午後7時過ぎ、あたしは食卓に座って夕飯を食べていた。
お母さん得意のカレー。と言ってもただ作るのが簡単ってだけで、隠し味も香辛料も入れてないごくごく普通の食品メーカーデフォルトの味だ。
まぁ、マズいってワケじゃないから別にいんだケドね。
お父さんも帰って来ており、はす向かいでモクモクと食べている。
あたしもモクモクとスプーンを口に運ぶ。その正面でお母さんは味噌汁を啜っている。
……こんどカレーに味噌汁はやめてって言おうかな。
毎日の変わらぬ食卓の風景だけど、今夜は少し違っていた。
チラッと流し目で隣の席を窺う。しかしそこには誰も座っていない。
そう、今夜の食卓にはあたしの隣にいるはずの人物がいないんだよね。
つまり――兄貴。いや、言い直そう。変態シスコンバカ兄貴だ。
あたしはモデルの仕事や部活の大会などで、たまーに夕飯時に居ない時がある。
お父さんも仕事が立て込んでたりすると居ない時がある。
お母さんもお稽古事で遅くなると電話で『勝手に済ませてちょうだい』と、これまた夕飯時に居ない時がたまにある。
だけど、兄貴が夕飯に姿を見せないってのはまず無いんだよね。
部活は入ってないし、塾にも通ってない。バイトもしていないので夕飯時には一番高確率で家にいるのだ。
放課後とかは遊んでるんだろうけど夕食までには戻ってくるし、最近なんかは休日でも家にいることが多い気がする。
若いのに外に出ないって不健康だよね。最近ただでさえオタク趣味になってきてるってのにさ。
……言っとっけど、あたしがそうさせたんじゃないからね? 兄貴のヤツが勝手にオタク化してんの。OK?
まぁそんなわけで、隣にいつもいるはずの兄貴がいないことがちょーっとだけ気になったワケだ。ほんとちょっとダケ、うん。
カレーを食べ終え、ごちそうさまを言う前に何の気なしにお母さんに聞いてみた。
「ねぇ――兄貴は?」
「居ないわよ。」
お母さんはチョー端的に事実だけを述べた。いや居ないのは分かってるから。
心の中でボケにツッコミつつ、次の質問をする。
「なんで?」
「泊まりに行ってるのよ」
あぁ、友達の家行ってんだ。
この時間帯にはたいてい家にいる兄貴だけど、ごくごくたまに友達の家へ泊まりに行ってることもあった。多分ソレだろう。
良いよねぇ兄貴は。友達の家泊まる~でOK貰えんだから。
あたしの場合、中学生で娘ということもあってか外泊なんて言語道断。
仕事だろうがなんだろうが全っ然、認めてもらえない。
部活の合宿だけは先生がいて集団ということでギリ認めてもらっている感じだ。
万が一友達の家へのお泊まりを認めてもらっても、『親御さんに直接挨拶せねば――』とか言って家までついてきそうだもんね、はぁ。
ま、外泊禁止で困ることなんて別に無いからいんだけどサー。
あーでも、
あやせの家とか一度お泊りしたいなぁ。あと黒いのの家とか。
あいつんち行ったこと無いケド、どんなとこ住んでんだろ。
妹がいるって言ってたな。羨ましいヤツ。
もし泊まりに行けたら、メルルちゃんのOVA持って行って一晩中鑑賞会して――。
なんてこと考えながらコップの麦茶をゴクゴク飲んでると、お母さんが会話を続けてきた。
「お邪魔するのは久しぶりだから緊張してんじゃないかしら」
緊張ねぇ、そんなタマかな? 前に兄貴が居なかったのって――忘れた。