(錦玉に椿)1-8

錦玉羹 はあ、少しお腹が空いてきましたね。
錦玉羹 椿はどうです?
椿 ふむ……なるほど……。
椿 この一文に、こんな意味が隠されているとは。
椿 この本、やはり読めば読むほど新しい解釈が生まれますね。持ってきてよかったです。
錦玉羹 相変わらず、一度本を読みだすと周りの音が聞こえませんね……。
モノローグ 錦玉羹は本の世界に没頭している椿を見やる。もはや見慣れた光景だ。
錦玉羹 精神が充実すれば、肉体の飢えはどうでもよくなるということなんでしょうか?
錦玉羹 精神世界に浸り、周りの全てと自分を消していく……。
錦玉羹 椿のこの状態は、神官が神と対話している状態と似ていますね。
錦玉羹 とはいえ、残念ですが、こんなところでは自分の神と話すこともできませんし……。
錦玉羹 はあ、現実世界の問題を考えましょう。今日も妖精の村は見当たりませんし、また果物でお腹を満たすしかないでしょうか……。
錦玉羹 美味しいものには違いありませんが、たくさんお菓子を食べられたあの町が懐かしいですね。
椿 やはりあそこが気に入っていたのですね。それならいっそ、あそこに落ち着けばいいのではありませんか?
椿 みなさんと同じ、お菓子の妖精ですし。あそこで生活するなら、かなり気楽に過ごせたと思いますが。
錦玉羹 うん?もう読書時間は終わりですか?
椿 読み終わりました。
錦玉羹 そうでしたか。その本、また一度読み返しきったのですね。
錦玉羹 お菓子の町ですか……確かにあそこは好きですよ。
錦玉羹 ゆっくりと過ごせますし、美味しい甘味もたくさんあります。いざ離れる時は、少し惜しいと思いましたよ。
錦玉羹 っと、こんな話には興味がなさそうですね?他の話をしましょうか?
椿 いいえ、真面目に聞いていますよ。
椿 それほど好きだったのなら、なぜ結局は離れることを選んだのですか?
錦玉羹 ふむ……、では、私からも一つ質問があります。
錦玉羹 アモレの庭園について、どう考えていますか?
椿 「アモレ」という守護妖精の花園。風景は綺麗ですし、気候もかなり快適です。
椿 あの地の花は咲く時に、一際可憐になるため、自分の命を燃やすと聞きました。
錦玉羹 そうですね。そこは本当に、椿が好きそうな点です。
錦玉羹 では、なぜアモルの庭園に留まらず、私と一緒にあの地を離れたのですか?
椿 ……。
椿 アモレの庭園は確かに良い場所です。ですが、あの地では私の求めるものを見つけられません。
椿 アモレの庭園に生きる妖精たちは、美しいものを更に美しくすることに夢中になっています。美に対する追及が終わることはないでしょう。
椿 それ自体は大変結構なことではありますが、私の目的とは違います。
椿 そのような「美しさ」を見るために、故郷を離れた訳ではありません。私は、もっと美しいものが見たいのです。
錦玉羹 そう、それはまさに、私がお菓子の町に対して抱いた想いと同じものです。
錦玉羹 確かに穏やかに過ごせる場所です。ですが、そこに神がいませんでした。
錦玉羹 イブ大陸の妖精領地のほとんどには、守護妖精が存在しています。守護妖精は自分の領地を守り、そして領地の妖精たちは彼らに従います。
錦玉羹 しかし、あそこには何も在りませんでした。
錦玉羹 お菓子を更に美味しくすることしか頭にない妖精たちの中に、「信仰」はありません。
錦玉羹 ずっと「神」のいない場所で過ごしていたら、気が狂ってしまいそうです。
椿 まあ……神官であるあなたなら、そうなってしまってもおかしくありませんね。
錦玉羹 今は神官でもなんでもないのですけどねぇ……。
錦玉羹 ですがね、椿。
錦玉羹 その質問をしたのは、私の答えを聞くためですか?それとも自分の考えを確かめるためですか?
椿 ……。
錦玉羹 私たちはお互い、疑問と困惑を抱いています。
錦玉羹 そしてその答えを見つけるために、故郷を出て、ずっと今まで旅をしてきましたね。
錦玉羹 まだ、あなたの疑問は消えていないようです。そして、私の方は答えを見つけられたのかと確認しようとしたのでしょう。
錦玉羹 まあ、残念ながら、私も同じですよ。
椿 もしそう簡単に理解できる問題ならば、あなたも神社から離れたりしなかったでしょうね。
椿 これは私たちの共通点、ですね。
錦玉羹 違いありませんね。
錦玉羹 しかし、もうすぐリリエの森に着きますし。
錦玉羹 そこでは、新たな出会いがあるかもしれません。
錦玉羹 そして、その出会いこそが、私たちの疑問を解く鍵となるかもしれません。
錦玉羹 いつかは、満足のいく答えを持って故郷に戻れるでしょう。それまでは、共にこの旅を続けるとしましょう。
最終更新:2022年04月12日 02:12