(錦玉に椿)1-4

椿 晴れましたね。
錦玉羹 はい。ここ数日ずっと雨でしたから、結局どこにもいけませんでしたね。
錦玉羹 でも、椿は別に構わないのでしょう?どのような天気でも、部屋にこもって本を読んでいるだけですし。
椿 ……いいえ、私も雨は嫌ですよ。出かけることができなければ、新しい本には出会えないので。
錦玉羹 2、3日で晴れてよかったですね。
椿 アモレの庭では一年に2回、雨季が来ると聞きましたよ。
椿 雨季が過ぎると、「霧散」と呼ばれる日を迎えるそうで。
椿 その時になると、花は一気に咲き乱れ、とても綺麗な風景が見られるらしいです。
錦玉羹 雨季のあとに、「霧散」する……、
錦玉羹 それとも、「霧散」するために、雨が来るのでしょうか?
錦玉羹 花を鮮やかに咲かせるために、雨季を挟んで、土と花を休ませたいのかもしれませんね。
錦玉羹 この地の神は、きっと心に愛の溢れる方なのでしょう……。
錦玉羹 せっかく来たのに、「霧散」の日の盛況を見られないのはやや残念ですが……。
椿 私は「霧散」について語られている本をいくつか読みましたよ。
椿 それに、もしここに定住するつもりなら、いつかは霧散の日を見られるのでは?
錦玉羹 椿にとっては、たしかにここはいい所なんでしょうけどね。
椿 ……。
椿 行きましょう。そろそろ出かけませんと。
錦玉羹 え?今日はもう本を読まないんですか?
椿 この前借りた本はもう読み終わりましたので。
椿 そろそろ新しい本を借りたいですし、花を買おうと思っています。
モノローグ 錦玉羹と椿は旅の宿を出て、アモレの庭園の道を歩く。
椿 故郷では、このような景色は見られませんね。
椿 手入れされた盆栽や、咲き乱れる桜、芝生で強く生きる野草はあったけれど……、
椿 このような花畑だらけの景色は、見たことがありません。
椿 ここに生きているのも、ほとんどが花の妖精ですし。
錦玉羹 ふむ……あなたでも、同じ種族の妖精と仲良くなりたいと思ったりはするのですか?
錦玉羹 昔からずっと周囲と関わることを嫌っていましたし、なにより読書を優先していたじゃないですか?
錦玉羹 なんで今になって急に……。
椿 仲良くなりたいというより、私はアモレの庭園の妖精と花を見ることが好きなのです。
椿 「美しさ」を至高のものとして追求し、全ての力を注いで高みを目指す……、
椿 一途ゆえの純粋さ、純粋さゆえの一途な想い……。
椿 一見、単純な物語ではあります。ですがここで過ごし、様々なものを眺める日々は、まるで素敵な本を読んでいるような心持でした。
椿 ……着きましたよ。
モノローグ 気が付くと、ふたりはある花屋の前にたどり着いていた。
紫陽花 あ!いらっしゃいませ!
紫陽花 あ、椿さんだ。
椿 こんにちは、予約していた花を取りに来ました。
椿 それと、この前お借りした本を……。
紫陽花 え?もう読み終わったの?椿さんって、読むの早いんだね……。
紫陽花 これで、私と藤姉さんが持っている本はもうないなあ。
椿 もうないのですか……。
紫陽花 でもこの前、アモレの庭園の書庫を紹介したでしょ?あそこにもたくさんの本があるよ。
椿 書庫の本は、たくさん読みました。
椿 ですが、ほとんどは他の地域の作品でした。アモレの庭園で生まれた、アモレの庭園そのものと言えるような本は、ないのでしょうか?
紫陽花 なるほどね……考えてみると、そういう作品は多くないかもね。
紫陽花 だって、アモレの庭園を象徴しているものは、花だから。
紫陽花 本だったら……、
紫陽花 たしか、リリエの森にかなり本が多い書庫があるって聞いたことがあるよ。そこに行ってみるといいかもね?
椿 リリエの書庫……。
椿 わかりました。ありがとうございます。
モノローグ ……。
椿 錦玉羹。アモレの庭園で過ごして、もうどれくらいでしょう?
錦玉羹 そうですね……、うん。一ヶ月くらいでしょうかね?他の場所でも、このくらいは滞在していましたか。
椿 そろそろここと、お別れする時が来たようですね。
錦玉羹 あれ?椿はもう少しここにいたのかと思ってましたよ。
椿 ええ、次の目的地も決まりましたし。
錦玉羹 まあ、よいでしょう。露のお茶にも、そろそろ飽きてきたところでしたし。
錦玉羹 趣はありますが、さすがに淡泊すぎましたね……。
錦玉羹 では、用意ができましたら出発しましょう。
錦玉羹 そこに、答えが眠っているかもしれませんから。
最終更新:2022年04月12日 02:11