猫耳 03



世の中いろんな不幸があるが、中には珍しいのがあって「幸せな不幸」なるものが存在すると俺は思う。
例えば女の子との待ち合わせまであと10分ほど余裕があるのだが、その途中立ち寄った公園で野良猫にえらく懐かれ、膝の上に座った上にその場に落ち着いてしまいヘタレた空気椅子状態で
身動きが取れなくなってしまう、などがソレだ。(無論、この場合主人公は猫大好きである)
猫になつかれた幸せと、待ち合わせに間に合わなくなるストレスに板挟みにされた格好であるが、まぁ、今の俺のおかれた状況からすればそれはまだ微笑ましいといえる。
少なくとも待ち合わせをした女の子は多少遅れたくらいで臍を曲げるようなやつではないし、仮に臍を曲げて怒り心頭だとしても
缶ジュース一本で機嫌が直るお人よしなのだ。
その点、目の前にいる二人の美少女はやや性質が悪い。否、やや、というの寧ろ失礼に値するとすら思える。
片や警報ブザー常備で二言目には通報だの死ねだの(秘密だが俺は密かに彼女は鞄の中にスタンガンを忍ばせているのではないかと踏んでいる)ととても冗談が通じそうにないお堅い人間で、
約束を破りでもすればそれこそ仮に級友といえど命の保障すら危ぶまれるほどの危険度の高さを誇る。
もう片や危険度自体はさほど高くないものの、はその毒舌たるやこの上なしの古今無双(多分、桐乃をほんのちょっぴり凌駕してる)であり
口を開けば無尽蔵に放出される罵詈雑言に耐えうる精神の持ち主はこの俺を置いてほかにないに違いなかった。
それでも、とはいっても、所詮は年下である。
この俺様の手腕にかかればどうとでも料理できる…一人ひとりであれば。



つまりだ、今俺の置かれた状況を分かりやすく説明すると、寄りにもよって俺の知る限り最も危なっかしいこの二人の美少女とファミリーレストランでお食事ているのだ。
ちなみに俺はおごりでタダである。



…いやちょっとまて。
今もげろって言った奴いただろ?いたよな?
聞こえたぞおい!お前だよ、お前!
分かってないよ。お前は何も分かってない。
確かにさ、最初の文で例えた「野良猫に懐かれた」ってところにあたる「二人の美少女とお食事」ってのは嬉しいよ!?
そりゃうれしいさ。健全な男子高校生なら誰だって悦ぶに決まってる。
だけどさ、不幸分が桁違いにデカイんだよ。もう、どうしようもないくらいに。
割合で言うと幸福1%対不幸99%。
板挟みってレベルじゃないんだよ。一方通行に押し流されてんだよ。
つか、注文して食事が来て今半分ぐらい食い終わってるんだけど未だに一言も喋ってないよこの二人!

「…うん、この新メニューの鬼おろしハンバーグけっこう旨いなぁ…」

「…」

「…」

ほらな!ほらな!
さっきからずーーとこんなんだよ
時たま食器とナイフがカチャ、カチャと触れる音が居たたまれねぇよ!
俺は涙目で猛烈に湧き上がる嘔吐感に堪えながら鬼おろしハンバーグ定食を黙々と口に運んだ。
何かを入れていなければ、胃酸で胃に穴が開きそうだ。
何故こんなことになったのか。
実は、未だに俺も理解できていないのだが、起きたことを有りのままに話すと以下の通りである。


数時間前、俺とあやせは例のブザー事件により「不審者注意」なる看板設置された公園を避け、新たな会合場所を開拓しに町をさ迷っていた時だった。
俺のかぶっているキャップを見てあやせが自分のものであると気づき、俺がうなずいた。

「ああ、あの時のだ。悪いけどこういう状況だし、もうしばらく貸してくれないか?」

「お兄さんに貸した覚えはありませんが…まぁ、仕方ありませんね…」

渋々とうなずくあやせ。
そんなに俺にかぶられるのが嫌かとがっくりすると、何か閃いたかのようにあやせが此方を向いた。

「そうだお兄さん!」

「ん?」

「今から買いに行きませんか?帽子。」

「え?今から?」

「はい。」

立ち止まって改まるあやせ。
俺も足が止まる。

「実は私、前々からお兄さんにお礼がしたかったんです!」

「お礼って、…ああ、この前も言ってたな」

そういえばこの前電話で言ってたお礼って何だったんだろう?

「…以前のお礼はお気に召していただけなかったようですので」

「なぁ、その事なんだがこの前のお礼って一体なんだったんだ?」

むぅ、とあやせのほほが膨らむ。(←かわいい)

「もう其れは良いです!」

「え、そうなの?…ま、まぁ、それはともかく、お礼ってことは、お前が選んでくれるのか?言っとくけど俺はモデルが選ぶような帽子を買えるほど
金持ちじゃないぞ」

妹と違ってな。

「大丈夫です。値の張るものだけが良い物ではありません」

「つってもなぁ…」

煮え切らない俺の態度にあやせが少し苛立ちを含んだ目で俺をにらんだ。

「何かご不満でも?」

「いや、不満とかは無いんだが…、いまから東京に出るとなると時間が、な。」

まだ明るかったが、すでに午後の二時を回っていた。

「ああ、そんなことでしたか。大丈夫です。駅前に良いお店がありますから。」

「駅前?千葉駅の?」

「はい。以前仕事帰りに見つけたメンズショップなんですが、中々センスの良いものが多かったので」

ということは、態々俺の為に中に入って見てくれたという事のになるのか。
あやせは返事が遅い俺を不安そうに覗いてくる。
断る理由が無かった。といか、理由があっても断れないだろ、これは。

「じゃぁ、頼むかな。現役モデル様に。」

「はい、お任せください!」





…うっわ、笑顔超かわいいんだけど。




というわけで俺とあやせは駅前にあるというメンズショップ(狭い割には地上三階建てだった)に向かい、あーでもないこうでもないと悩みつつ(主にあやせが)
お洒落でなおかつ学校にかぶっていけそうな灰色の網目の細かいニット帽を購入した。
ちなみに税込み3980円というお値打ち価格(だそうだ)なこのニット帽であるが、残念ながら俺はすでにその時全財産を殺虫剤に貢いでしまっていた。
そのことに気づいて金を銀行から下ろそうと店を出ようとする俺をあやせが呼び止め

「では私が払いましょう」

といって返事を待たずにあっさりと会計を済ませてしまった。
男前というかなんというか、いや、それ以前に年下の、それも中学生に帽子を買ってもらうとか凄い情けない。
というかそれ以前に中学生に薦められた店で中学生に選んでもらって中学生に払わせる高校生ってどうよ?


…まぁ、いいか。
いいよな?
だってあやせからのプレゼントなんだぜ?ふひひ…。
いいだろ?
へへへ。
店の奥で店員がヒソヒソ言ってたって気にしない。気にしなーい。
…聞こえてんだよ…二言目には地味とか…別に貢がせてもねぇよ!



店を出て、猫耳が見えぬよう物陰に隠れ、早速買ってもらった帽子をかぶる。

「似合うか?」

「ええ、もちろん。出来れば服も新調したいところですが…さすがにそれは自分で払ってくださいね」

ジョークのつもりなのかあやせはふふふ、と笑った。
なんていうか、笑い方に感心して一瞬ほうけてしまった。
いや、正直言おう。見惚れた。
なんて上品な笑い方なんだろう。正に女性の笑い方、って奴だ。
俺の周りでそんな風に笑えるのははっきり言ってあやせだけだと思う。
例えば麻奈実はクスクスと小動物のようにわらう。これはこれで可愛いが、いまひとつ女性という感じがしない。
桐乃は論外でゲラゲラといかにも餓鬼っぽく笑うし、黒猫に至っては「ックックック」って何処の悪役だよお前は。


「――――あら、先輩?」


そんなことを考えてたからさ、思わず振り向いてしまったわけですよ。
罪悪感たっぷりな顔でな。

「く、黒猫ぉ!?」

「猫?」


俺の背後であやせが首をかしげるのが気配だけで分かった。
黒猫は制服姿でたった今裁縫店から出てきたと思しき布などが入った袋を持って立っていた。
そういえば夏コミが近い。
黒猫は俺とあやせを交互に見比べえて、なにやら考え込んだ後、邪悪な微笑をもらした。

「これはこれは高坂先輩ではありませんか。いかがしましたかこんな所で?」

あからさまに含みを持たせた敬語が怖いです。
超・怖いです。

「あ、えーっとこれはだな」

「あら?おかしいわね、そういえば今日田村先輩から『京ちゃん今日は風邪でお休みなの。昨日は元気だったのに、心配だなぁ…』
というお話を伺ったのですが、私の聞き違いでしょうか?」

「ぅぁ」

言葉に詰まる俺。
あやせが小声でつぶやいてきた。

「お兄さん、この方って以前ビックサイトで…」

「ああ、桐乃の向こう側の友達」

「なにかあらぬ誤解をさせたようですね…」

「………」

そうだよね。誤解だよね。
うん。わかってるよ。

「でもとても心配そうにしておりましたので聞き間違いではないと思いますが…では見間違いでしょうか?
そうですよね、まさか風邪を引いて休んでらっしゃるはずの先輩が実はピンピンしていて何処の馬の骨と分からない女と仲良く駅前でデートなんて
ありえませんよね?」

俺とあやせは二人して突っ込んだ。

「っちょ、馬の骨って」

「で、デートじゃありません!」

反応するのそっちかよ。
そこまでして否定しなくていいじゃん。
ぐすん。





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最終更新:2010年09月08日 23:07
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