俺はいそいそと物置の影に隠れ、様子を伺う。
程なくして、黒猫がトイレからひょこっと顔を出した。
「…兄さん?」
キョロキョロと様子を伺いながら、恐る恐る黒猫がトイレから出てくる。
そして、腕組みをしながら、
「ふ…ふん、兄さん。そこにいるんでしょう?わたしにはお見通しなのよ。
悪ふざけはいいから、さっさと出てきて頂戴。」
俺とは逆方向の、(工事中ですごめんなさい:頭をさげてるおじさん)的な看板に向かって強がる黒猫。
やばい、シュールだ。
「ねぇ…ほ、本当はそこにいるんでしょう?返事ぐらい……し…しなさいよ!」
シ――ン。
あたりは物音ひとつしない。そのままの姿勢で固まる黒猫。
あ、
――ん…あれ?ちょっと
黒猫の様子がおかしいな。。
先ほどまで組んでた腕はほどかれており、なんだか拳を握り締めて俯いている。
「……に……兄さ………ん?…………………ふぇ……」
あ、やばい…泣いちまったか!?さすがにちょっと可哀相だ。
慌てて俺は黒猫に駆け寄った。
「黒猫!」
俺の姿を見つけた黒猫は、へなへなとその場に座り込んでしまう。
瞳はうるうると涙を湛え、呆けた表情でこちらを見つめている。
「す、すまん!ちょっとだけからかったつもりだったんだが…」
う…すっげー罪悪感。これはまずい、確実にやり過ぎだな俺…。
俺はそっと黒猫の肩に手を回す。
「ちょっとだけ立てるか?」
そのまま黒猫を抱えて、なんとか近くのベンチまで連れて行った。
「う…ぐすっ……ホントに…ホントに怖かったのよ!」
俺のシャツをギュっと掴み、黒猫はひっく…ひっくと嗚咽を漏らす。
こんなに肩を震わせて…可哀相なことをしてしまったな。
俺はそっと黒猫の髪の髪を撫でる。
「ん?黒猫?」
すやすや
…寝てしまったか。
・・・・・・・・・・
どれくらい時間がたったのだろう。
「なぁ黒猫、そろそろ起きてくれ。風邪をひいちまうぞ。」
ゆっくりと黒猫を身から放す。
ごろん。
黒猫は身を返し、仰向けにベンチにもたれ掛かる形になる。
さっき無理やりベンチまで引っ張ってきたせいか、胸元がすこしはだけて、
白い肌が露となっている。
「……う。」
これは、目のやり場に困るな。一方の黒猫はというと、全然起きそうにない。
…ちょっと、ちょっとだけならいいよな?俺はそっと黒猫の胸元に手を延ばし――
おはり。
って、終わらせるか――!
俺は身を起こし、黒猫を覗き込んだ。
…ごくり。
なんて、無防備な姿なんだ。黒猫を起こさないように、そおっと黒猫の胸元のボタンに手をかける。
――ぱしっ
…えっ?俺の腕が掴まれた。誰に?そう、黒猫の手に。
黒猫の目が、すーと開いていく。
「兄さん、何をしてるの?」
な……起きてたのか?やばい、これはどう答えても言い訳できる状態じゃない!
「何をしているかと聞いてるのよ」
無表情で静かに問いかける黒猫。サーと俺の顔から、血の気が引いていくのが分かる。
これは怒ってる、相当怒っているな。いや当然ちゃ、当然なんだが…。
「いや…その……ごめん!」
俺は慌てて黒猫から身を話そうとするが、黒猫は俺の腕を離そうとしない。
「…あなた、私の服を脱がそうとしていたのね。こんな外で。いやらしいのもほどがあるというものよ。」
「う……。」
何も言い返せない俺。頭が混乱し何から謝れば良いか分からない。
「これは罰が必要ね…」
「兄さん、そこで、そのままの状態でちょっと目を瞑りなさい。」
「うっ、こ、こうか?」
「ええ。そうよ。そのまま動かないで頂戴」
何やら黒猫がゴソゴソと動いているが、目を瞑っているから分からない。
やばい、引っ叩かれるのか?とりあえずこの体勢を続けるのも結構きついな…ええい!やるなら早くしてくれ。
「……っ!」
なんだコレ!?…唇に暖かな感触。驚いて目を開くと、目の前に黒猫の顔が…!
しばらく状況が理解できなかった。
「…ん……っぐちゅ…ふ…」
唇と唇が重なり合う音が響く。こ、これってキスしてるのか?俺たちは…?
しばらく動けないでいる俺と一方的をキスをし、そっと黒猫が身を離した。
「な…何を……!」
「呪いよ。」
そういって、顔を真っ赤にして俯く黒猫。
「これであなたと私は主従関係となったのよ。私が主で、あなたが従。」
「なっ…それで、俺に何をさせるつもりだ?」
「そうね…」
完全に優位に立った黒猫の口元がにやぁーと歪む。
「兄さん、さっきの一件で私は腰が抜けてしまったわ。バンガローまでおんぶしていって頂戴」
「なっ!おまえ絶対回復してるだろ!」
「あら、主である私の命令に従えないというの?まぁいいわ…それであなたはさっき私に――」
「わ、分かった!分かったからそれ以上言うな!」
俺が観念すると、黒猫は「いい子ね…」と満足そうに笑った。
俺は黒猫の脚に手を回し、すっと抱き上げる。いわゆるお姫様だっこだ。
「えっ!?ちょっと…あなた…!!」
驚いた黒猫は目を見開き、わなわなと体を震わせる。
「おい、あんまり暴れるな。堕ちるぞ。」
「…っく!つくづく、いやらしい男ね。はぁ…分かったわ。そのかわり――」
しおらしくなった黒猫は、俺の胸元をぎゅっと掴み、そっと小声で呟いた。
「…離さないでね。ずっとよ。」
今度こそおはり。
最終更新:2010年11月28日 02:37