(龍城紀行)1-14

モノローグ 夜のロンユエはお昼時と違って、あらゆるものが暗い影に覆われている。静けさの後ろには、足を踏み入れてはいけない未知が潜んでいる。
モノローグ アカギツネの物語のせいで、この山に溜まる膨大な怨嗟を想像していまい、それが感じられるような気がした。体もそのせいでソワソワする。
モノローグ 詐欺犯たちと共に谷に入り、祭壇のある洞窟に入ってきてからは、そのソワソワも加速し始めている。
詐欺犯A 準備を始めるぞ!
モノローグ 詐欺犯たちがばたばたと箱を運び込む。箱の中には大量の宝石と、骨董品らしきものが入っていた。
モノローグ 骨董品は一定の間隔で地面に置かれ、宝石は法印の刻まれている祭壇の前に置かれた。
アカギツネ 説明しましょうか。あれらは祀るための器具で、宝石は封印を壊すために持ってきたものですな。
魔法使い 宝石で封印を壊すの?
モノローグ アカギツネはへらへらと手もみをしている。まるで私たちは危険な儀式へ参加しにきたのではなく、観光に来たみたいだ。そして彼はまさに、旅のガイドというところだろうか。
アカギツネ 魔法使い、錬金という魔法はご存知で?
アカギツネ 錬金の本質は、「無価値」のものに大量の魔力を注ぎ、「有価値」のものへ改変させるものです。
アカギツネ 一見関係のなさそうなものが、自然環境の影響で、黄金、翡翠、宝石となる……これはまさに「錬金」そのものです。
アカギツネ この過程で、宝石の中に大量のエネルギーが吸収されました。魔力だけではなく、他の何かも混じったかもしれません。
アカギツネ では、「錬金」という行為が逆転されたら、どうなると思います?
魔法使い 中に入っていたエネルギーが、解放される……。
アカギツネ しかも短時間でですよ?ボカンと、まるで爆弾のようになるのですねぇ。
アカギツネ この妖精たちはこれで、封印を壊そうとしています。
アカギツネ いやぁ恐ろしい……魔法の逆転なんて、ただただ呪文を逆読みすればいいってもんじゃありません。複雑で危険で、創造力に溢れたこんなやり方、彼らは一体どうやって知ったんでしょうねぇ?
魔法使い ……それってかなり危険なんじゃないの!?
アカギツネ 危険ですねぇ。ですから、あまり近づいてはダメですよぉ?
モノローグ 私が逃げようとするより早く、爆発音が鳴り始めた。
アカギツネ ……うん?
モノローグ ただ、思ったよりも爆発の規模が小さい。
アカギツネ おやまぁ……よくやってくれたじゃないですか……予想以上ですよ……。
詐欺犯B お頭!威力が足りてねぇようだ!
詐欺犯A どうした!おい!悪徳キツネ!お前、これだけの量があれば、封印は絶対に崩れると言ってたよなぁ!?
詐欺犯A 騙しやがったな!?
アカギツネ 天と地に誓って、アタシは何も嘘なんてついていませんよ!ほら、この前お連れした時、封印は確かに壊れかけていたじゃないですか。用意した分で威力は十分、足りるはずですよ!
詐欺犯A ちっ……一回で足りないってんなら、もう一回だ!
アムールトラ そこまでだ!
モノローグ 若い、しかし威厳ある声が洞窟内に響き渡った。アムールトラがゆっくりと影から現れ、妖精たちの前に立ちはだかる。
フルル うう……[魔法使い]……会いたかったよ……。
魔法使い フルル!?どうしたの?すごく疲れてるみたいだけど……。
フルル アムールトラが祭壇の封印を固めたいから、私の力を貸してほしいって……。ものすごく疲れたよ!
アムールトラ 小さい頃、あることを教わったのだ。
アムールトラ 知識の積み重ねは、無意味などではない。その積み重ねがあるからこそ、やり方がわかってくるものがある。
アムールトラ 一族の呪文を暗記していた時は、そんなもの、一生使わないであろうと思っていた。
アムールトラ だが、この四方の陣を見た時、余はすぐにとある呪文を思い出した。
アムールトラ そして、自分の使命も理解できた。
モノローグ 自分に語りかけているのか、それとも家族同然と見なしてきたある妖精に聞かせているのか。アムールトラは顔を上げ、また一歩。
アムールトラ どれだけ破壊されようが、この余が封印を固めてみせよう。
詐欺犯A てめぇ--
詐欺犯A 宝石の量を二倍に……いや!三倍に…!
詐欺犯B でも、そこまでしたら俺たちだって……。
詐欺犯A そんなこと言ってる場合か!螭神さまの怨嗟を鎮めるためだろうが!これは俺らにしかできねぇんだぞ、今さら城内のやつらの言うことなんざ聞けるか!
アカギツネ まあまあ、やっぱりやめにしませんか?
モノローグ アカギツネがゆっくり歩み出て、祭壇を指差した。
モノローグ 封印はさっきの衝撃でも壊れていないが、やはり少しはダメージを受けている。
モノローグ 淀んだ霧が祭壇の中から立ち上り、中庭の中心に集まり始める。
モノローグ 膨大な力が集まり、はっきり目に見えるようにまでなってきた。実体を持たないのに、水のように流れ始めた。まるで狂乱した霧が、あらゆる安らぎを押しつぶし、奪い去っていくかのように。
詐欺犯A 螭神さまの怨嗟だ……螭神さまが再び解放されたぞ!
詐欺犯A 早く祀れ!螭神さまの怒りを鎮めるんだ!
モノローグ 詐欺犯たちは戦々恐々としながら、祀りの儀式を始めた。彼らの計画からすれば、この「怨嗟」を祀りによって解消すれば、安らぎの日々を送れるようになるはずなのだろう。
モノローグ だけど、これは「神の怨嗟」なんかじゃない。意思を持たない魔力の流れは、ただこの地を食い尽くすだけだ。
アカギツネ 無駄なあがきはよしましょう?これは螭脈の力です。祀れば鎮められる、怨嗟なんてものじゃありませんよ?
アカギツネ あなたたちも気づいてますよねぇ?ここの魔力環境はもうめっちゃくちゃです。このまま放っておけば、みんな仲良くこの世からおさらばですよ?
アカギツネ あなたたちの計画通りに全ての封印を壊せば、祀るより先に螭脈はここを破壊するでしょう。その力は山、そして城内へ向かい……しまいには大陸全てにまで広がるでしょうな。誰もこの災いの影響から逃れられないでしょうねぇ……。
モノローグ 突きつけられた現実を、詐欺犯たちは嫌でも受け入れざるをえない。この淀んだ力は、誰であろうと恐ろしく感じるだろう。
詐欺犯A 俺たちは……間違っていたのか?あの白いローブを着ている人間が俺たちを騙したのか!?
詐欺犯A くそ……やばいことになるところだった……。
アカギツネ まあまあ、わかっていただけたようでなによりです。それでは、後始末と行きましょうか。
フルル でも、どうすればいいの?
アカギツネ それはもちろん、ここで魔法使いの出番ですよ。
魔法使い 私?
アカギツネ さっき言っておりましたよね?あなたはこの儀式の鍵なのです。
アカギツネ 封印はちょっとだけ壊れましたが、これくらいならまだどうにかできるでしょう。
アカギツネ さて若。どうしたらいいと思います?
モノローグ 話を振られたアムールトラはしばし黙考し、そして解決策を提示してくれた。
アムールトラ 余が封印を改めて固めよう。この螭脈をなんとしても止めなければならん。
アムールトラ 魔法使いのフェアリースフィアには、大量の魔力が溜め込まれている。それをゆっくりと放出すれば、螭脈の力と衝突せずに薄められるであろう。
モノローグ アムールトラは承認を求めるように、無意識のうちにアカギツネのほうへ目を向けてしまう。しかしその視線が合う前に、アムールトラは目をそらした。
アムールトラ ……。
アムールトラ 異論がなければ、各々自分の仕事を始めよ。
モノローグ 事後処理は難しくなかった。
モノローグ 目的を果たせなかった詐欺犯たちは大人しく罪を認めた。また後ほど、相応の罰が用意されるという。
モノローグ 結局、彼らもただ心穏やかに過ごしたいだけだった。そこまでの悪者ではない。
モノローグ 溢れ出た螭脈の力も、魔力によって薄めることができた。
モノローグ ……。
フルル 私と[魔法使い]もこんなに頑張ったんだし、これで借金もどうにかしてもらっていいんじゃない!?それくらい働いたよね!?
アカギツネ そうですねぇ……では借金を10万ほど減らすのはどうでしょう?
フルル たったの10万?ケチすぎ!
アカギツネ では、帳消しにしましょうか?
フルル どんだけケチなの--って、待って?チャラにしてくれるの?いいよいいよ!それで行こう!
モノローグ やっとアカギツネのために働かなくてもいいと聞いて、フルルは嬉しさのあまり飛び回っている。
アカギツネ こんな朗報にもなんのリアクションもなしなんです?魔法使いは冷静ですなぁ?
モノローグ アカギツネは笑いながら、「大当たり」した時にサインした魔法契約書を、ひらひらさせる。
魔法使い 調べたよ。そもそもあの契約書の半分は、前提のルールがおかしかった。だから、最初から成り立ってさえいなかったんだ。
魔法使い もし私たちに依頼したかったっていうんなら、普通にそうしてくれたらよかったのに……。
モノローグ 私の話に、アカギツネは何か言い返すでもなく、いつものようにへらへらと笑っている。いつも通りな、悪徳商者の顔だ。
モノローグ 気まぐれに、私たちを弄びたかったのかもしれない。あるいは、そもそも彼の性格が悪いのかも。……とにかく、フルルがまた落ち込んだりしないよう、このことはしばらく彼女に伝えないでおこう。
アムールトラ すまない。今は邪魔しても構わぬか?
モノローグ アムールトラがゆっくりとアカギツネの店に入ってきて、私たちに声をかけた。
魔法使い 大丈夫大丈夫!もう話も済んだから、ちょうどフルルと一緒に屋台を回りたかったんだ。先に行ってるね!
モノローグ 私はこくこくと頷いてみせると、フルルを引っ張って青丘閣を出た。
アムールトラ 屋台周りに行くのか。そなたが勧めたのか?
アカギツネ ええ。せっかくロンユエに来たんですから、屋台を楽しんでいただかないと。
アムールトラ ……。
アカギツネ ……。
モノローグ 簡単な挨拶が済んだあと、ふたりの間に沈黙が降りる。それを破ったのは、やはりアムールトラの方だった。
アムールトラ そなたは何も説明するつもりがないのであろうな。まあ、そなたの考えていたことも、大体わかってきたが……。
アムールトラ 正直、悲しかったし、かなり腹が立っていた。
アカギツネ ……。
アカギツネ すみま――
アムールトラ よって、それらの埋め合わせとして、余に糖葫蘆(タンフール)の食べ放題を奢ってもらうぞ!
アカギツネ ……はい?
モノローグ アカギツネは覚悟を決めていた。嫌われようが、恨まれようが、このまま再び言葉を交わすこともなくなろうが、何でも構わない。しかし、降ってきたのはあまりにも予想外の言葉。彼は咄嗟に反応できず、ぽかんとしてしまった。
アムールトラ そなたが言いたいのは、例え相手がそなただとしても、簡単に信用しないでほしい。――そういうことであろう?
アムールトラ だから、余は色々考えた。そして結論を出した。そなたのことを信じ、疑いはしない。今までと変わらずな。
アムールトラ 己の判断を信じることも、間違いなく勇気と言えよう?
アカギツネ ……勇気、ねぇ。
アカギツネ あなたを教育するはずが、結局、教育されたのはアタシの方だったというわけですか……。
モノローグ ……。
アムールトラ ……あの詐欺犯たちの処分については、今はこのように決めてみた。
アカギツネ うむ、いいんじゃないですかねぇ?
アムールトラ それと今回のことから、詐欺被害を防ぐため、民らに呼び掛ける必要があると思ったのだ!
モノローグ 互いに抱いていたわだかまりが解け、アムールトラはまたいつもの元気を取り戻した。彼はアカギツネに、今回勉強できたことを熱心に語る。
アムールトラ 何かあった後に犯人が捕まったとしても、失ったもの全ては戻らないだろう。もし誰も騙されることがなければ、詐欺犯たちも手を出しようがない。
アムールトラ 今回のように、たとえ詐欺犯という存在を知っていたとしても、いざ自分のこととなると騙されてしまうこともある……全ての民の防犯意識を高めなければならないのだ!
アムールトラ 余はこれで失礼するぞ、この企画の計画書を書かねば!
モノローグ 高揚している様子のアムールトラは店を出て、計画を練り上げに行った。見送るアカギツネは、そんな彼の背を見えなくなるまで見つめていた。
モノローグ ロンユエ城は相変わらず、ロンユエ城のまま。
モノローグ 家々の軒先には提灯が掛けられ、ドアの前には春聯がはられている。危険は城外へ、そして新たな一年は城内に。
アカギツネ どうやらアタシは、教育役には向かないようですなぁ……あの時、約束しなければよかったのに。
モノローグ アカギツネは空を見上げ、遠くを見つめる。
アカギツネ トラさん、あなたが心配していた坊やも、かなり頼もしくなりました。
アカギツネ これからきっと、偉大な城主となるでしょう。
最終更新:2022年02月10日 09:02