猫耳 01



まず、言っておきたいことがある。
確かに俺は沙織の家で、「あぁ、コスプレもいいなぁ」と半ば自分の漆黒のあまりもの漆黒ぷりに陶酔していた。いや半ばというのは嘘で
相当に自分に酔いしれていたことも認めよう。
だが、それはあくまで衣装があらかじめ用意されていてなおかつ自分に良く似合っているという前提の元なりたつ心理であって、
つまり何がいいたいかというと俺にはコスプレをする趣味はないし、ましてや自分で用意してまで似合わない格好をする度胸もないのだ。
もっと言えばコスプレの一部だけ切り取って日ごろのファッションに取り入れて活かそうだなんて高等テクを持っているわけでもない。

で、ここまで読んだ方は大方どうせ無理やり誰かにコスプレさせられてるんだろう?と思うだろう。
半分正解だ。いや、半分正解かもしれない、だ。
まず正解かもしれない方の事情を説明するならば、誰かのせいかもしれないという点にある。犯人は不明だし、
そもそも犯人が存在するかどうかすら謎なのだ。
そんでもって100%不正解のほうだが、まぁ、その…なんだ



コスプレじゃないんだ。



「…嘘だろ?」



もうね、生えてんの。根元から。
…いや、下じゃねーよ。

ガラっ

「ちょっと、何時まで歯磨いて…」

何故俺の妹は毎回毎回最悪なタイミングで入ってくるのだろう。
あまりもの衝撃に凍り付いていたせいで、両手で頭を隠すのが一瞬後れた。
洗面所の使用権を主張すべく覇気をまとった表情で扉を開けた桐乃の顔は、一秒ほどの間をおいて(゚Д゚)こんな顔になった。


「あ、…あんた…」

「…見た?」


こくこく、とうなずく桐乃。

「…たしかに沙織の家では誉めたけど…朝っぱらから…」

「ちがうからね?!」


まぁ、そうですよね!普通そう思いますよね!
俺もお前の立場だったらそう思うわ。


だって変だろ?普通生えねぇよ、猫耳なんて!!





猫耳






「へぇ…うわぁ…マジで生えてんじゃん…あんたの体どうなっての?」

「あ、あのさ、あんまりひっぱんなよ痛い」

「うっさいなぁ、優しくしてやってんじゃん…うわぁ、中ってけっこうキモイ…」

「指を突っ込むなぁ!!」


先ほどからソファに俺を座らせて桐乃が興味深そうに俺の耳…もとい俺の猫耳を弄っているわけだが、
断じて優しい弄り方ではなかった。つか指突っ込むって虐待だよね?
いい加減恥ずかしいし痛いので逃げようとすると

「ああ、ちょっとまってあと10秒だけ」

おもむろに取り出したスマートフォンを俺に向かって(主に頭頂部に向けて)構える桐乃さん。
すかさずカメラ部分を覆い隠すように手を突き出した。

「どうするつもりだ!」

「…え?mixiにあげるに決まってんじゃん?」

何言ってんのこいつ!?
つか、なんでそんなこともわかんないの?ばっかじゃん?って顔してるよこの子!
くっそぉ…あぁあああむかつく!

「あのなぁ!おま」

ピンポーン

「あ、あやせ着ちゃった。もう!あんたがウダウダしてるから!」

がっと脛をけられて悶絶する俺。
蹲ると同時にパシャッとシャッター音が響く。
選こいつは目的のためなら手段をばないのか!?

「へへへ…」

にやりと笑ってじゃ、と鞄を持って玄関へ向かう。

「お、おま…」

「あたし学校なんで」

そう言って視界から消える妹様。
俺は痛みと悔しさで涙目になっていた。
くっそぉ…あいつの頭に猫耳生えたら絶対に2chにさらしスレ立てて写真うpしてやる…

「あ、あんたとりあえず今日は外に出ないでよ?猫耳つけた長男なんて一家の恥だから」

「戻ってきたと思ったら言うことそれか!」

「それと、」

ずい、と前傾姿勢でにらみつけてくる桐乃。

「あの黒いのだけは合わないでよね、何があっても。」

「はぁ?」

意図を測りかねていると、ぷいと顔をそらし、こんどこそ桐乃は玄関を出て行った。
いや、本当に意味わかんね。
もうね、なんなのあの傍若無人ぶりは。せめて身内のピンチな時ぐらいまともな対応できないの?
お前の外面の十分の一でいいから俺に向けてくれない?
これじゃまるで

「おもちゃだ…」

ため息とともにうなだれた。


とりあえず今日は風邪を引いて休む旨を麻奈実に伝えたのち、俺は自らの体に起きた異変に向き合うことにした。
といっても耳なので大して確認事項があるわけでもない。
自分の意思で動かせるのか?
聴力はあるのか?
あるとしたらどれくらい聞こえるのか?
これくらいである。

結論から言うと我が家を根城にする茶羽ゴキブリを5匹ほど瞬殺し、のこり数十匹の潜伏先を推測できる程の性能はあった。
俺は猛烈な勢いで殺虫剤を手に家中を駆け巡った。
先ほどまで気にならなかったのに、気にしだした途端どうにもならなかった。
想像してほしい。四六時中ガサガサとやつらが動き回る音と隣りあわせで生活する地獄を。

「く、糞、もうないのか!」

殺虫剤が切れたころ、家の害虫どもは約半数まで減っていた。無論、満足できるはずがない。
自室に戻り財布の中身を確認し、にやりと笑う。


へっへっへ、皆殺しにしてやる…女子供も血祭りにあげてやる。
薬漬けにして二度と笑ったり泣いたりできなくしてやる。


制服から私服に着替えて玄関までダッシュ。扉を開きかけたところでハッとする。
このままの姿で外に出る恥ずかしさを想像して鳥肌が立った。

「ぼ、帽子…」

残念なことに俺は帽子を持っていない。
が、しかし、帽子はある。

急いで自室にもどり、ベッドの下をあさり、地味なキャップを発見する。
いつかあやせが桐乃にかぶせろと俺に渡してくれたやつである。
返しそびれてここにあるわけだが…

「正に天使だぜ!」

っひゃっほう!あやせマジ天使。
開放感で胸がいっぱいになった俺は家を駆け出すと薬局があると思われる駅へと向かった。

かくして俺の財布の中身のほとんどを代償として我が家のゴキブリどもは全滅したわけだが、
玄関先にぽつんとおかれたゴキブリの死骸でいっぱいのビニール袋をどう説明したものか。
我ながら、よくまぁ、あんな気持ち悪いものをこしらえたものだ。正直、もう一度ゴキブリの死骸を目の前に詰まれて
「さぁ、袋に詰めてくれ」なんて言われてもやれる自信がない。

「はぁ…」

世に言う賢者タイムというそれに近い心持だった。
燃えるゴミの日は明日だが、とりあえず家においておくのも気持ち悪いし、
腐って妙な匂いが出ても困るので外において置こうと思い、玄関の扉に手をかけた。
ビニールを玄関の横の塀の内側に置くだけだから、まぁ、帽子はかぶらんでもいいだろ。

ガチャ…

「あ…」

はて、間抜けさに関して言えば俺は桐乃のそれを上回っているのかもしれない。
どうしてゴキブリの足音には気づいて、人間の足音には気づかないのか。

「お、お兄さん…」

「よ、よう…」





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最終更新:2010年09月01日 03:11
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