錦玉羹 |
はあ、少しお腹が空いてきましたね。 |
錦玉羹 |
椿はどうです? |
椿 |
ふむ……なるほど……。 |
椿 |
この一文に、こんな意味が隠されているとは。 |
椿 |
この本、やはり読めば読むほど新しい解釈が生まれますね。持ってきてよかったです。 |
錦玉羹 |
相変わらず、一度本を読みだすと周りの音が聞こえませんね……。 |
モノローグ |
錦玉羹は本の世界に没頭している椿を見やる。もはや見慣れた光景だ。 |
錦玉羹 |
精神が充実すれば、肉体の飢えはどうでもよくなるということなんでしょうか? |
錦玉羹 |
精神世界に浸り、周りの全てと自分を消していく……。 |
錦玉羹 |
椿のこの状態は、神官が神と対話している状態と似ていますね。 |
錦玉羹 |
とはいえ、残念ですが、こんなところでは自分の神と話すこともできませんし……。 |
錦玉羹 |
はあ、現実世界の問題を考えましょう。今日も妖精の村は見当たりませんし、また果物でお腹を満たすしかないでしょうか……。 |
錦玉羹 |
美味しいものには違いありませんが、たくさんお菓子を食べられたあの町が懐かしいですね。 |
椿 |
やはりあそこが気に入っていたのですね。それならいっそ、あそこに落ち着けばいいのではありませんか? |
椿 |
みなさんと同じ、お菓子の妖精ですし。あそこで生活するなら、かなり気楽に過ごせたと思いますが。 |
錦玉羹 |
うん?もう読書時間は終わりですか? |
椿 |
読み終わりました。 |
錦玉羹 |
そうでしたか。その本、また一度読み返しきったのですね。 |
錦玉羹 |
お菓子の町ですか……確かにあそこは好きですよ。 |
錦玉羹 |
ゆっくりと過ごせますし、美味しい甘味もたくさんあります。いざ離れる時は、少し惜しいと思いましたよ。 |
錦玉羹 |
っと、こんな話には興味がなさそうですね?他の話をしましょうか? |
椿 |
いいえ、真面目に聞いていますよ。 |
椿 |
それほど好きだったのなら、なぜ結局は離れることを選んだのですか? |
錦玉羹 |
ふむ……、では、私からも一つ質問があります。 |
錦玉羹 |
アモレの庭園について、どう考えていますか? |
椿 |
「アモレ」という守護妖精の花園。風景は綺麗ですし、気候もかなり快適です。 |
椿 |
あの地の花は咲く時に、一際可憐になるため、自分の命を燃やすと聞きました。 |
錦玉羹 |
そうですね。そこは本当に、椿が好きそうな点です。 |
錦玉羹 |
では、なぜアモルの庭園に留まらず、私と一緒にあの地を離れたのですか? |
椿 |
……。 |
椿 |
アモレの庭園は確かに良い場所です。ですが、あの地では私の求めるものを見つけられません。 |
椿 |
アモレの庭園に生きる妖精たちは、美しいものを更に美しくすることに夢中になっています。美に対する追及が終わることはないでしょう。 |
椿 |
それ自体は大変結構なことではありますが、私の目的とは違います。 |
椿 |
そのような「美しさ」を見るために、故郷を離れた訳ではありません。私は、もっと美しいものが見たいのです。 |
錦玉羹 |
そう、それはまさに、私がお菓子の町に対して抱いた想いと同じものです。 |
錦玉羹 |
確かに穏やかに過ごせる場所です。ですが、そこに神がいませんでした。 |
錦玉羹 |
イブ大陸の妖精領地のほとんどには、守護妖精が存在しています。守護妖精は自分の領地を守り、そして領地の妖精たちは彼らに従います。 |
錦玉羹 |
しかし、あそこには何も在りませんでした。 |
錦玉羹 |
お菓子を更に美味しくすることしか頭にない妖精たちの中に、「信仰」はありません。 |
錦玉羹 |
ずっと「神」のいない場所で過ごしていたら、気が狂ってしまいそうです。 |
椿 |
まあ……神官であるあなたなら、そうなってしまってもおかしくありませんね。 |
錦玉羹 |
今は神官でもなんでもないのですけどねぇ……。 |
錦玉羹 |
ですがね、椿。 |
錦玉羹 |
その質問をしたのは、私の答えを聞くためですか?それとも自分の考えを確かめるためですか? |
椿 |
……。 |
錦玉羹 |
私たちはお互い、疑問と困惑を抱いています。 |
錦玉羹 |
そしてその答えを見つけるために、故郷を出て、ずっと今まで旅をしてきましたね。 |
錦玉羹 |
まだ、あなたの疑問は消えていないようです。そして、私の方は答えを見つけられたのかと確認しようとしたのでしょう。 |
錦玉羹 |
まあ、残念ながら、私も同じですよ。 |
椿 |
もしそう簡単に理解できる問題ならば、あなたも神社から離れたりしなかったでしょうね。 |
椿 |
これは私たちの共通点、ですね。 |
錦玉羹 |
違いありませんね。 |
錦玉羹 |
しかし、もうすぐリリエの森に着きますし。 |
錦玉羹 |
そこでは、新たな出会いがあるかもしれません。 |
錦玉羹 |
そして、その出会いこそが、私たちの疑問を解く鍵となるかもしれません。 |
錦玉羹 |
いつかは、満足のいく答えを持って故郷に戻れるでしょう。それまでは、共にこの旅を続けるとしましょう。 |