I'll be Back ◆3W1a2LmCis
山中の道路にて、
石川五ェ門は頭を抱えていた。
いや、見た目にはむずかしい顔で黙りこくっているようにしか見えないのだが、彼は実際途方に暮れているのだ。
「なあ、いつまでも怒ってたって始まらないだろう。いい加減に機嫌なおして、俺の話聞いてくれない?」
弁護士を名乗る
北岡秀一という男。
彼に持ちかけられて「契約」したことを、早くも五ェ門は後悔しつつあった。
「契約」とは、他の参加者と出会った際、殺し合いに乗っているか否かの判断と交渉全般を北岡、
護衛を主とする戦闘を五ェ門が担当するというものだった。
確かにこの男は口八丁手八丁には自信があるのだろう、ついさっき五ェ門自身が手もなく騙されたところだ。
しかしそれ故に、北岡との契約をまともに信じてよいものか、五ェ門はまだ迷っている。
そしてもうひとつの頭痛の種が、その北岡が連れてきたデルフリンガーである。
五ェ門は剣の形をしているものであれば、西洋剣だろうが竹光だろうが自在に扱う自信がある。
錆びているというのも、百歩、いや千歩ゆずっていいとしよう。
しかし、これは。
「おーい、何か返事しろよ兄ちゃん。せっかくお仲間になったんだろ?」
鞘から少しだけ顔を覗かせた剣が、カチカチと金属音をさせて軽快に喋る。
そう、喋る剣なのだ。
今までも散々奇妙な物事に遭遇してきたと思っていたが、まだまだ甘かったらしい。
「そうそう、もうちょっと喋ったら。無口はソンだよ、周囲に誤解を与える。
世の中で好印象を勝ち取るにはね、むしろ積極的に露出を…」
「もうよい」
そう言って、五ェ門はデルフリンガーを背負った。
本来なら腰に差したいところだが、この刃渡りでは長身の五ェ門でも地面に引きずってしまう。
「拙者はご機嫌を取られるのも謀られるのもごめんだ。
北岡殿、拙者と契約する以上はもう少し腹を割ってもらうぞ」
へえ、と感嘆の声をあげ、北岡は笑う。
「最初からそのつもりさ。まずは情報交換といこう」
この反応に五ェ門は多少むっとした。どうも北岡は、五ェ門の洞察力を舐めているきらいがある。
確かにルパンや不二子のような駆け引きはできないが、全くの朴念仁と思われるのも面白くはない。
そう簡単に信用などするものか―――五ェ門は余計に、北岡への警戒を強めることになった。
錆びた剣をエサにし、それが喋るという驚きで怒りの矛先をずらし、有耶無耶に契約を成立させる。
こんな絡め手を使って五ェ門との契約を得たことは、やはり北岡にとって失敗だったのだ。
情報交換をしてみると、二人はそれぞれの常識の食い違いに困惑することになった。
北岡は「
ルパン三世」を知らず、五ェ門は「(モンスターによる)連続失踪事件」を知らない。
後者はともかく、ルパン三世といえば世界的に有名な大怪盗だ。
まともに新聞を読んでいれば、嫌でもその名は目に入る。
どうやら、状況は思ったよりずっとややこしいらしい。
そのあたりのことはとりあえず保留にし、話はお互いが知っている人物のことに移った。
しかし北岡は、ライダーのことやデッキについてはまだ伏せておくことにした。
飛躍的に強くなる手段があることを五ェ門に知られて、今以上に警戒されることを恐れたのだ。
一通り話し終わって、北岡は息をついた。
「ああそうだ、水もらっていい?さっき見たデイパックの中にあったと思う」
五ェ門は無言で自分の荷物を探ると、コントレックスのペットボトルを投げてよこした。
「―――と。ありがとう」
封を切り、すぐさま口をつける。
実はこれを切りだすタイミングをずっと窺っていた北岡だった。
この忌々しいイベントが始まってこの方全く水分を口にしていない上、ここまでずっと歩き通しだったのだ。
特に好きでもない銘柄のミネラルウォーターが、今の北岡には命の水に思われた。
「…それを飲んだら、動くぞ。」
「そうだな、まずはもっと協力者を探さないと話にならない」
底に申し訳程度の水を残して、北岡はボトルのキャップを閉めた。
それを手に持ったまま、道路を南向きに歩き出そうとしたその時、
『――この声が聞こえますか。僕の声が聞こえますか。
僕は……北条、悟史と言います。この声が聞こえている人は―――』
突然聞こえてきたその言葉に、二人は顔を上げた。森の方からだ。
拡声器か何かを使っているのだろう、妹の探索と保護を呼び掛けている。
北岡は隣にいる五ェ門の手前、神妙な顔をして聴いていたが、
その内心は嘲笑と、それ以上の焦りで埋め尽くされていた。
(何てバカな奴だ!こんな事をしてまともな連中が応じるわけがない!
しかも、すぐそばというわけじゃないが結構近いぞ…下手をするとこの辺りにも…)
彼は知り合いに合流を促す発言をしてから、こう締めくくった。
『僕は絶対――戻るんだ、あの笑顔がある世界に!!』
行動は軽率で、言葉は感情的で、言っていることは全き子供の理屈だった。
北岡は思う。
こんな愚か者に巻き込まれて、せっかくつないだ命を無駄にしてたまるものか。
「五ェ門!他の参加者がこの辺りに集まってくるとまずい、早くここを離れ…」
視線を地上に戻すと、五ェ門の姿がない。
慌てて辺りを探すと、すでに道路を外れて森に踏み入ろうとする後ろ姿を見つけた。
「おっ、おい!どこ行くんだ!!」
「声の主を保護する。
お主の言う通り『乗っている』者が集まれば、先ほどの声の少年は危険にさらされるだろう。
無関係な者も巻き込まれるやも知れぬ。放っておくことは出来ん!!」
「待ってよ、俺との契約はどうなる?!」
一瞬、立ち止まった。
「加減はする。ついてくることだ」
止めても無駄。
北岡はコントレックスの残り一口を流し込み、ペットボトルを投げ捨てた。
茂る草木をものともせず駆けてゆく侍を、しぶしぶ追いかけ始める。
「ったく、めんどくさい奴と契約しちゃったかなぁ…」
誰にともなくつぶやく声に、着物の背中に鎮座する大剣がひょっこり顔を出した。
「同情するぜ、兄ちゃん」
+ + +
C−7にいるという少年を目指す五ェ門は、森の中をかなり速いぺースで進んでいく。
元々体力に自信のない北岡は、その背中を見失わないだけで精一杯だった。
(見も知らぬ奴のためによくやるよ、全く)
しばらく行くと、森の中で突然そこだけぽっかりと開けた場所に出た。
大きな岩が折り重なっていて背の高い植物が生えられないため、ちょっとした広場のようになっている。
朝焼けの中で開きかけた花が揺れ、水たまりにはチョウが集まっていて、
殺し合いの舞台としては少々長閑過ぎる光景だった。
不意に、先を行く五ェ門の脚が止まった。
北岡が眉を寄せる。何かあったのか?
「ごめんなさい…」
五ェ門の横に北岡が並ぶ前に、蚊の鳴くような声が聞こえた。
セーラー服を着て、ショートヘアの上に黄色いリボンをした小柄な少女だ。
「ごめんなさい、ルルーシュくん、ごめんなさい」
しかしその手には、FNブローニング・ハイパワーという、あまりに似つかわしくない銃が握られていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
しかも、あきらかに錯乱状態にある。
五ェ門が振り返って、無言で目をすがめた。何とかしろということだろう。
交渉担当を自ら言い出した北岡に異存はない。
しかしこちらを向いたブローニングの銃口を見て、多少気が滅入るのはどうしようもなかった。
(あーあ、銃で遠くから狙うのは俺のやり方のはずなんだけどなぁ)
立ち止まった五ェ門を追い越す時に、「ホントに撃ちそうなら頼むよ」と耳打ちした。
「ごめんなさい、ルルーシュくんが、い、いやぁあ!来ないでくださぁい!!」
(!…ルルーシュ君、ね)
その名前には聞き覚えがあった。確か、最初に集められた時に主催者の子供と対峙した少年だ。
何らかの対抗手段を持っている様子だった彼についての情報は、
北岡にとっても他の参加者にとっても喉から手が出るほど欲しい。
何が何でも冷静になってもらって、話を聞かなければ。
恐慌状態に陥っている少女に対し、北岡は暢気にすら見える仕草で頭を左右に振った。
「まあまあ、そんなに頑張ることないじゃない。それより食事でもどう?生憎今はパンと水しかないけどね。
こっちの怖いカオの奴はほっといていいからさ、二人でゆっくり、ね?」
『怖いカオの奴』が背後から睨みつける視線を痛いほど感じながら、北岡はゆっくりと少女に近付く。
「い、いやああ…」
おぼつかない足取りで、少女が一歩後ずさる。どうも、左足をひきずっているらしい。
「ああ、足を怪我してるんだね?駄目だよ、無理に動いちゃ。手当てしてあげるからこっちに…」
そう言ってもう一歩前に進もうとした時、幽かだが、北岡は確かにそれを聞いた。
――SWORDVENT――
まさかと思ったが、北岡がそれを聞き違えるはずはない、なぜなら―――
「北岡アアア!!」
「浅倉?!」
飛びかかる影。
紫と銀の装甲、そして牙のように歪曲した黄金のサーベル。
人生の最後に決着をつけなければならない因縁の相手、王蛇だ!
ギャリィイッ!!
「きゃあああああ!!」
少女の絶叫。とっさに北岡が銃を握った掌を掴み、覆いかぶさるように地面に引き倒した。
反射的に引き金が引かれるが、弾はあさっての方向に消えていった。
すぐさまこれ以上撃てないように引き金を押さえ、地面に伏したまま振り返る。
浅倉の剣を阻んでいたのは、五ェ門のデルフリンガーだ。
一瞬遅れて、デイパックが北岡と少女の隣に落ちてきた。剣を抜いた時点で、五ェ門が投げ捨てたらしい。
「何だテメェはぁ!」
浅倉の咆哮に五ェ門は答えず、
「お主の知り合いか!」
背後の北岡に向かって質問する。
「…まあね」
冷静を装いながら、北岡の頭脳はめまぐるしく回り始めていた。
浅倉が、王蛇のカードデッキを手に入れている!
参加者がもともと持っていた武器などは、ランダムに参加者に配られると言っていた。
偶然に浅倉が王蛇のカードデッキを支給される確率はゼロではない。
他の参加者の荷物を奪い、その中にデッキがあった、という可能性もなくはない。
しかしそれは都合がよすぎるのではないか。
主催者であるあの子供は、おそらく参加者が積極的に殺し合いをすることを望んでいる。
そのために、ライダーたちにはそれぞれのデッキを支給してあるのではないのか。
(だとしたら、デッキは最初から俺の荷物の中にあったんじゃないのか?!)
北岡はデイパックを捨てたことを本気で後悔した。
「こりゃあおでれーた!こんな鎧見たことねぇ、何系統の魔法だ?」
「戦っている間くらい黙っておれぬのか、お主は!」
重い斬撃だった。五ェ門はそれを一度振り払うが、すぐに再び鍔競り合いになる。
両者の剣は、危ういバランスで拮抗していた。
「北岡ぁあ…」
浅倉の気配は、明らかに狂人のそれだった。
仮面の上からでも分かる。この男は、現在対峙している五ェ門など、これっぽっちも見ていない。
「どうした、変身しろよ北岡ァ!俺と戦え!」
と、言われてもデッキがなくてはどうにもならない。
もとより浅倉とは決着をつけるつもりだが、素直に殺されてやる気はない。
奴と戦うならば、デッキの奪取がまず前提条件なのだ。
「い、今はムリだ!ほら、ただの人間の俺と戦っても面白くないぞ!
そうだ、ここはひとまず停戦にしないか!」
「…」
「もしかするとこの戦いも神崎が絡んでるのかも知れない。
あいつにこんなことができるんなら、もっとライダーを増やして楽しい戦いができると思わないか?
だから一緒にあの子供を捕まえて神崎を」
ガン!
「ひぃっ!」
浅倉が岩を蹴り飛ばしたのを見て、少女が息を詰めた。
「どうでもいい…イラついてんだ」
「ま、待て待て話を聞―――」
「とりあえず、死ね」
振り下ろされたサーベルを、またしても五ェ門が受け止める。
「てめぇに用はねぇんだよ!」
五ェ門は渋面をつくり、ひとつ鼻を鳴らした。
「拙者は「らいだー」だの「変身」だのが何を意味するのかは知らぬし、お主らの事情も分からぬ。分からぬが、」
王蛇の剣を抑え込んだまま、首を回して北岡を見た。
「お主、恨まれておるな」
にやり、肩越しに笑った。
北岡は引きつった笑みを浮かべる。
浅倉の一件に関しては、奴の逆恨みから始まった因縁だ。北岡に非はない(ないはずだ)。
しかし北岡には、他人に負の感情で執着される要素が確かにある。
「交渉はお主、戦闘は拙者、だったな。契約は契約だ」
五ェ門の言葉は、契約の履行を約束するものだ。
だが彼の浮かべた笑みに、北岡は言外の意味をはっきりと悟った。
よいか、拙者はお主を信用せぬぞ。少しでも非道の行いをすれば、…分かるな?
まるで弱みを握られたような気分だ。
今更ながら、厄介な人物と契約してしまったことを北岡は悟った。
「確かに俺はそいつと因縁があるし、決着をつけるつもりでいる。でも今はまだできない。それに…この子を」
展開についていけずに放心状態の少女を、北岡は起き上がらせた。
ここはすでに拡声器の少年が言っていたC−7エリアのすぐそばであり、今後危険人物が集まってくる可能性は極めて高い。
少女をこの場に放置して逃げだせば、そんな連中のいい標的になってしまうだろう。
それに少女を見捨てた時点で、北岡も五ェ門から切り捨てられる(もしかすると、文字通り斬り捨てられる)可能性は高そうだった。
「…つまりは?」
「適当に相手して逃げてくれ!」
「承知した」
声も出ないつかさを抱き上げると、北岡は東に向かって斜面を駆け降り始めた。
「逃げてんじゃねぇ!!戦えよ、北岡ぁあ!!」
「北岡殿は今はお主の相手は出来ぬそうだ」
「…どけよ」
「聞けぬ」
「どけ!」
せっかく見つけた標的との間に立ちはだかる着物の男を、浅倉は怒りにまかせて力でなぎ倒そうとする。
大振りの斬撃。しかし、二度、三度と弾かれる。
何とか捌いてはいるが、五ェ門に余裕はない。
初めて扱う剣、しかも、錆びていて強度に自信が持てない。
出来る限り勢いを受け流し、デルフリンガーに負担がかからないよう戦うのは、なかなか神経をつかった。
浅倉は不愉快そうに一旦剣を引くと、相手の鳩尾に前蹴りを繰り出した。
「ッだらぁ!」
「むっ?!…ぐ!!」
とっさに、左手でそれを受け止める。しかし勢いは死なず、五ェ門は後ろに弾き飛ばされる。
つま先で地面を削り、何とか止まった時には、蹴りを受けた場所から10メートル近くも後方にいた。
受け止めた掌を見れば、皮がそげて血がこんこんと湧き出てくる。
「適当に相手をしろだと?無茶を言ってくれる」
敵の男は悠然と、しかし全身から殺気を漂わせて、こちらへ歩いてくる。
五ェ門は傷口に溜まった血を振り払い、デルフリンガーを再び構えなおした。
+ + +
「いやあああ!もう嫌ぁ――!!」
「頼むからちょっと静かにしててくれ!」
腕の中で足をバタバタと振り回す少女を何とかなだめつつ、北岡は斜面を下っていた。
少女のデイパックは捨てて身軽になりたかったのだが、少女が力いっぱい握りしめていたために諦めた。
ブローニングは少女の手から引き剥がし、北岡がベルトに差している。
王蛇が追ってきたとしたら気休めにもならないが、ないよりはましだ。
(…五ェ門がどれくらい保つかな)
デルフリンガーが達人と言ってはいたが、五ェ門はあくまで生身の人間だ。
ライダー相手ではすぐに殺されたとしても全く不思議はない。
せっかく手に入れた協力者だが、早くも失うことになるかも知れない。
一定のペースで逃げながら、北岡は考える。
このゲームが始まって以来、自分は不運続きだ。
開始早々他の参加者に出くわすわ、契約した男のわがままで人助けに付き合わされるわ、
錯乱した少女の説得をさせられるわ、…挙句の果てには、何の準備もない状態で浅倉に出くわした。
(不治の病といい、俺って何かに憑かれてんじゃないの?)
しかし実は、彼自身の行動が招いた災難も多い。
北岡の犯した大きなミスは三つある。
一つ目は、デイパックを紛失したこと。
みすみす食料と水、コンパスなどの道具を失い、まだ入っていたかもしれない武器―――具体的には、ゾルダのデッキ―――を失った。
二つ目は、策を弄したことで五ェ門の不信を招いてしまったことだ。
素直に契約を申し入れればそれで済んでいたはずのところを、北岡自らややこしくしてしまった。
そして、三つ目は。
シュウウウ…シャアアア…
北岡は、ミラーワールドのモンスターに特有の気配を感じ取る。
「これは…まさか…!!」
足もとに、小さな水たまりがあった。
緊張が伝わったのか、つかさは叫ぶのをやめ、奥歯を鳴らして奮えはじめた。
北岡の判断は早かった。気付いた瞬間、方向を変えて茂みの中に逃げ込んだ。
一瞬後、水たまりから不似合いに大きな飛沫が上がった。
「やっぱりアイツかっ!」
姿を現したのは浅倉の契約モンスター、ベノスネーカーだ。
紫色の巨大なコブラがムチのような尻尾をしならせる。
伸びをするように天を仰ぎ、音のない咆哮をあげると、頭部の刃で木々を切り裂きながら北岡達を追って来た。
そう、 三つ目の失敗は、五ェ門にライダーについて話さなかったことだ。
ライダーがモンスターを操れることを知っていれば、五ェ門は浅倉にモンスター召喚のスキを与えなかっただろう。
結果として五ェ門が戦いに敗れたとしても、浅倉が身一つなら時間稼ぎとしては十分だ。
北岡とつかさは浅倉の追跡を振り切り、助かっていただろう。
だが、現実はこうだ。
北岡は五ェ門を信用しなかったために情報を出し渋り、最悪の結果を招いた。
ライダーに変身していられる時間は10分弱。
このモンスターも浅倉に活動限界が訪れれば消えるが、奴が変身してからまだ五分も経っていない。
北岡は今までは多少なりとも体力を温存しようという頭があったが、もはや計算はかなぐり捨てて全速力で走る。
少女のほうはモンスターの姿を見てからひたすら固まっていてくれるので、さっきよりは随分逃げやすい。
しかしそんなスピードが長く続くはずもなく、北岡はすぐにペースを落とさざるを得なくなった。
仕方なくブローニングを引き抜き、モンスターに向ける。
2発が外れ、一発がかすり、一発が命中した。
多少怯むが、怯むだけだ。牽制にもならない。
極限の疲労で、北岡はついに膝をついてしまった。
上手く息が吸えない。目眩がする…立ち上がれない。
少女のデイパックが地面に転がり落ちる。
今までは、北岡の服の襟と一緒に、指が真っ青になるほど握りしめていたのに。
「…いて…って…」
掠れた声で、少女が何が言った。
「え?」
「わたしを…おいてってください…!」
何を言ってるんだ、と言いたいところだったが、北岡は荒い息を整えるのに必死で、言葉を発することができなかった。
「わたしもう、ひとごろしなんです…お願いです、置いて行ってぇ…ルルーシュ君…」
絞り出すように言葉を継ぎながら、少女はぽろぽろと涙を流す。
北岡は理解する。
少女が「ルルーシュ」という名前を繰り返し呼んでいたのは、彼女が自身の手で彼を殺してしまったからなのだ。
きっと、不慮の事故だ。だがそれでも、おそらく普通の学生でしかない彼女には、耐えがたい事実だろう。
良心の呵責が、小さな少女を追いつめる。
「お姉ちゃん…助けて…」
少女の願いを掻き消すように、遠い爆音が響き渡る。
森を照らし出したその光は、北岡達のところにも届いていた。
彼女は知らない。
姉である
柊かがみが、たった今死亡したことを。
手を下したのが、仲のいい友人だったはずの
泉こなただということを。
そして、彼女のところにも、確実な死が迫ってきていた。
ベノスネーカーが、つかさを抱えた北岡の背後に居る。
(助けて…)
ふいに、北岡が少女を抱えたまま再び立ち上がる。
「…俺の話を聞いてくれ」
少女の目を覗き込んで、囁くように言った。
「お願いが、あるんだ」
+ + +
時間が多少前後する。
「…」
北岡の姿が見えなくなると、浅倉は突然身を退いた。
男が水たまりをのぞきこみ奇妙なまじないをすると、ロボットじみた紫色の大蛇が姿を現す。
「行け!北岡の野郎を追え!」
五ェ門が驚愕しているうちに、それは一瞬で五ェ門の頭上を越え、森の中へと消えた。
「何だ!?」
突然出現したモンスターに戸惑うが、北岡たちを追わせるわけにはいかない。
五ェ門は大蛇の後を追おうと、同じ方向へ走りだした。
しかし今度は、浅倉がその前に立ちはだかる。
「俺の相手はお前なんだろ?安心しな、殺さねぇよ…あいつはお前を殺してから、俺が直接やる」
どちらにしろ邪魔するつもりなら、五ェ門を先に潰すつもりになったらしい。
「…今のは何だ。まやかしか?」
「ああん、モンスターのことも知らねぇのかぁ」
浅倉が空気の混ざった聞き取りにくい声で、あざ笑うように言う。
「信用されてねぇんじゃねえのか、お前」
「…」
五ェ門は苦虫を噛み潰したような顔をした。浅倉の言う通りだ。
だが、虫の居所が悪いのは浅倉も同じだ。
「イライラするぜ、お前。なんで本気でやりやがらねぇ」
「さてな」
浅倉は苛立ちを隠そうともせず、何度も何度も岩を蹴り飛ばす。
「イライラする…
ルルーシュ・ランペルージは殺す前に死んでやがる…北岡は戦おうとしねぇ…」
型も構えも何もなく、浅倉はただ頭上から剣を振り下ろす。
「邪魔するテメェは俺を殺そうとしねぇ!!」
「ぐうっ!」
金のサーベルを受け止めた大剣が、キリキリと音を立てる。
五ェ門自身は認めたくはなかったが、この男に負けているのは想いの強さ、心の強さだ。
例えそれが、ドス黒い憎悪と純粋な戦闘欲でできた強さであっても、
結んだ契約が信じる価値のあるものか、迷いながら戦うよりは遥かにマシだ。
「全ッ然面白くねぇんだよテメェは!!」
「!」
ついに、力で押し切られる。仮面の下の素顔が、にやりと笑ったような気がした。
「っ、ぐああああ!!」
王蛇のサーベルが五ェ門の右肩を切り裂く。
さらにたたみかけようと、浅倉が剣を大きく引いた時、
―――ドオン…ゴゴゴ…
「!?」
かなり遠いが、巨大な爆発だった。
浅倉がそれに気を取られた隙に、五ェ門は後ろへ跳んで距離を取る。
紅く燃え盛るそれを、浅倉はじっとりと見つめていた。
「いいな…あの赤い野郎を思い出す…あいつも、いずれ殺す」
「…?」
浅倉の独り言は、五ェ門には意味不明だった。しかしこの間に少しでも息を整えようとつとめる。
炎はやがて真っ黒な煙に変わり、浅倉はそれに興味を失った。
「まず…お前だ。お前を殺して、次が北岡だ」
いかにも簡単に五ェ門を殺せると思っているかのような口ぶりに、五ェ門はぴくりと反応した。
「できるものならやってみるがいい!」
二人は再び斬り結んだ。
しばらく無言で、派手な立ち回りが続く。
圧倒的なパワーとセンスでひたすら押すスタイルの浅倉に対し、
まるで日本刀を扱うかのような型通りの動きながら西洋剣を握る五ェ門。
その戦いは何ともアンバランスで、しかし剣舞のようでもあった。
やがて、やはりというべきか、既にダメージを受けている五ェ門が押され始める。
「何だ…やっぱ元々大したことねぇの、かっ!!」
「!!」
五ェ門の手から、デルフリンガーが弾き飛ばされた。
「く…」
「終わりだなァ」
その時、どこからか飛んできた銃弾がサーベルに命中した。
「…ああ?」
続けて二発が王蛇の装甲に当たったが、ほとんどダメージはない。
だがその間に、五ェ門は素早くデルフリンガーを拾った。
一体誰が?二人は周囲を警戒する。
「つかさちゃん、今だ!」
声が聞こえてきた方向を、浅倉と五ェ門が同時に見た時、
「はいっ!」
木の上から、小さな影が飛び降りた。
「!?」
浅倉は宿敵の声、五ェ門は目の前に現れた人物の姿に、それぞれ一瞬だけ動きを止めた。
「そなた一体…ぬお!?」
「ごめんなさいっ」
細い腕が、五ェ門の耳と視界を塞ぐ。その勢いのまま、五ェ門は地面に押し倒された。
「浅倉!!」
名を呼ばれ、浅倉が振り返る。
長く張り出した岩の突端に立ち、ブローニングを構える人物を見つけると、その感情がみるみる狂喜に染まった。
「北岡アアアアッ!!」
剣を構え直し、見下ろす男に向かい跳躍する。
北岡の後ろには、追跡を命令されていたベノスネーカーの姿もあった。
このままいけば挟み撃ちだ。
まともに戦えない生身の北岡を殺すのは勿体ない気もしていたが、
頭に血の上っている今の浅倉には、そんなことはどうでもよくなっていた。
いまならやれる、やれるやれるこの男を殺せる!!
「悪いが、今はだめだ」
北岡は口で『それ』のピンを抜き、迫りくる浅倉に向かって投擲した。
次の瞬間、一帯は強烈な閃光と轟音に包まれる。
「ッアアアアアアアア!!」
浅倉は平衡感覚を失い、地面に落下した。同時に変身がとかれ、契約モンスターも消える。
『それ』の正体は閃光手榴弾。強力な光と音で対象をショック状態にする特殊手榴弾だ。
北岡は口にくわえたピンを吐き捨て、目と耳を開いた。
「いいか、お前との決着は必ずつける。だが、今じゃない」
ふらつきながらも岩を飛び降りた北岡は、相手に聞こえないことを承知でこう言った。
「必ず俺は戻ってくる。それまで待ってろ!」
「北岡ァァァ……!」
目を耳も利かない状態で地面をのたうちまわりながら、浅倉はそれでも標的の名を呼んだ。
【一日目/黎明/C−6 南東端】
【
浅倉威@
仮面ライダー龍騎】
[装備]なし
[所持品]支給品一式×2(浅倉とルルーシュ)、王蛇のデッキ@仮面ライダー龍騎(一時間変身不可)、
FNブローニング・ハイパワーのマガジン×1(13発)、ランダム支給品(未確認)(2〜3)
[状態]全身打撲 、目と耳に痛み
[思考・行動]
1:北岡秀一を殺す。
2:大剣の男(五ェ門)を殺す。
3:全員を殺す。
+ + +
浅倉が苦しんでいるうちに、二人は全速力で斜面を駆け降りる。
つかさを横抱きに抱えた五ェ門が、先を行く北岡に追い付いた。
北岡はつかさのデイパックに加え、ちゃっかり五ェ門のものも拾って持っている。
「おっ、お主何を考えておるのだ!!あの男の危険を承知していて少女にこのようなことを…」
言うことは立派だが、足取りが怪しい。
いくらつかさに目と耳をふさいでもらったといっても、完璧に遮断することは不可能だった。
特に音のダメージは大きく、まだイヤな耳鳴りがしている。
耳栓代わりに使ったらしい、葉っぱを丸めただけのものを捨てずに持ったままのつかさが、北岡の代わりに答えた。
「ちがうの、私がやるっていったんです」
「何?!」
北岡に向けるのと同じ剣幕でどなられ、つかさはびくっと萎縮する。
「あーほらほら、女の子が怖がってるじゃないの。ごめんねー、こいつ短気だから」
からかうような北岡の口調にも五ェ門は反論せず、ばつの悪い顔ですぐに謝った。
「すまぬ。苛立って女子に当たるとは…修行が足りぬ」
本気で修行が足りないと思っているらしい物言いに、北岡は苦笑した。
単純だとか短気だとかの性格が、修行云々でどうにかなると本当に思っているのだろうか、この男は?
「だが、閃光弾などいつ手に入れたのだ?拙者の荷物の中にはなかっただろう」
「正確には閃光手榴弾。つかさちゃんのデイパックにあったんだよ。
逃げている最中にジッパーの隙間からチラチラとね」
「あの状況でよく…」
五ェ門が呆れ半分で舌を巻いた。
「ところで」
「!!」
突然話し掛けられ、北岡と五ェ門が跳び上がった。
「そろそろ喋ってかまわんかい、兄ちゃん」
「デルフリンガー!驚かせないでよ」
錆びた大剣がかちかちと笑う。
「悪いね、黙ってろって言われてたもんでな」
「あ」
五ェ門が思い出した。黙っていられないのか、と剣に言ったのは確かに自分だ。
「それで結局、ホージョー・サトシって奴の呼び掛けには応じなくていいのか」
「…この状態の我々では、行ったところで力にはなれぬだろう」
「というか、むしろ足を引っ張りそうだね」
男二人は自分たちの風体を改めて検分した。
二人とも服はボロボロの上、あちこち泥だらけの汗まみれ、ところどころには血までにじんでいる。
「力になる以前に、不審者と思われて逃げられそうだなぁ?」
デルフリンガーが、二人の思っていることをまとめた。
つかさは状況が飲み込めていないようで、さっきからずっときょとんとしている。
「えーと、デルフリンガー、さん?って人はどこにいるんですか?木の上ですか?
腹話術がお上手で…あっ!もしかして忍者さんですか!?」
「…」
黙れと言われたわけでもないのに、デルフリンガーがまた静かになった。
北岡と五ェ門は思わず顔を見合せて、同時に噴き出した。
+ + +
背後から、ベノスネーカーが迫ってくる。
茂みをかき分けながら斜面を登り、北岡は五ェ門たちの元へ急いでいた。
「お願い…?」
「なあ、君の友達は、何人この島にいるんだい?」
突然関係のないことを尋ねられ、つかさは面食らった。
「よっ…4人、です」
「その子たちを、助けたいと思う?」
つかさは目を見開いて、北岡の顔を見上げた。
「思います、けど!…わたし、ルルーシュくんを助けようと、して…」
北岡は、その先を言わせなかった。
「助けようとした。助けようとしたんだ」
例えそれが、結果的に少年の命を奪う結果になったとしても。
「あの侍は今、俺たちのために戦ってる。俺達を助けるために、強くて怖い奴に立ち向かってるんだ。
その上、俺たちが今ここでやられたら、あいつは一人であのヘビと男を両方相手しなきゃならなくなる」
北岡は軽く振り返り、追ってくるベノスネーカーを示した。
「ルルーシュ君のことを、君は救えなかったかも知れない。でも今度こそ誰かを救えるかもしれない。
だからもう一度、勇気を出すんだ」
少女の瞳に、徐々に正気の光が戻る。北岡は涙声で言った。
「いや、こんな言い方はおかしいな…頼む、この通りだ」
つかさの手を握り、絞り出すように懇願する。
「あいつを…俺の仲間を、助けてくれ!!」
+ + +
「浅倉は俺を自分の手で殺したがってる。
だからあのモンスターは見失わないためのもので、浅倉ともう一度会うまで俺は殺されないと踏んだんだ。
だけど俺は、多少大げさにモンスターから逃げて、彼女に危機感を持ってもらった」
といっても、ベノスネーカーが本気で北岡を食い殺すつもりなら洒落にならないので、
実際には必死で逃げていたのだが、それは伏せておく。
「彼女と俺がモンスターに殺されたら、五ェ門、お前の命が危ない、って危機感をね。
その上で、俺は浅倉とモンスター、どちらも一度に無力化できる方法を考えた。
彼女が活躍できる場面も組み込んで。
あの時は、彼女を落ち着かせるためにはこうするのが一番だと思ったんだよ。
つまり、『自分は必要とされている、自分がやらなければ傷つく人がいる』って義務感を持たせることがね」
北岡は、五ェ門の背中で眠るつかさを見た。緊張の糸が切れたのだろう、ぐっすりと眠っている。
彼女の左足首の捻挫は、五ェ門のサラシとその辺の木の枝を使って、とりあえず固定しておいた。
湿布があれば一番いいのだが、この状況でそれは望めないだろう。
つかさに使ったサラシの余りで、五ェ門は自分の右肩と左掌も止血してある。
「上手くいったから良いようなものの、一歩間違えば全滅していたぞ」
「まあそう言うなよ。終わったことなんだからいいじゃない」
五ェ門がため息をつく。
北岡は笑っていたが、ふいに立ち止まった。
置いて行きそうになった五ェ門が三歩先で振り返ると、彼は真面目な顔をして言った。
「俺は必ず浅倉と決着をつける。必ずだ。だけど簡単に負けてやるつもりもない。
そのためには、俺もあいつと同じような力を手に入れなきゃならない。
これは俺の個人的な因縁で、お前には全くメリットのないことだ」
最初から北岡に都合のいい条件だったとはいえ、この契約はあくまでギブアンドテイクが前提だった。
それが崩れるのなら、この話は成立しなくなる。
「契約を破棄するか?」
北岡は少し緊張した面持ちで、五ェ門を見た。侍が、きびしい顔をして口を開く。
「お主がその力を手に入れた途端に裏切るつもりなら、拙者はお主を斬らねばならぬ。…だが」
五ェ門が、自分の背中で安らかに眠るつかさを伺い見る。
その寝顔には、出会った時の狂気はもうどこにもなかった。
「お主はこの少女を立ち直らせた。…お主の言葉、どこまでが真実かは、これから見極めるとしよう」
その答えに、北岡は深く頷く。
ようやく北岡にも、五ェ門の本質が分かってきた。
なんのことはない、城戸の上を行くとんでもないお人好しだ。
「それでいいよ。戦闘は任せたからね、五ェ門ちゃん」
「ど、どこぞの猿のような呼び方をするな!」
猿?と北岡が訊き返しても、ヘソを曲げた五ェ門は、それ以降しばらく返事をしようとしなかった。
【一日目/黎明/D−7 北西端】
【北岡秀一@仮面ライダー龍騎(実写)】
[装備]レイの靴@
ガン×ソード 、FNブローニング・ハイパワー(3発)
[所持品]無し
[状態]健康? 、疲労(大)、数か所の擦過傷
[思考・行動]
0:自分の支給されたデイパックにゾルダのカードデッキが入っていたのでは?
1:金髪の男(レイ)からデイパックを奪いかえす。
2:1を達成し、もしデッキが手に入れば浅倉を探し、決着をつける。
3:戦闘は五ェ門、交渉は自分が担当する。
4:つかさをどうするか…
※龍騎出演ライダー全員が、それぞれのカードデッキを持っているのではないかと推測しています。
※五ェ門から話を聞き、ルパン、次元、銭形について知りました。
【石川五ェ門@ルパン三世】
[装備]デルフリンガー(錆び)@
ゼロの使い魔
[支給品]支給品一式、水のペットボトル一本を消費、不明支給品0〜2(確認済み、剣・刀では無い)
[状態]疲労(大)、左手のひらに大きな傷、右肩に刀傷(共にサラシで止血済み)
軽い裂傷が数か所、サラシ無しで腹が寒い…
[思考・行動]
0:やはり北岡殿は信用ならん!
1:北岡、つかさを護衛する
2:浅倉と決着をつける気があるなら、北岡のカードデッキを奪い返す手伝いをしてもいい
3:早急に斬鉄剣、もしくは代わりの刀か剣を探す
4:ルパン、次元、銭形と合流し、脱出の手だてを探す
※錆びた剣であるデルフリンガーを折らないよう、加減して戦っています。
※北岡に話を聞き、龍騎シリーズライダーについてはほぼ正確に把握しました。
【
柊つかさ@
らき☆すた】
[装備]なし
[支給品]支給品一式、閃光手榴弾@現実を消費、ランダム支給品(確認済み)(0〜2)
[状態]疲労により熟睡、腕と脚に数か所の擦過傷、左足首にねんざ(五右衛門のサラシと木の枝で固定済み)
[思考・行動]
0:北岡、五ェ門と協力する
1:かがみ、こなた、みゆき、みなみに会いたい
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最終更新:2010年06月12日 02:15