キャッチボール



「……38.4℃。モロ風邪だな」

京介は桐乃が脇から取り出した体温計を読み取り、溜息をついた。

「こ、このあたしが夏風邪なんかに……それもあんたなんかに看病されるなんて」
「親父は仕事で出払っちゃってるし、母さんも町内会の集まりなんだ。不本意でも我慢しろ」
「べ、別に嫌だなんて言ってないじゃない」

それ以外にどういう意味に取れというのか、と京介は内心で再び嘆息した。

「お前最近モデル業が重なってたから、疲労につけこまれたんだろうさ。ま、病人は病人らしく安静にしてな」
「余計なお世話……ゴホッ、ゴホゴホッ!」
「こんな状況でも意地張るか……お前らしいけどさ。とにかく無理すんなよ」
「うう……いつもの力が出せれば……くやしい……」
「なんとでも言いやがれ。何か食いたいもんあるか?」
「リゾット」

きっぱり。

「んなもん俺に作れると思ってんのか?」
「思ってないけど?」
「そうはっきり断言されると妙に腹立つな……」

意地悪そうな笑みを浮かべる桐乃。堪能したかのように笑みの質が柔らかいものに変化していった。

「食べられそうなもんなら何でもいいわよ、あんたが作ったもんなら」
「は?」
「え?あ……な、何か変な事考えたんじゃないでしょうね?キモ」
「(別に俺は何も言ってないんだが……)」

顔を赤く染めて桐乃が俯くのを見て、京介は妙な罪悪感に駆られた。この場に居続けるのは何か面倒臭いことになる気がしたので、京介は店じまいを始めた。

「じゃあ適当に消化のいいもんでも見繕ってくるわ。そんじゃな」
「あ……」

桐乃の返答を待たずに京介は立ち上がり、部屋のドアを丁重に閉めた。

京介が簡単な食事をこしらえて桐乃の部屋に戻ってくると、桐乃は眠っていた。
流石に安らかにとはいかないようで、何かうわごとのようなものを言っているらしく、京介は料理を置いて耳を傾けてみた。

「うぅ……おにいちゃん……待ってよぉ……」
(……!?)
「……ぅう……ん!?きゃあああ!何あんた勝手に覗き込んでんのキモキモキモッ!!」
「うおぁっ!?痛えっ!!」

桐乃から往復ビンタに枕投擲の追い討ちをくらい危うく後ろに吹っ飛びそうになる京介。

「す、すまん。しかしお前のような病人がいるか!」
「怒りが風邪を破ったのよ!って、ぁっ……」
「桐乃!」

桐乃がゆらりと体をへたらせるのを反射的に抱き留める。

「……本当に悪かった」
「ま、全くよ……ふん……」
「(こいつ汗だくじゃないか……俺が言えた義理じゃあないが)と、とりあえずお茶漬け粥を作ってきたから食べろよ。ポカリも用意してあるから」
「あ、ありがとう……」
「素直でよろしい」
「張っ倒されたいの?」
「(何この理不尽!?)」「じ……じゃあ……ほら……」
「……?」
「食べさせてくれるんでしょ?…………嫌ならいいけど……」

桐乃らしくない素振りに京介は僅かにうろたえたが、やがて意を決した。

「わかった」
「え……」
「なんだよ自分から振っといて」
「ほ、本当に……?」
「俺はお前の兄貴だからな」
「……」

京介はレンゲで粥を掬い取り、息で冷ましながら一口食べた。

「あっ……」
「ほらよ、あーん」
「あ、あーん……」

桐乃がレンゲの残りを恐る恐る口に入れ、それを確認してから矢継ぎ早に粥を掬っていった。

「ごちそうさま……美味しかった」
「そりゃどうも。顔が赤いけど熱でも上がったのか?」
「うっさいわね!……で、でも、あ、ありがとう……」
「お、おう……それじゃ、な」

桐乃のはにかむような微笑みに思わず京介はドキッとしたが、平静を装いつつ部屋から出ていった。

「ありがとう、おにいちゃん……」


京介は昔桐乃から目を背けてきたことで、たくさんの桐乃を見逃してきたことを改めて感じた。あいつはいくつもボールを放って来ていたのに。
もっとも、素直じゃないあいつのボールは暴投気味のものも多いのだが。
俺のすべき事は、あいつの投げる球を必死に追って捕ってやる事なんだろう。京介は、桐乃にもう少しだけ優しくなれた気がする日だったな、と思った。





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最終更新:2010年08月24日 17:59
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