいが、その胸は期待に膨らんでいた。 |