(珈琲王国狂想曲)黒ローブの妖精

モノローグ 珈琲王国は、面白い場所だ。
モノローグ ここはどうやら、人間の施設の廃墟だったらしい。元の姿も分からない機械の残骸が、あちこちに見られる。
モノローグ この機械が交差するコンクリートジャングルの中に、鉄線とスフィアで作られた家がある。
モノローグ 妖精にとっては日常的に使う通路かもしれないが、私にとっては少し危険だ。
モノローグ 突き出している建物を避け、風の中でゆらゆら揺れるスフィアにぶつからないように、十分気をつけなければならない。……歩くだけでも、かなり大変だった。
モノローグ つまり、迷ってしまうのも仕方がないと思う。私のせいじゃない。
魔法使い ど、どうしよう!?はぐれちゃった……。
モノローグ リードしてくれていた衛兵の姿は、すでに見えない。
モノローグ その衛兵といつはぐれてしまったのかさえ、分からなかった。
魔法使い いっそ聞いてみようかな……あの――
モノローグ すれ違う妖精たちに尋ねてみようと思ったが、みなは警戒や怯えを見せ、すぐに逃げてしまった。
魔法使い しまった……どうしよう……。
黒ローブの妖精 おやおや、人間様ではありませんか。よろしければ、どうかこちらへ。
魔法使い え?
モノローグ かけられた声を辿ってみると、そこには黒ローブを身に纏った妖精がいた。見た目からして、かなり怪しい。そして、疑わしい。
魔法使い えっと……何か?
黒ローブの妖精 あなた、コーヒーはお好きですか?
魔法使い え?
黒ローブの妖精 おや。もしかしたらあなたは……お茶の方が好きでしょうか?
魔法使い えっと、そうでもないけど……コーヒーもお茶も飲むよ。
黒ローブの妖精 それでは、砂糖とミルクはどちらが好きですか?それとも……何もいれないほうが好きですか?
魔法使い え?それは――
???*1 衛兵!あいつだよ!
黒ローブの妖精 チッ。
モノローグ その意味不明の問題にどう答えるべきか悩んでいると、もう一つの声が聞こえた。黒ローブの妖精は舌打ちをすると、即座に逃げてしまった。
モノローグ 少し離れた場所から、妖精が私の方へ走ってくる。
???*1 大丈夫!?
魔法使い え、あなたは――
カプチーノ あたしはカプチーノ!なんだか危なそうだったから、声をかけちゃった!無事でよかったね。
カプチーノ さっきのあの妖精はね、有名な『危険分子』ってやつだよ!もしあいつらに捕まったら、ひどい目に遭ってたよ!
魔法使い ひ、ひどい目!?
カプチーノ うん。例えば、毎日苦くてしょうがない黒い液体を飲まされるとか……やだ、考えるだけで怖い!
カプチーノ 君、今日からきた人間の魔法使いだよね?これからはあんなやつに絡まれても、絶対に反応しないでね!
カプチーノ それじゃあ、まだ用事があるから――
魔法使い 待って、カプチーノ!実は――
妖精の兵士 魔法使い様!探しましたよ!
魔法使い あ!
カプチーノ うん?どうしたの?
魔法使い うん、大丈夫。道を聞きたかったんだけど、もう大丈夫みたい。ごめんね、ありがとう。
カプチーノ そうなんだ。じゃあ、いくね!
魔法使い うん!また今度!
妖精の兵士 申し訳ありません、私のミスでした。ここの道は魔法使い様にとって、かなり歩きにくいかと思うので、もっと注意すべきでした……、
妖精の兵士 しかしまさか、たった数分間の内にあやつらに絡まれるとは……もしも魔法使い様に何かあったら、私は女王陛下になんと申し上げたらよいのか!
魔法使い えっと、私は大丈夫だから、もう泣かないで。見られてるから――
魔法使い あの、カプチーノ!ありがとう、また今度会おうね!
カプチーノ うん!
モノローグ 私は案内役の衛兵を慰めながら、黒ローブの妖精の姿を必死に思い出していた。
モノローグ 見間違いだろうか?あのローブの柄は、招待状にあった柄とまったく同じだった。
モノローグ ……。
モノローグ デスクの前に座る女王は、「招待状」とやらを改めて見つめ、考え込んでいた。
モノローグ 手紙の縁に、コーヒーの葉っぱ模様が刻まれている。柄のようにも見えるし、記号のようにも見える。
妖精の兵士 陛下。あの人間を指定の場所へお連れしました。
クリーム ええ。ご苦労さま。
妖精の兵士 あの、引き続きすべきことはありませんか?例えば監視など……。
クリーム うん?問題ありません。もう休んでいいですよ。
妖精の兵士 しかし――
クリーム はい?
妖精の兵士 な、なんでもありません!これにて失礼いたします!
モノローグ 案内役の衛兵が去ると、クリームの隣にいる護衛は信じられない、といった顔を見せた。
護衛A 陛下。本当にあの正体不明の人間を信用していいのでしょうか?
護衛B そうです!あの人間、疑わしき者に決まっているでしょう!そもそもあの、「招待状」に刻まれていた柄は――
クリーム はあ。
クリーム おふたりはもしかしたら……私の決めたことにご不満でも?
護衛A&B !?
護衛A&B い、いえ!決してそのような……。
クリーム それはなによりです。
クリーム 心配に及びませんよ。正体不明であろうと……。
クリーム 役に立つようなものなら、なんでも構いませんから。
最終更新:2022年06月09日 09:11

*1 カプチーノ