(珈琲王国狂想曲)珈琲王国

魔法使い おっかしいな……ここにあるはずなのに……。
モノローグ 先日、一通の手紙をもらった。簡潔な言葉で、どうしても助けてほしいと訴えている内容だった。
モノローグ 聞いたことのない場所だが、かなり大変だとのことで、すぐに荷造りして出発した。
モノローグ ただ、地図の場所に来ては見たものの、普通の森でしかなかった。とても妖精たちが暮らす場所があるようには見えない。
魔法使い 一体どういうこと――うわ!?
???*1 ……。
モノローグ 不意に、そう離れていない枝に座っていた知らない妖精と目があった。
モノローグ その妖精には、「人間がいた!」という驚きがまったく見えない。逆に頭を下げて、会釈をしてくれた。
魔法使い あ、ちょっといいかな……?ここに住んでいる妖精?
???*1 うん。
魔法使い よかった!この、えっと、『珈琲王国』って、どこにあるか知ってる?
???*1 ……。
???*1 招待状。
魔法使い え?招待状?私に送った手紙のこと?
モノローグ この妖精は、どうやらお喋りが嫌いそうだ。彼は返事をせず、肯定しているようにただ私を見つめてきた。
モノローグ コーヒーの香りがついている手紙を取り出し、妖精に渡した。手紙の裏面に刻まれたコーヒーの葉っぱのような柄が、日差しの下でキラキラと輝いている。
モノローグ すると、まるで見えない壁が倒れたかのように、周りの森が完全に消えてしまった。そしてかわりに、見たことのない景色が目の前に広がっていく。
モノローグ 一見、人間の工場の廃墟に見えるが、倒れた鋼材の中に、妖精たちが忙しく作業しているのが見える。小さくなった人間の街と言えそうな場所だった。
魔法使い わあ……ここが、珈琲王国……。
モノローグ 私の存在は、すぐに他の妖精たちに気づかれてしまった。彼らは怖がっているような表情を見せ、廃墟の中心部に逃げていってしまう。
魔法使い 待って、私は普通の魔法使いで、悪い人じゃないよ――
モノローグ 追いかけて説明しようと思ったが、逃げた妖精たちは明らかに話を聞いてくれそうにない。
妖精の兵士 侵入者!そこで止まれ!
モノローグ そして突然、兵士の格好をしている妖精たちが現れた。武器を構え、私をぐるりと取り囲む。
魔法使い 待って、話を聞いて――
妖精の兵士 侵入者を始末する!
魔法使い ま、待ってってば!だからその、私は――
???*2 やめなさい。
モノローグ 周囲の空気が張り詰め切ったその時、新たな声が聞こえた。
モノローグ 私を取り囲んだ兵士たちは動きを止め、かしこまった様子で両側に分かれて道を作る。そこに淑やかな女性の妖精が現れ、私の前へと歩み寄ってきた。
クリーム はじめまして。私は珈琲王国の女王、クリームです。
モノローグ 彼女の態度は至って丁寧だった。しかし決して逆らってはいけないという雰囲気、そして威厳を感じる。気づけば私も恐縮し、頭を下げていた。
魔法使い あ、は、はじめまして……。
クリーム なぜ、我が国にいらっしゃったのですか?
魔法使い 私はリリエからきた魔法使いです。助けを求める手紙をもらったので、ここに来ました……、
クリーム そうでしたか……ふむ。手紙……。
クリーム そのようなことであれば、その手紙を見せていただけますか?
魔法使い 手紙?あ!これですか?
モノローグ 私は手元にある手紙を、自分を女王と称した妖精に差し出した。彼女は手紙を隣にいる護衛に渡し、周りを宥めるように、笑顔を見せた。
クリーム なるほど。状況は理解しました。
クリーム みなさん、どうか慌てないでください。
クリーム 今、国内で起こっているあらゆるトラブルを解決するために、私がこの方をお誘いしました。この魔法使いは、私たちの客人なのです。
クリーム 彼女がここにいる間、無礼な行動は決してしないように、大切に扱ってください。
モノローグ 彼女の話が終わると、衛兵たちから向けられていた敵意が消えた。そして少し距離の離れた場所には、好奇心からかこちらを覗いてくる妖精の姿が見えた。
モノローグ クリームが申し訳なさそうに、私に頭を下げる。
クリーム 魔法使い、申し訳ありません。
クリーム ここ数ヶ月ほど、国内に良からぬ企みを持つ危険分子がおりまして……知らない方に対しては、やはり緊張してしまうのです。
クリーム 今までのご無礼を、どうかお許しください。
魔法使い あ、大丈夫です。それで、助けてほしい件というのは――
クリーム そう急がなくても構いません。
クリーム 遠方からお越しいただいたにも関わらず、すぐに我が国の都合で仕事を押し付けるなんて、失礼すぎます。まずは休んでください。
クリーム かつて人間が住んでいた場所に、ご案内しましょう。
クリーム 我が国を人間が訪れるのは、ずいぶん久しぶりのことです。その部屋もいささか古くなっているとは思います。本来ならば、私たちが予め清掃すべきだったのですが――
クリーム ご存知かと思いますが、我が国は今、非常時にあります。きれいなお部屋をご用意する時間もありませんでした。はあ、なんというご無礼でしょうか……。
魔法使い えっと、大丈夫です。休める場所さえあれば、こだわりとかはないから……。
クリーム あらまあ、とても寛大なお方ですね。本当になりよりです。
クリーム それではこれから、どうぞよろしくお願いします。
モノローグ クリームは後ろの衛兵の方へと視線を投げた。すぐに衛兵妖精が私の傍に来て、一礼する。
妖精の兵士 魔法使い様。こちらへ。
魔法使い あ、はい……。
モノローグ 私はその衛兵の後に付き、様々な視線に見つめられながら、この鋼の廃墟の中心部へと足を踏み入れた。
最終更新:2022年06月09日 09:10

*1 エスプレッソ

*2 クリーム