1スレ目355

「あの~すみませーん、赤城の家の者ですが、兄を呼んでいただけますか?」
教室に入ろうとする俺の背中に、そう声をかけてきたのは一年生とおぼしき
背の低いポニーテールの女子生徒だった。地味な顔つきだがそれなりに可愛らしい。
「赤城の……?」
「なんだよ、なんの用だ?」
俺が取り次ぐ必要もなく、その声を聞きつけた赤城がこっちにやってきた。
赤城の声は若干不機嫌っぽかった。
「あのねえ……おにぃが弁当忘れていくから届けに来てやったんでしょ」
赤城の妹らしき女子生徒は怒ったように巾着に入った弁当を突き出す。
「そっか、わりぃ。サンキュー」
「貸しだからねー。……あ、それじゃ、失礼しまーす」
赤城の妹は何の役にも立たなかった俺に丁寧に挨拶してその場を去った。

「……おまえ、うちの学校に妹なんていたんだな。知らなかったよ」
伝言頼まれたにも関わらず、何の役にも立たなかったバツの悪さから、俺はなんとはなしに話をふった。
それに対し赤城は、「言った事ないからな」と素っ気なく答える。
「そもそも妹なんて、最近、全然、接点ないしなあ」
「……そうなのか? 随分仲よさそうだったじゃねーか」
正直、なんだか眩しかったぞ、おまえら。

「そうか? 普通だろ? 家にいたって飯の時以外、ほとんど顔あわさないし」
ふーん。どこの家でもそんなものなのか。ちょっと意外だ。ま、他所のお家事情なんて田村家くらいしかよく知らないしな。
「もう何年も一緒になんかした事とかないよ。小学生の頃は一緒にゲームとかしたけどな」
「ちょっ……! 兄妹一緒にゲーム!?  しかも小学生の頃から!?」
俺は思わず身を乗り出して叫んだ。

「……何おどろいてんだよ。そんなに小学生が家族でゲームしたら変か?」
気圧された赤城が目を丸くしてのけぞる。
「い、いや。別に変じゃない」
お、落ち着け俺。エロゲじゃなくプレステとかの普通のゲームに決まってるじゃねーか。
義務教育中の妹が兄貴に一緒にエロゲやろうと言ってくるなんて、いくら日本がオタク大国だからってウチくらいのもんだって!

「……じゃあ、一緒に出かけたりとかもしねーの?」
「一緒に? 妹と? ありえないだろ。親とかと一緒に旅行行った事ならそりゃあるけど」
へー、そういうものなのか。あんなに仲良さげだったのによ。


と、そんな会話を学校でやったもんだから、ついつい家で、妹をガン見しちまったんだよな。
「……なに? きもいんですけど」
すると当然、こういう流れになる。
「べつになんでもねえよ」
そう言って目をノートパソコンに戻す。家に帰る早々、妹に呼びつけられてシスカリ対戦中ってわけだ。

なんか、部活が試験休みとかで暇なんだとよ。試験休みなのに勉強しなくていいのか? とは言わない。
試験前に慌てる方がどうたらこうたら、また、こっちがバカにされるのがオチだってのはわかってるからな……

「ふん。また私のパンツみてたんでしょ。飽きないわね、この変態シスコン魔王」
「見てねえよ! おまえ、その話はもうしねえって約束しただろ!?」
そんなに見られるのが嫌なら、そんなエロゲのヒロインが穿いてるような縞パンじゃなく、
家の中でも見せパンとやらを穿いとけよ!

「約束? あんたが勝手に言ってるだけじゃん。なあに、それとも自分の変態を認める? そんなら私も諦めて
おとなしく視姦されたげてもいいけど~」
「んなもん、誰が認めるか!」
まったく。こないだ、あんな事があったばかりだってのに、こいつは、懲りるって事を知らんのか?

「……じゃあ、何、さっきあたしの方をじっと見てたのよ?」
「べ、別に見てねえよ」
「見てたかどうかなんて聞いてない。なんで見てたのかって聞いてんの」
どうしてそんなに自信満々で決め付けられるかな。まあ、実際見てたんだけどさ……
ちっ……このパターンで食いつかれて逃げおおせられた試しなんてないんだよな。
あきらめ気分で、俺は話し始めた。


「……ちょっと、学校の奴と妹の話をしたんだよ」
「は? きもいから知らない所で勝手にひとの話しないでくんない?」
「ふん、おまえの話なんてしてねえよ。クラスの奴の妹の話さ」
「……クラスメイトの妹?」
ありゃ、なんか食いついてきた? こいつ、二次元だけでなく三次元の妹にまで興味あんのか?

「わかった。それであんたはあらためて自分の妹の素晴らしさをかみしめてたってわけね」

いや、わかってない。おまえ全然、わかってないから。
勝手な言い草の妹をちくりとやりたくなって、つい俺は余計な事を言っちまう。
「あのな知ってるか? 他所の妹は兄貴の事を、アンタ呼ばわりなんかしねえんだよ」

「ウザっ!」

妹は心底、嫌そうな声をあげる。……まあ、確かに俺も他所の兄貴と比べられたらいい気はしねえし。
……ちょっと失敗しちまったかな? なーんて考える殊勝な俺に、いつもの勝気な表情に嘲笑を浮かべて桐乃がのたまう。

「自分を棚に上げてよく言う~ 兄貴扱いしてほしけりゃ兄らしくしろっての。妹のパンチラ狙ったりするような変態は、アンタで十分」
反省撤回。こいつに気遣いなんて無用だ。

「おまえこそ、少しくらい妹らしくしたらどうなんだよ。他所の妹はな、忘れ物をしたら届けてくれたりするんだよ」
「なにそれ? エロゲの話?」
ちげーよ! もう、つっこむ気力もねえよ!


俺がため息をつくと、桐乃は再びウザそうに俺を見る。

「……あんたねえ。他所の妹は、他所の妹はって、隣の芝生は青く見えるってことわざもしんないの?」
知ってるよ? でも本当に隣の芝生が青い時にはそのことわざ使いませんよね?
うちの芝生、どこからどうみてもまっ茶色の枯れかけじゃん? つーか、むしろ焼け野原?
そう思いながらもその事をだまっていると妹は調子にのって、あろうことかとんでも無い事を言い出した。

「だいたいさー、うちってかなり良い方でしょ? 兄妹仲」

「………………は?」

人間、あまりに理解の及ばない話されると、ちゃんと聞こえてても脳がそれを拒否するみたいだな。

「なあに。あんた、もしかしてバカにしてる?」
さすがに聡いな、うちの妹は。ああ、俺は今、心の底からおまえの事をバカだと思ってるぞ。
「……ムンッ!」
ドゴッ!
「うがっ!」
桐乃のつま先が俺のアゴを強打した。揺れた! 脳が揺れたぞ!?
「何しやがんだよ!」
「あんたが失礼な事考えてるからでしょっ!?」
あれ? 俺、声に出してたっけ……?
あらゆる意味で納得しかねるといった俺の様子をみて、桐乃は子供を諭すように語りはじめた。



「あのねえ……たとえばさあ。普通、あたしくらいの年のコの部屋に兄貴が自由に出入りとかできると思う?」
「……そりゃ、思わねえよ?」
俺も自由に出入りなんてしてねえし。
「でしょ?」
いや、桐乃さん? そこのつなげ方、な~んか変だと思うんですけど……
「今だって、こうして一緒にゲームで遊んでるじゃん?」
おまえが強制的に相手をさせてるだけだがな。
「たまに一緒に出かけたりもするし」
おまえの趣味や用事に無理やりつき合わされてる事を『一緒にお出かけ』と表現していいのならな。
「ま、それもこれも全て、シスコンの変態バカ兄貴に対する、あたしの献身的な気遣いの賜物よね~」
「は?」
「シスコンのあんたが欲求不満で性犯罪に走らないよう、私が相手してやってるんでしょ。感謝してよね」
「おい! ふざけんのもいい加減にしろよ、てめえ!?」
誰が性犯罪に走るって? さすがの俺もキレるわ。これ以上、おまえの妄言なんて聞いてられるか!

しかし桐乃は、俺の威圧に動じることもなく余裕しゃくしゃく言い放つ。
「……なあに? 照れ隠し? キモイんですけどぉ~」
その妹の言葉に俺は、両肩をがっくりと落とすしかなかった。
はあ、口ではどうせこいつにはかなわねえんだよな。まあ、じゃあ何ならかなうのかって言われても
情けない事に何にも思い浮かばねえけどさ……

がっくり来ている俺に、桐乃はさらに追い討ちをかけてくる。
「ちょっと。そこでしけた顔しなくてもいいじゃん。あんたシスコンなんだから現状に文句ないでしょ?」
「んなわけねーだろ!」
俺は断じてシスコンじゃないから現状に文句ありまくりだよ!
すると、さも意外だと言う顔をして桐乃が問い直す。

「じゃあ、これ以上どうしろって言うわけ?」
どうもしていらねえっての。俺にかまわないでくれるのが一番だよ。
ま、そんな事を言えるはずもないので、俺は別の事を口にした。
「なんだよ、言えば聞いてくれるってのか?」
んなわけないでしょ! そんな台詞でこの話題はおしまい。
そう思っていたのだが、桐乃の返事は意外なものだった。

「聞いてあげないこともないよ」
「……マジ?」
俺の驚き顔を見た桐乃は、それまでの機嫌良さげな顔をしかめっ面に取り替えて言った。
「あ、でも、やらしいお願いはダメだかんね」
「しねーよ!」
おまえは俺をなんだと思ってんだ!

ああ、そっか。変態シスコン兄貴と思ってんだっけ……


「じゃ、言ってみ? ほらほら、はやく」
なんだかわからないが、上機嫌でそう催促する桐乃。なんでこいつ、こんなに機嫌いいんだ?
「えーと……それじゃあ、昨日わたされたエロゲ、やんなくてもいい?」
実はまた新作のエロゲをクリアするように仰せつかったばかりだったのだ。
すると桐乃の機嫌は一転、苦虫をかみつぶしたような顔で俺を睨み付けながらこう言った。
「ハァ? 何バカな事言ってんの? 兄妹仲をよくするって話してんのに、
私らの数少ない共通の話題なくしてどうすんのよ」
あー、やっぱり却下されたか。それにしても共通の話題ってのは違うと思うぞ。
俺が一方的におまえに合わしてるだけなんだから。

しかしこれは意外に難問だ。そもそも俺は兄妹仲をよくしたいなんてこれっぽっちも思ってないんだから。
にも関わらず兄妹仲を改善するためのお願いを強要されるといった困難な立場に置かれているという……
うーん、なんでいつもこんな感じになっちまうんだろ?

「じゃ、じゃあ……まずは呼び方からあらためるってのはどうだ?」
とりあえず無難な提案をしてみる。
「たとえばなんて呼んで欲しいわけ?」
「え……? そりゃ、『お兄ちゃん』とか、『兄さん』とか?」
赤城んとこみたく『おにぃ』ってのでもいいし。とりあえずアンタとかシスコン以外ならなんでもいいよ。

「ハァ? 何それ。エロゲ脳もいい加減にしてよ」
「ちょ! 実の妹に兄と呼ばせるのがエロゲ脳なのかよ!」
……まあ、確かに普段よばれ慣れないから? 今でてきた呼び方は全て、
最近プレイさせられた妹モノエロゲからとらせていただきましたけどね……


「だいたいさー。その件ならさっきも言ったでしょ。あんたなんて、アンタで十分」
なんだそりゃ。
「わけわかんねえよ。兄妹仲を良くするための話なら、まずは互いを兄・妹として認めあうところから始めるべきだろ?」
俺としてはこれ以上ない正論を述べたつもりだったのだが、桐乃はそれをあっさりと否定する。
「は? あたし前に言わなかったっけ。兄貴面すんなって」
覚えてるよ。俺も同感だったからな。でもよ。

「それとこれとは別だろ。おまえだって、兄妹仲がどうこう言ってるじゃねえか。兄・妹と認めてるからだろ?」
「ふん。勝手な解釈やめてくれる? 単なる便宜上の問題でしょ。兄と認めてようがいまいが
私らの関係、ほかに表現しようが無いじゃん?」
へー、そうかね。他にもあるだろ、もっとも適切な表現がさ。『アカの他人』って奴?

……一瞬そんな事も思ったが、いくら口ゲンカの売り言葉に買い言葉でもこれはいっちゃなんないと思った。
そもそもさ。冷静に考えてみれば、いまさらこいつと、兄だと認める認めないで喧嘩するとかありえねえし。
兄と思われてようが思われていまいが、どうでもいいはずだろ……俺は。
そんな思考をめぐらせてる間の俺の沈黙をどう受け取ったのか、桐乃が怪訝そうにこう言った。

「……なによ、黙り込んじゃって。なあに? あんた、まさか、あ、あたしと……その……きょ、兄妹以外の
関係の方がいいって思ってるとか?」
俺が思ってる事を読み取ったのか、最近たまに見る怒り爆発寸前のような、頬を紅潮させたしかめ面でそう言う。
しかし桐乃も『その言葉』だけは言っちゃだめだと思ったのだろうか。はっきり言わずに言葉を濁していた。

「いいや。思ってねえよ。俺とお前の関係は兄妹以外ありえねえ。俺たちが望もうが望むまいが関係なく。
そういう風に生まれちまったんだからな」
最近、ふと思う事がある。俺と桐乃がもし兄妹として生まれなければ、もっと違う関係が築けたのだろうかと。
たとえば桐乃が実の妹じゃなく単なる出来のいい幼馴染だったら?

へっ。それこそまったくせんない話だ。考えるだけ無駄ってやつだな。
そもそも兄妹でなければ、たとえ隣に住んでたって一切接点なんてなかったんじゃねえか?
少なくとも、俺にとってこいつはそういう存在だったはずだ。


「……ふん、何気取ってんだか」
桐乃がそっぽ向いて鼻を鳴らす。そして、再びギロリとこちらを睨み付ける。
「……で! お願いは? こんなことさえすぐに思いつけないくらいどうしようもない低脳だったの?」
激しくイライラした感じで桐乃が言う。そっか。その話まだ終わってなかったのな。
なんだか色んな意味で気が失せてた俺は、罵詈雑言に反応する気にもなれず投げやりに思いつくまま言葉を放った。
「もう、なんでもいいよ……。背中でも流してくれれば改善すんじゃね? 俺とおまえも一応家族なんだしさ」

そう言った時の俺の頭の中には、昔──といってもほんの数年前──親父の背中を流してやった時の事が思い出されていた。
たしか、親父に酷くしかられて……俺もそんときはなぜかひっこみつかなくなって激しく抵抗して……
そんなことがあった後、おふくろの奴が、風呂一緒に入って背中流して来いとかうるさく言うから渋々流しに行ったんだよな。
そうしたらお互い最初は無言だったけど、もっと力を入れろとかなんとか言う話から少しずつ会話がはじまって、
最後には親父の方から少しきつく叱りすぎたって言ってくれて……それで俺も素直に謝れたんだっけ。

「はあ? それって一緒にお風呂に入りたいって事? さっきエッチなお願いはダメだって言わなかったっけ。あたし」
「勝手にニュアンス変えるんじゃねーよ!?」
俺の数少ない暖かな家族の思い出が台無しにされちまった気分だよ!

「わかった、わかった。さ、もう出てって。暇もてあましてるあんたと違って、私、いろいろ忙しいんだからさー」
そう言ってすげえ力で俺の腕をひっつかみ、部屋の外へ追い出す桐乃。
「は? おい、勝手な事言ってんじゃねえよ。おまえがシスカリやるって、出かけようとした俺を無理やり……」
「はいはい。対戦なら、また今度、相手してあげるからね」
「誰もそんな事言ってねえ! ……あ、おい!」

バタン!

あっという間に追い出されちまった。
適当な事言われたと思って怒ったのかね。まあ、実際適当な事言ったんだけどさ──
「……あ」
もしかして、俺がいやらしい気持ちであんなこと言ったと思ったから、それで怒ったのか?
自分はまじめに兄妹仲の改善のための話をしているのに……って。
もしそうだったら悪い事しちまった……かな。

……いやいや、あいつはそんなタマじゃねえ。ついさっき、あいつにそんな気遣いは無用だって悟ったばっかじゃん!

どうせ、今回の話題全体が、なんかのひっかけだったんじゃねえのか? それが自分の思うような面白い方向に
話が転がらなくて嫌になっちまったとかさー。ありそうな話じゃん? でもな──
「……くそっ。なんで俺がこんなことでイライラしなきゃなんねえんだよ」
こういう時は、幼馴染の顔を見たくなるのが俺の常だった。でも、もうこの時間じゃ遊びに行くのもな……
結局、俺は夕飯の時間まで部屋でふて寝を決め込む事にしたのだった。


「京介、父さん今日は泊まり込みだから、あんたもうお風呂入っちゃいなさい」
親父がいないせいか、やけに手抜きくさかった夕食の後、リビングで一人テレビをみているとおふくろからそう声をかけられた。
「……桐乃は?」
実際に言われた事があるわけじゃないのだが、なんだか桐乃の前に風呂に入ると、髪の毛が浮いてるのなんの
文句つけられそうで、なるべく遅い時間、一番最後に風呂に入るのが俺の近頃の習慣になっていた。
「寝る前に入るから最後でいいって。あの子、今手が離せないんだってさー。めずらしく試験勉強してるみたい」
「ふーん。いつもは試験前に慌てるのは、普段やるべきことをやってないからとか偉そうに言ってるのによ」
俺はいつぞや言われた話を思い出して、そう陰口をたたいた。
いや、俺が根に持つタイプとか、陰口叩くタイプとかってんじゃないんだぜ? 妹だけは特別なんだ。
「何言ってるの。京介、あんたももうすぐテストでしょ? 普段、やるべきことをやってないあんたは慌てて勉強しなくていいわけ?」
うえっ。とんだヤブヘビだ。
「風呂に入ってきまーす」
そう言って俺はその場を逃げ出した。


チャポン。
「ふー。今日もつかれたぜ……」
湯に身体を浸しながら独りごちる。
たいした事は何もしてないのだが、おそらく桐乃との事が俺の精神にダメージを与えてるに違いない。
あの日からこっち、家にいるとなかなか気が休まらない事が多くなっちまった。
からんできたらからんできたでウザイし、無視しあってる状態になるとそれはそれで神経使うし。それに比べて……
「あーあ、今日は麻奈美んとこにも遊びにいけなかったな……」
あいつと一緒だと本当に癒されるんだけどなー。
なんで実の妹相手にピリピリして、血の繋がりも無い相手に安らぎを覚えるんだろうか。
……結局、血縁なんて意味ねえんだろうな。家族で憎みあったり殺しあったりだってする事もあるわけだし。
一緒に過ごす時間が長いって意味なら、麻奈美の方がよっぽど家族だし。
考えたら親父とおふくろのように夫婦も家族だが、夫婦間には血縁ないよなあ……

そんな風にとりとめの無い考えにふけっていると、突然、夕方の出来事が思い出された。



『だいたいさー、うちってかなり仲いい方でしょ?』
『……じゃあ、あんたはこのあたしにどうして欲しいわけ?』

あいつ、何考えてあんなこと言い出したのかねえ。
あれ? そういやお願いの話って結局どうなったんだっけ。たしか俺が──

すると、脱衣所のドアが開く音がして、風呂のすりガラス越しに人影が見えた。
その時、天啓のように昼間のやりとりが思い出された。

『背中でも流してくれればいいんじゃね?』
『なあに? それって一緒にお風呂に入りたいってこと?』

「げっ……! ま、まさか!」

しかし、俺の心配はすぐに取り越し苦労だと判明した。
「京介ー、桐乃まだしばらく入らないらしいから追い炊き消しといてー」
「……あ、ああ。わかったー」
脱衣所から聞こえて来たのはおふくろの声だった。
「ふう。これじゃ桐乃から変態よばわりされても言い返せねえな……」
まったく。最近の俺はどうかしてるぜ。
そんな混沌としだした思考を洗い流すかのように頭からお湯をかぶり、操作パネルの
自動追い炊きスイッチを切って風呂を出た。



その夜──
真夜中に誰かに起こされたと思ったら、いつぞやのように妹が、ベットの上で
俺に覆いかぶさるように四つんばいになっていた。
こういうことがあったのはこれで二度目。しかし、こんな事に慣れるはずもなく、
俺の心臓は前回にもましてバックンバックンいっていた。
前回と違って、妹はまだ私服のままでパジャマには着替えていない。

「こ、今回は何なんだよ……」
俺は努めて冷静にそう問いただす。慣れたわけじゃないが、何が起こってるかわからなかった前回に
比べれば、状況把握が出来ている分、落ち着いていられた。
「はあ? 何言ってんの? もう昼間の事忘れた?」
「昼間……?」
もしかして夕方の話か?

「そ。あんたから言ってきたんでしょ。……その、背中……流してくれって」
「いっ……!」
これぞまさに不意打ち。完全な時間差攻撃だった。
「で、でも……俺、もう風呂はいっちまったし」
ドギマギしながら、なんだか言い訳がましくそう答える俺。
「そ、そんなの別に関係ないでしょ! 身体きれいにするのが目的ってわけじゃないんだしさ」
は? 背中流すのに、それ以外の目的があるのか? まさか、いわゆる大人のマッサージ……!?

「兄妹仲を改善するためっつったじゃん」
ああ……そっちね……お、驚かすんじゃねーよ!




「で、でもなんでこんな夜中なんだよ!」
とりあえずなんでもいいから否定材料をぶつけてみる。
「相変わらずバカね。お母さんが起きてる時間に、二人でお風呂に入れるわけないでしょ? こないだ、
あんな事があったばかりなのに、学習能力はないわけ?」
そりゃ、こっちの台詞だっつーの! っていうか、やっぱ一緒に風呂はいるって話なんですね?

「ま……マジで、俺と……その、風呂に一緒にはいる気か?」
嘘にきまってんでしょ! きも~本気にしたわけ? そんな答えをちょっぴり期待しつつ聞いてみる。

「ハァ? 何言ってんの? そうしなきゃ、背中流せないじゃん」
うう……普通に答えやがったよ……
「で、でもさ。お前、いやらしい願いごとはダメだって言ってたじゃねーか」
「何? あんたもしかして、いやらしい気持ちで背中流せって言ったの?」
「バ、バカ! んなわけねーだろっ!」
俺は大慌てで否定する。
「なら、いいじゃん。ほら、いつまでもぐずぐず言ってないでとっとと行くわよ」
そういって、俺の袖をひっぱって部屋から引きずり出す桐乃。
あ、あれえ? なんでこうなっちまうんだろ?



「んもう、何してんの? 早く脱ぎなさいよ」

結局、有無を言わせぬ勢いで脱衣所まで連れてこられてしまった。
「マ、マジで……?」
コクリ。桐乃は眉をひそめながらただうなづいた。
「……」
俺はじっと、そんな桐乃を見返した。
「なに?」
いや、おまえは脱がないのか? そう尋ねようかと思ったが、これじゃまるで俺が妹に服を脱ぐ事を強要してるかのようで、
言えなかった。ああ、そうか。桐乃は、自分は服を脱がずに、ただ、風呂場に入ってきて俺の背中を流すだけのつもりなのかもな。
考えたら、あたりまえじゃね? もともと俺もそのつもりだったんじゃねえか。夜中にこそこそするから、変な勘違いしちまったよ。

「もう、いつまでぐずぐずしてんの!?」
「わ、わかったよ」
これはもう、何もせずに終わるってわけにはいきそうにない。それならとっとと言うとおりにして、
一刻も早く終わらせるのが得策ってものさ。とはいえ……
「おい……」
「なに?」
「そう、じろじろ見ないでくれるか? 脱ぎにくいぞ」
「は? 兄妹で何恥ずかしがってんの?」
そういうもんじゃねえだろ。……とは言えない。兄妹なんだから裸みられたってどうってことないとは、
以前、事故で桐乃の裸……っていうより、あれはナニだが……を見てしまった時に俺が言い訳に使った
言葉だからである。くそう。でもコイツだったら、そんな事気にせず「それはそれ」とか言って開き直るんだろうなあ。



結局、俺は桐乃ににらまれながら服を全部脱ぐと大急ぎで風呂場へと飛び込んで磨りガラスのドアを閉める。
風呂は既に追い炊きされてあたためられていた。
俺は風呂場に備え付けられている自分用のナイロン製ボディタオルを腰に巻き、股間を覆い隠してバスチェアに座る。
「はあ~~」
と大きなため息をつき、深呼吸してからドアの方を見る。
すると、桐乃のシルエットが写り、手を胸元に持っていったかと思うと、ゆっくり服を脱ぎ始めた。
「げっ! あいつ、まさか……!」
風呂の暑さだけのせいではなく、顔、そして全身が燃えるように熱くなるのを自覚する。
今度は桐乃が手を腰のあたりにそえると、ストンとスカートが落ちる。シルエットだけだとほぼ全裸も同然である。
そして、ついに桐乃の手が最後の一枚を自らずりおろした。その一部始終を俺は視線を外す事なく見届けてしまった。

ガラリ。

磨りガラスのドアが開くとそこには一糸纏わぬ妹の姿ああった。
特にどこかを隠すでもなく堂々としている。
さっきまでガラスドア越しに桐乃の様子を伺ってた俺は、当然のごとく風呂場に入ってきた桐乃の姿を
凝視することになった。

初めてまともに見る、成長した妹の裸身──
湯煙の中に浮かび上がったそれは素直に美しいと感じられるモノだった。
均整の取れた、女性らしいやわらかみのある肉体。ナチュラルに胸のあたりを隠すように肩にかかる長い髪。
その髪の合間から覗く、やわらかそうな乳房ときれいな色の乳首。なんというか……エロ本とかのモデルと全然違う。
そして真っ白な腹部。へそから股間へのなだらかなラインが俺の本能を刺激する。
そして幼く閉じた性器と女らしい腰つきのアンバランス。細身のわりに肉付きのいい太もも──



ゴクリ。

俺が生唾を飲み込むと、その音に反応したかのように、それまで静かに佇んでいた桐乃が、手で身体を隠す。
「こ、コラ! やらしい目でじろじろ見るな! 変態!」
顔を真っ赤にして桐乃が声を荒げる。とはいえ、おふくろを起こさないように絞った声なので迫力には欠ける。
「み、みてないって!」
が、俺への効果は十分。俺はあわてて妹に背中を向ける。
ついでに股間のテントも、桐乃の目から隠した。

それにしても。桐乃の奴、案の定、「兄妹なんだから」って言うさっきの自分の言葉なんて棚にあげやがったな。
とはいえ、それが理不尽だとは決して思わない。妹の裸と、俺なんかの裸は、確かに価値が全然違うものだ。
例えるなら──見せたら減りそうな感じ?



「じゃ、背中洗うから」
その平然とした桐乃の言葉で我に返る。そういや、俺のボディタオルは今、俺の股間にかぶさっている。
桐乃のやつどうやって洗うつもりだ? そんな風に思っていたら、ムニュと背中に柔らかい感触が。
「ひょっ!」
思わず上ずった声を上げる俺。
「……どう? 気持ちいいでしょ」
「あ、ああ……」
確かに気持ちいい。俺がいつもつかってるビニール製のボディタオルとは全然違うやわらかな感触。
こ、これはもしかして桐乃の……?

「今日は特別にあたしのボディタオルで洗ったげる。普段勝手に使ったらダメだかんね」
「つ、使わねえよ」
ゴシゴシ。うわあ、本当に気持ちいい。しかし、かつてここまで妹に優しくしてもらった事なんてあっただろうか。
普段は座布団ひとつ借りるのも一苦労なのに、これってこいつとしては破格のサービスなんじゃねえか?
いつも酷い目にあってるのなんて、すっかり許せる気分だ。
なんか泣きたくなってきた。
ん? ま、まてよ。この気持ち。
幼い頃にも感じた事があるような……もしかしてこれって……

「ジャイアン効果か!?」
「……ハァ? いきなり何?」

うわ、思わず声に出しちまった。
みんなもわかるよな、この感覚。普段、ひでェ事ばかりしてる奴ほど、ちょっと優しいところや
いいところを見せられると、何倍も良く見えるという……
ちょうど子供の頃よく見た映画版ドラえもんの、かっこいいジャイアンみたいな感じ。

「い、いや何でもねえ」
正直に言ったら、ぶっとばされること請け合いだ。
「もう、夜中なんだから急に奇声上げるのやめてよね」


ゴシゴシ。桐乃の手は、力強く、しかしゆっくりと時間をかけて俺の背中をなぞって行く。
なんだかなあ、このやすらぐ感覚。まるで麻奈美と一緒にいるみたいだ。
まさか、桐乃と居て、こんな気分になるなんてな──

「あんたさ。このあたしがここまでやってるんだから、死ぬほど感謝しないさいよね─」
ああ、こういう余計な一言さえなきゃなあ。

「あ、少しお湯かけるから」
そう言って、桐乃が身を乗り出して洗面器でお湯をすくうと、俺の目の端で妹の乳房がぷるんと小さく揺れる。
「……っ!!」
そうだ、こいつ裸だったんだ! 改めてそう意識すると、さっきまでの安らぎ気分はどこかにふっとび、
再び顔と股間がカッカと熱く燃えはじめる。
だめだ、このままじゃ場がもたねえ! そう思った俺は、桐乃にどうでもいい話を向けようと声をかけた。

「あ、あのさ。おまえって、特別な石鹸とか使ってんのか?」
「ん~。特別かどうかわかんないけど、まあ、ちょっと高めの自分専用の奴使ってるよ。日焼けとかしすぎると困るし」

お、いい感じ。これぞ世間話って感じだ。

「なるほど、どうりで部活とかしてるわりに……」
きれいな肌してる、といいかけてやめる。なんか変な解釈されそうだしな。
しかし桐乃は俺の飲み込んだ言葉を予測したかのように言った。
「……ちょっと、変な目で見るのやめてよね」
ほら、やっぱりそんな解釈しやがるんだ、こいつは。
「へ、変な目でなんか見てねえよ」
思わず声がうわずる俺。
「嘘ばっか。さっきだって、私の裸、やらしい目で嘗め回すように見てたじゃん」
「や、やらしい目でなんて見てねえって!」
「嘘。じーっと見てた」
「あれは……びっくりして、つい、ちょっと見いっちゃっただけだろ」
「夜のオカズにしようと思って?」
「違うわ!」
こいつは~……最近、すぐにそういう事言い出しやがって。マセガキめ!


「ま、あんたが見とれるのもわからないでもないけどね~」
くっ……! 相変わらず、自信満々だな、オイ。自信過剰ってわけじゃないところが、さらに頭にくるぜ!

「……何言ってやがる。妹になんか見とれるわけねえだろ?」
腹が立つから断固否定する。
「……」
突然の沈黙。

しばらくして桐乃が、それまでの明るい声から一転、急に悲しそうな声を出す。
「……そっ……か……」
お、おい。急になんだよ。
「これでも一生懸命がんばってんだけどな……あたしって、そんなに魅力ないかな……」
「い、いや。そ、そんなに落ち込む事ねえだろ?」
おまえらしくねえぞ?

「だって、あたし読モだよ? 水着になったりもするんだよ? 裸みられて魅力ないとか言われたら、そりゃ落ち込むって……」
うわあ。こいつ、こんなに打たれ弱いやつだっけ?
あれか? これもモデルとしてのプロ意識ゆえの事なのか?
くそ……こういう時は、きっちり顔を見れないのがもどかしいぜ。
「ち、違うって。あくまで、俺はおまえの兄貴だからだろ。それに魅力ないなんて一言も言ってねえだろ?」
「いいよ。慰められたら余計、みじめじゃん……」
ああ、もう! この妹は、本当に手がかかるなあ!


「お、おまえがやらしい目で見るとか言うからだろ! ちゃんと魅力的だから安心しろ、バカ!」
「魅力的って……? どんな風に……?」
「ど、どんな風にって……」
俺が口ごもると桐乃がまた暗い声で言う。
「ほら、テキトー言ってごまかしてるだけじゃん……」
「ああ、えっと。き……キレイだったって! あと、すごく色っぽかった!」
くそ……なんで、妹にこんな事言わなきゃなんないんだよ……
「もっと、具体的に言ってくれないと信じらんない……」
なぬっ!? ……クソっ! もう、ヤケだっ!
「え、えーと。白い肌がキレイで、体のラインもすんげー、女らしくって。でもって……」
ああっ! いったい、これはどういう羞恥プレイだよっ! そろそろ納得しやがれっ!

「……プッ……ククッ……」

ん? な、なんだ?
「ククッ……あ、あんた。やっぱり、すっごい見入ってたんじゃん! ……ハッ、アハハッ……うぷぷ」
声を噛み殺しながら笑いころげてるらしい桐乃。ま、まさかコイツ……また……
「し、しかも、妹にキレイだとか色っぽいとか……ククッ……あんた、シスコンもたいがいにすればあ?」
「き、桐乃てめぇっ! また、ひっかけやがったな!」
俺はそう叫んでおもむろに振り向く。
顔を真っ赤にしてニヤニヤ笑いを噛み殺す桐乃の姿が視界に入ったかと思うと……

バシッ!

泡だらけのボディタオルが俺の顔を直撃する。
「わぷっ! 目に泡が、目にっ!」
「み、見るなっ! あと、でかい声だすなっ……! お母さんが起きたらどうする気!?」
「くぅ~……!」
もう、なにもかもが理不尽だろっ!


「ま、正直に見とれてましたって言えば、今日は特別に許してあげるからさ」
悔しさとタオルの泡のせいで、目をしばたかせる俺を無視して勝手な事をほざきつつ
再びマイペースに俺の背中を流し始める桐乃。
「うう……」
くそっ! 三つも下の妹にこうも軽くからかわれるとは!
……まあ、いつもの事と言えばいつもの事だが、それがなおさら情けねえぜ。
ここは兄として毅然とした態度で言い訳しなければ。

「ち、違うぞ。別におまえに見とれてたわけじゃねえよ。ほら、馬子にも衣装って言うじゃねえか。単にそんだけの事だよ」
「あたし、いま素っ裸なんだけど?」
そうでした。
「なに? あたしは裸が一番いいって意味?」
「ち、違うって!」
「もしかしてあんたの頭の中じゃ、あたしって常に全裸だったわけ? 本気で変態ね、あんた」
「そんなわけねえだろっ!」
常に妹の裸を想像してる兄とか、気持ち悪すぎるわ!
「今のはちょっと、口がすべっただけ!」
「口がすべるってことは日ごろからそう思ってる証拠」
「勝手な証拠認定すんな!」

とは言ったものの、その言葉はある意味で俺の痛いところをついていた。
裸云々は別として、からかわれてるとも気づかずに、妹の容姿を不覚にも褒めちまった事。
確かに俺が、妹の事を可愛いとか美人とか思ったのは今にはじまったことじゃねえんだよな。
こいつの事をずっと無視し続けてた時だって、こいつの事を心からウザイと思ってた時だって、見てくれだけはずっと可愛いと思ってたんだし。
ただ、それを素直に口にしてやるには、おまえが今まであまりに憎らしかっただけだよ。

そして、さっき俺がペラペラとお前を褒めちぎっちまったのは……

たぶん、今夜のお前はそれを素直に口にしてやってもいいくらいには、可愛いかったってことなんだろうよ。
もちろん、全てジャイアン効果による錯覚だけどな!


「……はい。もっかいお湯かけるから」
俺の葛藤をよそに、妹は淡々と背中を流す作業を続ける。
「あ、さっきみたいに、私の胸、盗み見るのやめてよね」
「ばっ! バカ言うな。そんなことしてねえよ!」
そういって、湯を汲むために乗り出してくる妹と、逆方向に顔を向ける。

ザバァ。ゴシゴシ。
それにしても桐乃の背中の流し方は、非常に丁寧だ。なんというか、すごく愛情がこもってるというか。
まあ、本当に愛情が込められてるわけじゃなく、こいつの器用さと完ぺき主義の賜物なんだろうけどさ……

そうはわかっていても、この快感の前には、こいつの事を全くいとおしく思わない……ってわけにはいかない。

はぁ。俺が昔、親父の背中流したときもこんな感じだったのかねえ。もっとも俺の流し方が、
これほど上手だったとは思えないけどさ。

「はい、おしまい」
桐乃は最後にもう一度お湯をかけてそう宣言した。
正直、もう終わるというのが──そしておそらくは二度とないだろうってことが──残念だった。

「あ、ありがとうよ。すげえ気持ち良かった」
俺は心からの礼を述べる。ちょっとした騒ぎはあったものの、本当に良い気分にさせてもらったひとときだった。
「そ、そう……」
お互い、顔を合わせずそんな会話をする。どんな表情してんだろな、桐乃の奴。
見てみたいが、なんだか恥ずかしくって見れずにいると……
「くちゅん」
桐乃が小さくクシャミをした。
「大丈夫か、湯船につかれよ」
「う、うん……」
桐乃が俺の左脇を通って湯船へ向かう。俺は視線を右にそらし、そのまま回れ右で
湯船にポチャンとつかる桐乃とすれ違いに風呂場を出ていこうとする。

しかし、後ろから妹の声がして俺をひきとめた。
「ちょっと、どこ行く気?」
「どこって……もう背中流してもらったから」
「ば、バカじゃない? まだ全然、兄妹仲改善してないじゃん」
そ、そうかな? 俺としては十分、当初の目的は達成できたと思ったんだが……
そんな気持ちを俺がとっさに言葉にできず、ただ黙っていると桐乃が再び口を開いた。


「あ……あんたも、とっとと湯船につかりなさいよ」
不機嫌そうにそう言う桐乃。
「え? さ、さすがに、それは無理じゃね?」
うちの湯船はそんなに広くない。
少なくとも身体を密着させずに二人で入るのは無理だ。
「……抱っこ」
桐乃がぽつりと、スネた子供のようにそう言った。
「え?」
あまりに桐乃らしくない言葉に思わずそう聞き返す。
すると今度は実に桐乃らしいトゲトゲした言い方で答えた。

「あったま悪いなあ。あんたがあたしを抱っこするみたいに入れば大丈夫でしょ」
「いっ!? いや、それはマズイって」

色んな意味で!

「何がマズイの? いいから早く。それともあんた自分の言う事はきかせておいて、
あたしの言う事はきけないとでも?」
「いや、そうは言うけどさ……」
そんな風に早口でまくし立てる桐乃に対し、俺は変わらず歯切れが悪い。
だってよ……抱きかかえるようにするってことは俺の股間が桐乃の背中とか尻のあたりに
あたる事になるわけで……
「別に、勃起してるのとか気にしないから。……早く」
うげ。しっかり気づかれてたよ!

「わ、わかったよ……」
この流れになるともはや逆らえない。俺は素直に桐乃の言葉に従う。だって勃起してる事、追及されたくねえし……


「し、失礼しまあ~す……」
そういって桐乃の背中側にまわるようにして湯船に入る。桐乃の素肌に足が触れる。
桐乃はスペースを空けるように前傾姿勢で顔もうつむいたままなので表情は見えないが、耳が赤くなってる気もする。
照れくさい……のか? それともお湯が熱いだけ?
「んしょ」
腰を下ろす俺。とうぜん俺の勃起したままのイチモツが桐乃の背中に……
ぴと。
「ひゃんっ!」
「ご、ごめ!」

桐乃が色っぽい声をあげる。俺は思わずかがみかけた腰を浮かせて立ち上がる。
「……い、いいから。余計なこと気にせず、とっとと座って」
「あ、ああ……」
再び腰を下ろす。ツツツツツ……俺は竿の裏の部分で桐乃の背中をなぞるようにして腰を下ろした。いや、あくまで不可抗力だよ?
「~~~~!」
桐乃は声にならない声を挙げる。よほど気持ち悪いんだろーな。

そう思うと、俺は日ごろの恨みというか、悪戯ごころというか、わざと亀頭や裏筋を桐乃の背中に強くおしつけたりしてしまう。
うわっは! こりゃ気持ちいいわ。征服感って奴か? 肌もすっげー、つるつるもちもちだし! な、なんか興奮してきた!

「は、あぁん」

ついに桐乃が声をあげる。やべえ、本当になんて色っぽい声を出しやがるんだ、こいつ……
ていうか、俺、かなり人間としてヤバイ事してたんでは……?
我にかえり、いろいろと自分に危険を感じた俺は、素直に腰を下ろした。


「……ちゃ、ちゃんと入った?」
「お、おう」
湯船につかりおわった俺がそう答えると、桐乃はふわりと俺に体重を預けてきた。
「はふう……」
桐乃の吐息。濡れた髪の毛が張り付いたうなじや肩の線がやけに色っぽい。
これまで女の色気ってのは胸とか尻とか太ももにあるもんだと思ってたけど……なんか、少し大人になった気分だ。
もっとも、中学生の妹に色気を感じて、大人気分も無いかもだけどさ。

「ね、ねえ」
「あん?」
「ず、随分落ち着いてるじゃん」
桐乃が少しばかり不満そうにそう言う。なるほど、やっぱりコイツ、俺をからかうつもりでこんな事を……
だとしたら残念だったな。なんかこうやって湯船に浸かってみると、変な気持ちはほとんどふっとんじまった。
なんだか、体だけでなく気持ちまで暖かくなるっていうか……さ。
「ま、あっちはあんまり落ち着いてないみたいだけどさー おしりにコツコツあたってウザいんですけどー」
「うぐ……」

ま、まあ、それとこれとは別問題っていうか……仕方ないじゃん!
妹とはいえ、裸の女の背中が目の前にあるだけでなく、密着してんだしよ!
それにおまえ、さっき勃起してても気にしないって言わなかったか? この嘘つきが!

「なーに? あんた、落ち込んでんの? まあ、いーじゃん。特別に誰にも言わないであげるからさ」
桐乃はそういいながらクスクスと笑う。その笑い声に、俺の風呂にのぼせかけた頭は一瞬で冷やされちまった。
……くそっ。頭と同じように、股間もおさまってくれればいいのになあ。


しかし──今の桐乃の笑顔は……ここからだとかろうじて横顔が見えるくらいだが、なんというか……
本当に可愛い。いつか見た幻のような、これが本当に俺の妹なのかと言うような笑顔がそこにあった。
この笑顔のためなら、どんなことだってしてやる──俺以外のほとんどの男はそんな風に思うんじゃないだろうか。
それとも、これは兄の欲目って奴か? だとしたら、俺も本当にシスコンだってことになるのかねえ?

「……どうしたの? さっきから黙っちゃてさ」
「い、いや別に」
「……」
桐乃はチラリチラリと俺の方を伺うようにする。何かを言いたそうな感じだ。口ごもるとか、こいつらしくねえな。
「なんだよ?」
促すと、ようやく桐乃は言葉を紡いだ。
「ねえ……あんたさー。もしかしてあたしのこと……好き……だったりするワケ?」
「は、はあ!?」
な、何を言い出すんだ! コイツはいきなり。
「べ、別に。あんたがあたしの事、どう思ってようが、あたしには関係ないけどさー……」
口をとんがらせてスネるような言い方。ただ、その問いかけには、今夜のこのイベントの意味が
全て含まれているようにも思えた。
だから、俺もその問いに真剣に答える。

「ええと……わからねえ」

沈黙。俺のその答えに桐乃からは何の反応も返ってこなかった。


あらためていうまでもなく、このイベントは兄妹仲を改善しようってイベントだ。
そして桐乃のやつは、桐乃なりに一生懸命その目的を達成しようと頑張ってた……ように思う。

ま、こいつがなんでそんな気になったかは、さっぱりわかんねえけどさ。
単にからかおうとしたのが成り行きでそうなったのかも知れないし。

それでも……そんな妹に対して、俺の答えはあんまりだったと、我ながら思う。思うんだが──

「い、いやお前の事、考えるとなんか頭の中がぐちゃぐちゃになるっていうか、俺もよくわかんなくて……」

だめだ。どう言い訳しても、俺が悪い。『好きに決まってるだろ、兄妹なんだから』とでも言えば、きっと桐乃は満足したはずで、
今夜のこのイベントも大成功でおしまいになって、明日からはもしかすると、これまでより少しはマシな兄妹関係が築けたかもしれなかった。
しかし、それを俺の答えがぶちこわしちまったんだ。しかも、俺はその言葉をうまく取り繕う事さえ出来ない。
我ながら、どうしようもねえ兄貴だぜ、まったく。

そんな自己嫌悪に陥ってる俺に、桐乃から追い討ちをかけるような言葉が返ってきた。

「それって……結局、嫌いってことじゃん?」
スネるような声でそういう桐乃。
「そ、そんなこと言ってないだろ! 勝手に解釈すんな!」
今度は素直に言葉が出た。そして言葉を放ったあとで、ふと思い悩む。
あ、あれ? 俺は普段、妹を『嫌い』だから、あんな返答をしたんじゃなかったのか?
「……じゃあ、好きなワケ?」
「いや、そうとも言ってない」
「……ん~~」
うわ、すげぇ、睨まれてる。とりあえずいつもみたく迎合しておいた方がいいんじゃねえのか、俺。

……しかし、なぜか、この点に関してはいつものように迎合する気になれなかった。
まあ、そりゃそうだよな。あんだけの仕打ちされて好きだとか、シスコンどころかドMのド変態だって!




「……ぷっ」

突然、桐乃が小さく吹き出す。
「あは。結局、あんた、本当にわかんないんだ」
「わ、悪ィかよ……」
俺は、非常にバツの悪い気持ちでそう返答する。
「でも、嫌いじゃ……ないんだ?」
「た、たぶんな」
さすがにここは一応──ほんとうに一応だが──肯定しておく。
「そっか。……うん。そっか。ふうん……」
桐乃はそんな俺の言葉にもそれなりに満足そうに頷く。

そういえば、俺がはじめて桐乃のオタク趣味を知り、それを肯定してやったときもこんな感じで頷いてたっけ。
そして桐乃はちらりと俺の方を振り返る。
「……あのさ、あたしもたぶん……最近のあんたは、嫌いじゃ、ない……カモ」
妹からそんな有難い言葉が返ってくる。
「ほ、ほんとかよ。また俺をからかってるんじゃねえの?」
俺はこの照れくさい空気から脱しようとそんな事を言ってみた。しかし桐乃は大きくため息をつく。

「バカじゃん……それくらい空気読むっつーの」
はは。確かに、俺、空気読めてないかもな……
「……も……からかったわけじゃ……ないしィ」
口をとがらせて、まだぶつぶつ言っている桐乃。わかったって。信じるよ。




チャプン

そんな会話の後、しばし流れる、なんとなく甘い沈黙──
それを破ったのは桐乃だった。

「ところでさー」
いきなり桐乃がいつものトーンでしゃべりだした。
「あんたって、結構、絶倫? 全然、さっきから萎えないじゃん?」
「……ぐぅ!?」
絶倫って! せっかくのいい雰囲気が台無しだ!
そもそも、おまえの尻や背中がずっと密着してんだもん。萎えるわけねえじゃん!
そんな俺の心の声が聞こえたわけはないのだろうが、桐乃が的を射た事を言う。

「ねえ。それってさー。私のせい、なんだよね~?」

くっ……なんだか愉快そうにいいやがって。やっぱりこうしてシスコンネタを増やすのが目的だったのか!?
「そ、そうかな? そんな気もしないでもないけど、実は全然違う可能性も考慮すべきかと……」
「……ハァ? 何を言ってんのか、わけわかんないんだけど」
俺だって、自分で何言ってるかわかんねーよ!
ああっ、なんだろう。急に恥ずかしくなってきちまった。おそらく桐乃の調子が普段どおりに戻っちまったからだと思うが……

「い、いやあ、参ったなー。じゃ、俺、そろそろのぼせて来たから上がるな」
ザバン。
なんだかいたたまれなくなって湯船を飛び出すと、ドアの前でギュッと手首をつかまれた。
振り返ると、同じように湯船から出てきた桐乃の裸身が目にはいる。
全身から滴り落ちる雫が、さっき見た時より数倍桐乃を美しく、色っぽくしていた。


「うわっ……!」
はっきりって今の俺には目の毒以外の何でもない。
俺はあわてて目をそらすも、桐乃に握られた手を振り解くことはせずその場に留まった。
すると桐乃がはにかむように言う。

「あのさ、どうしてもって言うなら? その、パクってしてあげても……いいんだケド?」
「パ、パクッ?」
「だって、それ……どうにかして、欲しいでしょ」
そ、そりゃして欲しいけど、それは絶対にだめだ!

「い、いいから! いらないから! お先!」
とにかくここは逃げるしかない。
「ちょ、ちょっと!……ひゃっ!」
「ぬわっ!?」
桐乃に手をつかまれたまま強引に風呂場から出ようとして、足を滑らせる。
それにつられて、桐乃が俺の方に飛び込んできた。
ゴチッ!
「きゃあっ!」
「痛テェ!」

桐乃と頭をぶつけ合うわ、ひじや腰を風呂場のタイルにぶつけるわであちこち痛めてしまう。
チカチカしてる目が元に戻ると、俺に桐乃がまたがる形になっていた。

どうやら俺がクッションになったおかげで、俺とぶつけあった頭以外、痛めてはいないようだ。
その点は良かったのだが、クッションにされているるポジションにいささか問題があった。
桐乃がまたがっていたのは、ちょうど俺の股間のあたり。
しかも俺の肉棒が反り返るべき本来の方向と逆の向きに折り曲げられた状態で桐乃に座布団にされていた。

「ひいっ……!」

あわてて体をずらすと、ちょうど桐乃の股の下から開放された俺の亀頭が、桐乃の膣内に侵入せんと力強く反り返る。

「い、イヤッ!」

しかし固く閉ざされたた桐乃の性器は俺のギンギンにスーパーサイヤ人化した息子の侵入を拒んだ。
結果、それは、ワレ目を滑走するようにして反り返り、
最後にぷっくりとした桐乃の突起をピシッとはじくようにして俺のヘソの方へと戻ってくる。

「ああんっ……やぁぁん!!」

その刺激に桐乃が、思い切り色っぽい声を上げる。俺の理性の壁はもはや決壊寸前だった。
「わ、ワリヒィッ!」
声をひっくり返しつつ、最後に残された理性と力をふりしぼり、四つんばいでドタバタと風呂場を飛び出し、
衣服をそのまま手にとって全裸のまま廊下や階段を水浸しにしつつ自分の部屋へと逃げ帰った。
「ハァ、ハァ、ハァ」

──その夜、俺は初めて、妹をオカズにした。





次の日。
最悪な自己嫌悪と共に目覚めた俺は、気まずい気持ちでリビングに向かう。
「……おはよ」
いつものように気の入ってない挨拶を飛ばすと、親父とおふくろから返事が返る。
「ああ、おはよう」
「おはよ京介。あら、今日は早いわね」
「……」
今朝は桐乃もいる。しかし、桐乃からの返事はない。ぶすっとした表情で、俺の方を目だけ動かしてちら見しただけ。
うーん。いつもなら親父たちの手前か、嫌そうにでも形式だけの返事は返してくるのだが。
ま、いつもと言っても、うちの妹は忙しいので朝に顔を合わせる機会自体少ないんだけどな。


しかし、昨夜のアレはいったいなんだったんだろう。一夜あけると、昨夜の出来事は夢だったんじゃないかと思えた。
この愛想の悪い妹と、一緒に仲良く(?)風呂にはいっていろいろ語り合ったとか……あと、その、なんだ……
うーん、迫害されすぎてタチの悪い妄想でも見るようになったんじゃないかと自分を疑っちまうぜ。

俺は桐乃に対する気まずさをごまかすように、親父たちに話かける。
「……あれ? 親父、昨日は泊まりこみって言ってなかったっけ?」
「ついさっき、帰ってらしたばかりなのよ」
おふくろが親父の代わりに答える。まあ、予想通りの答えだった。

それなら寝てればいいのにと思うのだが、普段忙しいだけに、
食事など家族が一同に介するこういう機会は出来るだけ大事にするのが
うちの親父の主義なのだ。

しかし、家族団欒を願う親父の気持ちと裏腹に、俺はいつにもましてきまずい思いでテーブルに近づく。

すると近づいてきた俺から逃げるように、
桐乃がしかめっ面のまますっと席を立つ。

そしてテーブルの真ん中から食パンの袋を乱暴に手にとり、
オーブンレンジの前に立つと、妹は俺の方を振り返り言った。


「ねえ、食べるんならついでに焼くケド……?」


おふくろは珍しい物を見るような目で俺と桐乃を順番に見た。
親父は目を新聞におとしたまま、しかしかすかに笑みを浮かべて咳払いひとつ。
俺はというと、とまどいを隠しきれないまま……

「じゃ、じゃあ一枚」と答えるのが精一杯だった。

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最終更新:2009年08月07日 06:32
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