夏も過ぎたとある日。
真っ青な秋晴れの空の下、俺は―――怒られていた。
「遅い!あたし30分も待ってんだけど、一体どういう事なワケ!?」
腕時計を指さしながら、桐乃が俺を睨みつけてくる。
どういう事ってそれは俺の台詞だろう。約束の30分も前に待ち合わせ場所に着いたってのにいうのにこの仕打だぜ?
催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…。
「いや、まだ時間前だろ?」
「全然違う、分かってない。あたしを待たせたこと自体がダメだって言ってんの」
「なんだよそりゃ!?お前が勝手に早く来過ぎたんじゃんかよ。てかさ、そもそもなんで待ち合わせしなきゃならなかったんだ?
一緒に家でりゃそれで済む話だろうが」
「ハァ?あんたって本当に馬鹿じゃん。こういうのにはムードってもんがあるの。そんなのも分からないの?」
とまあこれまた馬鹿にしたような顔である。まったくもって腹が立つったらありゃしない。
そもそも、どう考えても怒られる理由がないじゃねえか。時間前にちゃんと来てるし、俺としては当然の事言っただけだぞ。
よし、ここは一言ビシッと言ってやらねばならんな。
「悪かったよ。今度からは気をつける」
「うん。分かればヨシ」
頷きと共に、桐乃の表情が柔らかな物へと戻った。どうやら納得してくれたらしい。
……言い訳じゃないけど、情けなくなんかこれっぽちも無いからね。
こんな所で喧嘩したってしょうがないし。それに女子連中がムードを好むのってのも分かるしさ。
ま、この前やったエロゲーのお陰だぜ、なんて言ったら殴られるから言わないけど。
「じゃあ行くか」
「そだね」
目で頷き合って、俺達は歩き出す。
すっかり機嫌を直した桐乃が、顔を赤く染め、腕を絡ませてくる。そして
「あのさ、今回は期待してるからね?きょーすけっ!」
さて、今までのやりとりで大体分かったかもしれないが、俺たちは今日、デートなんだ。
ただし、これはいつかのような偽装じゃない。
あの激動の夏休みのあの日。俺は桐乃の気持ちを知り、そしてそれに向き合い、自分なりに一つの結論を出した。
それを選んだことは別に後悔なんかしていないし、これからもする事はないだろう。それくらい真剣に考え、納得した事だ。
そしてその結果―――俺たちはこうなった。
といっても、別に思ってるような危険で妖しい香りなんてのは全然ないんだぞ。
相変わらずキモいだのウザイだのはしょっちゅう言われるし、さっきみたいにムカツク事だらけだしよ。
傍から見れば、俺達の関係なんざ以前と何一つ、これっぽちも変わってないように見えるだろうぜ。
だけどまあ…それでもさ。
「お、おい。あんまくっつくなよ。また知り合いにでも見られたら…」
「いいじゃんそんなの。それに、あたしがこうしたいんだからコレでいいの」
「…し、仕方ねーな」
それでもこいつのこの顔見たら、そんなちっぽけな事はどうでもいいかって思えるんだ。
この笑顔をずっと守りたいし、見ていたい。それが俺が選択した答えだからな。
もっとも、次お袋にこんな状況知られたら、その時は半殺しにされるかもしれないけど。
* *
「あれー?桐乃ちゃん?」
10秒で知り合いに出会ってしまったぜ。俺\(^o^)/オワタ
背後から聞こえた声に、冷や汗が背中を伝い、動悸が激しくなる。
後悔はしていないと言ったが、それとこれとは話が別だ。誰だって死にたくはない。
だがふと俺は思い出す。そうだ、この声は―――
「あれー?せなちーじゃん」
「ふぅ…お前かよ」
「やっぱり桐乃ちゃんと先輩だ!わあ、偶然ですね!」
赤城瀬奈。俺の友人の赤城浩平の妹であり、ゲー研の後輩。さらになにかにつけて俺をホモにしたがる困った腐女子な訳だが、
こいつはこいつで兄貴と超シスコン・ブラコンの関係だったりする。
という訳で、その点では幸いだった。現に腕を組んでる俺たちを見ても、瀬奈のヤツは別に何とも思っちゃいない様子である。
多分こいつらもこんな事やってるんだろうな。つーかそれってどうなのよ?クローゼットの件だって結局笑って許しちゃったろ。
まあ俺がどうこう言ってもしょうがないけどさあ。
「仲良くどうしたんですか?あ、まさか二人もデートですか?」
「うん。まーね」
瀬奈の問いかけに隠すこと無く桐乃がぶっちゃける。
サラッと言ったけど、ちょっとははぐらかしたりして欲しかった。もし他の誰かに聞かれたらと思うとこっちは気が気じゃないんだぜ。
「せなちーは何してんの?二人『も』ってひょっとして?」
「えへへ。これからお兄ちゃんと映画に行くんだ」
嬉しそうに笑顔で瀬奈が答える。
ほう、映画ねえ。あいつが居ないとこ見ると、先にいってチケットでも買って待ってるんだろうな。
しかしあの野郎もほんと大概だな。休日に妹と映画なんてさあ、シスコンにも程があるっての。
「ちなみにどんなヤツなんだ?」
「知りたいですか!?ミニシアター系でやってる『ロゼカラー』ってタイトルなんですけどぉ」
ロゼカラー…薔薇色?何か物凄く嫌な予感がするタイトルだぞ、おい。
「ロサード、それからロゼノアールって続く三部作の最初の作品で、男同士の熱い友情と愛情を濃厚に描いた傑作って大評判なんです!
その見所はなんといってもリアルなカラミ―――」
「もういい!やっぱりか!」
瞳を輝かせてよどみなく熱弁を振るう瀬奈を、強引にストップさせる。
兄貴とそんなの見に行くなんて、こいつの頭の中どうなってんだよ!?いくらなんでも腐りすぎだぞ!
いやいやそれだけじゃない。赤城のヤツも赤城のヤツだ。あいつ、まさか本当にホモなんじゃないだろうな?
「そうですか?残念…。なら、今度実際に見に行って下さいね?お兄ちゃんと。うへへ」
「行かねーよ!それに頬を赤くして言うんじゃんない!」
お前それ以上なんか言ったら、ストップしてたカウントダウンを再開させてやるかんね!?
「アハハ。冗談ですよ~」
「ぜってー嘘だろ」
「え?冗談が嫌なんですか?まさか本当にお兄ちゃんのこと…」
後5回な。それでお前エロイベント開始決定だから。
その後暫くの間、俺たちは取り留めのない会話を交わした。
といっても、喋っていたのは主に桐乃と瀬奈だったのだが、コミケの時も感じたけどこいつらはどうやら波長が合うらしい。
片や妹物のエロゲーマーで、片や筋金入りの腐女子という交じることの無い二人なはずなのに、こうやって意気投合するなんてな。
もちろん俺としたって、二人が仲良くなることに悪い気がするはずもない。
妹という共通点を持つ瀬奈なら、黒猫やあやせとは違った形の友情を桐乃と築けるはずだ。
だが、桐乃に腐った思考植え付けんのだけは許さんぞ。絶対だ。
「それじゃああたし行くね。時間に遅れちゃうし」
「うん。じゃあね、せなちー」
やがて会話が一段落を迎えた所で、手を振って瀬奈が去っていく。
その足取りはとても軽やかで、すぐに瀬奈の姿は人中へと消え、見えなくなった。
「それにしてもさ」
その直後、桐乃が呟いた。
「せなちーって凄いよね。最初はどうやって…その…大好きなお兄ちゃんに自分の趣味を打ち明けたのかな?」
「さあな。意外と最初から隠してなかったりしてな。てか、お前だっていきなり俺にエロゲーやらせたじゃんか。
似たようなもんだろ」
「う、うっさいなあ!あれはあれなんだって。それにあの時あれやらなかったら、あたし達こうならなかったじゃん。
むしろそこは感謝するところなんじゃないの?」
「う。ま、まあ、それはそうだけどよ」
桐乃が脇腹を肘でコツンと突っついてくる。その柔らかな衝撃を感じながら、顔が赤くなるのが分かった。
しまった。瀬奈の登場でうっかり忘れていたが、俺たちはそうなっていたんだっけ。
赤城の奴をシスコンにも程があるなんて言っちまったが、天元突破してるのは俺の方だったか。
「きょーすけってばなに赤くなってんのぉ~?」
そんな俺の顔を、小悪魔チックにニヤニヤと笑顔で桐乃が覗き込む。
くそ、こいつ分かってやってるな。可愛いが腹が立つ。だが可愛い。
「ぷくく。照れてるんだぁ」
「ち、ちげーよ。お前が必要以上にくっついて来るから熱いんだよ」
「ハイハイ。言い訳乙ぅww」
うん。やっぱ、マジでムカツクわ。
「ところで、今日この後どうすんのかって予定決めてあんの?」
と、ひとしきり俺をからかって満足したのか、ガラリと口調を変えて桐乃が聞いてきた。
おっと、そういやこれもまだだったな。
からかわれた事もあり、俺は心持ち胸を張ってそれに答える。
「おう。一応な」
「ふーん。やるじゃん」
意外といった感じで、それでも満更でもなさそうな様子だ。
まーな。前回があんなんだったし、今回はちっとばかし気合い入れたんだよ。
ほんとグーグル先生には感謝してるぜ。
「それじゃあまずは―――」
おっと、あんたらにゃ教えねーよ。
悪いね。
* *
最終更新:2010年11月15日 00:12