モノローグ | 大みそかの夜。 |
モノローグ | 宿屋の軒下につるされた提灯がゆらゆらと風に揺れ、ぼんやりとした光が冬の夜を温かく照らし出している。 |
モノローグ | みんなのがんばりの甲斐あって、宿屋は中も外も春節の雰囲気あふれる物で飾られ、テーブルにはごちそうが並べられていた。 |
モノローグ | 部屋の中の賑わいは、外の寒さに少しも阻まれることはない。鬼灯たちは宿屋に残っていた旅行者たちと一緒に、大みそかのごちそうを楽しんでいる。 |
モノローグ | そんな賑やかさの中、ひとつの影がこっそりと席を離れた。――鬼灯だ。彼は部屋に戻り、ドアをぴたりと閉める。静かな部屋は、楽しい雰囲気から隔絶された。 |
鬼灯(男) | 宿屋で春節を迎えるなんて……こんなの、もう長いことなかったなあ。 |
鬼灯(男) | ここまでがんばり通せるとは思わなかった……。 |
鬼灯(男) | やっぱり、かなわない……みんなが助けてくれたけれど。宿屋が普通に開いている時の状態を、なんとか保てているだけだ。こんなことを、姉貴は一人で軽々とやっていた。 |
鬼灯(男) | 姉貴は春節の準備をしっかりやるようにって言っていたけど……でもさ、姉貴。これでもまだ帰ってきて、僕たちと一緒に新年を迎えてはくれないのかい? |
鬼灯(男) | 姉貴がどこにいるのか、僕には関係ない。むしろ姉貴が、このままこの宿屋の束縛から離れたいんなら、それもいいかもしれない。でも、面倒を全部僕に押し付けるのはやめてくれよ。 |
モノローグ | ずっと昔の記憶が浮かんでくる。鬼灯は昔、この宿屋で姉と一緒に春節の準備をしたことを思い出した。 |
モノローグ | 姉がなにもかも、早いうちからきちんとこなしてくれるため、鬼灯が心配することは何もなかった。それでもたまに、面倒なことを少しはやらされた。年画を描くことだったり、まんじゅうを蒸かす手伝いだったり……。 |
鬼灯(男) | 宿屋の後継ぎを断った後、すぐにここから逃げ出したけど、この宿屋にはいい思い出もたくさんあるんだよな。 |
鬼灯(男) | ……そのいい思い出を消してしまいたくないから、離れることを選んだんだ。 |
鬼灯(男) | ……はあ。 |
鬼灯(男) | 最近がんばりすぎたかな。悪いクセがついた気がする。どうも一日中、面倒なことを考えてしまうなあ……。 |
モノローグ | 鬼灯は深くため息をつくと、ゆっくりと背伸びをした。すると、その表情はすっきりとしたものへと変わる。 |
鬼灯(男) | まあいい。昔の話は、もう過ぎたことなんだから。 |
鬼灯(男) | あれを持って、さっさと戻ろう。 |
モノローグ | 鬼灯は引き出しを探り、いくつかのお年玉袋を取り出した。 |
モノローグ | お年玉を渡すこともまた、春節の行事の一つだ。代理宿主として、鬼灯は、この数日手伝ってくれた妖精と魔法使いに自分の気持ちを贈りたいと思ったのだ。 |
鬼灯(男) | ちょっとした出費だけど、宿屋のお金だし。臨時で働いている自分にはあんまり関係ないさ……。 |
鬼灯(男) | でも姉貴に用意したお年玉は、どうやら必要なさそうだ。だから、これは僕のものかな~。 |
??? | オオオォ――!!! |
モノローグ | 突如、鋭い叫び声が部屋に響いた。声のした方を見ると、部屋の隅で奇怪な動物がぶるぶると震えている。それは、鬼灯の手の中のお年玉をじっと睨んでいた。 |
鬼灯(男) | ……神獣? |
??? | お、おとしだま……おお!!お年玉!!! |
鬼灯(男) | お年玉がほしいのか? |
鬼灯(男) | ふぅ。年越しだし、欲しいなら一つやるよ…… |
モノローグ | 鬼灯はお年玉の包みを一つ取り出すと、奇怪な神獣に向かって差し出す。しかし―― |
??? | お年玉!こわい!! |
??? | あっち行け……お年玉……あっち行け! |
モノローグ | お年玉を見た神獣は、水に浸かった猫のように部屋中を逃げ回り始めた。 |
鬼灯(男) | ??? |
鬼灯(男) | 神獣……はお年玉が怖いのか…… |
鬼灯(男) | あんた、「歳」じゃないだろうな? |
鬼灯(男) | 伝説じゃあ、「年」、「夕」、「歳」が春節に関係ある年獣の三兄弟だ。姉貴も、年獣に連れていかれたって言っていた……。 |
鬼灯(男) | あんた、姉貴の居場所を知ってるんだろ。姉貴はいったいどこにいるんだ? |
「歳」 | 俺じゃない、俺じゃない!あいつが悪いんだ! |
鬼灯(男) | 言わないなら、このお年玉を無理やりおまえにくれてやるぞ。 |
「歳」 | やめろ!たのむ!お年玉はいらない! |
「歳」 | つ……連れて行くよ! |
モノローグ | 震えたまま「歳」は鬼灯の袖をくわえると、壁の方に引っ張っていった。ゆらゆらと波打ち始めた木の壁へ、引っ張られるままにぶつかったかと思うと――何の抵抗もなく、体はその向こうへと抜けてしまった。 |
モノローグ | 濃いもやが全てを覆う、何もないがどこか粘ついた世界。不思議と、雲の中にいるような錯覚を覚える。目に入るのは見渡す限りの白。広大で、何もない寂れた雪原のようでもあった。 |
モノローグ | 濃いもやが少しずつ晴れてきて、鬼灯は自分が一面の桃林にいることに気づいた。桃の花びらが止むことなくひらひらと舞い、満開になっては散り、散ってはまた満開になる。 |
モノローグ | 仙境のようなその場所で、鬼灯の耳に聞きなれた声が飛び込んできた―― |
宿主(*1) | ツモ、九万!国士無双! |
*1 姉鬼灯