モノローグ |
想定外の質問だったのだろう、ルビーチョコはしばし呆気に取られていた。それから彼は、カウンターに置かれた荷物に目を向ける。 |
ルビーチョコ |
この荷物は……確かにうちから送ったものだけど……うーん。 |
ルビーチョコ |
送り主の署名がないんだね?お客様のことを、誰かが陰から慕っているんじゃない? |
ブラックチョコ |
いや、そんなことはない。 |
ルビーチョコ |
へぇ、ないんだ?単にお客様がちょっと鈍いっていう可能性は? |
ルビーチョコ |
僕の知り合いにいたんだ。部下から向けられる感情を全く意識してなかったものだから、告白された時にやたら大げさに反応しちゃったやつが。 |
ルビーチョコ |
そういう天然でまじめなタイプって、意外と人気なんだよね〜。 |
ブラックチョコ |
いや、それもないと思う。 |
ブラックチョコ |
私は一族の事情で、ずっと隠居状態なんだ。周りにいるのは執事やメイドぐらいだし、このプレゼントが彼らとは関係ないと確信を持って言える。 |
ルビーチョコ |
……。 |
ルビーチョコ |
まぁでも、主従関係でありながら、禁断の恋をしてしまった……とか、ありえなくもないじゃない? |
ブラックチョコ |
邸宅にいるのは皆、礼儀正しい者たちだ。そういう軽々しい考えは持たないはず。 |
ルビーチョコ |
えっと……お客様がそういうのなら、ちょっと確認したいんだけど。 |
ルビーチョコ |
どうして、送り主のことを知ろうと? |
ブラックチョコ |
責任をとるためだ。 |
ブラックチョコ |
先祖代々からの教えで、「愛」については学んでいる。だから、こういう時にどうすればいいのかはわかる。 |
ブラックチョコ |
相手の意図はまだよくわからない。でも、私に「愛」を示してくれたのなら、私も何もなかったようにするわけにはいかない。 |
ブラックチョコ |
相手が私を愛しているというなら、もちろん、私も生涯を共にするという約束はできる。 |
ルビーチョコ |
……。 |
ルビーチョコ |
ははぁ……それはそれは……。 |
ルビーチョコ |
まぁ僕はね、お客様の恋愛に口を出すとか、そんな野暮なことはしない方だけど……。 |
ルビーチョコ |
とりあえず、送り主を見てあげるね。ご住所は? |
ブラックチョコ |
ミントストリート99号。 |
ピンクローズ |
……。 |
ルビーチョコ |
あれ?どこかで聞いたような住所だね……。多分すぐ見つかるかな……。 |
モノローグ |
ルビーチョコが、カウンターの後ろから巨大な帳簿をいくつか取り出す。その内一つを私にも手渡してきた。 |
ルビーチョコ |
魔法使いさんも手伝ってくれる? |
ルビーチョコ |
ミントストリート……ミントストリート……。 |
ルビーチョコ |
あっ、あった〜どれどれ、これは―― |
ルビーチョコ |
……。 |
モノローグ |
ルビーチョコが、不意に硬直した。 |
モノローグ |
そして固まった表情のまま振り向き、ブラックチョコ、私、そしてなぜかまだいるピンクローズを見る。 |
ルビーチョコ |
あの……ピンクローズ様? |
ピンクローズ |
?! |
モノローグ |
ルビーチョコが突然、敬語なんて使った上で呼び掛けたからか、ピンクローズは苦虫を噛み潰したような表情になった。 |
ルビーチョコ |
こちらに……こちらへ、いらしていただけますか?少々、お話が……。 |
ピンクローズ |
な、なんなの!? |
ブラックチョコ |
あの、送り主のことは? |
ルビーチョコ |
コホン!えっと、それね……失礼ですが、お客様はこれから何かご予定でも? |
ブラックチョコ |
いや……特にないけど。 |
ブラックチョコ |
しばらく予定を空けているんだ。何がどうなるかわからないから、余裕を持たせるために。 |
ルビーチョコ |
ならよかった。コホン、これはね、ちょっと……ええと、一旦外でお待ちいただけます?ね? |
ブラックチョコ |
ああ、それが必要なら……。 |
モノローグ |
ブラックチョコはルビーチョコの言葉にかなり戸惑っていたが、おとなしくお店を出ていった。 |
モノローグ |
ルビーチョコは店から頭を出し、礼儀正しいお辞儀と笑顔を見せて、扉を閉めた。その様子に私とピンクローズは、困惑の視線を交わす。 |
ピンクローズ |
それで、あんた……どういうこと? |
ルビーチョコ |
……。 |
ルビーチョコ |
大変申し訳ありませんでしたぁ! |
モノローグ |
ルビーチョコは大きく息を吸い、意を決した様子でピンクローズに頭を下げた。見事な90度の角度。完璧な礼だ。 |
ピンクローズ |
はあ!? |
ルビーチョコ |
お客様のオーダーですが、確かに当店にミスがございました!こちらの注文、大変遺憾ではありますが、ブラックチョコさんのお手元に届いてしまいまして! |
ピンクローズ |
……。 |
ルビーチョコ |
お願いします!このことはどうかご内密に……!何でもしますから! |
ピンクローズ |
ん? |
ピンクローズ |
今、何でもするって言ったの?……はぁ、この私に本気で?それで、このことを秘密にしろって? |
ルビーチョコ |
む、難しいことをお願いしている自覚はあります……しかし―― |
ルビーチョコ |
ピンクローズ様……あなたも感じるでしょう?あの子、あっ、いや、あのお客様から漂う、なんとも言えない暗い雰囲気……。 |
ピンクローズ |
……。 |
ルビーチョコ |
今更、「ごめんなさい、暗い隅に引きこもってる君を慕う誰かなんていなくて、ただ僕のミスでした」なんて―― |
ルビーチョコ |
言えるわけないでしょ!? |
ピンクローズ |
……はぁ。 |
ピンクローズ |
ん?え、ちょっと待って。まさか私に、「その荷物を送ったのは私だ」、って言わせたいわけ!? |
ピンクローズ |
あの子は可愛いけど……。 |
ピンクローズ |
生涯を共にとか……私はそういう真面目なタイプって、苦手なんだけど? |
ルビーチョコ |
それについては……案があるんだけど……。 |
モノローグ |
……。 |
ルビーチョコ |
やぁ、ブラックチョコさん?ごめんなさいね、お待たせ〜。 |
ブラックチョコ |
では、送り主のことは教えてくれるのかな? |
ルビーチョコ |
あぁそれね、もちろんもちろん。でも―― |
ブラックチョコ |
でも? |
ルビーチョコ |
今日はバレンタインデー、特別な誰かに気持ちを伝える日だよね〜。 |
ブラックチョコ |
それは聞いたことがあるけれど、それとなんの関係が? |
ルビーチョコ |
もちろん関係がある! |
ルビーチョコ |
この日にこの荷物を受け取った、つまりこれは相手から君に贈った「愛」ってことさ! |
ブラックチョコ |
それはわかっている。だからさっき―― |
ルビーチョコ |
いや、君はまだわかっていないんだ。 |
ルビーチョコ |
このプレゼントに込められた「愛」がどういう形なのか、君は明らかにわかっていない。 |
ブラックチョコ |
えっ? |
ルビーチョコ |
だから、まだ送り主のことは教えてあげられない。 |
ブラックチョコ |
……。 |
ルビーチョコ |
もちろんあくまで「まだ」だよ。だから―― |