モノローグ |
お店に戻ると、ちょうど新しいお客さんが入り口に立っていた。 |
モノローグ |
優雅な女性の妖精だ。見た目は、私が良く会う成年体の妖精たちの姿とそう変わらない。でも、長い年月を過ごしていなければ感じられなさそうな、落ち着いた雰囲気をまとっていた。 |
年上の妖精 |
あら?人間のお嬢さんもこのお店でお買い物? |
魔法使い |
あっ、いいえ。ここにはお手伝いで来ているだけで。 |
年上の妖精 |
なるほど。店長はまた新しいお手伝いさんを雇ったのね。 |
モノローグ |
話をしながら、私たちはお店に入る。ルビーチョコはその妖精を見ると、笑顔を見せた。 |
ルビーチョコ |
こんにちは〜。やっぱり今年もいらしてくださったんですね〜。 |
年上の妖精 |
あら。こんにちは、かわいい店長さん。 |
ルビーチョコ |
それでは、いつものを……。 |
モノローグ |
ルビーチョコは手慣れた様子でカウンターの下から小さな包みを取だした。年長の妖精はそれを喜んで受け取る。 |
年上の妖精 |
ありがとう。毎年お世話になるわね。 |
ブラックチョコ |
……。 |
年上の妖精 |
あら。かわいい坊やね。親戚の方? |
ルビーチョコ |
いいえ、「『愛』の見学」中のお客様ですよ〜。 |
年上の妖精 |
あら?ふふっ、そうなの……頑張ってね。 |
ブラックチョコ |
こんにちは。 |
ブラックチョコ |
あの、あなたも……バレンタインデーのプレゼントを買いに来たのか? |
年上の妖精 |
ん?そうね。 |
ブラックチョコ |
では、そのプレゼントを贈る相手は、あなたと長い年月を共に過ごすと約束した方なのか? |
年上の妖精 |
ふふっ、坊やをがっかりさせちゃうかしら。 |
年上の妖精 |
これはね、自分のために買ったものなの。 |
ブラックチョコ |
えっ?! |
ブラックチョコ |
あの……それは……いったいどういう……? |
年上の妖精 |
言葉通りの意味よ。坊やはこんな長生き妖精の物語に興味があるのかしら? |
ブラックチョコ |
……実はこの間、プレゼントをもらったんだ。私への「愛」を示していると思うけど、相手が誰か分からない。でも、この先の生涯を共に過ごす約束をするべきだと思った。 |
ブラックチョコ |
「愛」とは、そういうものだと思っていた。 |
ブラックチョコ |
でも、店長さんは「愛」とは何なのかを、もっと私に知ってほしいようだった。 |
ブラックチョコ |
あなたは長く生きていそうだと、経験も豊富そうだと感じたから……あなたから「愛」とはなんなのかを学べるかもしれないと思って……。 |
年上の妖精 |
そうねぇ……「愛」とはなんなのか……? |
モノローグ |
言いながら、年長の妖精は手にしている包みを開けた。その中にあるのは、ありふれた、安価なハードキャンディだ。 |
モノローグ |
それはお店に並ぶ他の華やかな商品と比べて、さほど魅力的なものには感じられない。 |
モノローグ |
しかしその年長の妖精は、懐かしそうな顔でキャンディをつまみ、口に入れた。 |
年上の妖精 |
坊やみたいな子にねぇ……んん……。 |
年上の妖精 |
「愛」とは何か、なんて……聞かれちゃうなんて。これは中々難しい問題ね。 |
年上の妖精 |
そうね、どこから話しましょうか……。 |
年上の妖精 |
もう、かなり前のことだけれど。 |
年上の妖精 |
まだ小さかった頃だけど、恋人がいてね。私たちは一緒に大きくなって、そして当たり前のように……生涯を共にすることになったのよ。 |
ブラックチョコ |
それは……愛していたということか? |
年上の妖精 |
あれは「愛」っていうのかしらね?正直、よくわからなかったわ。 |
年上の妖精 |
愛の告白も、愛を表現するプレゼントも、もっと言えば、まともな約束すらなかったわ……。 |
年上の妖精 |
ただ……普通に一緒に生活して、一緒に森で遊んで、一緒に美味しい食べ物を分かち合っていた……。 |
年上の妖精 |
まぁ、ずっと平和で穏やかだったとも言えなかったけど。たまにはケンカだってしたし、距離を置いたこともある。とにかく、とっても淡々と生活してきたのよ。 |
年上の妖精 |
そして、私たちの故郷は霊禍のせいで滅びてしまった。私たちは逃げている途中ではぐれてしまって……探そうとはしたけれど、自分のことだけで精一杯でね。結局、諦めてしまったわ。 |
年上の妖精 |
もう何百年も前のことよ。あの時は悲しんだりもしたと思うのだけど……今となっては、もう恋人の顔さえ思い出せないの。 |
ブラックチョコ |
えっ? |
年上の妖精 |
ふふっ、驚いた? |
年上の妖精 |
私たちの感情や関係に、ドラマチックな要素はほとんどないわ。物語にしたところで、第一章を読み終える読者もいないでしょうね。 |
年上の妖精 |
例え村が滅びなかったとしても、私が最後まで彼と一緒にいられたかどうかもわからない。 |
ブラックチョコ |
……それで、このキャンディを選んだのは? |
年上の妖精 |
このキャンディはね……。 |
年上の妖精 |
私の故郷は田舎の村でね、割と浮世離れした生活をしていたのよ。でもある日、旅の商売者がその村にやってきたの。 |
年上の妖精 |
このキャンディも、彼がもってきた商品の一つでね。値段も安かったし、そんなに人気があるものではなかったんじゃないかしら。 |
年上の妖精 |
でも、私は一目でこれに見惚れちゃったのよ。透明な袋の中で、太陽の光を反射するこのキャンディはまるで宝石みたいに見えてね、本当に綺麗で眩しかった。 |
年上の妖精 |
あの日の午後、私たちは木の上で夕陽を見ながらキャンディを食べたの。不思議なほどリラックスしていて、充実していて……。それがずっと心に思い出として残っていた……。 |
年上の妖精 |
でも、あまりに長い年月が経ってしまったから、その時の光景も気持ちも、忘れてしまったと思っていたの……。 |
年上の妖精 |
旅の途中でアモルの庭園に来て、たまたまこのお菓子屋さんに入って、このキャンディを見つけるまではね。 |
年上の妖精 |
これがあの時のキャンディと同じ味なのかはもうわからないし、恋人も……。 |
年上の妖精 |
でも、このキャンディを食べるたびに、心の中から暖かい気持ちが溢れて、体に満ちていくのよ……。 |
年上の妖精 |
あの日の故郷の夕陽が、何百年と経つ中でぼやけていく記憶から飛び出してきて、また私の心を満たしてくれたみたいだった。 |
年上の妖精 |
それじゃあ、坊やの質問に答えましょうか。 |
年上の妖精 |
愛とはなんなのか? |
年上の妖精 |
この問題の答えはね、三者三様、千差万別。そういうものだと思うわ。 |
年上の妖精 |
「愛」はキャンディであるかもしれないし、花束であるかもしれない。甘酸っぱい味がするかもしれないし、色あせた記憶かもしれない……。 |
年上の妖精 |
「愛」は長く想えるものかもしれないし、その一瞬だけに生じた感動かもしれない……。 |
年上の妖精 |
でも、私にとって「愛」っていうのはね、心を満たしてくれる全てのものよ。 |
ブラックチョコ |
……。 |
ブラックチョコ |
そういう、ものなのか? |
年上の妖精 |
ふふっ、さぁ、どうかしらね? |
年上の妖精 |
あなたはまだ小さいから、いつか自分でその答えを見つけるかもしれないわね。 |
モノローグ |
年長の妖精はブラックチョコにほほ笑みかけ、ルビーチョコに会釈した。 |
年上の妖精 |
本当にありがとう。来年もよろしくね。 |
ルビーチョコ |
うんうん〜どういたしまして〜。 |
モノローグ |
ブラックチョコは年長の妖精が去っていくのを見送り、それからしばらく、彼女の話を心の中で噛み締めているようだった。 |