モノローグ | 神獣は、遠い遠い昔に誕生した。 |
モノローグ | 神獣は最も反映した時代を経験した。 |
モノローグ | 神獣は、冬と春の境目の季節に街を訪れるのが気に入っている。妖精と人間が春の到来を祝う様子に引き付けられるのだ。繁栄と賑わいが好奇心の強い神獣の足を止めさせ、夢中にさせるのだ。 |
モノローグ | 猛獣として恐れられるか、神として崇められるか……どちらでも、神獣は満足する。 |
モノローグ | 無限の寿命を持つに等しい神獣にとって、時の流れは速くもあり遅くもある。神獣は睡眠によって退屈な時をやり過ごし、目が覚めると春の到来を待ち、「春節」のお祝いの時を狙って、街へ快楽を探しに出かける。 |
モノローグ | その時の神獣は、「快楽」が「寿命」と違って永遠の存在ではないなどと、夢にも思っていなかった。 |
モノローグ | しかしついにある日、神獣は自分の楽しみがなくなってしまったことを知った。「春節」は昔のように賑やかなものではなくなり、手抜きで節約した料理のように、形ばかりで、味わいの乏しいものと成り下がった。 |
モノローグ | 神獣は悲しみ、傷ついた。そして、もう一度あの快楽を手に入れたいと強く願った。味わいの乏しい料理に、豊かな香りと甘美な味を取り戻したいと―― |
鬼灯(男) | だからあんたたちは、姉貴をここに連れて来たのか? |
「年」 | 話はまだ終わってない。どうして話をさえぎるんだ! |
鬼灯(男) | 長すぎて聞きたくない。 |
「年」 | ひどい妖精だ……。 |
モノローグ | 巨大で、凶悪な姿の年獣は悲し気な表情を見せた。それは少しちぐはぐで、おかしな姿だった。 |
宿主(*1) | アタシが説明するよ。 |
宿主 | はじめ、宿屋にこっそり忍び込んできた、このちっこいやつを見つけたんだ。 |
モノローグ | 首根っこをつかまれ、ぶら下げられた「歳」は、まったく反抗するそぶりを見せない。時折不本意そうに足をばたつかせ、喉からせめてもの抵抗といわんばかりに「うううう」という唸り声を出しただけだった。 |
宿主 | 神獣だから、外に放り出すだけでよかったんだけどね。でもこいつ、アタシにいたずらしようとしたのさ。 |
鬼灯(男) | そのいたずらで、姉貴はここに連れてこられたのか? |
宿主 | 結論から言えば、そういうことだね。 |
「歳」 | うぅ……こいつが……こいつが自分で来るって言ったんだ……自分から進んでここに来たんだ! |
鬼灯(男) | ? |
宿主 | 本当はね、この小さいのはアタシを病気にしようとしたのさ。でも、そんなのつまらないだろう? |
宿主 | だからこいつをつまみ上げて……ほら、今みたいにねえ。 |
宿主 | 「そのくらいじゃどうってことない、もっと凄いことしてみせな」って言ったのさ。 |
宿主 | そしたらこいつ、わんわん大声で泣いて、逃げて行ったよ。 |
「年」 | お前、歳が戻って来た時、どれだけ悲しそうに泣いていたか分かるか?かわいそうに、生まれて初めてあんなひどい目に遭わされて! |
「年」 | だから「おのれ、弟分の仇を討たねば」と思ったんだ!それで、こいつをこの幻境に連れてきた。 |
「夕」 | 兄弟たちの考えは、俺とは無関係だ。 |
モノローグ | 麻雀卓に座ったままの「夕」は他の兄弟と違い、人のような様子に幻化していた。目は冷ややかで口調は淡々としているが、少し尖った耳だけはぴんと立ち、こちらの動向をつぶさにうかがっている。 |
鬼灯(男) | わかった、どうやら姉貴が自分で蒔いた種だったみたいだな。 |
鬼灯(男) | まったく……驚く気持ちもわかない。自分から面倒に飛び込もうとするやつなんて、姉貴くらいのもんだよ。 |
鬼灯(男) | でもなんで、姉貴が起こした面倒に巻き込まれなくちゃいけないんだ!? |
宿主 | だって、この三兄弟と麻雀をしていて、抜けられないんだもの。 |
鬼灯(男) | そんなくだらない理由で!? |
宿主 | 連れてこられた時、この三兄弟に「楽しませないと食べちゃうぞ」って脅されたんだもの。 |
宿主 | ぶん殴ってやったら、それが「楽しませないと、帰さない」に変わったけど。 |
「年」 | 春節がどんどんつまらなくなるから、兄弟みんな、退屈でしょうがないんだ……。 |
「年」 | 麻雀も楽しいけど、春節がやっぱり一番面白いんだ! |
宿主 | ずっとこんな感じなんだよ。アタシが麻雀しないとまとわりついてきて帰してくれないし。アタシだって、神獣たちの願いをかなえてやりたいと思っても、どうやってここを離れればいいのか分からないしさ。 |
鬼灯(男) | だから、ヤクに僕を連れて来させようとしたんだな……。 |
宿主 | いいや、アタシがあんたを呼び戻したのはちょっとした気まぐれさ。宿で春節を過ごさせようと思っただけだね。 |
宿主 | まさかこんなことになるなんてね。全部、偶然なんだよ。 |
鬼灯(男) | じゃあ、魔法使いの姉ちゃんとか、黄梅や花露珍を呼んだのは?みんなあの宿屋を紹介されたり、呼ばれたりしたって言ってたけど。それって姉貴がやったんじゃないのか? |
宿主 | それも偶然~。 |
宿主 | 宿屋を経営してみて、どうだった? |
鬼灯(男) | とんでもないよ、もう二度とやりたくない。 |
鬼灯(男) | 特にあの頑固な牛にはかなわない。毎日毎日、これやれ、あれやれ、これやれ、あれやれってうるさいし、僕が少しでも文句を言おうものなら、絶対言い返せないような立派な道理を並べ立てて、正論で責めてくるんだもの。 |
鬼灯(男) | おてんとうさまだけが知っているよ。僕がここしばらく、どうやって過ごしてきたかをさ……。 |
宿主 | ふうん?なかなか面白い話じゃないか。 |
鬼灯(男) | 姉貴は弟をもてあそんで、面白がってるだけだよ! |
宿主 | おや、もうすぐ12時みたいだね。ほら、遠くから爆竹の音がしてくるよ。 |
鬼灯(男) | ……。 |
モノローグ | 姉鬼灯は笑いながら弟の肩を叩き、何事もなかったかのように振り返ると、年、歳、夕の三匹に向かって声をかけた。 |
宿主 | どうしたのさ、春節を楽しみに行かないのかい? |
「年」 | 爆竹がまだ鳴っているだろ、怖くて動けない。 |
宿主 | みんななんで座っちゃったのかと思ったけど、足がすくんだんだね、 |
「夕」 | 言わずとも知れたことだろう。言葉にする必要があるのか? |
宿主 | ああそうだね、神獣にもメンツがあるからねえ。 |
宿主 | あの子らはまだ行かないらしいし、アタシたちは先に帰るとしようか。 |
鬼灯(男) | ここを離れていいのか? |
宿主 | もちろん。あんたが来る前に大勝して、それまでの負けを全部取り戻したからね。この三兄弟、最初から一緒にひどいイカサマでだましてくるもんだから、負けがこんでたんだよ……でもかわいい弟のおかげで元手は稼げたからねえ~。 |
鬼灯(男) | 僕が金を稼いだのはこのため!? |
宿主 | まあね。それにあんたは、神獣たちの願いももう叶えているから。 |
宿主 | 行こう行こう、はやく行かないと12時に間に合わないよ。 |
鬼灯(男) | はいはい……。 |
モノローグ | 段々大きくなる爆竹の音の中、姉と弟は久しぶりに手を繋ぎ、祝宴の場へと向かう。 |
モノローグ | 幻境を離れて現実に戻る。たくさんの歓声と、新年の訪れを告げる鐘の音が、姉弟の帰還を迎えた。 |
鬼灯(男) | ……姉貴、新年おめでとう。 |
宿主 | あんたもね、新年おめでとう。 |
*1 姉鬼灯