(珈琲王国狂想曲)秘密工場

クリーム かつて、ここはクリームを生産する秘密工場でした。
クリーム この国は、コーヒー貴族に支配されていました。その闇の時代、シュガー、ミルク、そしてクリームも、コーヒーの純粋さを損なってしまうと言われ、禁制品となりました。
クリーム 所持するだけでも、厳しく処罰されます。
クリーム しかし、例えどんなに制限されても、妥協しない妖精がいました。
クリーム このような秘密工場は、他にもたくさんありましたよ。
モノローグ こんなにボロボロの隠し通路にいても、クリームの優雅さは少しも失われていない。彼女は淡々と、昔話を続ける。
モノローグ 私たちは訳がわからないまま、後ろをついていくしかなかった。
クリーム たまに人間と取引をする必要もあったので、人間が通れるような道もありましたね……。
クリーム もう使えなくなった道もありますが、この隠し通路から外へ行けます。
カプチーノ さすがは女王陛下……何でも知っているといいますか……。
クリーム 私は、ここで生まれましたから。
魔法使い え!?
カプチーノ え!?伝記で読んだことがありますけど、でも――
クリーム そのようには見えない、ですか?
カプチーノ うん……想像できないなっていう感じですね……。
クリーム そうですか?
クリーム 残念です。私は確かに、ここで生まれたのですから。
クリーム 暗くて、湿っぽくて、朽ちている……このような場所ではありますが、ここに集まる妖精たちは、希望を捨てることがありませんでした。
クリーム その希望は、粗悪な材料で作られたクリームからさえも、妖精が生まれるほどのものでした。
モノローグ クリームは懐かしそうに語る。この隠し通路は薄暗いのに、彼女の目には光があった。
モノローグ そして、彼女は不意に足を止め、カプチーノとエスプレッソの方を振り返った。
クリーム お二方はここで暫くお待ち下さい。魔法使いとだけ、お話ししたいことがあるのです。
モノローグ ……。
クリーム このまま歩いていけば、王都まで戻れますよ。
モノローグ カプチーノとエスプレッソを残し、クリームは私を別の隠し通路まで案内してくれた。しばらく沈黙が続いたが、それを破ったのは予想外の言葉だった。
クリーム これから、自体は少々厄介なものになってくるかもしれません。部外者であるあなたを巻き込む訳にはいかないのです。
クリーム 魔法使い、早くこの国から離れてください。
魔法使い え!?じゃ……手伝いのことはどうなるの?
クリーム ……。
クリーム 実のところ、あの手紙は私が送ったものではありません。
魔法使い えぇ!?それじゃ、誰が――
クリーム わかりません。
クリーム 「ビッターコーヒー」があなたを呼んだのかとも考えました。ですが、あの手紙を読んで、まずはあなたを信用しておこうと思いました。
魔法使い ……全然信用されていないように聞こえるけど……。
クリーム すみません。ですが、それも仕方のないことです。
クリーム 私は、女王ですから。勝手にかつ無責任に、外からの来訪者を「信用」する訳にはいきません。
魔法使い つまり、あの手紙になにかがあって……クリームにそう思わせたの?
クリーム ……。
モノローグ クリームは手紙を取り出し、隅に刻まれた模様を見せてくれた。それはかなり淡い墨で描かれた、コーヒーの葉っぱの柄だ。
魔法使い これは――
クリーム 遠い昔、私がまだ女王となっていない頃……。
クリーム コーヒー貴族たちの支配を打ち破るべく、工場の仲間たちと一緒に戦っていました。
クリーム 最初はかなり厳しい状況でした。なにせ魔力流は貴族に掌握されていますし、使える武器もガラクタの鉄棒などしかありません。
クリーム しかし、ある協力者が現れたのです。
クリーム その協力者が密かに物資と情報をくださったことで、楽に行動できるようになりました。
クリーム ようやく貴族の支配を終わらせたものの、魔力流はなんと汚染されてしまっていて……。
クリーム かなりの緊急事態でした。その時もその協力者が解決策を思いついてくださり、なんとか事態を収めることができました。
クリーム ですが最後まで、協力者が誰だったのかはわかりませんでした……なので、「コーヒーリーフ」という名前を付けました。
クリーム なぜなら、その方からいただいた手紙には、いつもコーヒーの葉っぱの柄がついていたからです。
魔法使い ……。
クリーム この手紙を読んだ時、かなり驚きましたよ。
クリーム あの頃一緒に戦った仲間たちは、ひどい魔力環境のせいで、みな大地に還っています……ですので、「コーヒーリーフ」もそうなのではないかと、思っていました。
魔法使い つまり、その「コーヒーリーフ」が手紙を出したと思っているの?
クリーム ただの推測ではありますが、私はそうだと考えています。
クリーム しかし、今はもう昔とは訳が違います。理由のない恵みを、躊躇いなくいただくことができなくなりました。
クリーム 魔法使い、ここにあるもう1つの模様を知っていますか?
魔法使い え?これもコーヒーリーフじゃなかったの?
クリーム いいえ、この模様は更に複雑で華麗なものです。これは、この国を支配していたコーヒー貴族の印ですよ。
魔法使い え!?
クリーム 私にとっても、あの時代を生きてきた国民のみなさんにとっても、悪い記憶を思い出させる模様です。
クリーム 私は「コーヒーリーフ」は貴族の一員かもしれないと、疑っていました。私たちに対する同情なのか、それとも別の何かの理由で、私たちを助けてくださっているのではと。
魔法使い ……。
クリーム 残念です。もしこの方が二度と現れなければ、ずっと感謝の気持ちだけを抱いていたでしょう。
クリーム 魔法使い、すみません。
クリーム あなたは敵ではないと信じたいのですが、あなたがいることで、我が国が危険に晒されるかもしれません。
クリーム 私の信用が消えない内に、早くこの国から立ち去ってください。
最終更新:2022年06月09日 09:13