モノローグ |
久しぶりに「アモルの庭園」へ足を踏み入れてすぐ、お祭りらしい高揚した空気に包まれる。 |
モノローグ |
今回も、なんらかの祝日の準備があるのだろう。私に協力してほしいと、ある妖精から依頼が来た。 |
モノローグ |
さっそく手紙にあった場所に向かうと、そこには少し年季の入った木造の小屋があった。 |
モノローグ |
小屋の看板と周囲の飾り付けから見るに、ここはお菓子屋さんのようだ。私はそっと扉を開けた。 |
魔法使い |
こんにちは? |
モノローグ |
店に入ると、カウンターに座った背の低い妖精が振り向き、笑顔を見せた。 |
??? |
いらっしゃい☆……あれ?もしかして、人間の魔法使いさん? |
魔法使い |
あなたが私を呼んだルビーチョコ? |
ルビーチョコ |
うんうん、そうだよ~。 |
ルビーチョコ |
魔法使いさんが手伝ってくれるなんて最高だなあ~。バレンタインデーなのに朝一で来てくれるなんて、ここまで来るのも大変だったでしょ? |
魔法使い |
ううん、そこまで大変じゃなかったよ。でも……「バレンタインデー」ってなに?アモルの庭園特有の祝日? |
ルビーチョコ |
うんうん、そうだよ~。 |
魔法使い |
どんな祝日なの? |
ルビーチョコ |
単純明快だよ。周りの人に「愛」を伝える祝日さ。 |
ルビーチョコ |
愛には形がないじゃない?見えないし、触れないから、どうすれば分かち合えるんだろうって考えて……。 |
ルビーチョコ |
その結果、こんな祝日ができたんだよ。みんな、お菓子やお花やダンスで、自分の心にある理想の愛を表現して、特別な誰かと愛を分かち合うんだ~。 |
ルビーチョコ |
とにかく、想いを誰かに伝えるチャンスの日、ってことだね~。 |
魔法使い |
なるほど……それでルビーチョコは、この祝日のことで、私の手伝いが必要なの? |
ルビーチョコ |
そうだよ~。だって、愛は「甘い」って思う人が多いんだもん。だからこの日はお菓子屋さんがとっても賑やかになるんだ。 |
ルビーチョコ |
つまり、今日は絶対にお店が忙しいから、人手が欲しかったんだ~。 |
魔法使い |
うーん……つまり、フェアリースフィアが必要ってこと? |
ルビーチョコ |
ん?フェアリースフィア?それはそんなに必要じゃないよ~。 |
ルビーチョコ |
魔法使いさんを呼んだのは、他に手伝って欲しい事があるからだよ~ |
魔法使い |
他のこと? |
ルビーチョコ |
うんうん~魔法使いさんが店員さんをやってくれると嬉しいなって。帳簿とかも見てもらえるかな~。 |
魔法使い |
なんで!? |
ルビーチョコ |
なんでって?魔法使いさんはフェアリースフィアを作るのが上手いんだし、数字にも強いよね? |
魔法使い |
どういう理屈!? |
ルビーチョコ |
謙遜しなくていいよ~こういうことに関しては、妖精より魔法使いさんの方が絶対得意だから。 |
ルビーチョコ |
それになにより、こんな短期間のことだと、お手伝いさんを見つけにくいんだよ……。 |
ルビーチョコ |
手伝ってくれるって言うから、もう魔法使いさんに合わせた制服まで作ったし……。 |
魔法使い |
うっ……分かったよ……どうせちょうど暇だし……。 |
ルビーチョコ |
わ~、やったぁ! |
ルビーチョコ |
お礼として、約束の報酬とは別に、ここのお菓子は食べ放題ってことで。 |
魔法使い |
えっ、本当に? |
ルビーチョコ |
うんうん~、遠慮はいらないよ。魔法使いさんが来るからって、とっても大きいキャンディも用意したしね~。 |
魔法使い |
わぁ、すごく美味しそう……。 |
ルビーチョコ |
うんうん。たっぷり愛をこめて作ったお菓子だよ。僕からの、みんなに対する「愛」の表現ともいえるね~。 |
??? |
そうね、その愛は、そいつみたいに甘くてスカスカで、なんの栄養もないものだけど。 |
??? |
人間さん、気をつけてね。こういう上辺だけの薄っぺらな愛に囚われると、この先大変な思いをするから。 |
モノローグ |
話をしている私たちの間に、知らない声が飛び込んでくる。声のした方を見ると、ピンク色の妖精が店の入り口に立っていた。 |
魔法使い |
あれ? |
ルビーチョコ |
……。 |
ルビーチョコ |
おやおや、これはどういうことかな~。 |
ルビーチョコ |
ピンクローズ。遠路はるばるこんな薄っぺらい妖精の店に来て、何のご用事~? |
ピンクローズ |
あ~ら。やっぱり長く生きすぎると、目も見えなくなってくるのかしら?お客様がクレームで来ているのもわからないなんて。 |
ルビーチョコ |
あれあれ?まさかまさか~。お客様なんてどこにいるのかな~?うちのターゲット層からかなり離れている奴が、ちょっかい出しに来てるのしか見えないな~。 |
ピンクローズ |
自分の商品にはもっと自信を持ちなさい?こんなにスカスカな甘いもの、その気がない相手に告白された時、追い返すのに使うにはちょうどいいわよ。 |
ピンクローズ |
それはともかく、この前私がミントストリート66号まで送るように、って注文したものはどこに消えたのかしら?どこかの店主の私情で、不遇の扱いを受けたりしてないわよねぇ? |
ルビーチョコ |
そんな言いがかりは困るな~。うちは高品質なサービスが売りなんだよ。たとえその気がない誰かさんが相手でもね~。 |
ルビーチョコ |
それに、君の注文だってわかってたら、絶対に丁寧なお手紙を添えたよ。その哀れな子羊に、君の正体を教えるためにね~。 |
ピンクローズ |
ふぅん?でもその哀れな子羊は、お手紙どころか商品そのものも受け取れなかったわけだけどねぇ。 |
ルビーチョコ |
そんなの知らないよ。君も長く生きすぎて、記憶があいまいになってきてるんじゃない?良いお医者さんを紹介しようか~? |
モノローグ |
ピンクローズと呼ばれた妖精がお店に入った途端、ルビーチョコとの口げんかが始まった。それはどんどん激しさを増し、収まる気配がない。 |
モノローグ |
止めようとは思ったけど、口をはさむ間もない。目線を逸らし、窓の外を見ることしかできなかった。 |
モノローグ |
その時、全身黒づくめの妖精が視界に入った。一つの荷物を手にして、何やら躊躇しているように見える。 |
魔法使い |
こんにちは、あなたは? |
??? |
……。 |
??? |
こんにちは。私はブラックチョコだ。 |
ブラックチョコ |
あの、あなたはここの店主か? |
魔法使い |
えっ?いえ、私はお手伝いに来ただけで……店主はあっちの―― |
ブラックチョコ |
店主がお忙しいようであれば、また改めよう……。 |
ルビーチョコ |
いやいや、店主としてお客様をそっちのけってわけにはいかないよ。僕は今、忙しくないしね~。 |
モノローグ |
ルビーチョコが顔をのぞかせ、ブラックチョコの来店を歓迎する。彼は少し迷ったようだが、結局ルビーチョコについて店に入った。 |
モノローグ |
ピンクローズはまだ店にいた。さっきのケンカにどういう決着がついたのかは分からないが、今はカウンターに座り、興味深げにルビーチョコと新しい客を見ていた。 |
ルビーチョコ |
はい、ではお客様。何をお探しで~? |
ルビーチョコ |
ただ、告白ギフトボックスをご希望なら、ちょっともう遅いかな~。 |
ブラックチョコ |
あの……あなたが店主なのか? |
ルビーチョコ |
うんうん、正真正銘、僕がここの店主だよ~。 |
ブラックチョコ |
あなたの店からこのプレゼントが届いた。送り主について伺ってもいいかな? |
モノローグ |
お祭りの雰囲気には似つかわしくない、どこか暗い表情で、ブラックチョコは持っていた荷物をカウンターに置いた。 |