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3巻2章 桐乃視点 京介外泊中



午後7時過ぎ、あたしは食卓に座って夕飯を食べていた。
お母さん得意のカレー。と言ってもただ作るのが簡単ってだけで、隠し味も香辛料も入れてないごくごく普通の食品メーカーデフォルトの味だ。
まぁ、マズいってワケじゃないから別にいんだケドね。
お父さんも帰って来ており、はす向かいでモクモクと食べている。
あたしもモクモクとスプーンを口に運ぶ。その正面でお母さんは味噌汁を啜っている。
……こんどカレーに味噌汁はやめてって言おうかな。
毎日の変わらぬ食卓の風景だけど、今夜は少し違っていた。
チラッと流し目で隣の席を窺う。しかしそこには誰も座っていない。
そう、今夜の食卓にはあたしの隣にいるはずの人物がいないんだよね。
つまり――兄貴。いや、言い直そう。変態シスコンバカ兄貴だ。
あたしはモデルの仕事や部活の大会などで、たまーに夕飯時に居ない時がある。
お父さんも仕事が立て込んでたりすると居ない時がある。
お母さんもお稽古事で遅くなると電話で『勝手に済ませてちょうだい』と、これまた夕飯時に居ない時がたまにある。
だけど、兄貴が夕飯に姿を見せないってのはまず無いんだよね。
部活は入ってないし、塾にも通ってない。バイトもしていないので夕飯時には一番高確率で家にいるのだ。
放課後とかは遊んでるんだろうけど夕食までには戻ってくるし、最近なんかは休日でも家にいることが多い気がする。
若いのに外に出ないって不健康だよね。最近ただでさえオタク趣味になってきてるってのにさ。
……言っとっけど、あたしがそうさせたんじゃないからね? 兄貴のヤツが勝手にオタク化してんの。OK?
まぁそんなわけで、隣にいつもいるはずの兄貴がいないことがちょーっとだけ気になったワケだ。ほんとちょっとダケ、うん。
カレーを食べ終え、ごちそうさまを言う前に何の気なしにお母さんに聞いてみた。
「ねぇ――兄貴は?」
「居ないわよ。」
お母さんはチョー端的に事実だけを述べた。いや居ないのは分かってるから。
心の中でボケにツッコミつつ、次の質問をする。
「なんで?」
「泊まりに行ってるのよ」
あぁ、友達の家行ってんだ。
この時間帯にはたいてい家にいる兄貴だけど、ごくごくたまに友達の家へ泊まりに行ってることもあった。多分ソレだろう。
良いよねぇ兄貴は。友達の家泊まる~でOK貰えんだから。
あたしの場合、中学生で娘ということもあってか外泊なんて言語道断。
仕事だろうがなんだろうが全っ然、認めてもらえない。
部活の合宿だけは先生がいて集団ということでギリ認めてもらっている感じだ。
万が一友達の家へのお泊まりを認めてもらっても、『親御さんに直接挨拶せねば――』とか言って家までついてきそうだもんね、はぁ。
ま、外泊禁止で困ることなんて別に無いからいんだけどサー。
あーでも、あやせの家とか一度お泊りしたいなぁ。あと黒いのの家とか。
あいつんち行ったこと無いケド、どんなとこ住んでんだろ。
妹がいるって言ってたな。羨ましいヤツ。
もし泊まりに行けたら、メルルちゃんのOVA持って行って一晩中鑑賞会して――。
なんてこと考えながらコップの麦茶をゴクゴク飲んでると、お母さんが会話を続けてきた。
「お邪魔するのは久しぶりだから緊張してんじゃないかしら」
緊張ねぇ、そんなタマかな? 前に兄貴が居なかったのって――忘れた。

「ふ~ん?」
兄貴が居ない理由が分かって、もう興味は失せていたのでコップを口につけたまま適当に相槌を打ってると、
「――麻奈実ちゃんに迷惑かけてなきゃいんだけどねー」
ブゥゥゥゥゥゥッッッ―――ッ!
想像してなかった名前をいきなり聴かされ、思わず口にした麦茶を毒霧にしてお母さんに吹きかけてしまった。
「ちょ、ちょっと桐乃ぉ、何すんのよ」
「ゴ、ゴメン。き、気管支に入っちゃって」
「気をつけなさいよぉ、モウ」
ブツクサ言いながらお母さんはお手拭で顔を拭う。
その横でお父さんは変わらずモクモクとカレーを食べている。
多少、あきれ気味な顔をしてなくもない。
「最近は全然ウチにも来てくれないから良く知らないけど、仲良くやってるみたいねぇ」
お母さんは会話を続けてきたが、あたしはもうそれ以上聞く気にはなれなかった。
「さぁ? ゴチソウサマ」
さっさと会話を切り上げる。
お母さんもさして気にしてないようで『はいお粗末さま』と言ってそれっきりだ。
あたしはリビングを後にして、階段をドンドンと上がって部屋へ入った。――兄貴の部屋に。
部屋は机とベッドと本棚とオーディオコンポ、あとわずかな家具が置いてあるだけ。
最近出入りするようになって知ったが、あんま趣味といったものも無いようで部屋はわりと片付いている。
あたしは主の居ないベッドに腰掛けた。

…………。
「ふ~ん、地味子の家泊まりに行ってんだぁ」
……………………イライライラ。
―――ッア~~~~、なんっっかイライラすんな~~!
べっつにどーでもいんだけどさぁ!?
ただ今日はアイツに新しいゲームやらせようと考えてたの。なのに何? 何でいきなりどっか行ってんの? バカなの?
せっかくあたしが相手して遊んでやろうと思ってんのにッ――。
外泊するにも一言あたしに断るってのがスジってもんでしょーがぁ!?
考え出すと途端にイライラが膨れ上がってきてジっとしていられなくなった。枕が目に付いたのでそれを掴んで叩きつけてやった。
バフッ!
だいったいさぁ、地味子んち行って何する気? いつもあんっだけ、帰り道とかでベタベタしててキモイってのに。
バフッ!
付き合ってないとか言ってたけど、やっぱそういう関係なんじゃん?
『娘を下さい』とか言いに行ってんの? 超キモイっつ~のぉ~~っ!
バフッバフッ!
あの地味メガネも何なのよ? 幼馴染みつっても、ふつー男を自分ちに引きずりこもうとするぅ!?
バフッ!
あのバカもバカよ、な~にホイホイついて行ってんのよ! 西日暮里に行ったら間違いなく掘られるわ、キショッ。
バフッ!
今頃、一緒にお風呂入ろうとか言い合っちゃってるワケ?
~~~チッ! キモキモキモキモキモ―――ッ!
バフバフッ、バフッ!
あああああっっっ! イラつく―――っ!
バフッ!
バフッ!
バフッ!
――はぁはぁ。
ひとしきり枕を叩きつけると、そのままベッドに倒れこみ枕に顔をうずめる。
………昔から仲良いのは知ってっけどさぁ、何でだろう? 二人でいるとこ見るとなんかムカつくんだよねぇ。
特に何もないのにヘラヘラ笑ってんのが気に食わないトカ?
ここ最近はその〝気に食わない感〟がますます強くなってきてる気がする。
何でかなんて、自分でもよく分かんないわよ。
とにかくイライラすんのよっ、あいつら見てっと頭ん中よく分かんなくなってくるし。
あと、なんか知んないケド、胸とか息苦しくなってきたりもするシッ!
これも全部バカ兄貴のせいだ。
せっかく遊んでやろうとしていんのに、勝手にどっかいっちゃうのが悪いんだ。
「ったく、何やってんのよアイツ。………何やってんのよ――あたし」
枕に顔を埋めて独りごちる。
フン、どーだっていいや。別にあの二人がどーだろうと関係ないじゃん。
アホらしくなってきた、そろそろ自分の部屋戻ろう。
――でも、もちっとだけこうしてようかな。

……の匂い。……なんか、落ち着くん…だよね。





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最終更新:2010年07月30日 23:10
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