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ウィキ人です。

 このウィキを作る決心をしたのは、2008年夏でした。
スレ立ての際、過去スレやテンプレがだんだん肥大化していき、スレ立て人さんが連続投稿規制を食らうという事態が起きていたためでした。加えて、2008年夏は各地で豪雨に見舞われて、富士ぶさもその影響を受けました。

 2007年秋の一部報道で九州ブルトレ廃止が濃厚であることが報道されていたこともあり、一つ一つの事をスレのテンプレとして増やしていきたいのと、スレ立て人さんの負担を軽減することを目的に、ウィキを開設しました。

 私自身、ウィキを使うのが初めてだったので試行錯誤の毎日でしたが、スレの住人の皆さんの協力やアドバイスのもと、「傾向と対策」の充実、「伝説」を後世へ伝えていくこと、「ショートストーリー」や「吉牛コピペ」などのコーヒーブレイクなページの充実、旅には欠かせない「温泉・銭湯」情報の充実・・・。富士ぶさの廃止を目前にして、画像のうpの仕方がやっとわかったことによる画像ページの新設。

 最初は、スレ立て人さんやスレ住人さんの負担軽減から始めたウィキが、みんなに役立つ情報や思い出のアルバムへと成長していきました。

 また、終盤では一部の住人さんの要望により共同管理人さんが誕生、カマ情報や編成情報のページが新設されて、充実しました。

 特筆すべきは、「六郷土手お見送りオフ」でしょう。ウィキ人は九州住まいなので現地へ赴くことができませんでしたが、オフの情報提供の場のひとつとしてオフ板スレと共に、このウィキの1ページを活用していただいてとても光栄でした。動画も拝見しましたが、ジーンとくるものがありました。オフの方たちが見届けた最終富士ぶさのうち、門司で切り離された9041レを羽犬塚駅付近で見届けました。

 また、ウィキの今後についてですが、皆さんの力添えや叱咤激励があってこそここまで成長したウィキを、そう簡単には閉鎖したくないし、思い出のアルバムという意味でも残しておきたいという気持ちが強いです。

 ただ、今後5年あるいは10年もの間絶対に残せる自信があるかというと、自分自身でも確たる自信がもてないので、まずは2011年3月のダイヤ改正までは存続することを確約します。

 そしてその後の存続については、2011年3月時点での自分の状況や、皆様の要望などを勘案して、その後さらに2年・・・また更に2年という風に存廃の決定をしていきたいと思っています。

2009年3月15日


■更新情報
2009年3月15日:富士はやぶさが14日終着をもって運行を終了したことに伴い、トップページにリンク貼り付けしておいたJR各社の運行状況や旅客営業規則・切符の規則・サイバーステーションなどへのリンクを解除。

最終更新:2009年04月02日 00:51