説得の切り札 - (2010/01/05 (火) 18:19:01) の1つ前との変更点
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**説得の切り札 ◆WdJ/TIgKPQ氏
「三好…」
二回目の放送を聞いたカイジは、美心が死んだ時ほどではないが、動揺を隠しきれずにいた。
一方で、不謹慎だと思いつつ…沙織の名前が呼ばれなかったことに安堵していた。
殺されたのは4人。
有賀が居なくなったためか、明らかにペースは落ちている。
(もしかしたら、もう有賀のような殺人鬼は…いないんじゃないか?)
田中沙織を探してアトラクションゾーンを北上しながら、微かな希望を胸に抱く。
しかし、その希望はすぐに打ち砕かれた。
「………っ!」
アトラクションゾーンの中程の木に、ぶら下がっていたもの…
切り離された、子供の首。
吊るされて大分時間のたち、半分乾きかけたそれは、見るも無罪な姿になっていた。
一瞬カイジは目を背け、込み上げてくる吐き気をこらえる。
恐怖と怒りの後、ただただ涙が溢れた。
果物ナイフを取り出し、震える手で死体を吊るしていた髪の毛を切ろうとした時。
揺れた死体の口周辺からはらりとメモが落ちる。
メモを手に取ったカイジは、急速に冷静さを取り戻し…乾いた血が付着した紙をじっと見つめる。
数分後…何かを決意したかのような表情で、ポケットにメモをぐっと押し込み、作業を再開した。
死体を下ろし、近くの茂みを掘って埋め…静かに手を合わせた。
一通り探し回ったが、沙織を見つけることはできなかった。このまま闇雲に探しても埒が明かない。
もう一度南下し、アカギに会って詳細を聞くほうが、まだ可能性は高いのではないか。
それに…もし、接触できたとしても、飛び道具を持つ彼女を前にたった一人で、
武器も小さなナイフだけでは、説得を試みる前に殺されてしまうかもしれない。
だが、こちらが複数でいれば奇襲はかけにくい。
複数でうまく囲むことができれば、説得のチャンスができる可能性もある。
(人を…探そう。)
カイジは重い足取りで歩き出した。
◆
外に気を配っていた沢田は、ふと気配を感じて立ち上がった。
(誰か…来る。)
毒が仕込まれたナイフを構え、扉を小さく開ける。
体格からして、若い男。
かすかに足を引きずっている。負傷しているのだろうか。
沢田の存在にはまだ気がついていないようで、徐々にこちらに近づいてくる。
殺し合いに乗っているかは不明だが、休息している仲間がいる今、戦闘はできるだけ避けたい…
一度は身を潜めてやりすごそうとしたが、
近づいてきた男の服装、そして長髪に見覚えがあることに気づく。
そう、確か、ゲーム開始前に爆死した男を止めていた男…
伊藤カイジ。
涯から聞いた田中沙織の話では、伊藤カイジは対主催者の立場をとっていたはずだ。
それに、零も伊藤カイジに会いたがっていた。
沢田は接触を決め、裏口から外に出て、カイジの名を呼んだ。
◆
「伊藤カイジ、だな?」
カイジは、名前を呼ぶ声に足を止めた。
相手の姿は見えない。
「誰だ?」
返事をしながら、思考を巡らせる。
こちらを殺すつもりなら、わざわざ声をかけてきたりはしない。
気づかれぬうちに奇襲をかけるほうがずっと簡単だ。
声をかけてきたということは、敵であれ味方であれ、何らかの情報交換を求めている可能性が高い。
その情報を相手が得るまでは、自分は殺されないだろう。
民家の影から、中年の男が現れる。
男の手にナイフを認め、カイジは一歩下がって距離をとった。
「脅かしてすまなかった。オレは沢田という。
単刀直入に用件を言おう…同じ対主催の立場を取るものとして、お前と話がしたい。」
この男は、自分が対主催の立場をとっていることを知っている。
平井か、アカギか、井川ひろゆきか…自分を知る誰かと接触したのだろう。
確かに、対主催として味方が増えるのであれば、ここで沢田と話をしておきたい。
しかし、自分にはその前にやるべきことがある。
「申し訳ないが…対主催として動く前に、他にやらなきゃいけねぇことがある。
アンタが手伝ってくれるなら話は別だが。」
「やること、とは?」
「…田中沙織という女性に、会う」
「田中沙織だとっ…!」
大きな声をあげた沢田の反応に、カイジも驚く。
「田中さんを知っているのか?」
「あぁ…」
沢田は、遠目で捉えた華奢な女性を思い浮かべた。赤松の最後の姿が脳裏をよぎる。
「仲間を一人…殺されたよ」
無念さを浮かべる沢田、そして絶句するカイジ。
あのとき田中沙織を止めていれば…。
あの後も一緒に行動していれば…。
こんなことには…ならなかった…っ!
「すまないっ…!俺のせいで…」
深く頭を下げ、うなだれるカイジに沢田は困惑する。
「何があったのかはわからないが…顔をあげろ。田中探しは手伝おう。俺達もいずれ彼女を探すつもりだったからな。」
顔を上げたカイジは、直後、はっとした顔で周りを見渡し、訝しげに沢田を見る。
俺…達?
まだ隠れている仲間がいるのか?
とっさに警戒を強めたカイジを見て、沢田は感心する。
カイジが一般人ではなく、ある程度修羅場をくぐってきていることは容易に想像がついた。
誤解を解くために、すぐに沢田は続けた。
「俺以外にあと二人、この中にいる。二人とも今は休んでいる。俺が見張りをしていたんだ。」
田中沙織の情報…対主催者の情報…
どちらもカイジにとっては今すぐに飛びつきたい情報だ。
しかし、3対1というこの圧倒的に不利な状況で、どこまで沢田を信じてよいものか読みきれず、躊躇もあった。
その時、沢田の後ろの民家の影から、二人の人影が現れた。
暗がりの中、カイジ相手を観察する。随分と若い。子供だろうか。
沢田はすっと移動し、二人の少年とカイジの間に立つと、振り返って呼びかけた。
「…涯、零、起きたのか。」
「はい…」
一人の少年はカイジと沢田を交互に見比べ、冷静に状況を把握しようと努めているようだった。
もう一人の顔に火傷のある少年は、守られるのは性に合わないといった風に拳を構え、一歩前に出る。
「涯、大丈夫だ。戦うつもりはない。零、お前が会いたいといっていた、伊藤カイジだ。」
「えっ!」
零と呼ばれた少年は、驚いて声を上げる。
(もっとも、だいぶ警戒されちまってるけどな。)
囁いた沢田の言葉に、零は少し考えた後、カイジに向かって歩き出した。
「伊藤…カイジさん。はじめまして。宇海零です。彼は工藤涯。」
少年は、自己紹介をしながら近づいてくる。カイジは警戒を緩めない。
見たところ武器は持っていないようだが…子供を使って油断させるつもりか?
しかし、次に少年の口から発されたのは、カイジの予想もしていなかった言葉だった。
「俺は…あなたがホテルで助けようとした、山口の、同級生です。
彼のために泣いてくれて…ありがとう。」
カイジは、D-4のホテルで、見せしめのためだけに殺された男を思い出す。
自分が必ず敵をとると誓った男…。彼も、まだ若い子供だった。
目の前の少年と同じように。
「そうか…お前の、知り合いだったのか…。」
少年の心情を思い、カイジから戦う意欲は急速に失われていた。
沢田がナイフをしまい、涯も拳を下ろす。
やがてカイジも構えたナイフを下ろし、口を開いた。
「わかった…話をしよう。とりあえず家の中に入ろうか。」
◆
「そうか…」
互いに情報交換を終え、田中沙織の様子を知ったカイジは、力なく呟いた。
状況は…沙織と別れた時より、格段に悪くなっていた。
棄権が出来ず絶望した彼女は、優勝狙いに目的を切り替え、参加者を無差別に殺し始めている。
あの時、沙織を一人にしなければ…もっと早く主催者の罠に気が付いていれば…。
後悔に押しつぶされそうになりながら、カイジは頭を下げ続ける。
「お前は悪くない。そう…自分を責めるな。」
沢田の言葉に少し落ち着きを取り戻したカイジは、3人を見つめて話し出す。
「無理を承知で…頼みがある。彼女を見つけても、どうか…危害を加えないで欲しいっ…!。」
田中沙織に仲間を殺された相手に、彼女を守りたいと伝えるのは、心苦しかった。
だが一緒に行動するからには…はっきりさせておかなければならない。
悲痛な表情を浮かべるカイジに、沢田が安心しろ、というように小さく笑い、言葉を返す。
「俺達が彼女を探したいのは、復讐のためじゃない…彼女を止めるためだ。
悪いのは彼女じゃない。彼女に殺しを強いている、このゲームだ。そうだろう?」
零と涯も力強く頷くのを見て、カイジはもう一度、安堵のため息をついた。
この3人なら…共に行動しても衝突することはなさそうだ。
「そうと決まったら、田中沙織を止める作戦を考えねぇとな。零、お前が言っていた案はどうだ?」
「えぇ…田中さんを止めるために、ギャンブルルームで安全を買う案を考えていたんです。 」
なるほど…と言いかけたカイジを遮るように、零が続ける。
「でも、おそらく、その手はもう使えない。」
残念そうに言う零の言葉に、カイジだけでなく沢田も驚いた。
「そうなのか?いい案だと思っていたんだが。」
「既に…盗聴器でこの案を聞かれてしまった可能性が高い。
俺が主催者だったら、長時間ギャンブルルームに籠る参加者がいれば、真っ先にそこを禁止エリアにする。」
あぁ…と呟き、沢田は床に目を落とした。
それでも…田中沙織に殺人をやめさせるには…優勝以外の道を示すしかない。
沈んだ空気を破るように、カイジも話し出した。
「俺にも彼女を説得するための手がかりがある。まだ使えるかはわからないが…。」
零が、メモとペンを差し出す。自分と同じ過ちを繰り返さないように。
受け取ったカイジは、さっと何かを書き、手で隠すようにしながらメモを見せた。
『ゲームは監視されたギャンブル。筆談はトイレで。トイレなら、盗撮の可能性が低い』
メモを読んだ3人ははっとする。
確かに、仕掛けられているのが盗聴器だけとは限らない。
トイレとはいえ確実に安全とはいえないだろう…客に見せず、主催者だけが監視すれば問題ないからだ。
こちらから相手が見えなくても、向こうにはこちらの行動も、情報も筒抜け。
まるで目隠しされたまま、ただ手がかりを求めてさ迷うだけ…。
ふいに零の頭に、クォータージャンプのときの記憶がよぎる。
(目隠しされた状況で、有利に立てたのは…相手の死角があったからだ。
死角がないなら作ればいい。敵からは見えず…味方だけが覗ける死角を…っ!)
零は立ち上がり、3人分のデイパックとタオルを掴んで戻ってきた。
デイパックをコの字型に並べ、上からタオルをかける。
唯一開いた一面から覗きこむようにして字をかけば…体が壁になり、完全な死角になる。
内容がカメラに写ることはない。
簡単な方法だが、情報を主催者の目から隠せるのは大きい。
「なるほどな。ついでにタオルも首に巻いておくといい。万一カメラがあったらまずい。」
カイジは沢田が放ったタオル受け取り、ぐるりと首に巻いた。
◆
作った死角の中で、カイジはペンを走らせる。
『上下水道は島外にある。水道管を通って脱出できる可能性あり』
「この作戦の前に、まずこいつをどうにかしなきゃだな…」
書き終えたメモを見せながら、カイジは首輪を押さえていまいましげに言った。
「…首輪は…外せない…。」
「え?」
唐突な呟きに、3人の視線が零に集中する。
「あ…いや…さっき、そんな夢を見てて、思わず…。ごめん…なんでもない。」
視線に気がついた零は、気まずそうに謝る。
「しっかりしろ。まだ寝ぼけてるのか?」
「ま、棄権詐欺する連中だ。優勝すりゃ外せるって保障もないがな。」
呆れ顔で言う涯と、笑いながらそれをフォローする沢田。
しかし、カイジは…真剣な顔で黙り込んだ。
「カイジさん、どうかしましたか?」
零の問いかけに、しばらくしてカイジは、ゆっくりと口を開く。
「…本当に、外せなかったとしたら?」
「…?」
「優勝しても、首輪が外せなかったら…」
ぐっと手を握り締め、語気を強めてカイジは続ける。
「俺は前、同じ主催者のギャンブルに参加したことがある。 その時連中は、勝者に賞金を与えると言ったんだ。
だがレース後、こっちが逆らえないのをいいことに…もっと過酷なゲームを強いてきた。
結局レース後賞金を取りに行くまでの道で…勝者の大半が死んだ…
俺だけが生き残ったが…一歩間違えたら、俺も死んでいたっ…!」
怒りを込めて言い放ったカイジに、3人は言葉を失う。
「あっ…」
直後、零は何かを思い出し、急いで標のメモを取り出しページをめくる。
(あった…!)
標のメモにも、はっきりとこう書かれていた。
『赤松、代打ちを知らない 試験でない可能性大 ⇒ 主催に優勝者を生かす理由無し』
殺し合いが代打ちの選抜でないならば、優勝者を生かすメリットはどこにもない。
それどころか、証拠隠滅、資金節約…殺すメリットの方が遥かに大きい。
そして主催者はその気になれば、顔も見せずに、優勝者を殺すことができる。
「そうだな…それしかない。」
標のメモを確認し、カイジは先程書いた水道の情報の下に書き記す。
『優勝しても生き残れない。生き残るには、主催者を倒すしかない。』
この情報を田中沙織に伝えれば。
沙織を止めるだけでなく、対主催者に引き込むことができるかもしれない。
いや…必ずできる。カイジには確信があった。
有賀に襲われたとき、騙されていると気づいた彼女は、驚異的な勇気と行動力で、危機を跳ね除けたのだ。
しかも彼女は一度主催に裏切られている。
再び裏切られる可能性を指摘すれば、彼女は主催を倒そうとするだろう。生き残るために。
主催を倒したあとは、上下水道など何らかの方法で脱出すると伝えればよい。
「策は整ったな。すぐ出発するか?」
沢田の言葉に、零が首を横に振った。
「まだ沢田さんが休んでいない。当初の予定通り、第三放送までここにいませんか?
カイジさんも、少し休んだほうがいい。」
「俺は大丈夫だ。ならば、カイジに決めてもらおう。」
本当は今すぐにでも沙織を追いたいが…足の傷のこともあり、休憩も欲しい。
悩むカイジに、決定権は委ねられた。
【E-3/民家/黎】
【伊藤開司】
[状態]:足を負傷 (左足に二箇所、応急処置済み)
[道具]:果物ナイフ 地図 参加者名簿 島内施設の詳細パンフレット(ショッピングモールフロアガイド、
旅館の館内図、ホテルフロアガイド、バッティングセンター施設案内)
[所持金]:なし
[思考]: 田中沙織を探し説得する
仲間を集め、このギャンブルを潰す 森田鉄雄を捜す
一条、利根川幸雄、兵藤和也、鷲巣巌に警戒
赤木しげる(19)から聞いた情報を元に、アカギの知り合いを捜し出し、仲間にする
平井銀二の仲間になるかどうか考える
上水道、もしくは下水道へ続く場所を探す
※2日後の夜、発電所で利根川と会う予定です。
※アカギのメモから、主催者はD-4のホテルにいるらしいと察しています。
※アカギを、別行動をとる条件で仲間にしました。
※明日の夕方にE-4にて待つ、と平井銀二に言われましたが、合流するかどうか悩んでいます。
※第三放送まで休むか、外に出て行動するかは、次の書き手にお任せします。
【工藤涯】
[状態]:健康 右腕と腹部に刺し傷 左頬、手、他に掠り傷 両腕に打撲、右手の平にやや深い擦り傷
(傷は全て応急処置済み)
[道具]:鉄バット 野球グローブ(ナイフによる穴あり) 野球ボール 手榴弾×8 石原の首輪 支給品一式×3
[所持金]:1000万円
[思考]: 田中沙織を探し、殺人を止める 零と共に対主催として戦う
※石原の首輪は死亡情報を送信しましたが、機能は停止していません。
【宇海零】
[状態]:健康 顔面、後頭部に打撲の軽症 両手に擦り傷 睡眠中
[道具]:麻雀牌1セット 針金5本 標のメモ帳 不明支給品 0~1 支給品一式
[所持金]:0円
[思考]:田中沙織を探し説得する 対主催者の立場をとる人物を探す 涯と共に対主催として戦う
※標のメモ帳にはゲーム開始時、ホールで標の名前が呼ばれるまでの間に外へ出て行った者の容姿から、
どこに何があるのかという場所の特徴、ゲーム中、出会った人間の思考、D-1灯台のこと、
利根川からカイジへの伝言を託ったことなど、標が市川と合流する直前までの情報が詳細に記載されております。
【沢田】
[状態]:健康
[道具]:毒を仕込んだダガーナイフ ※毒はあと一回程度しかもちません
高圧電流機能付き警棒 不明支給品0~4(確認済み) 支給品一式×2
[所持金]:2000万円
[思考]:田中沙織を探し説得する 対主催者の立場をとる人物を探す 主催者に対して激しい怒り
赤松の意志を受け継ぐ 零と涯を守る
|117:[[帝王]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[投下順>本編投下順]]||
||COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[時系列順>本編時間順]]||
|108:[[水理]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:伊藤開司||
|116:[[夢幻]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:工藤涯||
|116:[[夢幻]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:宇海零||
|116:[[夢幻]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:沢田||
**説得の切り札 ◆WdJ/TIgKPQ氏
「三好…」
二回目の放送を聞いたカイジは、美心が死んだ時ほどではないが、動揺を隠しきれずにいた。
一方で、不謹慎だと思いつつ…沙織の名前が呼ばれなかったことに安堵していた。
殺されたのは4人。
有賀が居なくなったためか、明らかにペースは落ちている。
(もしかしたら、もう有賀のような殺人鬼は…いないんじゃないか?)
田中沙織を探してアトラクションゾーンを北上しながら、微かな希望を胸に抱く。
しかし、その希望はすぐに打ち砕かれた。
「………っ!」
アトラクションゾーンの中程の木に、ぶら下がっていたもの…
切り離された、子供の首。
吊るされて大分時間のたち、半分乾きかけたそれは、見るも無罪な姿になっていた。
一瞬カイジは目を背け、込み上げてくる吐き気をこらえる。
恐怖と怒りの後、ただただ涙が溢れた。
果物ナイフを取り出し、震える手で死体を吊るしていた髪の毛を切ろうとした時。
揺れた死体の口周辺からはらりとメモが落ちる。
メモを手に取ったカイジは、急速に冷静さを取り戻し…乾いた血が付着した紙をじっと見つめる。
数分後…何かを決意したかのような表情で、ポケットにメモをぐっと押し込み、作業を再開した。
死体を下ろし、近くの茂みを掘って埋め…静かに手を合わせた。
一通り探し回ったが、沙織を見つけることはできなかった。このまま闇雲に探しても埒が明かない。
もう一度南下し、アカギに会って詳細を聞くほうが、まだ可能性は高いのではないか。
それに…もし、接触できたとしても、飛び道具を持つ彼女を前にたった一人で、
武器も小さなナイフだけでは、説得を試みる前に殺されてしまうかもしれない。
だが、こちらが複数でいれば奇襲はかけにくい。
複数でうまく囲むことができれば、説得のチャンスができる可能性もある。
(人を…探そう。)
カイジは重い足取りで歩き出した。
◆
外に気を配っていた沢田は、ふと気配を感じて立ち上がった。
(誰か…来る。)
毒が仕込まれたナイフを構え、扉を小さく開ける。
体格からして、若い男。
かすかに足を引きずっている。負傷しているのだろうか。
沢田の存在にはまだ気がついていないようで、徐々にこちらに近づいてくる。
殺し合いに乗っているかは不明だが、休息している仲間がいる今、戦闘はできるだけ避けたい…
一度は身を潜めてやりすごそうとしたが、
近づいてきた男の服装、そして長髪に見覚えがあることに気づく。
そう、確か、ゲーム開始前に爆死した男を止めていた男…
伊藤カイジ。
涯から聞いた田中沙織の話では、伊藤カイジは対主催者の立場をとっていたはずだ。
それに、零も伊藤カイジに会いたがっていた。
沢田は接触を決め、裏口から外に出て、カイジの名を呼んだ。
◆
「伊藤カイジ、だな?」
カイジは、名前を呼ぶ声に足を止めた。
相手の姿は見えない。
「誰だ?」
返事をしながら、思考を巡らせる。
こちらを殺すつもりなら、わざわざ声をかけてきたりはしない。
気づかれぬうちに奇襲をかけるほうがずっと簡単だ。
声をかけてきたということは、敵であれ味方であれ、何らかの情報交換を求めている可能性が高い。
その情報を相手が得るまでは、自分は殺されないだろう。
民家の影から、中年の男が現れる。
男の手にナイフを認め、カイジは一歩下がって距離をとった。
「脅かしてすまなかった。オレは沢田という。
単刀直入に用件を言おう…同じ対主催の立場を取るものとして、お前と話がしたい。」
この男は、自分が対主催の立場をとっていることを知っている。
平井か、アカギか、井川ひろゆきか…自分を知る誰かと接触したのだろう。
確かに、対主催として味方が増えるのであれば、ここで沢田と話をしておきたい。
しかし、自分にはその前にやるべきことがある。
「申し訳ないが…対主催として動く前に、他にやらなきゃいけねぇことがある。
アンタが手伝ってくれるなら話は別だが。」
「やること、とは?」
「…田中沙織という女性に、会う」
「田中沙織だとっ…!」
大きな声をあげた沢田の反応に、カイジも驚く。
「田中さんを知っているのか?」
「あぁ…」
沢田は、遠目で捉えた華奢な女性を思い浮かべた。赤松の最後の姿が脳裏をよぎる。
「仲間を一人…殺されたよ」
無念さを浮かべる沢田、そして絶句するカイジ。
あのとき田中沙織を止めていれば…。
あの後も一緒に行動していれば…。
こんなことには…ならなかった…っ!
「すまないっ…!俺のせいで…」
深く頭を下げ、うなだれるカイジに沢田は困惑する。
「何があったのかはわからないが…顔をあげろ。田中探しは手伝おう。俺達もいずれ彼女を探すつもりだったからな。」
顔を上げたカイジは、直後、はっとした顔で周りを見渡し、訝しげに沢田を見る。
俺…達?
まだ隠れている仲間がいるのか?
とっさに警戒を強めたカイジを見て、沢田は感心する。
カイジが一般人ではなく、ある程度修羅場をくぐってきていることは容易に想像がついた。
誤解を解くために、すぐに沢田は続けた。
「俺以外にあと二人、この中にいる。二人とも今は休んでいる。俺が見張りをしていたんだ。」
田中沙織の情報…対主催者の情報…
どちらもカイジにとっては今すぐに飛びつきたい情報だ。
しかし、3対1というこの圧倒的に不利な状況で、どこまで沢田を信じてよいものか読みきれず、躊躇もあった。
その時、沢田の後ろの民家の影から、二人の人影が現れた。
暗がりの中、カイジ相手を観察する。随分と若い。子供だろうか。
沢田はすっと移動し、二人の少年とカイジの間に立つと、振り返って呼びかけた。
「…涯、零、起きたのか。」
「はい…」
一人の少年はカイジと沢田を交互に見比べ、冷静に状況を把握しようと努めているようだった。
もう一人の顔に火傷のある少年は、守られるのは性に合わないといった風に拳を構え、一歩前に出る。
「涯、大丈夫だ。戦うつもりはない。零、お前が会いたいといっていた、伊藤カイジだ。」
「えっ!」
零と呼ばれた少年は、驚いて声を上げる。
(もっとも、だいぶ警戒されちまってるけどな。)
囁いた沢田の言葉に、零は少し考えた後、カイジに向かって歩き出した。
「伊藤…カイジさん。はじめまして。宇海零です。彼は工藤涯。」
少年は、自己紹介をしながら近づいてくる。カイジは警戒を緩めない。
見たところ武器は持っていないようだが…子供を使って油断させるつもりか?
しかし、次に少年の口から発されたのは、カイジの予想もしていなかった言葉だった。
「俺は…あなたがホテルで助けようとした、山口の、同級生です。
彼のために泣いてくれて…ありがとう。」
カイジは、D-4のホテルで、見せしめのためだけに殺された男を思い出す。
自分が必ず敵をとると誓った男…。彼も、まだ若い子供だった。
目の前の少年と同じように。
「そうか…お前の、知り合いだったのか…。」
少年の心情を思い、カイジから戦う意欲は急速に失われていた。
沢田がナイフをしまい、涯も拳を下ろす。
やがてカイジも構えたナイフを下ろし、口を開いた。
「わかった…話をしよう。とりあえず家の中に入ろうか。」
◆
「そうか…」
互いに情報交換を終え、田中沙織の様子を知ったカイジは、力なく呟いた。
状況は…沙織と別れた時より、格段に悪くなっていた。
棄権が出来ず絶望した彼女は、優勝狙いに目的を切り替え、参加者を無差別に殺し始めている。
あの時、沙織を一人にしなければ…もっと早く主催者の罠に気が付いていれば…。
後悔に押しつぶされそうになりながら、カイジは頭を下げ続ける。
「お前は悪くない。そう…自分を責めるな。」
沢田の言葉に少し落ち着きを取り戻したカイジは、3人を見つめて話し出す。
「無理を承知で…頼みがある。彼女を見つけても、どうか…危害を加えないで欲しいっ…!。」
田中沙織に仲間を殺された相手に、彼女を守りたいと伝えるのは、心苦しかった。
だが一緒に行動するからには…はっきりさせておかなければならない。
悲痛な表情を浮かべるカイジに、沢田が安心しろ、というように小さく笑い、言葉を返す。
「俺達が彼女を探したいのは、復讐のためじゃない…彼女を止めるためだ。
悪いのは彼女じゃない。彼女に殺しを強いている、このゲームだ。そうだろう?」
零と涯も力強く頷くのを見て、カイジはもう一度、安堵のため息をついた。
この3人なら…共に行動しても衝突することはなさそうだ。
「そうと決まったら、田中沙織を止める作戦を考えねぇとな。零、お前が言っていた案はどうだ?」
「えぇ…田中さんを止めるために、ギャンブルルームで安全を買う案を考えていたんです。 」
なるほど…と言いかけたカイジを遮るように、零が続ける。
「でも、おそらく、その手はもう使えない。」
残念そうに言う零の言葉に、カイジだけでなく沢田も驚いた。
「そうなのか?いい案だと思っていたんだが。」
「既に…盗聴器でこの案を聞かれてしまった可能性が高い。
俺が主催者だったら、長時間ギャンブルルームに籠る参加者がいれば、真っ先にそこを禁止エリアにする。」
あぁ…と呟き、沢田は床に目を落とした。
それでも…田中沙織に殺人をやめさせるには…優勝以外の道を示すしかない。
沈んだ空気を破るように、カイジも話し出した。
「俺にも彼女を説得するための手がかりがある。まだ使えるかはわからないが…。」
零が、メモとペンを差し出す。自分と同じ過ちを繰り返さないように。
受け取ったカイジは、さっと何かを書き、手で隠すようにしながらメモを見せた。
『ゲームは監視されたギャンブル。筆談はトイレで。トイレなら、盗撮の可能性が低い』
メモを読んだ3人ははっとする。
確かに、仕掛けられているのが盗聴器だけとは限らない。
トイレとはいえ確実に安全とはいえないだろう…客に見せず、主催者だけが監視すれば問題ないからだ。
こちらから相手が見えなくても、向こうにはこちらの行動も、情報も筒抜け。
まるで目隠しされたまま、ただ手がかりを求めてさ迷うだけ…。
ふいに零の頭に、クォータージャンプのときの記憶がよぎる。
(目隠しされた状況で、有利に立てたのは…相手の死角があったからだ。
死角がないなら作ればいい。敵からは見えず…味方だけが覗ける死角を…っ!)
零は立ち上がり、3人分のデイパックとタオルを掴んで戻ってきた。
デイパックをコの字型に並べ、上からタオルをかける。
唯一開いた一面から覗きこむようにして字をかけば…体が壁になり、完全な死角になる。
内容がカメラに写ることはない。
簡単な方法だが、情報を主催者の目から隠せるのは大きい。
「なるほどな。ついでにタオルも首に巻いておくといい。万一カメラがあったらまずい。」
カイジは沢田が放ったタオル受け取り、ぐるりと首に巻いた。
◆
作った死角の中で、カイジはペンを走らせる。
『上下水道は島外にある。水道管を通って脱出できる可能性あり』
「この作戦の前に、まずこいつをどうにかしなきゃだな…」
書き終えたメモを見せながら、カイジは首輪を押さえていまいましげに言った。
「…首輪は…外せない…。」
「え?」
唐突な呟きに、3人の視線が零に集中する。
「あ…いや…さっき、そんな夢を見てて、思わず…。ごめん…なんでもない。」
視線に気がついた零は、気まずそうに謝る。
「しっかりしろ。まだ寝ぼけてるのか?」
「ま、棄権詐欺する連中だ。優勝すりゃ外せるって保障もないがな。」
呆れ顔で言う涯と、笑いながらそれをフォローする沢田。
しかし、カイジは…真剣な顔で黙り込んだ。
「カイジさん、どうかしましたか?」
零の問いかけに、しばらくしてカイジは、ゆっくりと口を開く。
「…本当に、外せなかったとしたら?」
「…?」
「優勝しても、首輪が外せなかったら…」
ぐっと手を握り締め、語気を強めてカイジは続ける。
「俺は前、同じ主催者のギャンブルに参加したことがある。 その時連中は、勝者に賞金を与えると言ったんだ。
だがレース後、こっちが逆らえないのをいいことに…もっと過酷なゲームを強いてきた。
結局レース後賞金を取りに行くまでの道で…勝者の大半が死んだ…
俺だけが生き残ったが…一歩間違えたら、俺も死んでいたっ…!」
怒りを込めて言い放ったカイジに、3人は言葉を失う。
「あっ…」
直後、零は何かを思い出し、急いで標のメモを取り出しページをめくる。
(あった…!)
標のメモにも、はっきりとこう書かれていた。
『赤松、代打ちを知らない 試験でない可能性大 ⇒ 主催に優勝者を生かす理由無し』
殺し合いが代打ちの選抜でないならば、優勝者を生かすメリットはどこにもない。
それどころか、証拠隠滅、資金節約…殺すメリットの方が遥かに大きい。
そして主催者はその気になれば、顔も見せずに、優勝者を殺すことができる。
「そうだな…それしかない。」
標のメモを確認し、カイジは先程書いた水道の情報の下に書き記す。
『優勝しても生き残れない。生き残るには、主催者を倒すしかない。』
この情報を田中沙織に伝えれば。
沙織を止めるだけでなく、対主催者に引き込むことができるかもしれない。
いや…必ずできる。カイジには確信があった。
有賀に襲われたとき、騙されていると気づいた彼女は、驚異的な勇気と行動力で、危機を跳ね除けたのだ。
しかも彼女は一度主催に裏切られている。
再び裏切られる可能性を指摘すれば、彼女は主催を倒そうとするだろう。生き残るために。
主催を倒したあとは、上下水道など何らかの方法で脱出すると伝えればよい。
「策は整ったな。すぐ出発するか?」
沢田の言葉に、零が首を横に振った。
「まだ沢田さんが休んでいない。当初の予定通り、第三放送までここにいませんか?
カイジさんも、少し休んだほうがいい。」
「俺は大丈夫だ。ならば、カイジに決めてもらおう。」
本当は今すぐにでも沙織を追いたいが…足の傷のこともあり、休憩も欲しい。
悩むカイジに、決定権は委ねられた。
【E-3/民家/黎】
【伊藤開司】
[状態]:足を負傷 (左足に二箇所、応急処置済み)
[道具]:果物ナイフ 地図 参加者名簿 島内施設の詳細パンフレット(ショッピングモールフロアガイド、
旅館の館内図、ホテルフロアガイド、バッティングセンター施設案内)
[所持金]:なし
[思考]: 田中沙織を探し説得する
仲間を集め、このギャンブルを潰す 森田鉄雄を捜す
一条、利根川幸雄、兵藤和也、鷲巣巌に警戒
赤木しげる(19)から聞いた情報を元に、アカギの知り合いを捜し出し、仲間にする
平井銀二の仲間になるかどうか考える
上水道、もしくは下水道へ続く場所を探す
※2日後の夜、発電所で利根川と会う予定です。
※アカギのメモから、主催者はD-4のホテルにいるらしいと察しています。
※アカギを、別行動をとる条件で仲間にしました。
※明日の夕方にE-4にて待つ、と平井銀二に言われましたが、合流するかどうか悩んでいます。
※第三放送まで休むか、外に出て行動するかは、次の書き手にお任せします。
※カイジ達は田中沙織に関する情報を交換しました。
その他の人物や、対主催に関する情報は、まだ交換していません。
【工藤涯】
[状態]:健康 右腕と腹部に刺し傷 左頬、手、他に掠り傷 両腕に打撲、右手の平にやや深い擦り傷
(傷は全て応急処置済み)
[道具]:鉄バット 野球グローブ(ナイフによる穴あり) 野球ボール 手榴弾×8 石原の首輪 支給品一式×3
[所持金]:1000万円
[思考]: 田中沙織を探し、殺人を止める 零と共に対主催として戦う
※石原の首輪は死亡情報を送信しましたが、機能は停止していません。
【宇海零】
[状態]:健康 顔面、後頭部に打撲の軽症 両手に擦り傷 睡眠中
[道具]:麻雀牌1セット 針金5本 標のメモ帳 不明支給品 0~1 支給品一式
[所持金]:0円
[思考]:田中沙織を探し説得する 対主催者の立場をとる人物を探す 涯と共に対主催として戦う
※標のメモ帳にはゲーム開始時、ホールで標の名前が呼ばれるまでの間に外へ出て行った者の容姿から、
どこに何があるのかという場所の特徴、ゲーム中、出会った人間の思考、D-1灯台のこと、
利根川からカイジへの伝言を託ったことなど、標が市川と合流する直前までの情報が詳細に記載されております。
【沢田】
[状態]:健康
[道具]:毒を仕込んだダガーナイフ ※毒はあと一回程度しかもちません
高圧電流機能付き警棒 不明支給品0~4(確認済み) 支給品一式×2
[所持金]:2000万円
[思考]:田中沙織を探し説得する 対主催者の立場をとる人物を探す 主催者に対して激しい怒り
赤松の意志を受け継ぐ 零と涯を守る
|117:[[帝王]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[投下順>本編投下順]]||
||COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[時系列順>本編時間順]]||
|108:[[水理]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:伊藤開司||
|116:[[夢幻]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:工藤涯||
|116:[[夢幻]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:宇海零||
|116:[[夢幻]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:沢田||
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