それは、親父とお袋が旅行に出かけた時の事だった。
「おい、桐乃、晩飯どうする?」
「…………」
桐乃は俺の言葉を完全に無視し、自分の部屋に入ろうとする。
「おい、聞けって!何食い――」
「うっさい!なんで、あんたと食べなきゃなんないのよ!」
桐乃はそう捲くし立てると、素早く自室に滑り込むように入り、両手でドアを思い切り閉めようとした。
そしてそこに、桐乃の肩を掴もうとして出されていた俺の手が、絶妙なタイミングでドアの隙間へと吸い込まれた。そして―――
ゴキッ!!
と、家中に響くような鈍い音が走った。
「ぐっ……くぁっ……!!」
吐き気を覚えるような痛みだった。右手首が高熱を帯び、腫上がっていくのを自覚した。
「ぇ……ぁ…あに……き……?」
頭上から桐乃の震えた声が聞こえた。しかし、顔を上げる余裕は無い。メチャクチャ痛い。
しばらく冷や汗を浮かべながら痛みに耐えていると、さっきよりもマシになってきた。
その間、桐乃のヤツが何か騒いでいたようだが、全く聞いていなかった。
「兄貴!はやく!」
と、何時の間にか、俺の隣にしゃがみ込んでいたらしい桐乃が、俺の左腕を抱きかかえ、立ち上がるよう促す。酷く慌てている様子だ。
「ぐっ…………っ…!…」
立ち上がり動いた為か、右手から右腕にかけ激痛が走った。
額に嫌な汗が噴出す。
「あ、兄貴…!?大丈夫?!」
深刻な表情で俺を見上げる桐乃。
なんだコイツ?もしかして責任とか感じてんのか?
………いや、ありえねぇーよな。
しかし、「兄」としての意地は見せねばなるまい。
「っ……全然大丈夫だ…っ、モンダイナイ……!」
そう言って俺は、桐乃を安心させてやる為、爽やかな笑顔を向けた。
「―――っ…!、、び、病院、行かなきゃ……」
俺のスマイルに目を見開いて凝視してきたかと思えば、次の瞬間、顔をクシャリと歪ませ泣きそうな表情になった。……俺のスマイルは見れた物ではないらしい。
兄としての意地と、右手首に傷を負った俺は、
桐乃のされるがままに靴を履かされ、タクシーに乗せられた。
この時の事はよく覚えてはいないが、病院に着くまでの間
桐乃はずっと、俺の左腕を抱きかかえてくれていた。
そして俺は桐乃に引かれるまま病院に着いた…
(今、正直言うと手がメッチャ痛い…今にも叫び上がる程にだ。
だがアイツにはそんな情けない姿見せる訳にはいかない。)
俺はこんな時にちょっとばかしカッコつけていた…
と、桐乃が受付を済ませてくれているみたいだ…
「-……っはい、高坂です……えと兄が手を怪我しちゃって…はい…京介です…それで看て欲しくて……はい………はい…」
なんだアイツ…いつもは自信満々の笑みで
モデルやってるくせに…そんな不安そうな面しやがって…
(こっちが心配しちまうじゃねぇか…)
..
...
女性医師「えー…高坂京介さんの左手ですが…骨折ですね♪
全治4週間といったところですが…念の為、
このままギプスを付けて5週間程様子を見ておいてください♪」
最終更新:2022年08月11日 15:50