アムールトラ | アカギツネ、余の加勢に来てくれたのか! |
モノローグ | アムールトラがアカギツネを見た瞬間、先ほどまで少し自信なさげだった声が大きくなった。 |
アカギツネ | え?違いますよ。 |
アカギツネ | そう興奮しないでください。アタシはこっち側ですよぉ? |
アムールトラ | ……え? |
アムールトラ | アカギツネ……そなたは脅迫されているのか?それとも無理やり言うことを聞かされて……。 |
アカギツネ | そんなことはありませんよ?アタシたちはウィンウィンな関係なのです。お互いの利益が一致しているものですからねぇ。 |
アカギツネ | アタシに免じて、許してくれませんかねぇ?それとも一緒にやります?あなたの分け前が多くなるよう交渉しますから。どうです? |
アムールトラ | ほ……本気なのか? |
アカギツネ | 愚問ですな。アタシは誠実な商売者ですからねぇ。ビジネスパートナーに損をさせるような真似はしませんよ? |
アムールトラ | そういうことではない!そなたが詐欺犯たちと手を組んでいるというのはまことか! |
アカギツネ | ふむ。その通りですが? |
アムールトラ | ……嘘だ! |
詐欺犯A | おい!お前がこいつをこっちに引き込むと言ったんだろうが! |
詐欺犯A | ここまで引きつけて演技しろとかだるいんだよ!無駄なことをさせやがって! |
アカギツネ | そんなことを言わないでくださいよ〜。彼をここに引きつけられたのは、アタシが彼のことをよく理解しているからじゃありませんか。 |
アカギツネ | でもこの子、今までずっとアタシには忠実だったんですけどね……なんで急に強情になったんでしょうねぇ。 |
詐欺犯B | ぐだぐだ言ってるんじゃねぇ。お前が失敗したなら、俺らのやり方でやらせてもらうぜ! |
詐欺犯C | 早く終わらせろ!儀式の準備はまだ残っているんだからな! |
アカギツネ | いいでしょういいでしょう。まあ、言っておきますが、この子は可愛らしく見えても、喧嘩になると容赦がありませんからね……。 |
モノローグ | アカギツネの言葉を待たずに、詐欺犯たちは凄まじい勢いでアムールトラに襲いかかった。 |
アムールトラ | 魔法使い、フルル!少し離れろ! |
フルル | どうしようどうしよう!喧嘩になっちゃった……私たちも手伝わなきゃ!で、でも私たち……戦闘のことは苦手だし……。 |
アカギツネ | こんな乱闘、飛び込んだところであなた方はなんの役にも立たないでしょう。無駄な力は使わないほうがいいと思いますよ? |
アカギツネ | アムールトラは強いんですが……あと少ししか持たないでしょうね。あとで助けたほうが恩を着せられますよ? |
モノローグ | いつの間にか、アカギツネは私たちのそばに来て、余裕の表情で目の前の乱闘を眺めている。 |
アカギツネ | おやおや--これはこれは……ここまで力強く殴るなんて、さぞかし怒っているんでしょうね?まあまあ、怖いことですな……。 |
アカギツネ | ですが、やはり八つ当たりは大人げないですよね?早く成長してもらいたいのですが……。 |
フルル | よくもそんな皮肉を言えたものね!あんたがアムールトラを裏切ったんでしょうが! |
フルル | 本当に、なんでここまで信用されてるのか分からない!どう見ても嘘つきの顔してるもん!悪徳商売者!私たちを騙した上に、アムールトラまで……、 |
アカギツネ | そうですかね?軽々しく他人を信じるなんて、褒められたものではないと思うんですけどねぇ……可愛らしくは見えるかもしれませんが、そのような甘さでは城主など到底務まりませんよ? |
アカギツネ | 指導者たるもの、自ら思考して判断する能力を備えなければなりません。例えどれほど親しい相手でも、そのまま信じこんではなりませんよ。 |
アカギツネ | いったい、いつになったらわかってくれるんでしょうか……。 |
詐欺犯A | おい!そこで見てないで早く手伝え! |
詐欺犯B | ぐわ……こいつ、なかなか手強いぞ……おい……。 |
アムールトラ | はあ……はあ……。 |
モノローグ | 戦況ははっきりしている。アムールトラはひとりで多数を相手取っているけれど、まったく押されているように見えない。双方ともに睨みあったまま警戒しあい、膠着状態だ。 |
アカギツネ | これはこれは……。 |
モノローグ | アカギツネは詐欺犯たちを無視し、アムールトラのほうに歩み寄った。 |
アカギツネ | あっという間でしたな?昔、糖葫蘆(タンフール)を買えとしつこく付き纏ってきた坊やも、もうこんなに立派に成長したんですねぇ? |
アカギツネ | お疲れさまです。やつらの力が弱ってきた今、一気に捕まえる好機が来ましたよ。 |
モノローグ | アカギツネは笑いながら手を伸ばし、アムールトラを撫でた。 |
アムールトラ | アカギツネ!わかっていたぞ!そなたはやはり余の味方だ! |
アムールトラ | さっきの話は信じぬからな!そんなやつではないと知っているからな。ほら、余はかなり戦えるだろ-- |
アカギツネ | ……。 |
アムールトラ | ……アカギツネ?なぜそのような顔をするのだ?まるで、失望しているかのような……余……余はまた何か変なことを言ったのか? |
アムールトラ | はっ!忘れるところだった。勝ちが見えた時も驕らないことが肝心だと……。 |
アカギツネ | 少し優しくしただけで、ほんの少し前のことも忘れたんですね? |
アカギツネ | ここまでアタシのことを信じてくれるのは、よくないことだと思いますがねぇ。 |
モノローグ | アカギツネの顔は笑ったままだが、その口調はかなり冷たかった。アムールトラの頭に乗せた手が突如、魔力の輝きを放ちだす。 |
アカギツネ | あぁ、すみませんねぇ。あなたがとぼけている間、アタシはもう魔法をかけ終わったんですよ。 |
アカギツネ | あなたに魔力を使わせない術です。長くは持たないんですが、今魔力を使えなくなれば、どうなるかはわかりますよねぇ? |
アカギツネ | で、アタシの役目はこれで終わりました。煮るなり焼くなり、あなたがたのお好きにどうぞ。 |
モノローグ | アカギツネは指を鳴らし、振り返ることなくアムールトラから離れていく。 |
アムールトラ | ……アカギツネ、そなたは……。 |
モノローグ | 悲しんでいる暇はない。アムールトラは詐欺犯に囲まれつつあり、じりじりと後退する。 |
アカギツネ | 一見、詰んでいるように見えても、こっそり山を降りられる方へ向かおうとしていますね……まあまあ、こんな状況でも冷静でいられるとは、大したものですな。 |
モノローグ | アカギツネはあごを撫で回し、へらへらと笑いながら私とフルルの場所へと戻ってきた。 |
アカギツネ | 魔法使い、もうバレバレですよぉ? |
魔法使い | ……。 |
アカギツネ | どれどれ?スフィアを作り、チャンスを伺ってアムールトラを中に入れてから、それを山の下に投げようと考えているのですね? |
アカギツネ | 確かに妖精はスフィアに守られ、山から落ちても傷つきはしませんが……ご自身の能力を少々過剰に評価していませんかねぇ?こんな状況でアムールトラを捕まえるのは、至難の業ですぞ。 |
アカギツネ | それなら、アタシのアドバイスはいかがです?聞いてくれれば、この無謀な計画の成功率も多少は上がるでしょう。 |
アカギツネ | 例えば、アムールトラがもうちょっとこっちに近づいたら、フルルに動いてもらってですね、すぐに連れてきてもらうんです。ちょっと暴れられるかもしれませんが、この子は案外、体もしっかりしていますし。 |
フルル | なんであんたの言うことを聞かなきゃならないの! |
アカギツネ | うん?アタシの言う通りでは?あなたは飛ぶのがお得意でしょう? |
アカギツネ | 翼のない妖精は、そんなに速く飛べません。あなたのような飛行のエキスパートがアムールトラを捕まえてくれれば、魔法使いにも余裕が生まれるでしょう? |
フルル | それはそうだけど……そういうことじゃないもん!なんで私たちに策をくれるの?どうせ裏があるでしょ! |
アカギツネ | わかりましたね?わかったなら、アタシの合図で動きなさい。 |
アカギツネ | さん、に、いち……、 |
フルル | 待っ-- |
アカギツネ | 今です! |
モノローグ | アカギツネはフルルを無視して、合図をする。彼女は反論する余裕もなく、脊髄反射のような速さで飛び出した。 |
フルル | わあああああああ! |
モノローグ | 詐欺犯たちに追われつつも、フルルは声をあげながらアムールトラを引っ張り、私に飛び付いた。私はふたりを、できあがったスフィアへ迎え入れる。 |
魔法使い | これできっと大丈夫……! |
モノローグ | 急ごしらえで用意したスフィアだけど、カバーの強化は念入りに行ったし、スフィア内にも多めの魔力を注入した。それに、アムールトラはフルルと一緒なら、きっと大丈夫なはず。 |
アカギツネ | さあこっち、こっちの方へ。 |
魔法使い(*1) | 考えている時間はなかった。アカギツネが指し示した方向へ、フェアリースフィアを力強く放り投げた。 |
*1 おそらく、モノローグの誤り