椿 |
晴れましたね。 |
錦玉羹 |
はい。ここ数日ずっと雨でしたから、結局どこにもいけませんでしたね。 |
錦玉羹 |
でも、椿は別に構わないのでしょう?どのような天気でも、部屋にこもって本を読んでいるだけですし。 |
椿 |
……いいえ、私も雨は嫌ですよ。出かけることができなければ、新しい本には出会えないので。 |
錦玉羹 |
2、3日で晴れてよかったですね。 |
椿 |
アモレの庭では一年に2回、雨季が来ると聞きましたよ。 |
椿 |
雨季が過ぎると、「霧散」と呼ばれる日を迎えるそうで。 |
椿 |
その時になると、花は一気に咲き乱れ、とても綺麗な風景が見られるらしいです。 |
錦玉羹 |
雨季のあとに、「霧散」する……、 |
錦玉羹 |
それとも、「霧散」するために、雨が来るのでしょうか? |
錦玉羹 |
花を鮮やかに咲かせるために、雨季を挟んで、土と花を休ませたいのかもしれませんね。 |
錦玉羹 |
この地の神は、きっと心に愛の溢れる方なのでしょう……。 |
錦玉羹 |
せっかく来たのに、「霧散」の日の盛況を見られないのはやや残念ですが……。 |
椿 |
私は「霧散」について語られている本をいくつか読みましたよ。 |
椿 |
それに、もしここに定住するつもりなら、いつかは霧散の日を見られるのでは? |
錦玉羹 |
椿にとっては、たしかにここはいい所なんでしょうけどね。 |
椿 |
……。 |
椿 |
行きましょう。そろそろ出かけませんと。 |
錦玉羹 |
え?今日はもう本を読まないんですか? |
椿 |
この前借りた本はもう読み終わりましたので。 |
椿 |
そろそろ新しい本を借りたいですし、花を買おうと思っています。 |
モノローグ |
錦玉羹と椿は旅の宿を出て、アモレの庭園の道を歩く。 |
椿 |
故郷では、このような景色は見られませんね。 |
椿 |
手入れされた盆栽や、咲き乱れる桜、芝生で強く生きる野草はあったけれど……、 |
椿 |
このような花畑だらけの景色は、見たことがありません。 |
椿 |
ここに生きているのも、ほとんどが花の妖精ですし。 |
錦玉羹 |
ふむ……あなたでも、同じ種族の妖精と仲良くなりたいと思ったりはするのですか? |
錦玉羹 |
昔からずっと周囲と関わることを嫌っていましたし、なにより読書を優先していたじゃないですか? |
錦玉羹 |
なんで今になって急に……。 |
椿 |
仲良くなりたいというより、私はアモレの庭園の妖精と花を見ることが好きなのです。 |
椿 |
「美しさ」を至高のものとして追求し、全ての力を注いで高みを目指す……、 |
椿 |
一途ゆえの純粋さ、純粋さゆえの一途な想い……。 |
椿 |
一見、単純な物語ではあります。ですがここで過ごし、様々なものを眺める日々は、まるで素敵な本を読んでいるような心持でした。 |
椿 |
……着きましたよ。 |
モノローグ |
気が付くと、ふたりはある花屋の前にたどり着いていた。 |
紫陽花 |
あ!いらっしゃいませ! |
紫陽花 |
あ、椿さんだ。 |
椿 |
こんにちは、予約していた花を取りに来ました。 |
椿 |
それと、この前お借りした本を……。 |
紫陽花 |
え?もう読み終わったの?椿さんって、読むの早いんだね……。 |
紫陽花 |
これで、私と藤姉さんが持っている本はもうないなあ。 |
椿 |
もうないのですか……。 |
紫陽花 |
でもこの前、アモレの庭園の書庫を紹介したでしょ?あそこにもたくさんの本があるよ。 |
椿 |
書庫の本は、たくさん読みました。 |
椿 |
ですが、ほとんどは他の地域の作品でした。アモレの庭園で生まれた、アモレの庭園そのものと言えるような本は、ないのでしょうか? |
紫陽花 |
なるほどね……考えてみると、そういう作品は多くないかもね。 |
紫陽花 |
だって、アモレの庭園を象徴しているものは、花だから。 |
紫陽花 |
本だったら……、 |
紫陽花 |
たしか、リリエの森にかなり本が多い書庫があるって聞いたことがあるよ。そこに行ってみるといいかもね? |
椿 |
リリエの書庫……。 |
椿 |
わかりました。ありがとうございます。 |
モノローグ |
……。 |
椿 |
錦玉羹。アモレの庭園で過ごして、もうどれくらいでしょう? |
錦玉羹 |
そうですね……、うん。一ヶ月くらいでしょうかね?他の場所でも、このくらいは滞在していましたか。 |
椿 |
そろそろここと、お別れする時が来たようですね。 |
錦玉羹 |
あれ?椿はもう少しここにいたのかと思ってましたよ。 |
椿 |
ええ、次の目的地も決まりましたし。 |
錦玉羹 |
まあ、よいでしょう。露のお茶にも、そろそろ飽きてきたところでしたし。 |
錦玉羹 |
趣はありますが、さすがに淡泊すぎましたね……。 |
錦玉羹 |
では、用意ができましたら出発しましょう。 |
錦玉羹 |
そこに、答えが眠っているかもしれませんから。 |