モノローグ |
ラズベリーはその短くない研究者生涯において、挫折感を覚えた記憶があまりない。だが彼は今回、久しぶりにその感覚を味わっていた。 |
ラズベリー |
……。 |
リンゴ |
……。 |
ラズベリー |
明日は……レポートの締め切りだな。 |
リンゴ |
うん……時間って早いんだね。 |
ラズベリー |
……。 |
ラズベリー |
僕たちの研究タイトルは、『妖精の村における売店の経営形態、および成因の分析』だったよな……。 |
ラズベリー |
でも、今まで集められた情報は、まったくと言っていいほど足りない。 |
ラズベリー |
確かに資料は多く入手したし……レアな情報もあった……ただ……。 |
ラズベリー |
全て、このテーマとは関係のないことだ。 |
ラズベリー |
実験でなんとかなると思っていたが、結局……まあ、そんなことはなかったよ。 |
リンゴ |
……うん……。 |
リンゴ |
実は、あの後社会調査に関する本を読んでみたんだけど、このテーマは……ちょっと曖昧すぎたって気づいたの。少し調査しにくかったね。 |
リンゴ |
これも、初心者がやりがちなミスなんだって。 |
リンゴ |
そして、調査に重きを置きすぎて、テーマを限定することの重要さを忘れる……これも、素人にありがちなミスらしいよ。 |
リンゴ |
だから、今回の失敗はしょうがないと思うの! |
ラズベリー |
……。 |
ラズベリー |
それはもちろんだが、僕たちのレポートはどうする? |
リンゴ |
少なくとも私たち、データを集める方法は全部試してきたし。 |
リンゴ |
テーマを限定する大事さも分かったから……。 |
リンゴ |
今回の社会調査、いい勉強になったんじゃないかな。 |
ラズベリー |
……確かにいい勉強にはなったと思うが、レポートのことは? |
ラズベリー |
今のデータでは、このレポートを完成させることができない……しかも、締め切りまであと一日しか残っていない。今更テーマを変えたとして、おそらく間に合わないだろう……。 |
リンゴ |
そんな面倒なことはしないよ。いい勉強になったのなら、ちょっとだけタイトルを変えればいいと思うの。 |
ラズベリー |
変える? |
リンゴ |
うん、ちょっと変えてみたんだ。 |
モノローグ |
『社会調査についての分析――実践時に直面するトラブルについて――』リンゴは変更したタイトルを、ラズベリーに見せた。 |
ラズベリー |
……これで本当にいいのか? |
リンゴ |
自由研究の目的は調査とレポートだよ。調査もしたし、レポートも書いた。それに、レポートにも調査のことについてちゃんと書けたんだし。完璧じゃない? |
ラズベリー |
……それは……確かにそうかもしれないけれど……。 |
リンゴ |
そうだよ。完璧だって言えると思う。 |
ラズベリー |
はあ。 |
ラズベリー |
もうこのことで時間を無駄にしたくない。レポートを提出すれば、辛うじて合格はできるだろう……。 |
モノローグ |
……。 |
モノローグ |
リンゴとラズベリーは、調査中に直面した問題をまとめ、期待と結果の違いについて分析した。そうして出来上がったレポートの見栄えは、意外によかった。 |
モノローグ |
レポートを提出すると、ラズベリーはずっと実験室に引きこもった。完璧な魔法薬実験で、今回味わった挫折感を和らげようとしたのだ。 |
モノローグ |
そのまま、実験室でどれくらいの日々を過ごしただろう。ようやくそこから出た時、先日の自由研究で優秀な成績を取れたと聞き、彼は少し茫然とした。 |
ラズベリー |
やはりあいつの言った通りだ……自由研究の社会調査は……結論よりも、ちゃんと調査を行った点で評価される……。 |
ラズベリー |
だから今回の成績は、全部……。 |
ラズベリー |
チッ。こうしてみれば、これもあいつのおかげじゃないか……さすがは僕が認めたライバルだ。 |
ラズベリー |
一応彼女に感謝を伝えておこう。 |
ラズベリー |
そして今度は絶対に負けないからな。 |
モノローグ |
モヤモヤした思いを抱きながら、ラズベリーはリンゴの部屋に向かう。 |
モノローグ |
ドアをノックすると、今回はすぐに開いた。しかし、現れたのはよく知らない妖精だった。 |
ラズベリー |
……。 |
ラズベリー |
ええと、リンゴはどこにいるかな? |
妖精生徒 |
リンゴ?もうここにいないよ。彼女はもう引っ越したんだ。 |
ラズベリー |
引っ越した? |
妖精生徒 |
うん。退学して引っ越ししたよ。 |
ラズベリー |
退学!? |
妖精生徒 |
そうだよ……かなり前から決めてたことらしい。 |
ラズベリー |
なぜいきなり? |
妖精生徒 |
半年前、自主退学したいと言い出したんだ。先生は引き止めたけど、彼女はどうしてもそれに応じようとしなかった。 |
妖精生徒 |
もっと前に学校から出る予定が……自由研究の人数が足りなくて、残って手伝ってほしいと先生に言われたから、渋々数週間学校に残ったって訳だ。数日前、成績が出たあとすぐに学校を出ていったよ。 |
ラズベリー |
……。 |
ラズベリー |
彼女に何があった?なぜ退学を? |
妖精生徒 |
知らないのか?「もう魔法薬の研究を続けても意味がない」って言ってたんだ。それで、シェフになりたいってね。これからはシェフの世界で一生頑張るとか……。 |
ラズベリー |
なんだと!? |
妖精生徒 |
ああ。本気の発言だったのかねえ……はあ。 |
妖精生徒 |
そうだ。それで、彼女に用があるの?リリエに引っ越したって聞いたが……先生が、詳しい住所を知っているはずだよ。気になるのなら、聞きに行ってもいいんじゃないかな。 |
ラズベリー |
……。 |
ラズベリー |
ああ、用があるんだ。 |
ラズベリー |
実際に会って、話さなければいけないことだ。 |
モノローグ |
……。 |
モノローグ |
ラズベリーが尋ねると、教授はすんなりとリンゴの住所を教えてくれた。更に一ヶ月の休みも承諾してくれた。どうやら教授にとっても、リンゴの退学はなかなか納得がいかないことだったようだ。 |
ラズベリー |
戸締りよし……連絡事項よし……荷作りよし……。 |
ラズベリー |
リリエの森……ずいぶん遠い場所まで逃げたものだな? |
ラズベリー |
……。 |
ラズベリー |
チッ。冗談じゃない……シェフだの料理だの、僕はそんなこと、絶対に認めないからな! |
ラズベリー |
必ず、彼女を連れ戻さなければ。 |