(真理への彷徨い)1-8

モノローグ ラズベリーはその短くない研究者生涯において、挫折感を覚えた記憶があまりない。だが彼は今回、久しぶりにその感覚を味わっていた。
ラズベリー ……。
リンゴ ……。
ラズベリー 明日は……レポートの締め切りだな。
リンゴ うん……時間って早いんだね。
ラズベリー ……。
ラズベリー 僕たちの研究タイトルは、『妖精の村における売店の経営形態、および成因の分析』だったよな……。
ラズベリー でも、今まで集められた情報は、まったくと言っていいほど足りない。
ラズベリー 確かに資料は多く入手したし……レアな情報もあった……ただ……。
ラズベリー 全て、このテーマとは関係のないことだ。
ラズベリー 実験でなんとかなると思っていたが、結局……まあ、そんなことはなかったよ。
リンゴ ……うん……。
リンゴ 実は、あの後社会調査に関する本を読んでみたんだけど、このテーマは……ちょっと曖昧すぎたって気づいたの。少し調査しにくかったね。
リンゴ これも、初心者がやりがちなミスなんだって。
リンゴ そして、調査に重きを置きすぎて、テーマを限定することの重要さを忘れる……これも、素人にありがちなミスらしいよ。
リンゴ だから、今回の失敗はしょうがないと思うの!
ラズベリー ……。
ラズベリー それはもちろんだが、僕たちのレポートはどうする?
リンゴ 少なくとも私たち、データを集める方法は全部試してきたし。
リンゴ テーマを限定する大事さも分かったから……。
リンゴ 今回の社会調査、いい勉強になったんじゃないかな。
ラズベリー ……確かにいい勉強にはなったと思うが、レポートのことは?
ラズベリー 今のデータでは、このレポートを完成させることができない……しかも、締め切りまであと一日しか残っていない。今更テーマを変えたとして、おそらく間に合わないだろう……。
リンゴ そんな面倒なことはしないよ。いい勉強になったのなら、ちょっとだけタイトルを変えればいいと思うの。
ラズベリー 変える?
リンゴ うん、ちょっと変えてみたんだ。
モノローグ 『社会調査についての分析――実践時に直面するトラブルについて――』リンゴは変更したタイトルを、ラズベリーに見せた。
ラズベリー ……これで本当にいいのか?
リンゴ 自由研究の目的は調査とレポートだよ。調査もしたし、レポートも書いた。それに、レポートにも調査のことについてちゃんと書けたんだし。完璧じゃない?
ラズベリー ……それは……確かにそうかもしれないけれど……。
リンゴ そうだよ。完璧だって言えると思う。
ラズベリー はあ。
ラズベリー もうこのことで時間を無駄にしたくない。レポートを提出すれば、辛うじて合格はできるだろう……。
モノローグ ……。
モノローグ リンゴとラズベリーは、調査中に直面した問題をまとめ、期待と結果の違いについて分析した。そうして出来上がったレポートの見栄えは、意外によかった。
モノローグ レポートを提出すると、ラズベリーはずっと実験室に引きこもった。完璧な魔法薬実験で、今回味わった挫折感を和らげようとしたのだ。
モノローグ そのまま、実験室でどれくらいの日々を過ごしただろう。ようやくそこから出た時、先日の自由研究で優秀な成績を取れたと聞き、彼は少し茫然とした。
ラズベリー やはりあいつの言った通りだ……自由研究の社会調査は……結論よりも、ちゃんと調査を行った点で評価される……。
ラズベリー だから今回の成績は、全部……。
ラズベリー チッ。こうしてみれば、これもあいつのおかげじゃないか……さすがは僕が認めたライバルだ。
ラズベリー 一応彼女に感謝を伝えておこう。
ラズベリー そして今度は絶対に負けないからな。
モノローグ モヤモヤした思いを抱きながら、ラズベリーはリンゴの部屋に向かう。
モノローグ ドアをノックすると、今回はすぐに開いた。しかし、現れたのはよく知らない妖精だった。
ラズベリー ……。
ラズベリー ええと、リンゴはどこにいるかな?
妖精生徒 リンゴ?もうここにいないよ。彼女はもう引っ越したんだ。
ラズベリー 引っ越した?
妖精生徒 うん。退学して引っ越ししたよ。
ラズベリー 退学!?
妖精生徒 そうだよ……かなり前から決めてたことらしい。
ラズベリー なぜいきなり?
妖精生徒 半年前、自主退学したいと言い出したんだ。先生は引き止めたけど、彼女はどうしてもそれに応じようとしなかった。
妖精生徒 もっと前に学校から出る予定が……自由研究の人数が足りなくて、残って手伝ってほしいと先生に言われたから、渋々数週間学校に残ったって訳だ。数日前、成績が出たあとすぐに学校を出ていったよ。
ラズベリー ……。
ラズベリー 彼女に何があった?なぜ退学を?
妖精生徒 知らないのか?「もう魔法薬の研究を続けても意味がない」って言ってたんだ。それで、シェフになりたいってね。これからはシェフの世界で一生頑張るとか……。
ラズベリー なんだと!?
妖精生徒 ああ。本気の発言だったのかねえ……はあ。
妖精生徒 そうだ。それで、彼女に用があるの?リリエに引っ越したって聞いたが……先生が、詳しい住所を知っているはずだよ。気になるのなら、聞きに行ってもいいんじゃないかな。
ラズベリー ……。
ラズベリー ああ、用があるんだ。
ラズベリー 実際に会って、話さなければいけないことだ。
モノローグ ……。
モノローグ ラズベリーが尋ねると、教授はすんなりとリンゴの住所を教えてくれた。更に一ヶ月の休みも承諾してくれた。どうやら教授にとっても、リンゴの退学はなかなか納得がいかないことだったようだ。
ラズベリー 戸締りよし……連絡事項よし……荷作りよし……。
ラズベリー リリエの森……ずいぶん遠い場所まで逃げたものだな?
ラズベリー ……。
ラズベリー チッ。冗談じゃない……シェフだの料理だの、僕はそんなこと、絶対に認めないからな!
ラズベリー 必ず、彼女を連れ戻さなければ。
最終更新:2022年06月09日 08:57