学校帰り、うだるような熱い夏の日差しを散々浴びながらあたしは歩いていた。
汗で制服が身体にベタ付いてきて気持ち悪い。帰ったら直ぐにシャワーを浴びよう。
何気なく空を見上げると、憎い位晴れ晴れとした青空があった。早く雲が太陽を隠してくれないかな。
そんなことを思いながら角を曲がると、ゆらゆらと揺れる陽炎の向こうにあいつがいた。
正確に言えばあいつと、女。
あたしと居る時とは打って変わって、楽しそうに安心した様子で話しながら歩いている。
何故か、胸の奥の方で締め付けられるような感覚がした。
あいつらの笑い声が、耳の中を掻き回す。
……あたしはそれに背を向け、引き返した。別の道から帰ろう。
なんでそうしたんだろう。分からない。
あたしとあいつの兄妹仲はとても悪い。
でも、最近はまだマシになったような気はする。
『人生相談』の影響だと思う。
あれ以来、少しだけあたしとあいつの冷めた距離は縮まった。
あいつのことも見直したし、感謝もしている。それでも、やっぱりその距離は凄く遠い。
そういえば、なんでこんなに冷めた関係になったんだろう。
昔はこんなんじゃなかった。むしろ、仲が良かったような気がする。
そこまで考えを巡らせた時、ちょうど目の前に玄関のドアがあった。
「……まあ、いいや。今さらそんなこと、どうでもいいし」
そう小さく呟いて、私は玄関のドアノブを捻った。
「ただいま」
家の中に入って、靴を脱ぎながら言った。
あいつの返事はない。多分自分の部屋へ行ってるんだろう。
あたしが挨拶してやってんのになんで返事しないのよ、と腹を立てながらリビングへ行く。
ジュースを飲んで一息つく。よくテレビとかでやってるおっさんがビールを飲む感覚ってこんな感じなのかな、とかどうでもいいことを思う。
瞼が自然に落ちてくる。眠い。
ここの所ずっと忙しかったから疲れが溜まってるんだろう。シャワーを浴びて、少し寝よう。
脱衣所に行って服を脱ぐ。鏡に私の身体が映る。
まあ、綺麗なんだろう。読モやれてるし、クラスのあのダサい男子どもにもチヤホヤされるし。
それに比べてあいつは……。あ、やめとこう。あたしとあいつを比べるなんていくらなんでも可哀想だ。
それにしても、本当にあいつと血が繋がっているのかなと思うぐらい似ていない。
ふあ、とあくびが出た。さっさと浴びて寝よう。
間抜けに開いた口を手で押さえながら、磨りガラスのドアを押した。
「……まあ、本当は分かっているんだけどね。隠してるみたいだけど」
そうして、シャワーで汗を流して、しっかり水分補給をして、あたしは寝た。
コンコン、というドアをノックする音がしてあたしは目が覚めた。
タオルケットをのけてベッドからゆっくり起き上がりドアを少しだけ開く。あいつがいた。
「……何よ」
「メシ」
「……ん」
もうそんな時間か。思った以上に疲れが溜まってたみたい。
部屋から出てあいつの後に付いていく。
痩せていかにも弱っちそうな背中だ。
……でも、私を助けてくれたヤツの背中だ。
なんで、こいつはあんなことをしたんだろう。あたしいつもあんな態度取ってんのに。やっぱり本当にシスコン?
「おい、階段下りる時にぼーっとしてんなよ。危ねーぞ」
「はあ? してないし。眼鏡買った方が良いんじゃないの?」
「……ったく、悪態しか付けねーのかお前は」
「うっさいわね、シスコン変態エロゲ脳」
そう言うと、あいつはため息を一つ付いて黙った。
晩ご飯を食べ終えて、お風呂に入った。いつもは一番風呂はお父さんなんだけど、なんか仕事の続きをさっと終わらせたいから後で入るらしい。
身体と髪を入念に洗い、手入れをしてから浴槽に浸かる。
熱めのお湯が身体の疲れをゆっくりとほぐしてくれる。エヴァで「お風呂は命の洗濯」っていうセリフが出てきたけど、まったくその通りだと思う。
そうやって安心していると、またあの考えが頭の中に浮かんだ。
何故あいつとの関係がこんな冷めた関係になったのか。
どうでもいい、と考えを吹き飛ばそうとするけれど、頭の中にへばり付いて取れない。
……あいつが最近、優しいせいだ。
あいつとあたしの仲がおかしくなったのは、多分、あいつの弱さのせい。
……こんなこと自分で言うのは自信過剰で嫌だけど、あたしに対しての劣等感。
あたしが何度も何度もお父さんやお母さんに褒めらて、一緒にあたしを褒めてる時あいつの顔は今思えばどこか寂しそうだったと思う。
段々と少しずつあいつはあたしよりもあの幼馴染と一緒に居るようになった。私はそれが嫌で、もっと目立てば、もっといい子になればきっとお兄ちゃんはまたあたしと遊んでくれる。そう考えてあたしはもっといろんなことを頑張った。
学校の勉強に限らず、絵のコンテストや、読書感想文コンテスト、その他にも色々賞を貰った。その度あたしはそれをあいつに報告した。そうすれば遊んでくれると思っていた。構ってくれると思っていた。
でも違った。まあ、当たり前だと言えば当たり前。嫌味みたいに感じてたんだろう。
私が嬉しそうに報告する度、あいつはあたしの頭を撫でて、幼馴染と遊びに行った。
でも、それでもあいつはそこまで私をほったらかしにはしなかった。遊んでと言えば遊んでくれたし、向こうからもあたしを構ってくれる時もあった。嫌なことがあると慰めてくれた。
でもある日それが決定的に変わった。あいつが中学に上がって暫く経った頃だ。
これはあいつのせいでもなんでもないと思う。しいて言えば、お父さんとお母さんの管理不足と注意不足。
知ってしまったんだ、あいつが。
自分は、お父さんと、お母さんと、あたしと。
血が繋がっていないって。
結果を出したらしっかり褒める、というお父さんの方針から、結果を出していたあたしはよく褒められた。
……あいつはなかなかそういう訳にもいかず、あまり結果を出せず褒めて貰うことも少なかった。
なんであいつばっかり、とか思ったんだろう。まあ自分のせいなんだけど。
でも、血が繋がっていないとなると話は別。あいつはこう考えたんだと思う。
血が繋がっていないからか、って。本当はそんなことが理由じゃないんだけど、そう考えてしまうのも仕方がないと思う。
血が繋がっていないという事をどこからか知った翌日、あいつは部屋に引き篭もった。学校にも行かず、あの幼馴染とも遊ばず。
お父さんが出て来いと怒鳴っても、お母さんが泣いても、あいつは部屋っていう殻にずっと引き篭もった。
あたしは心配だから何度もあいつの部屋に行くんだけど怒鳴られて、泣いた。
それで、一週間ぐらい経ってからかな。お父さんにあいつが部屋から引きずり出されて、車に乗せられてドライブにいったんだ。
何か色々話をしたんだと思う。それからあいつは学校に行くようになった。
元通りになったとあたしは思った。
でもあいつは、それからあたしとより一層距離を置いた。お父さんに注意されて、叱られて、殴られても、かたくなに。
あたしもそうなると意地になって、あいつを嫌った。なんであいつがあたしに距離を置こうとしてるのかも分からなかったし、もうあたしも
お兄ちゃんお兄ちゃんなんてその頃はもう言ってなかった。
それからもう無視、無関心の関係に。お互い嫌い合った。目も合わさなかった。
それで、去年。お父さんが珍しく酔っ払って、そのことを母さんに呟いていたのをたまたま聞いて、あたしはなんであいつがあんな風になったのかを知った。
でも、あたしは関係を修復しようとは思わなかった。
……あいつの弱さを認めてあげられなかった。
あたしが小さい頃、あいつはあたしが虐められていると直ぐ飛んできてくれて助けてくれた。
なんでも出来て、いつも褒めて貰って、本当は嫉ましい妹なのに。
苦しい時は、いつも助けてくれた。
でもあたしは、そうできなかった。認められなかった。
それはあたしの弱さだと思う。今は、そう思える。
……あいつとの関係を修復したい、とも思う。
何で今さらそう思うんだろう。ああ、そうだ。多分。
あいつが最近、お兄ちゃんっぽいからだ。
脱衣所でお母さんが用意してくれたパジャマを着て、自分の部屋に向かう。
階段を上って、廊下の奥にあるあたしの部屋のドアノブに手を掛けた。
でも、あたしはそのドアノブを捻らなかった。
あたしは、その隣のあいつの部屋のドアノブを捻った。……長いことお風呂に浸かっていたからのぼせてしまったんだろう。
あいつの部屋は電気がついていなくて、薄暗かった。寝ているんだろう。気付いて起きてくる様子もない。
するり、と気付かれないように体をあいつの部屋の中に滑り込ませる。
ドアを後ろ手で閉める。廊下の明かりがドアに区切られ入ってこなくなり、部屋が真っ暗になった。どきどきと心臓がうるさく鳴る。
ベッドにタオルケットを跳ね除けて寝ているあいつがいる。情けない寝顔。
あたしはゆっくりとあいつの上に四つん這いになる。まだ気付かない。
こんなことをするのはのぼせているから。いまのあたしはおかしい。
気付かれないように、あいつの傍で横になる。少しだけ、くっつく。
じゅん、とあたしの奥の方が熱くなった。
……でも、もしかしたら、あの幼馴染ともうこういうことぐらいしているのかも知れない。
それはとても自然なこと。
だってあいつが苦しい時にいつも傍にいたのはあの幼馴染だ。
あの幼馴染ともあいつは距離を取ろうとしていたことをあたしは知ってる。
それでも、あの幼馴染はあいつの傍にいたんだ。
あいつの涙を受け止めたのはあの幼馴染だ。
あいつの痛みを受け止めたのはあの幼馴染だ。
……だから、それはとてもとても自然なこと。
ぽろぽろと涙がこぼれる。
なんでこうなったんだろう。
なんであたしじゃないんだろう。
なんであたしはあいつの家族なのに、あいつの支えじゃないんだろう。
なんでこんなにも身体の距離は近いのに、あいつの存在はこんなにも遠いんだろう。
嗚咽が漏れる。とめなきゃ、おきちゃう。
必死に口を押さえる。でも、ダメだった。
嗚咽が漏れる。涙の勢いはより激しくなって、あいつのシャツを濡らした。
「……おい、どうした。なんでこんなとこにお前が居るんだ。泣いてるんだ。びっくりして心臓が止まりそうだ」
「……」
なんか柔らかい感触を感じて起きてみれば横で妹が俺に抱きついて泣いていた。
意味不明だ。
身体がガチガチに固まる。冷や汗が流れる。
「おい、黙ってちゃ分からないぞ。ほらお兄ちゃんに……」
「……うっさい、きもい」
泣き声まじりに妹がそう言う。
どうしよっかなーやっべえなー。いやだって前代未聞の大事件だぜこれ。
あの桐乃が俺に抱きついて泣いてるだと?あ、夢か。ぜってえ夢だ。
そう思ってお約束の頬引っ張りを試してみるが全然痛かった。
「……なにやってんのよ」
「いや、夢かなって」
「そんなわけないでしょ、バカ」
やばいやばいやばい、いろんな意味でヤバイ。
なんかいい匂いとかするし、胸が当たってくるし脚とかすげえ絡んでるし。ほっぺた引っ張り過ぎて痛えし。
「ねえ……」
「な、なんだよ」
「……あんたさ、地味子とこういうことしたことあんの?」
はあ?
「ねえよ! つうか誰ともしたこともねえよ! こんなびっくり事件お前が初めてだよ!」
そう言うと、妹は余計泣いた。俺にもっとすり寄ってきた。顔を俺の胸にうずめる。
なんか猫みたいだなこいつ。
なんかごめんだとかありがとうだとか、すっげえ小っちゃい声で呟いてる。
それを見て、なんだかこいつがすっげえ弱い存在に思えて、俺は頭をひたすら撫でてやった。
「……昔、よく頭撫でてもらった」
「……マジで? か、考えられねえな……」
「うん……」
沈黙。気まずい。
「……あー、マジでどうしたんだ、お前」
「……あのね」
妹が顔を上げる。……か、可愛いぞ。
「……最近、ありがとう。それからごめんね、いっつも」
「へ? お、おう……」
「……それだけ」
「そ、そうか」
「うん」
妹が少し笑って、また俺の胸に顔をうずめた。
ぎゅう、と桐乃が俺の身体を抱きしめる。
くらくらする。女の子の身体ってなんでこんないい匂いがするんだ。いや、桐乃だからか?
や、やばい、寝起きで半勃起してたブツが完全体になろうとしてやがる!
「……なんか当たってるんですけど」
「し、仕方ねえだろ! 寝起きなんだから!」
そうだ、仕方がない。寝起きだし。こいつなんか色々柔らかいし。
「……抜いたげよっか」
「だだだだだダメ!ゼッタイ!」
そんな俺の言葉を無視するが如く桐乃が俺の股間に手を伸ばす。
俺の肉棒を服の上からぎこちなくさする。
「気持ちいい……?」
「バ、バカ! やめなさい!」
そう言って俺は桐乃を引き離し、跳ね起きた。
「も、もう寝なさい! ほら早く部屋に戻って……」
「嫌。一緒に寝る」
「い、一緒にって……ほら俺今から風呂入るし」
「待ってる」
「そ、そうか。じゃあいってくる」
そう言って俺は慌てて部屋を飛び出した。
なにがそうか、だバカ! ダメだろうが!
階段を駆け下り、脱衣所に慌てて入り、服を脱ぐ。
まあとりあえず風呂だ。そしてあいつをなんとか説得して部屋に返して……。
磨りガラスのドアを開け、風呂場に入る。
だんだんと俺のブツも心も落ち着いてきて冷静な判断を取れるようになってきた。
まあ、あいつにも色々あるんだろう。一応中二の女の子なんだし。
そ、それにしても……抜いてあげよっかだと……?
い、いや、このことについて考えるのはやめよう。エレクチオンしそうだ。
熱いシャワーを浴びてそんな俺のピンク色の考えを吹き飛ばそうとシャワーを全開にする。
冷水が一気に身体を打ち、俺は奇声を上げた。
「そっか……あたしが初めてか……」
ふふっ、とあいつの枕を抱いて笑う。
今日は昔みたいにあいつに甘えまくって、あいつを慌てふためかせてやろう。
さ、流石に「あれ」はやりすぎだったけど……。
「これで多分、距離縮まったよね……?」
あいつの部屋の窓から夜空を見上げる。
まんまるとした月が、綺麗だった。
最終更新:2009年07月16日 14:57