(龍城紀行)1-3

アカギツネ 昨日はゆっくりお休みになれました?
モノローグ 朝。アカギツネがへらへらと手もみをしながら、挨拶に来る。
モノローグ ただ今となっては、その満面の笑みにも、悪徳さが溢れているようにしか感じ取れない……。
フルル 4000万コインの借金を作っちゃったのに、眠れるわけないじゃん!
アカギツネ まあ、そうおっしゃらずに〜
アカギツネ 生きていれば、トラブルはつきものでしょう?いつまでも鬱々とされたままでは損ですよ?どうせ考えてもしようのないことですし、今を楽しもうではありませんか。
フルル それはそうかもしれないけど、あんたの言うセリフじゃないでしょ!
アカギツネ どうしても遊びに行く気分になれないのであれば、アタシの店で働きませんかね?フルルは店番をやれますし、魔法使いは……フェアリースフィアを作っていただけたら、たくさん稼げそうですもの!
アカギツネ アタシは誠実な商売者なんで、損はさせませんよ?ここで働いていれば、十数年でチャラになるでしょう。早いものですよ。
フルル あんたは私たちから十年も搾り取るつもりなの!?
アカギツネ もしくは高く売れそうななにがしかで弁償しませんか?実のところ、アタシめの本当の仕事は質屋でありますので……。
モノローグ ……。
フルル なんでこんなことになったんだろ……。
モノローグ 交渉の末、勝ったのはキツネのオーナーさんだった。彼は私の作ったフェアリースフィアで、気持ちよさそうに日向ぼっこをしている。
モノローグ そして負けたフルルは雑巾を手に取り、しぶしぶ棚の掃除をしていた。
アカギツネ お姉さん、優しくしてくださいよ!あれはいくら出しても買えない宝物ですよぉ!また昨日のように割れたらどうしてくれるんですか?
アカギツネ もしこれも割れたら、借金はさらに上乗せですよぉ!上乗せ!
フルル あんたもよく言うわね。急にあんなこと言われたからこそ、手が滑ったんじゃないの……。
モノローグ フルルは悔しそうだったが、結局大人しくアカギツネに従い、力加減を調整した。
魔法使い 本当に言うこと聞いて働き始めたんだ……。
フルル 他にどうすればいいのよ。とんでもない借金ができちゃったんだよ……?もしあのキツネが本当に私を売ろうとしたらどうしよう?
フルル [魔法使い]、この先あのキツネになにか言われても、ちゃんと私のことを守ってね!ぜったいに[魔法使い]と離れたくないもん!
魔法使い それはもちろん。私のフルルは誰にも譲れないからね。
フルル そうだそうだ!
フルル でも本当になんでこんなことになったの……特等賞をもらったから、ここに遊びにきたのに。
フルル いきなり、こんな借金できる?
フルル 宿泊代、ガイド代……あとうっかり落としたあの皿。本当にそんなに高かったのかな?どう考えてもおかしいよ。
魔法使い 私たちは最初から騙されていたのかもしれない。あの特等賞は罠だったのかも。
フルル 罠?
魔法使い ボロボロの屋台なのに、「無料の旅行券」とか出してきたでしょ?条件をちゃんと読めば穴だらけだったし……。
フルル わかった!特等賞で私たちが釣れたら、すぐに魔法契約を結ばせて……ロンユエに来てから、「ガイド」の名義で金を取ろうとしたんじゃ……。
フルル もし私たちが断れば、契約違反として魔法の罰を受けちゃう……もうどうしようもないじゃん!
フルル あの悪徳商人!嘘つき!
モノローグ でも、おかしいな。
モノローグ 借金で脅かしてくるけど、あくまでも口先だけだ。私たちの行動を制限もしてないし、お金を返さなかったらどうなるかも具体的には言ってない。
魔法使い こんな気まぐれな詐欺あるのかな……。
フルル え?なに?
魔法使い なんでもない。まだ結論を出すのは早いかな。……あ、フルル、そっちはまだ汚れてるよ。
フルル どこどこ?……って待って、なんで私だけが働いているの?
魔法使い だって私の分はもう終わったから。
フルル しくしく……。
モノローグ フルルはしょんぼりしつつ、慎重に棚の掃除を続けた。日が暮れ始め、街も賑やかになってきた。けどこの店はあまりにも寂しいと考え始めたとき--
怒っている妖精 おい、アカギツネは?出てこい!
モノローグ 怒った様子の妖精が、怒鳴りながら入ってきた。
アカギツネ ほう、オックスさんじゃありませんか?今日はどういった御用で?
怒っている妖精 ふざけるな!
怒っている妖精 てめぇの質屋にいいもんがあると聞いたから、大金を出して買いにきたんじゃねぇか!なのにこんな使えねぇもんを売りやがって!
モノローグ 「オックスさん」と呼ばれた妖精は薄暗い石を何個か取り出し、地面に力強く投げつけた。
アカギツネ オックスさん……こ、これはなんの真似です?宝石が割れてしまったじゃあないですか!?いったい何故こんなことを--
怒っている妖精 もうそういうのはいい。
怒っている妖精 俺はレアなもんが欲しいって言ったじゃねぇか。結局てめぇに騙されてこんなゴミを買っちまった。
怒っている妖精 宝石だと思いきや、砕いて中身を見てみれば、ちょっと魔力が付いているだけの石じゃねぇか!
怒っている妖精 こんなゴミを宝物みてぇに売ってくるんじゃねぇよ!
アカギツネ オックスさん、それは誤解ですよぉ。
アカギツネ この前に店に来たとき、あなたは言ってたじゃないですか?レアなものがいい。一番レアなのが欲しいと。
アカギツネ 友達に見せびらか--コホン、友達と一緒に鑑賞したいので、一見控えめで、実はとんでもないものが一番いいと。
アカギツネ アタシがおすすめしたこの宝石は、まさにあなたが欲しがっていたものじゃないですかぁ?この宝石、確かに冴えない見た目ではありますが……歴史から言えば、本当にとんでもないものでございますぞ?
アカギツネ なんなら名門の……この前の主だって……ここに残った魔力は……。
怒っている妖精 そろそろつまらねぇ話はやめておけ。うめぇ話をしようとしても、この石がゴミなのは変わらねぇよ。詐欺だぞごら。
アカギツネ オックスさん。アタシは誠実な商売をしてきたんですけどね?
アカギツネ 骨董品の取引は、そもそも合意の上に行われたものです。前の持ち主は、この石を命同然だと見ていました。そしてアタシは、この石の価値を認めていますし、あなただって頷いたじゃないですか?
アカギツネ いまさらこの石がゴミだと思っても、あなたのお目がさらに高くなっただけの話です。ここまで公平な取引を、詐欺呼ばわりはいただけませんな。
アカギツネ これがアタシたちの契約書です。ちゃんと要項で書いてありますし、魔法でサインしたでしょう?今更になって後悔しても、もう遅いんですよ?
怒っている妖精 てめぇ--
怒っている妖精 そこのてめぇら、おかしいと思わねぇかよ!?
フルル え……私たち?
怒っている妖精 そもそも、こんな悪徳キツネんとこで働いてても平気なのかよ!
魔法使い ……。
フルル 違うの、これにはちゃんとした理由があって……。
怒っている妖精 いや、いい。てめぇらは同類だからここに集まったんだろ?マジで汚えったらねえな!
怒っている妖精 こんなゴミを売りやがって……この先、ロンユエで商売できると思うなよ!
モノローグ 大騒ぎになってしまい、知らない内に店の外にはたくさんの野次馬が集まっていた。その中に、見覚えのある顔があった。
アムールトラ どうした?
傍観の妖精たち 若、実は……。
モノローグ 周りの妖精がアムールトラに事情を説明し始めた。
アムールトラ ふむ……。
アムールトラ なにか誤解があるのではないか?
アムールトラ 余の知っているアカギツネなら……確かにまあ、少々巧みな言葉は使うが、法律や原則から反することはしないと思うぞ。
アカギツネ もちろんですよ?アタシ、誠実な商売者ですから!
フルル あんたは黙ってて!
怒っている妖精 誤解だと?これは詐欺だぞコラ!弁解の余地があるか?
怒っている妖精 騙されてんのか、それとも最初からグルだったのかは知らねぇが……。
怒っている妖精 ロンユエの詐欺犯がいつまでも捕まらないのは、お前がかばっているからじゃねぇか?
モノローグ 周りから、賛同する声が次々とあがる。
モノローグ 「このキツネはどう見てもろくなやつじゃないよ」、「若も騙されてんな」、「次期城主ってのはこんなもんなのか?」……と騒ぐ声が、聞こえてくる。
アムールトラ もうよい!
アムールトラ 余はアカギツネのことを信用している。だが、余の言葉では足りないのも承知しておる。
アムールトラ 詐欺については、余がしかと処置する。アカギツネの無実を証明し、皆が納得できるような結果を出そう。
アムールトラ ただもし……アカギツネが本当に、そなたたちの考える通り、許されぬことをしたのであれば……必ず私情を挟まず処分すると約束しよう!
モノローグ アムールトラは厳しい表情で、皆にそう告げた。
モノローグ 周囲は、まだ幼い見た目には似つかわしくないオーラをまとったアムールトラに圧倒され、静まり返った。
モノローグ 当事者であるアカギツネだけが、まるで他人事のように、へらへらと笑っている。
アカギツネ それじゃあ若、お願いしますね?
最終更新:2022年02月10日 06:40