7スレ目315



 あたしのせいだ。
 あたしが、兄貴を秋葉になんて誘ったから……兄貴は……。
 何やってんの? バカじゃん? 何で? 何であんた傷ついてんの?
 ねぇ、兄貴。 ねぇ、ねぇ、

「なんでっ、いっつもいっつもあんたはあたしなんかを優先しちゃうのっ!? バカ兄貴!!」

 ……そう。
 あのバカ兄貴は、またしてもあたしに世話を焼いたのだ。
 あの日、体を張って、街中で落下してきた看板からあたしを庇って……。

 一生掛かっても治らないような、大怪我をした。

 具体的には、足の、足の怪我を。
『生死に関わるようなことではありません。 ……ですが、息子さんが、自身の足だけで歩くことはもう……』
 医者はあたしと泣きじゃくるお母さんを見ながら、沈痛な面持ちでそう告げた。
 その時、一番冷静だったのはお父さんで、「そうですか……」と重苦しい表情で話を聞いていた。
 あたしはというと、頭が真っ白になってて、医者の言ってる言葉の意味がまるで理解できていなかった。
 つまりそれは、兄貴が、人として当たり前だったはずの日常から、切り離されてしまったということだと、数日経ってようやく理解したくらいだ。
 それくらい、当時のあたしの頭の中はぐちゃぐちゃだった。
 罪悪感。
 無力感。
 ……後悔。
 様々な感情がせめぎあって、その全てがあたしを激しく苛む。
 あの日から、もう兄貴は、自身の足で体を支えることができない。
 今も、病室で兄貴はベッドで横になっている。
 事故の衝撃からか、未だに眠りから目覚めない。
 何故なら、あたしがあいつの足を、殺してしまったから。
 ……じゃあ、今のあたしには何ができるの?
 懺悔? けじめ? それとも……償い?
 ああ、そうか。 償いか。
 あたしが兄貴から自由を奪っちゃったんだもん。
 だったら……代わりに、あたしの自由を捧げればいいんだ。
 そっか、そっか。
 簡単なことだった。
 今まで何を考えてたのかな、あたし。
 こんな簡単なことにも気づかないなんてさ。
 あは、あはは、あははははは、
「あ……」
 あたしの携帯が、ぶるぶる震えてる。
 見れば、それは着信だった。
 発信元は……バカ猫。


 ピッと、仕方なく電話に応じる。
「なに?」
『……あなた、声が震えてるわ』
「いきなり何言っちゃってんの? んなわけ、ないじゃん」
『そう。 なら、それでもいいけれど』
「……で? 何の用?」
『あなたの兄さんが、事故に遭ったと聞いたものだから』
 どういう、経緯で?
 ……ああ、お母さん→地味子→バカ猫か。
 地味子め、余計なことすんなっつーの。
「……あいつのこと、心配になってかけてきたんだ?」
 何でこんな時まで、引っ掛かる物言いしかできないのかな、あたし。
『……バカね』
「は?」
『もちろん、先輩のことを心配していないといえば嘘になる。 けれど、私はあなたに用があるから、あなたに電話をしたのよ。 この意味ぐらい、察してほしいものね』
 ……本当に、あたしはバカだよね。
 だって、素直に人の厚意を受け取れないんだもん。
 本当は、あんたの性格ぐらい、理解してるのに。
「バッカみたい。 そんなの……必要、ないっての……全然、ないってばっ……」

「そう。 そんなことは、百も承知というものだけれどね」

 ……え?
 く、ろ、ねこ……?
「間抜けな顔をしないで頂戴。 ちゃんと玄関からお邪魔したから、安心なさいよ」
「じゃ、じゃなくてっ! 何で、あんた、ここにっ」
 バフッと、あたしの言葉は遮られた。
 黒いのが、強引にあたしを抱き締めたから。
「……大丈夫。 大丈夫よ。 あなたは、何も悪くない」
 な、んで……なん、で、そんなこと、言うわけ?
 あたしは、あたしはようやく、十字架を背負えせそうだったのに、なん、で?
「くろ、ね、こ……」
「……あなたのお兄さんは、もともとお節介な性格だもの。 例え傷つこうとも、あのお人好しは、あなたを責めたりはしないわ」
 知ってる。
 そんなこと、誰よりも、だからこそ、あたしは、あたしはっ……!
 プチンッ
 堪えていたはずの一線が、切れた。
「あたしっ、あたしっ……あいつにっ、なんて謝ればいいのォっ! うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

―――――

―――
――
 暫くの間………黒いのは何も言わずに、ただ、泣き喚くあたしを、ギュッと抱き締めてくれてた。
 ぽん、ぽん、と、まるで赤子をあやすように、頭を撫でてくる。
「……あのさ」
「……何かしら」
「あんたが来てくれて、その……嬉しかった」
「……そう」
 気恥ずかしくて、密着させた体を離せないでいるあたしたち。
 正直に言えば、本当はこの小さい温もりから、離れたくなかっただけかもしれないけど。
「……あたし、決めたよ」
「何を、どう?」
「今度はあたしが、兄貴を守る」
 黒いのは閉口して、あたしの言葉に耳を傾けている。
「今まで、何度もあたしを助けてくれた兄貴を、今度は、あたしが守ってく。 一生分、あたしの人生をあげるつもりで」
 くすりと、慣れ親しんだ声で黒いのは笑う。
「……それじゃあ、愛の告白みたいね?」
「……そうかもね。 今回の件で、あたしは気づいちゃったから。 あながち外れてない」
 気づいた。 そう、気づかされた。
 あたしは、兄貴のことが……。
 だからあげる。
 あたしの全てを、あんたにあげる。
 一方的と言われようと関係ない。
 だって、あたしがそう決めたから。
 あんたがあたしを恨んでも、どんなことがあろうとも、絶対にあんたから離れてやらない。
 ずっと側に居座ってやる。
 死ぬまで、ずっと。
 そして、そこには、
「そこには、私の居場所はあるのかしら?」
「ある。 ってか、あんたには、一緒にいてもらわなきゃ、あたしが困る」
 顔が熱くなるのを感じた。
 黒いのの体温も、ちょっとだけ上がった気がする。
「……そう。 なら、先輩は両手に華で、もうウハウハといったところね?」
「そゆこと」
 ニカっと、満面な笑みを浮かべたあたし。
 肩越しにだけど、多分、黒いのも笑った。
「あ、それとね」
「?」
 素早く体を離す。

「あたしは、あんたのことも大好きっ!」

 それから、返事も聞かずに強引にキスをした。


 黒いのは驚いた顔で、口を拭いながら、
「そ、そんなっ……口同士のファーストキスを、女に奪われるだなんてっ……!」
「あたしも初めてだケド?」
「っ!! し、知らないわ、そんなことっ」
「ってか、口以外なら初めてじゃないんだ。 兄貴?」
「そ、そう……だけれど?」
「ふぅん……それ、いつのこと?」
「ど、どうでもいいでしょう? そんなこと」
「まあ、いいケド」
 それはさておいて、だ。
「返事、くれないわけ?」
 黒いのは、わかりやすく頬を染めた。
「……応えずとも、わかっているくせに」
「ダメ。 言葉にして。 じゃなきゃ不公平じゃん?」
「……仕方ないわね」
 それから、黒いのはすうと深呼吸して、その小さい口を開く。

「……好きよ、あなたのこと。 二番目に」

 視線を反らしてもじもじする黒いの。
 堪らなくなって、思わずこっちから抱きついた。
「ちょっ……痛いわよ。 離れなさい」
「ヤダ」
「このっ、調子に乗って

「……一緒に頑張ろうね、黒猫」
「……わかっているわよ、桐乃」
 最後に、もう一度キスを交わした。


 二人で、兄貴の足になろう。
 二人で、兄貴を障害から守ろう。

 例え、兄貴に拒絶されたとしても、あたしは引くつもりはないから。
 罪滅ぼしだけじゃないってことが、伝わらなくても、あたしは兄貴に全てを捧げるから。

 だから、もうしばらくは……あんたの妹で居させてね?





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最終更新:2010年10月19日 01:23
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