モノローグ |
夜のロンユエはお昼時と違って、あらゆるものが暗い影に覆われている。静けさの後ろには、足を踏み入れてはいけない未知が潜んでいる。 |
モノローグ |
アカギツネの物語のせいで、この山に溜まる膨大な怨嗟を想像していまい、それが感じられるような気がした。体もそのせいでソワソワする。 |
モノローグ |
詐欺犯たちと共に谷に入り、祭壇のある洞窟に入ってきてからは、そのソワソワも加速し始めている。 |
詐欺犯A |
準備を始めるぞ! |
モノローグ |
詐欺犯たちがばたばたと箱を運び込む。箱の中には大量の宝石と、骨董品らしきものが入っていた。 |
モノローグ |
骨董品は一定の間隔で地面に置かれ、宝石は法印の刻まれている祭壇の前に置かれた。 |
アカギツネ |
説明しましょうか。あれらは祀るための器具で、宝石は封印を壊すために持ってきたものですな。 |
魔法使い |
宝石で封印を壊すの? |
モノローグ |
アカギツネはへらへらと手もみをしている。まるで私たちは危険な儀式へ参加しにきたのではなく、観光に来たみたいだ。そして彼はまさに、旅のガイドというところだろうか。 |
アカギツネ |
魔法使い、錬金という魔法はご存知で? |
アカギツネ |
錬金の本質は、「無価値」のものに大量の魔力を注ぎ、「有価値」のものへ改変させるものです。 |
アカギツネ |
一見関係のなさそうなものが、自然環境の影響で、黄金、翡翠、宝石となる……これはまさに「錬金」そのものです。 |
アカギツネ |
この過程で、宝石の中に大量のエネルギーが吸収されました。魔力だけではなく、他の何かも混じったかもしれません。 |
アカギツネ |
では、「錬金」という行為が逆転されたら、どうなると思います? |
魔法使い |
中に入っていたエネルギーが、解放される……。 |
アカギツネ |
しかも短時間でですよ?ボカンと、まるで爆弾のようになるのですねぇ。 |
アカギツネ |
この妖精たちはこれで、封印を壊そうとしています。 |
アカギツネ |
いやぁ恐ろしい……魔法の逆転なんて、ただただ呪文を逆読みすればいいってもんじゃありません。複雑で危険で、創造力に溢れたこんなやり方、彼らは一体どうやって知ったんでしょうねぇ? |
魔法使い |
……それってかなり危険なんじゃないの!? |
アカギツネ |
危険ですねぇ。ですから、あまり近づいてはダメですよぉ? |
モノローグ |
私が逃げようとするより早く、爆発音が鳴り始めた。 |
アカギツネ |
……うん? |
モノローグ |
ただ、思ったよりも爆発の規模が小さい。 |
アカギツネ |
おやまぁ……よくやってくれたじゃないですか……予想以上ですよ……。 |
詐欺犯B |
お頭!威力が足りてねぇようだ! |
詐欺犯A |
どうした!おい!悪徳キツネ!お前、これだけの量があれば、封印は絶対に崩れると言ってたよなぁ!? |
詐欺犯A |
騙しやがったな!? |
アカギツネ |
天と地に誓って、アタシは何も嘘なんてついていませんよ!ほら、この前お連れした時、封印は確かに壊れかけていたじゃないですか。用意した分で威力は十分、足りるはずですよ! |
詐欺犯A |
ちっ……一回で足りないってんなら、もう一回だ! |
アムールトラ |
そこまでだ! |
モノローグ |
若い、しかし威厳ある声が洞窟内に響き渡った。アムールトラがゆっくりと影から現れ、妖精たちの前に立ちはだかる。 |
フルル |
うう……[魔法使い]……会いたかったよ……。 |
魔法使い |
フルル!?どうしたの?すごく疲れてるみたいだけど……。 |
フルル |
アムールトラが祭壇の封印を固めたいから、私の力を貸してほしいって……。ものすごく疲れたよ! |
アムールトラ |
小さい頃、あることを教わったのだ。 |
アムールトラ |
知識の積み重ねは、無意味などではない。その積み重ねがあるからこそ、やり方がわかってくるものがある。 |
アムールトラ |
一族の呪文を暗記していた時は、そんなもの、一生使わないであろうと思っていた。 |
アムールトラ |
だが、この四方の陣を見た時、余はすぐにとある呪文を思い出した。 |
アムールトラ |
そして、自分の使命も理解できた。 |
モノローグ |
自分に語りかけているのか、それとも家族同然と見なしてきたある妖精に聞かせているのか。アムールトラは顔を上げ、また一歩。 |
アムールトラ |
どれだけ破壊されようが、この余が封印を固めてみせよう。 |
詐欺犯A |
てめぇ-- |
詐欺犯A |
宝石の量を二倍に……いや!三倍に…! |
詐欺犯B |
でも、そこまでしたら俺たちだって……。 |
詐欺犯A |
そんなこと言ってる場合か!螭神さまの怨嗟を鎮めるためだろうが!これは俺らにしかできねぇんだぞ、今さら城内のやつらの言うことなんざ聞けるか! |
アカギツネ |
まあまあ、やっぱりやめにしませんか? |
モノローグ |
アカギツネがゆっくり歩み出て、祭壇を指差した。 |
モノローグ |
封印はさっきの衝撃でも壊れていないが、やはり少しはダメージを受けている。 |
モノローグ |
淀んだ霧が祭壇の中から立ち上り、中庭の中心に集まり始める。 |
モノローグ |
膨大な力が集まり、はっきり目に見えるようにまでなってきた。実体を持たないのに、水のように流れ始めた。まるで狂乱した霧が、あらゆる安らぎを押しつぶし、奪い去っていくかのように。 |
詐欺犯A |
螭神さまの怨嗟だ……螭神さまが再び解放されたぞ! |
詐欺犯A |
早く祀れ!螭神さまの怒りを鎮めるんだ! |
モノローグ |
詐欺犯たちは戦々恐々としながら、祀りの儀式を始めた。彼らの計画からすれば、この「怨嗟」を祀りによって解消すれば、安らぎの日々を送れるようになるはずなのだろう。 |
モノローグ |
だけど、これは「神の怨嗟」なんかじゃない。意思を持たない魔力の流れは、ただこの地を食い尽くすだけだ。 |
アカギツネ |
無駄なあがきはよしましょう?これは螭脈の力です。祀れば鎮められる、怨嗟なんてものじゃありませんよ? |
アカギツネ |
あなたたちも気づいてますよねぇ?ここの魔力環境はもうめっちゃくちゃです。このまま放っておけば、みんな仲良くこの世からおさらばですよ? |
アカギツネ |
あなたたちの計画通りに全ての封印を壊せば、祀るより先に螭脈はここを破壊するでしょう。その力は山、そして城内へ向かい……しまいには大陸全てにまで広がるでしょうな。誰もこの災いの影響から逃れられないでしょうねぇ……。 |
モノローグ |
突きつけられた現実を、詐欺犯たちは嫌でも受け入れざるをえない。この淀んだ力は、誰であろうと恐ろしく感じるだろう。 |
詐欺犯A |
俺たちは……間違っていたのか?あの白いローブを着ている人間が俺たちを騙したのか!? |
詐欺犯A |
くそ……やばいことになるところだった……。 |
アカギツネ |
まあまあ、わかっていただけたようでなによりです。それでは、後始末と行きましょうか。 |
フルル |
でも、どうすればいいの? |
アカギツネ |
それはもちろん、ここで魔法使いの出番ですよ。 |
魔法使い |
私? |
アカギツネ |
さっき言っておりましたよね?あなたはこの儀式の鍵なのです。 |
アカギツネ |
封印はちょっとだけ壊れましたが、これくらいならまだどうにかできるでしょう。 |
アカギツネ |
さて若。どうしたらいいと思います? |
モノローグ |
話を振られたアムールトラはしばし黙考し、そして解決策を提示してくれた。 |
アムールトラ |
余が封印を改めて固めよう。この螭脈をなんとしても止めなければならん。 |
アムールトラ |
魔法使いのフェアリースフィアには、大量の魔力が溜め込まれている。それをゆっくりと放出すれば、螭脈の力と衝突せずに薄められるであろう。 |
モノローグ |
アムールトラは承認を求めるように、無意識のうちにアカギツネのほうへ目を向けてしまう。しかしその視線が合う前に、アムールトラは目をそらした。 |
アムールトラ |
……。 |
アムールトラ |
異論がなければ、各々自分の仕事を始めよ。 |
モノローグ |
事後処理は難しくなかった。 |
モノローグ |
目的を果たせなかった詐欺犯たちは大人しく罪を認めた。また後ほど、相応の罰が用意されるという。 |
モノローグ |
結局、彼らもただ心穏やかに過ごしたいだけだった。そこまでの悪者ではない。 |
モノローグ |
溢れ出た螭脈の力も、魔力によって薄めることができた。 |
モノローグ |
……。 |
フルル |
私と[魔法使い]もこんなに頑張ったんだし、これで借金もどうにかしてもらっていいんじゃない!?それくらい働いたよね!? |
アカギツネ |
そうですねぇ……では借金を10万ほど減らすのはどうでしょう? |
フルル |
たったの10万?ケチすぎ! |
アカギツネ |
では、帳消しにしましょうか? |
フルル |
どんだけケチなの--って、待って?チャラにしてくれるの?いいよいいよ!それで行こう! |
モノローグ |
やっとアカギツネのために働かなくてもいいと聞いて、フルルは嬉しさのあまり飛び回っている。 |
アカギツネ |
こんな朗報にもなんのリアクションもなしなんです?魔法使いは冷静ですなぁ? |
モノローグ |
アカギツネは笑いながら、「大当たり」した時にサインした魔法契約書を、ひらひらさせる。 |
魔法使い |
調べたよ。そもそもあの契約書の半分は、前提のルールがおかしかった。だから、最初から成り立ってさえいなかったんだ。 |
魔法使い |
もし私たちに依頼したかったっていうんなら、普通にそうしてくれたらよかったのに……。 |
モノローグ |
私の話に、アカギツネは何か言い返すでもなく、いつものようにへらへらと笑っている。いつも通りな、悪徳商者の顔だ。 |
モノローグ |
気まぐれに、私たちを弄びたかったのかもしれない。あるいは、そもそも彼の性格が悪いのかも。……とにかく、フルルがまた落ち込んだりしないよう、このことはしばらく彼女に伝えないでおこう。 |
アムールトラ |
すまない。今は邪魔しても構わぬか? |
モノローグ |
アムールトラがゆっくりとアカギツネの店に入ってきて、私たちに声をかけた。 |
魔法使い |
大丈夫大丈夫!もう話も済んだから、ちょうどフルルと一緒に屋台を回りたかったんだ。先に行ってるね! |
モノローグ |
私はこくこくと頷いてみせると、フルルを引っ張って青丘閣を出た。 |
アムールトラ |
屋台周りに行くのか。そなたが勧めたのか? |
アカギツネ |
ええ。せっかくロンユエに来たんですから、屋台を楽しんでいただかないと。 |
アムールトラ |
……。 |
アカギツネ |
……。 |
モノローグ |
簡単な挨拶が済んだあと、ふたりの間に沈黙が降りる。それを破ったのは、やはりアムールトラの方だった。 |
アムールトラ |
そなたは何も説明するつもりがないのであろうな。まあ、そなたの考えていたことも、大体わかってきたが……。 |
アムールトラ |
正直、悲しかったし、かなり腹が立っていた。 |
アカギツネ |
……。 |
アカギツネ |
すみま―― |
アムールトラ |
よって、それらの埋め合わせとして、余に糖葫蘆(タンフール)の食べ放題を奢ってもらうぞ! |
アカギツネ |
……はい? |
モノローグ |
アカギツネは覚悟を決めていた。嫌われようが、恨まれようが、このまま再び言葉を交わすこともなくなろうが、何でも構わない。しかし、降ってきたのはあまりにも予想外の言葉。彼は咄嗟に反応できず、ぽかんとしてしまった。 |
アムールトラ |
そなたが言いたいのは、例え相手がそなただとしても、簡単に信用しないでほしい。――そういうことであろう? |
アムールトラ |
だから、余は色々考えた。そして結論を出した。そなたのことを信じ、疑いはしない。今までと変わらずな。 |
アムールトラ |
己の判断を信じることも、間違いなく勇気と言えよう? |
アカギツネ |
……勇気、ねぇ。 |
アカギツネ |
あなたを教育するはずが、結局、教育されたのはアタシの方だったというわけですか……。 |
モノローグ |
……。 |
アムールトラ |
……あの詐欺犯たちの処分については、今はこのように決めてみた。 |
アカギツネ |
うむ、いいんじゃないですかねぇ? |
アムールトラ |
それと今回のことから、詐欺被害を防ぐため、民らに呼び掛ける必要があると思ったのだ! |
モノローグ |
互いに抱いていたわだかまりが解け、アムールトラはまたいつもの元気を取り戻した。彼はアカギツネに、今回勉強できたことを熱心に語る。 |
アムールトラ |
何かあった後に犯人が捕まったとしても、失ったもの全ては戻らないだろう。もし誰も騙されることがなければ、詐欺犯たちも手を出しようがない。 |
アムールトラ |
今回のように、たとえ詐欺犯という存在を知っていたとしても、いざ自分のこととなると騙されてしまうこともある……全ての民の防犯意識を高めなければならないのだ! |
アムールトラ |
余はこれで失礼するぞ、この企画の計画書を書かねば! |
モノローグ |
高揚している様子のアムールトラは店を出て、計画を練り上げに行った。見送るアカギツネは、そんな彼の背を見えなくなるまで見つめていた。 |
モノローグ |
ロンユエ城は相変わらず、ロンユエ城のまま。 |
モノローグ |
家々の軒先には提灯が掛けられ、ドアの前には春聯がはられている。危険は城外へ、そして新たな一年は城内に。 |
アカギツネ |
どうやらアタシは、教育役には向かないようですなぁ……あの時、約束しなければよかったのに。 |
モノローグ |
アカギツネは空を見上げ、遠くを見つめる。 |
アカギツネ |
トラさん、あなたが心配していた坊やも、かなり頼もしくなりました。 |
アカギツネ |
これからきっと、偉大な城主となるでしょう。 |