(龍城紀行)1-8

アムールトラ アカギツネ、余の加勢に来てくれたのか!
モノローグ アムールトラがアカギツネを見た瞬間、先ほどまで少し自信なさげだった声が大きくなった。
アカギツネ え?違いますよ。
アカギツネ そう興奮しないでください。アタシはこっち側ですよぉ?
アムールトラ ……え?
アムールトラ アカギツネ……そなたは脅迫されているのか?それとも無理やり言うことを聞かされて……。
アカギツネ そんなことはありませんよ?アタシたちはウィンウィンな関係なのです。お互いの利益が一致しているものですからねぇ。
アカギツネ アタシに免じて、許してくれませんかねぇ?それとも一緒にやります?あなたの分け前が多くなるよう交渉しますから。どうです?
アムールトラ ほ……本気なのか?
アカギツネ 愚問ですな。アタシは誠実な商売者ですからねぇ。ビジネスパートナーに損をさせるような真似はしませんよ?
アムールトラ そういうことではない!そなたが詐欺犯たちと手を組んでいるというのはまことか!
アカギツネ ふむ。その通りですが?
アムールトラ ……嘘だ!
詐欺犯A おい!お前がこいつをこっちに引き込むと言ったんだろうが!
詐欺犯A ここまで引きつけて演技しろとかだるいんだよ!無駄なことをさせやがって!
アカギツネ そんなことを言わないでくださいよ〜。彼をここに引きつけられたのは、アタシが彼のことをよく理解しているからじゃありませんか。
アカギツネ でもこの子、今までずっとアタシには忠実だったんですけどね……なんで急に強情になったんでしょうねぇ。
詐欺犯B ぐだぐだ言ってるんじゃねぇ。お前が失敗したなら、俺らのやり方でやらせてもらうぜ!
詐欺犯C 早く終わらせろ!儀式の準備はまだ残っているんだからな!
アカギツネ いいでしょういいでしょう。まあ、言っておきますが、この子は可愛らしく見えても、喧嘩になると容赦がありませんからね……。
モノローグ アカギツネの言葉を待たずに、詐欺犯たちは凄まじい勢いでアムールトラに襲いかかった。
アムールトラ 魔法使い、フルル!少し離れろ!
フルル どうしようどうしよう!喧嘩になっちゃった……私たちも手伝わなきゃ!で、でも私たち……戦闘のことは苦手だし……。
アカギツネ こんな乱闘、飛び込んだところであなた方はなんの役にも立たないでしょう。無駄な力は使わないほうがいいと思いますよ?
アカギツネ アムールトラは強いんですが……あと少ししか持たないでしょうね。あとで助けたほうが恩を着せられますよ?
モノローグ いつの間にか、アカギツネは私たちのそばに来て、余裕の表情で目の前の乱闘を眺めている。
アカギツネ おやおや--これはこれは……ここまで力強く殴るなんて、さぞかし怒っているんでしょうね?まあまあ、怖いことですな……。
アカギツネ ですが、やはり八つ当たりは大人げないですよね?早く成長してもらいたいのですが……。
フルル よくもそんな皮肉を言えたものね!あんたがアムールトラを裏切ったんでしょうが!
フルル 本当に、なんでここまで信用されてるのか分からない!どう見ても嘘つきの顔してるもん!悪徳商売者!私たちを騙した上に、アムールトラまで……、
アカギツネ そうですかね?軽々しく他人を信じるなんて、褒められたものではないと思うんですけどねぇ……可愛らしくは見えるかもしれませんが、そのような甘さでは城主など到底務まりませんよ?
アカギツネ 指導者たるもの、自ら思考して判断する能力を備えなければなりません。例えどれほど親しい相手でも、そのまま信じこんではなりませんよ。
アカギツネ いったい、いつになったらわかってくれるんでしょうか……。
詐欺犯A おい!そこで見てないで早く手伝え!
詐欺犯B ぐわ……こいつ、なかなか手強いぞ……おい……。
アムールトラ はあ……はあ……。
モノローグ 戦況ははっきりしている。アムールトラはひとりで多数を相手取っているけれど、まったく押されているように見えない。双方ともに睨みあったまま警戒しあい、膠着状態だ。
アカギツネ これはこれは……。
モノローグ アカギツネは詐欺犯たちを無視し、アムールトラのほうに歩み寄った。
アカギツネ あっという間でしたな?昔、糖葫蘆(タンフール)を買えとしつこく付き纏ってきた坊やも、もうこんなに立派に成長したんですねぇ?
アカギツネ お疲れさまです。やつらの力が弱ってきた今、一気に捕まえる好機が来ましたよ。
モノローグ アカギツネは笑いながら手を伸ばし、アムールトラを撫でた。
アムールトラ アカギツネ!わかっていたぞ!そなたはやはり余の味方だ!
アムールトラ さっきの話は信じぬからな!そんなやつではないと知っているからな。ほら、余はかなり戦えるだろ--
アカギツネ ……。
アムールトラ ……アカギツネ?なぜそのような顔をするのだ?まるで、失望しているかのような……余……余はまた何か変なことを言ったのか?
アムールトラ はっ!忘れるところだった。勝ちが見えた時も驕らないことが肝心だと……。
アカギツネ 少し優しくしただけで、ほんの少し前のことも忘れたんですね?
アカギツネ ここまでアタシのことを信じてくれるのは、よくないことだと思いますがねぇ。
モノローグ アカギツネの顔は笑ったままだが、その口調はかなり冷たかった。アムールトラの頭に乗せた手が突如、魔力の輝きを放ちだす。
アカギツネ あぁ、すみませんねぇ。あなたがとぼけている間、アタシはもう魔法をかけ終わったんですよ。
アカギツネ あなたに魔力を使わせない術です。長くは持たないんですが、今魔力を使えなくなれば、どうなるかはわかりますよねぇ?
アカギツネ で、アタシの役目はこれで終わりました。煮るなり焼くなり、あなたがたのお好きにどうぞ。
モノローグ アカギツネは指を鳴らし、振り返ることなくアムールトラから離れていく。
アムールトラ ……アカギツネ、そなたは……。
モノローグ 悲しんでいる暇はない。アムールトラは詐欺犯に囲まれつつあり、じりじりと後退する。
アカギツネ 一見、詰んでいるように見えても、こっそり山を降りられる方へ向かおうとしていますね……まあまあ、こんな状況でも冷静でいられるとは、大したものですな。
モノローグ アカギツネはあごを撫で回し、へらへらと笑いながら私とフルルの場所へと戻ってきた。
アカギツネ 魔法使い、もうバレバレですよぉ?
魔法使い ……。
アカギツネ どれどれ?スフィアを作り、チャンスを伺ってアムールトラを中に入れてから、それを山の下に投げようと考えているのですね?
アカギツネ 確かに妖精はスフィアに守られ、山から落ちても傷つきはしませんが……ご自身の能力を少々過剰に評価していませんかねぇ?こんな状況でアムールトラを捕まえるのは、至難の業ですぞ。
アカギツネ それなら、アタシのアドバイスはいかがです?聞いてくれれば、この無謀な計画の成功率も多少は上がるでしょう。
アカギツネ 例えば、アムールトラがもうちょっとこっちに近づいたら、フルルに動いてもらってですね、すぐに連れてきてもらうんです。ちょっと暴れられるかもしれませんが、この子は案外、体もしっかりしていますし。
フルル なんであんたの言うことを聞かなきゃならないの!
アカギツネ うん?アタシの言う通りでは?あなたは飛ぶのがお得意でしょう?
アカギツネ 翼のない妖精は、そんなに速く飛べません。あなたのような飛行のエキスパートがアムールトラを捕まえてくれれば、魔法使いにも余裕が生まれるでしょう?
フルル それはそうだけど……そういうことじゃないもん!なんで私たちに策をくれるの?どうせ裏があるでしょ!
アカギツネ わかりましたね?わかったなら、アタシの合図で動きなさい。
アカギツネ さん、に、いち……、
フルル 待っ--
アカギツネ 今です!
モノローグ アカギツネはフルルを無視して、合図をする。彼女は反論する余裕もなく、脊髄反射のような速さで飛び出した。
フルル わあああああああ!
モノローグ 詐欺犯たちに追われつつも、フルルは声をあげながらアムールトラを引っ張り、私に飛び付いた。私はふたりを、できあがったスフィアへ迎え入れる。
魔法使い これできっと大丈夫……!
モノローグ 急ごしらえで用意したスフィアだけど、カバーの強化は念入りに行ったし、スフィア内にも多めの魔力を注入した。それに、アムールトラはフルルと一緒なら、きっと大丈夫なはず。
アカギツネ さあこっち、こっちの方へ。
魔法使い*1 考えている時間はなかった。アカギツネが指し示した方向へ、フェアリースフィアを力強く放り投げた。
最終更新:2022年02月10日 06:44

*1 おそらく、モノローグの誤り