http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1281447547/606-631
俺と桐乃は
夏も終わりを向かえ、それでもまだまだ太陽がジリジリと照りつけてくる残暑。
俺は午前からずっと部屋で机に向かって勉強をしていたんだが、さすがに集中力も切れてきたので骨休みとばかりに先日桐乃から押し付けられたエロゲーをプレイしていた。
ちなみに絶賛エロシーンが展開されつつあるところだ。
ディスプレイの中から悩ましげな声で「兄貴がシたいなら……す、好きにすればいいじゃない」と俺を誘ってくるツンデレ系妹。
「何度やってもあんま慣れねえな……」
二次元と三次元は違うと言うのは、まあ分かるんだが。
ゲームといえどもなんか背中がむずむずしてくんだよ。最初の頃よりはだいぶマシにはなってきたけどよ。
「はぁ。さっさと読み飛ばしてクリアすっか」
カチカチとクリックを連打してシーンをすっ飛ばしていく。あんま好みのシチュエーションじゃねえし、それに桐乃のやつがさっさとクリアしろってうるさいしな。
んで終わったらいちいち「どこが良かった」だとか感想を求めてくる。
エロゲーの感想を兄に求めるってどうなのよ? しかも妹モノの。
あいつにしてみりゃ好きなゲームの感想ってだけなんだろうが、こっちはそんな割り切ってゲーム出来ねえっての。その辺の複雑な兄の考えを汲み取ってくんねえかなぁ?
……汲み取るわけねえか。
ため息つきながらクリックしていると――「ん?」隣の桐乃の部屋から声が漏れ聞こえてきた。
「ちょっとー、さっきのメールなによ? あんた、あたしのこと暇人だと誤解してんじゃない? どっかのばか兄貴と一緒にしないでよね!」
あー、沙織か黒猫か。
電話口への態度で瞬時に分かる。猫被ってない桐乃は遠慮なんて言葉を頭から放り捨てたみたいにズケズケものを言う。
学校のやつらには絶対見せない裏の顔だ。もっとも裏だろうが表だろうがあたしはあたしって開き直っちまってるし、どちらの顔でいるときも楽しそうに笑っている。
だからこのことでつべこべ言う気は俺にはないのだが――、
ばか兄貴ってのはどこの兄貴のこと言ってんのかな? アホ妹よ?
「はぁ!? ちょっと! こっちにも予定ってもんがあんのになに無茶こいてんのよあんた!」
にしても、声でけえよ。
うちは廊下には声が漏れることはあまり無いんだが、俺の部屋と桐乃の部屋の壁は薄く大声出せば普通に聞こえてきちまうんだよ。
桐乃も俺もそこは分かってるから普段は一定水準以下の生活音しか出さない。
だのにこんな遠慮なく大声出すってことは怒っているか、逆に――、
「あ゛あ゛~~~~も゛う! しょうがないなぁ! いいわよ、超忙しいんだけど空けといてあげる!」
会話の内容から察するに、どっか行かないかってお誘いのようだ。
とすると、嬉しくて仕方ないんだろうぜ。素直じゃねえやつ。
「うん。分かってるってば! ちゃんと言っとくわよ。――はいはい、それじゃあね」
電話が終わったのかもう声は聞こえなくなった。
俺は肩をすくめて、またエロゲーのシーンを進めだした。
そろそろクライマックス、画面には「ナカで出ししますか? はい/いいえ」の選択肢が出ている。
毎度毎度、なんで聞いてくんだよ? 好きにすればいいじゃねえかなぁ?
俺はそう思うんだが、どのゲームにもほとんどついている選択肢だけに、きっとこだわり持っている人間が多いんだろうぜ。
マウスをぐるぐる回して――、「はい」でいいや。カチッとマウスをクリックする。
バンッ!
「ねえ、ちょっと――」
きゃあああああああああああああああああああああ!!
ドアをいきなり開けて桐乃が乱入してきやがった!
「き、き、桐乃! てめ! ドアはノックしろって言ってあんだろがッ!?」
「え? ああごめん。まあいいじゃん?」
緊急回避が間に合わなかったんでディスプレイを背中で隠す俺に、桐乃はさして気にした様子でもない。
「よ、よくねえよ! プライバシーの侵害だっつの!」
だいたいタイミング悪すぎだおまえ! なんで俺がエロゲーやってて、しかも妹にナカ出し選択した瞬間にやってくるかなぁ?
いたたまれないよ俺の心は!
「はぁ? あんたのプライバシーなんて知んないしぃ。――貸したげたゲームやってたの?」
げ! 気付かれた! ゲームから音楽流れっぱなしだもんなぁちくしょう!
桐乃はどこまで進んだのよと言いながら俺を押しのけディスプレイを見る。
「おま、おま! み、見てんじゃ……!」
恥ずかしさでうまく口が回んねえ。
うぎいいい! エロゲーのやってるとこはもう何度か見られてるし、肩並べて一緒にやったこともあるが、こう不意打ち気味にこられるとやっぱ恥ずかしい!
しかもナカ出しで「はい」選択したとことか、最悪だよっ!
「これまだ中盤じゃん。あんたこれ貸してあげて何日経ってると思ってるのよ。とっととクリアしてよね」
顔をリンゴのように赤くしている俺の横で桐乃はゲームの進捗が遅いとブツクサ文句を言ってくる。
くそー! こいつ自分がこういうの平気だからって……。わざと俺を羞恥させてんじゃねえの?
「し、仕方ねえだろ! 色々こっちにも予定があんだからよ! それより――なんの用事だよ? いきなり部屋に乱入してきやがって」
恥ずかしさに耐え切れる自信が無かったので、ゲームをクイックセーブして終了させ、話題を変えるよう誘導する。
「あ、そうだった。明日さ、アキバで沙織たちと遊ぶことになったから」
「さっき電話で言ってたのはそれか」
なるほどな、それが嬉しくてあんな大声出して、あげくにノックもせずに俺の部屋へやってきたわけね。
俺が電話の内容を言うと、桐乃はムスッとした顔になった。
「人が電話してんの盗み聴きしないでよ、キモいな~」
「人聞き悪いこと言うな。おまえが大声出してたから勝手に聞こえてきたんだよ! ばか兄貴ってのは誰のことだこら?」
「で、お昼頃集まろうって話になってるから」
「俺の文句は無視かよ!?」
まーるで聞いてないよこのアマ。
「って、俺も数に入ってるのねいつの間にか。予定も聞かずにさあ!」
「聞く必要ないっしょ。どうせ暇なんでしょ」
「明日だろ? んな急に言われても」
予定は空いてることには空いているんだが、こうおまえ暇だろ? なんて言われれば、言い渋るのは仕方ないよな?
俺が難色を示すと桐乃はとたんに頬を膨らませ始めた。
「ムリとか言うわけ? せっかくみんなで集まろうって言ってんのに!」
「だってよぉ、こっちにも予定ってもんがあるしな」
「ダメ! それ却下だから! なんとかこっちに合わせなさいよぉ!」
手のひらをギュッと握り締めて、まるで遠足が急に中止になってダダをこねている小学生のようだ。
不覚にも少し可愛いと思ってしまった。
やれやれだ、よっぽど明日が楽しみで仕方なくなってんだな。自分だってさっき電話で似たようなこと言ってたばかりだというのによ。
ま、この辺にしとくか。それに、俺も黒猫や沙織たちと会って遊びたいってのは勿論だしな。
よっぽどの予定が無い限りこっちを優先するさ。
「分かったよ、明日は空けておく。俺もおまえらと遊びてえし」
俺がそう言うと桐乃はころっと態度を翻し、嬉しそうに八重歯をのぞかせながら腰に手をやり、
「最初からそう言えばいんだよ、ば~か」
だとさ。
――で、翌日。秋葉原、電気街口そばにあるコンビニの前。
空はやや曇りで、風も吹いていてさほど暑さも厳しくは無い。絶好とまではいかないが出かけるには丁度良い天気だ。
「遅いな~。早く来なさいよね、黒いのも沙織も!」
桐乃は片足をトントン踏みながら、黒猫と沙織がやってこないと文句を言っている。
いつも通りバッチリと決めた洒落た服装をしている。キャミソールと七分袖のチェックシャツ、下半身は膝下までのレギンス、頭にはキャップを被っている。
一方俺は、カラフルな絵柄の描かれた桐乃の服と違って白のティーシャツにダークグレー一色のカーディガンにチノパン。
ふむ、俺らしい無難なチョイスと言えるね。
「いや桐乃よ。約束の時間までまだ三十分以上もあんだから遅いとかじゃないだろ」
実は二十分前くらいから俺と桐乃はここで二人が来るのを待っているのである。
俺がまだ家を出るには早いって言うのにきかねえんだもん。
「ねえ? ありえなくない? あたしをどんだけ待たせるつもりよあいつらは~!」
「どうどう、おちつけ桐乃。時計を見ろ。待ち合わせに早く来すぎたのは俺たちだろ」
「チッ、分かってるっつうの」
分かってるなら大人しくしてようぜ。
しかし、さすがに少し待ちくたびれる。こうやって立ちぼうけしてると疲れてくるしな。
「時間までどっかでコーヒーでも飲んでるか?」
俺がそう提案しても桐乃は「う~ん」と辺りをキョロキョロ見回している。
多分、俺の案には賛成なんだろうが黒猫たちが現れやしないかと、淡い期待をしているんだろう。
おまえ、あいつらのこと大好きだもんな。早く会いたくて待ちきれないってか?
「あれってなんのお店だっけ?」
キョロキョロしていた桐乃が何かに気付いて指を指した。
「あん?」
指差す方向に目を向けると、ガラス張りの窓からコスプレの衣装のようなものが陳列されているビルがあった。
………………。
俺はこの店のことをよ~~く知っていた。いや、よくってのは語弊があるな。知っていたくらいだ。
だって俺入ったことあるし。
いつだったか友人の赤城に誘われ、18という大人の階段を昇った俺たちはこのお店に踏み入ったのさ。
そう、桐乃の指の先にあるのは18歳未満お断りのいや~んなアイテムが買える大人のお店なのだ。
ちなみにビル全部がそうで、まるで専門のデパートといった風だ。
「あ、あれはだな……」
どう説明したもんかと悩んでいると桐乃はスタスタと店に向かって歩き出した。
ちょ! ビックリして追いかけて止める。
「桐乃さん、あれはそんな楽しくないお店っスよ? 行っても仕方ないっす、つまんないっす。それよりほら、コーヒーでも飲んでましょうよ、ね?」
「なにあんた? あの店知ってんの?」
「え? いや……知っているって言うかなんと言うか……」
「はっきりしないなぁ。入ってみればいいじゃん」
「いやそれは困る! いろいろ困るよ!?」
「だからなんでよ?」
うぐ……。ど、どうするよ俺? こいつ絶対説明しないと店に行くってダダこねるだろうし。
なんとか誤魔化したいがヘタすると後で沙織たちが来たときに行ってみようなんてことにもなりかねん。女の子三人にあれはなんのお店だと詰め寄られるなんてゴメンだぞ?
……ぜ、是非も無しか。
「あ、あの店はだな――」
「あの店は?」
「……………その、同人誌とかじゃねえぞ? いろいろエッチなものが置いてあるお店なんだよ。エロDVDとかオモチャとか……」
周りに聞こえないように桐乃に耳打ちをして告げる。
自分の入ろうとしていた店がどういうものか理解したのか、桐乃はみるみる真っ赤になっていった。
「な、なな――なんっでこんな駅前にあんのよっ! そ、そんな店があるのはブログとかで知ってたけど。こ、ここがそうだなんてあたし全然知らなかったもん!」
それは分かる。普段こっちの道は通らないし、通っても素通りしてたもんなぁ。
店の出入り口は壁が白く、どちらかといえば清潔感がある。一見、そんなものが売っているような外観じゃないしな。
今の桐乃みたいに知らずに迷い込んじゃうやつも中にはいるだろうぜ。
「サイアク! サイアク! サイアクッ!」
恥ずかしさを紛らわせようと悪態をついてくる。
まあ仕方無いとは思うが、
「最悪って言うたびに服引っ張るなよ、のびるだろうが!」
「てか……、なんであんたお店のこと詳しく知ってんのよ?」
ギク。
「く、詳しくなんて知らねって! あ、あれだ! 外からそんな店なんじゃないかな~って思えたからな」
桐乃は服掴んだままじと~っと俺を見つめてくる。
「嘘。そんなのパッと見で分かんないじゃん」
くっ! あっさり見透かされちまった。
「あんたの口ぶり、絶対入ったことあんでしょ。正直に言いなさいよ」
「ちょ! マジで服伸びるから! そんな強く引っ張んなって!」
「だったら早く言えっての、ばか兄貴!」
俺が馬鹿ならおまえはアホだっちゅうの! 兄の口から何を言わせようとすんだよてめー。
くそ~、言わなきゃダメなのか? さっきまで顔赤くしてたくせになんで今度は俺が言いづらいことを強要するんだこの妹は!
「とっとと言いなさいよ」
「…………い、一回だけ……。ダチと、な……」
収まりそうも無かったので観念して白状すると、桐乃は生ゴミを見るような目つきになる。
「サイッテー」
言うと思ったよ!
だから言いたくなかったのにさあ!
で、妹に蔑みの目で見られてそこで終わりかと思ったら――桐乃はとんでもないこと言い出した。
「ちょっとのぞいてみるわよ」
「はい!?」
俺の腕を引っ張ってずんずん店へ向かっていく。
「き、桐乃! 俺の話を聞いてなかったのか!? あそこにおまえの好きそうなもんなんてねえぞ?」
「聞いてたわよ」
「じゃ、じゃあなんで?」
「あんたがどんなもん見てやらしい顔してたのか興味出てきた」
「いやいや、そんなもん興味持たなくていいってば!」
「うっさい! 待ち合わせまですること無いんだし、いいでしょ」
「だからコーヒーでも飲んでようって言ったのにさあぁあああぁぁぁぁ!」
かくして俺と桐乃は兄妹二人して大人のデパートへ入っていくことになった。
「へ~、このビル全部がお店になってんだ」
「なあ桐乃よ、本当に見るのか? 今ならまだ……」
「一番上から見ていこ」
聞いてねえし。
あーもう! こうなりゃヤケだ、勝手にしろ! あとから文句言われてもしんねえかんな……?
エレベータに乗り込み最上階に降り立ってみると、一面のエロDVDが俺と桐乃を出迎えた。
店内のレイアウトは赤城と来た時とはけっこう変わっているようだ。
「うえぇ~すご……。これ全部エロいやつなの?」
「だ、だろうな」
人一人通れるくらいの狭い通路の両端にラックが立ち並び、DVDが本のように陳列されている。
秋葉原だけあってアニメの商品が多い。
桐乃も専らそっちばかりを眺めて、DVDを手にとっては「うへぇ~」とか言っている。
「妹モノってないの?」
「そんなん知るか!」
ここまで来て妹モノを物色するとはこいつのシスコンぶりも筋金入りだな、おい。
俺がノーパソで実写のエロ動画を見ていたのが桐乃にバレたとき、こいつは涙目で怒り狂ったもんだが、エロいものに寛容になったのか?
それともやっぱアニメやゲームとかだと割かし平気みたいな?
「こんなんばっか観るとか男って信じらんない。キモ」
どっちでも無かったみたいだわ。嫌悪感丸出しで俺を見てくるし。
てか俺にそんな目を向けたって仕方ねえだろ? 女には分からんだろうが、エロは男にとって必須なんだよ。むしろエロがなきゃとっくに人類は滅んでいたと思うぜ?
「あんたはどうせ眼鏡モノ買ってったんでしょうけどね」
「俺は眼鏡属性持ちじゃねえって!」
誰がなんと言おうと別に眼鏡にこだわっているわけじゃねえかんな!? たまたまコレクションのブツがちょっと偏っちまってるってだけだ、うん。
というよりさ……、コレクションをばっちり妹にチェックされているって終わってるなぁおい。
「じゃあどんなの買ったのよ?」
「――か、買ってねえよ! ダチは色々買ってたけど俺は見てただけだ」
「ほんとかな~? あんたスケベだし」
「マジだって! こういうとこ入ったの初めてだったし正直驚くだけでいっぱいいっぱいだったよ」
「ふ~ん。ま、いいや」
はぁ~なんとか追求を逃れることが出来た。
本当は赤城と金を折半して買ったのは買ったけど……、正直に言えばしばらくそれをネタにされて色々言われんだろうし、黒猫たちにまで話が伝播していっちまう。
うちの家系だけなのかもしれんが、女ってなんでこういう繊細な話題でもペチャクチャ話すのか理解に苦しむね。
さて話を変えるが、最上階はDVDコーナーに変わっちまってんだけど『らぶドール』のショーケースはやや場所を変えて残っていた。
相変わらず精巧なつくりだ……。
ウン十万と金を出してこれ買うやつは、どういう風に保管してんだろな?
桐乃はメルルの抱き枕を抱えて寝ているが、これも一緒に寝てたりとかすんの? 想像して……うぁ、鳥肌立ったわ。俺だったら夜中に目が合うとチビっちまうぞ絶対。
ちなみに俺が瀬菜にそっくりと評したドールも残っていた。
良かったー。いやね、もし無くなってたりしたら俺は明日速攻で赤城のやつに問い詰めるところだぜ。
最悪の場合、あいつとの距離を少し離すべきか真剣に考えるね!
俺のドール評はこんなところだが桐乃はというと、
「キモ!」
遠巻きに眺めていた『らぶドール』をばっさり。
うん、安心した。
もし「可愛い!」とか言い出したりしたら俺は力ずくでこいつを病院に連れ込む気でいたよ。
まあそれはおいとくとして…………さあ? DVDフロアってなんでこう……。
宣伝の為のモニターから「アッハ~ン、ウッフ~ン」と卑猥な映像と音声が流れているので、どうにもいたたまれない。
桐乃もそれに気付いてか顔を赤らめている。
「に、似たようなもんしか無いから、次行くわよ、次!」
恥ずかしがるなら初めっからのぞいてみようなんて言わなきゃ良いのによ。
せっつかれて降りていくと、恥ずかしがっていた桐乃が今度は一転「わっ」小さく歓声をあげた。
「コスプレも売ってんだここ」
アニメやゲームのコスプレらしき衣装がアパレルショプのように並べてある。
今さっきまでの恥ずかしさはどこへやら。桐乃はタタっとコスプレ衣装に駆け寄り喜色を浮かべている。
こういうフロアなら黒猫のやつも桐乃同様喜ぶのかな?
ふとそんなことを考えたが即座に「ねえよ」と一人ごちた。
だってあいつ超恥かしがり屋だし、ここへは入るっつうこと自体有りえないないだろう。
店入る前の桐乃の行動を黒猫に置き換えれば、俺が説明した時点で「ば、莫迦っ。勘違いしないで頂戴、私は新しいアニメショップか何かだと間違えただけよ」などと言い訳をしつつスタスタ店から遠ざかるはずだ。
むしろ入ってみようなんて言い出す桐乃がどうかしているぜ。わが妹ながら恐ろしいというか天然なやつだ。
そういや、俺がどんなもん見てたか興味あるみたいなことを口にしてたな? なんでそんなこと思っちまったんだろうな桐乃のやつは……?
そんなちょっとした疑問は桐乃が声をかけてきたのでぽしゃりと消えた。
「ねぇねぇ、ほら見つけちゃった! これ凄くない?」
「あ、それって確か『妹と恋しよっ♪』の――」
「そうそう! しおりちゃんたちが通う学校の制服! あんた良く覚えてたね」
「ま、まあな。おまえに無理やりやらされたやつだし」
おまえと初めて遊んだエロゲーだしな、嫌でも覚えてるっての。
「しかし、そんなもんのコスプレまであるんだな」
世の中、需要があるところにはあんのなー。エロゲーのコスプレって……。
いったい誰が買っていくんだよ。
「お金今日あんま持ってこなかったし足りるかなぁ?」
「需要の受け皿はおまえなんだ!?」
バッグから財布を取り出して有り金の額を確認しようとしている妹にツッコミを入れて、これから黒猫たちと遊ぶんだからまたにしろとなんとか諭す。
荷物になるってのもあるんだがよ、なんか――こういう店で妹が商品を買うという行為に抵抗感が大きかったんだよ。
桐乃にしてみりゃ単にコスプレ衣装買おうとしたってだけなんだろうけどさ。
「次の階行ってみよーっ」
コスプレに満足したのか、ここがアダルトグッズ店だと忘れたかのようにはしゃいだ声を出してるよ。
苦笑しつつ俺は頷いた。
で、次の階――。
なんというか……、俺はたいへん気まずい思いをするはめになった。
ここにはランジェリーが置かれてあったからだ。当然アダルトショップでただのランジェリーな訳がないよな?
男を挑発させるような淫猥なものばっかり置いてんだよ。
「なにこれ、ほとんど見えてんじゃん」
桐乃が手に取っているのはもはや下着なのかさえも分かんねえようなやつだった。
肌と布の比率がかなりおかしい。
胸を隠す場所は乳首しか隠せないほどの面積でお腹もぽっかりと大きく開けられている。
下の方なんかはローライズを更にローに入れた「もう隠してないじゃん!」と言いたいほどのものだった。
おまけに背中部分はただの紐。
「風邪引きそう……」
そんな心配をしている桐乃に俺はつい失言をぽろりと口からこぼした。
「おまえ、こういうの着たことあんの?」
「なわけないでしょ! 死ね変態っ!」
「ぐはっ!」
わき腹に肘鉄。
「き、着るわけないでしょ! バカじゃん!?」
「だ、だよな。すまなかった!」
「こういうのって、ど―――せアホな彼氏が着てくれとか頼んでるのがほとんどでしょ。ったく男ってなんでこんなもん喜ぶのよ」
「ま、まあ当人同士が良いってなら、それで良いんじゃねえか?」
これ以上怒りの炎に薪をくべないようにと無難な返答をするチキンな俺。
「…………ねえ。あんたもこんなん着てたら喜んじゃうの?」
「え? 俺は――そうだな。普通の格好が良いかな。まあ着てくれたら嬉しいって思うかもしれんが」
いきなりの質問につい正直に答えてしまった。
やべ! 気をつけてたのに素直に言ってんじゃねえよ、またゴミ見るみてえな目つきになるぞこいつ?
だが桐乃は、
「あっそ」
と言うだけだった。
てっきり馬鹿にすると思っていたのに、拍子抜けた。
……なんだったんだ? 俺にそんなことを聞いてきた桐乃の意図が今一つかめなかった。
……どうでもいっか。多分ぽっと思いついたってだけなんだろうさ。
続いて俺達はオモチャ売り場に到着した。
うん、オモチャ。誰がなんと言おうとオモチャ。もうこれしか説明しないからな俺は。
いちいち取り上げてなんていられるか! めちゃくちゃ種類豊富だし使い方分かんないもん多いしでキリが無いんだわ。
桐乃はというとオモチャに気付いた瞬間、顔をそむけて見ようともしない。そりゃそうだわな、ほとんどが女を悦ばす為のもんなので、さっきのランジェリーと違って俺以上に気まずいんだろう。
オモチャ以外にもSMグッズとかのコーナーがあったので、そちらの方を俺たちは見ている。
ムチを見かけた桐乃が手にとってニヤニヤしながら言ってきた。
「あんたシバくときに買っておこうかなー♪」
「なんで俺がおまえにムチでシバかれにゃならんのだ?」
「え? ダメな兄貴躾けるのは妹の役目でしょ?」
「誰がダメだ! むしろダメなのはおまえだろアホめ!」
「誰がアホかっ!」
軽くスナップを利かせてパチンと俺を叩く。
「ちょ! や~め~ろって」
ビニールで包まれているのでまったく痛くは無いが、なんてことしやがる! じゅ~~ぶん理解してるけど、兄をムチでぶつとか酷すぎじゃないこの妹様はよ!?
「えへ、いい感じかも♪」
手に持つムチを遊ばせながら桐乃は楽しそうに笑う。
「『いい感じかも♪』じゃないっ! 俺はMじゃねえ!」
「む、反抗的態度とみなす! もうちょっと強めに」
ペチペチ、パチン!
「もうやめて! 俺のライフはゼロよ!?」
俺たちがはしゃいでいると思ったんだろう。店員さんがやってきて「他の方のご迷惑になりますので」とやんわり注意されちまったよ、とほほ。
「やだもー、あんたが騒ぐからだよ」
「俺じゃねえ、おまえだ!」
そうそう、思い出したが店員さんの言うようにチラホラと他の客も数人見かける。
昼日中からなんてとこにやって来てんのかねえこいつら? もっと健全な場所に行けよな。
向こうもそう思ってんだろうけど。
SMグッズに名残を惜しんで(?)更に下へ移動すると、今度はメンズグッズが俺たちを出迎えた。
ここがこの店のメインだけあってやはりスゴイの一言――
「キ、キモキモキモぉ~~!」
俺の服を掴んで桐乃は気持ち悪くてたまらないと訴えている。
「だからそんな強く引っ張るなよ、服がのびちまうだろっ」
「だってなんなのよコレ。うえぇ、吐き気がしてきた」
だろうなぁ、女の子には刺激が強すぎだわ。実は俺もここへ最初来たときは、圧巻されると同時にちょびっとそう思ってたからな。
連れの赤城さんはとても元気良くはしゃいでらしてたけどね。
にしても相変わらずとんでもねえ数。
そこかしこにオ●ホやらローションやらがデーンと積まれている。
怪しげな精力増強剤なんてものもあんじゃねえか。しかも――うおっ! やたら高え! 数万円てシロモノまであるよ。
よく知らねえけどヘタな麻薬よりよっぽど高いんじゃねえの? どんな効き目なのか若干興味も惹かれなくもないが……、手を出そうとは思えないな。
「これって何?」
と、ヒきまくりの桐乃がある商品を指差して聞いてきた。
「卵みたい? なんに使うの?」
これ確か赤城のやつが話していたよな? 一応オ●ホの一種ということだが。
さて……どう説明したらいいものやら。
「あ~メンズグッズのひとつだな。聞いた話によるとエッチなイメージを抑えて作ってみようってメーカーがあるらしくて、そこの商品らしい」
「ふ~ん、確かに他のと違ってちょっと可愛いかも」
手に取るつもりは無いらしいが、指先でつついてどんなものなのか確かめている。
使い道は結局変わらないんだが、あまり嫌悪感は沸いていないようだ。
デザイン変えただけでも印象ってけっこう変わるもんなんだなやっぱ。女のこいつもこう言ってるし。
誰かは知らんが考えたやつはきっとオ●ホの天才というやつだな、うん。
「で、どう使うの? 割って目玉焼きにするわけないし」
……上手くかわしたと思ってたらつっこんで聞いてきやがったよ、このばか妹。
別の商品と違ってエロい印象が無いため、平気な顔して聞いてくんだろうけど、はっきり言ってタチ悪い。
ここはそういうお店で今いる場所は『メンズ』コーナーなんだから察してくれよ! 恥ずかしいんだから、もう!
「……そうだ! 桐乃、そろそろ待ち合わせ時間じゃね?」
「え? ――あ、やば。時間来ちゃってるじゃん!」
桐乃が腕時計を見せて言ってくる。
適当に話を逸らす為に聞いたんだが、桐乃の言う通り、時計の針は沙織たちと待ち合わせした時間ぴったしをさしていた。
「見たいもんなんて無いだろ、行こうぜ」
黒猫と沙織が来ているといけないのでさっさと店から出ることにして階段へ向かう。
と、階下から上がってくる客の声がしてきた――
「いや、ここマジで種類豊富だから驚くぜおまえ? 俺がちゃんと案内してやっからちゃんとついてくんだぞ?」
「ノリノリだな赤城。よっしゃ! オラ、ワクワクしてきたぞ!」
「はっはっはっは。戦闘力の高さにビビんなよ」
聞き覚えのある声……。
そしてだんだんと姿を現してきた、やや赤みがかった栗色の髪、無駄に爽やかな容貌…………。
「――――――ぅげッ!?」
あ、赤城! どうしてここへ――ッ!?
「ちょっとさっさと降りて――キャッ!」
とっさに桐乃の頭をひっ掴んで抱き寄せ、そのまま後ろへとずりずり下がった。
「な、なにすんのよ!」
「シ――ッ! 静かにしろって! 知り合いが来た」
耳打ちして事態を知らせると桐乃はサッと顔を青ざめ、目を丸くしてうろたえだした。
小声で聞き返してくる。
「な、なななんでこんなとこに!? だ、誰よ!?」
「俺のダチの赤城ってやつ」
「アカギ? ざわ……ざわ……の?」
桐乃は混乱しているのか意味不明なことを言っている。
「知らねえかもだけど、たまに家まで来たことあんぞ。おまえの顔も知っているかもしれん」
顔合わせしたことはないはずだが、リビングや廊下ですれ違っている場合もあるし、同じ学区内だ、道で見かけられている可能性もある。
「な、なんでそんな人がここにいんのよ!?」
「いや、実は前にこの店来たのってそいつとなんだ。多分また来たんだろうと思…う……」
チラリと後ろの方を振り返ってみると、赤城とそのツレ(俺は知らないがダチなんだろう)が店内を見回している。
「後姿とかでバレるとやべーから帽子貸せ」
「う、うん」
桐乃の頭から帽子を取り、自分の頭へグイっと深く被す。サイズが合わずに頭を締めつけられるが文句なんか言ってられん状況だ。
チッ! バレるわけにはいかねえぞ? 俺一人ならどうってことはないが、桐乃と兄妹してアダルトショップにいたなんて知られたら何を言われるか分かったもんじゃねえ。
口止めしたところでどれだけ信用できるかも分からん。
赤城のやろうめ、よりによって俺と桐乃がいるタイミングで来てんじゃねえええよッ!
「ちょ! やっべ! マジやっべ! 赤城さん、ここ凄くないっスか!?」
「くっくっく。そうだろう? ここは俺たちにとって聖地と言っても差し障りはない」
「うはー何このオモチャ? 二万円もすんじゃん、スゲーありえねえ!」
「だな。この額じゃちと俺も手は出ねーなぁ……」
「金あったら買うのかよ赤城? やるなぁ!」
「っふ。まぁまぁその辺はノーコメントとしておくぜ?」
な~~~~~~~~~にがノーコメントだあのヴぁカは!
俺の心を焦燥に駆らしている二人は楽しそうに商品を手にとって浮かれ騒いでいる。
「ど、どうすんのよ?」
「どうするって……、あいつらがどっか行ったタイミングでなんとか逃げるしかねえだろ」
「も゛おおお! 最悪!」
「俺だって最悪だよ!」
あいつ見た目爽やかだが中身はとんだむっつりスケベ野郎だ。見ろよあの顔? オ●ホを手に持ってすげー喜んじゃってるよ!
絶対変態だ! さすがあの瀬菜と血を分けた兄妹ってところだぜ?
ポイントカード作ってまた来そうな雰囲気だったが本当に来てんじゃねえよ!
まあ俺も再びこの店に来ちまってるわけなんだけどよぉ……。
だが赤城は友人と連れ立って来てんだろうが、俺は妹と来てんだよ! 客観的に見たらその辺どうだよ!?
……………………………………。
どうみても俺の方が変態ですね…………無量大数ほど圧倒的に。
ち、違うって! はたから見ればそうなんかも知れんけどさ!?
桐乃のやつが入ろうって強引に俺を引っ張ってったんであって、あくまで俺は付き添いという立場で!
だ、だいたいだなぁ、俺は桐乃に気付かれないようにリヴァイアサンを眠りから覚ますまいと必死に戦ってた誇り高い戦士なんだ! 変態などという不名誉なそしりは断じて認めん!
「ね、ねえ?」
「俺は変態じゃねえ!」
「はぁ? 意味分かんないし! それよりほら。あっち行ってるみたいだし。今チャンスじゃん」
桐乃が目配せをする。
建物の構造はL字のような形で、赤城たちは俺たちとは逆方面の通路にいた。階段はL字の曲がり角付近にある。
確かにチャンスだ。
「よし、行くぞ!」
俺は桐乃の頭を自分の腕と胸の中に隠し、俺自身も赤城には見えない方向に首をぐりりと捻って階段へそろそろと歩いていった。
階段までの距離二メートル……、一メートル……、九十センチ……、八十センチ……、
「こっちには何があんだ?」
どおおおぉぉぉわああぁぁぁっ! ちくしょおおおお――――――!
あと数歩ってところでやつらこっちに向かってきやがった!
急転換させて奥へと逃げ込む。だが、同じ通路にやって来られたもんだから、
「お、おい。見ろよ? カップルがいんぞ?」
「え? うそ!?」
存在を気付かれてしまった! つうかカップルじゃねえよ! こっち見んなバカ赤城と赤城の友人のバカA!
だが俺の願い空しく赤城たちは興味を持ったみたいでヒソヒソとなにやら話を始めだす。
「す、すげえな……。カップル連れでアダルトショップに入るとは」
「ああ、世の中には俺らの窺い知れない特殊な性癖を持ったやつらもいるってことだな」
声のトーンを落として話しているつもりらしいが、しっかり聞こえてんぞこの野郎! 誰が特殊性癖だ!
「見たとこ俺たちとあんま変わらないくらいの年齢なのにずいぶんとマニアックなカップルだな」
「オ●ホ使ってどんなプレイするんだろうな。さすがの俺も想像がつかねえぜ」
「なぁ、ちょっとどんな顔か見てみねえ?」
赤城いいいいいいいいいいいいッ!
てめ! ふざけたこと言い出してんじゃねえぞコラ!?
やばい、逃げ場がねえ! ど、どうすれば――!?
焦りに駆られているなか、ぴったり密着している桐乃のからだがピクッと震えたのが分かった。
よく見りゃ、服をぎゅっと掴んで目とつむっている。
……不安なんだろう。当然だ。バレちまったら俺だけじゃねえ、ヘタをするとこいつの大事な世間体も失いかねない。
あやせと仲違いしたことがあってから、こいつはそれがトラウマになっているフシもある。
世間体――今まで桐乃が何年も積み重ねてきたもの、努力して手に入れたもの。そしてなにより……俺が必死に護ってきたものだ。
それをこんなつまんねえことで。
そう考えると、俺は急にフツフツと別ベクトルの怒りが胸の底から沸いてきた。
よくも妹を不安にさせやがったな! シスコンの風上にもおけねえぞ赤城!
「ん゛! う、ん゛ん゛ん゛ッ!!」
喉が千切れるくらいに咳き払いを鳴らして近寄ろうとするバカを威嚇した。
「……や、やめとけって赤城」
「あ、ああ。そ、そうだな」
俺の怒りが伝わったのか赤城と友人Aはそれ以上近づくのを止めたようだ。
ふぅ……ったく。それ以上近づいてたら思いっきり頭突きかますところだったぜ? 運が良かったな赤城よ。
その赤城は、さっさと気を取り直したのか(こいつはいつまでもウジウジしないポジティブなやつなのだ)、上の階へ行こうと言い出した。
「俺確認したいもんがあんだよ」
「おう、まだまだエログッズ見学は始まったばかりだしな。って確認したいもんて?」
「ん? いやまぁ秘密だが。俺は今バイクを取るかそれを取るか悩んでたりもしてるな。へへ」
そんな会話をしながら二人は階段を上がっていなくなっていった。
てか赤城よ……、悩んでいるっておまえまさか…………。
ま、まあなんにせよ助かったぜ。
だけどこのカリはしっかりと覚えて――――いや、よそう。もう過ぎたことだしな。
ウダウダ考えるのは良くないことだ。あいつらも休日に男同士の楽しい一時を過ごしに来ただけなんだから。
――でも、一応瀬菜にはてめえが妹似のらぶドールに未練タラタラだってことをチクっておくからね?
店を出てきた俺達は「「はぁ~あ」」と二人して安堵の息をつく。
「やれやれ危なかったな」
「はぁ~なんかあたしマジ疲れた……」
「ああ、安心したと同時に腹減ってきた」
「ップ、なんでよ」と桐乃は吹き出す。
「いやだってさ、もう昼だし」
「ほんとだ。――って! 約束の時間! もう10分も過ぎちゃってるし!」
「うお、遅刻しちまってんのかよ」
一時間近く前から待っていたのはなんだったんだろうか。
待ち合わせの場所はすぐそこだ。駅の方面に目をやると、
「いたいた」
いつものゴスロリ服とキモオタファッションですぐ分かった。黒猫と沙織のやつは既に来ていて、こっちに気付いていたのか俺たちのほうを見ている。
でもなんか二人ともポカン( ゚д゚)としていないか?
今度はごにょごにょ俺たちを見ながら話し出しているし。
片手を挙げて手を振ろうとしたら、桐乃が俺をどんと押しのけ離れた。
おととっ。そういやこいつ引き寄せてたまんま――――――見られとるうううううううう!?
ま、まさか店から出てきたところも……?
桐乃は猛然と二人にダッシュで駆け寄る。俺もそれに続いた。
「ちっ、ちちちち――違っ、違っ! ち、ちちち違っ!」
「脳みそに血が足りていないのは分かっているから安心して頂戴」
「し、しょんなこと言ってないでしょ! こ、ここのクソ猫!」
「ははは、落ち着いてくだされきりりん氏。黒猫氏ももちろん冗談でござるよ」
「ふん、どうやら今は逆に血がからっぽの頭にのぼり過ぎて、まともな日本語も喋れないようだしね」
「まあまあ。これで四人とも集合ですな」
「すまん、遅刻しちまった」
頭を掻きつつ遅刻したことを詫びた。
「いえいえ、京介氏お気になさらず」
「いや、ほんと悪かった。で、さっきのは――」
舌も満足に動かせない桐乃に変わって誤解を解こうとすると、沙織はそれを手で制した。
「大丈夫でござる京介氏。事情は拙者も黒猫氏も飲み込めておりますから」
「そ、そうなのか? 話が早くて助かるよ」
「はい。きりりん氏と京介氏がそこまでのご関係だったというのは、もう見てて赤面するほどに分かり申した。正直、『あのお店』から出てくるお二人を目撃したときは、拙者頭が一瞬真っ白になりましたが」
「「違ああああ――――――――――――――うッッ!」」
俺と桐乃がハモって叫ぶ。ひとっつも分かってねえじゃねえかよ!
「はぁ。しかしあのように京介氏ときりりん氏がぴったり寄り添っていたものですからてっきり、ねえ?」
「ねえじゃないっつの! へ、変な誤解は止めてよね、キモッ!」
「どう誤解なのかしらねぇ? 沙織に聞いたけどあそこは色々といやらしいものを売っているのだそうじゃない? そんなところから二人で出てきて、しかもなんだか楽しげに笑ってもいたようだし。どう誤解だと言うのかしら?」
黒猫は口の端を吊り上げ目を輝かせながら桐乃を言い詰める。からかうのが楽しくてたまらないって表情だ。
「だ、だからあれは!」
「しかも出てきたってことは入ったってことよね? それとも、あなたがいかがわしいお店に入ったという事実も誤解だというのかしら?」
「う、うぐぐぐ……!」
こういう口ゲンカだとほんと弱え~なおまえ。
「いやいや、黒猫氏、きりりん氏。時間もお昼ですし、続きは昼食を食べながらに致しませぬか?」
「そうだな、ここじゃ落ち着いて説明出来んし」
沙織の提案に従って俺たちは行きつけになりつつあるファーストフード店へ向かった。
店でハンバーガーとポテトを食いながら事情を説明する。
「それはとんだ目にあいましたなぁ」
「入ってみようなんて変な考えを起こすからそういう目にあうのよ。ま、無事に先輩の友達にはバレなかったのだから良かったじゃない」
「いや、マジであんな鉢合わせするなんて思わなかったぜ」
「あんたのせいでとんだ恥掻いちゃったじゃん!」
桐乃はオレンジジュースの入った紙コップからストローをシュコシュコさせながらぶつくさ文句を言ってくる。
「俺だけのせいじゃねえだろ。そもそもおまえが俺の言うこと聞いて調度良い時間に家を出るようにしてれば、こんなことにならなかったのによぉ」
「あたしが悪いって言うのォー?」
「お二人とも落ち着いてくだされ。過ぎたことではありませんか」
「ふぅ、全くだわ。遅刻された挙句に兄妹ゲンカに付き合わされるこっちの身にもなって頂戴」
「ああ……、すまん」
沙織と黒猫の仲裁で俺は矛をおさめたが、桐乃は口を尖がらせてまだ何か言いたそうにしている。
「チッ。やっぱムチ買っとけば良かった」
「ム、ムチですと!? 京介氏、そのお年でちとマニアック過ぎますぞぉ――ッ?」
「マゾね」
「違うわ! 沙織、てめわざと言ってんだろ! 黒猫! ぼそりと呟いてんじゃねえ、誰がマゾだ! それと桐乃、せっかく解けた誤解を戻すような発言をすんな!」
桐乃はツーンとそっぽを向き、黒猫は無表情にコーヒーを啜り、沙織は腹をかかえてカラカラ笑っている。
はぁはぁ……。
たくこいつら三人とも俺を引っ掻き回しやがって。おまえら専用のつっこみ担当じゃねえんだぞ俺は?
「それより、この後はどうするの? 遊ぶのはかまわないけど次にどこへ行くかくらいは決めておいても良いんじゃないかしら?」
コーヒーを飲み終えた黒猫が沙織に話しかける。
いつものようにノープランで巡回コースをぶらぶらでも良いが、せっかくならみんなの行きたい場所は回っておきたいということだろう。
そういや俺も桐乃からは遊ぶとだけしか聞いてねえな。
「そうですなー。拙者、実は今日お三方をお誘いしたい場所があるのです」
「へーどこよ?」
桐乃が会話に加わってくる。
「ふふふ、それはまあお楽しみというやつでして。そこは皆の行きたい場所へ行ってからに致しましょう。きりりん氏はどこか行きたいところはありますかな?」
「あたし? ん~アニメのDVD見たいかなぁ~。それにゲームショップね。あんたは?」
続いて黒猫へバトンを手渡した。
「そうね。私はマンガの新刊をチェックしておきたいわ。あとは新作の格ゲーが出ているはずだからゲーセンにも行きましょ」
「好きだよね~あんた」
「……くくく。百円玉ひとつでどれくらい勝ち続けられるか挑戦してみてもいいわね」
「そういえば前に一時間以上も勝ち続けていましたな黒猫氏は。誰も勝てないので結局対戦者がいなくなってしまいましたし」
そうなのだ。黒猫はことゲームに関してはかなりの達人で、大抵のゲームはワンコインでクリアまでいっちまう。
沙織の話の時は俺はいなかったが、黒猫に挑んで熱が入った挑戦者に十倍以上のお金を使わせて、なお勝たせなかったらしい。
「京介氏はリクエストはありますか?」
「俺? そうだな」
言われても、あんま買いたい物も無いんだよな。こいつらと違ってアニメのDVDを買うほどの熱心さじゃねえしゲームは桐乃に借りてやらされているし。
「おまえらの行きたい場所ならどこでもいいぜ?」
俺は三人に比してまだまだオタクレベルは低いと言える。
いや高くならなくてもいいんだけどさ。会話には加わりてえじゃん?
だから桐乃たちの行きたい場所についていって、今どんなもんに興味あんのか教えてもらおう。
それに、好きなもので遊びはしゃいでいるこいつらの姿見ているだけでも、俺はけっこう満足したりしてる。
祭りとかの雰囲気ってみんなが楽しんでるの見ててもワクワクしてくんだろ? ああいうやつだ。
そんな胸中など知らない桐乃たちは俺の言葉を受けて別方向に解釈したらしい。
「なにしに来たのよって感じ」
「主体性のない男ね」
「いえ、京介氏はきっと我々美少女が傍にいるだけでも嬉しいということなのでしょう。きっと頭の中で『俺はこんな美人たちに囲まれている勝ち組なんだぜ? どうだおまえら羨ましいだろ?』と鼻を伸ばしているに違いないでござる」
「なわけあるか! しかも自分で美少女って言っちゃってるよアンタ!」
「いやー褒めてもらうと照れるでござるよぉ」
「褒めてないからねっ!?」
好き放題言いやがんなーこいつら。
「別に行きたいとこなんてねえから適当なことしろよって意味じゃないって。どこだろうが楽しんでるおまえらの顔見てると嬉しいってだけだよ、俺は」
さっきのことで懲りたので、俺はさっさと誤解を解くことにしたね。
「…………素で言ってますぞ?」
「は、反応に困るわね」
「キモ」
ん? なんかおかしなこと言ったか俺?
後日、このキザったらしいセリフを思い返して頭を抱えて叫んでしまうことになるのを気付かない俺であった。
それはそれとして。
俺たちは昼食を終え、秋葉原の街へと繰り出した。
最初に向かったのはアニメショップ。桐乃たちはさっそくDVDコーナーへ行き秋に始まるアニメのPVを観ながら歓談している。
「やっぱこの製作会社の作画チョー良いよね、早く放送始まんないかなぁ」
「そうね、作画が良いのは確かに認めるわ。でもせっかくの作画もこの原作のストーリーじゃ宝の持ち腐れじゃないかしら」
「んなことないって! あんた原作読んだことあんの?」
「無いわ」
「ちょ、読んだこと無いのにそんなこと言うな! 後で一階の書籍コーナーも見るんだから、そこでちょこっと読んでみなさいよ?」
「……っふ。そんなに言うなら読んであげてもいいけど、あまり期待しないでおくわ。一応私のお薦めも教えてあげる。あの作品よ」
黒猫は別のモニターに映し出されているこれまた秋に始まるアニメ紹介の映像を指し示す。
「は~ん、またこんなオサレ系の厨二臭いもん観るんだ。暗そうだしあんたにぴったしかもね」
「ちゅ、厨二ですってぇ~~」
「あ、ごっめーん。本当のこと言っちゃった。テヘッ」
頭をこつんとしながら舌を出す桐乃。当然その態度には微塵も反省していない気持ちが丸分かりだ。
「ぐがががが。なにが『テヘッ』よ。この頭からっぽマル顔スイーツ(笑)女が」
「な! だ、誰がマル顔スイーツよこのクソ猫!」
懲りねえなぁこいつら。
普段無口なくせに黒猫は桐乃と話をしだすとやたら饒舌になるし、桐乃は桐乃で挑発すること言っては言い返されて、熱くなってぎゃーぎゃー喚く。
そんな様子を俺と沙織は少し離れた場所から眺めていた。
「なあ沙織、今度はどういうアニメでこいつらじゃれついてんだ?」
PV映像は観たが内容を全く知らんのでもう少し詳しく教えてくれ。
「お任せあれ。きりりん氏が楽しみにしているのはラノベが原作のアニメでして――」
ふむふむと相槌を打ちながら沙織の話を拝聴する。
「タイトルはPVにある通り『俺の妹が可愛すぎてマジでトラブる』というものです。内容としては極度のシスコン兄が可愛い妹に毎回あれやこれやと世話を焼きつつセクハラしたりセクハラしたり、セクハラしたりするというものでござる。
最初こそ嫌がっていた妹も段々と眠っていたブラコンに目覚めていき、最新刊では二人の距離も近づいてきて、兄はそれまで出来なかった最後のセクハラをしてみようと決意している。とまあそんな感じでござるかな」
「ひでえ内容だな、おい!? てかその兄は妹にセクハラしかしてねえじゃねえか! しかもどうしてそれでブラコンに目覚めんだよ、兄妹揃って変態? 変態なのかそいつらは?」
「その辺は言葉で説明すると難しいのですが、原作ではコミカルなストーリーと一緒に丁寧な心理描写もしていまして、それが良いとけっこうな人気作なのですぞ?」
「そ、そうなのか……?」
どこをどう丁寧に描写しようと俺にはただのネジが狂った作品にしか思えないんだが?
「桐乃にゃ内緒だが、ぶっちゃけあんま面白そうとは思えんぞ? 黒猫のやつがお薦めしてる方が面白いんじゃないか?」
「黒猫氏がお薦めしている『咎人探偵のみぞ知るセカイ』は元が漫画でして、主人公が悪魔の力を借りながら秘めていた神の力を行使しつつ探偵として自分に濡れ衣を着せた犯人を捜していくという内容でござるな。
最初は協力的だった人物たちが殺されていったり主人公に疑心暗鬼となって襲いかかったりとなかなかエグいエピソードがてんこもりですぞ」
「…………俺あんま血がどばどば流れるとか内容が暗すぎるのは好きじゃないんだよな」
「安心してくだされ。毎週生首が転がる程度ですから」
「どこも安心出来ねえ!」
どういったストーリーだよ、ええおい。考えたやつは何か悲惨なことでもあったのか? 女にフラれたとか。
ん? どうした沙織。またωな口をして。
「京介氏は先ほどお二人についてじゃれついていると言いましたが、拙者も同じ気持ちでござるよ」
「まあな。おまえの言ってたことが分かってきたよ」
仲悪く罵りあいをしていると思っていた時期もあるが、今は違う。桐乃と黒猫はあれが二人の親愛のコミュニケーションのうちなんだろう。
昔、『仲良くケンカしな』って歌っていた再放送のアニメがあったっけ。まさにそんな感じだ。
「自分の好きなもん相手に教えてあげたくて仕方無いんだろうぜ」
「ですなー」
ニコニコしながら首肯する。
俺はようやっとってとこだが、最初から分かっていたおまえはやっぱりたいしたやつだよ沙織。
「そういや沙織はお薦めのアニメとかってある?」
「拙者でござるか? そうですな拙者は――全部ですかな」
「ぜ、全部っておまえ……観れるの?」
「録画しておけば時間が空いたときにでも。拙者、プラモデルを組み立てながらアニメ観賞するのが幸せな時間の一つでござる。ニン」
「はーあ。すげえな」
俺にはそんな器用な真似とても無理そうだわ。
「ちょっとあんたら、下行くわよ」
沙織と話している間にもうじゃれあいは終わったのか桐乃と黒猫は書籍コーナーへ行こうと俺たちを促す。
「おお、待ってくだされきりりん氏、黒猫氏―!」
沙織が急いで二人の後を追う。
「へいへい」と俺。
一階へ降りて、やはり似たような話をし始める桐乃たちだったが、結局二人とも、それぞれのお薦め品を持ってレジに並んでいた。
さて――それから場所を移し、ゲーム屋を何件かハシゴしつつ途中アイスを買ってだべったりしながら、俺たちはゲーセンへとやってきた。
ちなみにゲーム屋では桐乃、黒猫、沙織のトリオはアレがいいコレがいい、ここの特典がどうだこうだとうるさいことうるさいこと。
なぜ同じゲームが並んでいる店を行ったり来たりするのか会話に加わりながら聞いてみたが、返ってきた答えは「特典が違う、値段が違う」おまけに「店が違う」だそうだ。意味分からん。
「あったわ」
千円札を百円硬貨に両替した黒猫はとてとてお目当ての新作ゲームに小走りにかけていく。
ちょいとだけ説明すると2D視点の格闘ゲーム、黒猫の十八番と言えるだろう。
最新作だけあってギャラリーも多い。
黒猫もそれに混ざって他のプレイヤーたちが遊んでいるゲーム画面を見つめている。
「あんたコレやったことあんの?」
「いいえ、今日が初見よ」
「へぇ、それじゃさすがのあんたでも負けちゃうかもね~」
桐乃がニヤニヤしながら話しかけるが黒猫は「そうね」とだけ言い視線を画面から外さない。
一、二分眺めてから「だいたい分かったわ」と言った。何が分かったんだ? 桐乃と沙織も頭の上に疑問符を出している。
で、席が空いたので黒猫は筐体の前へ進み百円硬貨を投入する。
「大丈夫なのあんた? しょぼいとこ見せられても楽しくないんですけどぉ。ま、せいぜい頑張ってよね」
……応援したいのか貶したいのかどっちなんだよおまえは?
「そうするわ」
そう桐乃に返事して対戦を開始する黒猫。
結果から言おう。桐乃の杞憂など全く無用だった。
対戦開始から二十秒も経たないうちにKOの文字が画面にでかでかと表示されたのさ。
相手はなすすべも無しに防御するだけで精一杯。それでもガードを無理矢理こじ開けてコンボを叩き込む黒猫の姿は悪魔としか言いようが無かった。
「ふふふ……くくっ……くかかかか」
不気味な笑い声を上げて次々の対戦者を屠っていく。
「おまえ、このゲーム初めてだったんじゃねえの?」
「初めてよ」
「にしてはすんげえうめえじゃねえか」
「たいしたことはないわ。2D格闘のゲームなんてある程度似通ったものだしね。当たり判定の見切りさえ分かれば後はどうとでもなるわ」
レバーとボタン操作しながら、さも当然とばかりに答える。
その間にも対戦相手のキャラクターが空中高く舞い上げられラッシュを喰らって地面に叩きつけられていた。
と、とんでもねえ女だなこいつ……。『だいたい分かったわ』ってのは当たり判定を見切ったということだったのかよ。
「ふああ。黒猫氏は既に神の領域に入り込んでおられるような感じですなぁ」
「こいつってどっかのゲーム会社が作ったロボットなんじゃない?」
桐乃と沙織も感心せずにはいられないようだ。
淀みなく流れる黒猫のスーパープレイを俺たち三人は歓声をあげつつ眺めた。
それから十分ほど経ち左上に表示される勝ち星が二桁を越えた辺りで黒猫はゲームを途中で終えた。
「やめるのか? まだ出来るのに……」
俺が聞くと黒猫はぼそりと呟く。
「……あなたたちは見ているだけでしょう?」
俺の頭の中に備わった黒猫語翻訳機によるとこう訳された。
『今日は四人で遊んでいるのだから私だけゲームしてても意味は無いじゃない。それよりみんなで出来るゲームをするわよ』
「おう、それじゃ別のもんでもやるとすっか」
俺が笑いながらそういうと黒猫は「フン」と鼻を鳴らす。
素直じゃねえやつ。翻訳機が必要無くなる日はいつか来るのかねえ?
「あんたも空気読めるようになってきたんじゃん? あたし飽きてきたところだしぃ。ほら、あっちに行ってみるわよ」
我が妹もきっと俺のより高性能なものをつけているんだろうぜ。口は悪いけどな。
「きりりん氏、黒猫氏! 拙者プリクラが撮りたいでござる!」
「ええ~あんたらと撮るの? 勘弁してくんない」
「ほらほら、早く早くでござる!」
「は~もう。強引すぎだっつの」
「……ふぅ、やれやれね」
乗り気でないことを言いながら沙織と一緒にプリクラコーナーへ歩いていく桐乃&黒猫。
……桐乃。スキップ踏みそうになってんぞ? ……黒猫。髪を撫で付けて撮る気まんまんだな。
二人の『乗り気ではない』後ろ姿を見ていた俺は口と腹を押さえて笑いをこらえるのに必死だった。
「どのフレームにすんの?」
「あ、これなんていかがでござるか」
などと桐乃たちはきゃいきゃいプリクラを操作している。少し後ろでそれを眺める俺。
俺さー、プリクラってほとんど撮ったことねえんだけど最近のって随分すげえのな。
光の明度だとか髪の色をツヤ出しさせるとか、赤外線で撮ったプリクラ携帯に送れるとかゴチャゴチャとゲーム機とは思えないくらい機能が充実している。
あと他にも――パシャ! パシャ! 「うわ、いきなり撮るなよっ」――撮ってからもペンとかで文字書いたり絵を貼り付けたりも出来る。それらの種類も100以上と豊富。
淡々とペンタッチで操作しているが、俺にはなにがなにやら。はっきり言ってついていけん。
ま、別にいんだけどさ。男の俺にはプリクラの操作を熟達する必要なんてねえもーん。
「これでOKでござるな」
俺が肩を竦めている内にデコレーションが終わったらしい。モニター画面に映っているプリントのプレ画像を見て――なんだこりゃ!?
「おま、なんで俺が目をつむってるの教えてくれねえんだよ? しかも、頭の上に『↓シスコンの変態』って! 桐乃、てめえ!」
「はぁ? 知りませんケドぉ~」
「こんのおぉぉ~~~~! 沙織、消してくれよこれ」
「もうプリントボタンを押したのでそれは不可能でござる」と沙織はボタンを押下する。
「なぬ!? ――つうか今押したよね? オマエ!」
「はて? 拙者には京介氏が何を言っているのか良く分からないでござるよ」
嘘つけ、絶対わざとでしょ? わざとだよね? これ絶対わざとだよね!?
「目の前で書かれていたのに気付かないなんて……。ボケるにはまだ早いわよ、先輩」
俺の訴えは呆れた口調で黒猫にあえなく切り捨てられた。
プリントアウトが終わり、目をつむって口を半開きにしているマヌケな顔が写るプリクラ写真を眺めながら俺は決意したさ。
もうぜ――ってえええ、プリクラなんてしねえよ!
プリクラを撮った俺たちは、気を取り直して――つっても俺だけだけど――クレーンゲームのコーナーにやってきていた。
俺が小っちぇえ頃はまだぬいぐるみくらいなもんだったが、最近は色々あるよな。
お菓子の詰め合わせやらゲーム機やら。実に多種多様である。
良い景品でもねえかな~とウロウロする俺+女オタ三人衆。
「あっメルルちゃん!」
声をあげた桐乃の視線を辿ってみると、『ほしくず☆うぃっちメルル』のキャラクターが描かれたフェイスタオルが景品となっている筐体があった。
「ほう、メルル初期のバージョンですな」
「これ知らなかったなぁ。今日来てラッキー☆」
嬉しそうにさっそく財布からお金を出しタオルを取ろうとしている。
普段垢抜けた格好をしているギャップから、こういうしぐさはかなり幼く見えて可愛いらしい。
「うーし、この辺かな」
「もうちょっと右じゃない?」
「あと三、いや二センチほどでごるな」
黒猫と沙織も加わってメルルタオルをゲットしようと協力する。
ウィィィとクレーンが目標物に近寄っていって掴み取ろうとするが、
「あ……あ、ああぁぅ」
残念ながら取れなかった。タオルは紙のケースに収められているんだが長方形で重心のバランスがかなり取れにくい。
更には引っかかりそうなところもないのでクレーンでちょっと持ち上げただけでぽとりと落ちてしまうのだ。
「くううう、もう一回やる!」
桐乃は再度挑戦したが、やはりタオルは五センチほど持ち上がっただけでクレーンから滑り落ち、元の場所とほとんど変わらないところへ着地した。
諦めずに、もう一度と両替した硬貨をどんどん筐体へ飲み込ませていく桐乃。
「桐乃よ。あんまムキになんなって。その辺に売ってるかもしんないようなもんなんだしさ」
家帰ってパソコンでネット使って探せばすぐに見つかるだろうが、こんなん。
それに、ばかすか金使うほど高価とは思えないよな、どう見たってただの木綿のタオル一枚だぜ?
「うるさい! あたしは取る!」
あーだめだこれ。俺の言うこと聞きゃしないわ。こいつメルルのこと大好きだもん、子供がだだこねてるのと一緒みたいなもんだ。
「はあ……。しゃあねえな」
じゃあいっちょ、俺も手伝ってやるか。
そして俺も黒猫たちに混ざって桐乃がメルルタオルをゲット出来るべくサポートしたりしてたんだが……。
だめだ、取れないわコレ。
クレーンの神テク動画を沙織が携帯で探してそれを参考にもしてみたんだがなかなかうまくいかない。
幾度トライしても、アームがタオルを掴みあげて景品の受け取り口に運ぶことはなかった。
「もぉぉぉなんでよお! アームがヘボすぎなんじゃないのこれぇぇ!?」
ケースにおでこをへばりついて地団駄を踏む桐乃。
確かにちと辛過ぎだろ、このクレーン。タオルを掴んでも、持ち上げようとすると同時にアームがへにょへにょ開いちまってるしよ。
「もういい! またにする! 次はこんなクソアームじゃないゲーセンでねっ」
捨てゼリフを吐いて筐体から離れる。
「気を落とさずに元気を出してくだされ」
「お子様向けアニメの大量生産品、その辺にいくらでもあるでしょう」
涙目になっちまった妹をなぐさめつつゲーセンを後にしようとするが、一人、そこから動こうとしないやつがいた。
俺だ。
「どうされました京介氏?」
「……先輩?」
わりぃ、ちと待っててくれよ。
「――――俺が取る」
どっか妙なスイッチが入っちまったのか、なんでか俺はこのメルルタオルを手に入れようとする気になっていた。
さっき既に両替を済ませておいた小銭を投入し俺はクレーンゲームに向かい合う。
「と、取るって――さっきあたしがさんざ失敗してたのに取れるわけ無いじゃん」
「やってみなきゃわかんねえだろ。おまえがやったぶんだけ穴に近づいてるしな」
「で、でもちょっとだけだし!」
いいから見てろって。
クレーンを慎重に操り重心が安定しような場所に下ろしていく。
が、やはり桐乃と同じように途中でぽろっと落ちてしまった。
「無理に決まってんじゃん、バーカ……」
「まあ待てって。まだ一回目だし。それにちいとは動いてるだろ」
とは言っても、少しづつ穴に近づけていくやり方じゃ金がどれくらい必要になるか分からない。やっぱうまくバランスが良い場所を見つけて掴みあげるしかねえよな。
五百円玉を投入口に運びいれ、ボタンに軽く手を乗せながら俺はクレーンとメルルのタオルを凝視した。
それから……、
角度を微調整したり、どうにかしてひっかけれないかと色々やってみたんだが。
「取れねえな」
二度、三度、四度と回数を重ねただけで依然としてメルルはケースの中で笑っている。
チッ、やっぱ辛いなこのクレーン。
「ほーらやっぱ無理じゃん。あたしが出来ないんだから、あんたに出来るわけないっしょ」
桐乃はあさっての方向を向きながら吐き捨てるように言う。
「まだ五百円玉一回分だろ、おまえが挑戦した回数よりずっと少ねえよ。こっからだ、こっから!」
「ハ。好きにすればぁ?」
……俺ってばゲーセン屋さんの策略にモロはまってんなー。
景品をエサにへなちょこアームで何度もお金を使わされてさ。そんで、取れねえからますます熱くなってやってんの。ダセえ……。
だいたい自分で言ってたじゃん。その辺に売ってるようなもんにムキになってどうするよ。
黒猫の言うように大量生産品だろうぜ、別のとこで買うなりすれば収まる話だよ、そうだよなあ?
――――――――――――――っへ。
しょうがねえじゃん。俺はこれが欲しいんだよ。
このメルルのタオルが、な。
――そろそろ桐乃が挑戦したのと同じ回数にまでなってきた。
黒猫と沙織は横からクレーンの動きを見守っているが、俺の後ろで文句を垂れていた桐乃はもう黙ってしまっている。
もう一度だ、もう一度! やっとベストの位置が掴めてきたんだ。頼む! 取らせてくれっ!
残り少なくなった小銭を投入して、瞬きもせずにクレーンとタオルの空間を頭の中で計算してクレーンを下ろす。
へなちょこアームがメルルの入ったケースを掴んで、
「あ……」「おお!」
横から見ていた二人が歓声をあげた。
よっしゃ――!
ついにアームがデレてくれてメルルタオルを持ち上げやがった! 絶妙なバランスを保ち、ふらふらしながらクレーンで運ばれていく。
くうぅ! 心臓に悪い! ちょっとした震動でも落ちちまいそうじゃねえかよ!?
「落ちるなよ、メルル!」
人じゃないんだから答えるわけもねえが、俺はメルルタオルに向かって応援の掛け声をかけた。
こんなにメルルに声援を送ったのは始めてかもしんねえ。
「もう少しでござるぞ!」
「…………落ちたら次は私が闇の力を行使してあげるわ……」
沙織と黒猫も応援してくれる。
あともうちょい! いけ! そのままいっちまえ! 頑張れメルル――ッ!
クレーンの動きに夢中だったが、ふと、後ろからも声が聞こえた気がした。
そして――
俺たちの応援が通じたのかどうかは知らねえが、メルルタオルは景品受け取り口の穴へと吸い込まれていった。
「やりましたな京介氏!」
「へへ、まあな」
受け取り口から取り出したタオルはやはりただのタオルだったが、苦労したぶん宝物でも手に入れた気分だ。
後ろへ振り返り桐乃に手渡す。
「ほらよ」
「ムキになっちゃってバカみたい……」
両手で受け取りながら憎まれ口を叩く。
「フン、悪かったな」
だが、次に出てきた言葉は、俺を満足させてくれるものだった。
「えと、その……あり……がと………」
「……おう」
メルルのプリントされたタオルを見ながら口元を緩めて桐乃は笑んでいる。
ま、これ一つに俺と桐乃とで数千円も使っちまったわけだが、こんなに嬉しそうにしてるんだ。
価値は、あったよな?
「良かったわね、手に入って」
黒猫が桐乃のそばへ寄り言葉をかけた。
「ま、まあね。へへ……」
「ただ、とても喜んでいるのはそれだけが理由なのかしら?」
「……ッ……! う、うっさい!」
なんか知らんが、黒猫と桐乃はまたじゃれあいだした。仲良いなこいつら。
「では行きましょうか?」
「そうだな」
沙織の言葉を合図に俺たちはゲーセンを後にした。
ゲーセンを出てまたぶらぶらと秋葉原の街を歩いていると、沙織が「エヘン」とわざとらしく咳払いをしてωな口になった。
「そろそろ皆々様をお誘いしたい場所へご案内してもよろしいかな?」
「そういや、そんなこと言ってたっけ、どこなの?」
「着いてからのお楽しみでござるよ」と先に立って案内を始める。
どうやら俺たちを喜ばせようとしているらしいな? おまえサービス精神よすぎだよ。ちっとは肩の力抜いて俺たちにわがままでも言ってもいいくらいなのに。
そしたら俺の心を読んだように沙織がこう言うのさ。
「チッチッチ。京介氏、拙者は別に肩など凝っておりませんよ?」
「んーおまえがそう言うなら。でも、礼は言わせておいてくれ。ありがとな」
「なんのことか分かりませんが、受け取っておきましょう」
いつものようにすっとぼけて「ニン」と沙織。
もしかして、ある意味桐乃や黒猫よりも、こいつが一番素直じゃないんじゃねえの?
「このビルの三階でござる」
沙織の先導でやってきた先はちょっとした雑居ビルだった。
狭い階段を昇っていくと、入り口横に『コスプレスタジオ』という文字が書かれた看板が掲げられている。
「コスプレスタジオ?」
看板をそのまま読み上げて疑問符をつけると沙織が説明してくれた。
「はい。ここは拙者の知り合いがやっているお店でして。今日はせっかくなので挨拶がてら皆でまたコスプレ撮影をしようと考えた次第でござる」
「えー歩き回ったばっかなのにぃ。ちゃんとメイク室あんのぉ?」
「全くどこへ連れて行くかと思えば。私はコスプレ衣装なんて持ってきていないわよ」
さっそくソワソワしだす天邪鬼が二人。もうこういうときの言葉は信用ならんな。
「心配ご無用ですぞ黒猫氏。みなさんに合わせた衣装は既に用意済み! この沙織に抜かりと言う文字はありませぬーっ!」
沙織はそう高らかに言うと、ドアを開けて中へ入って行った。俺たちもそれに続く。
「おお……」
ビルの中はアイボリーのぴかぴかした壁でかなり綺麗だった。
受付で沙織は知り合いなのだろう相手さっそく挨拶を交わしている。
その間に俺、桐乃、黒猫は店内を見渡す。
思ったよりもずっと広い。撮影の待合スペースには結構人がいて、ちらほらとコスプレした人たちが雑談している姿も見かける。奥には撮影ルームとメイク室なんて扉がある。
「すっごぉ、本格的じゃーん」と桐乃が感想を漏らす。
「おまえこういうとこで撮影もしたことあんの?」
「まあねー。いくつか渋谷のほうにあるスタジオで撮ったことあるかな」
読者モデルとして色んなとこで撮っていたんだろうな。
俺は勿論こんなところへ入ったことがないので、少々落ち着かない。
「黒猫、おまえは?」
「無いわね。カメラはあるから自宅で似たような撮影環境を整えているわ。さすがに比べられるようなものではないけれど」
へー。でもこいつ器用だから、素人の俺から見たらかなりすごい感じになってんのかもな。
「お待たせしました! それではいざメイク室へ」
受付の方で話をしていた沙織が戻ってきてコスプレ衣装の入っているであろう紙袋をそれぞれ俺たちに手渡す。
「……俺もやっぱすんのね」
「ハッハー、今更でござるよ京介氏。毒を喰らわばおかわりと言うではありませんか」
「それを言うなら皿までだ!」
つっても、これが初めてってわけでもねえし、沙織がせっかく俺たちを喜ばそうと用意してくれたんだ。
他人がいるんでちょっと恥ずかしいけど、いっちょノリノリでコスプレしてやんぜ。マスケラのコスなんて超似あってたしな俺!
「ところでこの袋の中身は?」
なんのコスチュームなのかと黒猫が沙織に尋ねる。
ふむ、俺もそれは気になるな。
「はい、先ほどきりりん氏と黒猫氏が盛り上がっていたアニメのコスです。放送を先取りして一足早く気分を味わってみようと拙者かなり頑張ったでござる、えっへん!」
それを聞いた桐乃と黒猫はますます喜色を浮かべてたのは言うまでもない。
男子と女子別々のメイク室に分かれて着替えを始めた。
「ふむ、ガクランかこれ?」
紙袋からごそごそと取り出してみると詰襟のガクランらしき衣装が出てきた。
中坊のような黒ガクランではなく、少しスタイリッシュな紺の色合い、それと裾が膝下まであるデザイン。
いわゆる長ランってやつだ。
なんだ? 不良のアニメでもあんのか?
桐乃と黒猫が盛り上がっていたアニメのコスプレ。確か『俺の妹が可愛すぎてマジでトラブる』ってのと『咎人探偵のみぞ知るセカイ』だっけか……?
…………俺はイヤ~~~な予感を覚えたさ。
取りあえずちょっとトイレに行っておこう。一度衣装を袋の中に戻し、心を落ち着かせるべくトイレへ行き、用を足して戻る。
ふぅ……。よし、覚悟完了。
もういちどガクランを取り出してすがめ見る。
パッと見コスプレだけあってちょっと変わったデザインではあるがおかしいところはない。
俺の考えすぎだったかな?
くるっと詰襟部分を持っている手をひっくり返して背中を見る。
………………………………。
考えすぎじゃねえよ、俺の予想の斜め上を鋭角にえぐってきやがったよちくしょう……。
「沙織ぃぃぃ~~~! ぐぎぎあががががぐぐっ!」
おもいっきり叫びたい気持ちを噛み砕くように俺は歯軋りをしたさ!
だって見ろよこのガクランの背中!?
『セクハラ上等! 妹LOVE!!』
なんでこんな文字が躍り狂ってんだよ、このガクランは――――ッ!
しかも背中いっぱいにでっかく! 女の書いた字みてえな丸っこいフォントで!
なめてんのかてめえええ! なにがセクハラ上等だ、妹LOVEだ!? 良く見りゃ、ボタン一つ一つに『妹』って文字が打ってあるしよぉ!
こ、これを俺に着ろって言うのか沙織さんよお?
罰ゲームってレベルじゃねえぞ、おい。
どこからどうみても変態にしか見えない、これ考えた原作者病気だろ、病院行って来い。むしろ病院が来い。
ガクランを手に持ったまましばらく固まっていたが、折角用意してくれた沙織の好意を無下にするわけにはいくまいと俺はのそのそと着替えを始める。
ぬぬぬ……。これはあくまでアニメのコスプレだ。俺が気にするこっちゃねえ。
そう頭に言い聞かせながらボタンを外していくと、裏地にこの変態兄貴の妹であろうアニメ絵がでーんと貼っつけられていた。
ははは、こやつめ。
乾いた笑いしかでてこねーよこんちくしょう―――!
なんとか着替えを終えて姿見で確認してみる。
おお、けっこう似合ってんじゃねえの? 裏地や背中の文字を忘れて俺は気分が高揚した。
良いよ、良い! アホなコスプレだが長ランなんて着たことなかったからな、へへ。
不良に憧れてるとかじゃねえぞ? でも応援団とかかっけえじゃん、自分が強くなったみたいな気がするしな!
へへへっと姿見の前でポーズを取っていく俺。
くるりと背中を向けて…………。
さて、沙織たちが待ってるだろうし、行くか。
あーやれやれ。ドアを開けて待合スペースに目をやると、桐乃の姿が見えた。
が、
「なんだ?」
紺色のセーラー服のようなコスプレをした桐乃の前に長身の黒スーツ姿の男がいて何か言い寄っていた。
「ちょ! やめてって、イヤだってば!」
桐乃が男を拒絶するように手を前にして抵抗しているが、お構い無しに男は詰め寄ってきている。
血が勢い良く流れ出すのを感じたよ。
つかつかと桐乃と桐乃に言い寄ってくるクソ野郎に近寄り、ガッと勢い良く腕を伸ばして二人の間に割り込む。
「俺の桐乃に何か用か?」
「え?」「きゃっ」
桐乃にちょっかい出してやがった男の顔はめちゃくちゃな美青年ってやつだった。肌も透き通っておりキメも細かい。
この野郎、ちと顔が良いからってこんなとこで人様の連れをナンパしてんじゃねえぞ? 女みてえな声出しやがって、オカマかこの野郎。
驚いている相手へ更に文句を言おうとしたら、
「痛っ!」
ガスンと脛に強烈な痛みが来た。桐乃だった。
「ちょ! あんた、沙織に何言ってんのよ!」
痛てぇなこのっ! おまえが絡まれてたから助けようとしてんのに蹴りいれてくるってなんだよ!?
「あん? 沙織……?」
振り返ってもう一度男の顔を見る。
うん、ムカつくくらいの美形ってやつだ。チーズバーガーをぶつけてやりたい。
女装なんかしたらすんげー美人になんだろう。
…………………………。
…………あれ? え~と、美人になるというか……なる以前に女っつうか、どっかで見た顔……?
「さ、沙織……か?」
俺が尋ねると美青年はスーツの内ポケットからぐるぐる眼鏡を取り出し、スチャと顔にかけてから微笑んで答えた。
「はい、拙者でござるぞ京介氏!」
「なにいいいいいい!」
長身、ωな口元、胸も男に比べりゃ張り出している。ズラを被ってスーツ着て男装しちゃいるが、よく見りゃ確かに沙織だ。
「き、気付かなかった……」
「いやー京介氏が気付かないのも無理ありません。拙者この身長ですので男モノのコスプレをすると誤解されてしまうことが良くあるのです。ちなみにこれは『咎人探偵のみぞ知るセカイ』の主人公のコスプレでござるよ」
「少し見れば分かるでしょうに。よほど頭に血がのぼっていたのかしらね?」
横から声をかけてきたのは黒猫だった。
黒色のパーティドレスのような衣装に身を包んでなぜか手に鎌らしきものを持っている。
「黒猫、おまえその格好……」
「あ、あまりじろじろ見ないで頂戴っ」
いつものゴスロリではないが、こっちも黒を基調としているだけあってイメージが重なり、かなり似合っている。おそらく沙織と同じ咎人探偵のコスプレなんだろう。
「よく似合ってんな――――っ!? 痛い!」
俺が黒猫へのコスプレに感想を述べているとまた脛に蹴りがきた。
「あんたのせいでとんだ恥かいちゃったじゃん! それに沙織に乱暴したこと謝んなさいよ!」
くううう。いちいち蹴ってくんなよな、おまえ。
だが、もっともな言い分でもあるので、言うとおり沙織に頭を下げる。
「ほんとすまなかった、沙織。許してくれ」
「いえ、少々びっくりしただけですので気にしないでくだされ」
「おまえ、コスプレしてるとオーラみたいなもんまで変わるし遠目だと気付かなかったよ」
「はっはー。拙者のコスプレは京介氏をすっかり欺けたということですなあ」
満足顔でうんうんと頷いている。
そうなのだ、こいつはコスプレでキャラになりきるのがすげーうまい。初めて沙織の家へ行ったときも姉のコスプレした沙織に全然気付かなかったし。
だから俺は沙織とは気付けずにてっきり。
「すまん。てっきり桐乃のやつが絡まれてるもんだと思っちまってよ」
「なるほど、それで『俺の桐乃』なのね」
「え?」
「あら、覚えていないの? あなた沙織に食って掛かったとき言っていたわよ。『俺の桐乃に何か用か』ってね」
――――んな!?
「そ、そんなことは……い、いいいっ言ってねえぞ俺は!」
「無駄よ。このフロアの全員が証人と言っていいわ」
なん……だと?
ぐるりと周りを見ると、女の子三人ほどのグループがこっちを見てうんうんと首を縦にふっていやがる。
「ぐ、うう……。い、言ってねえ! そ、そんなこと俺が言うわけねえだろぉがあぁ! ま、万が一言ったとしても! 『妹に』ってのをちと言い間違えただけだっつの!」
「往生際が悪いわね、犯人はあなた以外有り得ないのよ」
「ば、ばかな……! そんな――っていつから俺は犯人だよ!? と、とにかく違うかんな!」
「当のきりりん氏に聞いてみてはいかがか?」
びく! そ、そうだ桐乃は?
おそるおそる振り向くと、桐乃が眉間に皺を寄せて顔を赤くしてこっちを睨んでいた。
「あたしがいつ、あんたのものになったって言うのよ! 死ねっシスコン!」
「だから、ただの言い間違えだって!」
「黙れ! きもいんだよウジムシ! 妹を恥ずかしい目にあわせるようなことして――! あーやだやだやだ、きもいきもいきもい――ッ!」
くそおおお、そりゃ言い間違えたのはあれだけど、そこまで言うことないだろうがよぉ~~!
「つ、つーか何してたんだ、おまえら?」
桐乃に話しかけるたびに罵倒の言葉しか吐かないので、たまったもんじゃねえと俺は沙織に話を向けた。
それでも後ろからキモい、ウザい、きしょ、シスコン、変態、死ね、と何度も何度もぶちぶち文句を投げつけてくるお怒りの妹様。
あーうぜ。
「ははは、なあに。きりりん氏にこれを持ってもらおうとしていたのですよ」
ひょいと見せてきたそれはトランクスパンツだった。
「……なんでパンツ?」
「きりりん氏の扮するキャラクターは兄を嫌ってはいるのですが、昔落ち込んで泣いていた時にそっと兄からハンカチ代わりに渡されたパンツを今でも大切に持っているという設定でして」
なんだそのクソ設定は? 涙拭くのにパンツ渡すって、しかもそれ大切に持っているとかクレージーすぎんぞ!
でもそのクレージーな兄のコスプレを今しているんだよなぁ俺。ああ泣けてくるなぁくそう!
「さ、さすがにそこまでしなくていいってば! それただのトランクスだし!」
「では京介氏のパンツをお借りして――」
「「ふざけんなっ!」」
不機嫌になった桐乃とこんときだけは一緒になって叫んだ。
「お二人はコスプレのキャラになりきっているようで、拙者うかうかしていられませんな」
「誰がなりきってるって?」
俺は変態のキャラになりきった覚えはないぞ。第一内容も知らんしな。
「いやいやー、誤解とは言え妹を助けようとする行為、まるで原作を忠実に再現したかのようでござったぞ。ねえきりりん氏?」
「うっえぇぇ! まじキモかったっつーの」
まだ言うか、この妹は。
俺そんなおかしいことしたか? 妹とかそんなんじゃなくて、一緒に遊んでいる相手がなんかされそうなところ見たら、誰でもああいう行動とるだろ。なあ?
「それに――あたしがしたいコスプレしててムカつくしー」
「あん?」「どういうこと?」
俺と黒猫が同時に疑問を投げかける。
「ねえ沙織、今度あたしにこのバカが着てるコス作ってよっ」
「おー、そうでござったか。きりりん氏はこちらのかっこうがお気に入りだったんですな」
…………こいつ、もしかして?
俺が考え付いた答えを黒猫が代弁してくれた。
「あなたもしかして、先輩がしている〝兄のコスプレ〟がしたかったの?」
「そだよ。だってセクハラされても『兄貴ー』とか言ってかまってきちゃうんだよ、この作品の妹! チョー可愛くない? あたしも妹にそんなこと言われるコスプレしたい」
頬に両手をあげていやんいやんと気持ち悪く首をふっている……。
だっはぁ~! なんっじゃ、そりゃ! 俺は盛大にため息をついてガクンと膝を曲げた。
完ッ全に理解したわ! おまえが怒ってたの半分以上それだろ! 自分がしたいコスプレを兄貴の俺がしてたんで僻んでやがってことか! 変態シスコン野郎はおまえだ桐乃!
「でも、こっちの妹ちゃんのコスプレも好きだよ。あんがとね沙織♪」
「いえいえ、お安い御用でござるぞきりりん氏。では今度いっしょに生地でも買いにいきましょう」
「うんっ」
沙織にフォローをいれつつ会話する桐乃を俺は脱力して見ているしかなかったよ。
「…………苦労するわね」
「は、はは。ありがとよ黒猫」
気持ちを分かってくれるその一言が無けりゃ俺、窓から飛び降りてたかも。
撮影も無事に終わり、ビルを出ると既に空は夕暮れになっていた。
「いやー楽しかったですな」
「なかなか良かったわね。次は私がコスプレ衣装を用意してもいいかしら?」
「おお是非! 黒猫氏の作られる衣装は拙者より再限度が高いですからな!」
「ふん、お世辞を言っても何も出ないわよ。時間もかかるし、せいぜい期待しないで待っていて頂戴」
「きりりん氏と京介氏はどうでした?」
「うん面白かった! ――ちょっとキモい人がいたケドぉ~」
「だーから。あれはちょっと言い間違えただけじゃねえかよ」
桐乃のやつはまだ俺に対してご機嫌が直っていない。ベーっと舌を出してくる。
チッ、撮影のときに足踏んづけやがったの、わざとだろおまえ?
「……っふ。それにしてはかなり楽しそうな顔をしているわよ」
「だっ! 誰がっ!」
「にやけた口からヨダレが出ているわよ」
「え、嘘っ!?」
「嘘よ」
「……っ! こ、このバカ猫!」
駅に向かって歩きながらも、桐乃と黒猫はさっそく痴話ゲンカを始めだす。元気ありあまってんなこいつら。
二人を放って置いて俺は沙織に礼を言った。
「今日は誘ってくれてありがとな。おかげですげー楽しめたぜ」
「なんのなんの。拙者こそ楽しい一時を過ごすことが出来ました。京介氏たちのおかげです」
相変わらず腰が低いというか、誰隔ての無く気配り出来る精神に俺は感じ入る。
「また時間をみつけて集まろうぜ。アキバじゃなくても俺ん家とかでもいいしさ。今度はこっちから誘うよ」
「はい、楽しみにしております」
沙織はそれと――と、続けて言う。
「きりりん氏はああ言ってはおりますが、言葉ほどには怒っておられないと思いますので、余りお気になさらないでいいはずですぞ」
「ん? ああ、あれな。まあいつものことだ、あれくらいだと明日には直るから気にしちゃいないって」
「ほう、さすがに兄妹だけあって京介氏はきりりん氏のことを良く分かってらっしゃる」
「そんなんじゃねえって」
苦笑しながら沙織へ答えた。
兄妹だからって理由で分かってんじゃないんだよ。今まで少しづつ関係を積み重ねてきたからこそ、俺は桐乃のことをやっとこさ、なんとなくだが分かってきたってだけだ。
当然全部ってわけじゃ無い、あいつのほんの一端を知りえたってだけだ。
「おまえや黒猫ほど分かっているわけじゃねえしな。これからもあいつと仲良くしてやってくれ」
「ニン! 言われなくてもですよ。それと――京介氏もですぞ」
「おう」
桐乃の一端を知ることで会話が生まれ俺たちは兄妹として再生出来た。そしてこれからも、少しづつ積み重ねていければと、そう思わなくはない。
喋っているうちに駅に着く。
「それでは帰ると致しましょう。後で先ほど話したURLを送るのでメッセを立ち上げておいてくだされ」
「沙織のお薦め動画なんて私の好みじゃないとは思うけど。いいわよ、スイーツのお薦めよりはよほどマシだろうしね」
「あんたのイカれたMAD動画に比べられたくないんですケドー」
「おまえら、仲良いのは分かったから――」
「「良くないっ」」
「…………あっそ」
そうして俺たちは四人で遊んだ秋葉原から家路へとついた。
――その日の夜。
俺がリビングへ降りて行こうとすると階下から桐乃が上がってきた。
横へどいてやると目で会釈をして通り過ぎる。
風呂あがりの良い匂いが少し鼻をかすめる。
そのまま何も言わずに俺は階段を下りて行こうとしたが、「あのさ」と桐乃が声をかけてきた。
口を聞くのは帰り道に黒猫と別れて以来だ。
「なんだ?」
問い返すと桐乃は頬を膨らませたり萎ませたりしてたが、やがてすげない口調でこう言った。
「――タオル。大事に使うから」
「あ、ああ」
桐乃は「そんだけ」と言って自分の部屋へ入っていった。
…………大事に使うから、か。
ああ、使ってくれ。俺たちが苦労して取った戦利品だもんな。
「さーてと、俺も風呂に入るか」
楽しかった休日が冷めないうちに。
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最終更新:2010年09月21日 12:25